「クソッ、また一分保たなかった。やっぱオレはゴンほど放出系は向いてねえのかな…」
先程からキルアは、指先大の球状に固めたオーラを指から数センチメートルほど離した状態で長時間維持しようとしていたものの、何度も失敗に終わっている。
今日練習を始めて、維持出来る時間は徐々に伸びてきてはいるのだが中々スムーズにはいかないものだ。
オーラを体から切り離した状態で維持、そして最終的に遠くへ飛ばす。このオーラ操作は念系統における放出系の分野だった。
念能力における念系統とは、各人のオーラ操作の性質を傾向ごとに分類したものである。強化系、変化系、放出系、具現化系、操作系、特質系という六つのタイプに分類される。
一部例外もあるが各人は生まれつき一つの系統に属し、自分の系統に応じた技能に対して最も高い適性を持つ。
また、自系統以外の系統の技能に対しても比較的適性が高いものもあれば、より低いものもある。
キルアの属する変化系はオーラ自体の性質や形状を変化させることに特化した系統である。そして彼の場合は自身のオーラに電気の性質を持たせる能力を編み出した。
ただし彼の『
しかし変化系のキルアは強化系のゴンと比べても放出系の適性がより低く、修行が難航していたのだ。……難航していると言っても本人の感覚基準であり、並の念能力者なら目を見張るほどの上達スピードなのだが。
「認めたくねえけど、こんな時にビスケがいてくれりゃなぁ…」
G.I攻略中に出会った凄腕のハンターの顔が脳裏に浮かぶ。
散々憎まれ口を叩き合った相手だが、彼女の指導のおかげで自分とゴンが強くなれたのは間違いなかった。今この場にいてくれたら、今後の修行プランについて相談に乗ってくれたに違いない。
誰も指導者がおらず念の知識を学ぶことも叶わないこの世界では、地道な基礎鍛錬と系統別の基礎修行しかやれることは無かった。そして後者もキルアには、ビスケから聞いた範囲のことしか出来ない。
「あーあ、こんなことならビスケからもっと色んな修行方法について聞いときゃ良かったぜ」
ごろりと寝転がって休憩するキルア。こちらの世界でも街外れの草原に吹く風は心地良かったが、今そんなことはどうでもいい。
冒険者カードを取り出してステータス欄を苦い顔で眺める。
そこにはレベルが22まで上がったのに初期値とほぼ代わり映えしないステータスの数々があった。強いて言うなら、元はあまり高くなかった幸運値が多少は上昇した程度。「ハンター」なら修行して己を鍛えろということなのか?
一応レベルアップごとにスキルポイントがキッチリ得られるのだけは最低限の救いと言えた。
「さて…もうすぐ緊急クエストの報酬が渡される時間だったな」
アクセルの冒険者ギルドに向かわなければ。カズマ達もパーティーで来ているだろうか。
そこで起き上がったキルアはようやく気付く。一人の少女が遠くから自分をずーっと見つめていることに。
少女は黒髪を二つ結びにしており、鮮やかな赤色のリボン状の髪飾りが目を引く。
整った顔立ちに加えて、胸部を強調するような黒い上着にピンク色のミニスカートと、一見すれば人目を…特に男性の目を引くような華美な外見だった。
……なのに存在感が薄い。
それがキルアの少女への第一印象であった。
彼女も潜伏スキルの使い手なのか…もしくは単に人が集まる場所にいてもしばらく存在に気付かれず「いつの間にいたの!?」とか言われてしまうようなタイプなのか。
「ねえ君…もしかして紅魔族の人だったりする?」
今忙しなく震えている彼女の瞳は紅い。これはおそらくめぐみんと同じ種族なのではないか?
