〜アルファ視点〜
部下から魔剣士学園でのテロを知らされ、急いで王都に戻ってきたアルファ。
だが、到着したのは事件が終わりかけていた頃だった。事件の首謀者はシャドウが討ち取り、残っているのは学園の消火等。もはやアルファが手を出す必要はない。
「そう、シャドウがそんなことを……」
ミツゴシ商会の一室にて、ガンマから報告を受けたアルファはそっと息を吐く。
『世界中の罪を引き受けよう。だが何も変わらぬさ。それでも我らは我らの為すべきことを為す』
学園で何が起きたのかも重要だったが、それらが消し飛ぶほど、シャドウが告げた言葉は衝撃的だった。
「心のどこかで、私は正義の立場にいると思っていた。だけど彼はそうじゃなかった」
教団により捻じ曲げられた真実を暴き、悪魔憑きを救う。それは正義なのだと、この瞬間まで盲目的に信じていた。
だが、彼は違うと言った。
正義とはある種の鎧だ、自身の行動を正当化するための方便。彼はそんなものが無くとも戦い続けると、そう言ったのだ。
「彼の覚悟に我々も応えなければならない。手の空いている七陰を集めなさい」
「はっ、直ちに」
頭を下げるガンマに背を向け、歩き出す。
向かうのは魔剣士学園。その一角にある貴族寮だ。
目的の部屋の窓は既に開いていた。音もなく侵入し、部屋の主の帰りを待つ。少しして、シェイが2つのマグカップを手に戻ってきた。
「いらっしゃいアルファ。ミルク飲む?」
「いただくわ」
ひとつを受け取り、ソファに隣り合って座る。静かにマグカップを傾けるだけの時間が過ぎる。
「ふぅ……それで、いつ戻ってきたの?」
「ついさっきよ。急いで来たのに着いた時にはもう終わっていたわ」
飲み終えたカップをテーブルに置く。
「事件の顛末も聞いたわ。シャドウも貴女も、お疲れ様」
「ほんと疲れたよ。周りに見せられる限界を考えながら戦うって結構しんどいんだよね」
そう言っておどけるシェイを見て、やはりここに来て良かったと思った。
シェイの頭をそっと抱き寄せる。
「なになにどうしたの?」
「頑張ったご褒美よ。今日は何をしてもいいわよ」
「え、ほんとに?」
「ええ」
「ほんとに怒らない?」
「ええ」
「それじゃあアルファってさぁ……」
「なにかしら?」
「おっぱいおっき……グェッ」
ふざけたことを口にしたのでギュッと締めつける。
「あぁ……てんごく……」
腕の中でぽふぽふ動きながら、懲りずにふざけたことをぬかすので、ギュッギュッと締めつける。
トン、トンと背中を叩かれる。
無視してギリギリと締めつける。
トントントントンと背中を叩かれる。
無視してギリギリと絞め上げる。
トトトトトトトとすごい勢いで背中を叩かれる。
解放した。
「ぶはぁ……はぁはぁ……ほんとに天に召されるかと思った」
「人の胸で遊ぶからよ」
「怒らないってゆったじゃん……」
不満げに頬を膨らませるシェイ。その頭を再度抱きとめる、先ほどよりも優しく包み込むように。
「……アルファ?」
「なにかしら?」
「……また遊んじゃうよ?」
「別にいいわよ」
アルファの様子がさっきまでとは変わっていることに気付いたんだろう。腕の中から戸惑いが伝わってくる。
「貴女はよく泣いていたから。今日くらいは胸を貸してあげる」
「そんなの昔のことで、しかも数えるほどだし。もう大丈夫だよ」
「大丈夫なのはわかってるわ、貴女は強いもの」
「でしょ? だから放して……」
言葉を遮るように、ぎゅっと腕の力を強める。
「これは私の自己満足。私がこうしたいだけ」
「ははっ…だから大丈夫だって……」
「知ってるわ」
「うん……大丈夫なんだよ……」
「ええ」
「だから放してほしいな……」
「いやよ」
もう一度ぎゅっと意思表示をする。
少しの沈黙の後、シェイが震えた声で呟いた。
「わたし、がんばったんだよ……」
「ええ」
「つらかったし、いやだったし、こわかったよ……」
「ええ」
「人を殺すのはもういいの、何回も繰り返してきたし、必要なことだからって……」
「ええ」
「でも誰かが殺されるかもって思うと、それが嫌で……同じ制服を着てるだけの他人なのに、変だよね……」
「そうかもしれないわね」
ぽつぽつと語られるセリフに、短く頷き言葉を返す。
「……ねえアルファ」
「なに?」
「シェリー先輩のお母さんってさ……そうなんだよね?」
「そうね、シャドウと戦っているとき、本人が言っていたらしいわ」
