近づいてくる足音が聞こえ、咲夜はゆっくりと目を開けた。
太陽の位置を確認すると、数刻ほど経っていた。
咲夜は肩をゆっくりと回し首をゴキゴキと鳴らすと、音がする方に視線だけ向ける。
木々の間から出てきたのは、血まみれの受験生を担ぎ、荒い呼吸で立つ淀水の姿だった。
「あ・・・咲夜か」
いつもの彼らしくない暗い表情で、淀水はゆっくりと近づいてくると受験生をそっと下ろした。
「・・・その方は?」
「・・・ここに来る途中で見つけた」
そう言って大きな体を縮こまらせ、嗚咽を漏らし始めた。
咲夜は淀水から受験生の傷へ視線を落とした。
深い裂傷。
出血量も多い。
助かる可能性は低いだろう。
「……」
小さく息を吐き、荷物から晒しを取り出す。
ユラを起こさないようにそっと自分の荷物を枕代わりにして立ち上がると、その受験生のそばに座り直した。
受験生の傷を確認すると、咲夜はせめて止血だけでもと処置を始める。
「・・・こんな」
その言葉を背中で聞きながら、咲夜は処置を続けていく。
「・・・こんな選抜だと思ってなかったんだよ」
淀水はぽつりぽつりとこぼし始める。
「初めは順調だったんだ……でも、だんだん体力が続かなくなって……近くにいた奴らと一緒に戦ってた」
淀水の両手が震え始める。
「でも、俺の隣にいた奴らが次々に食われて……森の奥へ引き摺り込まれて……」
そう言いながら淀水は歯をガチガチと鳴らした。
「そうですか」
咲夜がそう言うと淀水はゆっくりと咲夜の方に目を向ける。
「・・・そういえば・・・お前たちの方はどうだったんだ?・・・確か後ろにけっこういたはずだけど」
その言葉に、咲夜の手が一瞬止まるが、すぐに処置を続けた。
「さぁ・・・私たちは誰も見ませんでしたよ」
「・・・そうか」
その言葉を聞いた淀水は、悔しそうに自分の服をギュッと握った。
しばらく処置をしていた咲夜だったが、一通りの処置を終えると、淀水の方に体を向ける。
「それでそちらは?」
「え?」
「どれくらいの方が生き残ったか聞いても?」
「あ・・・あぁ。正確にはわかんないけど、まわりを見たらだいたい6人くらいはいたよ」
「なるほど・・・他の方は?」
「えっとみんなバラバラに散って水と食料を集めに行ったと思う。俺は彷徨っているときに木にもたれてたそいつを見つけたから、そいつを担いで歩いてたらここに着いたんだよ」
「・・・そうですか」
初日で半数近くが脱落したことを知った咲夜は、今後の動きについて少し見直す必要があると感じていた。
自分たちと同じように育手のもとで鍛えられた彼らが、ここまで多く脱落した理由として、まず考えられるのは実戦経験の差だった。
だが、それだけでここまで数が減るとは考えにくい。
「ふむ・・・」
思っていた以上の数の鬼がいるのか、それとも厄介な鬼がいるのか、今はまだ判断がつかなかった。
咲夜は考えを巡らせながら、この場を淀水に任せて、近くに生えていた木の実を採りに行く。
それから数刻が経ち、日が西へ傾き始めた頃。
精神的に参っていた淀水は、疲れからいつの間にか眠っていた。
咲夜も準備を整えると、ユラの隣に腰を下ろし、しばし体を休めていた。
「う・・・う〜ん」
ユラがゆっくり目を覚ます。
その声を聞いた咲夜も目をゆっくりと開けた。
ユラが目をこすりながら体を起こすと咲夜も体を起こした。
「あ・・・れ・・・私」
「よく眠れましたか?」
寝ぼけていたユラだったが咲夜の声を聞いてびくりと体を震わせる。
それで首をゆっくりと咲夜の方に向けると、引き攣った顔で咲夜を見つめた。
「お・・・お姉ちゃん」
「なんですか?」
「あの・・・さっき私の首・・・絞めた?」
少し怯えたように尋ねるユラに咲夜はにっこりと笑う。
「えぇ。よく寝れたみたいでよかったです」
そう言って微笑む咲夜にユラは抗議の声を上げた。
「ええええ!?なんで首絞めたの!?」
「・・・?だって寝かしつける時は首を絞めるものじゃないですか?」
「違うよ!ぜぇぇぇぇったい!違う!」
咲夜はそんな!とでもいうような表情でユラを見つめる。
「・・・そんな。先生からはこうやって寝かせろって教わったのに・・・・」
「その先生絶対間違ってるよ!」
ユラに強く言われ、少ししゅんとする咲夜は恐る恐るユラに尋ねた。
「ではあの・・・寝かしつける時はどうしたらいいか・・・明日の朝また教えていただいてもいいですか?」
その様子を見たユラはふふんと胸を張る。
「まかせて!今まで散々お父さんに寝かしつけられてきた私がお姉ちゃんに教えてあげるね!」
「ふふっ。ありがとうございます」
そう言って2人は笑い合うのだった。
それから2人は、夜に備えてご飯の準備を進めていた。
そうしていると淀水も起き上がり、横になっていた受験生の様子を確かめにいく。
残念ながらすでに息を引き取っていた彼の前で、淀水はその顔を少しの間見つめる。
そして静かに手を合わせると、せめてお墓だけでもと鞘で穴を掘り始めた。
ユラとの約束通り2人は魚を捕り、持ってきた味噌を魚に塗って焼いた。
簡単なお墓を建て、持ってきていた晒しで汗を拭いていた淀水を呼び、3人は少し早い夕餉をとる。
「・・・美味い」
できた焼き魚を少しだけ齧った淀水は暗かった表情を少し和らげる。
「でしょ!う〜ん美味しぃ!」
そう言って幸せそうに魚を頬張るユラの姿を見ていた淀水も次第に明るさを取り戻していた。
咲夜はその様子を見ながら、少し安心する。
食事の後も2人は打ち解けたように話していたが、次第に口数が減っていた。
夜が近づいている。
夜が迫る緊張感の中、淀水は大きく息を吐き出し、頬をパンッと叩いて気合を入れた。
ユラも心を落ち着けるように深呼吸を続けている。
そして咲夜は腰の刀へ手を添えたまま、静かに森の奥へ意識を研ぎ澄ませていた。