殺人──人の命を奪う、この世で最も悪とされる行為。
まだ日本にいた頃、カズマはそれをニュースの中でしか見聞きする機会が無かった。まさしく別の世界で起きた出来事を眺めるような感覚で情報を享受していたものだ。
その感覚を端的に表すなら、「他人事」と言った所だろうか。
しかし自分自身の死をきっかけに日本を離れ、異世界に身を置くことで感じ方は変わってゆく。
まず基本的に──死んだ人間は生き返らない。たとえ異世界に転生したとしても、それは断じて生き返りなどではない。
元の世界に残された家族からすれば、物言わぬ
斯くして、かつてはテレビやスマホの向こう側だった「生と死」の境界線が、徐々にリアルで鮮明なものとして感じられるようになりつつあった。
「(でも、それでも………いや、"だからこそ"と言うべきか)」
ヘトヘトなのに眠れない。もう一,二時間も、ずっと。
モヤモヤした感情を心の内に留めておくのも限界だった。
「アクア……起きてるか?」
「…………。」
返事がない。
「なあ…ホントは起きてるんだろ?」
「…………。」
やはり返事がない。
「実はお前に謝っておきたいことがあるんだ…寝る前くしゃみした時、お前の羽衣で鼻水を──」
「ゴッドブローッォォォォオオオオ!!!!」
「ぐえ゛っ!?」
飛び起きたアクアの聖なるグーがカズマの腹に直撃する。
「テメーこいつ!内臓が口から飛び出るかと思ったぞ!」
「んなわけないでしょ?95パーセントくらいの力に手加減してあげたのに」
「ざけんなっ!そりゃもう実質本気ってこと──」
いよいよカズマがヒートアップした時、枕元の壁が向こう側からバンッと荒々しく鳴らされる。
『うるせえぞ!そこのガキと女!!』
「「す、すみません!」」
馬小屋の隣の馬房(部屋)で寝泊まりしている冒険者の声だった。二人の騒がしいやりとりに堪忍袋の緒が切れたらしい。
この世界で宿屋に毎日泊まるというのは日本で言うなら毎日ホテル暮らしをするようなものであり、収入が不安定な冒険者には非常に困難な話だ。それ故、こうして一つの馬小屋に何人もの冒険者が寝処を求めて集まることも珍しくなかった。
「……ま、まあ機嫌直せよ。くしゃみしたってのはウソだからさ」
毒気を抜かれたカズマは反撃を中止。声のトーンを落とし、再び横になったアクアを宥める。
「そんなに私に起きて欲しかったわけ?まあ起きてたんだけど………」
「なーんだ、起きてたのか……いやいや、それなら声かけた時点で素直に反応してくれりゃいいじゃねえか!そんなに寝てたいのかよ…」
「だって……」
アクアは寝返りを打ってカズマに背を向ける。
「眠っちゃえば起きた時…今日のことは全部夢だった!ってなるかなと思ったから」
「………その気持ちはちょっと分かる」
普段なら一笑に付すようなその思考も、今なら甚く共感してしまう。
カズマは彼女の背中越しにぼつぼつと本音を晒してゆく。
「ん〜…わりーんだけど、俺どうしてもお前と話がしたくなっちゃってさ。その…えーっと………」
「キルアが殺し屋だったってこと?」
「ああ…」
煮え切らない彼の言葉をアクアが先取りする。
「(やっっっっっっと、言えたわね。ヘタレチキンのカズマさん…)」
彼には見えないのをいいことに、アクアはペロッと舌を出す。
いつもカズマは自分のことを察しが悪いだなんだと馬鹿にしてくるが、こうやって気遣われている時もあると気付いて欲しい…と彼女は内心盛大に溜め息を吐く。
「お前ってさ、日本担当の女神だったんだよな?」
「そうね、どこかのヒキニートさんの卑劣な罠にハマるまではだけど。で、それがどうしたの?」
「……騒いだらまた迷惑になるし今のは聞かなかったことにしてやる。まあ日本のことっていうか…現代日本人の感覚を知ってるお前と話したくてな」
カズマはしかめっ面で頭をグシャグシャッと掻く。
めぐみんもダクネスも…それにキルアも文字通り生きてきた世界が違う。仲間内で日本の価値観に馴染みがあるのはアクアしかいない。
「あいつ修行の初歩としてダーツを幼い頃に極めたって言ってたろ?てっきり俺、あいつが危険な生き物を狩るための修行をしてたのかと思ったんだよな」
