お父さん、お母さん、お元気ですか?
ご無沙汰しています、カズマです。
僕は現在、異世界にいます。そう…僕の大好きな漫画やライトノベルなんかに出てくるあの"異世界"です。
お二人も知っての通り勇敢な僕は、通りすがりの女の子を救うために命を投げ出してここに来ました。
……なのに酷いんですよ?僕をこの世界へ案内した自称女神は、僕の勇ましい死に様をゲラゲラ笑うんですから。
いくら優しくて温厚な僕でもあれは流石にムカッときたので、その女神は道連れにしてやりました!…あ、ちなみにそのことは反省してないけど一応悪いとは思ってます。
そして今、そのろくでもない女神を崇めるいけ好かないイケメンが僕に言いがかりで絡んできている所です。
ぶっちゃけ僕としては、そいつの言う通りにこのアホ女神とお別れしても全然構いません。てか送料はこっち持ちでいいので、今すぐ箱に詰めてメ◯カリにでも出品したいです。
でもその男にだけは彼女を絶対渡したくないと心の底から思ってしまいました。
なぜなら──
「あの駄女神がお前にチヤホヤされて調子乗るとこ想像したらよぉ…腸が煮えくり返り過ぎて、内臓がホカホカもつ煮込みになっちまいそうなんだよっ!!!!」
「……そんなのが君がアクア様を僕に渡したくない理由なのか。益々あのお方を君の手から救わなければと思ってしまった」
「(カズマってツンデレなのか単に器が小さいだけなのか分かんねえ時あるよな…)」
夕暮れと夜の境目とでも言うべき時間帯。
閑散とした公園で、隅に設えられたブランコがそよ風に寂しく揺られている。
「とはいえ、こちらの提案を呑んでくれたことには感謝するよ、佐藤和真」
「…けっ、どっちみち俺に断る権利なんか無いんだろ?いくら断っても粘着してくるんだろ?なあ、ミシルギ」
「当たり前だろう。君のような輩を看過するわけにはいかない。……後、僕はミツルギだ!その間違え方は絶対ちゃんと覚えてるだろっ!」
ミシルギもといミツルギの提案は至ってシンプル。
それぞれの陣営の代表たる二名同士で戦闘を行うというものである。早い話が二対二での決闘だ。
各々のリーダーを務めるカズマもしくはミツルギが気絶するか降参するかしたら決着、という取り決めになっている。
「さっきも言ったが、僕達が勝ったらアクア様をこちらのパーティーに移籍させてもらう」
「それで俺達が勝ったらそっちはどうすんだ?その魔剣でもくれんのか?」
「ははは…。別に構わないが、生憎この魔剣グラムは正式な継承者の僕にしか本来の力を引き出せない代物でね。君が装備したところで、そこらの剣より斬れる程度。万物を斬ると謳われるほどの力はとても発揮出来ないだろう」
「…あっそ。売って金にするから別にいい」
「うん、それがいいね。オレもそれが一番だと思う」
「君達………」
呆れのあまり、薄っすら白い月が見え始めた空を仰ぐミツルギ。
「(佐藤は最弱職の冒険者…それも低レベルとあらば、ステータス面でも経験面でも恐るるに足らず。一方あのキルアとやらはとんでもない怪力の持ち主だが……)」
ミツルギは隣に立つ赤髪の盗賊少女フィオに意味深に目配せし、彼女はそれに応えるように自身の腰のベルトに手を置く。
彼が此度の決闘でフィオを選出したのには理由があった。
「(彼女のあの盗賊スキルならばキルアとかいう少年も容易く無力化出来るはずだ。あんな幼い子供に僕の在り方を否定されてたまるものか…!)」
そして、己にとってある意味では佐藤和真以上に腹立たしいその少年に視線を移す。当初カズマと一対一の決闘を行うつもりだったミツルギが、二対二へと変更した原因たる少年。
彼は今カズマから何か耳打ちされ、頷きで返答していた。ただ何を吹き込んでいるにせよ、少なくとも最弱職の本人に出来ることは何もないだろうとミツルギは確信する。
「どうにも君達は信用ならないな。頼むから正々堂々と戦ってくれよ…?」
「……ん?」
ここでカズマはわざとらしく手を耳に当て、ジト目で眉間にしわを寄せた。
