「ねえ、キルアさんキルアさん…」
「………何だよ?」
ギルド内の食堂にて遅い時間の夕食を取る一行。
ラストオーダーの時間は過ぎていたが、有望な新人冒険者の門出を応援してあげて欲しいとルナが頼み込んだことで、キルアのために料理を出してもらえることになった。ついでに他の三人も、キルアと同じメニューならば良しと許可を受ける。
そして今キルアに擦り寄る自称女神は、胡散臭い微笑みを顔に貼り付け、わざとらしく揉み手している。そのあまりに下手すぎる猫被りは、持ち前の美貌を完全に台無しにしていた。
「あなたはジャイアントトードを何匹も討伐したのよね?」
「24匹倒してるな、オレの冒険者カードによれば」
予想以上の討伐数に自称女神ことアクアはいやらしく口角を上げる。……これならもっと高いシュワシュワを飲めそうだと。
「だったらぁ〜、追加報酬が入ったら私達にも山分けしてくださらないかしら?もしお金を分けてくれたら特別に──」
「お前は
「いぎぎぎっ……」
欲ボケした提案を吐く彼女の頬を、カズマは容赦無くつねる。
彼はちょうど今虫の居所が悪かった。つい先程一人でいた時、美人だが言動は不気味極まりない女騎士に「パーティに入れて欲しい」と絡まれ恐怖を味わったのだ。
一方、泣きっ面で悶絶する欲ボケ女神の口はなおも喧しく言葉を並べ立てる。
「だってぇ!ジャイアントトード一匹で5000エリスなら24匹狩れば12万エリスよ!それをキルアが独り占めとか、ずーるーいー!!」
「その24匹はキルア一人の力でサクッと倒してんだよ!よりによってこの中でただ一人あのカエルを一匹も倒してない役立たずが何言ってんだ?」
「わああぁ〜!カズマさんが言っちゃいけないこと言った〜!!」
当のキルアは、骨まで柔らかいサンマの甘露煮に舌鼓を打っていた。ゾルディック家の一流シェフの作る魚料理には及ばないものの、これも中々の一品。……この世界のサンマが畑から採れると聞いた時には度肝を抜かれたものだが。
「ジャイアントトード討伐のクエスト報酬が10万エリス。更に昨日カズマが倒した二匹はギルドが食肉として回収していたから追加報酬1万エリス。合計したら11万エリスになりますが、四人で山分けすると一人当たり27500エリス。……カエルに食われてこれじゃ割に合いませんよ!」
めぐみんはバンっと立ち上がる。小柄なので立ち上がった所で大して高さが変わらないのはご愛嬌。
「このぶっ倒れてた爆裂娘が!とりあえず明日もっと実入りのいいクエスト探すかぁ…」
「……いいぜ。オレが明日受け取る追加報酬もお前らに分けてやるよ」
「…ってキルア!?ホントにいいのかよ?こいつらの言うことなんか気にしなくていいから…」
「討伐クエスト自体はカズマとめぐみんが倒した分で達成してるんだろ?それで得た報酬金をオレにも分けてくれたおかげでオレは冒険者登録が出来たんだ。だったらオレが受け取る追加報酬だって山分けして然るべきさ」
キルア=ゾルディックは彼なりに筋を通す男だった。
「よく言ってくれたわ、キルア!その徳に免じてあなたをアクシズ教の名誉教徒に認定──」
「誰が入るか、そんなカルト教団!」
キルア=ゾルディックは危うきに近寄らない男でもあった。
***
「あの女が女神だなんて絶対ウソだろ。あんな欲まみれな女神がこの世にいてたまるかっつーの…」
女神、ひいては神仏の存在というものを元より信じていなかったキルアだが、たとえ実在していたとしてもアクアだけは絶対に違うと結論付ける。
「アクシズ教は信徒が悪質な勧誘ばかり行う邪教として有名ですからね。アクアのあのキャラ付けもそういう活動の一環なのでしょう」
好き放題言うキルアとめぐみんは夜遅いアクセルの商業区域を歩いていた。既にほとんどの店は閉まっており、青白い月光が暗い夜道を照らしている。
あの後、ブチギレながらアクシズ教の素晴らしさとやらを説いていたアクアをカズマがギルドの外に引きずって行ったのだ。
