選抜大会を終えた数日後、午前中最後の授業が少し早めに終わった。
「今日は生徒会選挙の候補者と応援の生徒会長の演説があります。順番にクラスを回るそうなので、席を立たないように」
先生の言葉に、食堂へ向かうため上げた腰を元に戻す。
……お腹空いたな。
「生徒会選挙ってローズ先輩の続投じゃないの?」
「ローズ先輩は留学生だし、さすがに2年連続は学園のメンツにも関わるからって辞退したらしいわよ」
「へー」
興味ないことには本当にてきとうよね、とお小言を貰った。だってどうでもいいし。
「じゃあ誰が出るの?」
とはいえ他に話題もないので、続きを促してみる。
「1年生の女子が出るそうよ、たしか侯爵家の長女ね」
「侯爵家……」
誰だっけ?
「隣のクラスの子よ。茶髪でショートの」
「……ああ、あの強い人か」
「……他意が無いのは分かるけど、貴女が言うと嫌味に聞こえるわね」
ぼそっと何か聞こえた気がするけど、スルーを決め込む。
実際その女の子は強い。入学時点でなら、アレクシアともいい勝負をしたと思う。確か選抜大会にも出ていて、3回戦まで進んでいたはずだ。
「というかアレクシアはやらないんだ生徒会長」
「いやよ面倒くさいもの」
「ちょっと王女様? しっかりしないとだめですよ?」
「うるさいわね。きっとお師匠様の面倒くさがりがうつったのよ」
否定出来そうにないので、ただ無言で微笑んで誤魔化す。口じゃアレクシアには勝てそうもない。
その時ふと、魔力の違和感に気づいた。
「あれ?」
「どうしたの?」
私は常に微細な魔力を体内で操り制御の訓練をしている。シドの真似だ。
だが、その魔力が突然練れなくなった。
魔力の流れを何かが阻害しているような感覚。さらに細くすれば練れるけど、ちょっと神経を使う。訓練にはちょうどいいかもしれない。
そんなことを考えていると、何かが教室に近づいてくる気配を感じた。
「……なにこれ」
反射的にした魔力探知の結果に驚いていたその瞬間。
突然、凄まじい爆音が轟いた。
教室の扉が吹き飛び、クラスは騒然とする。
直後、抜剣した黒ずくめの男たちが乗り込んできた。
「全員動くな! 我らはシャドウガーデン、この学園を占拠するッ!」
彼らはそう叫んで、出口を固める。
……は?
何言ってんだこいつら。
周囲のどよめく中、私は別の意味で動揺して、そして納得した。
(あー、前に言ってた人斬りってこいつらのことか。というかこっちが本命かな?)
今までの騒ぎは下準備で、学園の襲撃が本命。それならチルドレンの1st、それもネームドまで王都にいたのも理解できる。
屋上付近にいるバカでかい魔力を持ってるのが、そのレックスとやらだろう。
「そのまま席を立つな、全員手を上げろ!」
動ける生徒はいなかった。
魔剣士学園が襲撃されるという現実を、ほとんどの生徒が正しく把握できないでいた。
どうする?
どう動く?
この場限りなら制圧できる。ただ学園全体となると無理、手が足りなすぎる。
「何を言ってるのかしらね」
その時、凛とした声が響き渡った。
腰の剣を抜いて、黒ずくめの男と対峙するのは白髪の少女。
「魔剣士学園を占拠する? 貴方たち本気で言っているの?」
アレクシアが心底滑稽と言った様子で鼻を鳴らした。
「武器を捨てろと言ったはずだぞ、小娘」
「お断りよ」
「ふん、見せしめにはちょうどいいか」
黒ずくめの男も剣を構える。その剣に魔力が流れる寸前。
「ダメだよアレクシア、戦っちゃダメ」
「っ、シェイ! なんで邪魔を……!」
突然の乱入に驚くアレクシアを手で制してから、その掌を上に向ける。
「見ればわかるよ」
可視化された水色の魔力が炎のように揺らぎ、そしてすぐさま消えた。
クラスメイトの顔に動揺の色が浮かぶ。各々魔力を熾そうとして、それができないと分かると恐怖に顔が青ざめた。
魔剣士にとって、魔力は身体の一部みたいなものだ。それが使えなくなるのは、手足を奪われたに等しい。
アレクシアから問いかけるような視線が投げ掛けられる。
首を横に振る。ここで戦っても無駄だ。
それを理解したのか、それとも勝てないと解釈したのかは分からないけど、アレクシアは悔しさを滲ませながら黒ローブの男へ両手を上げてみせた。
「分かったわ……学園を占拠する、大したものね。これから私たちはどうなるのかしら」
よく通る声に、クラスメイトのざわめきもゆっくりと収まる。
男たちも頷きあう。
「今から大講堂に移動する。さっさと動け、妙な気は起こすなよ」
「起こさないわよ」
彼らのうち1人が廊下に出て、アレクシアがその後を追う。残った男たちに急かされて私たちもそれに続く。
反抗する者は誰もいなかった。
◆
〜ローズ視点〜
大講堂に連れてこられたローズは、その蜂蜜色の瞳で黒ずくめの男たちを観察していた。