「今何つった?…ハンパ無くお強い魔剣持ってるソードマスター様が、駆け出し冒険者相手に私闘を強要しといて正々堂々?こーんな三下小悪党ムーブかましといて正々堂々?」
「!?…それは………」
「キョウヤ…あれは弱い犬ほどよく吠えるって奴よ。あんなダサい男の言うこと気にしないの」
フィオの励ましも効果無く目を伏せるミツルギ。彼にキルアは問いかける。
「あんたがカズマの相方にオレを強く希望してたのもさ、ガキのオレを心のどっかで舐めてるからだったりする?」
「…いや、そんなことはない!純粋に君を実力者と見込んだからこそ望んだんだ!!」
「ふーん…それなら悪い気はしないね」
このキルアの口ぶりは信じているのかいないのか。
「おお!さっそく前哨戦が始まってますね!」
お世辞にも友好的とは言い難いやりとりを見て、楽しげにはしゃぐめぐみん。まるで格闘技の試合前のマイクパフォーマンスでも眺めているかのような気楽さだった。
「ずいぶん余裕ね…あんたのとこの冴えないリーダーなんてすぐやられるでしょうに」
めぐみんのすぐ傍に立つ、緑髪ポニーテールの戦士少女クレメアがせせら笑う。
彼女はかつてマンティコアに襲われて絶体絶命だった所をミツルギキョウヤに助けられた過去がある。マンティコアとは、人の頭が付いた獅子の胴体にサソリの尾とコウモリの羽が生えたモンスターであり、創生魔法で人工的に作られた魔獣と言われる。
マンティコアの毒針で刺されそうだった所をミツルギに救われ、彼に心底惚れ込み猛アタックした結果パーティーに入れてもらえたのだった。
キョウヤのためなら何でも出来る!…と自負しているのだが、その事実は本人のみぞ知る。
「大丈夫ですよ。別にカズマが負けようが何の問題もありませんから」
「……え?どういうこと?」
落ち着き払っためぐみんの言葉にクレメアは困惑する。
彼と共に戦うキルアが仮に無事だったとしても、カズマが敗北を迎えた時点で女神アクアはこちらの傘下に加わるという約束ではなかったのか?
「う〜ん?…だって私、もしカズマがやられたとしてもあのカツラギさんのパーティーに入るつもりは一切ないわよ?」
「女神様!?それより、あの…カツラギって?」
代わりに答えたのは今回の騒動の中心人物だった。
「そもそも私はミツラギさんの言う条件に乗った覚えはないからね。だからあの人が勝てば私は移籍を拒否するだけ、カズマが勝てば魔剣を売って一儲け。どっちにしろ損は無いってわけ」
済まし顔でいけしゃあしゃあと語るアクア。
「いえ、そんなの困ります!決闘の条件はちゃんと守ってくださいよ女神様!…というかミツラギって?」
クレメアの懇願も、我が道を行く女神の前には暖簾に腕押し。
「あのね、私は女神なのよ?意思も感情もちゃんとあるし、おまけに優れた頭脳も持ち合わせてるの!なのに私の意向そっちのけで勝手に決めるあの人にソンタクしてあげる義理は無いわ!」
「……………。」
ミツルギへの毒を吐くアクアは心の底から嫌悪感を露わにしている。その
「まさかアクアが"忖度"という単語を知っていようとは、優れた頭脳というのも伊達ではありませんね。紅魔族ポイントをあげましょう」
「でしょでしょ!…あ、ところであなた別に魔剣を取られる心配はしなくても大丈夫よ?ヒキニートのカズマさんが勝つなんて99.99999パーセントありえないから!ここに女神として天啓を授けるわ」
「は、はぁ…どうも」
めぐみんのあからさまな皮肉が通じないばかりか、どこかズレた励まし方をしてくる女神にクレメアは目が点になる。
「(でも女神様って意外と一緒にいて楽しい人かも……)」
女神と聞いて事前に思い浮かべていたイメージとは全然違うその姿に、憧れとはまた違う好感情をクレメアは抱いてしまった。
「(でもこの人はキョウヤのことを…)」
それでもこの女神が彼を激しく嫌悪していることには変わりない。ただでさえ、決闘の意義自体が既にほぼ失われているのにこの戦いに何の価値があるのだろうか?