「あ、あ、あ、あ、あ、あの……」
「『あ』が多過ぎだろ…どんだけ緊張してんの」
「す、す、す、す、すみませっ、ん……」
「いや、別にそこまで慌てて謝んなくていいよ!」
……何だか挙動がおかしい。埒が明かない。
これが第二印象である。
「ごめん、オレ今から行かなきゃいけないとこあるんだよね!オレ明日からもこの辺でトレーニングするつもりだからさ、何か言いたいことがあるならその時に言ってくれる?」
キルアは軽く手を振って少女に別れを告げた。
この少女のコミュ障ぶりは尋常ではない。このまま話し続けていたら失神してもおかしくなさそうだから、今の所は距離を置いた方がいいだろう。
「あっ…」
街の正門の方へと歩き去る少年の後ろ姿を、彼女は指をくわえて見守ることしか出来なかった。まだまだ言いたいことは山ほどあったのに。
「(あの! 待ってくださいっ。違うんです、あなたをジロジロと見てしまってたことを謝りたかったんです!私、初対面の人の前だと、どうしても上手く喋れなくなっちゃって……。変なこと言って嫌われたらどうしようって、そればかり考えてたら、頭が真っ白になって何も言えませんでした。でも、そんなの、ただの言い訳ですよね……。ただの気持ち悪い奴だって、怒らせちゃいましたよね。ごめんなさい!本当にごめんなさい!後ちゃんと自己紹介をしなかったのもめちゃくちゃ失礼だったと思います。どうか私の考えた名乗りも聞いて行ってください、お願いします……!!)って言おう、うん!」
──紅魔族の少女が脳内で言葉を用意し終えた時、既に彼の姿はどこにも見えなかった。
「あうぅっ…さすがに今考えたセリフを後日に言ったら変に思われちゃうよね」
時すでに遅し。
「この辺で待ち構えていればクエストに出ためぐみんに自然な形っぽい流れで会えるかもと思って、今日から毎日張り込む予定だったのに…。あの男の子、明日からずっとここに来るの…?折角アクセル近くに来たからめぐみんに会いたくなったのにどうしよう、また遠くに旅に出ようかな………」
距離感音痴な少女が友人と再会するための微笑ましい(?)計画を知らない内にぶち壊してしまう異界の少年であった。
***
「カジュマしゃーん、キリュアしゃーん!お金貸じでよお!
キャベツ狩りで100万エリス以上稼いだことは黙っておくんだった…。カズマとキルアはお互いに相手も同じことを考えているのだろうと、目配せしてこの気苦労を分かち合う。
「足りない分の5万でいいの!せめて5万っ!!!!」
恥も外聞も無く、顔を涙と鼻水でグシャグシャにして金をねだるアクアに二人は目を合わせようとはしなかった。
それぞれ鎧や杖を新調したダクネスとめぐみんに至っては、離れた所で我関せずという顔だ。仲間とは…。
アクアも少なからずキャベツを捕まえたかと思っていたのだが、何とそれらはキャベツに紛れて飛んできた「レタス」だったのだという。
この世界のレタスはキャベツと比べて買取単価が著しく低い。品質にもよるが、キャベツの十分の一前後が関の山である。
高額報酬を見込んで後先考えずに散財したアクアは一気に地獄へ叩き落とされたのであった。
他方、カズマは成功率が幸運値に左右されるスティールを駆使し、その強運で高品質のキャベツを何個も捕らえてみせた。キルアも磨き抜かれた実力を以て大量捕獲。
彼らのような幸運値もしくは戦闘力など持ち合わせていないアクアがほぞを噛む結果になったのも必然と言えるのかもしれない。
「あのな…そもそもキルアは俺達のパーティーじゃないし、それに〝今回の報酬はそれぞれが手に入れた分をそのままに″って言い出したのはお前だろうが。俺はいい加減、馬小屋暮らしを脱したいのに金なんか貸せるか!」
NOと言える日本人代表のカズマさんに女神の涙なんて物、微塵も効果はない。
されど泣き落としが通用しないことを知った女神は、本性を現していやらしくニヤける。
「そりゃあカズマも男の子だし、馬小屋でたまに夜中ゴソゴソしてるの知ってるから、早くプライベートな空間が欲しいのは分かるけど?」
「わ、分かった!お金貸してあげるから黙ろうか!」
