無職転生×異伝   作:からし明太子

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第七話 フィットアの赤髪

 

 ロアの町が見えた時、レンは思わず足を止めた。

 

 山奥の大亀流道場とも、道中で立ち寄った村とも違う。

 

 高い外壁。

 

 人と馬車が行き交う門。

 

 石畳の道。

 

 遠くに見える大きな屋敷。

 

 荷を積んだ商人。

 

 武器を腰に下げた冒険者。

 

 上等な服を着た者。

 

 薄汚れた外套をまとった者。

 

 フィットア領ロア。

 

 行商人が言っていた通り、そこは大きな町だった。

 

 レンは門の前で、背負った荷物を少し直した。

 

 腰には木刀。

 

 懐には、玄斎から渡された大亀流の木札。

 

 銭は多くない。

 

 宿を探し、仕事も探さなければならない。

 

 だが、それ以上にレンの胸を騒がせていたのは、この町にいるであろう剣士たちの存在だった。

 

 剣神流。

 

 水神流。

 

 北神流。

 

 この世界には、この世界の剣がある。

 

 大亀流道場で学んだ剣が、外でどれほど通じるのか。

 

 それを知るために、レンは山を下りてきた。

 

 門番は、子供の一人旅を見て眉をひそめた。

 

「坊主、一人か」

 

「はい」

 

「どこから来た」

 

「西の山の方からです」

 

「用件は」

 

「仕事を探しながら、剣の修行をしています」

 

 門番の視線が、レンの腰の木刀に落ちる。

 

「剣の修行ねえ」

 

 明らかに信用していない顔だった。

 

 無理もない。

 

 レンはまだ子供だ。

 

 背も低い。

 

 真剣ではなく木刀しか持っていない。

 

 それでも、簡単な確認だけで町へは入れた。

 

 ロアの町は騒がしかった。

 

 馬車の車輪が石畳を鳴らす。

 

 露店の商人が声を張る。

 

 焼いた肉の匂い。

 

 香辛料の匂い。

 

 馬の匂い。

 

 人の汗の匂い。

 

 山の道場にはなかったものばかりだった。

 

 レンは道の端を歩きながら、町を観察した。

 

 大きな通りでは、貴族らしき馬車が通るたびに人々が自然と脇へ避ける。

 

 商人は相手の服装を見て、声のかけ方を変えている。

 

 冒険者らしき者たちは、すれ違う者の武器をちらりと見ていた。

 

 腰の剣。

 

 背中の槍。

 

 短剣。

 

 杖。

 

 この町では、武器を持つことが珍しくない。

 

 だが、だからこそ危うい。

 

 レンは木刀の柄に指を添えた。

 

 道場であれば、木刀を構えた瞬間に稽古が始まる。

 

 だが町中では違う。

 

 抜けば騒ぎになる。

 

 振れば罪になる。

 

 相手を傷つければ、理由があっても面倒になる。

 

 外の戦いとは、ただ勝てばいいものではない。

 

 玄斎の言葉が胸に残っている。

 

 ――技に使われるな。

 

 レンの得意は雷電型だ。

 

 大亀流五剣の中でも、最も身体に馴染んでいる。

 

 そして今のレンが唯一、二式まで習得している型でもある。

 

 だが、雷電型第二式・紫電閃は奥に置く。

 

 あれは見せるための技ではない。

 

 本当に相手を倒すと決めた時、あるいは命を繋ぐために必要な時だけ抜く、とっておきの一手だ。

 

 レンはそう自分に言い聞かせながら、宿を探すために通りを歩いた。

 

 その時だった。

 

 前方から、騒がしい声が聞こえてきた。

 

「どけ!」

 

「そっちに行ったぞ!」

 

「捕まえろ!」

 

 人混みがざわめき、道の真ん中が割れる。

 

 レンは足を止めた。

 

 その隙間から、小さな影が飛び出してきた。

 

 赤い髪。

 

 高そうな服。

 

 年はレンとそう変わらない。

 

 少女だった。

 

 だが、ただの少女ではなかった。

 

 目が強い。

 

 怒っている。

 

 全身から、噛みつきそうな勢いが出ている。

 

