かつて八百屋を営んでいた老婆は、今では高級宿の奥の座敷に座り、咲夜から届いた定期連絡に目を通していた。
読み終えたその手紙をすぐに竈門の火の中に手紙を投げ入れる。
「無事に鬼殺隊に入れたかい」
そう呟くと、その後ろで仕込みをしていた男が一切手を止めることなく、小声で話しかけてくる。
「良かったのか?」
「何が?」
「立ち直ったなら鬼殺隊じゃなく、宵に戻ってもらう方が」
「宵は解体されたんだよ」
女将は表情一つ変えず、淡々と答える。
「順当にいけばあたしらも解体されるところを、他組織の支援部隊を助けるって名目で存続を許された。それに今更行ったところで邪魔なだけさ。どんなに優秀でもね」
「・・・まぁ・・・そうか。でも・・・あの子の出生を考えると──」
その言葉を口にした瞬間、男の背中にぴたりと冷たい刃物が当てられる。
「それ以上はやめな。それを知ってるのは、猿野郎から事情を聞いた時にその場にいたあたしとあんただけ。これは殺されたって、外部に漏らしちゃいけないことなんだよ。わかってるね?」
「す、すまねぇ」
そう言って男がもう言わないと手をあげて示すと、女将は静かに刃を引き元の位置に座り直した。
「全く・・・」
そう言いながら、あの日咲夜から渡されたあの手紙を思い出す。
泥だらけだったあの手紙に書かれていたのは、宵の隠し財産の場所ではない。
元々宵の隠し財産の全ては、明鳥が管理しており、あの赤い石も手紙も財産とは一切関係なかった。
あの石は、宵の長に代々受け継がれてきた証だった。
あれを猿が咲夜に渡したと知った時から隠れ里は壊滅したと察していた。
ではあの手紙はというと、あれは帝から猿野郎に宛てた勅書だった。
内容は『生涯にわたり、咲夜を監視せよ』と書かれていた。
女将は火鉢に置いていた竹製の煙管を手に取ると、大きく吸い込みゆっくりと吐き出した。
(あの猿。勅書をあの子に握らせたのは、明鳥全体があの子を支援するという名目のもとで監視すると踏んでのことだろうが・・・ちゃんと先のことまで考えて、あれを渡したんだろうね?)
明鳥全体で咲夜を支えるためにも、あの勅書の内容を他の元締め連中に伝えたが、おそらくほとんどの奴が気付いたのだろう、遠回しにそのことを匂わせつつ、全面的に協力すると言ってきた。
鬼殺隊に入った以上、前のような直接的な支援はできなくなるが、おそらくその地区を担当する元締めがそれとなく支援するだろう。
「相変わらず血生臭え世界に生きてるが、やっと生きるって意味がわかったんだ。頑張んな、咲夜」
咲夜の手紙を読み、憑き物が落ちたことを知った女将は、どこか嬉しそうに煙を吐き出すのだった。
そしてその頃、咲夜はというと──
「名前・・・名前・・・」
鴉の名前に悩んでいたのだった。
その日の朝、突然入ってきた鴉が無駄にいい声で咲夜に指令を伝えた。
「咲夜。詰所案内。来イ」
その光景に流石に驚いた咲夜は、少しの間放心したように固まっていたが、ハッとし返事をした。
「あっはい。了解しました。えっと・・・鴉さん?」
「名前無イ。ツケロ」
「・・・なら少し考えますので待っててください」
「期待」
そんなことを言ってるとまた別の鴉が入ってくる。
「ユラ。詰所案内スルワ。シッカリツイテキテネ」
今度は男らしい声なのにどこか女性に寄せた声色でユラの肩に降り立った。
「あっ牡丹ちゃん!」
ユラの鴉は、初対面でユラとすぐに仲良くなり、気さくに話しかけていた。
「オイ。淀水、オニガデタゾ!ハヤクイケ!ココカラ、北の町、子供ガキエテル!」
「え、俺だけ!?」
「現地ニ他隊員イル!ハヤクイケ!」
そう言われ慌てて用意をした淀水は、咲夜たちと流水に挨拶して、出かけて行った。
それからしばらく悩んでいた咲夜だったが、やがて思いついたように顔を上げる。
「では、桜花とよびましょう」
「承知。私桜花。咲夜、案内」
そう言って早く来いとばかりに外に飛び立つ。
咲夜とユラは急いで隊服を着て、用意を済ませると流水と創也に軽く挨拶して、詰所に向かうのだった。