どうしようもない兄を持ちまして   作:slo-pe

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欠陥シナリオと嫌いなこと

 

 

 いやーよかった。

 

 かーなーりよかったね。

 

 最初は埋め合わせのつもりだったけど、よくよく考えればめちゃくちゃ良いシチュエーションだった。

 魔力が使えない中必死に戦う騎士団、しかし状況は絶望的、ついに訪れた絶体絶命のピンチ。

 そこに颯爽と現れる陰の実力者。

 

 背中に守るのが小柄でアホ毛な天才美少女ってのもポイント高い。

 改めてシェリーって属性もりもりだね。やっぱり今回のメインキャラはシェリーで間違いない。

 

 あのバンダナ君もイイ味出してた。如何にもな高笑い、痛めつける戦い方、かませっぽいセリフ、顔も悪人面だったし、名脇役として雇いたいぐらいの逸材だったな。

 最後の一撃を防いだのとか、悪役を瞬殺したのとか、意識が途切れる瞬間のセリフとか、陰の実力者としては十分すぎるくらい。

 やりたいことリストも大分達成できたし、お楽しみは夜までお預けだ。

 

「その間はメインシナリオのお助けモブでもしますか」

 

 廊下を歩く黒ずくめの男を背後から絞め殺して、そのまま空き教室に放り込む。

 

「まったく、ひどい欠陥シナリオだ」

 

 廊下の先には、亀みたいな速度で歩いているシェリーちゃん。警戒してるつもりなんだろうけど、正直隙だらけ。

 

 うん、無理だ。

 彼女では絶対にシナリオ攻略できない。こういう場合は必ず相棒キャラがいるはずなんだけど、そんな気配はどこにもなかった。

 今だってキョロキョロと辺りの様子を窺いながら進んでるから足元が疎かになってるし。

 

「あっ!」

 

 ほらコケた。

 ため息を堪えつつ、僕は最速で駆けた。

 倒れ込むシェリーの身体と、宙に投げ出された大きめのペンダントをキャッチする。

 

「大丈夫?」

「シド君!」

 

 シェリーは僕が来たことに驚いて、そして制服を見てギョッとした。

 

「大丈夫ですか!? 酷い怪我……」

「大丈夫、奇跡的に一命を取り留めただけだから全く問題ない」

 

 それよりもだ。

 

「色々と言いたいことがある。考え事しながら歩くのはやめましょうとか、独り言はやめましょうとか、足元に注意しましょうとか……」

 

 あ、結局ため息出ちゃった。

 でもこれは仕方ない。言葉にするとヤバイ。ヤバすぎるよシェリーちゃん。

 

「でもまずは、ペタペタうるさいそのスリッパを脱ごうか」

 

 

 

 

 あのバカ絶対しばく。

 

 この前約束したばかりなのに、速攻で破るなんてありえない。少しでも期待した私が馬鹿みたいだ。

 

 ローズ先輩を庇った?

 あのアホがそんな殊勝な行動をするわけない。どうせ一番最初にやられるのはモブの役目だとかそんな理由だろう。

 

 その行動を責めることはできない。

 シドが動かなければローズ先輩は殺されていたらしいし、副産物としてシドが自由に動けるのも大きい。シド・カゲノーとしてここにいたら何の役にも立たないけど、シャドウとして裏で動けるならこの状況を打破できるかもしれない。

 結果論で言えば、シドの行動は正しかった。

 

 だからこそ、気持ちの持っていき場がない。

 

(あーもう……ほんときらい)

 

 内心どれだけ苛立っていても、それを悟られてはいけない。気を紛らわせるために周囲を見渡す。

 

 アレクシアにローズ先輩、クラスメイト、見知らぬ生徒。大講堂に集められた魔剣士学園の1,2年生全員。今思えば、3年生が居なくて良かった、お姉ちゃんがいたら死ぬと分かっていても彼らを許さなかったはずだから。

 

 壁際には黒ずくめの男が約100人、2階には銃を持ったのが12人。人質になった生徒と比べれば少ないけど、全員が並の騎士より強い。魔力が使えないこの状況下では絶望的な戦力差。

 

 そして壇上には、『痩騎士』という全身を鎧に包んだ長身の魔剣士。

 

(なんでこんな事したんだろう……)

 

 ()とは一度会っただけだけど、こういう事に興味があるとは思えなかった。

 

(……まあいいか、どうせ考えてもわからないし)

 