「まあ、初めて一緒にお昼ご飯食べた時にハンターとか言ってたしね」
……あの出会いはもう一ヶ月ほど前になるだろうか。
「ハンター」という単語を聞いてカズマが、そしてアクアも真っ先に連想したのは、野生の害獣や食用動物を猟銃で狩る猟師だった。もっともキルアの言う「ハンター」はハントの対象が多岐に渡るようだが。
いずれにせよキルアは、ハンターという仕事にはちゃんと誇りを持っているように見えた。ということは…
「ダーツも今思えばおそらく親や兄貴に押し付けられてた暗殺の修行だったんだろう……キルアの奴きっとハンターになる前は、やりたくもない人殺しのために家で色んな修行を無理矢理やらされていたんじゃないか?」
カズマは苦々しげに吐き捨てる。
「日本だったら間違いなくあそこが黙ってないでしょうね。児童相談所って奴?」
キルアくらいの年頃の、まだ中学生の子供が人を殺すような事件だって日本でも何度かあった。
その度に世間では大々的に報じられ、やれ現代社会の闇だの、やれ家庭環境に問題があっただの、多くの人々──カズマとアクアも含む──がその子供の背景をどこか雑談感覚で語っていたものだ。
………おそらくだがその大半が、人ではない不気味な化け物か何かを語るような意識を内心に潜ませて。
でもキルアは…………
「キルアは確かに人殺しかもしれねえ……それはほぼ間違いない。でも………」
「…………。」
その先は上手く言葉に出来なかった。けれど…
「……カズマが言いたいことは分かるわ、何となくだけど」
カズマが言葉に詰まったのを察したアクアが、沈黙を破る。キルアに感じたことをハッキリと言語化出来ないのは彼女も同じだった。
それでも…否、それ故にと言うべきか…カズマは自分の感じ取ったキルア像を彼女と共有出来た気がして、どこか安堵してしまう。
「あいつと一緒にミツルギのチームと対戦した時なんて、この世界に来てから一番楽しい時間だった。なのに、ままならないもんだ………」
日本で学校も行かずにネトゲにのめり込んでいた頃のこと。徹夜なんて当たり前で食事もろくに取らず、仲間と一緒にモンスター狩りに明け暮れる毎日。
そんな後ろめたさを感じる日々の中でも、「MMORPG史上最強」「公式の調整が入るまで理論上クリア不可能(実際、後に弱体化アプデが入った)」と謳われたボスを見事攻略したバトルでは、頭の芯がジリジリと焼け付くような
キルアと一緒に臨んだあの決闘は、カズマにとってまさしくそのボス戦に匹敵する至福の時間だったのだ。
「(作戦通りにミツルギ達の分断に成功した時にゃ最高にアガったぜ…。キルアはどうだったんだろう?あいつも楽しんでたならいいけど……)」
キルアは本人曰くまだ十二歳。
ゲームがよく似合う普通の子供。そう…キルアはあくまで普通の子供のはずだ。
「普通じゃないけど、普通なんだよな。なんというか…」
それがカズマの現時点でのキルアへの総評だった。そこにアクアが首をひねりながら口を挟む。
「うーん…普通普通って言うけど、私達自分が知ってる世界の基準で考えちゃってる所ない?キルアの世界では暗殺を生業にしてる人ってどういう見方されてるのかしら?」
カズマはハッとする。その視点は無かった。
今更ながら思えば自分も、クリスから財布を人質にスティール勝負を挑まれた時には「ここは日本とは違う弱肉強食の世界」と世界の違いを理由に納得したではないか。
こいつも腐っても女神ということか、と彼は内心でアクアをほんの少しだけ見直す。
更に言えばカズマは
特権階級たる貴族にとって徹底的に都合の良いよう整えられた法律の前には、平民の人権などあってないようなもの。
………このように世界が異なれば、ルールも倫理観も何もかもがひっくり返ってしまう。
「………確かにキルアの世界のことは全然分かんねぇもんな。てか、お前もキルアはおそらくこの世界の人間じゃないってことに気付いてたのか?」
「ええ、女神の目は何人にも欺けないわ。今日キルアがこの世界には存在しない不思議パワーを使ってるの見て、すぐピンと来たわね」
「(いや遅すぎだろ!ハンター試験とやらに
カズマの中で少しだけ上がっていたアクアの評価は、瞬く間に元の位置に戻るのであった。
