アクセルの街市場はいつも活気で溢れている。
色とりどりの看板が街路を彩り、売り子の威勢の良い声が響き渡る。
屋台も立ち並び、そこかしこから漂う甘く香ばしい焼き菓子の匂いと、じっくり煮込まれた温かな料理の香りが混ざり合う。ただ通り過ぎるだけで食欲がそそられた。
「あ、キルア…!?」
「………おう」
「やっと会えましたね。ここ何日か不思議なくらい顔を合わさないから、この街からいなくなっちゃったのかと思いましたよ!」
「どうでもいいこと気にし過ぎだろ………じゃあな」
めぐみんがアクセルの商業通りを歩いていた時のこと。偶然そこで出くわしたのはキルアだった。
軽く手を上げ挨拶した彼はそのまま立ち去ろうとする。彼女と目も合わせずに。
「待つのです!我がライバ…いえ、キルア。最近どうしたんですか?あの日以来、急によそよそしくなって……」
あの日とはデュラハンが現れた日。そして、
「わりーな。オレもうお前らとは関わっちゃいけねえから」
──キルアにとっては、とある契約を結んだ日でもあった。
「………何故ですか?何で私達と関わったらいけないんですか!」
めぐみんは困惑した。同じパーティーでなくても大切な仲間のはずなのに。
「…………。」
二人とすれ違う雑踏の賑やかな声が、どこかくぐもって聞こえる中。
キルアは何も答えず再び歩き出す。もはやめぐみんの方を見もせずに。
「キルア!…待ってください!話はまだ終わって──」
「やめとけ、めぐみん……」
「カズマ!?」
なおも言い募る彼女の肩を押さえたのはカズマだった。熱くなっていためぐみんはようやく彼の存在に気が付く。
「めぐみんのことは気にしなくていい。……じゃあな、キルア」
「ああ…サンキュ」
そのままキルアは人混みの中に紛れていく。小柄なめぐみんは、ごった返す人々の背中に遮られて瞬く間に彼を見失ってしまった。
「キルア………」
めぐみんは迷った。キルアを追うか、追わまいか。彼とはちゃんと話がしたいのに。
「ほっとけよ。きっとあいつだって色々あるんだろ」
カズマとてキルアに聞きたいことはたくさんあった。
それでも今無理に
「(それにキルアも間違いなく別の世界から来た人間。だったら俺達に言えない事情の一つや二つ、あってもおかしくない)」
考えている内にカズマの目からもキルアの後ろ姿は見えなくなった。
「私達いつかまた元通りの関係になれますよね?」
「…………。」
その問いに肯定も否定も返さず、カズマはめぐみんを連れてギルドに向かうのだった。
「(クソッ、結局オレは何も言えなかった。あいつらにちゃんと伝えたいことがあったってのに…)」
一方、こちらは二人を振り切ったキルア。数日前の出来事に想いを馳せ、己の逃げ癖を呪う。
***
「………もう二度とダクネスに関わるな?」
「いえ、正確には違います。私は二度とダクネス
キッパリと告げる女神エリス。
あの日のエリスとキルアの会合は、彼女の望み通りの流れで進んだ。途中までは。
「要するに金輪際カズマのパーティーとは関わるなってこと?」
「そういうことになりますね。ダクネスがカズマさん達とあそこまで馴染んでいる以上、もう切っても切れない関係でしょうし」
「なるほどね。それでカズマ達との関わりを断つことでオレが得られるメリットは?これはもちろん何かの交換条件なんだろ?」
エリスは少し考え込んだ後、口を開いた。
「そうですね…本題に入る前に説明しておくと、私はこの件は単にイータとエレナのどちらか若しくは両方が思い付きで起こした事とは考えていません。天界規定の重大な違反であるにもかかわらず彼女達が処罰を受けないということは…」
「何か裏があるわけか。天界の上層部にとって都合のいい裏が」
「その可能性は高いでしょうね。まあ貴方のことを上層部に報告して規定違反を明らかにしても、彼女達が何らお咎め無しだからこそ、私もあちらの世界で少々無茶が出来たわけですけど」
エリスはウインクして茶目っ気たっぷりに笑う。これが彼女の素の
「………で、結局あんたは何が言いたいんだ?」
「今後も更なる真相の調査を続けてもいいという話ですよ。そうすれば貴方が元の世界に戻る糸口も掴めるかもしれませんし。……キルアさんの振る舞い次第ですけどね?」
ここで彼女はすっと笑みを消し、椅子に縛られたキルアを睨める。
