そういえば前話を書いていて、このすば世界のオークの生態はキメラアントに若干似ている部分があるなと思いました。
──百数十年前──
「つーいに、ついについについについについに…!この時が来た〜ッ」
今まさに彼の研究室にて【魔人】が目覚めの刻を迎えていた。
システム起動の電子音が、静まり返った実験室に響く。魔人の身体の一部…頭部モジュールに備え付けられた"眼"に紅い光が灯った。さながら深い眠りから目覚めるかの如く。
「美少女メイドロボもいいけど、やっぱ戦闘ロボってのは童心を擽られるよなぁ。これぞまさしく男のロマンッ!……って奴ですね、はい」
データのインストール中、つい叫び出してしまった気恥ずかしさを誤魔化すように語尾を弱くする博士。
魔人の紅いモノアイがピポピポと音を立て、忙しなく明滅する。
何万行もの膨大な
そして関節部分のシリンダーが音も無く軋んだかと思いきや、魔人はその巨体から想像も付かないような軽やかな動きで跳躍。博士は顎に手を当て満足げにその姿を見つめている。
魔道技術大国ノイズ──当時栄華を誇った軍事大国の誇る技術によって、機械仕掛けの魔人はこの世に産声をあげたのであった。
〘我が名ハ爆殺魔人もぐにんにん。マスターの手足となるモノ〙
そして、片言の電子音が紡ぐ一言にげんなりとした顔を見せる生みの親。
「ほんっとダッセー名前だな、ガチのマジで…。魔法と科学の融合というロマン溢れるコンセプトが台無しだっつーの!………あの改造人間共はどうしてこうもネーミングセンスってもんが無いのかねぇ…やっぱこいつの名前を奴らのリクエスト通りにするって約束したの失敗だったわ」
博士は嘆息する。直立不動で主の命令を待つ魔人に手を添えて。
「大体『もぐにんにん』とか何よ。バカなの?あいつらの脳みそ、夏場に路上で放置された生魚より腐ってんじゃねーの?つーかそういやあいつら………魔法使い適性を最大レベルに上げるだけの改造手術で、ついでに強キャラ感のある紅目にして欲しいとか言ってたおバカさんじゃんか!今の今まで忘れてた!」
彼はすっかり禿げ上がった己の頭をペチッと叩き、エヘヘと笑うと、
〘ごメイレイを。マイマスター〙
「はいはい、とりあえず俺がインプットしたパターンに当てはまる連中だけ殺ってくれりゃそれでいいから。まずは日本から転生してきたチート持ちハーレム野郎が最優先な…だって俺はチートあってもハーレム作れなかったし!同郷の情けなんて小さじ一杯も湧かねーし!」
子供じみた大袈裟な身振り手振りで、恐ろしいことを喚き散らす。
「そんで、お前に与えたデータに一切該当しない人間も異分子として優先的に始末しろ!……あっ、一つ大事なこと言っとくぞ?」
ここで表情をグッと引き締め真剣な顔を作ると、
「もし標的がイケメンだったら…んで連れてる女がめっちゃ可愛かったりしたら………お前死んでもそいつ絶対ぶっ殺せよ?」
結局くだらない命令を追加するのであった。
〘リョウカイ。しかしながらワタシに"死"という概念はありマセン〙
「あ、やべっ…スクラップになってもぶっ殺せよって言った方が正しかったかも………」
「単なる言葉の綾に揚げ足取ってんじゃねーよ!」と言い返したくなる気持ちを抑え、博士は苦笑する。
〘バックアップが存在スル限り、このカラダが滅びようともワタシはワタシであり続けマス。ご心配ナク〙
「ん〜、それは違うんじゃねえかな…。仮にバックアップから復元した所で、所詮は記録…いや記憶を受け継いだ"別物"でしかねえんだわ。今ここにいるお前は二度と戻ってこねえのよ。そんなの……死と同義っしょ?」
博士は魔人の滑らかな手を撫でる。苦笑を浮かべたまま、普段の彼を知る者が見れば間違いなく驚愕するであろう優しい手つきで。
〘……………。〙
この日以来、魔人は主の至上命令を貫徹した。とうに主が死せどもそうとは知らず、今日までずっと…。
***
悪意など微塵も存在しない、ただ不要なごみを片付けることを通知する電子音。
〘
それを発したのは、人間の身の丈を超える全長でありながら流線型のフォルムを持つ、恐るべき俊敏性に特化したロボットだった。
「クソッ」
