この素晴らしい世界にゾルディック家三男を!   作:カトタンバ

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第1話「イセカイ ✕ ニ ✕ テンイ」

「ここは………何だ?ゴンはどこに行った!?」

 

 

 少年は独り絶句する。

 

 人とは異常事態に直面すると正常に言葉を発せなくなる生き物である。

 職業(・・)柄、数え切れないほどの修羅場をくぐり抜けてきたこの少年─────キルア=ゾルディックもまた決して例外ではなかった。

 

 されど一秒と経たずして正常な思考力を取り戻したのは経験の為せる業か。

 

 ふわふわした雪のような銀髪をそよ風に靡かせ、彼は油断無く周囲を警戒する。

 キルアの見渡す限りに中世ヨーロッパの様な街並みが続き、道行く人々の中にはファンタジー作品に登場するような戦士や魔術師といった出で立ちをしている者もいる。ハロウィンの時期にヨークシンシティ辺りでたくさん見かけそうな姿だ。

 

 自分が何故こんな状況に立たされているのか、キルアは落ち着いて状況を整理する。

 

 

 

***

 

 

 

〝キルア ありがと!オレ、キルアと一緒にここに来れて…ううん、キルアと会えて本当によかったよ!″

 

 

 自分は、大切な友人であるゴンの父親を探す旅に同行していた。

 

 手がかりの一つは、念能力を会得した人間のみがプレイ出来るゲーム『グリードアイランド』。

 世界有数の念能力者であるゴンの父親が製作に携わったゲームであり、プレイのための条件を満たせばプレイヤーの身体・精神がゲーム世界に引きずり込まれるという代物だ。

 

 そこで幾多の苦難を乗り越えて無事クリアし、報酬としてゲーム内のカードを持ち出すことに成功した。

 そして、二人で呪文(スペル)カード《同行(アカンパニー)》を使ってゴンの父親の居場所へとワープしたはずだ。

 

 

〝もちろんキルアを紹介するよ!「オレの最高の友達」だって!!″

 

 

 直前にゴンがそう言ってくれて嬉しかった…幾ら言葉を並べても到底表せないほど。

 でも、同時に一つ思ったことがある。オレは本当にこのままゴンの傍にいてもいいのかな、と。あいつのことがあまりにも眩しすぎたから……。

 

 そんなことを考えて、カードの効果に身を委ねていた時、

 

 

──視界が白に染まり、体のすべての感覚が消えた。

 

 

 何も見えないし、何も聞こえない。重力も方向も分からない。何か得体の知れない力に弄ばれているような、そんな錯覚に陥る。

 ………おかしい。今までゲーム内で《同行》を使っていてもこんなことは一度も無かった。

 

 共に飛んでいるはずのゴンに声をかけようにも、喉も口も一切言うことを聞かない。何故だ!

 

 

 

 オレは、オレは………

 

 

 

***

 

 

 

 自分がここに来た経緯を思い出したキルア。呆けているのも馬鹿馬鹿しいと、早速行動を開始する。

 

 

「何はともあれ、まずは情報収集だな」

 

 

 煉瓦造りの家々の合間を歩き出したキルアの脳内で、すぐに一つの仮説が浮かび上がる。

 それは今いる場所がG(グリード).I(アイランド)なのではないかということ。

 あのゲームの世界は仮想空間などではなく、れっきとした現実の一部だったのだ。カードを使用したことで何らかの不具合が働いて、ゲーム内に戻されたとしてもおかしくないのではないか?

 

 しかし、この考えはすぐに否定されることとなる。

 「ブック」と唱えても、カードを収納するバインダーが出てくることは無かったからだ。以前に諸用で一時的にゲームの外に出た時もバインダーを出せなかったことを思い出す。

 そもそもG.Iに存在した街──アントキバ、マサドラ、ドリアス、ソウフラビ、アイアイ、リーメイロのいずれとも、この街の景観が一致しない。

 

 二つ目の仮説として、シンプルに本来のワープ先とは別の土地に飛ばされてしまった可能性も考えた。

 ところが、程無くしてこの仮定でも説明が付かない事態が発生する。

 

 

「(どうなってやがる…オレは何故ここの文字を読めるんだ?)」

 