「そうか。それでオレにもうダクネス達と関わるなって言ったわけか。……これがあんたの提示する条件?」
「ええ、そうです。キルアさんが約束を守ってくれるのならば、私はこれからも貴方に協力すると誓いましょう」
彼女の言葉にキルアは即答する。
「ああ、いいぜ?その取引乗ってやるよ」
寸分の迷いも無く。
「………本当に良いのですか?」
その素っ気ない物言いに、条件を持ちかけた側であるエリスも驚いた顔を見せる。額にかかる白銀の髪が一房、微かに跳ねた。
「そもそもオレとあいつらじゃ、文字通り住む世界が違うんだから、こうするのが一番なのさ。アクセルの街だって出てくつもりだ」
「貴方はもっとカズマさん達に愛着を抱いているものと思ってました」
「……そう言うあんたこそ、何でダクネスにそんなこだわってんの?」
問いかけられたエリスは淀みなく答えてみせる。
「それは彼女が敬虔なエリス教徒だからですよ。我がエリス教を信仰する者に貴方のような人が近付くのを良しとしなかっただけです。貴方のような──血に飢えた殺人者が近付くのを」
「それ本音?」
「血に飢えた」という部分を否定したかったが、今はいい。
「……ええ、もちろん。エリス教とは正義を尊ぶ宗派ですからね。多くの人の命を踏みにじってきたキルアさんとは相容れないのですよ」
「へぇー…」
キルアは笑い出しそうになった。
「そうなんだね。オレ、てっきりあんたが自分のお友達とオレみたいな奴が仲良くなるのが、ただ気に食わないだけかと思ってたよ」
「………………。それは……」
エリスは何も言わなかった。あるいは、言えなかったと言うべきか。
「図星だろ………クリスさん?」
「あー……やっぱバレてたんだね、あたしのこと」
キルアの目の前では女神エリス、いや盗賊クリスが右頬を掻きながら、はにかんでいた。
「まあ今姿を変えた瞬間はオレにも見えなかったけどさ。顔も声もそっくりで、おまけにその癖まで同じと来れば、そりゃ誰でも確信するって。さっき気付いたけど、おどけた時にウインクするとこも同じだしな」
「あっ…」
キルアに指差された右手を、クリスはパッと引っ込める。
彼がこの空間で初めて会った時のエリスも、ギルドの資料庫で話した時のクリスも、どちらも右頬を掻く所作を見せていた。大方それは、言い出し辛いことを口にする時など何かしら困った時に無意識に出てしまう癖なのだろうとキルアは当たりを付けていたのだ。
かつて父親から暗殺対象やその関係者の利き手、利き足(歩き始める際よく前に出す足)、仕草などを観察するよう教え込まれた経験が役立ったらしい。相手の癖をちゃんと見抜けたか抜き打ちでテストされたものだ。
「あんた資料庫でカマかけた時も分かりやすかったもんなぁ。あの癖を見せるかもと期待してやったことで、まさかあそこまで素人臭い反応するとは思わなかったぜ。まあ誰も女神と人間を紐付けるわけが無いと油断してたんだろうけど、生憎オレは異世界から飛ばされるというありえない経験をしたんでね、常識なんてもんにゃ縛られないよ」
「やるねぇ…」
キルアの語りは続く。
「この世界に来た最初の日の夜、眠ってたオレがあんたの気配に気付けなかったのも、盗賊職の潜伏スキルのおかげなんだろ?あんたがスティールと一緒に潜伏スキルをカズマに教えた時から目星は付けてた」
「その通りだよ。キミの居場所を探す時、念には念を入れて潜伏スキルを発動してたんだけど正解だったみたいだね。宿屋の屋根の上で寝てるの見つけた時はちょっとビックリしたけど。あの日も…今日も…」
「まあ今日はあんたとここで話したくて、敢えてあの屋根で寝てたんだけどね」
「はあ〜」
クリスはこれ見よがしに溜め息を吐く。
「キルアくんは本当にすごいな……さぞ暗殺者として優秀だったことだろうね」
「…まあそれなりだったかな」
冷ややかに見下ろす彼女の目をキルアも無感情に見上げる。元の世界でも自分の素性を知った者の多くは、こうして冷たい目を向けるか馬鹿みたいに怯えるかのいずれかだったから今更どうとも思わない。
偏見無く接してくれたのはゴンを始めとする一部の人間くらいなもので、むしろ彼らの方が特殊なのだ。いや、特殊というより変わり者と言ってもいいかもしれない。
「………ところでさ、一つ聞いていいか?」