思考が形を成すより早くキルアの顔面に、金属の貫手が回転しながら迫り来る。風を切り裂く高周波の駆動音が鼓膜を劈き脳を揺らした。
彼は寸前で首を捻ってかわしたものの、掠めた風圧だけで頬の皮膚がオーラ越しにヒリヒリ痛む…仮に直撃しようものならオーラでガードしても無傷では済むまい。
クロスカウンターとして、ロボットの装甲に拳を打ち付けようとするも…
「……ッ!」
前のめりになって隙が生じたキルア目掛け、目を疑うような速度でアームが伸び、もう片方の手が彼に掴みかかろうとする。
キルアは前のめりになった勢いそのままに咄嗟に身を低くし、ヘッドスライディングのような体勢で飛び込むことによりロボットの脚の間を通り抜けてみせた。
「(こいつの動き、"タメ"ってもんがねーな……さすが機械だぜ。この世界にロボットなんて存在するわけねえし、カズマみたいに転生した人間が特典でこいつ作ったのか…?)」
生物がその身を動かす時、必ず筋肉の収縮や重心の移動という"予備動作"がある。
だが、目の前の機械人形にはそれがない。静止状態から、いきなり最高速度へ到達するのである。
数多くの対人戦闘を経験してきたキルアだが、生憎ロボットと戦ったことなど一度も無いのだ。これまで培ってきた経験にはあまり頼れなかった。
「(その上、殺気も無いとくりゃ攻撃を先読みしにくくて仕方ねえ…!)」
内心舌打ちするキルアに、人間には為し得ない正確無比な高速ループの連撃が嵐の如く振り注ぐ。
とはいえ、言ってしまえば単なる変わり映えしない動作の繰り返しだ。俊敏な動きを幾ら繰り返そうとも所詮ロボットは見かけ上の最適解を無心に選択し続けているに過ぎない。そこに一切の駆け引きは無い。
故にキルアは攻撃を捌くのを止め、敢えてガードを解き、無防備な胴を晒した。ロボットのセンサーが
「ここだっ!」
この瞬間を待っていたのだ。
キルアは紙一重で身体を真横へ投げ出す。空を切ったアームの脇をすり抜け、鋭利な爪先で剥き出しのモノアイを刺し貫こうとする。寸分違わぬ完璧な狙いの一撃だった。
だが、しかし…
「
紅く輝く表面に微細なひびを入れるだけで、割ることは到底叶わなかった。強化ガラスより遥かに硬いことは間違いないだろう。一体このレンズは何で出来ているのか…。
それでもキルアは、その僅かな傷を突破口とするべくロボットを力尽くで押し続ける。反撃の機など与えさせまいと。
…と、ロボットの
キルアに押され体勢を崩していたロボットは驚くべき脚力で踏み止まる。地面との摩擦熱により、チリチリという音と共に、足元に生い茂る草から焦げ臭い匂いが立ち込めていた。
「しまっ──」
体勢を整えたロボットに対し、キルアは突然のことにバランスが乱れた状態…今度こそ本当に無防備だ。
加えてキルアは、かつてツェズゲラに指摘された通りオーラの攻防力移動技術は未熟。ゴンがゲンスルー対策としてビスケから課された修行を思い出しつつ自主練し、異世界に来る前より多少進歩したと言えども。被弾部位に咄嗟に大量のオーラを集中させるような芸当はまだ出来ない。
辛うじて"堅"で守られた、その小さな体躯を両断せんと無慈悲な手刀が振り下ろされる。
その時、ロボットとキルアを照らし出すように眩い光が発せられた。
両者の高速戦闘に介入出来ず、あわあわと見守っていたはずのゆんゆん。そんな彼女の右手から、光で形作られた長大な剣が伸びている。
輝く大蛇の如き光の大剣が振るわれると、暗闇の中を一筋の閃光が走り抜け、キルアを狙っていたロボットのアームに巨大な光刃が押し当てられる。
「わ、私だっているんだから!!」
木漏れ日を思わせる淡い月光を、舞台のスポットライトのように浴びる彼女。ロボットにか、はたまたキルアにか…己の存在を忘れてくれるなと言わんばかりに。
恐怖で涙目の、それでいて逃げ出す気配の全く無い少女は、目から紅い光を滾らせ更に力を込める。
『ライトオブセイバー』は上級魔法の一つ。術者の魔力次第では鋼をも切り裂く一振りと化す。齢十三にして次期族長候補と期待されるほどの力を持つゆんゆんにかかれば、大抵の物は真っ二つだ。
「………ウソでしょっ!? 魔法耐性が高すぎる!」
