──あれから2日たった。
あれがなんだったのか。
みんないなくなったこととか。
何をしないといけないのか。
私はぼんやり考えていた。
何も感じない。
何もする気が起きない。
その姿を見かねたのか、おかみさんに言われ外に出てみた。
昼は人の声がうるさすぎるから夜に出かけた。
町娘の格好をしてる時は刀を持たなかったが、今日はそんなことも気にせず帯刀してしまっていた。
私が刀を差して歩いていると、男たちが次々と因縁をつけてきた。
みんな刀を指差し、何か言ってくる。
赤ら顔で笑う者。
何か怒った顔で喚いている者。
馬鹿にしたような顔でヘラヘラしている者。
今までは何も思わなかったが、今は本当に──
鬱陶しい。
だから殺気も隠さず、睨んでやった。
そうするとみんな一様に囀るのをやめ、蒼白な顔になりながら悲鳴をあげ這々の体で逃げ出していく。
中には刀に手をかけようとしたやつもいたが、別の者に止められ去っていった。
(・・・抜いてくれたらよかったのに)
やっと静かになっても、私の耳の奥では何かがざわざわと鳴り続けていた。
……もしこれを止められるのなら。
いっそ誰かに斬り捨ててほしかった。
しばらくただ歩いていると遠くの方で、かすかに何か叫び声のようなものが聞こえた気がした。
私はそちらの方向に目を向け、何気なしにそちらに向かって歩いていくと、誰かが争ってるような声が聞こえた。
──姉ちゃん、姉ちゃん!
そんな叫び声が私の耳に入ってくるのだった。
今から少し前、夜回りをしている父親がお弁当を忘れていたので2人の子供がそのお弁当を届けた帰り道。
暗い夜道を手を繋ぎながら、小さな手提灯を持った女の子が弟の手を引いて歩いていく。
「お父さん喜んでくれたね」
「そうだねー。ちゃんと渡せてよかったねー」
そう言って笑う弟を見て、女の子も笑顔で返事をする。
誰もいない夜道を、2人はおしゃべりしながら歩いていく。
誰もいない街道に怖さを感じるもおしゃべりすることで怖いのを我慢していた。
「あ・・・」
「ん?」
弟が何かに気づいたように横に目を向けると女の子もそちらの方に目を向けた。
そこには最近は使われなくなってしまった古いお堂が、ポツンと建っていた。
昼でも不気味だからか誰も近づかないお堂は、夜になるとより一層不気味さが増していた。
「あのお堂なんか怖いね〜」
「そうだね〜」
そう言って弟の手を引き、帰ろうと歩こうとした所でふと女の子の足が止まる。
女の子たちの帰り道を塞ぐように1人の男らしき影がたっていた。
「こんな夜遅くに出歩いて・・・いけない子たちだなぁ」
その影はそんなことを言いながらひひっと笑い、女の子たちの方にゆっくり歩いてくる。
女の子は弟を守るように抱き寄せながら、辺りを見渡した。
しかしすぐに逃げ込めそうな場所が見つからず、どうしようと迷っているとあの古いお堂が目に入った。
「こっち!」
女の子は弟の手を引っ張りお堂の中に逃げ込もうと走る。
しかし強く引っ張りすぎたせいか、お堂の手前で弟の足がもつれてしまう。
「あ!」
小さい悲鳴のあと倒れた弟を助け起こそうとして、女の子はそばに駆け寄るが、その間にその男が目の前にたっていた。
「ひひひ・・・ひどい姉ちゃんだな〜弟を転かすなんて」
そう言いながら見下ろす男を恐怖に染まった顔で見つめながらも、女の子は必死に弟を庇おうとしていた。
「ねぇちゃん・・・」
その声は恐怖で震えており、女の子の背中に隠れるようにしていた。
その姿を見ていた男はにぃぃと笑みを浮かべると無造作に女の子の腕を捕まえ、ゆっくりと持ち上げた。
「な〜るほど〜いいねぇ〜。じゃあお前から食っちまうか」
「・・・いや・・・た・・・助けて」
女の子は助けてと懇願する。
しかしその言葉を無視し、男はよだれがたまった口をゆっくりと開いた。
弟が必死に叫んでいる。
しかしそれに一切耳を貸さず男の口が女の子の首にゆっくりと近づいていく。
恐怖で声が出なくなった女の子を見て楽しみながらその首筋に噛みつこうとした時だった。
──ヒンッ
一瞬の閃光。
次の瞬間には男の首が地面に落ちていた。
男の腕から力が抜け、女の子は地面に倒れる。
「きゃっ」
突然の衝撃に驚いた声をあげてしまう。
そして倒れた女の子に弟が泣きながら縋りついた。
何が起きたかわからなかったが、すぐに男の方に目を向けると、頭のない男の後ろに──
美しい顔立ちと月の光が溶けたような淡い紫色の瞳でゾッとするほど何も感じない表情をした女性が、こちらをジッと見下ろしていた。
先ほどとは違う言い表せない恐怖に襲われ、2人は息を呑んだ。
──咲夜は何も言わず、2人を見つめていた。
声がした方に向かうと、そこには妙な気配の男に襲われている子供達の姿があった。
助けようと思ったわけじゃない。
ただ自然と体が刀を抜き、気づいたらその男の首を落としていた。
