宿に戻って休んだ女は着ていた女物の着物を脱ぎ捨てると男物の着物に着替え化粧をし腰に刀を差し込むと宿を後にした。
女のその身なりを見ても誰も何も言わず、むしろ通りすがりの女たちは少し色めきだっていた。
(やはりこの姿の方が面倒ごとが少なくていい)
女の姿で刀を差していると変な目で見られることや因縁をつけられることも多かったため、陰ながらヒソヒソ言われるくらいならマシだった。
そしてある店の前まで来ると暖簾をくぐり、中に入っていく。
「店主いるか?」
男の声に近くなるよう声を低くし話しかけると店の中にいて作業をしていた男の手が止まり振り返る。
「おんや、吉郎殿ではないですか。本日はどのようなご用で」
「旅に出るための糧食を貰いにきただけだよ」
「それはまた・・・ということはご用は滞りなく終わったんで?」
「あぁ。死肉を漁る野犬は始末したよ」
「そうですか。それはようござんした」
そういうと店主は糧食を女に手渡し、耳元で密かにつぶやく。
「次の場所は岡崎。そこで人が何人か消えている情報あり。次も滞りなく始末をつけられたし。ご武運を、咲夜殿」
それだけつぶやくと店主はスッと離れ、愛想のいい笑顔に戻る。
「またのお越しをお待ちしてますよ。旦那」
「あぁ。感謝するよ」
そういうと咲夜は着物を翻して店を後にした。
それからしばらくし咲夜は言われた岡崎の町に来ていた。
この町は先ほどいた町よりも大きく人の往来もそこそこあり賑わっていた。
咲夜はひとまず宿を借りると情報を集めるため、また女の姿で町に戻る。
(さて・・・では始めますか)
咲夜は人混みに紛れながら、意識を五感に集中する。入ってくる人々の雑音、鉄を叩く鍛冶屋の匂い、空気に混じる微かな自然の味、そして人と人の隙間で覗く往来の人々の表情などあらゆる情報を咲夜は普通の町娘を装いながら集めていく。
しばらくすると咲夜は一軒の茶屋に入ろうと開き戸に手をかけようとした時、誰かが反対側から迫ってくる気配を感じたが咲夜はあえて気づかないふりを装いつつ改めて手をかけようと手を伸ばす。
「教えてくださってありがとうございます!うわっ!」
「きゃっ」
勢いよく戸が開いたかと思うと2人は思いっきりぶつかってしまった。咲夜はその勢いで地面に倒れる。
「あわわわ!ごめんなさい!大丈夫ですか!?」
店から出てきたその男は動揺しながら咲夜に手を差し出す。
「え、えぇ大丈夫です」
咲夜は差し出された手を握りながらその男をジッと見つめた。
黒色の着物、その上には珍しい柄の羽織を着ていた。そして手を握り、その男の手の感触や筋肉のつき方、刀を差している位置などを観察する。
(なるほど・・・それなりに鍛えている)
咲夜は内心そんなことを思いながら立ち上がる。
「起こしてくださりありがとうございます」
咲夜は身長差を生かし少し上向き加減で下唇に軽く指を当てながら柔らかい表情を浮かべその男を見つめた。
その視線に男は少しドギマギしながら答える。
「え!あ!いやぶつかってしまったのはこちらなんだし男児たるものこのくらい当然ですよ!あはは!」
男はそう言ってハッと何か思い付いたかのようにゴソゴソと懐を探ると咲夜の目の前に手を差し出した。
「これ!あまり多くはないですが、ぶつかってしまったお詫びも含めせめてこれを受け取って」
そう言って差し出してきたのはいくばくかの金銭だった。
「え?いえそんないただけませんよ」
咲夜は少し戸惑ったかのようにやんわりと断るが男は咲夜の手を取るとその手のひらの上にそのお金を置いた。
「いいからいいから。では私はこれで!」
男はそういうとスタタと駆けて言ってしまった。咲夜は少しその後ろ姿を見ていたがやがて軽くため息をつくと店の中に入っていく。
「もし・・・2階に上がってもいいかしら?」
咲夜が店主にそう尋ねるとその中で働いていた老婆は調理していた手をとめ、咲夜に返事を返す。
「いいけど・・・時間がかかっちまうよ?席は空いているんだしわざわざ2階じゃなくてもいいんじゃないかい?」
「いいんです。少しだけこの町をゆっくり見たい気分ですので」
「・・・そうかい。なら少し待っとってくれな。団子できたら持っていくんで」
「ありがとうございます」
そう言って咲夜が2階に上がっていく。その背後からは常連らしき男の「なぁ婆さん!2階持っていくのしんどいなら代わりに俺が言ってやろうか?」「バカ言ってんじゃないよ。ほら早く仕事戻らんとまた棟梁さんに叱られるよ」みたいなやり取りが聞こえてきたのだった。