──最終選別が始まって数刻が経った頃。
時折聞こえる悲鳴の中、近づいてくる足音と気配を頼りに何匹かの鬼を討伐しながら、2人は歩いていた。
「みんな走って行ってるのに歩いてていいの?お姉ちゃん」
「えぇ構いませんよ」
全員が走っている理由はある程度察しがつく。
少しでも朝陽が早く届く場所に身を置きたい。
少しでも安全を確保できる場所を見つけておきたい。
そんなとこだろう。
そしてそれは間違っていない。
まず早く朝陽が出る場所を確保できればそれだけ1日が多く使えるし、休息も取れる。
何より死と隣り合わせという状態から早く解放されれば、それだけ精神の磨耗も緩和できるだろう。
だがそれを実行するには今のように走り続けなければならない。
そしてこの山の中で力のある鬼と遭遇する確率も上がってしまう。
咲夜はそれを嫌い、最後尾を行くことに決めていた。
そして今のところはある程度狙い通りに進んでいる。
「さて、ユラさん」
「あっユラでいいよ!むしろ呼び捨てで呼んで」
そう言って無邪気に笑うユラを見ながら、咲夜は微笑む。
「ではユラ。そろそろ朝陽が昇る頃ですので走りますよ」
「うん!わかった」
そう言って2人は山を駆け上がっていく。
所々に食われたと思われる隊士の血痕が残っていたが、鬼の姿は見えず討たれたのかそれとも移動したのかわからない。
2人は警戒を強めながら走り抜けていく。
「この辺りなら十分でしょう」
見晴らしの良い尾根に辿り着くと咲夜は一度立ち止まった。
ユラも地面を滑るように急停止すると咲夜に声をかける。
「何かあった?」
「ここから川を見つけます」
「川?水筒なら持ってきてるよ?」
そう言って包みから取り出す仕草を見せるユラに笑いかける。
「もちろん水筒の水でも今日は凌げますが、明日からのことも考えれば早い段階で飲み水の確保は必要でしょう」
「なるほど〜」
「それに魚も採れるかも知れません」
「魚!?」
ユラの目が一気に輝く。
その反応があまりにも素直で、咲夜は思わず口元を緩めた。
「取れたら焼き魚ですね」
「やったぁ!」
「木の実もありましたから、それと合わせれば7日は凌げるでしょう」
そう言って咲夜が見渡していると、それに続くように両手で望遠鏡を作るようにしユラも咲夜の真似をし始めた。
「私も探す!」
それを横目に見た後、刀に手を置きながら探していく。
朝陽が少しずつ見えてきており、鬼の気配も次第に隠れていった。
少ししてユラが「あ!」っと声を上げる。
「あそこ何かありそうな気がする!」
「どこですか?」
咲夜はユラに尋ねながら、その方向に目を凝らす。
すると微かだが時折朝陽を反射するように何かが煌めいたような気がした。
「確かに何かありそうですね。助かります、ユラ」
そう言って咲夜がユラの頭の上に手をポンっと置くと、ユラは驚いた顔で咲夜を見上げた。
「え、えっと・・・!」
赤い顔で俯いてしまうユラに咲夜は首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「いや、その・・・頭に」
「あぁ・・・ごめんなさい、いやでしたか」
そう言って手を離そうとするとユラは少し大きな声で否定する。
「嫌じゃない!」
ユラは全力で首を振った後、少し恥ずかしそうにモジモジする。
「むしろ・・・すごく安心するっていうか・・・なんていうか・・・」
そう言ってユラは目線を彷徨わせた後、意を決したように咲夜にお願いをした。
「も、もう少しだけ撫でてもらってもいい・・・?お姉ちゃん」
その言葉に咲夜はキョトンとした顔をするが、仕方なさそうな顔で次は頭に手を置くだけでなく優しく撫でてあげる。
「はわぁ〜」
ユラは気持ち良さそうに顔を和ませる。
その間も咲夜は周囲に目線を走らせつつ、刀から一切手を離さなかった。
木の実を集めながら歩いているうちに、辺りはすっかり朝陽に満たされていた。
山肌から流れる細い水流が溜まり、澄み切った水面は朝陽を受けて静かに輝いていた。
底もそこまで深くなく、ときおり微かにゆらめく波紋が水面を揺らしていた。
ユラは嬉しそうに水辺へ駆け寄り、そのまま湖を覗き込んだ。
「魚いるかなぁ〜」
ユラがワクワクしながら水の中を見つめていると、腰を下ろし木の実を齧っていた咲夜がユラに声をかけた。
「ユラ、さっさとこれを食べて寝ないと」
「え〜?魚は〜?」
「起きたら一緒に探してあげるから。それよりも今は少しでも寝ないと」
「でもこんな明るかったら寝れないよ〜」
「・・・まったく」
そういって咲夜はユラの近くまで体をずらすと、その口に持っていた木の実を軽く押し入れた。
もぐもぐと口を動かすユラの目を見つめる。
「ちゃんと食べた?」
「うん!」
「そう」
咲夜は無防備なユラの背後へ静かにまわる。
ユラが無邪気に水面の方にまた目を向けていた、その瞬間。
咲夜はユラの首に優しく腕を滑り込ませ、キュッと締め上げる。
「きゅっ!?」
ユラは驚いた顔をし、咲夜の腕を反射的に掴むがやがて体から力が抜ける。
咲夜はユラの頭を優しく自分の膝の上に乗せると、そっとその髪を撫でた。
「おやすみなさい」
そう呟き、咲夜も刀を片手に持ったまま目を閉じる。
風に揺られ木々のざわめく音と時折聞こえる水が跳ねる音。
そんな木々のざわめきの奥で、何かが地面を擦るような音だけが静かに響いていた。