それから半年。
この間、咲夜は酸素を多く体に取り入れるための修行を行っていた。
基礎修行は、宵の時代に行っていたものと大差ない。
自身と同じくらいの重さの大岩を背負いながら登山し、酸素の薄い山頂まで辿り着けば岩を下ろす。
その後は肺が焼けるような感覚に耐えながら、むせなくなるまで教えられた呼吸法を何度も繰り返した。
それを一通り終えると、今度は岩を落とさぬよう下山する。
そして麓へ戻れば滝行と潜水。
そんな修行の日々をひたすら繰り返していた。
一方、淀水もまた基礎能力向上のため山へ籠っていた。
山頂で刀を二千回振り終えた後、流水の不意打ちを捌きながら下山し、麓へ戻れば今度は受け身と体捌きの鍛錬。出会った頃に比べ、淀水の体つきはさらに逞しくなり、動きの無駄も大きく減っていた。
この分なら淀水の卒業も近いだろう。
流水はそう考えていた。
だが逆に、咲夜はいまだ呼吸法の会得に苦戦していた。
大きく息を吸い込み、肺に大量の空気を取り込んでもむせることはなくなった。
しかし流水が言うような“活性化”が起きる気配はない。
精神は安定しているがこれではただ深呼吸しているだけに過ぎなかった。
「ゼェゼェ・・・ふぅぅぅぅ」
水から浮かび上がった咲夜は、岸に上がり息を整えるとすぐに大きく息を吸い込む。かなりの量の酸素を取り入れ、自身の丹田に力を込める。
しばらく息を止め、何か変わったことはないかと探るが特に何も感じなかった。
「呼吸を使うとどうなるかって?」
「はい。よくわからないので教えていただきたいのですが」
「ん〜〜・・・」
焼き魚を食べながら淀水は頭をひねっていた。が納得したように頷くとニカっと笑って答えた。
「こう心臓がカーーーっ!と熱くなって、全身がぶわわわわわ!ってなって腹の底からうおおおおお!って感じに力が湧いてくるんだよ」
「・・・ヘェ〜・・・ソウナンデスカァ〜」
・・・このやりとりを見ていた流水は、人をあれほど残念な目で見れることを初めて知った。
それからはさらに半年が過ぎた頃、流水のもとに文を鴉が運んできた。
その内容をしばらく読んでいた流水だったが、やがてゆっくりと淀水に顔を向ける。
「甲凱くん。君を最終選別の参加者として推薦したいと思うけど良いかな?」
それを聞いていた咲夜と淀水。
淀水はその言葉を聞いて、先ほどまで持っていた桶を手から滑り落とす。
中の水をぶち撒けてしまったが、そんなことどうでも良いように淀水は震える声で流水に声をかけた。
「師匠・・・それって・・・」
「うん・・・今の君ならきっと大丈夫。だから頑張っておいで」
その言葉を聞いて飛び上がるほど喜んだ淀水は思わず流水に抱きついていた。
そんな中、咲夜は・・・いまだに呼吸法の会得には至っていなかった。
「咲夜さんは・・・型だけなら、できているんだけどね・・・」
流水はそう言って渋い顔をしていた。
咲夜は無理を言って水の呼吸の技の型を教えてもらい、呼吸を会得しようとしながら型の練習を欠かさなかった。
その結果、型の動きだけはできるようになったが、あくまでも動きだけで呼吸を会得していなければ、似たような動きができているだけの劣化版としか言えなかった。
「君の身体能力を考えれば、最終選別に参加しても生き残れるとは思うんだけどね。・・・呼吸を会得していない剣士を入隊試験に出させるわけにはいかない。そこはわかってほしい」
「・・・はい」
咲夜はいつも以上に感情が読めない顔でそう答えるといそいそと夕餉の支度を始めた。
ここに来てから流水から料理を教わり、その腕前は一般家庭くらいにはなっていた。
そうしていつになく重い空気で夕餉をとっていると何かを思い出したのか、淀水は「あ」っと声を上げる。
「そういえば・・・俺が呼吸をちゃんと使えるようになったのって師匠との立ち合いの時だ」
咲夜はその話にぴくりと反応し、もぐもぐと口を動かしながら2人に目を向ける。
「あぁそういえば・・・」
「そうそう!先生の攻撃が避けられないし、俺の攻撃は当たらないしで焦ってたんだけど何度も打ち据えられて逆に冷静になったのか、一度大きく息を吸い込んだんだよ。そしたらいつもとなんか息の吸い方が変わったというか・・・音が違ったと言うか」
そこまで話した淀水は夕餉を飲み込む。
「確かいつもスゥゥゥゥゥみたいな音だったのが、ヒュウウウウみたいな音に変わってたんだよな。そしたらなんかできるようになってたというか・・・あんまり参考にならなくてごめんな?」
「いえ・・・教えてくださりありがとうございました」
その夜、咲夜は2人が寝静まった後、1人山奥に広がっていた浅い湖面にまで来ていた。
最近見つけた場所で、咲夜はここで呼吸の練習をよくしに来ていた。
「・・・フゥゥ・・・スゥゥ・・・フゥゥ・・・スゥゥ」
淀水に言われた呼吸音を意識しながら何度も試すが、そんな音など出ず、いつものように木々の音と虫の鳴き声しかない静寂の中で咲夜の呼吸音だけが響いていた。
咲夜はしばらく続けていたが、やがてやめてしまうと静かに水面に映る自分の顔を見つめていた。
「・・・ふ」
咲夜は自身の口角を指であげ、笑顔のようなものを作りしばらく見ていたが、やがて自傷気味に笑うと「・・・気持ち悪い」とだけ呟いた。