「やっぱりそうなんだ……」
「気づいていたの?」
「死体見たときになんとなく……シドのあんな殺し方、初めて見たから」
「そう」
「……わたし、うそなんてつきたくなかった」
「そう」
「こいつがお母さんの仇なんだよって、そう言いたかった……そう言った方がぜったい良かった……でもシェリー先輩があんな泣いてて、言えるわけない……絶対壊れちゃうから……それはダメだからって……」
「ええ」
「なんでさ……どうすればよかったのさ……あんな理不尽、ひどすぎるってば……」
シェイがぐっと頭を押し付けてきた。そっと頭を撫でると、いやいやと抵抗されるが、そのまま撫で続ける。
「……もう平気。ありがとね」
しばらくして顔を上げたその目には涙の跡が見えるが、強がっているわけではなさそうだ。
「今日は私もここで休もうかしら」
「え、お泊り? やばくない?」
「大丈夫よ。後処理はガンマがしてくれるもの」
「そういう事じゃないんだけど、まあいいや……多分朝になったらシドの生存報告が来るけど、起きられそう?」
「ええ、見つかるようなヘマはしないわ」
それならと納得したシェイがクローゼットから寝巻きを2つ取り出す。ひとつを受け取り、スライムスーツを解除して着替える。
所々のサイズが合わず、シェイが微妙な顔をしたが、こればかりは仕方がない。気づかぬふりをして、ベッドに入る。
ベッドに入ると、シェイはすぐに寝入った。
その穏やかな寝顔に、アルファも安堵する。
(理不尽、ね……貴女は自分がそうだなんて思わないでしょうけど)
シェイはシャドウの双子の妹。それはある意味で、一番の理不尽なのかもしれない。
シャドウガーデンにとって、シャドウは絶対的な存在だ。命を助けられただけじゃない、絶望の淵から救い出し、生きる意味と力を与えてくれた。
だけど、この子にとっては……
シェイは戦いに向いていない。戦えばシャドウに比肩するほどの力を持ちながら、その性根が優しすぎる。
この子が初めて人を殺した2年前、屋敷に戻るシェイにベータが付き添いを申し出た。ベータも初めての夜はひどくうなされていたので、心配だったのだろう。
その予感は的中した。
自室に戻ったシェイは糸が切れるようにベッドに倒れ、ずっとうなされていたという。
あまりの様子にゆすって起こすと、肩口まで伸ばされた髪はぐしゃぐしゃで、うつろな瞳をしていて、ポロポロと流れる涙が頬を伝う。抱きしめて言葉を掛けて、泣きながら話す彼女に頷いて。しばらくそれを繰り返し、泣き疲れた彼女が寝入る。
そんなことが4回ほど。最後の方は涙も流れなかったらしく、逆に痛々しく思えた。
……もし仮に、シェイがシャドウの妹でなかったら。ただの一市民として、穏やかな人生を送ることができたのだろう。もしかしたらその方が幸せだったのかも知れない。
それでも。
「私は……私たちは貴女と一緒に在りたいと、そう思うわよ」
アルファだけじゃない、七陰全員がそう思っている。
シャドウは遥か高みからアルファたちを導いてくれるが、シェイはいつも寄り添って歩いてくれた。
アルファがひとりだった頃は毎日のように小屋に遊びに来ていた。教団の調査も、剣や魔法の鍛錬も、シャドウはヒントを与え、手本も見せてくれたが、最後まで付き合ってくれたのはシェイだった。
夕食ではあーんもしたし、片付けはお喋りしながら終わらせて、お風呂では背中を流し合った。エルフのお姫様では決してできない、温かな時間だった。何となく寂しさを感じたときには、シェイは決まって小屋に泊まっていった。同じベッドに入り、他愛のない話をしているうちにシェイが眠り、アルファもつられて眠る。そして朝になり、急いで帰宅するシェイを見送る。
それが楽しみで、偶にわざと寂しそうな雰囲気を出したりもした。
振り返るとスキンシップが多い気がするが、これはこの子の素だろう。
人見知りのベータが一番早く打ち解けたのもシェイ。悪魔憑きから救ったシャドウでも、同郷のアルファでもない。
ガンマとデルタが仲が悪かった時、間を取り持ったのも。結局ガンマは知の道に進んだし、デルタに付きまとわれることになったので、彼女としては不本意かもしれないが。
イプシロンが心を開いたのもシェイがきっかけだった。他人と深く関わらないゼータも、見ている側が微笑ましくなるほどシェイを甘やかしている。イータは……一緒になって寝てるイメージしかないけれど、気を許している証拠だろう。
