この素晴らしい世界にゾルディック家三男を!   作:カトタンバ

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今回はちょっと長いです。


第8話「ユウジョウ ✕ ト ✕ カットウ」

 ダクネスの本名は、ダスティネス・フォード・ララティーナ。

 彼女はベルゼルグ王国の貴族『ダスティネス家』の公爵令嬢である。ダスティネス家はその権威や影響力から「王家の懐刀」とまで称されるほどの名門だ。

 

 

 そんなダクネスの素性を知る者は、冒険者仲間達にすらほぼいない。今の所、唯一の例外が現在彼女の目の前に座っているクリスだった。

 

 

「ねえダクネス…今度久しぶりにあたしとダンジョン探索に行ってみない?」

 

 

 クリスがガラスの擦り切れたグラスを手に取ると、氷が小さくカランと音を立てた。

 

 

「クリスが誘うということはもしや新たなダンジョンを発見したのか…?よもや暗い迷宮に一人取り残され、ゴブリン達に集られて口にするのも憚られるような辱めを受ける、などという展開にはなるまいな!?無論、仮にそうだとしても行くのはやぶさかではないが…」

 

「そうそう、新しい所なんだよ!そこに未知のお宝が眠ってるって、あたしの盗賊としての勘が言っているのさ」

 

 

 ダクネスの発言の大部分を華麗にスルーし、クリスはクリムゾンビアを景気良く煽る。

 

 

「ごくっ…ごくっ、ふぅ〜!〜〜っ…」

 

 

 彼女達は冒険者ギルドの酒場に佇んでいた。

 営業日であれど特別な祝いごとがあるわけでもない今日は日常酒の温かな匂いが店の中を満たし、微かな湿気と共に酒場の人々の鼻腔を擽る。

 ダクネスはその立場上、貴族向けの高級店で上等な酒を嗜む機会もあったが、こうして肩肘張らずに友人と楽しめるような大衆向けの店の方が好きだった。

 

 

「クリスはいつもいい飲みっぷりだな。何だか見ているこちらまで幸せな気分になるぞ」

 

 

 クリスと同じ物を注文していたダクネスもグラスを傾け、喉を焼くような苦みに気分良く浸る。

 彼女の"趣味"は周囲の人々に普段理解してもらえることは一切無いけれど、この酒の絶妙な苦みについては皆も彼女と意見を同じくしていた。

 

 

「いずれカズマ達ともこんな風に飲んでみたいものだな…」

 

「カズマくんのパーティーでは上手くやっていけそう?」

 

 

 ダクネスは自信満々に頷く。ゴトンとグラスを置く音が響いた。

 

 

「うむ、カズマもアクアもめぐみんも実に気のいい者達だからな。皆少しばかり変わり者で不安な所はあるが」

 

「あはは…」

 

 

 もしカズマ達が聞いていたら皆で猛ツッコミを浴びせそうな一言を添えるダクネスにクリスは苦笑する。

 

 

「ただカズマとアクアはともかくめぐみんにはまだ飲酒は早いな。そしてキルアも」

 

「………どうしてそこでキルアくんが出てくるの?」

 

 

 クリスの顔から人懐っこい笑みが消えた。

 

 

「キルアはパーティーメンバーでなくても仲間なんだ。今の私達だってそうだろう?それと同じだ」

 

「……………。」

 

 

 二人の間に沈黙が流れる。否、クリスが沈黙を生み出している。

 

 

「(あの血塗られた少年と同じ…?)」

 

 

 周囲の雑音を縫って壁の時計が刻む、規則的な音だけが二人の間を取り持っていた。

 

 

「………クリス?」

 

 

 ダクネスが怪訝そうに声をかけると、クリスは元の笑顔を取り戻し口を開いた。

 

 

「………ダクネス、あたし達が出会ったばかりの頃どんな感じだったか覚えてる?」

 

「出会ったばかりの頃のこと?……そんなの忘れるわけがないだろう」

 

 

 ダクネスも懐かしむような顔をする。

 

 

「あれはまだ私が冒険者に成り立てだった時だな。ちょっと攻撃が当たらないというだけで冒険仲間が見付からず困り果てた私は、エリス教会に出向いては仲間が欲しいと毎日祈りを捧げていた…」

 

 

 「ちょっとだって?嘘はダメだよ」とツッコミを入れたい衝動を抑えてクリスは話を引き継ぐ。

 

 

「そんな時にあたしとダクネスは出会ったんだよね。色々あって二人でパーティーを組むようになった。それでお互いの長所を活かし合いながら冒険してたっけなぁ…」

 

「そうだったな。よくクリスがバインドで拘束した硬いモンスターに私の力でトドメを刺して経験値をもらったものだ。……幾ら攻撃を外してもモンスターから反撃が返ってくることが無くて物足りなかったのをよく覚えている」

 

「ダクネスったら動けない敵相手にすら中々攻撃を当てられなくて、めっっっっっちゃヒヤヒヤしたの覚えてるよ」

 

「めっっっっっちゃヒヤヒヤしたは幾ら何でも言い過ぎではないか!その言い方は私でもさすがに………本気で恥ずかしいぞ」

 

 

 珍しく快感の欠片もなく純粋な羞恥心から俯いてモジモジするダクネスを、親友クリスは温かな笑顔で見つめる。

 

 あの少年とダクネスの間にはこんな積み重ねはない。そして今後積み重ねることもない──そんなことは自分がさせない。

 

 

 

 

 

「ねえダクネス………突然だけどさ、もしもの仮定の話をしてもいいかな?」

 