拘束はされていないが剣は奪われた。
魔力が使えない状況で反抗は無駄。
せめて何かできることを、そう思っての行動だった。
だからこそ、舞台の奥から出てきたモノを見て、絶望した。
全身を鎧に包んだ男。
壇上から大講堂を見渡すその佇まい、溢れ出る濃密な魔力、その実力は達人の域を超えているだろう。もしかするとあのアイリス・ミドガルすら凌ぐか……それはないと思いたい。
どちらにせよ、たとえ魔力を取り戻したとしても、ローズがアレに勝てる見込みは限りなく低い。
無力さに唇を噛んでいると、新たに生徒たちが大講堂へ連行されて来た。
「ローズ先輩」
「アレクシアさん」
その一部がアレクシアを先頭にこちらへ向かってくる。
その中にとある人物を見つけ、ローズは身を固くした。
「シェイ・カゲノーさん……」
「はい、ローズ先輩ですよね。初めまして」
シェイは軽く会釈してから、ローズの後ろへ目をやる。
「ヒョロ君とジャガ君もいるってことはシドのクラスですよね」
「はい、生徒会の件で偶々……」
生徒たちの空気が重くなったのを背中に感じる。
ここにいる誰もが、あの血に染まった光景を覚えている。
ローズだってそうだ。
彼を抱きかかえた時の、その体温を覚えてる。
大量の血を吐き出した時の、苦しげな声を覚えている。
血に塗れながら微笑んだ、最後の瞬間を覚えている。
彼の記憶はローズの中に刻み込まれ、これからも決して色褪せることはない。
「それで、シドはどこに?」
だからこそ、これを言うべきはローズ以外にいない。
王女として、生徒会長として、幾度となく作り上げた毅然な態度を無理矢理に作る。
「シド君は、亡くなりました」
「ぇ……」
彼女は時が止まったように……
目を見開いてローズを見ていた。
「魔力が使えない中戦おうとした私を庇って、そのまま……」
「……そう、ですか」
シェイがぽつりと呟く。
唐突過ぎる訃報を自分の中で飲み下そうと、目を瞑ってふーっと大きく息を吐く。
吐いた分大きく息を吸って、最後にふっと漏らす。
「わかりました」
目を開いたシェイは笑っていた。
「ローズ先輩が気にすることじゃないですよ。バカな兄がバカな事を仕出かしただけです」
兄の死など無かったかのように、穏やかで、柔らかな笑みを浮かべていたのだ。
その口の端が、微かに歪んでいることを除けば。
「あ、ぁぁ……」
ローズの声が震えた。
ローズがシェイと話すのはこれが初めて。彼女の為人は知りようもないが、一国の王女として情報収集は怠っていない。
シェイ・カゲノーの噂には、彼女が強い弱いといった議論の他にもう1つ。姉と兄をとても慕っているというものがある。
辛くないわけがないのだ。
悲しくないわけがないのだ。
それでもなお気丈に振る舞うシェイの姿に、血濡れの顔で微笑んだ、1人の少年の姿が重なった。
視界が滲むのを感じた。
流すわけにはいかないと、必死にこらえる。
彼女が泣いていないのに、ローズが泣いていいわけがない。
「ありがとう、シェイさん」
彼を失った悲しみも、こみ上げる不安も、今は胸にしまい込もう。
顔を上げて、皆を引っ張っていくのだ。
彼の想いを無駄にしないと、そう誓ったのだから。
◇◇◇
〜グレン視点〜
「副団長ォォォッ!」
部屋の中に絶叫が響いた。
マルコ・グレンジャー、『紅の騎士団』の後輩であり、将来の騎士団長候補として嘱望される優秀な騎士だ。
そんなマルコが、今や完全に冷静さを失っている。
グレンを斬り捨てた赤いバンダナを巻いた男──『叛逆遊戯』のレックスと名乗っていた──へと正面から斬りかかる。
魔力が使えない状態で、そんな雑な攻撃が通じるはずもなく。レックスは剣を軽く振っただけで、マルコを壁まで吹き飛ばした。
その一動作だけで、レックスが強者であるとわかる。仮にグレンが魔力が使えたとしても苦戦は免れないだろう。
だが、ここで諦めてはいけない。
「なんだぁ? まだやんのかお前」
グレンたちに与えられた任務はアーティファクトの保護、並びにシェリー・バーネットの護衛だ。
せめて彼女が逃げる時間は稼ぐ必要がある。
あわよくば、壁際で気を失っているマルコが生き延びられるように。
レックスは確かに強い。ただ、コイツは戦いを、殺しを楽しむタイプだ。
自身の剣を魔力無しで受けたグレンに興味を持った。名乗りを上げた。対して雑な攻撃をしたマルコは煩わしげにあしらった。
「たった一撃だろう。まだ俺は立っているぞ」
グレンは獰猛な笑みを浮かべてみせる。
虚勢なのは悟られているだろう。それでも、レックスはノッてくる。
「そうか、そうこなくっちゃな」
レックスが愉しげに剣を構え直す。
次の瞬間、レックスの姿が消えていた。
考える前に身体が動いた。
ガキィッッ!!
