〜アレクシア視点〜
突然の眩い光によって、魔力が解放された大講堂。
生徒たちの士気は高いが、殆どの者が魔力を枯渇させており、かつ武器を持たないこの状況。
それでも学園側が優勢なのは、ひとえにシェイのおかげだ。
正面の敵にアレクシアが剣を一度振るうよりも、大講堂を駆けるシェイが1人屠るほうが速い。
もう意味が分からない。……いや、意味は分かる。この差は空白の時間があるか否かだ。
間合いを読み合い、隙を探り合う。
アレクシアにとって必要な準備段階がシェイには必要ない。この程度の相手、シェイにとっては全ての瞬間が隙なのだろう。
千を超える人数がごった返す中、的確に危険な場所を見つけ、最速で駆け抜け、敵を屠り続ける。あの一撃一撃にどれだけの積み重ねがあるのか、今のアレクシアには想像すらできない。
負けていられないと、アレクシアも正面の男を斬り伏せる。
黒ずくめの男たちは、先ほどからシェイの事を気にして動きが鈍い。それはそうだ、彼女から目を離した次の瞬間に首が飛んでいるかもしれないのだから。
これなら、そう思ったその時。
バァン!
校舎に繋がる扉が乱暴に開けられた。
「新手?!」
冗談だろ、アレクシアはそう叫びたかった。
確かにここに連れて来られるまで、校舎を巡回する黒ずくめの男たちを多数見た。おそらく隠れている生徒を探すためだろう。
誰が悪いかと聞かれれば、失念していたアレクシアが悪い。
けれど、これはないだろう。
絶望に耐え、抗い、やっと光が射したと思ったら、また次の絶望がやってくる。
「あぁ……」
「もうむりだ……」
あちこちで聞こえるセリフが、生徒たちの心情を表している。もうこれ以上は、不可能だ。
押し寄せる黒い波を睨みつけ、せめてひとりでも道連れにしてやろうと剣を握り直し、脚にぐっと力を込め──
──漆黒の旋風が吹き荒れた。
それは鮮血を撒き散らし、ほんの刹那の間に周囲の敵を一掃した。
時を止めたかのように辺りが静まり返った。誰もがそれに目を奪われた。
視線の中心にいるのは、漆黒のロングコートを纏った1人の男。アレクシアにとって、忘れることのできない人物だった。
「我が名はシャドウ」
深淵から届くような声が、静かな大講堂に響く。
「来たれ……我が忠実なる輩下よ……」
シャドウが青紫の魔力を天に放つ。その光を浴びながら、黒装束の一団が大講堂に飛び込んできた。
まさか、また新手が……?
その不安は杞憂に終わった。
黒装束の一団は華麗に着地し、即座に黒ずくめの男たちと戦いだしたのだ。仲間割れ……という雰囲気ではない。騎士団の人間にも見えない。よく見ると黒装束の一団は全員が女性だ。そして。
「強い……」
その誰もが強い、ただ純粋に強かった。アレクシアより強いのはもちろんのこと、先ほど見た『シェイ・カゲノー』のレベルを超える者もいる。
黒ずくめの男たちは瞬く間に数を減らしていく。
「火だ、火が回るぞ!!」
その声で我に返った。
見ると大講堂の奥から火の手が上がっている。
「出口が近い人から外へ!!」
ローズが叫びながら生徒たちを誘導する。
「騎士団が来たぞ!!」
続く知らせに誰もが安堵した。大講堂から続々と生徒が助けられていく。火の勢いは強くなり、黒ずくめの男は全滅していた。
そして、いつの間にか黒装束の女性たちは消えていた。まるで最初からいなかったかのように、何の痕跡も残さず、誰にも気づかれず、鮮やかにその姿を消したのだ。
そんな大講堂でひとり、立ち止まっている者がいた。
彼女は天井をじっと見つめ、そして跳び上がった。
「ちょ、シェイ……!」
シェイは振り返りもせず、校内へと続く通路へ走った。
「アレクシア様、早く外へ!」
「っ……ああもうっ!」
アレクシアはそう悪態を吐いて、燃え盛る大講堂から脱出した。
◇◇◇
火の手が上がった大講堂を抜け出し、隠し通路っぽい場所を駆け足で進むと、すぐに探し人は見つかった。
「シェリー先輩」
「ひゃっ!」
「あ、すみません驚かせて。私です、シェイです」
シェリー先輩が悲鳴と共に飛び上がった。
「シェ、シェイさん? どうしてここに……?」
「あの光の直前にシェリー先輩が何か投げ込んだのが見えたので、そのまま追いかけてきました。魔力が使えるようになったのってシェリー先輩のおかげですよね?」
「はい。強欲の瞳というアーティファクトを、その制御装置で無力化しました」
あの目玉みたいなアーティファクトは強欲の瞳と言うらしい。