それはさておき…
「…にしても、お前も無責任なことするよなぁ…めぐみんにあのままキルアを追わせるなんて。まあウィズと話してちょっと落ち着いたみたいだから結果オーライだけどよ」
ギルドにてパーティーで夕食をとった時には、めぐみんは幾分か平静を取り戻したように見えた。
キルアのこと以上にめぐみんの気持ちを心配していたらしいアクアはそのことに安心する一方、自身と折り合いの悪いアンデッドがめぐみんに絡んだことには不満な様子だったが。
「あのね、アクシズ教の女神たる私に責任を問おうなんて愚行もいいとこよ。ダクネスに剣術を教え込むくらい無駄なことだわ」
「お前それ自分で言うのか…」
「我がアクシズ教では、ガマンは体に毒だから思うがままに生きなさいと説いているわ。好きな事をやっていいの。ワガママを言ってもいいの。もし好きな人がいるのなら、たとえ相手がどれだけ高い身分の人でも遠慮せず、むしろ好きな相手の身分を自分と釣り合うレベルに無理矢理下げてやる勢いで行動すればいいの。時には、やり過ぎたと自分で思うくらいがちょうどいいのよ」
「(………魔王軍より先にアクシズ教を滅ぼした方が世の中のためになる気がしてきた)」
「それに……キルアならもしかしてめぐみんが必死に追いかけてきたら考え直すんじゃないかって思って」
「………。」
「キルアがあんなにやり過ぎちゃったのもただ仲間想いな子だからなのよ、きっと…」
アクアの脳裏を過ぎるのは、例の魔王軍幹部の一件が無事解決したのに、一人いつまでも辛気臭い顔をしていたあの姿。
「………確かにキルアがあの女にやったことは過剰な報復だ、これも間違いねえ。でも、そもそもキルアがいてくれたおかげでめぐみんは助かったんだよな……だから頭グチャグチャになっちゃうんだけどさ」
いっそキルアがシンプルに血も涙もない殺し屋だったら、あいつのことを考えてもこんなに辛くならなくて済むのに…。
「
「けっ…まあおまえらにはわかんねえだろうな。その辺の機微が」
やっと決意を固めて別れを告げられたのに、それを引き止めて相手の心を乱すような真似をするのは男の美学に反する行い。それがカズマの持論だった。
「…でもまあ、俺はひたすらパニクってたのにお前は割と落ち着いてたよな。マジ意外だったわ」
キルアの壮絶な過去を聞かされて驚きはしても大して動じなかったこいつは結構大物なのかもしれない、とカズマは思う。
どこか自分やアクアより大人びた一面のあるダクネスが適応力の高さを見せたのには納得出来たが、普段しょうもないことでギャーギャー騒ぐアクアの落ち着きぶりはどうにも解せなかった。
「そりゃあ私は女神として、あそこで長年に渡り亡くなった人を導いてきたもの。その中には、あんたがただの幸せ者に見えるくらい、悲惨でドロドロした人生を歩んできた人だって一人や二人じゃなかった」
普段の彼女からは想像も付かないほど、冷めた声音のアクア。
「大抵そういう人は………誰かに殺されたり、あるいは自ら命を断っていたりしたわね」
少し言い淀みつつも、淡々と言ってのける彼女の表情はカズマから見えない。見えるのは女神を名乗るに相応しい、艶艶しく滑らかな水色の髪。
「……なるほどな。さすがに家族丸ごと暗殺者だった人なんてのは日本にいなかったろうけど、それでも目を覆いたくなるくらい痛ましい境遇の人もお前は山ほど受け付けてきたんだろうからな。そりゃ耐性付くか」
カズマとしては、彼女が自分の死に方をゲラゲラ笑ったことへの仕返しとして無理矢理引っ張ってきたこと自体は、今でも別にやり過ぎたなどとは思っていない。
ただ、今ならこうも思える…。何だかんだ情に厚い部分もあるアクアにとって、死者の抱える事情を知らねばならないあの仕事は苦痛に感じられる時もあったのではないかと。
「……………。」
「なあアクア………今まで駄女神だなんて言って悪かったよ。お前なりに女神の仕事頑張ってたんだな」
「……………。」
「何だ、まさか照れてんのか?まあ、たまには物静かなお前も悪く──」
「くかーっ…くかーっ…」
「…って寝てんのかよ」
このタイミングで寝る奴がいるか!
