pixivで連載していた本作を、ハーメルンにも投稿することにしました。
2つのサイトで読者層が違うことにようやく気付き、せっかく書いた作品なので別の環境でも読んでいただけたらと考えています。
感想への返信は基本的に行わない予定ですが、すべて目を通すつもりです。今後の参考やモチベーションになりますので、気軽に書いていただければ幸いです。
完結まで23話、一日1話で投稿予定です。
よろしくお願いします。
きっかけが何だったのかは覚えていない。なにせ物心がつくよりずっと前の、お腹の中から一緒だったのだ。
ご飯を食べるのも、お風呂に入るのも、寝るのだって一緒だった。
私は『兄』のことをずっと近くで見てきた。兄の一挙手一投足を特等席で見続けてきた。
兄からは様々なことを学んだ。
箸の持ち方や文字の書き方に始まり、普段の姿勢や歩き方、剣や魔力の使い方まで。憶えてはいないが、ハイハイのやり方すら兄を真似したのかもしれない。
だけど、時が経つにつれて疑問が浮かんできた。どうしてなのかと心底不思議だった。
兄は平凡だった。容姿・剣術に優れた姉と違い、決して目立たない。 期待はされないが面倒事も起こさない、人畜無害を体現したような存在だった。
私たちの生まれた家は貴族だった。魔剣士と呼ばれる、魔力で身体を強化して戦う騎士を代々輩出する家系で、小さい頃から魔剣士見習いとして育てられている。
魔剣士見習いとしての修行は、あまり意味を感じなかった。
お父さんが「こうやって魔力を興すんだよ」と魔力を使った動きを見せてくれたが、兄がベッドの上でゴロゴロと転がりながら練っていた魔力の方が何倍も綺麗だった。
剣が握れる歳になってもそれは変わらなかった。
訓練は素振りから始まり、身体が温まってきたら適当な大きさの岩を切り刻み、最後にはお姉ちゃんやお父さんと立ち合う。
ただ正直言って、これもあまり面白くはなかった。
お父さんは天才だ神童だと騒いでいたが、私としては兄の真似をしているだけだ。
使う魔力は最小。
間合いを詰めるときは、魔力を脚に集中し、圧縮し、一気に解放する。
剣を振るときは、地面からの力を効率よく伝えるために、無駄な力みが生まれないよう動きの中で滑らかに。そして最後のインパクトの瞬間に、一気に解放する。
ただそれだけ。
それだけで、私の僅かな魔力でもお姉ちゃんに一太刀が入ってしまう。
さすがにお父さん相手だと防がれてしまったが、それでもすごく驚かれた。
そして今、目の前ではその兄がお姉ちゃんにボコられている。
「えやぁぁぁ!」
兄が間抜けな声を上げて突っ込む。とてつもなく遅いし、間合いが少し遠い。
「踏み込みが甘い!」
「うわぁぁ!」
案の定お姉ちゃんに弾き飛ばされた。受け身を取った兄にお姉ちゃんが追撃する、兄は剣を構えて防御しようとして────
(胴、下段、肩口、最後に……首っ!)
そのまま吹き飛ばされ、川へとダイブした。
「ふぇぇ、お姉ちゃん強いよぉ……」
(何やってるんだろう、あのバカは)
兄はいつもああだ。剣筋は基本に忠実で無駄が無く、体重移動なんかの身体操作も完璧なのに、なぜか勝てない。というより勝たない。
さっきも軽く反撃できたはずなのに何もしない、本当に何がしたいんだろうあの兄は。
「成長しないわね、あの子」
お姉ちゃん、クレア・カゲノーはそう言って、首筋に手を当てる。
お姉ちゃんはこのカゲノー男爵家の長女。
黒髪ロングのストレートヘアーで、キリッとした赤い目がカッコよくて可愛い。いつも優しくて綺麗な、私の大好きな姉である。
お姉ちゃんは才能に溢れている。
今だって兄がトドメに動いた幻の一撃を感じ取っていた。多分兄や私の動きから学んでいるんだと思うけど、それだけの成長速度としては異常だ。
「お嬢さま」
内心でお姉ちゃんを褒め称えていると、メイドがやって来た。
「何かしら?」
「奥様がお呼びです。誕生日会の御来賓の方がお見えです」
お姉ちゃんは小さく頷くと、兄の方へ視線をやる。
「シド、しばらく相手をしてあげられないから、シェイにちゃんと訓練を見てもらいなさい」
「はーい!」
ずぶぬれになった兄、シド・カゲノーが元気良く返事をする。お姉ちゃんは私によろしくねと微笑んで屋敷へと戻っていった。
シド・カゲノーは私、シェイ・カゲノーの双子の兄だ。ちなみに、ニ卵性双生児というやつで外見はあまり似ていない。
