キラーマシンがあらわれた! 作:空き缶ケリケリ
ロレンツォの葬儀は、ヨークシンには珍しい晴れの日に行われた。
雲ひとつない空の下、古い石造りの教会に集まった人々は、いずれもどこか翳のある顔ばかりだった。スーツの男、ドレスを着た老女、指に傷のある職人。マフィアの関係者もいれば、かつてロレンツォに借金を帳消しにしてもらったという菓子屋の店主もいた。百人には満たないが、この街の闇社会で生きる者たちにとって、これだけの弔問客が集まることは異例だった。ロレンツォが六十年かけて「言葉」で築いたものの証が、今、この教会に満ちている。
祭壇の前には、小さな棺が置かれていた。ロレンツォの身体は驚くほど軽く、棺を運んだ構成員たちは口を揃えて「旦那らしい」と言った。肉体は衰えても、言葉は死なない。その言葉たちが今、参列者一人ひとりの中で生きている。
最前列に、マルコが座っていた。
背筋を伸ばし、両手を膝の上に揃えて、彼はまっすぐ前を見ている。涙はなかった。あの夜、地下への階段を上がって廊下に出た時も、祖父の手を握った時も、涙はなかった。マルコは泣かないと決めている。もう自分が、この場で一番大人にならなければいけないと、そう決めている。十歳の少年の精一杯の強さが、彼の小さな肩を支えていた。
マルコの隣に、彼は立っていた。
青黒い装甲はあの夜の戦闘で傷つき、ところどころに亀裂が走ったままだ。左足の関節はまだ完全には修復されておらず、立っているだけで微かな軋みが聞こえる。それでも彼は、門の前に立つ時と同じように、動かずに祭壇を見つめていた。クロスボウの弦は外され、右腕の剣は静かに下ろされている。
参列者たちは、彼を遠巻きに見ていた。噂はすでに広まっている。蜘蛛の足を退けた鉄の巨人。ロレンツォが最後に雇った、名もなき護衛。その姿を一目見ようと、何人かはこの葬儀に来たのかもしれない。しかし彼は、その視線に応えることもなく、ただ立っていた。
ジーノが祭壇の前に立ち、ロレンツォの遺言を読み上げた。紙一枚。封蝋もなく、走り書きのような文字で、短く、こう書かれていた。
「マルコ、お前がドンだ。あとは好きにしろ」
ジーノはそれだけを読み上げ、紙を折り畳んでマルコに手渡した。マルコは両手でそれを受け取り、胸のポケットにしまった。その動作は、十歳の少年のものとは思えないほど静かで、確かだった。
教会の鐘が鳴る。参列者たちが一人、また一人と立ち上がり、棺に花を手向けていく。菓子屋の店主がマルコの前で立ち止まり、「旦那には、店を畳まずに済んだ恩がある。何かあれば、いつでも呼んでくれ」と言った。スーツの男は無言で一礼し、ドレスの老女はマルコの手を握って「立派なお坊ちゃまだ」と涙ぐんだ。
最後の参列者が去った時、教会にはマルコと、彼と、ジーノだけが残された。
◆◆◆
「じいちゃんはね」
マルコがぽつりと言った。教会の静けさに、その声は驚くほど澄んで響いた。
「前に言ってたんだ。鉄は冷たいけど、ずっとそこにある。誰も気づかなくても、いつもそこに立ってる。それで誰かを護ってるんだって」
祭壇の前で、マルコは彼に向き直った。
「君に名前をつけるって約束したよね。ずっと考えてたんだ」
ジーノが一歩下がり、二人に空間を譲る。教会のステンドグラスから差し込む光が、彼の青黒い装甲を淡く照らしていた。
「——テツ」
マルコの声は、祈るように静かだった。
「君の名前は、テツだ。じいちゃんが教えてくれた、鉄の護り方をする君に、ぴったりだと思う」
教会の中に、かすかな振動が響いた。
テツの核が、深く、ゆっくりと、そしてかつてないほど強く明滅していた。暗赤色に沈んでいた光が、深紅に変わり、さらにその奥から橙色の輝きが滲み出る。傷ついた装甲の亀裂からも光が漏れ、冷たい鉄の身体全体が、生命の輝きに満たされていくようだった。
声にはならない。しかしその震えは、彼がこれまで吸収してきたすべての者たちの想いを乗せて、教会の空気を震わせた。ロレンツォの「護れ」も、村人たちの無念も、マルコの「ありがとう」も——そのすべてが、テツという名前を得た瞬間に、ひとつの意志へと統合されていく。
マルコはその震えを全身で感じながら、泣き笑いのような顔で言った。
「じいちゃんも、喜んでるね」
核が震える。それはテツの意志であり、ロレンツォの意志であり、彼がこれから護るすべての者の意志だった。