「(カズマ………流石に女が寝てる隣でそれは通報されても文句言えねぇぞ)」
突っ込みたいことは色々あるが、同じ男としていたたまれなくなったキルアは一計を案じる。
「おい、めぐみん」
名前を呼ばれためぐみんはビクッと反応したが、結局振り向かなかった。仲間とは…。
「おいこら、無視してんなよ!」
後ろからぐいぐいマントを引っ張るキルアの方に彼女はぎこちなく顔を傾けると、
「わ、我は一つ所に腰を落ち着けぬ流浪のアークウィザード…故に宵越しの金は持たず。これにて失礼仕る」
見事なカタコト語りで誤魔化し、立ち去ろうとする。
「別にお前から金取ろうとしてるわけじゃねーよ!確かお前祝勝会の時にこんなこと言ってたろ?」
「何をです…?」
「それは・・・、だから今からオレの言う通りに・・・」
めぐみんに何かしらを耳打ちした後、キルアは受付の方に歩み出した。
「ねえ、お姉さん?」
「はい、何でしょうか?」
疲れ果てた顔でアクアを眺めていたルナに話しかける。レタスの件をアクアに説明して理不尽にキレられた苦労人だ。
「今回の緊急クエストってさ、あそこのアクアの花鳥風月ってスキルでキャベツの鮮度を保ってたんだよね?」
「……え?まあ、多少は恩恵があったと言えますが──」
「私の採ったキャベツはもう大分傷んでいて、彼女のスキルが無ければ間違いなくすぐ駄目になっていました!食べた人は皆深刻な食中毒に陥り、キャベツ料理を振る舞った店々の評判は、ひいてはキャベツを提供した冒険者ギルドの評判はガタ落ちしていたことでしょうっ!!」
「さ、流石にそこまでは…」
「一歩間違えば、集団食中毒に発展していたかもしれない。そこまでは行かなくても味が大幅に劣化していたかもしれない。そんな事態にならないよう対策するのは本来ギルドの領分であって、一冒険者のやることじゃないはずだ。……ぶっちゃけこれってギルドの怠慢なんじゃないの?」
「そうだわ…そうよ!これはあなた達のタイマンよ、タイマン!」
案の定、
「だから相応の対価を支払うのが筋なんじゃないかとオレは思うけどね。冒険者ギルドという組織に良心があるんなら」
「良心無き非道の輩には、アクシズ教の女神アクアの天罰が下るわよ!あなた達に人の心があるなら、そうね…20万エリスよこしなさい!!」
「……アクシズ教!?20万!?…あ、あの、クエスト報酬と別にお渡しする謝礼金について審議しますので、少々お待ちを…」
「(オレが言うのも何だけど20万は流石にぼったくり過ぎだよ!5万でいいじゃねえか。ま、まあ一回こっきりのことと考えれば…)」
もはや涙目になっていたルナは逃げ出すように上司のデスクに向かい、事の次第を報告。
結果としてアクアには要求通り20万エリスの謝礼金が改めて支払われることになったのだった。
「ふふふ…儲かりましたね、アクア。これは来年以降も良い収入源になるのではないですか?」
「(いや待て、めぐみん!オレはそんなこと言ってくれとは頼んでない!)」
めぐみんが眼帯で覆われていない右目を意地悪く光らせる。アクアも口の端を歪めて笑った。
「…確かにキャベツは来年も再来年も来る物だったわ!まあ寛大な私はこの程度の金額でも赦してあげるけれど、来年以降のキャベツの時期にはこんな端金で済むと思わないことね」
「は、はい…」
ルナさんを始めギルド職員の方々が胃薬を飲むようになる日も近そうだ。
全てを見届けたキルアは、虚ろな目でカズマの隣にドサッと座る。カズマもまた生気の感じられない目をしていた。
「カズマ、ごめん…。オレが軽はずみにあいつらの欲望に火をつけちまった」
「………俺がアクアに金貸さなくていいように気を遣ってくれたのはわかってる。やっぱりお前はいい仲間だよ」
「うーむ…キルアもカズマもどれほどの心労に苛まれれば、あんなアンデッドモンスターの如き面持ちになるのだろうか?私もあくまで……あくまで仲間の苦しみを理解するためだぞ? この二人と同じ思いを味わってみたいっ!!!」
「「((逆にこいつは何でここまで他人事感覚なんだよ………))」」
仲間とは…。
オチ担当ダクネス。