しかしそう考えても、クレメアはミツルギを止めようとは一切しない。……彼のことだからどうせ止めた所で応じないだろうと考えたのもあるが、それ以上に彼の不興を買ってでも正しい方向へ導く勇気が彼女には欠けていたからだった。
「それよりアクア、優れた頭脳を持つあなたも一つ大事なことを忘れていますよ?」
「……忘れてることって?」
アクアは訳も分からず首を傾げる。全く心当たりが無かった。
と、ここで今まで黙っていたダクネスが目を剥き口を挟む。
「何を寝ぼけているのだ!?…頃合いを見計らって開戦の合図をするようあの男に言われたではないか!」
「………ああ!そうだった!わ、私ダクネスに言われる前にちゃんと思い出してたからね?言われる0.5秒前くらいにちゃんと思い出してたからね?」
決闘参加者達の顔を見れば、カズマがイライラとした感情を隠そうともせずアクアを睨む一方、ミツルギは今か今かと焦れつつも穏やかに微笑んでいる。
「(やっぱり女神様はキョウヤを選んだ方が幸せになれると思うんだけどなぁ…)」
「えー…、と………では、はじめっ!」
魔道具が仕込まれた公園端の街灯に僅かな光が灯った瞬間。
アクアのたどたどしい合図を皮切りとして。
最初に一歩前に出たのは盗賊フィオだった。
「……バインド!」
キルアの方に片手をかざしスキルを唱えるフィオ。
すると彼女が手を置いていた腰のベルトがシュルっと動き出したかと思うと、身体から離れ、目にも止まらぬ速さでキルアへと飛んでいく。さながら、とぐろを解き獲物に飛びかかる蛇の如く。
「(よし!いかに怪力とてこれは引きちぎれまい!何せ僕自身で実験済みだからな…)」
『バインド』は対象を拘束する盗賊スキル。使用者の持つロープなどを相手に飛ばして、あっという間に雁字搦めにしてしまう技である。
フィオの場合、実はベルト内部にアダマンタイト鉱石を含んだ特注ワイヤーを仕込んでおり、それを使ってバインドを発動したのだ。
アダマンタイトは頑丈な鎧などの素材として使われる代物で、「破壊出来る者は一流の冒険者を名乗っても良い」とまで語られるほどの硬度を持つ。ワイヤーとして使えば巨大モンスターですら引きちぎれないほど強靱な拘束力を発揮することだろう。
……だが、
「スティール!」
カズマはそれを見越していたように。キルアの上半身にワイヤー入りベルトが絡みつく寸前、自身のスキルで奪い取った。
「え…!?」
「バカな!?」
「おっと、間一髪…」
カズマの手にはしっかりベルトが握られている。絶句するフィオとミツルギに、クールに目を細めるカズマ。
「(…あっぶねえ〜!ヤマ張ってなかったら間に合わなかったぜっ!!)」
まあ内心汗ダラダラだったのだが…。表向きは平静を装えているだけ元引きこもりとしては上出来と言えよう。
「……ならば先に君からだ!」
困惑しつつもミツルギはダッと駆け出す。
走りながら魔剣を大上段に両手で構え、カズマ目掛け振り下ろした。一歩も動けないカズマの頭部に、剣閃眩く刃が迫る。
無論ミツルギとて幾ら許し難い相手であろうと重傷を負わす気も、ましてや命を奪う腹積もりもない。だからあくまで寸止めで、誰のことも傷付けず終わらせるつもりだった。
要は敵の心に恐怖を叩き込み敗北を認めさせれば良い、ただそれだけの話なのだから。
「甘いね」
「くっ!?」
そんなミツルギの浅はかな目論見は早くも頓挫する。
即、横から割って入ったキルアにより剣を白刃取りされてしまったからだ。
「魔剣って言ったって、こうしちまえば何も斬れやしないだろ?」
「ぐううううっ…!!」
両手で横から刃を押さえ込むキルアに対し、ミツルギは顔を真っ赤にして剣を引き抜こうとするも中々思うように行かない様子。力が拮抗した互いの両手両腕がギチギチと震える。
「(……そして何だ…この子の手を今覆った淡い光は!?僕の見間違えか…?????)」
謎の現象に頭を悩ませるミツルギを他所に。
フィオは今度はカズマに向けて手をかざした。その顔は憤慨に歪んでいる。
「それ返してっ!…スティール!!」
フィオもまた盗賊スキルの使い手。スティールを発動してカズマに取られたベルトを取り返そうとするのは必然だった。
「クリエイト・アース!……そらよっ!」
だからこそ同時に、カズマも土属性の魔法で手の内に粉状の土を出し、それを目の前にパパっとばら撒く。
「汚っ!…何よこれ!?」
フィオのスティールはカズマの持ち物ではなく、彼の眼前で宙を舞っていた土を取り寄せてしまう。
