どうしようもない兄を持ちまして   作:slo-pe

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面倒事と師匠の役目

 

 

 早起きは苦手だ。

 眠くて頭は働かないし身体も動かない。今は夏だからいいけど、冬になるとあったかい布団は私を放してくれなくなる。

 それでも慣れというのは恐ろしいもので。2年も続けていれば嫌でも同じ時間に目が覚めるし、のろのろと布団から出て冷たい水で顔を洗えば徐々に頭も冴えてくる。

 

 目を覚ましたのは午前6時頃。朝食やら身支度やら諸々の準備を済ませて修練場に着いたのがそれから30分ほど後。個人で使うには広すぎる場所に、毎度のことながら気分が上がる。

 腕を広げて深呼吸をひとつ、ふたつ。

 

「よしっ」

 

 小さく気合を入れて、日課である朝の体操を始める。

 屈伸、伸脚、前屈、後屈、体の回旋。全身に「今からうごかすよー」と暗示を掛けながら、動的・静的『すとれっち』をこなしていく。

 

 続いての基礎練習。

 面、胴、小手、袈裟切り、逆袈裟、突き。剣術の基本となる動作を一定回数ずつ繰り返す。理想の型を脳裏に描き、良く言えば忠実に、悪く言えば工夫もせずに、ひたすらに模倣する。

 

 ここでは魔力を使わない。朝布団の中で目が覚めた瞬間から続けていた魔力の練り上げも一旦止める。

 理由は簡単。魔力を使うと、身体の状態がイマイチでもそこそこ動けてしまうから。

 魔力の操作も大事だけど、それ以上に身体操作の方が繊細だ。

 

 筋肉の動き、息づかい、身体のキレ。その全てが日によって変化する。

 積み重ねれば改善されるし、サボればすぐダメになる。毎日続けていたって、なんかダメな日は絶望的にダメだ。そういう日はいつも以上に気を遣わなきゃいけない。

 だから動きのひとつひとつに意味を持たせて、「大丈夫? きちんと動く?」って全身くまなく確認して。あ、ここが硬いな鈍いなって思ったら擦ったり叩いたりなんかして、きちんと動かしてあげる。

 

 そうやって身体と対話していくうちに、段々と暖まってきて、全身に神経が通っていく感覚になる。思い描いた理想に近い動きができてくる。

 

(……うん、いいかも)

 

 めちゃくちゃ調子が良いわけじゃないけど、自己採点80点くらいの高得点。

 

 用意していたタオルで額や首筋を拭いながら、ついつい笑みがこぼれる。最近は身体の調子に下振れが少ない。成長している証だと嬉しくなる。

 タオルを脇に置いて、次は魔力操作だ。本当は突き、蹴りなんかの徒手格闘も練習したいけれど、今日は時間が無いので割愛。

 

 軽く足を開いて立ち、目を閉じる。浮かべるのはあの自然な姿。

 背筋が張っていれば鳩尾を抜いて、肩が強張っていれば一度力を入れてから再度抜き直して。阻害要因となる部分を一つ一つ潰していく。そうしている内に重心が自然と地面に垂れていき、また余分な力が抜ける好循環。

 息を整えて、心を落ち着かせて、魔力を全身に巡らせる。先に隅々まで神経を通していたので、魔力の通りもいい。

 

 内側が終われば次は外側へ。

 空気が皮膚をわずかに押してくる、私もそれを受け入れるように、皮膚を境に閉じた感覚を開いていく。アイスが溶ける、バターが溶ける、コーヒーにミルクが混ざる、その時浮かんだ柔らかく混ざるものをイメージしながら、体内と体外の境目を曖昧にしていく。

 

 なんとなくフワ~ッとした感じがしたら好機。ゆっくりと目を開き、スライムを空中に飛ばす。

 最初は慣れ親しんだ剣を形作り、魔力を通して硬度を高めていく。

 それを紐状に崩してリボン結びを作る。両端を引っ張って解き、また紐状にする。

 粘土みたいにこねて丸い塊にしてから、次に作ったのは猫。尻尾の部分をふりふりと揺らして遊び、慣れてきたら4本足で歩かせてみる。

 思いつくままに、形や硬さを自在に変化させていく。

 