 少女は後ろを振り返りながら走っていた。

 

 その後を、二人の男が追っている。

 

「待て、このガキ!」

 

「大人しくしろ!」

 

 男たちの声は荒い。

 

 町中で子供を追うには、あまりにも乱暴だった。

 

 少女は振り返りざま、露店に積まれていた果物を一つ掴み、男へ投げつけた。

 

 それは見事に一人の顔面へ命中した。

 

「ぐあっ!」

 

「ふん!」

 

 少女は勝ち誇ったように鼻を鳴らす。

 

 だが、前を見ていなかった。

 

 その進路に、馬車から降りてきた女性がいる。

 

 ぶつかる。

 

 レンはそう判断した瞬間、足を出していた。

 

 大きく踏み込む必要はない。

 

 人の隙間へ入り、少女の腕を掴み、無理に止めるのではなく進行方向をわずかにずらす。

 

 少女の身体がレンの横を流れ、女性のすぐ脇を通り抜けた。

 

 ぶつからずに済む。

 

 だが、少女は止まらなかった。

 

 いや、止められたことに腹を立てた。

 

「なにすんのよ!」

 

 振り返った瞬間、拳が飛んできた。

 

 速い。

 

 子供の喧嘩の拳にしては、迷いがない。

 

 レンは首を引いて避けた。

 

 拳が頬の前を通り過ぎる。

 

 当たれば痛いでは済まなかったかもしれない。

 

 レンは少し驚いた。

 

 助けた相手に殴られかけたことではない。

 

 この少女の踏み込みに驚いた。

 

 怖がらず、迷わず、前へ出る。

 

 それは道場の弟子たちとも違う荒々しさだった。

 

「危なかったから」

 

 レンが言うと、少女はさらに眉を吊り上げた。

 

「危ないのはあいつらよ!」

 

 その言葉と同時に、追ってきた男たちが近づいてきた。

 

 一人は果物をぶつけられ、鼻を押さえている。

 

 もう一人は、少女へ手を伸ばした。

 

「今度こそ捕まえたぞ!」

 

 少女はレンの腕を振りほどき、自分から男へ踏み込んだ。

 

 逃げない。

 

 殴りにいく。

 

 少女の拳が男の腹に入る。

 

 男は呻いた。

 

 だが、体格差がありすぎた。

 

 倒れない。

 

 逆に男の手が、少女の肩を掴もうとする。

 

 レンは木刀の柄に触れた。

 

 事情は分からない。

 

 少女は高そうな服を着ている。

 

 貴族の娘かもしれない。

 

 男たちが本当に悪人なのか、ただの使用人なのかも分からない。

 

 だが、手つきが乱暴だ。

 

 子供を保護する動きではない。

 

 捕らえて、力で押さえ込む動きだった。

 

 レンは一歩踏み出した。

 

「その子、嫌がってます」

 

 男たちがレンを見る。

 

「なんだ、お前」

 

「関係ねえだろ」

 

「あります」

 

「は?」

 

「子供を二人がかりで追い回してるなら、関係あります」

 

 少女がぎろりとレンを睨んだ。

 

「子供じゃないわよ!」

 

「そこ?」

 

「そこよ!」

 

 怒鳴り返す声が強い。

 

 この状況でも勢いが落ちない。

 

 妙な少女だと思った。

 

 だが、その間にも男の一人が腰へ手を伸ばした。

 

 短剣。

 

 抜こうとしている。

 

 町中。

 

 人目がある。

 

 相手は子供。

 

 それでも刃物を出そうとした。

 

 なら、もう迷う必要はない。

 

 レンは木刀を抜いた。

 

 周囲がざわめく。

 

「やめとけ、坊主」

 

「衛兵を呼べ!」

 

「相手は大人だぞ!」

 

 声が飛ぶ。

 

 だが、衛兵が来るまで待てば、その間に少女が捕まる。

 

 短剣の男が先に動いた。

 

 子供相手と見て、完全に舐めている。

 

 刃を見せつけるように振り上げ、脅し半分で踏み込んでくる。

 

 レンは息を吐いた。

 

 相手の肩。

 

 肘。

 

 足。

 

 短剣の角度。

 