ジーノは窓辺に立ち、ステンドグラス越しの光を背に受けながら、二人を静かに見守っていた。彼は何も言わなかった。言うべき言葉は、まだ彼の中でも温められている最中だった。
◆◆◆
教会を出ると、午後の陽射しが石畳を白く照らしていた。
マルコは棺を見送った後、教会の階段を一段ずつ降りながら、何度も振り返った。最後の一段を降り切ったところで、彼は立ち止まり、隣に立つテツを見上げた。
「テツ」
初めて名前を呼んだ。その声は、まだ慣れない響きで、けれど確かにそこにあった。
テツの核が、静かに明滅する。
「……うん。呼んでみただけ」
マルコは少しだけ笑って、また前を向いた。石畳の上に、小さな影と大きな影が並んで伸びている。ジーノは教会の扉を閉め、少し距離を置いて二人の後ろを歩いていた。その目は、かつてロレンツォが孫を見守っていた時の目と同じだった。
◆◆◆
数日後。アンジェロ・ファミリーの屋敷は、静かに動き始めていた。
マルコはまだドンとして未熟だった。知らない言葉、知らない顔、知らない駆け引き。ロレンツォの生前の仕事を引き継ぐには、彼はあまりに幼く、あまりに無垢だった。しかしジーノが補佐し、古参の構成員たちが支え、そして何より——門の前にテツが立っていた。
ある日の午前中、菓子屋の店主が挨拶に訪れた。マルコは応接室に通し、緊張した面持ちで向かい合った。隣にはジーノ。背後にはテツ。店主は「これからも変わらぬお付き合いを」と言い、焼きたての菓子を置いて帰っていった。マルコは菓子の包みをじっと見つめ、それから顔を上げて、テツを見た。
「僕、ちゃんとできたかな」
核が一度震えた。
「……そっか」
マルコは菓子の包みを手に取り、少しだけ笑った。
「テツ、行ってくるね」
朝、ランドセルを背負ったマルコが門の前で立ち止まる。彼の隣には、傷ついた装甲を修復し、再び静かに立つテツの姿があった。
核が静かに明滅する。
マルコは笑った。
「うん、行ってきます」
テツは動かない。しかしその沈黙が、どれほど雄弁であるかを、マルコは知っている。言葉はいらない。核の震えだけで、テツが何を伝えようとしているのか——「気をつけて」「早く帰ってこい」「ずっとここにいる」——そのすべてが、今はわかる。
マルコの背中が通りに消えるまで、テツは動かなかった。かつて廃棄場で動かなかったのと同じように。しかし今は違う。動かないのは誰も殺さないためではなく、誰かを護るためだった。その違いが、彼の核を静かに、しかし確かに温めていた。
ジーノが屋敷の二階、かつてロレンツォが座っていた窓辺に立ち、テツを見下ろしている。蓄音機はもうない。ロレンツォが針を止めたあの日から、部屋は静かなままだ。しかしジーノは時折、その窓辺に立ち、こう呟く。
「——鉄の心臓は、今日も動いてるか」
答えはいつも同じだった。門の前に立つ深紅の光が、静かに、しかし力強く脈打っている。それを見届けてから、ジーノはもう一言、自分だけの言葉をそっと落とした。
「——鉄の心臓は、世界で一番重い。ロレンツォの想いも、マルコの未来も、全部入ってるからな」
◆◆◆
はるか遠く、海の彼方。
人類が未だ踏破しえぬ暗黒大陸の深部で、昏い紫の光がゆっくりと脈を打っている。その鼓動は、テツの核の共鳴——マルコに「テツ」と名付けられた時に発した、あの深く強い輝き——を、確かに感知していた。
それはテツよりも大きく、より禍々しい輪郭を持ち、両腕の刃は漆黒に鈍く輝いている。胸部の核は深紅ではなく、昏い紫。
暗闇の中で、紫の光がかつてない強さで閃き、そして静かに、方角を定めるかのようにその輝きを増していく。
◆◆◆
朝日が差す門の前で、テツは動かずに立っている。
鉄の心臓は、今日も動いていた。
ロレンツォの想いと共に。マルコの未来と共に。彼がこれまで護った者たちと、これから護る者たちと共に。
彼は最強の殺戮兵器だった。かつては廃棄場で飢え、動かずに立ち続けることしかできなかった名もなき鉄くずだった。しかし今、彼には名前がある。護るべき者がある。
——テツ。
呼ばれるたび、核は応える。
——俺は、ここにいる。
鉄の心臓だけが、静かに時を刻んでいる。今日も、明日も、明後日も。誰かを護るために。誰かの想いと共に。
それが彼の「生きている」証だった。