そこで彼女の分も含め、飲食代はきちんとテーブルの上に置いていく辺りに彼の性根が表れているというか何というか…。
「エリスの胸はパッド入りィィィィィ!!!!」という謎の叫びと共に締め出される迷惑者を見届けたキルアは、めぐみんを宿屋まで送って行くことにしたのだった。
「そういえば今日助けてもらったお礼をまだ言っていませんでしたね。その節はありがとうございました」
「ああ…別にいいって」
「こうして私を送ってくれるのも、ヘロヘロになった私が帰り道で襲われないようにするためでしょう?」
彼女は歩けるようにこそなったものの、その足取りは頼りない。誰かに襲われようものなら逃げることすらままならないだろう。
めぐみんはキルアに心から感謝する。無意識に潤んだ彼女の赤い瞳が、月の光を反射する彼の青い瞳と交錯するも、すぐに目を反らされてしまう。
「……まあオレだって宿探さなくちゃいけないからな。あくまでそのついでだよ」
気恥ずかしい間を誤魔化すようにぶっきらぼうな物言いをするキルア。めぐみんの方を見もせずに。
「ほほう…?」
「……何だよ?」
今日一日、キルアと接した彼女は一つの結論に達していた。
「(フフンッ…キルアは俗に言う『ツンデレ属性』の持ち主と見て間違いありません!)」
素直になれず照れ隠しで素っ気ない態度を取る人間が、ふとした瞬間に優しさを見せる。「…ほら、これ。余ってたからあげる。勘違いしないでよね!」みたいなノリで。
紅魔の里の魔法学園にて同級生だった少女の描いた小説にもそういうキャラがいて、級友達の間では大人気だったものだ。かくいうめぐみんも少しだけ作品を読ませてもらったが、「ツン(冷淡・排他)」と「デレ(温情・包容)」の二面性、そしてその相反する要素を繋ぐ
「(強くて謎めいた過去もあって、おまけに顔もいいツンデレ銀髪ボーイ!紅魔族の琴線に触れまくりなキャラ設定ではありませんか…)というわけで!」
「キルア!たった今この時からあなたは我が宿命のライバル!……あなたは私の生涯初のライバルとなったのです!!」
「いや、"というわけで"の前後が繋がってねーよ!何でオレとお前がライバルになるんだ!?」
苦情を聞き流し、めぐみんはキルアの問いに応える。興奮のあまり紅目を発光させながら。
「私のライバルを勝手に名乗る輩が以前いたのですが、彼女はどうにもライバルというにはキャラ設定にクールさの欠片も無いのですよ。よってキルアよ……代わりにあなたを我が英雄譚のライバルポジションに置こうじゃないか!」
………どこの誰かは知らないが、キルアはその「彼女」とやらに心から同情した。もちろん現在ワケのわからないライバル宣言を叩き付けられている自分自身にも。
「(なんか真っ赤な目が光っててますますクルタ族っぽいけど、こいつお前とは全然違うわ。さっきは一緒にしてごめんなクラピカ……)」
口は悪くとも根は常識人な仲間のことが恋しくなるキルアなのだった。
***
「──私の声が聞こえますか?キルア=ゾルディックさん」
「ここは…?」
気付けば、不思議な空間にキルアはいた。
辺りは闇に覆われているが、己の姿と足元の市松模様の床、他にも今座っている木製の椅子などは問題無く視認できる。
「私はエリス……この世界を担う女神です」
意識がハッキリするにつれ、気品溢れる装飾の椅子と、それに腰掛ける女性の姿も見えてきた。
長い銀髪に碧紫の瞳をした女性が優雅に佇みながらキルアを見下ろしている。纏ったローブが彼女の内面から滲み出るような神々しさをより引き立てていた。
「(こりゃ本物だな。どこぞの強欲なんちゃって女神とは違うぜ…)」
それがキルアの抱いた率直な第一印象だった。
──そして、それ故に内心の警戒レベルも大きく跳ね上げる。
「確かオレ屋根の上でおねんねしてたはずなんだけど?」
「はい、その通りです。貴方を宿屋の屋根の上で見つけましたから」