 

 座り直し、改まった顔をするクリス。グラスの赤褐色の液体に映る彼女の顔が揺らぐ。

 

 

「もしもの仮定の話だと?別に構わないが何だ?」

 

 

 

 

「もし、もしもだよ?………あたしが実は暗殺者だとしたら、ダクネスはあたしのことどうする?」

 

 

 

 

 この問いかけにダクネスは少し考え込む…が、眉一つ動かさなかった。

 

 

「暗殺者………何だ?クリスはステータスが上がってアサシンにクラスチェンジしたのか?確かにアサシンは盗賊の上級職だが」

 

 

 クリスはガクッとずっこけた。

 

 

「ちがーうっ!」

 

 

 ダクネスの天然ぶりに癒しと不安の二つを同時に味わいつつも話を続ける。

 

 

「何というか…もしあたしがお金もらって人の命を奪う殺し屋やってたとしたら、ダクネスはどうするのかなって話だよ。他国との戦争で敵兵と正々堂々命のやり取りをするみたいな話じゃなく、そういう戦場とは程遠い世界の人を殺めてたら…ってね」

 

「なるほど、そういうことか。………あまりにも設定がハード過ぎるぞクリスっ!!」

 

「……実はこれ、あたしが最近ハマってる物語の登場人物の設定なんだよね!まあ、あくまで例えばの話だから気楽に考えてみてよ」

 

「うーむ……」

 

「(ただし、『物語の登場人物』というのは嘘なのだけど…)」

 

 

 再びグラスの酒を啜った後、ダクネスは口を開く。

 

 

「まず言わせてもらうと、クリスが殺し屋をやっている理由次第で変わるのではないか…と私は思う」

 

「理由というと?」

 

「ただの醜い我欲なのかもしれないし、何かやむを得ない事情があるのかもしれない。まずはそこを突き止めてから考えるつもりだ」

 

「なるほどねぇ…まあ何かやむを得ない理由があったとしてもエリス様がお赦しになるとは思えないけど。エリス様は正義を尊んでおられるからね」

 

 

 女神エリスを祀るエリス教は、この世界においてはアクシズ教と並ぶ宗派である。

 もっとも教徒数並びに教団の規模という点では、前者は後者を遥かに凌駕しており、通貨単位に「エリス」という名称が用いられる程の有様だった。

 これはもちろん悪質教徒──もといアクシズ教徒が「魔王軍も避けて通る」とまで揶揄されるほどの傍迷惑な奇人変人ばかりであることも一因なのだが、エリス教徒が社会秩序を重んじて様々な奉仕活動を行っている点も大きかった。貧困層を救済するための炊き出しや孤児院経営がその最たる例と言えるだろう。

 

 しかしながら悪魔なる種族に対する非情さというその一点においては、エリス教はアクシズ教以上と言えるほど苛烈だった。

 悪魔および悪魔崇拝者(サタニスト)が一住民として街で暮らしたり商売を営んだりすることもある昨今、エリス教の潔癖主義に疑念を抱く者もいないわけではない。

 

 

「エリス様は大変慈悲深いが、人道を外れた者に厳しい御方でもいらっしゃる。如何なる事情であれ無辜の命を踏みにじった者のことは決してお赦しにならないかもしれない。だが、……私は…………」

 

「どうしたの?」

 

 

 ダクネスは歯切れ悪く言葉を濁しつつも、言い切った。

 

 

「……それでも私はもしかしたら貴族としての立場を利用してクリスを庇ってしまうかもしれない。無論父には申し訳無いと思うし、仮に私が貴族籍を剥奪されたとしてもやむなしというのは百も承知だ」

 

「嘘でしょ…!?」

 

「嘘か否かは自分ですらハッキリとは分からない…。ただ私はお前を失うかもしれないとなると、"こうあるべき"という規範を守れるのかどうか自信がないんだ。我ながら情けない………」

 

 

 クリスは驚きを隠せなかった。下手なプリーストよりも熱心に女神エリスへの祈りを捧げるほど敬虔なエリス教徒のダクネスが、エリスの教えに背くなど信じられない。

 それも貴族としては父親共々、責任感が強く公明正大な彼女が己の誇りを私情で汚すような真似をする姿なんて想像も付かなかった。

 

 

「私ならクリスをそんな後ろ暗い道へ駆り立てた"何か"にだけ怒りの感情を向けてしまうことだろう。………いやよく考えると、根本から前提が間違っているかもしれないな」

 

 

 ダクネスは自嘲気味に呟く。空になったグラスをみつめながら。

 

 

「たとえクリスが庇いようのない最低な理由で人を殺めていたとしてもだ…。それでも私はお前と友であることまではやめられる気がしないのだ」

 

「えええええええっ!!???」

 

 

 声を抑えつつ声を張り上げるという高度なことをやってのけるクリスに、ダクネスは顔をだらしなく弛緩させると…

 

 

「………悪に染まり外道と化したクリスが私にどれほど人の道から外れた責め苦を課すのかと思うと……ふふふふふふふっ…震えが止まらん」

 

「もうダクネスったら!結局そういう方向に行っちゃうんだから…」

 

 

 クリスは頬をかあっと紅潮させ頭を抱える。

 しかし彼女の口元には仄かな微苦笑が浮かんでいた。嬉しいような若しくは困ったような、どちらなのか形容し難い微苦笑が。

 

 ダクネスとの付き合いが長いクリスには何となく分かる。ダクネスは極々稀に興奮しているかのような"演技"をすることもあると。今のは十中八九、本当に昂ったわけではなくフリだ。

 

 

「………今日はもう遅いからね。そろそろお開きにしようか」

 

「そうだな。ではダンジョン探索、楽しみにしているぞ」

 

 

 所詮は自分の境遇に一切関係の無い例え話。

 でも、もしも例え話通り自分が最低な人間(・・)だったとして………ダクネスは本当に友のままでいてくれるのだろうか?彼女はそれほど自分との友情を大事にしてくれているのだろうか?