今この場にいない友のことを考えている内、ふと聞きたいことが出来た。
「何かな?」
「あんたにとってダクネスはそんなに大切な友達なのか?」
「うーん………改めて聞かれると、どう答えたらいいのかな」
例によってクリスは右頬を掻いて考え込む。
「ダクネスはねぇ…全然攻撃が当たんないし、変態だし、ドMだし、そのくせ貴族として妙な所で生真面目だし……」
「(やっぱあいつは上流階級の人間だったのか)」
クリスは考え込むあまり、自分がダクネスの家柄を口走ってしまっていることに気付いていないらしい。一応キルアとしても薄々勘付いていたことではあるが。
「それでも……」
頬を掻いていた右手をぎゅっと握りしめた。その目に熱が籠もる。
「あたしにはダクネスのいない世界なんてもう考えられないんだよ」
「………。」
彼女の脳裏に蘇るのは、毎日のように女神エリスへ祈りを捧げるダクネスの哀しげな顔。
ダスティネス家公爵令嬢としての重圧と、冒険者としての夢の狭間で苦悩し友を欲する悲痛な想い。それに触れて、放っておくことなど出来るはずもなかった。
「あたしダクネスのことが大好きだから!」
始まりはダクネスへの同情心からだったはずなのに。失われた神器を探し出すついでの交友だったはずなのに。
「ダクネスは
お互いそれまでは一人だった。………でもこれからは二人だとダクネスは言ってくれた。いつかのクエスト終わりに飲み明かした時のこと。
たとえ
「だから……っ!」
己の正体を知る者に初めて明かした心の内。
演技であって演技ではなく、人も神も関係無く。クリスとしての嘘偽りない本音。
彼女は思いの丈をありのまま吐き出した。もうここまで来たら、
「だから、キミがもしダクネスの命を奪うようなことがあったらとか、キミに殺された人の復讐でダクネスにまで何かあったら…って思うと不安で不安で仕方無いんだよ!杞憂なのかもしれない、被害妄想なのかもしれない、でも不安に思わずにはいられないんだ……」
なんだ、オレと同じじゃないか。
それがキルアが最初に思ったことだった。友を失うことを恐れる彼女の気持ちがキルアには痛いほどわかってしまった。
「………そうかよ。心配しなくても、オレはもうダクネス達に関わる気はないよ」
「ごめん、キルアくん……ダクネスだって、カズマくん達だって、キミと離れることは望んでないんだから結局あたしのエゴでしかないのに」
キルアには己の中にクリスを責める
自分だって彼女の立場なら、こんな人殺し是が非でも遠ざけたくて同じことを言っていたかもしれないのだから。
「(こいつにとってのダクネスは、オレにとってのゴンなんだな、きっと……)」
そして今キルアは、目の前のダクネスの親友にどうしても伝えたいことがあった。
「あんた知ってたか?魔王軍幹部の呪いのせいでダクネスが死にかけてたこと」
「え…!?………そんなことダクネスは一言も言ってなかった!」
目を白黒させるクリスにキルアは口を尖らせる。
「知らなかったのかよ…まあ多分ダクネスはあんたに心配かけたくなかったんだろうな。あいつが死にかけた時、めぐみんなんて見てられないくらい真っ青だったし」
「ダクネス……知らなかったよ」
「んで、敵にかけられた呪いを解いてくれたのはアクアだ。ダクネスはアクアのおかげで救われたってわけ。たっぷり感謝するこったな」
「先輩がダクネスを!?」
「(アクアが先輩…なるほどね)」
正直認めたくはないのだが、そういうことらしい…。
ただ、女神でなければ成し得ないであろうことをアクアがやってのけたのも事実である。『大天使の息吹』を以てしても救えないような人間すら救ってしまう彼女の力はまさに神の領域。所詮、大天使如きでは神に太刀打ち出来ないということか。
「じゃあ、もう話は終わりってことでいいよな?」
「うん、特にもう何も言うことはないよ。エリスとしても、クリスとしても……」
「わかった。でも一つだけ望みがあるんだ」
「何…?」
「街を出る前にあいつらにちゃんと別れを告げたい。オレのことを仲間と言ってくれたあいつらに……」
「………それくらいキミの好きにしたらいいじゃないか」
「ああ、そうだな。そうさせてもらうよ……クリス」
わざわざ聞くことでも無かったかもしれない。
「それではキルアさん…」
