人気のない山道を1人の女が足早に歩いていく。
笠で顔を隠し、どこか不安そうに辺りを見渡しながら、手拭いで包まれた細長い包みを大事そうに抱えていた。
はぁはぁはぁと息を切らし、時々後ろを振り返りながら提灯の明かりを頼りに進んでいった。
町を出て街道を外れ、山道に入った辺りから嫌な気配を感じ、さっさと抜けようと急いでいた。
古い提灯のため、所々の破れ目から隙間風が中の火を激しく揺らす。
闇に染められた木々が風でざわめき、女の不安をより一層掻き立てた。
「こんな場所、早くぬけなきゃ」
女は不安を振り払うように自分に言い聞かせ、小走りになる。
──ガッ!
「あっ!」
小走りになり、後ろに気をとられていた女は、木の根に足を取られ体が宙を舞った。
女の体は地面に投げ出され、激しく転ける。
「うっ・・・いたた」
女はよろよろと顔をあげ、投げ出された包みを体を引きずって手に取ると安心したようにふぅと息を吐く。
しかし次の瞬間、女は辺りの暗さに気づき、落ちている提灯の方を見た瞬間、顔色が蒼白に染まっていく。
少し離れたところに落ちていた提灯は、いつの間にか立っていた男の足に潰され壊れていた。
「だ・・・だれ?」
女は怯えた表情で包みを守るように抱えながら、男から離れようと倒れたまま後ずさる。
「いけないなぁ。こんな夜更けに1人で出歩いちゃあ」
男は嫌な笑みを浮かべ、こちらにゆっくりと近づいてくる。
その口の中に見える牙に気づき、女は恐怖に染まった顔で逃げようと必死に体を動かした。
その様子を楽しそうに見下ろす男との距離がどんどん縮まっていく。
「お・・・お願い。来ないで・・・」
「くくく・・・いいねぇ。その恐怖に染まった顔たまんねぇ」
男は涎を流しながら、鋭い爪を女に見せつけるように女のそばに立った。
「あ・・・あ・・・」
女が恐怖で声が出なくなっているのを、満足そうに見下ろした男は、鋭い爪を振り上げる。
「最期くらいいい声で泣いてくれよ。お嬢ちゃん!」
そう言って鋭い爪を振り下ろしてくる男。
その瞬間──怯え切っていた女の瞳から、恐怖が消えた。
女は冷徹な笑みを浮かべると、倒れたまま男の軸足を思い切り蹴飛ばした。
軸足を蹴り飛ばされ、男の身体が女の方へ傾いた。
その瞬間、ドスッという鈍い音が響いた。
女が大事そうに抱えていた包みから短刀を抜き、倒れ込んできた男の頭へ突き立てていた。
「んえ?」
女は倒れ込んできた男の勢いを利用して身体を入れ替え、その頭を地面へ叩きつけた。
「ふぅ・・・」
女は先ほどまでとは打って変わり、冷静に着物を整えると男の頭に刺さった短刀を引き抜いた。
そして髪を後ろに結びながら、今まさに血を流している男に向けて冷たく言い放つ。
「さっさと起きなさい。それとも地面がそんなに気持ちいいのかしら?」
そう言われた男はギョロリと目を動かすと、身なりを整えている女に動揺しながら声をかけた。
「な、なんだお前・・・なんでそんな冷静なんだ?」
「えぇ、そうね。初めてだったら少しは驚いてあげられたかも・・・ごめんなさい。期待に応えられなくて」
そう言いながら女は手袋の紐を口で咥えキュッと結んだ。
そして身なりを整えた女は、男の目の前まで顔を近づけその瞳を覗き込む。
女は月光を溶かしたような薄紫色の瞳で男を覗き込み、長い髪をそっとかき上げた。
その仕草に、男はごくりと喉を鳴らした。
「ふふっやっぱり」
女は軽く微笑むと男の横を素通りする。
「な、なんだよ・・・オエっ!」