「(でも、こいつは俺の話に付き合ってくれたわけだし…何ならさっきキルアが去ってった時も、こいつのおかげで良い意味で気が抜けたし………やっぱりこいつは女神なんだ)」
良い夢を見て欲しいと願いつつ。カズマも眠りに就くことを決めた。すると、
「う〜ん………もーっとシュワシュワ貢ぎなしゃいよ〜ダメニート〜〜〜…………」
「(よーし!この駄女神はどうせまた金欠になるだろうし、その時は目の前で高級シュワシュワをラッパ飲みしよう!)」
カズマはこめかみを引くつかせ、その一方どこか安堵したような顔で、制裁プランを練り始める。
そしてぶっきらぼうな手つきで、この憎めない女神に毛布をかけ直してやるのだった。………怒りの感情の中に「お前がいてくれるおかげで気持ちを切り替えられた」という感謝をちょっとだけ添えて。
***
走る、走る、走る、走る……………
「何なんだよ!?ホント何なんだ!? こいつら一体……何なんだあああああああっ…!!!!」
夜中の平原を必死の形相で走るキルア。元々色素の薄い彼の肌が、今や戦慄と恐怖に染まって青白く際立つ。
「逃がさないわよ!その歳ならギリ精通はしてんでしょ!?てか、してなくても関係無いわ!」
「貴方となら物凄く強い子供を産めそうな気がしますの!どうか大人しくしてくださらなーい?」
「ダメよ!あの子の
目を血走らせ涎をまき散らし、大集団で追ってくるモンスターの名はオーク。豚の顔をして鋭い牙を生やし二本足で歩く、性欲旺盛なモンスターだ。
ドドドドドッと激しく草地を踏み鳴らし、獣じみた健脚で執拗にキルアを付け狙う。彼の足を以てしても容易には振り切れない。
「(
キルアの疑問に答える形となるが、この世界のオークのオス達はとっくの昔に絶滅している。今ではたまにオークのオスが生まれても、成人する前にメス達に弄ばれて干涸びて死んでしまう始末である。
結果として今のオークは、縄張りに踏み込んだ多種族のオスを捕らえ無理矢理交配に及ぶようになってしまった。
そのためオークの形質は多様化し、犬耳や猫耳を持つ者もいれば牛のような角を持つ者、更には人間さながらに髪の毛を生やした者も存在する。また優秀な遺伝子を持ったオークは、人間並みの知能を持ち人語を操る能力をも獲得している。
「最初は男の子がいいわねえ、オスが六十匹にメスが四十匹! ゆくゆくは海の見える白い家でたくさんの子供たちに囲まれ、毎日あたしとイチャイチャするのよ!ねえダーリンッ!!」
「お断りしますっ!!!!」
いやもうマジで怖い………。
群れの先頭で一際おぞましいことを言ってくる御局オークに駆り立てられ、無我夢中で森の中に逃げ込んだ。
キルアとて思春期男子。決して、女性に全く興味関心が無いというわけではない。
………しかしそれでもあそこまで強引に迫られるのは、ましてや人外の存在から迫られるのは御免被りたい。
「流石に撒いたか…?」
鬱蒼と茂る木々の中に飛び込むと息を落ち着かせる。
森を吹き抜ける風の音。緑の濃い匂い。よし、もう大丈夫だ。
「ふう〜…変なとこに迷い込んじまったな。まあアクセルの街から遠く離れたかっただけで、別に行きたいとこなんか………っ!?」
その時キルアの肩に走ったのは焼け付くような鋭い痛み。一拍遅れて、骨の髄まで凍り付くような冷気に襲われる。
「(次は何だ!?)」
反射的に飛び退きつつ、オーラを解き放ち練を行う。