冷徹に落ち着き払った声の
「貴方が元の世界に戻れるように、貴方が本当の仲間達と再会出来るように、私も精一杯尽力することをここに誓います」
「ああ、頼む…」
──本当の仲間達。
複雑な想いを胸にこの場から去るキルアであった。
***
そして修行を済ませギルドに行ってみたものの……
「チィッ……(こんな時に限ってあいつらがいないなんて、オレの幸運値はホントにレベルアップごとに上がってんのかよ?)」
ぎりぎりと歯噛みセずにはいられなかった。
勝手な思い込みなのは百も承知でも、何だか見捨てられたような気分になってしまう。
まあ四六時中ここにいるわけも無しと自分に言い聞かせ、出ていこうとするキルアを呼び止める者がいた。
「おいボウズ、お前あのカズマって奴のとこのパーティーじゃなかったか?」
「ん?」
振り返るキルアの目に映ったのは、見るからに粗暴そうな柄の悪い青年だった。酒臭く、目も据わっているのを見ると、昼間から飲んだくれているらしい。
このダストという男は、アクセルの街でも有名な不良冒険者で、キルアもあまりいい噂を聞いたことがなかった。やれ知人との賭け事でイカサマをしただの、やれ酒場で他の冒険者と派手に殴り合いの喧嘩をしただの、やれパーティーメンバーに土下座して借りた金を全部ギャンブルに注ぎ込んだだの。
金欠で食うに困った結果わざと無銭飲食で逮捕されたことを自慢気に語るような、そんな絵に描いたようなろくでなしだった。
「(クソッ、うっぜーな…今はこんなチンピラの相手するような気分じゃねえってのに)」
キルアは表情筋を可能な限り働かせ、露骨に不快そうに顔をしかめてみせた。
もしこいつの方からキレて殴りかかってくるようなことがあれば、正当防衛という体で憂さ晴らししてやる。
一方のダストはそんな扱いなんぞ日常茶飯時なのか、子供相手だから自重したのか、あるいはただ酔っていて気分がいいだけなのか、特にキルアの態度を気にすることもなく話を続ける。
「あの連中なら確か午前中からどっかにクエストで行ってんぞ?なんでも汚れた湖を綺麗にしに行くんだとよ。お前まさか置いてかれちまったのかぁ?」
そう言うとダストは何がおかしいのかクスクス笑い出す。その挙動すらも今のキルアには癪に障った。
「オレはあいつらとたまにつるんでるだけでパーティーってわけじゃないよ。あいつらはオレの…オレにとって……」
その先は何故か言えなかった。
「ま、何でもいいや。それよりボウズ…お前キレイな姉ちゃんに興味あるか?」
どうでも良さげにダストは話題を変える。ニヤニヤと下品な笑みを浮かべて。
「まあ
「けっ、近頃のガキは可愛気がねーな」
言葉とは裏腹にダストは嬉しそうに目を細めて苦笑する。案外、生意気な子供にも面倒見がいいタイプなのかもしれない。
「この近くの裏路地にあるウィズ魔道具店って店に行ってみな?そこの店主さんが凄く美人でよぉ、しかも……」
ダストは鼻の穴をぶわっと広げ、空中に並べた両手を閉じたり開いたりする。
「デカいんだよっ!この手でも掴み切れないんじゃないかってくらいになぁ…キヒヒヒヒッ」
「ふーん」
酒臭い息がぶわっと辺りに充満し、キルアはジト目を向ける。
やはりそういう方向に話が流れて行くようだ。カズマさんなら発情したイノシシの如く鼻息をフーフー言わせ、クズマさんになりそうな方向に。
「ぶっちゃけあそこの商品はどれもこれも全然使い物になんねーけどよ、店主さん目当てに通うのはアリだぜ?だーれも客いなくていっつも暇してるから、話相手になるだけで喜んでもらえたり菓子や飲み物を出してもらえたり──」
「…わかった、わかった!いっぺんその店行ってみっから」
うんざりとノーサンキューを手で示し、背を向ける。
もう我慢の限界だった。キルアとて虫の居所が悪い時に、いつまでもただの酔っ払いの相手をしていられるほどお人好しではない。
魔道具とやらに興味が湧いたことだし、カズマパーティーが帰るまでの暇潰しも兼ねて店を見てみることにした。
「…ちぇっ、ホント近頃のガキは……」
どこか寂しげにその後ろ姿を見つめるダスト。
実は彼も決してただの酔っ払いではなく、キルアに負けず劣らず数奇な運命を歩んできた人物なのだが、それはまた別のお話。
少し歩けば、ウィズ魔道具店はすぐに見つかった。