親友、妹、仲間、名前はそれぞれ違うだろうが、皆かけがえのない存在だと思っている。
「っ……」
シェイの寝顔が険しくなり、何かから逃げるように縮こまった。
そっと抱きしめ、頭を撫で、大丈夫と念を送ると、次第に身体の力が抜けていく。
「おやすみシェイ、良い夢を」
もう一度頭を撫で、アルファも目を閉じた。
◇◇◇
学園テロの翌日。
アルファの添い寝によって良質な睡眠を取れた私。アレクシアからの突撃により、シドの生存報告を受け、それらしい演技をしつつ、最後にデコピンをおみまいした。
今回のテロにおいて、警備の騎士や数名の教師が死亡。魔剣士学園の生徒については、負傷者は多いものの、銃で撃たれた2人以外は軽傷、死傷者はゼロ。
シェリー先輩の護衛をしていた2人の騎士についても命に別状はなし。なんでも校門付近に横たえられていて、当人曰くシャドウに助けられたんだとか。シャドウガーデンを騙っていた事実を含め、機密であるとアレクシアから聞かされた。
……機密なら最初から話すなよと思わなくもない。
そんなこんなで事情聴取も終え、半焼した校舎の前、額を赤くしたシドと並ぶ。
「シェリー先輩遅いね」
「まあ彼女がいなかったらアーティファクトの解析も出来なかったからね」
「それはそう……あっ、来た」
駆け足で向かってくるシェリー先輩に、私たちも歩み寄る。
「すみません、お待たせしてしまって……!」
シェリー先輩は膝に手を付いて、荒い息を整える。
「大丈夫ですよ。どうせ暇してましたし」
「授業も当分休みだしね」
シェリー先輩は安堵の笑みを浮かべると、ペコリと頭を下げた。
「あの、先日はありがとうございました。シド君とシェイさんのおかげで、本当に助かりました」
「大したことしてないよ」
「私もそんなにですし」
「いえ、一人だったら、私は何もできませんでした」
私もシドも気にしないでと首を振る。
「それで、今日は報告があって。あの、私留学することに決めたんです」
「あぁ、それでその荷物」
シェリー先輩は大量の荷物を持っていた。昨日の今日ですごい決断だ。
「はい。今から馬車に乗ります。ラワガスまで」
「学術都市か……。すごいね」
「私、やらなきゃいけないことができたんです。それには今の知識じゃ足りないから」
「そっか、がんばってね」
シドが軽い口調で言う。
「やらなきゃいけないことって聞いても大丈夫ですか?」
と私。
「今回の事で分かったんです。私がアーティファクトの研究で何ができるのか、何をしたいのか」
シェリー先輩は切なげな表情で校舎を振り返った。
「お義父様みたいな人を救いたいって、そう思ったんです」
……予想はしていた。心優しいこの人なら、そうするかもって考えてはいた。
でも実際に聞いて、心臓が凍えて止まるかと思った。
初対面のあたふたした様子が、あいつに頭を撫でられた時の笑みが、遺体に縋りついた時の絶叫が、お母様と呼んだ涙交じりの声が。シェリー先輩との記憶の全部が、ぐちゃぐちゃになって脳内に重なる。
あいつだけは私が殺してやりたかった。
叶うなら今からでも、あの世から引きずり出して、もう一度送り返してやりたい。
心からそう思うけれど。
「そうですね。副学園長もきっとそう願ってます」
私は笑った。見送りに相応しく晴れやかに、でもほんの少しの痛みを込めて。
「シェリー先輩、失礼しますね」
歩み寄り、背中に腕を回してそっと抱きしめる。
(ああ、小さいな)
身長は私とそう変わらないのに、本当に華奢だった。ふとした瞬間に折れてしまいそうに頼りない、戦いとは縁のない身体だ。
私は大切なものを失う哀しさを知らない。本物の絶望を味わったことはない。
でも、シェリー先輩も知らない。剣の重さを、血の匂いを……人を殺すその意味を、彼女は知らない。
それでいい。そんなもの、知らない方がずっといい。
つい腕に力がこもってしまい、シェリー先輩がゔっと声を漏らした。腕の中から解放して、正面で見つめ合う。
「こっちに帰ってきたらご飯でも行きましょう。美味しいお店知ってるんです」
「はい、その時はぜひ」
「学術都市にあるかわからないですけど、『まぐろなるど』ってお店安くて美味しいのでおススメです」
「到着したらお店探してみますね」
「アーティファクトで特許とか取って、お金持ちになったら養ってほしいです」