「ガウッ!ガルルルルルッッッッ!!!!」
そこにいたのは、神々しさすら漂わせる銀色の大きな狼。おそらくこいつに爪で引っかかれたのだろう。
キルアはふっと自嘲的な笑みを浮かべる。
「すげーな、お前。後ろから来てるのに全く気配に気付かなかったぜ?まだまだ修行足んねーやオレ」
短時間の攻防の末、この巨狼──フェンリルの撃退にも無事成功。目に渾身の一撃を叩き込まれ、野生の本能で力の差を悟ったフェンリルは、臆病な迷い犬のようにすごすごと逃げ去ってゆく。
それを見届けたキルアは再び森の中を歩き出した。特に当てもなく…。
「ふー、危なかったぁ…あの犬っころ、気が立ってたのか知んねーけどいきなり襲ってきやがって!一歩間違えば、あのバカでかい爪で腕もげてたぜ!……傷口が凍らねえようにまたちょっと電気使っちゃったし」
そんなこんなで独りぶつくさ愚痴を言っていたら、
「ん…?」
思いも寄らぬ相手との再会を果たすことに…。
――数分後――
「あのさ………話はとっくに終わったはずなのに何で着いてくんの?」
「ひっ…!」
「オレ言ったよね?七歳頃の小さい女の子なんてこの森では一度も見てないし、この肩の傷も心配いらないって」
キルアがジト目で後ろを振り返ると、蛇に睨まれた蛙のようにビクッと震える者がいた。ドンドン先を行くキルアの何メートルか後を付かず離れず早歩きで着いてくる少女。
「あ…あの、その、これは、つまり、えっと……………」
「(なんかオレが悪者っぽい雰囲気だけど…付きまとわれてるオレは被害者だよな?)」
今にも泣き出しそうな顔で立ち竦む少女の姿に罪悪感が湧いたキルアは、困ったように頭をポリポリと掻く。
「……オレはキルアってんだけど、君は名前何て言うの?」
「え!?…名前?…………」
少女が口をモゴモゴさせようとも、キルアは急かすことなくじっと黙って待つ。
警戒して名前を教えないのか、あるいは己の名前を口にすることすら恥ずかしがっているのか…まあ間違いなく後者だろう。
どちらにせよ、ここまで来たからには名前くらいは知っておかないと心残りになりそうだ。このままダンマリさせる気はない。
「わ、我が名は…!」
無言の圧に耐えかねたのか、彼女は意を決したように声を張り上げる。
「我が名はゆんゆん!アークウィザードにして上級魔法を操る者!やがて紅魔族の長となる者……!」
「…………。」
ピシッと、カズマの世界で言うウルトラ◯ンのようなポーズを決めたまま、茹でダコのように顔を真っ赤にするゆんゆん。
「(な、何かリアクションして欲しい…………)」
「んー……」
あんまりにも居心地の悪い静寂に、ゆんゆんは汗と涙をじわじわと浮かべる。
これが漫画であれば、シーン…という
ノリ良く盛り上げるわけでなければ嘲笑することさえも無く。暫し腕を組んでいたキルアはおもむろに問いかける。
「なあ、ゆんゆん?ゆんゆんってもしかしてさ……めぐみんの友達だったりする?」
「めぐみん…!?あなた、めぐみんのこと知ってるの!?……ねえ!!」
「あ、ああ知ってるよ。……ちょっと近いって!」
こんな所で会った相手にまさかの共通の知人がいると判明した途端、急に距離を詰めてくるコミュ障少女。これにはキルアもたじたじにならざるを得ない。
「私とめぐみんが友達って……本当にそう思ったの!?」
「そりゃ似たような名乗り方するもんだから…」