(……魔力の操作も問題なし。それじゃあ最後に)

 

 面、胴、小手、袈裟切り、逆袈裟、突き。さっき魔力無しでやったものを、今度は魔力を込めて繰り返す。身体操作と魔力操作、それぞれに仕上げたふたつを融合させていく。

 

「……よし、こんなもんかな」

 

 ふぅと息をつき、剣を鞘にしまう。

 

 寮の自室に戻ってシャワーを浴びる。

 普段ならあの後アレクシアとの朝稽古があるのだが、今日は特別。

 

「あー……やっぱりめんどくさいなぁ……」

 

 これから行われる面倒事に、このまま引きこもりたくなってきた。

 

 

 

 

 テロ事件から数日後、学園は少し早い夏休みになった。

 早朝、アレクシアとの朝稽古を終え、シャワーを浴びて一休みしていた時のこと。

 

「わんもあー、ぷりーず?」

「なによそれ」

「あ、ごめん。もう一回言ってくれる?」

 

 あまりに嫌すぎるセリフに、シドの真似が出てしまった。

 

「姉さまが貴女と模擬戦をしたいそうよ」

 

 アレクシアがもう一度、はっきりと繰り返す。

 

「王女様命令?」

「そうね。断るのはなしよ」

「えぇー」

 

 思わず顔を顰めると、何をそんなに嫌がってるのよと言われた。

 

 嫌に決まってるでしょうが。大講堂で色々と我慢できなかった結果、面倒事に巻き込まれるのは覚悟していたけど、その中でもトップクラスに面倒なのに当たってしまった。

 どうにかして断れないかなと悩んでいると、アレクシアがすっと息を吸い込んだ。

 

「そもそも貴女──」

「ん?」

 

 完全に油断して返事をすると、アレクシアが静かな口調でこう言った。

 

「その気になれば姉さまを圧倒できるでしょう?」

「言っちゃうんだそれ」

 

 気づかせるように稽古していたとはいえ、それを口にするとは予想外だった。なんかこう…暗黙の了解というか、口にした方が負けみたいな感じで。

 

「良いのそんなこと言って? 王国最強なんでしょ?」

「表向きだけね。シャドウや貴女はもちろん、ゼノンだって姉さまに匹敵する強さだった。この前の痩騎士だっておそらくは」

「ふーん」

 

 さらりと告げられたセリフに相槌を返しつつ、あれ? と内心首を傾げる。無意識だからこそ、言葉選びがアレクシアらしくない。まるでアイリス王女を軽視するような……

 まさかと思い、問いかける。

 

「ねえアレクシア。アレクシアがさ、アイリス王女に勝てるビジョンってある?」

「なによいきなり……そもそも、貴女やシャドウを追いかけて、相応の実力が付けば、自ずと姉さまも超えることになるでしょう?」

「そういうのじゃなくて。いつ頃までに、どのくらいの練度なら、どんな戦い方でって。できるだけ具体的なの」

 

 アレクシアは答えられなかった。理由はアレクシアが言っていた通り。

 シャドウという頂を前にしたら、アイリス王女程度と思えてしまう。今の自分では勝てないが、あのくらいなら大したことはない、いずれ追い抜ける、そう思うのも分かる。

 

 上達の一番の秘訣は明確なビジョンを持つこと、これを否定するつもりは無い。強者の動きを見て、真似て、考えて、それを繰り返す。大事なことだ。

 きっと、アレクシアの頭には理想の剣があるのだろう。ずっと前から描いていて、私やシャドウに会って鮮明にイメージできるようになって、剣の腕も飛躍的に上がった。

 

 でも、遥か遠くを見て真っすぐ進めば、頂にたどり着くわけじゃない。足元を疎かにすれば転ぶし、落ちるし、迷子になることもある。遠回りに見える道が、案外近道だったりすることだって。

 

「今のアレクシアはさ、お姉ちゃんよりずっと弱いの。アイリス王女はお姉ちゃんよりも強いのに、そんな事言っちゃダメじゃない?」

 