 

 ──どうか先の彼女の言葉は本音でありますように。

 

 

 

 

 クリスは己の中で湧き上がった矛盾を呑み込み、ギルドとダクネスに背を向ける。

 

 

「(血塗られた少年キルア=ゾルディック、毎夜探しているのに見つからない。是が非でも彼に言ってやらなければならないことがあるというのに………)」

 

 

 闇夜の中、クリスの瞳は冷たい色を帯び始めていた。

 

 

 

***

 

 

 

「うーん、よく寝たぁ…」

 

 

 この世界におけるキルア=ゾルディックの朝はいつも土の中で始まる。アクセル内の城塞付近に位置する林の柔らかい土の中で。

 

 土質にもよるが深さ1メートル以上の地中は一年を通して温度変化が少ない。土壌粒子と空気及び水分が組み合わさって壁を形成することで優れた保温・断熱効果を発揮するからだ。

 この特性に加え、言わずもがな外敵に発見されにくくなることも相まって、ゾルディック家の人間はサバイバル術の一環としてこの土中睡眠を教わることになっている。具体的に言えば、道具無しでの手っ取り早い地面の掘り方や空気穴の作り方などのノウハウを学ぶ。

 

 

「オレ最後にベッドで寝たのいつだっけ…?」

 

 

 とはいえ、やはり地中は温度以外の面ではあまり快適とは言い難い。

 土避けのために身を包んでいた新聞紙を塵の如く粉々にした後、ついでに穴を掘った箇所も落ち葉や枝を利用して隠し、記憶を辿る。

 G.Iでも基本的に野宿で、辛うじてクリアした日…すなわちこの世界に来る前日にゲーム内のベッドで眠れたくらいか。

 

 

「G.Iと言えばヒソカの奴、妙なこと言ってたな…」

 

 

 攻略のためにあの変態(ピエロ)と少しだけ同道していた時、「キミのお兄さん、ゼビル島で寝る時まるでモグラみたいで面白かったんだけど♣」とニヤけながら話しかけてきたことを覚えている。

 詳細を聞けばハンター試験の第四次試験にて、兄貴(イルミ)は眠りに就く際ヒソカの眼前でモグラのように地中に籠もり出したらしい。

 

 

「フンッ…」

 

 

 あの長兄のことで笑えたのは下手をすれば初めてかもしれない。

 

 いずれ本人を前にしても平然と笑い飛ばしてやれるくらいの気構えを持てるようになりたい……と思いを巡らせ、朝食用に買った野菜スティックを齧りかじり街の外へ向かう。

 なおこの野菜スティック達はすぐにキルアの手から逃げ出そうとしていたものの、少し脅してやればあっさり大人しくなった。生命力たっぷりで美味い。

 

 

 

 

 

 

 こうしていつも通り、街外れの草原で日課の修行を終えた彼は一つ用事を思い出してしまった。

 

 

「(そういや今日もめぐみんに、勝負したいからギルドに来いって言われてんだよな。何度ワケわかんねえ勝負すりゃいいんだ、まったく)」

 

 

 キルアがこの世界に来てから既に両手の指で数えられないほどの日数が経過している。元の世界ではどれほどの時間が流れているのか知りたいような知りたくないような気持ちであった。

 

 

 

 

 そして冒険者ギルドに入るなり、めぐみんの気取った声が耳に飛び込んでくる。

 

 

「約束の刻は来たれり。さあ、我らの果て無き因果に決着を付けようか。この長きに渡る死闘に純然たる決着を…!」

 

 

「………決着を付けようって、それ前回も前々回も前々々回も言ってただろ。何をやってもオレに勝てないからって決着を引っ張んな!」

 

 

 しりとり、早口言葉、輪投げ、ダーツ…めぐみんの持ちかけた勝負はどれもキルアの圧勝である。

 

 

「特にダーツはマジヤバかったな。キルアはあの腕なら余裕でプロになれるんじゃないか?」

 

 

 テーブル席に座っていたカズマが感嘆の声をあげる。

 彼はキャベツ狩りの報酬で衣服を新調したらしく、最近はハーフマントやブーツが特徴的なファンタジー感ある服装で活動している様子。ただ本人によれば、夜寝る時はジャージをまだ愛用しているらしいが。

 

 

「ダーツとか今どうでもいいわよ!カズマなんて…カズマなんて…カズマなんてぇっ…!!」

 

 

 例の如くカズマに何か怒られたのか、不貞腐れた様子で嘘泣きするアクアも一緒である。この自称女神が本当に女神のような奇跡を起こす瞬間を一度でいいから見てみたいものだ、とキルアは常々思っている。

 自分のことも何か罵って欲しいと言いたげにカズマの顔をチラチラ見るダクネスは視界から外した。

 

 

「ダーツは六歳で極めた。その頃にはカウントで1440P(ポイント)出してたね(七歳だったかな………まあいいや)」

 

「パねえ…」

 

 