 振り下ろす軌道は大きい。

 

 予備動作も見える。

 

 なら、十分だ。

 

 レンは半歩だけ内側へ入った。

 

 短剣の線から外れる。

 

 大きく避けない。

 

 逃げすぎれば次が遅れる。

 

 短剣が空を切る。

 

 その瞬間、木刀を一息で落とした。

 

 袈裟ではなく、手首へ。

 

 必要な場所へ、必要なだけ。

 

 木刀が男の手首を打つ。

 

「がっ!」

 

 短剣が石畳に落ちた。

 

 レンは木刀を戻しすぎず、そのまま柄を男の鳩尾へ入れる。

 

 男の身体がくの字に折れた。

 

 息を吐けずに膝をつく。

 

 一人。

 

 もう一人は、少女へ掴みかかっていた。

 

 少女は男の足を思い切り踏みつけた。

 

「ぐっ!」

 

 男が顔を歪める。

 

 少女はそのまま頭突きを入れようとする。

 

 しかし、男は怒りに任せて腕を振った。

 

 大きな平手が、少女の顔へ向かう。

 

 レンは足を出した。

 

 距離は少しある。

 

 ここで必要なのは、相手を倒す一撃ではない。

 

 間に入る一歩だ。

 

 重心を落とし、前へ滑る。

 

 深く入りすぎない。

 

 少女と男の間に身体を差し込む。

 

 男の平手が届く前に、レンの木刀が下から手首を打った。

 

 平手の軌道が跳ねる。

 

 男が驚きで目を見開く。

 

 レンは続けた。

 

 肘。

 

 肩口。

 

 短く、速く、続けて打つ。

 

 大きく斬りつけるのではない。

 

 動きを止めるための三手。

 

 男の腕が痺れ、肩が落ちる。

 

「このっ!」

 

 それでも男は倒れなかった。

 

 体格差がある。

 

 レンの木刀は真剣ではない。

 

 痛みは与えられても、完全には止めきれない。

 

 男が怒りに任せて、今度は拳を振り下ろそうとする。

 

 レンは木刀を正面に戻した。

 

 受けるな。

 

 子供の腕で大人の拳を正面から止めれば、身体ごと潰される。

 

 半歩横へ外れる。

 

 拳が空を打つ。

 

 男の重心が前へ流れる。

 

 そこへ、木刀の先を膝裏へ入れた。

 

 強く斬るのではない。

 

 引っかける。

 

 崩す。

 

 男の膝が折れる。

 

 前のめりになったところへ、レンは木刀の柄を肩甲骨の下へ押し込んだ。

 

 男が地面に手をつく。

 

 その首筋に、木刀の先を添えた。

 

「動かないでください」

 

 声は震えていなかった。

 

 少なくとも、自分ではそう思った。

 

 周囲が静まり返る。

 

 少女も、口を開けてレンを見ていた。

 

 短剣を落とした男が起き上がろうとする。

 

 レンはそちらへ視線だけを向けた。

 

 木刀を首筋から離すわけにはいかない。

 

 だが、相手が短剣を拾うなら、次は足を使うしかない。

 

 そう判断した時、通りの向こうから怒声が響いた。

 

「そこまでだ!」

 

 衛兵たちが走ってきた。

 

 男たちの顔色が変わる。

 

 逃げようとしたが、野次馬たちが道を塞いでいた。

 

 二人はすぐに取り押さえられた。

 

 衛兵の一人が少女を見て、顔を引きつらせる。

 

「エリス様……またですか」

 

 少女は胸を張った。

 

「またじゃないわよ! あいつらが変なこと言ってきたの!」

 

「護衛を振り切って町中を走られては困ります」

 

「だって遅いんだもの!」

 

 エリス。

 

 それが少女の名らしい。

 

 様付けで呼ばれている。

 

 高そうな服。

 

 衛兵の態度。

 

 やはり、ただの町娘ではない。

 

 レンは木刀を下ろし、男たちが完全に取り押さえられたことを確認してから、ゆっくり息を吐いた。

 

 手首を打つ。

 

 肘を打つ。

 

 肩を落とす。

 

 膝を崩す。

 