小綺麗な緑色のドアの上に店名の記された看板が掛けられている。
「ここだな…」
ドアを開けば小さな鐘が、カランカランと軽快な音を立てて客の入店を告げた。
「……っ!……い、いらっしゃい………ああっ!?」
「なっ…!?」
………どうやら店の中で何かが爆発したらしい。
ドアを開けたキルアの視界の端で、オレンジ色の強烈な閃光が走った。直後、何かが焦げるような臭いが鼻を突く。
爆発が発生した位置なのか、壁際の棚の辺りから煙がもうもうと立ち込める。
棚に置かれた商品らしき薬品はどれも容器の位置や向きがメチャクチャにズレており、棚の中で倒れている物まであった。十中八九、爆風の煽りを受けたせいだろう。
キルアが身構えながら様子を伺えば、煙の中に一人の女性が立っていることが確認出来た。女性はゆっくりと彼の方を振り返る。
「お姉さん、大丈夫…!?いや、マジで」
「す、すみませんっ!せっかくご来店くださったのに!……本当に申し訳ございません!!」
女性は涙目で震えつつもキルアに何度も謝った。
二十代と思しき若い女性だ。栗色の髪は今やボサボサで顔も煤だらけ、服もあちこちボロボロ。だが、そんな悲惨な状態でも彼女の見目麗しさは損なわれていなかった。
「オレは別にへーき。お姉さんがこの店の店主さん?」
「…はい、私ウィズと申します。本日はようこそおいでくださいました!」
「ウィズさん……これは一体何がどうしてこうなったの?」
「それが…うっかり他の商品と間違えてしまい、空気に触れると一瞬で爆発するポーションのフタを開けてしまったんです」
「そ、そうなんだ…」
そのポーションは炸裂弾のように敵にぶつけて爆発させるのが正しい使い道なのだろうか?
「ちなみに商品を取り間違えてしまったのは、この店に久しぶりにお客さんが入ってきたことでビックリ仰天してしまったからで……あ、すみません!決してお客さんのせいにしてるわけではないんです!」
「いや、いいんだけどさ…」
正直キルアとしては彼女の悲しき失態など大変どうでも良かった。そんなことよりもっと気になることがあるからだ。
「今の話聞いてると、ウィズさんがポーションのビンを手に持ってる状態で爆発したんだよね?」
「はい」
「それなのにウィズさんの手はほぼ無傷なんだね…」
彼女の手は酷く煤けてはいたものの、大した外傷は見受けられなかった。服まで至る所がボロボロになり棚にも微かに焦げ跡が付くほどの爆発ならば、飛び散ったビンの破片やあるいは爆炎そのもので大怪我を負ってもおかしくないと思うのだが。
キルアの世界で考えても、ゲンスルーは『
「えー、と……私こう見えて、この店を始める前はそれなりの冒険者だったんですよ。それで普通の人よりステータスか高いから頑丈なのかもしれませんね」
「高レベルの冒険者ならそんなもんなのか…?」
今一つ釈然としなかったが、深追いしないことにした。
更に言えば、彼女から微かに"あの匂い"がすることにもキルアは結局触れなかった。その匂いというのは、爆発現場特有の焦げ臭さでも、彼女の付けている香水の芳香でもない。
──死臭。日常的に人命を奪う仕事に就いた者なら嫌でも嗅ぎ慣れる、あの匂い。
「(なんかタダ者じゃないのは間違いなさそうだけど……ま、別に店主が何者だろうと今は関係ねーし…)」
ただ魔道具という物に興味が湧いてここを訪れただけなのに、下手に店主の個人情報を聞き出す必要もあるまい。
「あれは何?」
キルアは棚の商品を指差す。
「水に触れると爆発するポーションです」
「その隣の倒れてる奴は?」
「強い衝撃を与えると爆発します」
「……こっちは?」
「爆発させるには温める必要があります!」
………………キルアは彼女の顔をじっと見つめる。
「ねえ、ウィズさんのこと
「何でですか!?その棚に爆発シリーズをまとめてるだけですってば!」
「はいはい、ボマー捕まえた」
驚くことにここは爆弾専門店というわけではないらしい。
「……でもまあ、その強い衝撃を与えると爆発する奴まで連鎖起爆しなかったのは不幸中の幸いだったね。爆風で倒れちゃってるし」
「ああ、それは地上50メートル以上の高さから落とした時と同等の衝撃を与えてようやく起爆する物なんです。事故などでうっかり爆発させてしまうことがないよう安全性を意識した作りになってますから」