 キルアの言う「カウント」とは、ダーツのポピュラーなゲームモード『カウントアップ』のことである。

 0点からスタートし、1ラウンド3本ずつダーツを投げていき8ラウンド終了時(合計24本)までにどれだけ得点を獲得出来たか競うという、最も分かりやすいルールのゲームだ。

 

 キルアのように1440Pを取ることを目指した場合、1ラウンドの3本を20のトリプル(T20)に命中させて最高得点の180点を叩き出すのが大前提であり、それを8ラウンド全てで達成しなければならない。

 たとえカズマの世界のトッププロが挑戦したとしても、必ずしも一発で成功させられるとは言い難いレベルのテクニックを、キルアはいとも容易く見せ付けたのだった。これでも本人曰く修行の初歩らしい…。

 

 

「くっ…私などダーツボードに当てることすら出来ないのだぞ……!」

 

「ノーコンクルセイダーは黙るのです!…ではキルア、今日の勝負を次のどれにするか選んでください。カモネギ狩り、マンドラゴラの早抜き、調理費300エリス以下の貧乏飯作り、どれでも受けて立ちますとも!」

 

「なあ、めぐみん……一つ聞いていいか?お前の元祖ライバルは、一体全体お前とどんな勝負してたの?」

 

「あの自称ライバルですか…大体キルアとやったことと同じですよ?ただ女同士なので、発育測定でどちらがよりコンパクトで世界の環境に優しい女かを決める対決もやってましたねぇ」

 

「それ絶対お前が圧勝しただろ………あ、いやオレが悪かった!だからテーブルはひっくり返さないでくれ!」

 

 

 慌ててテーブルを押さえ付けるキルアを尻目にカズマは今湧いた疑問を口にする。

 

 

「めぐみん、その貧乏飯ってのは旅の中で思い付いたのか?お前最初に会った時は飯食う金も無いみたいだったし」

 

「ああ、いえ違います…」

 

 

 めぐみんは今さっきまでの暴れぶりが嘘のように、恥ずかしげに顔を伏せる。

 

 

「私の両親は魔道具店を営んでいるのですが、全然売れていないので実家はあまり裕福ではなくて……」

 

「だから家族三人で色々と節約してたってわけか」

 

「いえ、私の家族は三人ではありません」

 

「兄弟姉妹がいるってことか?」

 

 

 キルアが関心を示す。

 

 

「はい、私には妹がいます!………たった一人の大切な妹が」

 

 

 

 

 ──たいせつな………いもうと?

 

 

 

 

〝お兄ちゃん ナデナデしてー″

 

 

〝お兄ちゃん 何で暗いお顔してるの?″

 

 

〝お兄ちゃん いつかいっしょにお外いけるといいね!″

 

 

 

ブツッ

 

 

「…………!?」

 

 

 視界がぐにゃりと揺らぐ。

 

 

「(なんだ…!?まるで(アタマ)の奥底で何かが………)」

 

「(……キルア?)」

 

 

 めぐみんはキルアの顔貌に微かな違和感を抱く。本当に極微小な違和感を。

 

 

「………妹いんのか。お前の妹はちゃんと腹いっぱい食えてんのか?」

 

 

 ところがキルアは何事も無かったかのように会話を続行した。

 

 

「(さっきのは私の気のせいだったのでしょうか…?)」

 

 

 めぐみんは首を傾げつつも気にしないことにした。

 

 

「はい、我が妹こめっこはキャベツ狩りの報酬が出た時に仕送りしたおかげで今は食事に困っていない…はずです多分。私が実家にいた頃には、セミをたくさん捕まえきて唐揚げにしようなんて言い出す困った子でしたよ」

 

「「「「うわぁ…」」」」

 

 

 その場にいためぐみん以外の全員が何とも言えない声をあげる。注釈しておくと、別にこめっこの名前に引いたわけでも、こめっこの行いそのものに引いたわけでもない。

 

 

「私今度めぐみんのお家で除霊してあげようかしら。絶対貧乏神が憑いてるわよ?」

 

「結構です!むしろ貧乏神が憑いてるのはアクアの方なんじゃないですか?」

 

「というか俺に言わせりゃ貧乏神そのものだぞ。キャベツの時の謝礼金使い切ったからって、また俺に金借りようとしてないでバイトでもしやがれ!」

 

「魔王軍幹部さえこの辺に来なきゃクエスト受けて稼げたのにィィィィィ!!!」

 

 

 ギルドによれば、最近魔王軍幹部と思しき者が近辺の小城に住み着いており、その影響で弱いモンスターは隠れ、手頃なクエストは激減してしまったらしい。来月に国の首都から腕利きの冒険者や騎士達が派遣されるまではこの状態が続くのだという。

 

 アクアの叫びがフラグになってしまったのか、

 

 

<緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっ!!>

 

 

 ルナの緊急アナウンスが響き渡る。キャベツ出現時の招集要請よりも明らかに緊迫した声だった。

 

 

「もしかして噂をすれば何とやらって奴?」

 

 

 キルアも腰を上げ、カズマ達と共に正門へ向かう。

 

 

 

 

「(めぐみんと話してた時、何か思い出しそうになった気がするんだよな。………ま、どうでもいいか)」

 

 

 

***

 

 

 

「……俺は先日、この近くの城に越してきた、魔王軍の幹部の者だが……」

 

 

 その者は我慢の限界とばかりに、手に持った(・・・・・)頭部を震わせ叫ぶ。

 

 

「まままま、毎日毎日毎日毎日っっ!!おお、俺の城に、毎日欠かさず爆裂魔法撃ち込んでく頭のおかしい大馬鹿は、誰だああああああー!!」

 