「シェリー先輩のおかげで大講堂のみんなも助かりました。ありがとうございます」
「い、いえ、そんな……シド君にも助けてもらいましたし、護衛をしてもらっていた騎士団の人たちにも、その……」
「…そうだったんですね」
シェリー先輩が暗い顔で言い淀んだ、おそらく護衛の騎士は死んだのだろう。
「それでシェリー先輩はどちらへ? 火の回りが早いので急いで避難しないと」
気持ちを切り替えて問いかける。
「私はお義父様を探しに……」
「副学園長を?」
……どうするべきか。
彼を見つけること自体は簡単、というより既に探知している。でも彼がなぜこんなことをしたのか分からない現状で、シェリー先輩に会わせていいのだろうか。
「あの、シェイさん……?」
シェリー先輩が戸惑いながら声を掛けてきた。
「…すみません、避難を優先するべきだと思ってしまって」
「そうですよね危ないですし、でも……」
「……わかりました、でも私も行きます。これ以上危険だと判断したらすぐに脱出しますが、いいですか?」
「いいんですか?」
「ここで私だけ避難なんてできないですよ。副学園長がいそうな場所に心当たりはありますか?」
「えっと、分からないので、もう一度副学園長室に向かおうと……」
「分かりました、それじゃあ急ぎましょうか」
「はい」
もうどうにでもなれと思いながら、足早に進むシェリー先輩に続いた。
足場の悪い道を進むことしばらく、通路の先に階段が現れた。
「あれが校舎に繋がる階段です。あそこを上れば副学園長室に出られます」
シェリー先輩が顔を明るくして駆け出そうとする。
その瞬間、頭上にとてつもない魔力を感じた。
「シェリー先輩、ちょっと待ってください」
「シェイさん? どうかしましたか?」
「すみません、少しだけ待ってもらえますか」
「え、でもあと少しで……」
「すみません、少しだけでいいので」
「わ、わかりました……」
有無を言わせない口調でそう言うと、シェリー先輩も頷いた。
目を閉じて魔力探知に専念する。
……個人ではありえない膨大な魔力。桁違い過ぎて別人に感じるけど、間違いなく彼のもの。おそらく強欲の瞳によるバフだ。
その荒れ狂う魔力が少しずつ小さく、弱くなっていく。
そして、完全に消え去った。
微かな違和感を覚えつつも、目を開けてシェリー先輩を見る。
「お待たせしました、シェリー先輩」
「もう大丈夫なんですか?」
「はい。ですが念のため、私が先導してもいいですか?」
「わかりました」
階段を上った先にある扉を少し開き、室内の様子を窺う。
燃え盛る部屋の中央には大きな血だまり。全身を切り刻まれ、仰向けに倒れる副学園長。
(やっぱり変どうしてあんな傷おかしいシドならもっとそもそもなんで彼がこんなこと胸のあれが原因それならきっと)
思考は一瞬。懐からスライムを飛ばす。手首、足先、二の腕、太もも。1つを除き全ての傷を覆い、無傷を装った。
後ろを振り返り、シェリー先輩と目を合わせる。
「シェイさん……」
「…副学園長はそちらです」
「うそですよね……?」
「……」
「うそ…だって、お義父様……」
私を押し退けてふらふらと階段を上り、扉を開ける。
「お義父様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
叫び声を上げ、駆け寄り、遺体を揺らす。 やせ細った身体は、もう動かない。
「嫌ぁぁぁ……お義父様、何で……どうして……!!」
遺体に縋りつき、泣き叫ぶシェリー先輩。はじめは絶叫だったものの、次第に声が枯れ、途切れ途切れの、かつ嗚咽混じりの言葉に変わっていく。
「なんで……どうして……」
「お母様も…お義父様も……私を置いて……」
「誰がこんなことを……」
(……ああ、そういうことか)
すんっと頭が冷えた。
どうしてシドがこんな無駄な殺し方をしたのか。分かってしまった。
最悪だ。彼女の想いを否定する、最低の仮説だ。
でも多分、これが真実なんだろう。
「シェリー先輩」
しばらくして、泣き疲れて涙が止まったシェリー先輩に向けて、膝を付いて優しく声を掛ける。顔を上げた彼女は、虚ろな瞳をしていた。
(ああもう…ほんといやになる)
真実はどうしようもなく残酷で、理不尽で、救いようがない。
だから私は嘘をつく。誰も傷付かない、そんな優しい嘘を。
「副学園長はきっと、シェリー先輩を守りたかったんだと思います」
「は……」
シェリー先輩の口から掠れた音が漏れた。
「ここからは私の想像になります。聞いてもらえますか?」