私はお姉ちゃんに似たと思うけど、兄はあまり似ていない。1つ1つのパーツは整っているが印象に残らない、そんな容姿をしている。
「シド。これ、タオルと換えの服」
「ん、ありがとー」
川から出てきたシドにタオルと着替えを渡す。着替えが終わり次第、剣を構えて2人で向き合う。
正対したまま、動かずに相手を見据える。10秒、20秒、ただじっとシドを見つめている。
「ねえ、いつも思ってるけど、これって何してるの?」
「比べてるの」
「何を?」
「私の現状と理想を」
「ふーん」
私がこの兄から学んだ数多くの事柄の中で、最も感謝しているのは目の使い方だ。
兄は幼い頃から奇行が多かった。初めは「なにかやってるなぁ」くらいの考えで真似をしていただけだったが、慣れれば慣れるほど何をやっているのか理解できなかった。
日常の何気ない動作はどこまでも流麗で、ソファでぼーっと空を見上げながら緻密に魔力を練り上げ、初めて触る剣すらもさらりと使いこなしてみせる。
そして剣術での立ち合いでは、この上なく自然に『負ける』のだ。
そんなありえないくらいアンバランスな兄を見て、ずっと真似してきた。それなり以上の観察眼は身につく。
(さてと)
改めて、目の前の兄を観察する。
──天から糸で吊られているような立ち姿。
兄の姿を一言で表すならこれだと思う。
力みもひずみも無く、ただ自然にその場にある。
前後左右どこへ向かうにも、最小の力で予備動作なく動ける最適な姿勢。
(これが私の理想)
目の前の姿を鏡に見立てて、立ち姿を修正していく。
地面と足の接し方から始まり、膝の曲げ具合、股関節の位置、背骨の連なりに肩甲骨の開き方……挙げていけばきりがない。
(そろそろいいかな)
今日できる最高の立ち姿を再現したところで、今できる最高のパフォーマンスを頭の中で描く。
満足のいく攻撃が描けたその瞬間、剣先を少し揺らす。
(面、小手、胴、袈裟切り、切り上げ、逆袈裟…………ダメだ、全然通じない)
シドの視線が、体軸の動きが、剣先の向きが、全て捌かれると教えてくれる。
実際に剣を交えるとシドは真面目にやってくれないので、兄妹の訓練はいつもこの形だ。
私の攻撃が止むと、お返しとばかりにシドが小さく動いた。
(右手、脇腹、肩、太腿、首、逃げれないっ……脚っ、少し掠った、って突きはまずい結構深く入る……あっ、敗けた)
「ふぅー」
完敗を喫したところで構えを解く。
6撃目で脚に攻撃をもらってしまい、そのまま腹に突きを入れられ、横に掻っ捌かれた。
(相変わらずムカつくくらい
力みが無く自然な剣、予備動作がこの上なく小さいのでいつも後手に回ってしまう。ただ、今の私にはそこまでの技量はないと諦めている。
シドは虚を突くのが絶妙に上手い。
お互いの虚実を完璧に把握した上で、距離の取り方や角度の入れ方を使って相手を弄ぶ。それをフェイントだけで易々とやってのけるのだ、もはや究極の技術と言っても過言ではない。
今日も今日とて神業を見せつけられて苛立ちを抑え切れない私は、目の前のバカにお決まりの質問を投げ掛ける。
「シド、どうして本気でやらないの?」
「本気でやってるよ、お姉ちゃんやシェイが強いだけだって」
「あっそう」
これまたお決まりの答えが返ってきた。明らかに嘘だと分かるからさらにムカつく。なんせ生まれる前からの付き合いだ、すぐ分かる。
「とりあえず戻るよ、シドもお風呂に入らないと風邪ひいちゃうし」
「そーだねー」
間延びした声で返事をしたシドと共に屋敷へ向かう。ふにゃふにゃとした覇気のない顔をしているが、一瞬だけ「今日もやり切ったぜ!」とでも言いたげな顔になった。
その決め顔が微妙にカッコいいのが心底ムカつく。
(本当に、なんでこんなのが私の兄なんだろう?)
シド・カゲノーは、言動はアホ丸出しで、訓練ではわざと負けるし、何を考えてるのかさっぱり分からない。本当にどうしようもないやつだ。
ただ、シド・カゲノーは、とんでもなく強くてごくまれにカッコいいところを見せてくれる、私の唯一の兄である。
シェイ・カゲノー
今作の主人公。シド・カゲノーの双子の妹。
幼い頃からシドの奇行を真似していたため、色々とすごいことになっている。
黒髪で赤い目なのは姉であるクレアと同じ。ただ、クレアよりは目つきが柔らかく、そこはシドと似ている所である。
「shadow(影)→シド」なので、「shade(陰)→シェイ」にしてみました。