3人は互いの穴を補いながら、三日目、四日目の夜も無事に越えていった。
そして5日目の夜──
藤襲山の別の場所では、1人の受験者がフラフラになりながら歩いていた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
彼は初日に淀水と共にいた受験者で、あれからも1人で生き残っていた。
最終選別だからと誰とも協力せず、食料も水も寝床も1人で確保しようとした。
だが満足な食料も飲み水も得られず、緊張から眠ることさえできない。
五日間に及ぶ空腹と睡眠不足は、すでに彼の思考を鈍らせていた。
それでも鬼の襲撃を凌ぎながら食べ物を探し続けていたが、とうとう限界を迎え、木へ背を預けそのままズルズルと地面に座り込んでしまった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
鬼が来る気配はなく、初日に比べれば襲撃される回数も格段に減っているため、この山にいる鬼の大半を狩ったのではないかと鈍った思考が休むための口実を生んでいく。
彼の中で生まれたなんの根拠もないその考えが、彼の緊張を緩和し、油断を生んでしまった。
そしてその油断が彼の生死を決めてしまった。
彼が油断したその瞬間を見計らったように木の上から枝葉を掻き分ける音が落ちてきた。
次の瞬間、凄まじい衝撃とともに背中が地面へ叩きつけられる。
両手首を押さえ込まれ、体がまるで動かない。
だが、彼の目には何の姿も映っていなかった。
突然のことに気が動転し、彼は暴れるが逃れることができなかった。
「ひ・・・ひひ・・・ふひ・・・」
突然聞こえた声に彼は体をこわばらせる。
周囲には誰の姿もないはずなのに、その声は彼の胸あたりから聞こえた。
そして彼がそこに目を走らせてもやはり何もいない。
しかし重みによってわずかに沈んだ着物の胸元を見て、彼はようやく理解した。
姿が見えない何かが胸の上にいる。
そしてそんな人間離れなことができるのは鬼だけだと。
その考えにたどり着いてしまった彼は、この先、自分がどうなるのかを容易に想像してしまい、恐怖でガタガタ震えながら喚き散らし、なんとか逃げようとさらに暴れた。
飢えと睡眠不足で弱りきっている体からは考えられないくらい暴れるが、普通の人間が鬼の力から逃れるわけがなかった。
「ひ・・・ひひひ・・・」
その不気味な笑い声は彼を嘲笑うかのようにゆっくりとその姿を現していく。
そしてその姿を見た彼は息が詰まるほど体をこわばらせた。
今まで出会った鬼は全身の筋肉が発達していたが、この鬼は異様なほど腕だけが肥大していた。
自分の手首を掴んで拘束しているその鬼の腕は、まるで足のように長く木の幹のように太かった。
牙が生え揃った大きな口も不気味だったが、それ以上に異様なのは左右で大きさの違う目だった。
左目は殴られて腫れたような瞼に押し潰され、大きく見開かれた右目でギョロリとこちらを見つめていた。
その反面、胴体と下半身が異常に小さく、まるで赤ん坊のような体つきで彼の上に立っていた。
その鬼は涎を垂らしながら、彼の顔に大きな口を開けてゆっくりと近づいていく。
彼は助けてと懇願するが、1人で行動していた彼を助けにくる者がいるはずもなく、次の瞬間、大きく開かれた口が彼の顔を覆った。
その鬼は、ガツガツと喰いながら、咲夜たちがいる方向に目線を向ける。
この山にいる人間はもうあそこらへんにしかいない。
しかし、あそこにいる女は姿を隠して近づいてもすぐにこちらの存在へ気づいてしまう。
だから迂闊に手が出せないでいた。
そして5日目の夜も越え、6日目の昼。
咲夜たちは、早めの夕餉に使う魚をいつものように捕っていた。
すると森の奥から、何かが草木を掻き分けて近づく音が聞こえた。
淀水は急いで刀に手を置き身構え、咲夜とユラは魚を捕る手を止めた。
森の奥から姿を現したのは、2人の受験者だった。
生傷が多く体中ボロボロだが、それ以上によく休めていないのか疲れ果てた表情をしていた。
しかし3人の姿を見て、やがて驚いた表情に変わっていく。
「・・・人?・・・いや・・・なんでお前ら・・・」
2人が戸惑ったまま立ち尽くしていると、淀水は刀から手を離し2人に駆け寄る。
「おおおお!人だ!・・・咲夜!俺達以外にも生きてる人がいたぞ!」
淀水が嬉しそうにそう叫ぶとユラも嬉しそうにするが咲夜だけは何も言わず、2人を見つめていた。
「ユラ」
「・・・?」
ユラも淀水の後を追おうとしたが、咲夜がそれを止めた。
「今は魚を捕りましょう」
「でも・・・」
「彼らのことは淀水さんに任せましょう。それよりも彼らの分のご飯も用意するなら今の数では足りないでしょ?」
「あっそうだね!」
ユラはそう言うと魚を再び捕り始める。
咲夜はユラが作業に戻ったのを見てから、再び2人に目を向けた。
1人は人の良さそうな顔をしており、疲れ切りながらも淀水へ友好的に接していた。
だが、もう1人は何も言わず、目の前の淀水ではなく咲夜だけを見つめている。
あの目を咲夜は知っていた。
あの目は、害意を持った者の目だと。