自分でもよくわからない行動をしてしまったこと。
そして初めて任務じゃないことで人を殺してしまったことに動揺を覚えていた。
私はゆっくりと息を吐き出して平静を装いつつ、立ったままの首のない死体の脇を通り過ぎようとした。
その時だった。
その体から突然殺気を感じ、反射的に鞘で受け止めるも咄嗟のことで、その衝撃を殺すことができず、吹き飛ばされる。
私の体は棒切れのように吹き飛び、地面に刺さっていた柵に激突した。
「がは・・・」
衝撃で肺に入っていた空気が口から吐きだされ、背中にズキズキとした鈍い痛みが走る。
鞘で受け止めたとはいえ、ほぼまともに脇腹に入った蹴りの威力は信じ難い力だった。
「突然何するんだよ。おい・・・少し驚いちまったじゃねえか」
落ちた首がしゃべっている。
そんなあり得ない状況に、私も子供たちも驚いて声が出なかった。
死んだと思っていた男の体は自分の首を拾い上げると、自分の首を置きつなげ合わせる。
みちみちと嫌な音をさせて、その首はつながった。
「だけど、そんなんじゃ俺はしなねぇよ。なんたって俺は“鬼”なんだからな。ヒヒヒ!」
“鬼“
そんなものが実在するのかはわからなかったが、目の前のこの男からは妙な気配を・・・いやこの気配に少しだけ覚えがあった。
「・・・あの時の・・・」
吉郎を殺した・・・みんなを殺したであろうあの男と・・・よく似た気配がこの男から微かだがした。
それがわかった時、私の頭の中で何かがプツンと切れる音がした気がした。
──殺さないといけない。
咲夜はゆっくりと立ち上がる。
──生きるために殺さないと。
そしてゆっくりと刀を構える。
──先生との最後の約束だから。
鬼は、私に標的を変えると飛びかかってきた。
「先にお前から食ってやる!」
鬼が飛びかかってくる。
けれど、その動きを見た瞬間。
私は安心していた。
──遅い。
あの男に比べて、あまりにも動きが遅い。
先ほどの蹴りもそうだ。
あの男から受けた蹴りはしばらく動けないほどだったが、この鬼の蹴りはあまりにも弱かった。
──これなら問題ない。
そう思った時には、飛びかかってきた男の腕をすれ違い様に斬り落としていた。
「へっ!こんなん──」
そう言った男がこちらに体を向けたので、次は胴を斬る。
「この──」
まだ動いている。
だから次は、上半身と首を斬り離し、ついでに下半身を半分に斬る。
「おい──」
今度はうるさい口を閉ざすため、下半身を斬った刃先をそのまま返し、上半身と頭部を半分に分けた。
「──」
言葉は聞こえなくなったが、今度は残った腕がわきわきと動いているので指を斬り落とし、手首も斬り落としてやった。
びちゃびちゃと嫌な音を立てて、肉片が落ちると私はまだ動いている部位がないか探す。
そして少しモゾモゾと動いている半分になった頭部を2つとも刀の刃先で突きさし、体の残骸から離すように反対側に捨てた。
その頭たちは少しずつくっついていき、その口から出た言葉には先ほどの威勢が微塵も感じられないほど弱々しかった。
「な・・・なんだよお前・・・なんでこん──」
その鬼の口に刀を捻りこむ。
鬼は怯えたようにこちらを見つめながら白目をむいて動かなくなってしまった。
私はその動かなくなった頭から一切、目を離さず刀を突き立てたまま微動だにしなかった。
それからどれくらい時間が経ったのかわからない。
その鬼の顔を見下ろしたまま、しばらくするとその鬼の頭がまた蠢き始める。
「う・・・あ・・・」
鬼は状況が飲み込めていないのか左右に目を動かしていたが、やがて私と目が合うと「ひ・・・」っと小さく悲鳴をあげた。
──本当に死んでいなかった。
そうわかり、今度は懐に忍ばせている短刀を抜こうと手を差し込もうとした時だった。
鬼は何か思い出したのかあたりを見回し、何かに気づくと急いで逃げようとし始める。
私はなんだと思い、しばらく見つめているとその鬼に陽の光がゆっくりと当たる。
その途端、その鬼は悲鳴にならない声をあげ、まるで初めからそこにいなかったように灰となって消えてしまったのだった。
──あぁ、そうか。こいつらは陽の光で殺せるのか。
私はそれがわかり、ゆっくりと天を仰いだ。
あの男と同じような化け物を殺せた。
先生との約束を守って生き延びられた。
そんな想いとは裏腹に自分の中で言い表せない不安が渦巻いていた。
私は地面に刺さった刀を抜き、鞘に収めながら子供たちがいた方に目を向けると、2人とも抱き合うようにして眠っていた。
その姿を見て、私は2人にゆっくりと近づく。
そして壊れものを扱うように優しくその頭をポンッと撫でてやった。
その手に安心したような顔を浮かべる子供たちを見て、私はゆっくりと手を離すとお堂を後にし、歩き出した。
私は鬼のことをもっと知らなければならない。
生きるために。
先生との約束を守るために。
──私は今日より影として生きると決めた。