 

 正門前に現れたのは、デュラハン。

 

 それは人に死の宣告を行い、絶望を与える首無し騎士。アンデッドとなり、生前を凌駕する肉体と特殊能力を手に入れたモンスター。

 漆黒の鎧を着込み、本人と同じく頭の無い巨大な馬を従えた騎士は、フルフェイスの兜で覆われた自分の首を左手に持っていた。

 

 

「……爆裂魔法?」

 

「爆裂魔法を使える奴って言ったら……」

 

「爆裂魔法って言ったら……」

 

 

 集まった冒険者達の視線は一斉にめぐみんへ向けられた。

 

 周囲の視線を集めためぐみんは、その視線を誘導するようにフイッと隣にいたキルアを見る。

 

 

「……おい、オレとテメーの冒険者カードをあいつに見せて、どっちが爆裂魔法の習得者かハッキリさせてもいいんだぞ?」

 

 

 デュラハンの怒りの言葉で、キルアは既に大体の事情を察していた。

 毎日ほぼ決まった時間にどこかからドッカンドッカン物凄い轟音が聞こえてきたのは、おそらくめぐみんが爆裂魔法を奴の城に撃ち込んでいたからなのだろう。要するにめぐみんが招いた事態と見て間違いない。

 

 やがてめぐみんは観念したのか、恐る恐る前に出る。

 

 

「(めぐみん…行くのか。こんなことなら爆裂魔法を撃たないように言っときゃ良かった……)」

 

 

 冗談めいた空気が漂っているが、数々の修羅場を経験したキルアの勘はそれに流されず一つの真実を冷酷に伝えていた。

 

 

 

 

「(おそらく奴はオレが今まで出会った敵の中で一、二を争うほど強い…!)」

 

 

 元いた世界も含めて。

 

 

「(この世界を支配しようとする魔王軍の幹部の座は伊達じゃないってわけか………異世界ってのも侮れねぇもんだな)」

 

 

 魔王軍とやらを舐め切っていたわけではないが、実際に幹部と相対した結果として、警戒度を上方修正せざるを得なかった。

 

 

 

 

「お前がっ…!お前が、毎日毎日俺の城に爆裂魔法ぶち込んで行く大馬鹿者か!俺が魔王軍幹部だと知っていて喧嘩を売っているなら、堂々と城に攻めてくるがいい!その気が無いのなら、街で震えているがいい!何故こんな陰湿な嫌がらせをする!?」

 

 

 加害者が判明したことで、被害を訴える魔王軍幹部は、堰を切ったように不満を爆発させた。

 

 

「この街には低レベルの冒険者しかいない事は知っている! どうせ雑魚しかいない街だと放置しておれば、調子に乗って毎日毎日ポンポンポンポン撃ち込みに来おって……っ!! 頭おかしいんじゃないのか、キサマァッ!!!」

 

 

 怒れる首無し騎士は凄まじい威圧感を放っている。その発する言葉の一つ一つが地鳴りのように重く響き渡った。

 

 「頭がおかしいのはあんただろ?医学的に」という軽口がキルアの脳裏に浮かんだが、実際にそれを口にする余裕は全く湧いてこない。

 当然、敵から直に威圧されるめぐみんも目に見えて怯んでいた。しかし気丈にもマントをバサッとひるがえす。

 

 

「我が名はめぐみん。アークウィザードにして爆裂魔法を操る者……!」

 

「……めぐみんって何だ。馬鹿にしてんのか?」

 

「ちっ、ちがわい!」

 

「(モンスターから見ても、めぐみんって変な名前扱いなのか…)」

 

 

 冷や汗を浮かべるキルアの中で、この世界のどうでもいい知識がまた一つ増えた。

 

 

「我は紅魔族の者にして、この街随一の魔法使い。我が爆裂魔法を放ち続けていたのは、魔王軍幹部のあなたを誘き出すための作戦…!こうしてまんまと、この街に一人で出て来たのが運の尽きです!」

 

 

 杖を振り上げるめぐみんを後方から見守りながら、カズマは傍にいるダクネスとアクアに囁きかけた。

 

 

「……毎日爆裂魔法撃たなきゃ死ぬとか駄々こねるから、仕方なくあの城の近くまで連れて行ってやったのに。いつの間に作戦になったんだ?」

 

「うむ。しかもさらっと、この街随一の魔法使いとか言い張っているな」

 

「しーっ!そこは黙っておいてあげなさいよ!今日はまだ爆裂魔法使ってないし、後ろにたくさんの冒険者が控えてるから強気なのよ。今いいとこなんだから、このまま見守るのよ!」

 

「(こいつら鬼かよ…)」

 

 

 彼らの会話は周囲の冒険者達に丸聞こえだ。キルアも流石にこればかりはめぐみんに同情してしまう。

 

 

「……フン、まあいい。俺はお前ら雑魚にちょっかいかけにこの地に来たわけではない。しばらくはあの城に滞在する事になるだろうが、これからは爆裂魔法は使うな。いいな?」

 

 

 どうやら街を攻めに来たのではなく、ただ警告を伝えに来ただけのようだ。キルアはほっと胸を撫で下ろす。

 

 だが、このまま彼の期待通りに事態が収まることはなかった。

 

 

「それは私に死ねと言っているも同然なのですが。紅魔族は日に一度、爆裂魔法を撃たないと死ぬんです」

 

「お、おい!聞いた事ないぞ、そんなこと!適当な噓を吐くなよ!」

 

 

 やめろ、そいつをそれ以上刺激するな!