基本的に『スティール』というのは他人の身に付けている物を奪うためのスキルであるが、空中にある物を手元に移動させる性質も持っている。
キャベツ狩りの時にそのことを知ったカズマは上手いこと防御にも応用してみせた。今しがた彼の披露した遮蔽物によりスティールを防ぐ芸当はもちろんのこと、敵の投擲物をこちらのスティールで横取りしたのもまた、スキルの性質を利用した防御法の一環である。
「あの男、初級魔法まで使えたの!?」
見下していた最弱職の思わぬ器用な立ち回りにクレメアは目を見張る。
初級魔法とは、今カズマが披露した土属性の『クリエイト・アース』に加えて、火属性の『ティンダー』、水属性の『クリエイト・ウォーター』、氷属性の『フリーズ』、風属性の『ウインドブレス』という五属性の微弱な魔法である。
これらは中級や上級の同属性の魔法と比べて、殺傷能力は皆無なため戦闘でなく日常生活に使うべき魔法…と一般的には言われている。
「知り合った人に一杯奢って教えてもらったそうですよ?認めるのは癪ですがカズマを見てると、冒険者というのは縁も大事なのだとつくづく思い知らされます……本当に」
そう誇らしげに語るめぐみんは、キルアには憂いを帯びた目を向ける。現在彼とミツルギは少し距離を置いて睨み合っていた。
「……そんじゃキルア、そいつの方は頼んだぜ!俺は一旦失礼しまーす、サイナラ〜〜」
一方カズマは憎たらしいほどの満面の笑みと明るい声色で手を振ったかと思うと、なんと敵に背を向け公園外に向かって走り出した。
キルアはそれを目の端だけで見送る。内心で「…おう!」と頷きながら。
「…ちょっとあんた!?どこ行くのよ、待ちなさい!!」
「別にこの公園で戦わなきゃ駄目なんてルールは存在しないだろ…?お前みたいな登場人物一覧にも名前が載らねえようなモブ女じゃ俺の足に追い付けめえ!」
「〜〜〜〜〜……殺すっ!!!!いや、殺さないけど半殺しにしてやるぅ〜!」
「ギャハハハハハハッ!エスケープキングのカズマさんに指一本でも触れられるかな〜」
「待つんだフィオ、落ち着いて!追いかけなくていいから!」
ミツルギの制止も耳に入らず、彼女はカズマの挑発に乗って一人公園から出てしまった。
「(これで一対一。ここまでカズマの見立て通り…!)」
二対二の決闘を提案したミツルギはカズマと並ぶ対戦相手にキルアを指名すると共に、自身はフィオを抜擢した。その時点で、彼女の盗賊スキルに何かキルアを封殺出来るような類いの物があることは予想済みだった。カズマのみならずキルアもそこまでは読んでいたのだ。
……だが、ここでカズマは更なる深い読みを見せる。盗賊ならば魔法弾のような物ではなく、何か物理的な遠距離攻撃でキルアを奇襲するのではないかと睨んだのである。
それは彼が「母親泣かせのカズマさん」とまで知人から呼ばれるほど数多くのネットゲームをプレイしてきたからこそ予想出来たことだった。それらのネトゲの多くで
「ふわぁ〜…(そういえばカズマさんはこの世界に来たばかりの時も、すぐにギルドという物に当たりを付けてたわね。ヒキゲーマーのくせにホント妙なとこで頼りになるんだから)」
アクアは早くもこの対決に飽きたのか、退屈そうにあくびをする。たとえカズマが負けたとしても実質何のリスクも無いとなると、彼女が緊張感を維持できないのもやむを得ない話だろう。
……というか、緊張感が見られないのは何もアクアだけではない。
「戦闘中にそのニヤけ顔は何だ…?一体何がおかしい!」
ミツルギはカッとなって剣を構え直す。
「あ、ごめん。顔に出ちゃってた?別にあんたのことを笑ってたわけじゃないんだ」
キルアは舌を出しつつも素直に謝る。彼としては決して悪意があったわけではなく、一連の流れを楽しんでいただけだったのだが。
「僕を何度も何度も!……馬鹿にするなぁっ!!!」
生憎ミツルギはそうは受け取らなかったらしい。
キルアに襲いかかり右から左へと力強く剣を振り下ろす。今度は寸止めで済ませるつもりはない。目の前の恐ろしい
しかし、機械のように正確無比な手の動きにより、キルアのナイフより切れる爪が平らな剣の腹にピッタリ突き付けられ、ぐいっと刃の軌道を変えられる。剣撃は狙いから大きく逸れ、下の方で空振りしてしまう。
キルアはわずかに手首を反すとまっすぐな突きを繰り出し、それをミツルギは死に物狂いで振り上げた剣の鍔で凌いだ。