 

 街中で使われている文字はどれもこれもキルアが全く見たこともない物だ。なのに読めた(・・・)

 己の知る言語など一切使用されていないのは間違いない。そんな未知の物と認識している文字の意味を翻訳もせずして理解出来るなど、天地がひっくり返ってもあり得ないことだった。

 

 目の前にある「図書館」と読み取れる看板を忌々しげにキルアは見つめる。

 情報を得るのに好都合という現実を軽く塗りつぶす、「ありえないこと」が起きてしまっているという現実。

 

 決して暑くもないのに彼の背中にじわじわと汗が浮かんでいた。尋常でないほど青ざめた少年の顔を通行人は凝視するが、取り繕う余裕は微塵もない。

 

 

「クソッ…ワケわかんねーよ!」

 

 

 頭を掻き毟り、他に当てもない彼は仕方無く図書館に入る。

 この街の文明レベルは低いらしく、ゴンの無事を確認しようにも連絡を取る手段もないため、これくらいしか出来ることはなかった。

 

 

 

 

 数時間に渡って書物を調べに調べた結果、ここがベルゼルグ王国という名の国家だということを知る。剣術と魔法の鍛錬を奨励し、『冒険者』なる職業の支援に力を入れているのが特色の大国と本には書かれていた。

 前提として、幼い頃から英才教育を叩き込まれてきたキルアは地理にも造詣が深い。だが、ベルゼルグ王国などという大国の名前は一切聞いたことがない。

 そして「世界地図」とやらに記されている国名もどれ一つとして、見たことも聞いたことも無かった。

 極めつけにこの世界は、永き年月に渡って『魔王』率いる軍勢の恐怖に脅かされているという情報も目に飛び込んでくる。

 

 ここでキルアはふと自宅での出来事をまさしく前世のことのように思い出した。

 

 

「(そういや兄貴(ミルキ)の持ってた小説の中に今のオレみたいな状況の話があったような…)」

 

 

 それはキルアが次兄の部屋から(無断で)拝借したライトノベルの一冊。主人公が目覚めたら元の世界とは全く違う『異世界』に転移していたという物語。

 

 ──ということは、だ。

 

 

 

 

 

「まさかオレ……異世界に来た、なんて……いや、そんなの絶対ありえねぇって!!!!」

 

 

 

 

 

 ………途方も無いことを考える自分を笑ってやろうとしたが無理だった。

 

 

 

***

 

 

 

「図書館内ではお静かにお願いします」

 

「……はい。すいません」

 

 

 現実逃避を続けるわけにもいかないので、調査を続行する。 

 

 冒険者とは「ギルドという組織に所属し、冒険者稼業を行う者」を指すのだという。

 冒険者の主な仕事はモンスターの討伐。この世界のモンスターには人間と共存する者もいれば、人間を脅かす者もいる。その脅威の筆頭に立っているのが前述の魔王だ。

 またモンスターの討伐クエストだけでなく採取クエストや探索クエストなど、その活動は多岐に渡る。ちなみに世の中には、一つのクエストの分野に特化した冒険者もいるとのこと。

 

 

「(さしずめ冒険者がハンター、ギルドがハンター協会みたいなもんか)」

 

 

 そして今いる街の名はアクセル。

 城壁に囲まれた円形の街で、駆け出し冒険者の街とも呼ばれているらしい。その異名通り、新米冒険者への支援が手厚いのだとか。

 多くの志望者がこの街のギルドで冒険者登録を済ませ、旅立ってゆくのだという。

 

 

「(ハハッ…なんかこの世界、ますますRPGっぽくなってきやがったな…)」

 

 

 もう調べ物はいいだろう。キルアはギルドを探すことにした。

 冒険者登録の際に発行される冒険者カードは身分証明書の役割を果たす。つまりハンターライセンスの代わりになるということだ。これを入手しない手はない。

 

 

 

 

 そして、遠い田舎から出てきた子供のふりをして街の人々に話を聞いていった結果、昼に差し掛かった頃……

 

 

 

 

「へえ〜ここが冒険者ギルドか。ホントいかにもって感じの建物だな」

 

 