「ちょっと待った!そんなの逆にどうやって爆発させりゃいいんだよ!?」
ここまで来るとキルアも、ダストの語るこの店の評価は正しいと認めざるを得なかった。
「……本音を言うと、
「(……よくこの店、潰れねえもんだな)こういうのってどこから仕入れてんの?」
「紅魔族の魔道具店さんに一番お世話になってますね。ご夫婦で営んでいらっしゃるのですが、ご主人が魔道具職人として大変素晴らしい腕をお持ちなんですよ!」
〝私の両親は魔道具店を営んでいるのですが、全然売れていないので実家はあまり裕福ではなくて……″
「ははっ…まさかな」
「?」
突如苦笑いを浮かべたキルアにウィズは戸惑う。
「それより紅魔の里ってここから結構遠いんじゃなかったっけ?わざわざそんなとこまで仕入れ行くのって絶対きついでしょ?」
「それが別にそこまで大変でもないんですよ。私はテレポートを習得しているので、一瞬で紅魔の里付近まで行けるんです!」
「テレポートだって!?マジかよ…!!テレポートってあのテレポートだろ!?あんた本当に瞬間移動できんのか!!!!」
この店に来て初めて、キルアは年相応の少年らしく目を輝かせる。好奇心が顔中から溢れんばかりに滲み出ていた。
「(この子、うちの品物に対しては微妙な反応だったのに…)」
商人としては哀愁を覚えるも、どこか冷めた感じのザ・現代っ子がこんなに感激してくれることを大人として嬉しく思うウィズであった。
「テレポートってどこでも好きなとこに飛べんの?」
「いえ、あらかじめ現地でテレポートポイントを設定する必要がありますね。だから世界中の好きな所に飛べるというわけじゃないです。ただテレポートを発動するのは、どこでも好きな場所からいけますけど」
「テレポートポイント…さすがにそれくらいの制約は必要なのか…」
それでもやはり非常に強力だとキルアは考える。好きな場所から遥か遠くへの瞬間移動が出来るというだけでも規格外に思えた。
「(念能力者でも、超遠距離の瞬間移動をどこからでも行えるようなレベルの人間なんておそらくオレの人生ではお目にかかれないだろうな……)」
この時のキルアには知る由もないことだが、
「あの…まだうちの店をご覧になりますか?それならちょっと服を着替えさせていただきたいのですが……顔や手も洗いたいですし」
ウィズが困り顔で笑いながら、店の奥を指差す。
「…うん。オレ、ウィズさんの話もっと聞きたい!」
「おお!私なんかの話を聞きたいだなんて商人冥利に尽きます!」
嬉し涙すら流しそうな様相のウィズに、キルアは憎々しいまでの満面の笑みで応じた。
「あ、ごめんなさい。品物は一個も買うつもりないんで」
「ええ…!?そんなぁ〜!!」
***
その後もウィズから色々と興味深い話を聞いて、やさぐれていたキルアの心は幾分か回復した。
「もう夕方じゃねーか!でも今ならスッキリとした気持ちで別れが言えそうだ…」
たかが夕日すらも今は美しく見える…そう思っていた矢先のこと、彼は目撃する。
「は…?」
キルアの視線の先にいたのは、ずっと探していたカズマ達四人だった。願ったり叶ったりの展開である。
しかし一つだけ、たった一つだけ重大な問題があった。
「(………アクアの奴、一体何してんだ!?カズマ達は一体何考えてんだ!?………………ホントに、ガチで!!!!)」
街中で馬車に引っ張られている檻の中、そこにいたのは動物でも囚人でもない。つい先日、正真正銘の女神とキルアの中で確定したアクアだったのだ。
彼女は魂の抜けたような顔で、檻の中でボソボソ歌っている。その横をカズマ、めぐみん、ダクネスが気まずそうに歩いていた。
そんな異常な光景に、同じ通りを歩く人達は皆一様に奇異の目を向けている。まあ無理からぬことだろう。
「(うーん、まずはあれだ。とりあえず先に事情を聞こう…。別れを切り出すのはそれからだな。後悔の残らないように伝えられたらいいけど……)」
キルアが意を決して、彼らに近付こうとした時のことである。
「女神様っ!?女神様じゃないですかっ!何をしているのですか、そんな所で!」
いかにも勇者といった風体の青年の叫び声が聞こえた。
今はまだ誰も知らない。
ここからこの青年の、そしてキルア=ゾルディックの運命が狂ってゆくことを………。