凄まじい衝撃と共に、グレンは吹き飛ばされ床を転がる。暗転しそうになる意識と、転げ落ちそうになる剣を、必死に繋ぎ止め即座に立ち上がる。
今の一撃に反応できたのは、技術と経験、そして運だった。正確に言えば読み。レックスが人を痛めつけるならどこを狙うか。それを予測しただけの事。
「やっぱりいいなぁお前! まだまだいくぜぇ!」
レックスの攻撃が勢いを増した。
そのほとんどが防げず、グレンの身体を掠めていく。避けているのではない、レックスはわざと掠らせているのだ。
頭に、腕に、腹に、足に。少しずつ傷が増え、深くていく。動きが鈍くなるグレンを、レックスは嗤いながらいたぶる。
そして、ついに崩れ落ちた。
「終わりだ」
霞む意識の中、振り下ろされる剣ははっきりと認識できた。
そして理解した。
これは今までのように痛めつけるためではなく、殺すためのものだと。
死ぬ前に走馬灯を見るというのは嘘だったらしい。
見えたのは自身を殺す剣。
何千倍にも回転を引き上げられた脳が、その軌道を明瞭な映像にして伝えてきた。
ゆっくりと目を閉じる。
そして斬撃が──
──来ない。
目を開けると、1人の男がグレンとレックスの間に立っていた。
漆黒のコートに身を纏い、漆黒の剣を手にした者。
背中を向けられているため顔は見えないが、その後ろ姿だけでも只者ではないとわかる。
「魔力が使えない中、見事であった」
深淵から響くような声。
剣を受け止めつつ、肩越しに振り返った男はそう告げると、レックスに向き直った。
「我が名はシャドウ」
シャドウ……シャドウガーデンの主の名だ。
「シャドウガーデンの名を騙る愚者よ。その罪、その命で償うがいい」
「あぁ? 本物のシャドウガーデン様のお出ましかぁ?」
どういうことだ。
シャドウとレックスが敵対していて、名を騙った……?
レックスが距離を取った。その顔に獰猛な笑みを浮かべて。
「いいじゃねえか、つまんねえ相手で退屈してたんだ」
魔力が空気を震わせる。レックスの膨大な魔力が周囲を威圧する。
対峙するシャドウは動かない。魔力を興す気配すら無い。
「せいぜい楽しませろよ、シャドウガーデンさんよぉ!」
何が起こったのかは、よくわからなかった。
グレンに見えたのはほんの一部。
レックスが床を踏みしめた瞬間、間合いを詰めていたシャドウが剣を振るい、気づけば血飛沫が舞っていた。
血溜まりを作り、動かないレックスを見れば、その結末は明らかだった。
「お、お前、は……」
死に瀕した身体で、グレンは口を開いた。
わかったのだ。わかってしまったのだ。
シャドウの剣は遥か高みにある。それこそ王国最強のアイリス王女よりずっと高みに。
幾多もの技術が融合され、淘汰され、研ぎ澄まされた、弛みない修練の先にある剣。 グレンはそこに悠久の時を感じた。
未だかつて見たことのないほど完成された剣だった。
「おまえ、たちの、目的は……」
だからこそ聞かなければならない。この男の目的を。
この男が王国の敵になればその脅威は計り知れない。
シャドウは何も答えなかった。
ただ右手をグレンへとかざした。青紫の光が降り注ぐ。
温かなその光に包まれて、消え逝くはずの命を救われていくのを、理屈ではなく、本能で理解した。
傷が癒えていくとともに、意識が遠くなってきた。必死にしがみつきながら、再度口を開く。
「シェリー…バー……ネットを……」
都合のいい願いだ。手のひら返しもいいとこだ。
グレンは力なく笑う。
「桃色髪の……少、女だ…………頼む」
この男がそれを聞き入れるかも分からないし、そもそも味方であるかも怪しい。
それでもきっと、この男ならきっと。そう思ってしまった。
「今は眠れ。勇敢なる戦士よ」
その言葉を最後に、グレンは意識を手放した。
◆
〜ニュー視点〜
「──ニューか?」
「はい。シャドウ様」
名を呼ばれ、音もなく部屋に入る。
気配は消していたつもりだが、それほど驚きはない。彼ならばニューの潜伏を見破ることなど容易いのだから。
漆黒のローブを解いたシャドウ、彼の制服は血に塗れていた。
そのまま倒れている騎士に魔力を注いでいる。
「シャドウ様、報告いたします」