 お目当ての施設はすぐに見つかった。

 街中の張り紙で見たギルドの紋章が記されていた点からも間違いないはずだ。装備を身に纏った人間が次々と外に出てくるのも裏付けと言えよう。

 まさにゲームに出てきそうな趣ある家屋に惹かれたキルアは、扉に手をかけ軽やかに敷居を跨ぐ。

 

 

「……いらっしゃいませ。お食事の方は空いたお席へどうぞ。お仕事探しの方は奥のカウンターへ」

 

「あ、はい…」

 

 

 何とも覇気のないウェイトレスの第一声。

 

 

「(普通こういうとこってもっと活気あるもんじゃねーのか…?)」

 

 

 ギルド施設内は、キルアの想像より遥かに閑散としていた。冒険者らしき人間の姿もまばらで、ウェイトレス達は暇そうに雑談している。

 キルアの聴力を以てすれば少々距離があっても彼女らの会話は正確に聞き取れた。「なんか今日、人いなすぎない?」「祝日だっけ?」と話していることから、普段はもっと盛況なことが察せられる。

 どうやら別にギルドが廃業の危機に陥っているということはないようで、キルアはほっと胸を撫で下ろす。

 

 

 

 

 

 ──そんな時、椅子に座っていた一人の人物と目が合った。

 

 とんがり帽に黒マントと典型的な魔法使いの格好をした少女だ。歳はキルアとほぼ同じくらいだろうか。

 黒髪に赤い目を持ち、左目は眼帯で隠しているようだ。人形のような整った顔立ちは少々やつれている。

 

 少女は、「求人募集」と書かれた掲示板を鬼気迫る表情で見つめている。

 周りの冒険者達が引きつった顔で彼女に視線を送り、距離を置いているように見えるのは気のせいだろうか?

 

 

「(ま、オレには関係の無いこった)」

 

 

 眼前の奇怪な光景は意に介さず、キルアは受付へと向かった。冒険者登録が済んだら、自分は他の人間とは組まずにクエストに行こう。

 

 

 

***

 

 

 

「クッソー!冒険者になるのに金がいるのかよ!」

 

 

 完全に盲点だった。

 ギルドだって慈善事業で冒険者の斡旋をしているわけではないのだから、少し考えれば分かるはずのことだった。

 

 キルアは己の失態に小さく舌打ちをする。

 

 どうやらこの国の通貨単位は「エリス」というらしい。登録には1000エリスを要求された。勝手知ったるJ(ジェニー)は全く通用しない。

 無論ハンター試験に合格するのに比べたら、1000エリスを稼いで冒険者登録を行うなど遥かに簡単なことなのだろうが、まだこの世界に来たばかりで右も左も分からないキルアにとっては、とても高いハードルかのように思えた。

 

 

「(あーあ、どうやって金稼ごっかな〜地道に働くのも面倒だしなぁ)」

 

 

 途方に暮れたキルアがギルドを出ようとした、その時、

 

 

 

 

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法──爆裂魔法を操る者……ッ!」

 

 

 

 

 

 些かの幼さを漂わせつつも凛とした声が彼の耳に響いてきた。 

 

 

「…ん?何だ?」

 

 

 キルアは思わず声のする方へと目を向ける。

 

 

 そこには、マントを翻す先程の少女の姿。

 

 

「「 …………。 」」

 

 

 彼女の目の前のテーブルに座っている二人組は何とも言えない表情を浮かべている。

 やや小柄な茶髪の青年と、透き通るような水色のロングヘアーの女性だ。女性側はいかにもファンタジー然とした服装なのに対し、青年の服装はこの世界には決して馴染まない代物で、キルアは思わず二度見する。

 

 

「(……ジャージ?この世界にそんな物があるとは思えねぇけど)」

 

 

 なおも少女は仰々しい語りを続ける。白々しいまでに厳かな口調で。

 

 

「フッ…あまりの強大さ故、世界に疎まれし我が禁断の力を汝も欲するか?なら我と共に深淵を覗く覚悟をせよ!深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ……」

 

 

 頭を抱え目を背けるキルア。

 

 

「(やめろ…オレまで黒歴史を思い出しそうになるから)」

 

 