 普通の打ち込みと、型の入口だけで足りた。

 

 戦いとは、覚えた技を見せる場ではない。

 

 必要な一手を出す場だ。

 

 レンはそう思った。

 

 その時、エリスがずんずんと近づいてきた。

 

「あんた!」

 

「何?」

 

「今の何よ!」

 

「今の?」

 

「最初の動き! すっと入ってきたやつ!」

 

「大亀流の歩法」

 

「歩法?」

 

「踏み込みの稽古でやる」

 

「ただの踏み込みじゃないでしょ!」

 

「まあ、普通ではないと思う」

 

 エリスは眉を寄せた。

 

「もう一回やりなさい」

 

「ここで?」

 

「今すぐ!」

 

「嫌だ」

 

「なんでよ!」

 

「人が多いし、危ない」

 

「じゃあ場所を変えればいいじゃない!」

 

 助けた礼より先に技を見たがる。

 

 レンは呆れかけた。

 

 だが、エリスの目を見て少し納得した。

 

 怒っている。

 

 悔しがっている。

 

 知らない動きを見たことに、我慢できない顔だ。

 

 この少女は、強さに反応している。

 

 エリスはレンをじろじろ見る。

 

「あんた、何者?」

 

「レン・クロガネ」

 

「名前じゃなくて!」

 

「大亀流の見習い」

 

「オオガメリュウ?」

 

「大亀流」

 

「知らないわ!」

 

「山奥の流派だから」

 

「ふうん」

 

 エリスは腕を組んだ。

 

 そして、勝手に何かを決めた顔をした。

 

「あんた、うちに来なさい!」

 

「は?」

 

「泊まるところ、ないんでしょ?」

 

「まだ探してないだけ」

 

「じゃあ、ないのと同じよ!」

 

「同じじゃない」

 

「うちに来ればいいわ。その代わり、さっきの動きを見せなさい!」

 

 あまりにも一方的だった。

 

 レンは返事に困る。

 

 衛兵たちも困った顔をしていた。

 

「エリス様、それはさすがに……」

 

「何よ。こいつ、私を助けたのよ? 礼くらいするのは当然でしょ!」

 

「礼と称して手合わせを求めるのは違うと思いますが」

 

「じゃあ、礼をしてから手合わせすればいいじゃない!」

 

 衛兵が頭を抱える。

 

 その時、通りの奥から別の一団が現れた。

 

 明らかに衛兵とは違う。

 

 身なりの良い護衛たち。

 

 その先頭に、一人の女性が歩いている。

 

 褐色の肌。

 

 筋肉質な身体。

 

 腰に差した剣。

 

 獣のような鋭い目。

 

 その姿を見た瞬間、レンの背筋が粟立った。

 

 強い。

 

 見ただけで分かる。

 

 玄斎とは違う。

 

 宗一郎とも違う。

 

 だが、間違いなく強者だった。

 

 女性の視線がエリスへ向く。

 

「エリス様」

 

 低い声。

 

 エリスの肩がぴくりと動いた。

 

「ギレーヌ……」

 

「また護衛を振り切りましたね」

 

「振り切ってないわ。あいつらが遅いのよ!」

 

「それを振り切ったと言います」

 

 ギレーヌと呼ばれた女性は、次にレンを見た。

 

 その目が、腰の木刀、足の置き方、肩、呼吸を一瞬でなぞる。

 

 レンは動かなかった。

 

 動くべきではないと身体が判断した。

 

 不用意に構えれば、その瞬間に斬られる。

 

 そう感じた。

 

「お前がエリス様を助けたのか」

 

「結果的には」

 

「名は」

 

「レン・クロガネです」

 

「流派は」

 

「大亀流です」

 

「聞かない流派だ」

 

「山奥の道場なので」

 

 ギレーヌは無言でレンを見た。

 

 軽んじている様子はない。

 

 知らないものを知らないまま見ている。

 

 それが、逆に怖かった。

 

 エリスが横から割り込む。

 

「ギレーヌ、こいつ変な動きをしたのよ!」

 

「見ていました」

 

「見てたの?」

 

「はい」

 

 レンは少し驚いた。

 

 いつから見ていたのか。

 