──ところが、ここではそうならなかった。
光刃を受け止めているロボットのアームは、少しばかり切れ込みが生じるだけで溶断される兆候は微塵も無い……文字通り、痛くも痒くもないようだ。
〘
「助かったぜ、ゆんゆん!(ぜってー言えねえ…ゆんゆんのことを一瞬忘れてたなんて……)」
とはいえ、こちらを狙う手が止まっただけでも十分過ぎる。キルアはロボットの懐から素早く抜け出した。
そしてモノアイを明滅させて訳の分からないことを述べる敵に再度目を向けると、
「な…!?」
「私が付けた傷が直ってる!?」
ゆんゆんが今しがた魔法で破損させた部分が、見る見る内に癒えている。モノアイに至っては、ひび割れした事実など存在しなかったかのように元通りの状態になっていた。
「(自動修復機能があるってわけか…何らかの物資を消費することも無く。こいつ、魔法と科学のいいとこ取りし過ぎだろ!)」
そうなるとチマチマ削っていくのではなく、一気に大きなダメージを与える必要がある。しかし、この強敵を相手にそれは決して容易ではない。
ゆんゆんが口に手を当て、キルアが歯ぎしりしていたその時………ロボットに異変が起きる。
〘エラー:送信に失敗、エラー:送信に失敗、エラー:送信に失敗、エラー:送信に失敗、エラー:送信に失敗、エラー:送信に失敗………………〙
「な、何なの!?」
「こいつ…イカれたか?」
延々と同じメッセージを読み上げているようだ。今やモノアイを狂ったような頻度で瞬かせていた。
「………まあ少しでも足踏みしてもらってた方が好都合だ。んじゃオレ、さっきの川んとこ行ってくっから!」
「川…!? どうして?」
問いかけられたキルアは声を小さく潜める。
「ちょっと罠を張りにね…」
念のため口元も手で隠しながら。
「そういうこと…わかったわ……」
彼はそれだけ言うと、ジャンプし木の枝を掴んだ。そのまま枝から枝へと跳び移り、先程二人が出会った場所へ向かって行く。
先にゆんゆんから聞いた情報や奇襲直後のロボットの発言からして、紅魔族が襲われる可能性は低く、自分を優先的に追ってくるはず。そう判断したからこそキルアは彼女と離れることを選択したのだった。
〘──送信は中止。
すると、ここでロボットは突然平静を取り戻した。激しく瞬いていたモノアイも今は落ち着いた様子を見せている。
「(まだ今ならもう一発攻撃できるはず!これでキルアくんが罠を準備する時間を少しでも稼げたら!)」
ロボットが再度動き出す前から、ゆんゆんは魔力を練り上げていた。キルアがどんな罠を張るつもりなのかは分からないけれど、多少なりとも時間に余裕があるのに越したことはないはず。
「ライトニング・ストライク!」
可憐ながら力強い声に合わせ、空が一瞬光る──次の瞬間、木々の合間を縫って轟音と共に一条の雷が落ちた。
「(あれは自然の雷じゃない……雷の魔法!?)」
ウィズの店で買った商品を詰め込んだウエストポーチを無意識に撫でていた時。何か大きな力を察知し後ろを振り返ったキルアは瞠目する。
「(マジか………魔法
ゆんゆんが発生させた雷は、ちょうど今まさに移動しようとしていたロボットに直撃する。
〘ツイ、セキ…を…を…ザー……………続行〙
雑音交じりの電子音を漏らし完全に硬直するロボットだったが、されど数秒後には何事もなかったかのように跳び上がる。さながら目を細めるかの如く、モノアイ内部の光学レンズをジーッと絞り、キルアの行った方向を凝視しつつ。
巨体に見合わぬスピーディーな動きで木の幹から幹へと跳ね返りながら、ジグザグの軌道でキルアを追う。
「は、速い!(……キルアくん、こんなの相手に一人で大丈夫なの!?)」
ゆんゆんの動体視力では、闇夜を紅く染めるモノアイの残光しか捉えられないほどのスピードだった。
あれほど身軽なのに木の枝に乗らないのは、おそらく自身の重量では折れてしまうと理解しているからなのだろう。
彼女も慌てて走り出し、森を流れる小川のある場所に向かう。
それから一分も経たない内に、
〘標的をホソク〙
ロボットは宙空で構えを取る。
標的はいた、川を挟んだ反対側に。一際葉っぱが生い茂った大木の、枝の上に立っているようだ。
