そして朝がやってくる。
激戦を潜り抜けた咲夜とユラは、全身に土汚れこそ目立つものの、大きな怪我は負っていなかった。
淀水は、腕や脚にいくつもの傷を負い、土汚れもひどかったが、表情にはまだ力が残っていた。
対して、一度も戦わなかった男には、当然ながら汚れはなかった。
あれほど大勢いた受験者の中で、白と黒の少女たちの前に立っていたのは、わずか6人だけだった。
「「おかえりなさいませ」」
2人の少女は恭しく頭を下げて、こちらに労いの声をかけてきた。
白髪の少女が口を開き、二人は交互に告げていく。
「おめでとうございます」
「ご無事で何よりです」
「まずは隊服を支給させていただきます」
「体の寸法を測り、そのあとは階級を刻ませていただきます」
その言葉を聞いたユラが不思議そうな顔をしながら声を上げる。
「階級?」
その質問に黒髪の少女が答える形で、また交互に語っていく。
「階級は10段階ございます」
「甲(きのえ)」
「乙(きのと)」
「丙(ひのえ)」
「丁(ひのと)」
「戊(つちのえ)」
「己(つちのと)」
「庚(かのえ)」
「辛(かのと)」
「壬(みずのえ)」
「癸(みずのと)」
「今現在の皆様は1番下の癸となっております」
「本日、刀を作る鋼、玉鋼を選んでいただけますが、刀ができるまで10日から15日かかります」
(・・・これで、ようやく)
自分の日輪刀が手に入る。
自分で選んだ道が今から始まると思うと、咲夜は言いようのない高揚感で胸が熱くなった。
「その前に」
そう言って白髪の少女が手を叩く。
すると空高くから鳴き声が響き、鴉たちがそれぞれの受験者の肩へ舞い降りた。
ユラは嬉しそうに鴉の頭を撫で、いまだに怯えている男は鴉から身を守るように体を丸めて座り込んだ。
「今から皆様に鎹鴉(かすがいがらす)をつけさせていただきます」
「鎹鴉は主に連絡用の鴉でございます」
「それではこちらへ」
そう言って2人の少女は合格者たちを、綺麗に並べられた玉鋼の前にうながした。
「それではこちらから玉鋼を選んでくださいませ」
「鬼を滅殺し、己の身を守る刀の鋼は、ご自身で選ぶのです」
それを聞き、怯えていた男は肩をびくりと震わすとそのまま後ずさりし始める。
「む・・・無理」
突然の男の発言に、咲夜を除くその場にいた全員の視線が男に集まる。
「・・・鬼と戦うなんて・・・僕にはできない!」
そう叫んだ男は、頭を抱えてうずくまる。
そして堰を切ったように心のうちを吐き出し始めた。
「僕だって、ここへ来る前はちゃんと修行した! でも……鬼の顔を見たら、怖くて……。結局この七日間、一度も刀を振れなかった。こんな僕が鬼殺隊に入っても、すぐに死ぬだけだよ……!」
その言葉に誰も何も言わなかった。
沈黙の中、声を上げたのは白髪の少女だった。
「無理強いはいたしません」
「この7日間お疲れ様でございました」
その言葉を聞いた男は、何も言わず立ち上がるとその場から走り去ってしまった。
少女たちは再び静かに佇み、残った合格者たちが玉鋼を選ぶのを待っていた。
「選べと言われてもどれを選んだらいいの・・・」
ユラはうーんと唸りながら玉鋼を見比べていく。
咲夜は並べられた玉鋼をしばらく見定めると、その中の一つへ迷わず手を伸ばした。
すると、それに続くように他の合格者たちも手を伸ばしていくのだった。
一通りの手続きを終え、咲夜たちは藤襲山を後にした。
咲夜とユラは疲れ果てた淀水に歩調を合わせながら、数日かけて流水の家へ帰り着いた。
ユラも本来なら、自分の育手のもとに帰るつもりだった。
しかしせっかく連絡用の鴉をもらえたので鴉に連絡を頼み、ついてきたのだった。
元気よく挨拶して入ってきたユラに流水は驚いた顔をしていた。
しかし、その後ろにいる咲夜と淀水の無事を確かめると、安堵したように表情を緩めた。
流水が用意してくれた久しぶりのまともな夕餉を4人で楽しみ、ユラと流水が楽しそうに話しているのを見ていた咲夜に淀水が声をかけてくる。
「少しだけ・・・いいか?」
咲夜は何も言わず立ち上がると、淀水について外に出る。
しばらく2人で夜空を眺めていた。
やがて淀水が咲夜の方を見て頭を下げた。
「すまなかった」
咲夜はそれに答えず、夜空を見つめる。
「俺があの2人を受け入れたせいで余計な──」
「別に構わないですよ」
淀水の言葉を遮るように咲夜は、夜空を見ながら話し始めた。
「鬼殺隊は鬼から人を守る組織。なら淀水さんの優しさはむしろ必要なものなんだと思います」
そう言って咲夜は、少し考えたあと口を開いた。
「淀水さんに足りないのは、強さだけですよ。それも他人を守り切れるほどの強さが」
咲夜は夜空から淀水の方に顔を向けた。
「だからあなたに今必要なのは、謝罪ではなく鍛錬です。どうやらまだまだ鍛錬が足りないみたいですからね」
そう言って咲夜が悪戯っぽく笑うと、淀水は初めて咲夜の強さを見たあの日を思い出した。
『死ぬ気で鍛錬を重ねればこれくらいは誰でもできますよ。できないというなら鍛錬が足りないのでは?』
あの時はつい反論してしまったが、今ならその言葉をすんなりと受け入れることができた。
「あぁ。今度はお前に頼らなくてもいいようにもっと鍛える。見てろよ、咲夜!」
「えぇ。期待してますよ、淀水さん」
そう言って2人は、軽く拳を合わせ、夜空を見上げるのだった。