 魔力探知で校内を探る。教団のメンバーがたくさんと、ガーデンから数人が潜伏済み。

 気になる反応は2つ、シドとシェリー先輩。なんでか一緒にいるっぽいけど、理由は興味ない。

 あの世界に愛されているとしか表現できない天運。シェリー先輩じゃなきゃできない何かがあるんだろう。

 これ以上分かることはないし、シドが動くまで待機だ。

 

 

 

 そう決めてから数時間、既に日は沈んでランプの光が講堂を照らしている。

 変わったことと言えば、ガーデンのみんながこの大講堂の近くに来ていること、シドとシェリー先輩が動き出したこと。

 あと少しの辛抱、そう気を引き締めた瞬間。

 

 バァン! 

 

 銃声が鳴り響いた。

 

「よぉし、1匹目~」

 

 バァン! 

 

「2匹目も命中~」

「情けねえなぁ、庶民のおもちゃ如きで」

「魔剣士の恥だな、恥」

 

 血を流して苦しむ様子を見て、嗤う声が聞こえる。

 壇上の()は何も言わない。

 

(……ああ、貴方はそうするんですね)

 

 彼の事をいい人だと思った。シェリー先輩に向けた優しさとか、武に対する真っすぐな気持ちとか、尊敬できる人だなって思った。

 でも、彼は越えてはいけない一線を越えた。

 

 2階で何か言っている、カスみたいなやつは後で真っ先に殺す。

 これ以上は手を出させない。

 

 この状況を作るまでにも、警備員たちを何人も殺したはずだ。その事実からは目を逸らした。知らない人、見えない場所での出来事だから。

 ここに連れて来られた直後、反抗した教師が殺された。その事実からも目を逸らした。知らない人だったし、現状も客観視できずに敵の力量を見誤ったのが悪い。そう言い聞かせて。

 だけどこれは──

 

 ──動いちゃいけない。痛そう。今この状況で動けるのは明らかに普通じゃない。助けなきゃ。少しじゃ済まないくらいの面倒事に巻き込まれそうだ。なんとか誤魔化せる方法で。

 

 止めろと叫ぶ理性と行けと叫ぶ感情。どっちを取るか、私の中で結論は出ていた。思考するのはその方法だけ。

 

「……うん」

 

 ブチッという小さな音と共に、私はゆっくりと立ち上がった。

 

 

◇◇◇

 

 

〜アレクシア視点〜

 

 状況が動いてほしいと願っていた。現状を打破するため何か起こってほしいと。

 しかし、こんな変化は望んでいなかった。

 

 バァン! 

 

 銃声が鳴り響いた。

 

「よぉし、1匹目~」

 

 バァン! 

 

「2匹目も命中~」

「情けねえなぁ、庶民のおもちゃ如きで」

「魔剣士の恥だな、恥」

 

 2階からの嘲る声と、撃たれた2人の苦鳴。

 

「ローズ会長……!」

「アレクシア様……!」

 

 縋るような声が掛けられる。だけど今動いたところで状況は好転しない、むしろ悪化してしまう。

 

「ダメだ……!」

 

 どんなに苦しくとも今は耐え忍ぶほかない。

 

「くそっ……」

 

 みな歯を食いしばって自分を抑えるのに必死だった。

 だからこそ、誰も彼女が動いたことに気が付かなかった。

 

「ストップです」

 

 場違いに穏やかな声。

 隣にいたはずのシェイが、いつの間にか壇上へ歩いていた。

 

「ちょ、シェイ……!」

「シェイさん!」

 

 アレクシアとローズが声を投げるが、シェイは振り向きもしない。

 壇上まであと5メートルまで近づくと、シェイは立ち止まった。

 

「銃を下ろさせてください。生徒を撃っても何も得はないですよね?」

 

 何てことないような口調で、とんでもないことを要求した。

 

「断ると言ったら、どうする?」

 

 ズンッと。体が重くなる感覚を覚えた。

 痩騎士から溢れ出す濃密な魔力を前にして。この生物は危険だと、逃げ出せと、許しを請えと。本能がそう叫んでいる。

 

「そう言われたら仕方ないですね」

 

 対峙するシェイは悠然と微笑んだ。たとえ虚勢だとしても、あのバケモノを前にして笑えているのだ。

 右手の親指と人差し指を直角に立て、人差し指の先を斜め上に向けた。その形はまるで……

 

(指鉄砲……?)