もっとも一族揃って中二病に罹患している紅魔族は、ほとんどの人間がめぐみんやゆんゆんのような口上を述べるのだが、キルアにはそれを知る由もなかった。
「友達…友達………いえ、違うわ!私とめぐみんは友達なんて甘ったるい関係じゃない!」
きっぱりと否定するゆんゆん。もっとも嬉しそうに頬が蕩けているのは隠し切れていなかったが…。
「ふーん、友達じゃないんだ。てことは単なる知り合いとか?」
「ち、違うわよ!…私とめぐみんはライバル!言うなれば………終生の好敵手!!」
ゆんゆんはキリッと凛々しい顔を作る。一生懸命に表情筋を動かして。
「(終生の好敵手ってワード、今言い出して気に入ってんだろうな多分…)」
以前めぐみんを宿まで送って行った際、「勝手に自分のライバルを名乗る輩がいるが、ライバルというにはキャラ設定にクールさの欠片もない」などと酷いことを言っていた気がするのだが。よもや、その自称ライバルというのはゆんゆんのことではないだろうか…?
「あの……」
「何…?」
先程までの勢いはどこへやら、またモジモジモードに入ったゆんゆん。
「私あなたのこと何て呼んだらいい?……キルアくん?」
「うん、それでいいよ。ゆんゆんがめぐみんと同い年ならオレのが一個年下だし」
「あ、うん……わかったです。…じゃなくて、わかった!」
元より人とのコミュニケーションが苦手な彼女のこと。ましてや同年代の異性と接した経験など皆無であり、その振る舞いはやはりぎこちない。
「じゃあキルアくん……その…申し訳ないんだけど…こめっこちゃん、めぐみんの妹を一緒に探してもらうのってダメかな?」
「オッケー。じゃ、オレあっち探すから」
「……あ、ちょっと待って!」
「ん…?紅魔の里の場所なら大丈夫。めぐみんの妹見つけたら本人に案内してもらうから」
「そうじゃなくて!」
ゆんゆんは必死に食い下がる。
「今この辺の森には"アレ"が…『爆殺魔人もぐにんにん』が何故か出没してるの!紅魔族じゃない男性は危険だから単独で行動しちゃダメ!」
「はぁ!?爆殺魔人……なんだって?」
「爆殺魔人もぐにんにん!!」
きょとんとするキルアに対し、なおも真剣に言い募るゆんゆん。
あまりにふざけたネーミングに一瞬自分はおちょくられているのかと疑うキルアだったが、彼女がそんな悪ふざけをする人間には到底思えない。
「りょーかい!……爆殺魔人もぐにんにんね?で、そのもぐにんにんってのは一体どんな──」
「一体どんな奴なんだ?」そう聞こうとしたキルアは咄嗟に飛び退く。しっかりゆんゆんを抱えた状態で。
コンマ数秒遅れ、まるで鋼の鞭がしなるかのような鋭い風切り音と共に。大柄な誰か、いや"何か"が、キルアのいた位置に手刀を振り下ろす。
フェンリルの襲撃を機に警戒を強めていなければ──既にキルアの身は真っ二つに引き裂かれていたことだろう。
「…ででででででで、で、で、出た!」
〘対象の生存をカクニン。排除シーケンスを第二フェーズに移行。改造被験体コウマゾクの個体は生存させ、異分子のみをセンメツします〙
「もぐにんにんって、あいつのことかよ!?ありゃ間違いなく…」
機械仕掛けのボディの一点…紅く輝くモノアイが、不気味にキルアとゆんゆんの顔を凝視していた。
「ロボットじゃねえかあああああっっっっ!!!!!」
「ろ、ろぼっと…?????」
ロボット──爆殺魔人もぐにんにんは、冷たく無機質な手指をドリルの如く回転させてキルアに再び襲いかかる。