「あ、鉄屑くん!さっきなんかバグってみたいだけどダイジョブ? ダイジョブじゃないならペシャンコにして、チョコロボくんバッジにでも変えてやろっか?」
たくさんの枝や葉っぱに遮られて視認しづらいが、彼がポケットに手を入れて喋っていることはロボットの眼にも確認出来た。
標的の意図は『挑発』──己に記録されている人間心理のパターンテーブルと照らし合わせた結果、彼の発言内容およびポケットに手を入れている挙動にそのような判断を下す。……「チョコロボ」という単語はデータベースに存在しなかったが。
挑発とは、人間及びある程度の知能を有するモンスター特有の無意味な行動。とうの昔にそう結論付けていたロボットは、スピードを落とさず一直線に枝葉に突っ込む。
勢いのまま、立ち尽くす標的の頭蓋にハンドドリルで穴を開け──
──られなかった。
〘………!?……理…理、ギギキッギー解……不、能……………〙
普段は0.05秒で行う演算処理に、その50倍…2.5秒の
何故なら、問題無く視認していたはずの標的の姿が、謎の電磁障害によって突如
実の所、ロボットの高精度カメラを以てしても見切れない事象がこの場には二つ発生していた。
標的に肉薄する寸前、その姿をカーテンのように覆う大量の葉っぱや枝に紛れポケットから一瞬にしてワイヤーが張り巡らされたこと。そして、そのワイヤーには高圧電流が流されていたこと。
「まーた、このヨーヨーのおかげで助かっちまったな。なんか癪だけど、ブタくんにはもっぺん礼言っとこ」
「元の世界に帰ったら」という一言は呑み込み………キルアはヨーヨー、帯電ワイヤーに引っかかり力無く落下するロボットを油断無く見下ろす。
「(もちろん絶好のポイントを見つける時間を稼いでくれたゆんゆんには真っ先に礼言わなきゃな…)」
そんな取り留めもないことを考えていると、バシャーンッという派手な水しぶきをあげてロボットは小川に落ちた。
無論大したダメージではなく、今にも起き上がりそうだが、この隙を見過ごすキルアではない。
「試してやる!」
上空…川で倒れるロボットの真上に跳んだキルアは指先を下に向ける。
それは指先から真下に放たれた電撃。
手元から離れる遠距離攻撃の要素を持ちつつも、自由落下という現象を利用することにより、やや苦手な放出系成分は取り入れず変化系のみで完結させた"発"。それ故に威力は減衰しない。
持てる全電力をありったけ注ぎ込んだキルアの電撃が、水で全身ずぶ濡れのロボットに容赦無く襲いかかる。
〘ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ…ガッ………ガ……………………〙
「(めっちゃ効いてんな、水に突き落として正解だったぜ。魔法耐性とやらも
もはや言語とは言えない耳障りな絶叫、もとい不協和音を垂れ流すロボットにキルアは空中でニヤリと笑う。
空気が爆ぜるバチバチという音が激しく鳴り響き、網膜を焼かんばかりの眩い紫電が川周辺を青白く照らし出す。あれだけ頑強だったロボットの四肢は、まるで激痛に悶えるようにガタガタ痙攣していた。
キルアが己の『落雷』に確かな手応えを感じたその時…
〘ガガガ…ガ……………許容損傷、率トッパ……
「……!?」
川岸に彼が着地した瞬間、ロボットは左手を大きく拡げる。
「こいつまだ動けたのか…!?」
正確に言えば、現在ロボットが唯一動かせるのが左手だけだった。高圧電流で回路がショートしたのか黒い煙が吹き出す他の部位は痙攣が収まっても未だ微動だにさせられず、モノアイも今や微弱な灯を浮かべているだけの状態。
人間で言うならば、死に瀕して目から光が失われかけているような、そんな状態である。
〘……爆発魔、法…アンロック…………〙
「早く逃げてっ!爆殺魔人は爆殺するから爆殺魔人なのよ!!」
ようやく川の近くまで追い付いたらしいゆんゆんの叫び声が聞こえてきた。
「チィッ…!」
思わず舌打ちしたが、言われてみれば当たり前のことだ。
おそらく今までは、万が一にでも紅魔族のゆんゆんを巻き込んでしまうことが無いように爆発魔法とやらを封じて戦っていたのだろう。