 

 そんなもので何をするつもりなのか、そう思った瞬間。

 

「ばんっ」

 

 シェイののんびりした声の直後、2階からガシャンと何かが落ちる音が響いた。

 思わず上を向くと、黒ずくめの男が1人、少し離れた場所にある銃を慌てて拾っているのが見えた。

 

(銃を弾き飛ばした……? どうやって……?)

 

 魔力は使えないはずなのにどうやって。魔力を使えたとしてもあんな離れた場所にどうやって。

 

「銃を持ってるのが12人。引き金を引くのと頭に穴が開くの、どっちが速いか競争になりますね」

 

 アレクシアの困惑を他所に、シェイは笑顔のまま告げた。その横顔はいつものように可愛らしいのに、同時に底知れないものを感じさせる。

 

「私はどっちでもいいですけど、どうしますか?」

 

 ゆっくりと身体から滲み出すような声。

 その言葉はとても優しい響きで、けれどこの場を支配するほど強い何かをもって、大講堂を満たした。

 

「…いいだろう」

「ありがとうございます」

 

 シェイは丁寧に一礼して、壇上に背を向けた。

 こちらに歩く姿はあまりに無防備に見えるのに、誰も彼女から目を離さない、痩騎士ですらその背中をじっと見つめている。

 

「あ、そうだ」

 

 シェイの歩みが止まり、痩騎士に振り返る。再度大講堂に緊迫が走る。

 シェイが胸の前で手を打ち合わせた。

 

「傷薬とか包帯ってあります? 2人ともお腹撃たれてるので治療しないとまずいんですよ」

 

 何てことないような口調で、二度目のとんでもない要求をした。

 

 

 

「ただいま、ごめんね勝手に行動して」

「…いえ」

 

 戻ってきての一言目に謝罪。ただでさえ文句を言えるはずもないのに、さらに何も言えなくなってしまう。

 

「シェイさん、ありがとうございます。本来なら私がやるべきことを……」

「いいえ、許可なく動いてすみませんでした」

 

 シェイはローズへ向けて首を横に振ると、アレクシアの隣に腰を下ろした。

 ふと、その服装に違和感を覚えた。

 何かが違う。そう思い自身の制服と見比べると……

 

 ……ボタンだ。

 

 左の袖口のボタンが1つない。引きちぎられたように糸が残っているだけだ。

 

(まさか、ボタンを……?)

 

 右手の大袈裟な指鉄砲は目くらまし。本命は高速で飛ばしたボタン。それならば一応納得はできる。

 ただ、この状況でそれができるのかと。半信半疑でシェイをじっと見つめる。それに気づいたシェイは、ぱちぱちと目を瞬かせて、嬉しそうに笑った。

 アレクシアの頭に手を置いて、銀髪を勢いよくわしゃわしゃとする。

 

「ちょ、なにするのよ……」

「んーん、私の弟子は優秀だなぁって。不謹慎でも感動しちゃったよ」

 

 確信した、そして改めて師匠のバケモノさ加減に戦慄した。

 あの攻撃に気づいた者がどれほどいるのか。気づいた者がいたとして、あの痩騎士だけなのでは……

 

 シェイはアレクシアの頭から手を放すと、天井を見上げた。

 

「シェイ? 何かあるの?」

「どうだろう、わかんないや」

「……そう」

 

 あっさりと答えられて、本当にわからないのか、誤魔化されたのか判別できない。

 

「でも1つだけお願いしてもいい?」

「何かしら?」

「この後、何か起こったら私は自由に動く。アレクシアは皆を守ってあげて」

「……どういう意味? 『何か』って何が起こるのよ?」

「わかんない。けど、この状況が変わるならそれしか無いって話」

 

 おそらくシェイは何かを感じ取っている。気配か魔力か、それとも勘か。

 

「わかりました。そうなった場合、私とアレクシアさんで皆を守ります」

 

 思考している間に、隣からローズが答えた。

 

「……分かったわ」

 

 アレクシアも渋々頷く。秘密にされるのは不満だが、シェイが何かが起こると言ったのならそれを信じる。

 アレクシアにも余裕があるわけではない。ここに連れて来られてから、肉体から魔力が抜けていくのを感じている。

 だが、やるしかないのだ。

 

 シェイは実の兄を亡くしている。彼はアレクシアにとってもかけがえのない友人だった。

 大切なものは既に失った。これ以上は何も奪わせない。そう誓ったアレクシアは、ただじっとその時を待った。

 

 そして、その時は唐突に訪れた。

 先ほどシェイが見上げていた天井から何かが飛んできた。

 次の瞬間、大講堂が白く眩い光に照らされた。

 