めぐみんを宿屋まで送り届けたキルア。
そのまま自身も泊まる場所を探そうとするも、手持ちの金ではアクセルでまともな宿を取ることなど出来ないと彼女に聞かされた。
なんと信じ難いことにカズマとアクアは馬小屋に寝泊まりしているらしく、めぐみんも悪魔を撃退してあげた商人の伝手が無ければ同じ生活を強いられていたという。…馬小屋で寝るなんて人間の尊厳も糞もあったもんじゃない。
ちなみにめぐみんから同じ部屋に泊まっても良いと言われたが、キルアは慌てて断った。そして適当な野宿スポットを探すのも面倒だった彼は、宿屋の屋根の上で勝手に眠らせてもらうことにしたのだった。
「(あの無防備バカ、男と同じ部屋で寝泊まりするのが怖くねぇのかよ…それともオレをガキ扱いしてんのか?)」
まあ今そんなことはどうでもいい。
「もしかしてあんたが何か女神パワー的な奴で、オレをここに拉致してきたわけ?オレに何をしたのか教えてくれない…?」
口調こそ穏やかに、目の前の女に軽く睨みを利かす。
「…っ!?………。」
エリスの背筋に鳥肌が立つ。体全体を包むピリピリとした感覚──殺気だ。
「お、落ち着いてください!私は貴方に危害を加える気はこれっぽっちも──」
「寝てる人間を勝手に連れ出しといてよく言うぜ…」
キルアは油断無く身構える。
幼い頃から自分は父親によって睡眠中の奇襲に対応出来るよう訓練を受けていたし、つい最近G.Iでもビスケから同じ趣旨の修行を課され難無くクリアした。
そんな自分に全く気取られず眠った状態のままここまで連れてくるとは、目の前の女が女神を名乗るに相応しい特異な力を持っていることは疑いようもない。
「誤解です!貴方はどこにも連れ出されていません!」
「じゃあここは何…?」
「ここは夢の中です!女神としての力で貴方に神託を授けているのです!!」
「ふーん、ここが夢の中って証拠は?」
「……証拠はありません。ですが、話が終われば必ず貴方をお返しすると約束します」
証拠を要求したものの、彼女の言うことが事実であれ嘘であれ、今はとりあえず情報を聞いておいた方がいいだろう。そう考えたキルアは、警戒心を残したまま矛を収める。
彼が話を聞く姿勢を見せて、エリスもひとまず胸を撫で下ろした。
「まずはキルアさん、貴方はこの世界についてご存知ですか?」
「ああ…。魔王がいて人間を滅ぼそうとしてるゲームみたいな世界ってことは知ってる。この世界の言葉を最初から理解できた理由は知らねーけど」
「おっしゃる通り、この世界の人々は永き時に渡り魔王の軍勢によって脅かされていました。人々の築き上げてきた暮らしは魔物に蹂躙され、無慈悲な殺戮に皆怯えて暮らしていました…」
「図書館の本で読んだ通りだな」
「そんな世界ですから、亡くなった人達の魂はこの世界での輪廻転生を拒んで他の世界に逃げるようになってしまったのです……ここまではよろしいですか?」
「うん。魂の話はちょっと驚いたけど…」
キルアとしてもここまでの話はすんなり呑み込めた。
だが、次の一言で危うくひっくり返りそうになる。
「そして天界の上層部は決めました。他の世界で死んだ人間をこの世界に送り込み、魔王退治に乗り出すよう支援する…ということを」
「………いやいや、ちょっと待て!じゃあオレはどうなるんだ!?」
一瞬警戒も忘れて思わず彼女に詰め寄る。
「オレは死んだ覚えはねーぞ!?何でこの世界に連れて来られたんだよ?」
「私にもわかりません!だから今困ってるんです!」
「わかりませんって……あんたの世界なんじゃねぇのかよ!?」
「だからといって全てを見通せるわけじゃないんですよ!………ついでに言いますと、我が世界の言語を貴方が理解出来るようになった原因も皆目見当付きません。本来なら別の世界の人をこちらの世界に転生させた際、脳に負荷をかけて覚えていただくのですが(たまに失敗してパーになることは内緒にしておきましょう…)」