しかし今は大きくダメージを受け、絶体絶命の危機に陥ったたせいなのか、安全装置とかいうのを外してなりふり構わず爆発魔法を発動するつもりらしい。邪魔者を排除したらここでゆっくり再生する腹積もりなのだろう。
………魔人の左掌にドンドン魔力が蓄えられていくのがキルアの目にも分かった。一体ボロボロの身体のどこにこんな魔力を残していたのか…。
「あれをやるっきゃねーか……ゆんゆん、オレは大丈夫だ!今からちょっと危険なことすっからお前は遠くに逃げてろ!!」
「………わ、わかった!気を付けてキルアくん!」
このロボットはこの場で今すぐ息の根を止めなければ。
爆発魔法というのがどんな魔法かは知らないが、爆裂魔法に似た性質を持つ遠距離攻撃ということは察しが付く。撃ち込まれた方向によっては、ゆんゆんやまだ見つかっていないめぐみんの妹に被害が及ぶかもしれない。
キルアが思考を巡らせていたその時…
〘……マスター……ワタ、シが──も………〙
消え入りそうなボリュームの電子音で何か必死に言葉を紡ごうとするロボット。
〘………私が……死んでも………ご命、令…を…………〙
ロボット──爆殺魔人もぐにんにんは死に物狂いで藻掻いていた。
「……………。」
キルアはすっと表情を消す。
そのポーカーフェイスからはいかなる感情も読み取れない。ふと彼の胸中に去来した想いに強いて名前を付けるとしたら、それは…………本人にも分からなかった。
余計なことは考えず…考えないようにせず、淡々とポーチの留め具を外す。ポーチの中に入っているのは色とりどりのポーション──ウィズの言うところの爆発シリーズだ。
「(衝撃で爆発するポーション…確か地上50メートルの高さから落とした時と同等の衝撃を与えないと爆発しない代物だったか…?)」
いつか製造者に出会うことがあれば一言、いや二言でも三言でも改善案を提起してやることを心に誓いつつ。
彼がまず魔人に手向けたのは、水に触れると爆発するポーション。
遅れて第二投に温めると爆発するポーション、そして最後に──件の衝撃で爆発するポーションを投げ付けた。
「あばよ……爆殺魔人…………」
〘…………………マスター、申し訳ありません〙
一つ目のポーションの瓶は、あっけないほど軽い音を立てて粉々に砕け散る。
崩れ落ちる破片は、川の流れに差し込む月明かりを反射して星のように煌めく。そのキラキラとした情緒ある美しさは……却って虚無感を掻き立てた。
破片の狭間から飛び散る液体は瞬く間に魔人の身を伝い、体表はもちろん関節の隙間に至るまであちこちに染み渡る。そして必要十分な量の水分と結び付くと、
更に爆炎に呑まれた二つ目のポーションは急速に高熱で温められ、三つ目のポーションも爆風の衝撃を諸に浴び、
魔人はおろか川幅すら埋め尽くす規模の、間髪入れぬ連鎖爆発。
焦げ付くような熱風がキルアの顔を撫でたかと思いきや、吹き飛ばされた川の水が引き裂かれた滝の如くキルアに振り注ぐ。
あまりの水圧に礫を浴びるような痛みすら覚えたが、キルアは逃げることもオーラで防ぐこともしない。ただただ、今はそんなことをする気分にはなれなかった。
腕をかざして遮ることすら甚く億劫で、豪雨に流される小石のように身を委ねていたかった…。
「さて、と………」
吹き飛んだ水は全て地に落ちたらしい。
髪や服からポタポタと水を滴らせるキルアが取り出したのは冒険者カード。その討伐リストに目を通せば、お目当ての名前はすぐに見つかった。
「(爆殺魔人もぐにんにん…)」
「お前の名前、さっきは馬鹿にして悪かったな。本当に…………」
背を向けて心からの詫びを口にする。
装甲が熱した飴細工のように歪み、露出した配線が弱々しく火花を散らしているのには目をくれず。己の力ではひびを入れるのがやっとだった紅色のモノアイが、頭部パーツごと消し飛んでいるのにも目をくれず。
視界を遮る煙が晴れようとも、静まり返るクレーターの中心に彼が目を向けることは終ぞ無かった。
キルアは知っていたのだ。
もぐにんにんは既に旅立ったということを──同じ瞳の色を持つ、紅魔族随一の魔道具職人の作品によって。
己に命を吹き込んだ、亡き主のもとに。