シェリー先輩は少しの間固まった後、ゆっくりと頷いた。先ほどまで虚ろだった目は、既に理性を取り戻していた。
「さっき私が立ち止まった時、ものすごい魔力を感じたんです。人間が扱えないほどの魔力が急に現れて、それがぷつっと消えた」
遺体の胸に手を添える。そこには、身体と同化した何かが埋まっており、身体を貫く傷跡があった。
「この胸の傷、おそらく副学園長が自決した時のものです。多すぎる魔力に身体が耐えられなくなったのか、理性を保てなくなったのか、それは分からないですけど」
「どうして……お義父様は、どうしてそんなことを……」
シェリー先輩の顔がさぁっと蒼褪めた。
この人はきっと頭が良い。副学園長の胸に強欲の瞳に似た何かが埋まっていること、それがどういう意味なのか察してしまったのだろう。
「病気か寿命かは分かりませんが、もう長くなかったんだと思います。そして副学園長もそれを分かっていた」
これは当てずっぽうだ。初対面の際、何となく意識に身体がついてきていないように感じたから。
「魔剣士は魔力を使って身体を強化します。その使い方次第では身体を癒やすことができる、そんな説を聞いたことがあるんです」
これは本当の話。魔力の医療への応用はずっと研究されている。
「強欲の瞳が吸収した膨大な魔力、それを制御できれば、普通なら治らないような症状でも治るかもしれない」
ゆっくりと、嚙んで含めるように言葉を重ねる。
「きっと、シェリー先輩が独りにならないように、できるだけ長く傍にいたかったんだと思います」
「違うんです」
シェリー先輩がはっきりと否定する。嘘がばれたのかとヒヤリとする。
「……私、ラワガスの学術都市から留学の話が来ていて……お義父様も行ったらどうかって……」
「…はい」
「でも私は……病気のお義父様を置いていくなんてって……ずっと断ってて……」
「…そうなんですね」
「お義父様……」
シェリー先輩が遺体に縋りつき、涙を流す。
ほっと胸を撫で下ろし、同時にずきりと痛む。
顔に出すな、早く取り繕え。シェリー先輩が顔を上げるまでに。
戻れ、戻れ。戻れ。
「シェイさん……わたし、どうすれば……」
シェリー先輩がよろよろと顔を上げる。
「私が言えるのは2つです」
「2つ……?」
「副学園長の遺体を持って行くか、ここに置いて行くか」
「そんなの持って行くに決まって……!」
「本当に?」
ずきり。
「今回の事件、このアーティファクトが原因なことは、シェリー先輩が証言させられると思います」
「……はい」
「教室でも大講堂でも、黒ずくめの男たちはしつこいくらい『シャドウガーデン』と名乗っていました。おそらくその組織に罪を被せるつもりだったんでしょう。ですが遺体が調べられた場合、なんらかの痕跡が出るかもしれません。万が一出たなら事件の関係者だと考える人もいるはずです」
「……」
「燃えてしまえば、その証拠も消える可能性が高いです。ここは副学園長室ですから、その、骨だけになったとして、誰かわからないなんてことにもならないですし……」
「……そうですよね。お義父様はそのために……私を守るために、『シャドウガーデン』さんになりすましたんですよね」
ずきり。
「……私の推測ですが」
「いいえ……私も、そう思いますから」
ずきり。
「……分かりました。お義父様は……ここに、おいていきま、しょう……」
「…はい」
ずきり。
「火が激しいので窓から行きましょう。失礼しますね」
泣きそうな顔のシェリー先輩を抱えて窓へ。シェリー先輩が遺体を見ていないことを確認してスライムを回収し、飛び降りて校門へと向かう。
「シェイ!」
門からアレクシアが駆け寄ってきた。
「と……シェリー先輩?」
どうやら知っていたみたい。それなら話が早い。
「シェリー先輩があの魔力阻害の原因を取り除いてくれたんだけど、副学園長を探すために校内に戻っていったから、一緒に探してた。でも結局見つからなくて、これ以上は危ないから逃げてきた」
ここまでの経緯を一気に説明する。アレクシアだけじゃなくて、シェリー先輩にも。
シェリー先輩を下ろすと、私に向けて小さく頷いた。
寮の方を確認すると、幸いなことに、あっちには火は回ってなさそうだった。
「取り調べあるなら明日受けるから…今日は帰っていい?」
「ええ……大丈夫?」
「うん」
多分アレクシアが心配してるのは別の事だけど、都合がいいから誤解させたままにしとこう。
もう、つかれた。