 正直私のミスでもある。アルファたちやお姉ちゃんは、手の届きそうな目標を見つけるのも上手かったし、それを超えるために自分で試行錯誤してたから。

 間違って後退してしまい、昨日よりダメになったとしても腐らず、何度もトライアンドエラーを繰り返す。みんな当たり前のようにやっていたから、今回もそうなると思っていた。

 

「アレクシアも強くなってはいるけど、もっと強い人は腐るほどいるの。それを忘れちゃダメ」

 

 俯くアレクシアの顔。悔しそうな、恥を堪えているような、苛立ってそうな、そんな色々が混ざった表情だ。

 人差し指で顎をくいっと、無理やりに顔を上げさせる。そして笑い掛けた。

 

「お互い、反省したら次に生かさないとね」

「……悪い顔してるわよ」

 

 一転、アレクシアからじとりとした視線が送られる。失礼な、頼りがいのある師匠らしい笑顔でしょうが。

 

「選抜大会。アレクシアはお姉ちゃんと戦った時、ずっと守ってたよね」

「…ええ、そうね」

 

 唐突の話題に、一拍空いてアレクシアが頷く。

 

「でもあれは、私からすれば防御じゃない、ただ逃げてただけ。それしか選択肢が無いからって理由で耐えて、一か八かで突っ込んで、結果返り討ちにされて負けた」

 

 あの時のお姉ちゃんは、多分アレクシアが一か八かを仕掛けてくると気づいていた。気づいていてなお正面から受けた。

 理由は分からないけど、シドの元カノだからなのか、私の弟子だからなのか、単に魔剣士としての興味だったのか、気の強いお姉ちゃんならそんな所だろう。

 

「お行儀のいい戦い方を否定するわけじゃないけど、それだけってのはさすがにギャンブル要素が強すぎる。魔力量にしろ、剣の技量にしろ、自分より弱い相手なら勝てても、相手が強かったらあっさり負けちゃう」

 

 単純な魔力勝負、単純な剣を上手く振れるか選手権。それだけを競うなら、腕相撲大会でも演舞大会でもやればいい。

 そうじゃない、相手がいるから剣は面白いのだ。

 

「……じゃあどうすればいいのよ」

「とりあえず手札を増やしてみよっか」

「手札を?」

「うん。今までは稽古だし正統派な戦い方をしてきたけど、今回は実践編ってことで。成長したアレクシアがどうやればアイリス王女と渡り合えるか。一例だけど見せてあげる。楽しみにしててね」

 

 今日に至るまで気付けなかった事への償い。テロ事件を乗り切ったご褒美。

 

 偶には師匠らしいことをしてみよう。

 

 

◇◇◇

 

 

 王国騎士団の闘技場。

 学園と違うのは、広く立派に作られた観客席。そこは多くの人で埋め尽くされていた。学園の生徒に騎士団、当主っぽい貫録おじさんまで。

 

 その中央、刃を潰した剣を手にする私。正面10メートル離れた所には、王国最強アイリス・ミドガル第一王女。

 挨拶と学園テロでの感謝もそこそこに、さっそく始めましょうかとアイリス王女が急かす。なんとなく楽しそうだ。

 

 観客席を眺める。クラスメイトに授業で知り合った先輩、ハルバードの先生もいた。何か叫んでいるお姉ちゃん、その隣で迷惑そうにしているシド。そして、真剣な顔でこちらを見つめるアレクシア。

 

(……よしっ)

 

 十分に気合を蓄え、剣を構えた。

 アイリス王女は私が構えるのを悠然と待ってから、まずは小手調べ、とばかりにお手本のような綺麗な横薙ぎを放ってきた。

 シンプルに距離を取って躱す。

 

(これがアイリス王女の剣か……)

 

 噂には聞いていたし、誘拐事件の時も見たけど、今のではっきり分かった。これは受けちゃダメなやつだ。

 アイリス王女の剣は一撃必殺の豪剣。受ければ剣ごと打ち砕き、鎧ごと斬り裂く。普通に考えれば受けるなんて自殺行為だ。いくらアレクシアの成長が速いとはいえ、これを万全に受けるにはまだまだ足りない。