男が言い終えるより早く、いつの間にか首へ巻きついていた何かに強く引かれ、その身体が地面を引きずられていった。
──“鉄糸”
細く長い鉄でできた糸。それを手袋の中に仕込み、対象を拘束するために使われる。
「“鬼“でしょう?あなた」
「!?なんで・・・ウェ!」
女がぐぃっと引っ張ると鬼の体はいとも簡単に動いた。
(こ・・・こんな・・・なんで!?それにこの糸びくともしねぇ)
鬼は必死にジタバタと暴れるがズルズルと引き摺られ、大きな木の近くまで連れてこられると次の瞬間、再び鬼の頭に短刀が突き刺さった。
「あがっ」
脳を貫かれた鬼は一瞬また意識が飛ぶ。
その隙に女は首に巻き付いた鉄糸とつながる手袋をギュッと力強く握り締めると鉄糸はさらに肉に食い込み、たやすくその首を切断した。
女は慣れた手つきで後頭部に刺さった短刀を抜き、鉄糸を巧みに操るとその首を縛り上げつつ、木にその首を縫い付けた。
次に女は慣れた様子で動こうとした鬼の足を踏み潰し、短刀を逆手に握ると、暴れる上半身の背中から心臓目掛けて突き立てた。
「ひぐっ!」
どすりという鈍い音が響き、しばらく暴れていた鬼の胴体は、やがて力を失った。
一方、木に縫い付けられた首の断面はぶくぶくと盛り上がり、肉の中から小さな腕を生やそうとしていた。
だが、幾重にも巻きついた鉄糸が再生する肉へ食い込み、生まれかけた身体を締め潰していく
「さてと・・・じゃあお話ししましょうか」
「は・・・はなし?」
「えぇ。みなさんとっても奥手みたいでして全然話して下さらなかったの。だからあなたはたくさんお話ししてくださると私もとっても嬉しいです」
女は先ほどの怯え切った表情でも冷酷な表情ではなく、無邪気な少女のような可愛らしい笑顔で鬼を見つめた。
「なにが・・・聞きたいんだ?」
鬼はその笑顔に不気味さを感じつつも、ひとまず話を合わせることにした。
「まぁ!お話ししてくださるんですね!ふふっとっても嬉しいです。とはいえそう難しい質問ではないんですよ。あなたたちがどうやって鬼になったのか知りたいんです」
「・・・!?お、お前も鬼になりたいのか?」
女は少し驚いた顔を見せるが、すぐに暗い笑みを浮かべた。
「えぇ。とっても興味があります。どうやってなれたんですか?・・・私でもなれますか?」
「も、もちろん!あの方に頼めば!」
鬼が話に食いついたのを見て、女は質問を続ける。
「あの方ですか?よろしければお名前を教えていただいても?」
そう尋ねるが鬼は急にガタガタと怯え出す。
「い・・・言えない」
「言えないですか・・・なら私はどうやって鬼になれと言うんですか?そんな意地悪なさらないでください」
「い・・・言えないんだ!絶対に・・・言えない!」
「・・・では致し方ありませんね」
女はそう呟くとゆっくりと鬼に近づきその目に指を深々とねじ込んだ。
「い・・・いぎゃあああ!」
「あぁ・・・痛みがあって本当によかった。これなら別の聞き方もできますね」
女はそう呟きながら、その指をぐりぐりと動かす。
「い・・・いだい・・・やめ・・・」
「ふふふ、安心なさって?あなたがお話しくださるならすぐにやめてさしあげます。夜明けまで私と遊びたいなら話は別ですが」
その闇を感じる笑みを見た鬼は、手を出してはいけない女に手を出してしまったと後悔していた。
「あ・・・ああ・・・・あああああ!」
──数刻後。
ボロボロになった鬼の首は悲鳴もあげず、陽の光によって灰となって消えていった。
「結局・・・収穫なしですか。致し方ありませんね」
女はそう言うと立ち上がり、土汚れを払うと今きた道を戻って行った。