「結局あんたはこの事態に関して何一つ答えられないのか……」
キルアは頭を抱える。もし彼女の言うことが本当なら元の世界に帰る方法が見つかるかと淡い期待を抱いたのにそれどころではないとは………。
「ただ一つだけ心当たりがあります」
「…心当たり?」
エリスは形の良い顎に手を当てて考え込む。
「ええ…貴方達の世界にも担当の神がいるはずなので、そちらが何か知っているかもしれません。確か双子の女神だったような気はしますが、彼女達の名前までは……」
「はあっ…!?同僚の名前を覚えてないってあんたも大概駄女神なんだな。何から何まで頼りになんねーじゃん」
「だ、駄女神………仕方無いじゃないですか!星の数ほど世界が存在するのに一々担当者の名前なんて覚えてられませんよ!」
もはや神秘さを取り繕えていない涙目女神を、キルアは呆れたように見つめる。
「じゃあ、一つ質問いい?」
「はい…何でしょう?」
「オレがこの世界に来る直前一緒にいたゴンって奴がどうなったか分かる?」
「それも私にはわかりませ…って、いやそんな失望の目で見ないでください!貴方がこの世界にどういう経緯で飛ばされてきたかも知らないんですから!」
「分かった、分かった。それじゃもう一個聞くね?」
昼間から抱いていた疑問をぶつける。
「もしかしてカズマも他の世界から来た人間なのか?」
一瞬の沈黙…。エリスは重々しく首肯する。
「はい…。カズマさんは貴方ともまた異なる世界に暮らしていましたが、その……色々あって生を終え、こちらの世界に転生しました」
「(その『色々』って何だよ…?)」
キルアとしては些か気になるが、もしもカズマが凄惨な死に方もしくは恥ずかしい死に方をしたのなら、本人のいない所で自分が勝手に聞くのは止めておいた方がいいだろうと考えた。元暗殺者といえど、そのくらいの倫理観はある。
「後こちらの世界と貴方のいた世界とでは時間の流れが異なっている可能性があります」
「可能性?」
「ええ。たとえばこちらの世界とカズマさんのいた世界とでは時間の流れが
「何でそんな違いが発生するんだ?」
エリスはぴっと人差し指を立てた。
「キルアさん、あなたは【次元】という概念をご存知ですよね?」
「うん。二次元とか三次元とか、そういう空間の座標を示す尺度だろ?」
「はい…縦横高さ三つの空間軸で表せるのが三次元。更にそこに時間の軸を加えると四次元になりますね」
彼女は更に複数の指を立てて、両手の指同士を絡み合わせる。
「異なる世界というのは、この
「なんか急に話がでっかくなってきやがったな…」
キルアは腕を組んで考える。
こういうややこしいことは自分よりもクラピカの得意分野だ。ゴンやレオリオよりは得意だと信じたいが…。
「……てことはこの世界とオレの世界とで、空間軸はともかく時間軸については大きく異なる可能性もあれば、逆にあまり変わらない可能性もある?」
「そういうことです、キルアさん!」
エリスはついガッツポーズを取る。
「へっ…」
キルアとしても満更でもない気分だった。いつの間にか彼女への敵対心も薄らいでいる。
「それでこれからあんたは何かしてくれるの?」
「私にも色々な仕事があるので、キルアさんの件に集中することは出来ません。ただそれでもこの手で真相を調べ上げるまで可能な限り善処するとお約束します」
「了解。んじゃ頼んだぜ?女神さん…」
キルアはこの空間に来て初めて笑顔を見せた。
エリスも「お任せください!」と宣言し、ドンッと胸を叩く。しかし、直後申し訳無さそうな表情を浮かべた。
「……ところでもうお昼なんですけど、目覚めますか?」
右頬を掻きつつ、おずおずと尋ねる女神エリス。
「…マジかよ!?あいつらに追加報酬の山分けしなきゃいけねぇのに!今すぐ起こしてくれ!」
「はい!ただ今っ!」
さすがに昼まで屋根の上で寝ていたら誰かに見つかって騒ぎになるかもしれない。
女神との邂逅に微かな