 あと単純に剣が痛む。

 

(それなら我慢比べといきますか)

 

 力が無理なら手数で。

 アイリス王女の周りを駆け、隙を窺う。その距離、およそ6メートル。

 

 瞬時に間合いを詰め、当たれば倒せるギリギリの力で振り、躱されたなら即座に次の一撃に繋ぐ。受けられたら瞬時に引く。カウンターを狙われたら変化をつけて誤魔化し、また別の角度から斬りかかる。

 観客席のシドが内心笑ってそうな、ヒットアンドアウェイ。魔剣士の戦い方としては基礎中の基礎。だからそこに変化を付ける。

 

 時に後方から、速度を変えず滑るように。

 時に前方から、間合い直前で急激に速度を落として。

 時に側方から大講堂で見せた最速で。

 

 相手の剣ごと叩き切るような力はいらない。

 速度で、角度で、変化量で、工夫を凝らして相手を揺さぶる。

 

 一旦劣勢になったら、『シェイ・カゲノ―』では挽回はキツイ。シンプルに地力が違う。

 だからこその攻め。決定打は打てないが、簡単には攻めさせない。守るために攻める。

 押すも引くもせず淡々と。決して受け身にはならず、主導権を握り続ける。

 

 繰り返すこと十数合。アイリス王女の息継ぎが私の攻撃と少しずれただけの、ほんの僅かな綻びだった。

 

(……ここ)

 

 この試合初めて、剣を引かずに振り抜いた。不意を突かれたアイリス王女の剣が軽く弾かれる。

 

 すかさず追撃を試みる。

 打ち下ろし、突き、横薙ぎ、切り上げ。どれがいいかなと剣先を小さく揺らすと、アイリス王女がそれを注視しているのが分かる。さすがは王国最強、どこに打ってもギリギリで対処されそうだ。

 

 それならと、ぽいっと剣を投げ捨てる。

 アイリス王女の目が見開かれ、視線が脇に逸れる。

 その瞬間、もう一歩を踏み込む。さっきよりも近間、剣の間合いではなく拳の間合いへ。アイリス王女が気づいたけど、もう遅い。

 

 懐に入り込み鳩尾に一発。痛みで背が丸まり飛び出た顔面を、そのまま張り飛ばした。

 吹き飛び、尻もちをついたアイリス王女が体勢を整える間に、剣を拾って再度間合いを詰める。

 その距離は2メートルに少し欠ける、お互いに剣を中段に構えれば剣先が少し交わるような距離。一歩踏み込めば打てるけれど、一歩下がれば決して当たらない。

 

 魔剣士にとっては近すぎる間合い。私にとっては慣れ親しんだ、一番楽しい間合い。

 

 さあ、次の我慢比べだ。

 

 私を負けさせてくれるまで(・・・・・・・・・・)、いくらでも付き合いますよ。

 

 

 

 

〜アイリス視点〜

 

 強い。

 

 アイリスは内心舌を巻いた。

 

 地力では負けていない。

 速さも、力も、魔力も。その全てにおいてアイリスの方が上だ。

 だが、状況は芳しくない。

 

 ここまでの戦いでわかった。シェイ・カゲノーは決して生まれ持った強者ではないが、アイリスに匹敵する実力者だ。

 

 変幻自在な攻撃と的確かつ丁寧な防御。それを可能にするのは、徹底した間合いの管理だ。

 およそ2メートル。剣が交わるほどの近間、普通なら即座に決着がつくはずの距離なのに決まらない。

 

 剣を振るために踏み込めばその分だけ下がられ、必要以上に踏み込むと剣が差し込まれる。

 それなら力押しでと、身体強化の出力を上げようとすれば、瞬間シェイが詰めてくるため中断せざるを得ない。

 一旦間合いを取ろうとすると、待っていたかのように連撃を浴び、一気に優位を奪われてしまう。

 

 模擬戦のはずが、稽古でマスをやっているような感覚。力でも魔力でもなく、ただ技術でのみ勝負させられている。

 そしてなにより。

 

(魔力が、見えない……!)