 気づかなかった。

 

 ギレーヌはレンに言う。

 

「速い踏み込みだ」

 

「ありがとうございます」

 

「だが、まだ浅い」

 

 レンは息を止めた。

 

「はい」

 

「一人目はよかった。二人目に入る時、少し足が浮いた」

 

「……はい」

 

「相手が剣士なら、その瞬間に斬られる」

 

 胸に重く響いた。

 

 玄斎と同じだ。

 

 いや、言い方は違う。

 

 だが見ている場所は似ている。

 

 ただ勝ったかどうかではない。

 

 どこで死ぬかを見ている。

 

 レンは深く頭を下げた。

 

「覚えておきます」

 

 ギレーヌの目がわずかに細くなる。

 

「素直だな」

 

「師匠にもよく言われるので」

 

「何を」

 

「今ので死んでいた、と」

 

 ギレーヌは少しだけ口元を動かした。

 

 笑ったのかもしれない。

 

 エリスは不満そうに頬を膨らませた。

 

「ねえ、こいつを屋敷に連れていっていいでしょ!」

 

「なぜです」

 

「私を助けたから!」

 

「礼なら金を渡せば済みます」

 

「手合わせするの!」

 

「それは礼ではありません」

 

「じゃあ、礼もして手合わせもする!」

 

「エリス様」

 

 ギレーヌはため息をついた。

 

 だが、完全に否定はしなかった。

 

 彼女はレンを見た。

 

「お前はどうしたい」

 

 レンは少し迷った。

 

 宿を探すつもりだった。

 

 仕事も探さなければならない。

 

 貴族の屋敷に関わるのは、面倒かもしれない。

 

 だが、目の前にはギレーヌがいる。

 

 この人の剣を見られるなら、それだけで価値がある。

 

 そしてエリス。

 

 乱暴で、短気で、礼より先に技を見たがる少女。

 

 だが、あの踏み込みと目の強さは本物だった。

 

 この町には、道場にはなかった剣がある。

 

 レンはそう思った。

 

「迷惑でなければ」

 

 レンは答えた。

 

「少しだけ、お世話になります」

 

「決まりね!」

 

 エリスが勝ち誇ったように笑う。

 

 ギレーヌはもう一度ため息をついた。

 

「旦那様に説明が必要ですね」

 

 エリスは気にもしていない。

 

「ついてきなさい、レン!」

 

「分かった」

 

「あと、さっきの動き、絶対見せなさいよ!」

 

「場所を選ぶ」

 

「庭でやればいいわ。うちの庭、広いもの!」

 

 貴族の庭。

 

 レンには想像がつかなかった。

 

 だが、エリスが言うなら本当に広いのだろう。

 

 歩き出したエリスの後ろを、レンは少し距離を置いてついていく。

 

 ギレーヌが隣を歩いた。

 

 その存在感だけで、レンの肩に力が入りそうになる。

 

 それを意識して抜いた。

 

 ギレーヌが横目で見る。

 

「力を抜く癖はあるようだな」

 

「師匠に叩き込まれました」

 

「いい師だ」

 

「怖いですけど」

 

「怖い師は、大抵いい師だ」

 

 そう言われると、少し納得できた。

 

 エリスが振り返る。

 

「何を話してるのよ!」

 

「剣の話です」

 

「私も混ぜなさい!」

 

「屋敷に戻ってからです」

 

「もう!」

 

 赤髪の少女が怒鳴る。

 

 強い剣士が呆れる。

 

 レンはその後ろを歩く。

 

 ロアに来て、まだ半日も経っていない。

 

 それなのに、貴族の少女と出会い、その護衛の剣士に動きを見られ、屋敷へ向かうことになった。

 

 武者修行とは、もっと地道に進むものだと思っていた。

 

 だが、外の世界は道場の予定通りには動かない。

 

 相手は待たない。

 

 出来事も待たない。

 

 フィットア領ロア。

 

 赤髪の少女、エリス。

 

 獣のような剣士、ギレーヌ。

 

 そして、まだ見ぬボレアス家。

 

 レン・クロガネの武者修行は、思いもしない形で次の場所へ転がり始めていた。

 

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