 ……かつて様々な創作物に登場する悪役(ヴィラン)の台詞に憧れ真似した彼の胸中に、猛烈な共感性羞恥が去来する。

 ダークで壮大な世界観を表現するためにあまりにも大袈裟で破滅的な物言いを好んでいた時期が自分にもあったものだ。当然まだ幼かった頃の話だが…。

 

 

「なんだ?冷やかしに来たのか?」

 

「ち、違うわい!」

 

 

 ジャージの青年が突っ込みを入れると、少女は慌てて否定した。

 

 

「その赤い瞳。あなた、もしかして紅魔族?」

 

「(クルタ族みたいなのがこっちの世界にもいるんだな)」

 

 

〝人にかける念があるのだから、逆にはずす念も存在すると考えるのは至極自然な発想だと思うが?″

 

 

 ……キルアの脳裏に仲間の一人の顔が浮かぶ。賢くて優しくも、何かと一言多いのが玉に瑕な仲間の顔が。

 

 一方の少女は、水色の髪の女性に問われ再びマントを靡かせた。

 

 

「いかにも! 我は紅魔族随一の使い手めぐみん! 我が魔法は山をも崩し! 岩をも砕き! 天をも衝く……」

 

 

 そう言うと少女めぐみんはふらりとよろけ、

 

 

「あっ…」

 

 

 瞬間、反射的にキルアは彼女の隣に回り込み肩を支えてやった。突然の闖入者に一同は目を丸くする。

 

 

「ったく……カッコつける前に飯食えよな」

 

「このガキンチョ、いつの間に!?」

 

 

 キルア、そして彼がつい一時前までいた場所を青年は何度も見比べる。

 

 

「どなたか存じませんが、ありがとうございます。もう三日も何も食べてないのです……」

 

 

 めぐみんは力無く応える。

 

 

「おいおい、三日って……(絶食状態で戦う修行をさせられてた時でも、さすがに二日に一回は飯食わされてたぞ)」

 

 

 キルアも彼女の身の上には同情を禁じ得なかった。ゾルディック家の修行でも味わえない地獄はこの世に幾らでも存在するらしい。

 

 

「まあ飯を奢るくらいなら構わないぜ?そっちのガキンチョも一緒に食ってくか?」

 

「もちろん坊やにも奢るからお金の心配はしなくていいわよ?」

 

 

 青年と女性はキルアにも声をかける。

 

 

「……ガキンチョでも坊やでもない。オレの名前はキルアだよ」

 

「あら、ごめんなさい」

 

「わりぃ、わりぃ」

 

 

 仏頂面をしつつも、ちょうど腹を空かせていたキルアは二人の提案をありがたく受け入れることにした。

 

 

「でも恩に着るよ。そういやあんたらの名前は?」

 

「俺は佐藤(サトウ)和真(カズマ)。こっちは──」

 

「私の名はアクア…この美貌からお察しの通り、アクシズ教の女神として祀られているわ。アクア様と呼んでくれても構わないわよ?」

 

「…という妄想をしてる可哀想な子なんだ。気にしないでやってくれ」

 

「ふーん…」

 

 

 キルアは遠い目をして聞き流す。何にせよアクシズ教とやらにはあまり関わらない方がいい気がした。

 

 

 

 ギャーギャー喧嘩を始めたカズマとアクアを尻目に今後のことを考えていると、

 

 

「キルア、あなたのことも教えてくれませんか?」

 

 

 めぐみんが話しかけてきた。隣に座る彼女は、さっき空腹で倒れかけたのが嘘のように目をキラキラさせている。

 

 

「……確かめぐみんだっけか?オレのこと?」

 

「はい!先程の動きは、ただ者ではありませんでした!だから、あなたが何者なのか私は知りたいのです!」

 

「………………。」

 

 

 何者なのか…そう問われた時、以前の自分ならば適当に誤魔化していた。その内心では「暗殺術を叩き込まれたゾルディック家の人間」と、苦々しく答えていたことだろう。

 

 ──だが、今は違う。

 

 

 

 

 

「オレはキルア=ゾルディック……一介のハンターさ!」

 

 

 

 

 

 そんな彼を見つめる少女の瞳は、煌々と緋色の輝きを放っていた。

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