 

 身体強化では、該当の部位に魔力を込める。

 間合いを詰める際には足に、剣を振るう際には腕に、インパクトの瞬間には剣に、実際は無意識の動作ではあるが、魔力で強化するにはそれぞれの瞬間に魔力を込める必要がある。

 当然そこには魔力の移動があり、魔剣士同士の戦いではその流れを見て相手の動きを予測する。

 

 だが、生来の魔力の少なさゆえか、それとも技術なのか、シェイにはそれがほとんど見えない。

 気付いたら剣が迫っていて、反応が一拍遅れる。その刹那の遅れが全てにおいてアイリスを後手に回らせている。

 

 おそらく本気で攻めに転じることもできるはずだ。この状況から詰められれば分が悪いのはアイリス、勝率は6:4といった所だろう。

 当然アイリスもそれを頭に入れ、カウンターを仕掛けようとしているのだが、一向に攻めてこない。淡々と返してくる。

 一瞬たりとも気が抜けず、身体よりも頭が疲れてくる。

 

(アレクシアが師と仰ぐわけですね……)

 

 幼い頃に見た妹のような実直な剣。

 

 アイリスは強さの象徴だ。アイリス・ミドガルがいればミドガル王国は安心だと思わせることが、彼女の使命。負けることは許されないし、正面から正々堂々と、華やかに勝つことを強いられる。

 

 だからだろうか。アイリスには決してできない、生まれ持った才覚にも、周囲の期待にも振り回されない、妹の剣をきれいだと思った。それを伝えた所為で一時険悪にもなったが、今では元通り仲のいい姉妹だ。

 それが目の前の強者のおかげなのだとしたら。

 

(私にできるのは、全身全霊であなたに勝つことです!)

 

 踏み込み、剣を振るう。

 当然躱されるが、それでいい。欲しかったのはこの一瞬、ほんのわずかな猶予だ。

 

 一か八か、魔力を全開にしてそれを追う。

 

 すっと、視界の端に剣が差し込まれたのが見えた。意識の外からの、完璧なタイミングのカウンター。きっと彼女はこれを待っていたのだろう。しびれを切らしたアイリスが強引に攻めてくるその時を。

 急激な魔力を興すために、アイリスは緻密な制御を手放している。

 躱せない、そのはずだった。

 

 けれど。

 

(見える……シェイさんの剣の軌道が……分かる……私の身体がどう動くべきか、何でしょうこの感覚……)

 

 迫る剣への焦りも無く、アイリスはそんなことを考える。何故かはわからないが、この攻撃は防げるのだと、自分は負けないのだと、そんな確信をおぼえた。

 

(魔力の通りがいい……速度も出力も、ひとつ壁を越えたような……今の私なら、いける!)

 

 爆発的に興った魔力。強引にその剣をはじいた。シェイが目を見開き、大きく距離を取る。

 高まる高揚感に身を任せ、アイリスがそれを追う。

 

(いいっ……自分が高められていく感覚……こんなことは初めてです)

 

 キィィンと。

 

 一際甲高い音が響いた。この試合で初めて、シェイがアイリスの攻撃を受けたのだ。

 当然シェイは受けも一流だったが、膨大な魔力が籠ったアイリスの攻撃を完全に流すことはできなかったようで、剣がわずかに流された。

 

 踏み込む、躱される。踏み込む、躱される。踏み込む、弾かれる。

 

 繰り返されるアイリスの波状攻撃。剣を振るうごとにアイリスの身体強化の練度が上がり攻撃は鋭くなる。

 対するシェイは捌くのが精一杯で、余裕がなくなってきた。

 

 アイリスの怒涛の攻めに、遂にその時が訪れた。

 ほんのわずかな体軸のブレ、今のアイリスにとっては十分な隙だ。

 

 その一撃はアイリスが生きてきた中で最高の一撃だった。

 魔力も、力も、速さも。

 今までのどんな一撃よりも強く振るわれたそれは、シェイの鉄剣を高々と弾き飛ばした。

 

 

◇◇◇

 

 

 模擬戦を終えたアイリスの執務室、4人の魔剣士がソファにて歓談していた。

 