 

 キルアは喉まで出かかった言葉を呑み込む。これを言った所でめぐみんが大人しくなるとは思えないし、それに──もし自分まで奴に目を付けられたら………。

 

 

「どうあっても爆裂魔法を撃つのを止める気は無いと?俺は魔に身を落とした者ではあるが、元は騎士だ。弱者を刈り取る趣味は無い。だが、これ以上城の近辺であの迷惑行為を働くのなら……こちらにも考えがあるぞ?」

 

 

 最後はデュラハンの声が低くなった。いや、凄味が込められたと言ってもいい。兜の中の両眼が剣呑な光を帯びる。

 めぐみんはビクッと後退るも、虚勢を張るように啖呵を切った。

 

 

「ふっふっふっ……残念ながら、こちらにはアンデッドに滅法強い最強助っ人がいるのですよ!」

 

 

 そして縋るような視線をアクアに向けた。

 

 

「しょうがないわねー!魔王の幹部だか知らないけれど、この私が浄化してあげるわ!覚悟なさい!!」

 

「あ、おい!」

 

 

 キルアの制止を聞かずにアクアも敵目掛けて駆け出す。

 アクアの職業はアークプリースト。プリーストの上級職であり、あらゆる回復魔法と支援魔法を使いこなし、前衛に出ても問題ないほどの強さを誇る万能職…と世間では言われている。

 

 

「俺は魔王軍幹部。こんな街にいる低レベルのアークプリーストに浄化されるほど落ちぶれてはいない……。そうだな、ここは一つ、罰として紅魔の娘を苦しませてやろうか」

 

 

 そう呟くデュラハンの手に邪悪かつ強大な魔力が込められゆく。

 

 

 この世界の魔法に詳しくないキルアでも、それを一瞥しただけで否が応でも理解させられる。

 

 

 

 

 ──食らえば一巻の終わりと。

 

 

 

 

「いかんっ!あれはダメだ!」

 

 

 ここでダクネスも飛び付くように走り出した。重い鎧を纏っているとは思えない動きだ。

 

 

「私の祈りで浄化してやるわ!」

 

「間に合わんよ…」

 

 

 デュラハンは、アクアが破魔魔法を唱えようとするよりも早く、右手の人差し指をめぐみんに真っ直ぐ向ける。心臓を射抜こうとするが如く。

 

 

「ああ…そんな………」

 

 

 未だキルアの足は動かなかった。

 

 

「(オレなら今すぐ動けば、めぐみんを押して奴の攻撃を回避させられるかもしれない……でも…でも…もしその時、オレに当たったら?………オレは──)」

 

 

「汝に死の宣告を!貴様は一週間後に死ぬ!!」

 

 

 

 

「めぐみん!!!!」

 

 

 キルアが絶叫し、めぐみんがギュッと目を閉じたその時、

 

 

 

 

「させぬ…!!」

 

 

 

 

 敵が呪いを掛けるのと、ダクネスがめぐみんを押し退けたのは同時だった。

 

 

「あああああああああああああああっ…!!!!!」

 

 

 悲鳴をあげるダクネスの身体が妖しい閃光に包まれる。

 

 

「ダクネス、大丈夫か!?」

 

 

 固唾を飲んで様子を見守っていたカズマは、慌てて彼女に駆け寄った。

 

 

「ふむ。若干予定が狂ったが、仲間同士の結束が固い貴様ら冒険者には、むしろこちらの方が堪えそうだな……良いか、紅魔族の娘よ。このままではそのクルセイダーは一週間後に死ぬ。フフッ、お前の大切な仲間は、それまで死の恐怖に怯え、苦しむ事となるのだ……そう、貴様の行いのせいでな!」

 

 

 めぐみんは後悔のあまり目を震わせて青ざめる。

 

 

「これより一週間、仲間の苦しむ様を見て、自らの行いを悔いるがいい。フハハハッ、素直に俺の言う事を聞いておけば良かったのだ!」

 

 

 

 

「な、なんて事だ!つまり貴様は、呪いを解いて欲しくば俺の言うことを聞けと!つまりはそういうことなのか!」

 

「えっ…?」

 

 

 

 

 魔王軍幹部は思わず素で聞き返す。

 

 彼に、そして周囲にも誤算があったとすれば、それは死の宣告を受けた本人がこの洒落にならない事態すらも燃料にして興奮出来てしまう、レベル99の変態だったことだろう。

 

 

「ど、どうしようカズマ!」

 

「はいカズマです…」

 

「見ろ、あのデュラハンの兜の下のいやらしい目を!あれは、呪いを解いて欲しくば黙って言う事を聞けと、凄まじいハードコア変態プレイを要求する変質者の目だっ!」

 

「えっ…えっ…えっ…えええええ!?」

 

 

 突如、変態の汚名を着せられた哀れなデュラハンはただ戸惑う。カズマも今や敵側に同情して遠い目をしていた。

 

 

「この私の体は好きにできても、心まで自由にできるとは思うなよ!城に囚われ魔王の手先に理不尽な要求をされる女騎士とか……ああ、どうしようカズマ、予想外に燃えるシチュエーションだ。行きたくはない。行きたくはないが仕方がない。ギリギリまで抵抗してみるから邪魔はしないでくれ」

 

 

 今のダクネスの姿を間近で見た者がいたならば彼女のことを一切知らずとも、百人中百人が「行きたくはない」というのが大嘘だと見抜いたことだろう。

 