そして素早く身を引くと、剣先をキルアの眉間に向けるように構えつつ右足を半歩前に出した状態で備える。これは剣道における中段の構えの一つ、いわゆる晴眼の構えと呼ばれる型であった。
「多少は武術の心得があるみたいだね。でも……」
ミツルギは大きく、踏み込み、横一文字に斬りつけ、叩き斬り、突く。それに比べると、キルアの動きは何もかもが遙かに効率的に見えた。
襲い来る連撃に対し、キルアはただ足先に力を入れ、重心を微調整する。ミツルギが汗を浮かべ息を切らす傍ら、キルアは己の二足を半径数十センチの範囲内に最小限"置き直す"だけで常に完璧な平衡を保つ。
微かに下がったかと思えば、突然前に出て高速の突きを繰り出したりする変則的ながら無駄の無い動作。逆にミツルギは大仰で直線的な動きを繰り返し、息も絶え絶えにキルアに食らいつくしかない。
「所詮素人の域を出ないレベル……」
「はああああああっっっ!!!!」
ミツルギは頭に血が上り激昂のままに剣を叩き付ける。技量も戦術も関係ない、力任せの一撃をキルアの顔面に打ち下ろそうとして──
「ただ力に溺れるだけの素人なんて」
「……がっ!?」
やはりその一撃はキルアに掠りもせず。
前に出過ぎたミツルギとの紙一重でのすれ違いざま、キルアの右手は僅かに敵に触れていた。狙ったのは相手の親指の付け根だ。
手刀をそこに軽く…キルアとしては軽くトンッと叩き付けると、ミツルギの指が反射的に開いた。握力を失った手から、剣がカランと虚しい音を立てて地に落ちる。
「オレの敵じゃない…」
「…………!?」
更に空っぽになったミツルギの右手首をそのまま一気に捻り上げる。
剣を取り落とし呆然としていたミツルギが自らの状況に気付いた時、
「うっ!?……があああああああああああっっっっっっ!!!!!」
彼の手は
「キョウヤ!?…そんな!キョウヤッ!!」
クレメアは痛みにのたうち回るミツルギの下に駆け寄ろうとするが、そんな彼女の前に立ちはだかる者がいた。
「これ以上近付くんじゃない!あの男とて今は仲間の情けに縋りたい時ではないだろう」
ダクネスだ。彼女は曲がりなりにも騎士として、キルアとミツルギの真剣勝負に水を差す者が出ないよう気を張っていたのだ。
クレメアは悔しそうに踏み止まりミツルギを見守る。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
あらぬ方向に曲がった利き手を庇い、もはや戦闘どころか会話も困難な状態のミツルギ。
キルアはもう興味なさげに彼を視界から外していた。
「なあアクア、回復魔法であいつの骨治してやってよ。なんかもう見てらんねーよ」
「………え、私?まあいいけど、その人が参ったするのが先ね。降参して魔剣を私に渡すまで治してあげる気は無いわ!」
「いや魔剣を受け取るのはカズマじゃないとおかしいだろ!」
噂をすれば影が差す。
「そうだ、そうだ!そこの駄女神は、まさか魔剣を売った金を独り占めするつもりじゃないだろうな?」
ちょうどキルアが名前を出した時、目を吊り上げたカズマがアクアを指差しながら公園に入ってくる姿が見えた。
少し疲れた様子のカズマはキルアと目が合うと、ニッと歯を出して笑いサムズアップしてみせる。
「この男、ほんっとに最低なのよ!倒れた私を抱え起こす時、無駄に私のおしり触ってきたんだから!!………って、どうしたのキョウヤ!?」
カズマが連れているのは例のベルトで上半身をキツく縛られたフィオだった。
彼女は行方をくらませたカズマを潜伏スキルおよび敵感知スキルで探っていたものの、カズマもまた同じスキルを持っていることに思い至らずハメられてしまった。そして、余っていたスキルポイントで逃走中に早速バインドを習得した彼に捕縛されたのであった。
こうしてとぼとぼと歩く彼女は、悶絶するミツルギに気付くなり顔色を変える。
「ハァッ…ハァッ…僕は…僕はぁ…………」
仲間の敗北も確認した以上、なおのこと早く降参して治療を受けるべきだ。……ミツルギの理性はそう説いていたが、それでも諦めきれなかった。否、負けを素直に認めたくなかった。
〝善意の押し売りもその辺にしときな……″
この少年の言葉がどうしても頭を離れない。頭の中で声が飛び交ってはガンガン反響し続ける。
「(あんな幼い子供に僕の何が分かると言うんだ…!!!!)」
正義を貫くための力を与えてくれた、最も敬愛すべき女神様をただ救いたかっただけなのに。ただ女神様とこの世界を救うヒーローになりたかっただけなのに。
そんな僕の想いを幼稚な考えで見下すなんて許せない!
