「おう!流水、いるか!?」
最終選別を終えて、9日が経ったある日。
咲夜たちが鍛錬のため山へ入っている間に、初老の男が訪ねてきた。
肌は日に焼け、顔には小皺が刻まれていた。
しかし、その肉体は今なお鍛え上げられており、老いをほとんど感じさせなかった。
流水はその男の姿を見て、心底驚いた顔をする。
「これはまた・・・随分とお久しぶりですね、創也さん」
「ガハハハ!俺たちが引退して育手になって以来だからなぁ。もう10年くらいになるか?」
「えぇ。それくらいですね」
「弟子どもはどうだ?」
「そうですね・・・育手になって弟子を何人か出しましたが・・・全員を無事送り出せることが、いかに難しいか日々痛感していますよ。そちらはどうですか?」
「そうだなぁ・・・そもそも弟子を出したのが今回初めてだったからな・・・」
「そうだったのですか?」
「おぅ。どいつもこいつも鍛えてやるとすぐ逃げ出しやがる。まさか自分の娘を初めての弟子として送り出すことになるとは思いもしなかったぜ」
「あぁやっぱりユラさんはあなたの娘だったのですね。お名前を聞いた時、もしやとは思いましたが」
「ガハハ。可愛いだろー? うちの娘は」
「えぇ。とても素直で可愛らしい方です」
「だろー?・・・本当は普通の娘として暮らして欲しかったけどな」
「・・・そうですね」
「初めは護身用に少し戦い方を教える程度のつもりだったんだが・・・弟子どもが逃げる中であいつだけが真面目に鍛錬してたからな。ついつい俺の全てをあいつに教えちまった」
「なるほど」
「まぁまだまだ未熟な点も多いが、そこらへんの鬼どもじゃあ問題ねぇだろ。それでお前の弟子・・・あー女の弟子はどんなやつなんだ?」
「どんなとは?」
「あー・・・ユラの鴉から聞いたが、お前んとこの女弟子をお姉ちゃんって呼んでるって聞いてな。少し気になったっつーか」
「あぁ・・・咲夜さんのことですか。確かに随分懐いてるようでしたね」
「そ、そうなのか?あのユラがなぁ」
「彼女は随分人懐っこい性格でしたが、そんなに意外でしたか?」
「ユラは勘が鋭いっつーか・・・人を見る目があるからな。自分のことを嫌うと思った奴には極力近づかねぇし、話しかけもしねぇんだよ。それに、俺のところへまっすぐ帰らず、そいつについていくほど懐いてるってのが意外でな」
「なるほど」
流水は少し考えたあと、創也に提案した。
「なら少しの間、ここで泊まりませんか?」
「ん?」
「もうすぐ鍛錬を終えて、皆戻ってくる頃でしょうし」
「ほぉ。最終選別を終えたばかりだっつーのに・・・随分気合が入ってるみたいだなぁ」
創也は白髪混じりの髭をいじりながら、嬉しそうに笑う。
「えぇ。どうやら待ちきれないみたいです」
それを聞いた創也は、膝をバシンと叩き、豪快に笑った。
「ガハハハハ!それだけの熱意があるなら、いつか俺たちみたいに柱になってるかもな!」
「・・・そうですね。順当にいけば、少なくとも咲夜さんは柱になれるでしょう」
「ほぉ?そこまでの奴か。お前の女弟子は」
「えぇ。もしかしたら彼女なら・・・と思わせてくれるものを持っています」
「慎重なお前にそこまで言わせるのか。これは会うのが楽しみになってきた」
そしてその日の夕方。
鍛錬を終えた3人が家に帰ってくる。
最初に入ってきたユラは、創也の姿を見て驚きの声を上げた。
「あれ!?お父さん!」
「おおお!ユラ〜〜!おかえり〜!」
そう言って両手を広げて駆け寄った創也はユラを抱きしめた。
「わわっ!苦しいよ!」
ユラは抱きしめられ少し苦しそうにするが、嬉しそうに笑っていた。
「ちゃんと無事に帰ってきたなぁ!さすがは俺の娘だ!よく頑張った!」
そう言いながらユラの頭をわしゃわしゃと撫でていた創也だったが、ちらりと後から入ってきた淀水と咲夜を見た。
その視線に気づいたユラは、創也の手から逃れながら2人を紹介する。
「お父さん!最終選別で知り合って一緒に戦ってくれた淀水さんとお姉ちゃんだよ!」
そう紹介された淀水と咲夜は軽く頭を下げる。
「ほぅ。ユラが世話になったみたいだな」
そう言って創也は2人に近づく。
「稲羽創也だ。雷の呼吸の育手であり、ユラの父親だ。よろしく」
そう言って創也が手を差し出した。
淀水はすぐにその手をとり、握手を交わす。
「あっ淀水です!」
そう言って手を離そうとするが、創也は淀水の手を握ったまま離さず、笑顔のまま顔を近づけた。
そしてユラに聞こえないくらいの声で淀水に話しかける。
「ユラにちょっかいをかけたら・・・わかってるだろうね?」
そう言いながら創也が徐々に握っている手に力を込めていくと、淀水はぶんぶんと首を縦に振った。
「も、もちろんです!」
「よろしい」
そう言って笑顔のまま手を離すと、淀水は握り潰されそうになった手を押さえながら、低くうめいていた。
次に咲夜の方を見た創也は、ジィッと見つめる。
咲夜のことを、上から下までじっくりと見ていった。
「なるほどなるほど」
佇まいだけで、ただものではないと感じ取っていた創也だったが、咲夜の細身の身体へ目を凝らせば、着物越しにもわずかに浮かぶ肩や腕の筋肉から、相当に鍛え込まれていることがわかった。
流水の言葉に納得したように創也が頷いていると、ユラがジトっとした目を向けていた。
「お父さん・・・お姉ちゃんのことじっくり見過ぎじゃない?最低だよ?」
そう言われ創也はバッとユラの方に向くと慌てて弁明する。
「い、いや!お父さんは決してやましい気持ちで見てたわけじゃないぞ!」
「ふーん・・・」
「し、信じてくれ〜〜ユラ〜〜〜!」
創也の叫びが流水の家に響き渡るのだった。