「ふふっ、考えておきますね」
「いや、ちゃんと断ってくださいね?」
2人してふふっと笑う。シェリー先輩がシドに視線を向けた。
「その時はシド君もぜひ」
「え、いいの? やったー」
「シェリー先輩、こいつはダメです。一度甘やかすと際限なくだらけるので」
「えー、そんなことないよ」
「ふふっ、それならいっぱい仕事をお願いしますね」
「馬車馬のように働かせましょう」
しばらく他愛のない話をしているうちに、馬車の時間が来て、シェリー先輩を見送る。
窓から手を振るシェリー先輩に手を振り返すけれど、すぐに見えなくなった。
「……ねえシド」
「なに?」
「今回の事件で、シャドウが国際指名手配されたんだってさ」
「ふーん」
入念に準備していたのだろう。数多の状況証拠があり、護衛の騎士1人の発言では覆らず、テロリストの正体はシャドウガーデンということになった。
アルファたちが必死に作りあげた組織を貶めるのは許せないけど、シドはどうでも良さそうだ。
これはただのつかみ。本当に聞きたいのは次だ。
「なんであんな殺し方をしたの?」
「あんなって?」
「ルスラン・バーネットの死体。あんなのシドらしくない」
「そうだね」
あっさりとシドは認めた。
「シェリーの母親もあんな殺し方されたんだってさ……身体の先から中心へ突いていき、最後は心臓を突き刺し捻る」
それはあの場にあった死体の傷と同じだ。
「だからまあ、少しムカついたんだよね」
「そっか」
今のは本音ではあると思うが、きっとそれだけじゃない。
母親と同じ殺され方をした義父を見て、シェリー先輩がどう思うのか。それが分からないほどシドはバカじゃない。私がいなかった場合どうなるのか、シドは承知の上だったのだろう。
そうならなくて……復讐なんて道に進まなくて、本当に良かった。
「ねえシド」
「なに?」
だからこの話はこれでおしまい。
「ローズ先輩を庇って死にかけたらしいね」
「げっ……」
「前に約束したよね、自分を傷つけるのはやめてって」
「いやでも、今回のは仕方なかったし……」
「や・く・そ・く・し・た・よ・ね?」
「はい……」
「破ったんだ、こんなすぐに」
「すみませんでした」
90度に腰を曲げるシド。見かけだけで、多分大して反省してない。
それでも。
「まあいいよ。今回は許してあげる」
「え? まじで?」
「ローズ先輩を助けたっていうのもあるしね」
「ふぅ、良かった……」
安堵の表情を浮かべるシド。その口の端がつり上がっているのは見逃しておく。
分かっているのだ。ローズ先輩を助けたっていうのは後付けの理由で、その瞬間は私のことなんて頭から抜けていたんだって。
アレクシアから聞いた、シャドウが護衛の騎士を助けたという話。それだって死んだふりをした──約束を破った埋め合わせであり、私へのご機嫌取りだ。シドが改心したわけじゃないし、約束を破られたことに変わりはない。
けれど、ご機嫌取りをしようとするくらいには特別扱いされているのだと。それはまぁ、そんなに悪くないのかなと、嬉しくなって。そんな風に考えてしまう自分のチョロさが嫌になる。
だからこれはささやかな抗議だ。
「シド、お昼奢って」
「えー」
「許したとは言ったけど、お詫びしなくて良いとは言ってないから」
「仕方ないかぁ……まぐろなるどでいい?」
「いいよ。あ、いっそのことアルファたちも誘おっか」
「それって僕のおごり?」
「当然。アルファにも奢るって約束したんでしょ」
七陰を思い浮かべて、指折数える。
「今王都にいるのはアルファにガンマに、来るか分かんないけどイータかな。2人くらい増えても問題ないよね」
そうと決まれば、ミツゴシ商会へ。ぶつくさ文句を言っているシドの手を引いて歩き出す。
頭に浮かぶのは豪華な一室。
店内だと目立つからテイクアウトにして、ミツゴシ商会の奥部屋へ戻る。アルファは品良くバーガーにぱくついて、ガンマはシドに話しかけながら器用に食べ進め、シドは適当に相槌を打ちながらパクパクしている。ソファにもたれかかっているイータに私が注意すると、のろのろと身体を起こしてあーんと口を開ける。
そんな光景が楽しみで早歩きになる。
これまでいくつも後悔を重ねてきた。多分これからも重ね続ける。
でも、お姉ちゃんがいて、アルファたちがいて、ついでにシドもいる。それが幸せだなって思える。
それだけでいい。