 

◇◇◇

 

 

 眩い光に照らされた大講堂を、見せられる最速で駆けながら思う。

 

 私は聖人君子にはなれない。

 敵に情けをかける優しさは無いし、私怨で動くこともある。今まで何人殺したかなんて、もうわからない。

 

 それでも私は、剣を振るう事には意味があると思っている。

 

 剣を合わせるのが好き。

 模擬刀だろうと真剣だろうと、剣を合わせれば、その人が今まで何をしてきたのか、今どんなことを考えているのか。少しだけ分かる気がするから。

 

 私が殺した2人目、オルバさんの剣には彼の想いが込められていた。怒りに後悔、嫉妬に羨望、そして願い。魔力と共に込められたそれに応えるため、真っ向から剣をぶつけた。

 

 もちろん悪い意味だってある。

 ついこの間、人間を2人壊したのは、彼らの存在が許せなかったから。復讐なんて間違っていると理解はしても、シドを傷付けた彼らを、許したくなかった。

 

 でも、戦場は違う。戦う理由はあっても、目の前にいるのは、私の知らない誰か(・・・・・・・・)だ。

 正しいとか間違いだとか、そんな区分は存在しない。敬意も誇りも、何もかもが意味を成さない。

 ただそこにいるだけで死ぬ。殺さなければ殺される。自分が、大切な誰かが。

 そんな戦場が嫌いだ。

 

 斬られたことにすら気づかず倒れていく、その光景が嫌いだ。

 突然仲間が倒れて驚いた、そんな表情のまま刎ね飛ぶ、その軌道が嫌いだ。

 敵を認識して強張った身体、ゆっくりと崩れ落ちるのを背中に感じる、その瞬間が嫌いだ。

 鞘から抜かれた剣が落ちる、カランという音が嫌いだ。

 怯えと共に後ずさる、その動きが嫌いだ。

 ひとを怪物のように見る、その目が嫌いだ。

 

 何度でも思う。戦場は地獄だ。

 でも迷ってはいけない。

 

「アレクシア! ローズ先輩!」

 

 2人に向けて剣を投げる。

 その数は6本。床にシミを作った人数と同じ数。

 慌てて剣を受け止めた2人は、お互いに目を合わせて頷きあう。

 

「魔力は解放された! 立ち上がれ、反撃の時だッ!!」

 

 剣を掲げたローズ先輩が吠えた。

 大講堂が沸いた。

 皆の意思が一つになり、その熱狂が空気を震わした。

 

「ここからは乱戦よ! 魔力の限界は近い、バラバラに動いたら死ぬわよ!!」

 

 アレクシアの呼び掛けに生徒たちがそれぞれ塊を作る。

 

 たった2人で、一瞬にして場を掌握した。

 そのまま剣を1本ずつ持ち、残りの4本は近くにいた、かつ手練れの生徒に渡す。

 剣を持った6人は一言二言交わしてから散らばっていく。どうやら全体のサポートに徹するらしい。

 なんともまあ、頼りになることで……

 

 それなら。

 

(私は私のすることをしないと、ねっ!)

 

 足に魔力を込めて2階へと跳ぶ。同じ目線にいるからだろう、銃を構えた12人全員が私を見た。

 着地と同時に、1人刈り取る。さっき銃を撃ったあのカス、遠くからしかイキれない雑魚だ。

 

 明確な脅威と認識されたらしい。残りの銃口全てが私を捉えた。

 元々銃は庶民のおもちゃとされていて、魔剣士同士の戦いでは使われない。ある程度の練度があれば簡単に対処できるからだ。

 するすると躱しつつ、手近な者から屠っていく。

 

「追うな突っ込むな! 生き延びる事だけを考えなさい! 突貫は英雄じゃない、ただのバカよ!」

 

 アレクシアの咆哮を聞いたのは、12人全員を沈め終えたところだった。

 

(なんかアレクシア、口悪くなってない?)