 

「では、行ってくりゅ!!」

 

 

 こうして彼女が蕩け切った顔で意気揚々と走り出した時のこと…

 

 

 

 

「待てよ、ダクネス!」

 

 

 

 

 ずっと黙っていたキルアが彼女を呼び止めた。

 

 

「お前……ホントに分かってんのかよ?今の自分の状態が」

 

 

 ダクネスに近付くキルアの顔に冗談味は一切無い。

 

 

「もちろん分かっているさ。私はあの者の手によってこれから好き放題に──」

 

「…っ……そうじゃねえだろ!お前はこのままだと死んじまうんだよ!!……こいつの(・・・・)大事な仲間なのに死んじまうんだ!!!」

 

 

 キルアの目線の先にいるのはめぐみん。

 

 

「私のせいで…私のせいで…」

 

 

 血の気が引いた顔でカタカタと歯の根が合わない彼女は、泣きそうになるのを必死にこらえていた。ダクネスはばつが悪そうに目を背ける。

 

 

「すまん…」

 

 

 キルアとて、めぐみんを助けようとしなかった自分がダクネスに偉そうなことを言う資格があるのかと躊躇った。しかし、それでも言わずにはいられなかった。

 ダクネスはキルアから見て、ある意味あのヒソカ以上に理解不能な人種である。だが、それと同時に彼女が仲間を庇って己の身を犠牲に出来るのは、ただの享楽だけが理由ではないとも理解していた。

 それ故に今この時くらいは仲間の想いにも目を向けて欲しいと願ったのだ。

 

 

「フンッ、やっと事の深刻さを理解してもらえたらしい。紅魔族の娘よ、これに懲りたら俺の城に爆裂魔法を放つのは止めろ!そして、お前を庇ったクルセイダーの呪いを解いて欲しくば、俺の城に来るがいい!城内の俺の所まで来る事が出来たなら、その呪いを解いてやろう!」

 

 

 空気が変わったことでデュラハンはようやく元の余裕を取り戻したようだ。

 

 

「だが、城には俺の配下のアンデッドナイト達がひしめいている。果たしてお前達には、俺の所まで辿り着く事すら出来るかな? フフフフフッ、フハハハハハハッ!」

 

 

 一頻り哄笑した後、アクセルの人々を恐怖に陥れた魔王軍幹部は何処かへ消え去って行ったのであった…。

 

 

 

 

 

 

 あんまりと言えばあんまりな展開に、集められた冒険者達は何も声を出せず、かといって帰路に着くことも出来ず、そのまま立ち尽くしている。

 

 そんな中めぐみんはフラフラと立ち上がった。

 

 

「………今回のことは私の責任です。ちょっと城まで行って、あのデュラハンに直接爆裂魔法ぶち込んで、ダクネスの呪いを解かせてきます」

 

「俺も行くに決まってるだろうが。お前一人じゃ雑魚相手に魔法を使ってそれで終わっちゃうだろ?そもそも俺も毎回一緒に行きながら、魔王軍幹部の城だって気づかなかった間抜けだしな」

 

 

 カズマの力強い言葉に、彼女は微かに顔を明るくする。

 

 

「じゃあ、一緒に行きますか!…でも相手の城はアンデッドナイトがひしめいているらしいです。となると、武器は効きにくいですね。私の魔法の方が効果的なはずです」

 

「俺の敵感知スキルで城内のモンスターを索敵しながら、潜伏スキルで隠れつつコソコソ行こう。もしくは毎日城に通って一階から順に、爆裂魔法で敵を倒して帰還。毎日地道に敵戦力を削っていく。……一週間の期限があるなら、そんな作戦でいってもいいじゃないか! ま、腕利きの冒険者や騎士達が来るのは来月だからそっちの戦力は期待出来ないけどな」

 

 

 めぐみんは俄に元気を取り戻した。そして奮い立った二人に対して、

 

 

「いや、無謀にも程があるぜ。お前ら死にに行く気か?」

 

 

 水を差す者がいた。

 

 

「キルア……」

 

 

 カズマは黙り込む。正直、甘い展望なのは心の片隅で自覚していたからだ。

 

 

「まずそもそもあいつの所に辿り着いただけで戦いもせずに、呪いを解除してもらえてハイめでたしめでたし…となるとでも思ってるのかよ。あいつ魔王軍なんだろ? それに爆裂魔法を城の中で使ったら、お前ら自身だってあぶねーし。 後、一週間というタイムリミットは向こうも認識してるんだから、その期間城の守りを厳重に固めてるってことも考えられるぜ?」

 

「………へへ、確かに。全く一から十まで何もかもお前の言う通りだな。そんじゃアンデッドの性質でも調べながらもう一度作戦を立て直すか」

 

 

 力無く笑うカズマが歩き出そうとした時のことだった。

 

 

 

 

「キルア、一生のお願いです!………どうか私達と一緒に戦ってもらえませんか」

 

「…………!?」

 

 

 

 

 なんと、いつも不遜なめぐみんがキルアに頭を下げていた。

 

 

「キルアが協力してくれるなら私何でもします!もしキルアがお金が欲しいならどんなことをしてでも稼ぎます!………だから、私なんかより遥かに強いキルアに一緒に戦って欲しいんです!!私、どうしてもダクネスを助けなきゃいけないんです!!!」

 

 

 紅い大きな瞳にキルアの顔が映る。

 

 

「だから……どうかお願いします!!!!」

 

 

 その瞳に映るキルアの顔は、儚げに揺れていた。

 

 