「うん」
シャドウが頷いた。
「現在シャドウガーデンは、ガンマ様の指揮の下、私を含む数人が学園に潜伏し情報収集に努めております」
「うん」
「黒ずくめの男たちは、生徒たちを人質に大講堂に立て籠もっており、現状彼らからの要求はないようです。騎士団も動き出したようですが、魔力が制限されたこの状況下では、戦力として期待できそうにありません」
「うん」
「我々も王都にいる戦力を集めていますが、普段通り動けるのは七陰の皆様ぐらいです……現在王都にいるのはガンマ様だけですので……その、ガンマ様はあまりこういったことが得意ではないというか……」
「センスゼロだね」
「あの……はい。わ、私も普段の半分ほども力が出せませんので……」
「そっか」
「ですが、魔力が制限された状況はそう長くは続かないとガンマ様は予測しており、無理をせずそれまで待てばいいと」
「うん」
「シャドウ様からの指示がなければ、動きがあるまで待機ということになりますが」
「うん」
「よろしいでしょうか?」
「うん……あ、ちょっと待った」
「はい」
「シェイって今どこにいるの?」
「シェイ様も他の生徒と同様に大講堂にいらっしゃいます」
「そっか」
視線は変わらず手元に向けられているが、その声に安堵が混じっていたのをニューは感じ取った。
「よし、これでいいかな。そっちの人は大丈夫そうだし」
魔力を注ぐのを止め、シャドウが立ち上がる。
「とりあえずは夜までじっくり作戦だ」
なんてことない口調で告げるシャドウ。不安や緊張が微塵も感じられない。
「畏まりました。あの、夜というのは何か理由があるのですか?」
おそらく彼には『何か』が見えている、ニューには見えない何かが。
なぜ、夜と明確にわかるのか。その謎がどうしても解けない。
だからニューは恥を忍んで訊ねた。
「別に大した理由はないよ。黒いロングコートが映えるのは夜だよねって話」
「…承知致しました」
嘘だ。
そんな馬鹿みたいな理由な訳がない。シャドウもニューが信じていない事は百も承知だろう。
ならばニューに伝えない理由はただ1つ、まだ知るべきではないからだ。
「それと、いくつか頼みがあるんだけど」
「何なりとお申し付けください」
「この2人外まで運んでくれない?」
「畏まりました」
魔力は使いづらいが、男2人を運ぶ程度なら造作もない。隠密もニューの得意分野の1つだ。
「それが終わって、ガンマへの報告もあるのかな……終わったら僕の近くで待機してて。用ができたら呼ぶからさ」
「畏まりました」
やはりと確信する。
シャドウには既にこの状況の最適解が見えているのだ。
「これからシャドウ様はどちらへ向かわれるのですか?」
「シェリーって子の手助けをね」
「シェリー・バーネット、でしょうか……?」
「そうそう、よく知ってるね」
知らないわけがない。アーティファクトの研究解析において、王国最高峰の知識を持つとされる天才少女だ。
この緊急事態にシャドウ自ら?
つまり、今回の事件にはアーティファクトが関係しているということだろうか……?
……これ以上はガンマの指示を仰ぐべきだ。
「畏まりました」
「それじゃあよろしくね」
腰を折ったニューの隣を抜けて、シャドウは部屋をあとにする。
倒れている2人に意識を向ける。
「紅の騎士団『獅子髭』のグレン……それに、マルコ・グレンジャー」
浅い傷はいくつか残っているものの、致命傷は1つもなく、呼吸も正常の範囲内だ。
なぜシャドウが2人を助け、治癒したのか。それが分からないほどニューは鈍くない。
マルコはかつて、ニューの許婚だった男だ。
優秀な魔剣士であり、正義感も強かった。愛情こそ最後まで抱けなかったが、いい人であることは確かだった。
もし死んでいたとしても、ニューはそれほどショックを受けなかっただろう。所詮は過去の事だ。
ただ、生きられる状況なら生きてほしいと思う。
その程度には愛着が残っていた。
「ありがとうございます、シャドウ様」
聞こえないとは分かっていても、ニューは小さな声で呟いた。
「多少の埋め合わせはしとかないと……あの子を怒らせたら、あとが怖いからね」