 

 大量に飼っていた猫様は何処へ行ったのか、暴言だらけの怒鳴り声に苦笑してしまう。

 ただ、良く言えば士気の高い、悪く言えば浮き足立っていた生徒たちに向けて、あれ以上の言葉は存在しない。

 さすがのカリスマ。さすがは王女様だった。

 

 とはいえ、魔力を抜かれ続けたという事実は変わらない。

 魔力量の少ない生徒はまともに動ける状態ではないし、今動けている生徒も全員が限界に近い。

 

「きゃ……!」

 

 一人の女子生徒が足をもつれさせ、転んだ。

 黒ずくめの男の目がそれを捉えた。女子生徒は立ち上がろうとするが、震えた身体は言うことを聞いてはくれない。

 男が地面を踏みしめたのと同時、女子生徒は短い悲鳴を上げ──男の首と胴体がきれいに分かれた。

 

「大丈夫ですか?」

「は、はい……」

 

 近づいて手を差し伸べるが、彼女は未だ震えたまま。落ち着かせたいのは山々だけど、圧倒的に時間が足りない。

 掌を開いて彼女に見せる。

 

「5秒」

「え……?」

「5秒生き延びてもらえれば、私が必ず助けます。どんなに怖くても、5秒だけ逃げてほしいんです」

「5びょう……」

「できそうですか?」

「……はい」

 

 彼女はコクリと頷き、自力で立ち上がった。

 倒れた男の手から剣を抜き取って、一番動けそうな角刈りの男子生徒に渡す。お願いします・ありがとう了解した、短く一言ずつ交わしてその場から離れる。

 

 やることは単純だ。

 大講堂全てを頭に入れて、危なそうな場所に向かい、処理する。ただそれだけ。

 ひとり、またひとりと、最短で積み重ねる。

 

 視界の端に黒ずくめの男が一人、さっき助けた女子生徒目掛けて突っ込んだのが見えた。

 魔力が取り戻され、士気も高く、数でも圧倒されている。長期戦は不利だと悟ったのだろう。防御なんて考えていない、1人でも道連れに、そんな突撃だ。

 

 彼女は必死に攻撃を躱す。気力を振り絞って、魔力を絞り出して、一撃、二撃。そして三撃目を躱した直後、角刈りくんが男を斬り伏せた。

 倒れた男が完全に死んているのを確認すると、また周囲へと注意を巡らす。

 

 すごいなと思った。

 彼女の目には怯えがあった、それと同時に戦おうとする意志があった。

 死を覚悟した直後なのに、自分を見失わずにまっすぐ敵を見据えていた。

 すごい以外の言葉が見つからなかった。

 

 私は昔、一度だけ、剣で斬られたことがある。

 

 聖騎士。洗礼によって選ばれし教会を守護する騎士であり、その実力は一般の騎士を遥かに凌ぐ。

 適応者を救うため、偶々アルファにデルタという戦闘力ツートップがいなかったため、手伝うことになった。

 

 最初は順調だった。

 2人がいないから念の為と請われて加わったのだ。2人より強い私が苦戦する相手などいるはずもない。

 

 だからこその油断。

 だからこその驕りだった。

 

 次々と人体を斬る感触、頰に飛んでくる返り血、鉄の臭いと腐臭が漂う空間、足元から聞こえる死に損なった者の呻き声。その他諸々が積み重なった一瞬。

 私は剣を振るのを躊躇った。

 

 痛かった。

 傷が熱い。痛い。流れた血がぬめって気持ち悪い。痛い。柄を握る手がカタカタと震えた。痛い。

 脈打つような痛みがジンジンと続いた。そんなはずはないと分かっていたのに、もしかしたらこのまま死ぬのかと怖くなった。

 とにもかくにも痛かった。怖かった。

 ひどく取り乱した所為で、一緒にいたベータにも怪我を負わせてしまった。

 

 ベータは気にしないで、シェイのおかげでもう治ったものと笑いかけてくれた。

 イプシロンには、シェイにもそんなところがあるのねと頭を撫でられた。

 ゼータは私も初めての狩りには緊張したと、昔の失敗談を話してくれた。

 イータは結果誰も犠牲にならなかったから問題ないと、彼女らしい慰めを口にした。

 

 誰も私を責めなかった。

 ただ、私が私を許せないだけ。

 

 13歳での初めてからずっと、人を殺すのは慣れない。慣れたくもない。

 でも痛いのは嫌だ。大事な誰かが傷付くのも嫌だ。

 

 私やシド、ガーデンの皆は強い。

 が、決して無敵ではない。首を刎ねられたら、腹を掻っ捌かれたら当然死ぬ。当たりどころが悪ければ頭を殴られただけでも死ぬ。

 そんなのは嫌だ。絶対に嫌だから。

 

 ──またひとり、倒れた身体からはじわじわと赤い液体が広がっていく。

 

 私は迷わない。

 

 地獄でない戦場など、あるものか。

 

 

 

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