「オレが………あんな化け物と戦う…?????」

 

 

 

 

ダメだ。勝ち目のない敵とは戦うな

 

 

 

 

 

 そうだ。自分がこの二人に加わった所で勝機などほぼ皆無。

 

 見立てではあのアンデッドの親玉は、肉体もこちらの攻撃が大した痛手にならない可能性が高いと思えるほど頑強そうだった。駆け出し冒険者の街アクセルには居着かないような、高レベル冒険者達すら手に負えない魔王軍幹部という情報も踏まえれば然もありなん。

 その上で、死の宣告とかいう防御不可の呪いを放ってくるのだ。何なら、他にもまだ隠し玉を持っているかもしれない。

 レベルの低いカズマがろくな有効打を持っているとも思えないし、実質的に巻き添え覚悟の爆裂魔法一発という手札のみに賭けるには荷が重すぎる。

 

 

「……めぐみん、キルアを巻き込むのはやめようぜ。これは俺達が引き起こした事態なんだ。俺達でケジメを付けないと」

 

「確かにそうですね。キルア、無理言ってごめんなさい…」

 

「私のために命を危険に晒すのはやめるんだ…。カズマとめぐみんもだぞ?」

 

 

 ダクネスだってこう言ってくれているではないか。

 

 

「(オレは自分がめぐみんやカズマの立場だったとして、ダクネスを助けるために戦う勇気を持てたんだろうか……)」

 

 

 いずれにせよ手下のアンデッドナイトとやらも加勢するだろうし。あんな奴を軍勢ごと相手にするのは自殺行為に他ならないだろう。馬鹿馬鹿しい。

 

 

 でも…

 

 

 

 

「(…でも、ゴンがいてくれたらもしかして………)」

 

 

 

 

 ふと甘いことを考えてしまった自分の掌を、キルアはもう片方の手の爪でグサリと刺した。いつまでも覚めない夢から無理矢理に己を覚醒させるかのように。

 

 

「キルア、何を…!?」

 

「……………何変なこと考えてんだ、オレ」

 

 

 めぐみんは狼狽えカズマとダクネスも目を見張るが、当の本人は血を垂らしながらもどこ吹く風だった。

 

 

 ……いけない、いけない。この世界にはあいつはいないんだった。

 でも…考えてしまう。もしゴンがいてくれたら、背中を押してくれたかもしれないと。何かが変わったかもしれないと。

 

 今までキルアが数々の強敵達と戦ってこられた最大の理由はゴンがいたからだと、彼は絶対的な確信を持っていた。この上なく絶対的な確信を。

 

 故にどうしても心のどこかで思わずにはいられなかったのだ。

 

 

「(ゴン…お前がいてくれなきゃ、オレは──)」

 

 

 

 

 

「セイクリッド・ブレイクスペル!」

 

 

 

 

 

 

 アクアの一声と共に、突如ダクネスの体が淡い光を放ち始める。

 

 

「ああああああ〜〜〜………」

 

 

 彼女に纏わりついていた邪悪な魔力が見る見る内に霧散していく。ダクネスは文字通り憑き物が落ちた顔できょとんとしていた。

 

 

 

 

 アクアは人差し指で鼻の下を軽く擦って得意げに笑う。

 

 

「この私にかかれば、デュラハンの呪いの解除なんて楽勝よ!どう、どう?私だって、たまにはプリーストっぽいでしょ?(うっかり会話に聞き入ってて解除が遅れたなんて言えない…)」

 

 

 この中で一番付き合いの長いカズマすら見たことがないほどの飛び切りの笑顔だった。

 

 

 

 

 ……すると、一瞬の静寂。

 

 その後に、爆音のような馬鹿でかい歓声が耳に飛び込んできてアクアは思わず耳を塞ぐ。

 

 

「「「アクア〜〜〜!!!」」」

 

 

 カズマ、めぐみん、ダクネスが一斉に彼女を取り囲んだ。

 

 

「な、何よ…!?」

 

 

 彼らは、もがくアクアを強引に抱え上げる。

 

 

「「「せーのっっっ!!!」」」

 

 

 そのまま三人でアクアをめちゃくちゃ胴上げしたのだった…。ちなみに後ろの冒険者達は彼女を称賛すれど、近付かずにパーティーの団欒を温かく見守っている。

 

 正史では呪いが解かれた時、カズマが「勝手に盛り上がっていた俺とめぐみんのやる気を返せ」と内心でめぐみん共々苦笑いし、ダクネスも少し残念そうにするのだが、その場のメンツとタイミングが変わればリアクションもここまで変わるのであった。

 

 

 

 

「………あーあ、なんか勝手にシリアスやってたオレがバカみてーじゃん」

 

 

 安堵したような、拗ねたような顔でドサッと座り込む少年。

 胴上げから解放された女神は、その力で彼の手も癒す。

 

 

「何々?キルアさんにまでダクネスのドMが移っちゃったわけ?ドン引きなんですけど……」

 

「いや、(ちげ)ーよ!」

 

「あ、うん。………アクシズ教ならそういう嗜好の人も受け入れてくれるから、名誉教徒のあなたなら安心ね」

 

「オレは入信するなんて、あの時一言も言わなかったぞ…!」

 

「はいはい、立てる?」

 

 

 少年の前に手が差し出される。人の命を救う綺麗な手。

 

 

「…………ふんっ……」

 

 

 

 

 ──なあゴン、こいつらもオレには眩しすぎていけねえや………

 

 

 

 

 少年は女神の手を取れなかった。

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