「…ねえ、あなた?」
「アクア…さま……!!」
心を苛む憤激はおろか身を苛む激痛すらも忘れるほどの昂揚感。
地に伏す男は期待を込めて女神を見上げる。他の誰が嘲ろうとも、女神様だけは僕の頑張りを見ていてくださったのだと…。
「もういい加減さっさと降参宣言してくれないかしら?骨折治してあげるから今すぐ
「………………え?」
ミツルギが見上げた先にいたのは……面倒臭そうに顔をしかめたアクアだった。
今彼女の目に映っているのは魔剣グラム、すなわち金目の物。ただそれ一つだけである。
彼の中で、心の支えとなっていた何かが音も無く崩壊した…。
「あ、あ、ああああああああああーーーーっ!!!!!」
「……あの人、とうとう泣き出しましたよ?」
「キョウヤ……」
今更ながら、ようやく、やっと、散々回り道をした挙句。彼は真実に気付けたらしい。あまりにも遅すぎるが。
「まったく本当に気持ち悪い人でしたね。本当は我が爆裂魔法をぶちかましたかった所ですが、キルアが代わりに成敗してくれたので良しとしましょう」
「…………。」
「……あなたももう一人の人も、さっさとあの男を連れて代わりの剣でも買いに行ってはどうです?どうかアクアの前には二度と現れないでくださいね?」
──その時のこと。クレメアは己の行動の意味が自分自身でも分からなかった。
このめぐみんとかいう女の子の発言が癇に触ったからだろうか?
あるいはアークウィザードなら近接格闘が不得手だと見込んだからだろうか?
それとも先程までこちらに目を光らせていたダクネスとやらが、女神様をキョウヤから守るように歩み寄るのが見えたからだろうか?
「女神様……ど、どうか…キョウヤのパーティーに入ってくれませんか?………でないと、この子の命は無いかもしれませんよ?」
「うっ………な、ぜ…?」
クレメア自身どこか他人事のような感覚のまま、めぐみんの首筋に片手剣を突き付けていた。
「………めぐみんっ!?」
異変に気付いたダクネスが叫ぶ。
「ちょ、ちょ、ちょっと!……どういうことなの!?」
目を白黒させるアクアに、
「おい、何してんだ…!?この女、頭イカれてんのか!」
怒声を浴びせるカズマ。
そして、
「クレ…メア…?」
無事な左手を地に着け、ミツルギがよろよろと起き上がる。その両頬には真新しい傷のように濡れた線が走っていた。
縛られたままのフィオも彼の隣で目を限界まで見開き震えている。
「(私何してるんだろ…。……でも、もう後には退けない…!)」
クレメアは疾うに後悔の真っ只中にいた。剣を握る手が小刻みに震え、早くも冷や汗が身体中の至る所に吹き出る。
しかし我に返っても過ぎ去った過去には…それが僅か数分前であろうとも戻れない。
すっかり真っ暗になった空の下、互いの視線が交錯したままこの場のほとんどの人間は凍り付いたように動かなかった。そう、ほとんどの人間は…。
「───おい。今すぐそいつを離せ。そうすりゃテメーを痛み無く一瞬で殺してやるから…」
突如クレメアの背筋に氷の刃が突き立てられたかの如く、底冷えするような悪寒が襲う。
この場において真に生殺与奪の権を握る者は一人のみ……その厳然たる事実を彼女が理解した時、もう既に何もかもが手遅れだった。