「アレクシア、なぜシェイさんがあれほどの実力者だと言わなかったのですか」

「私は言いましたよ。紅の騎士団に入っても遜色ないと」

「遜色ないでは足りないでしょう。私でさえ下手をしたら負けていたのですよ?」

 

 セリフとは裏腹に微笑むアイリスに、アレクシアもすっとぼけて応じる。

 

「嬉しそうですな、アイリス王女」

「正直俺は自信を無くしそうですよ……」

 

 続いたのは、紅の騎士団副団長のグレン。同じく紅の騎士団所属のマルコ・グレンジャーだ。

 

「アイリス王女にクレアさん、それにあんな子までいるなんて」

「マルコ、お前……」

「いやっ、そんなつもりじゃなくてですね、ただちょっと鼻っ柱をへし折られたというか……」

 

 視線が険しくなるグレンだったが、そこにアイリスの声が通る。

 

「いいのですグレン、私も同じことを思っていましたから。小さな頃からずっと負けることがなく、今では王国最強とまで言われて……どこか慢心していたのでしょう」

 

 しみじみと呟くアイリス。否定も肯定もできず、何とも言えない空気が流れる。それに気づいたアイリスが、話題を変えた。

 

「それはそうと、まさか断られるとは思いませんでしたね」

 

 

 

 

 

 アイリスとの模擬戦を終えて、シェイは周囲の観客からの突撃を受けた。

 負けたのにも拘らず、である。

 

 今まで王国最強の名をほしいままにしていたアイリス・ミドガル。彼女に苦戦させたという事実が彼らを大きく興奮させたようだ。

 加えて、魔力量が圧倒的に劣っているシェイがあそこまで善戦したことで色々と言われていた。応援しているとか、普段どんな稽古をしているのかとか、休み期間実家に遊びに来ないかとか。最後のやつはクレアがその場でボコボコにしていたが。

 

 その集団の中で、2人の男女がシェイに頭を下げた。

 小柄な女子生徒に、角刈りの男子生徒。あの事件がきっかけで付き合うことになったらしい。なんでも女子生徒は大講堂でシェイに助けられ、男子生徒はシェイから渡された剣で勇敢に戦ったらしい。魔力が枯渇している中必死の形相で剣を握り、黒ずくめの男を斬り伏せたのがカッコよかったのだとか。

 

 そんなこんなで盛り上がりがある程度収まった頃、人混みを割って近づいたアイリス。お疲れ様です、良い戦いでした、軽い会話の後、アイリスはこう持ち掛けた。

 

 ──紅の騎士団に入りませんか

 

 大観衆の中、王族から直接の勧誘。

 断るはずがない。誰もがそう思ったが。

 

「申し訳ありません。お断りさせていただきます」

 

 シェイはにこやかに辞退した。

 

 

 

 

 

 

「シェイさんは色々な場所へ行って、色々な剣を学んでみたいと言っていましたが、彼女の実力を考えるとやはり入団してほしかったですね」

 

 あの時の空気感を思い出し、アレクシアは笑ってしまう。あの場で平静を保っていられたのは、アレクシアとクレア、シドくらいだろう。

 当事者のアイリスでさえ、「えっ、あっ、はい…そうですか……」と動揺していた。

 

 苦笑いのマルコが口を開く。

 

「それにしても、彼女のあの技量……もし俺たちほどの魔力量があればと思ってしまいますね」

「そうですね。私たちほどとは言わずとも、人並みの魔力があれば」

「いえ、もし彼女に人並みの魔力があれば、彼女は凡庸な魔剣士になっていたかもしれませんな」

 

 ありえないもしもを想像する2人を、グレンが遮った。

 

「なぜです? 彼女の技量に魔力量がのれば……」

「シェイさんがあれほどまでに強くなったのは、おそらく姉のクレアくんのおかげだ。魔力量に劣る彼女が姉に追いつくためにどうすべきか、考えに考え抜いた結果があの剣なのだろう」

「確かにそうですね……実際私も魔力で押し切ることが難しかったです。初めの連撃でも、吹き飛ばされてからの攻防でも、シェイさんに攻撃が当たるビジョンが見えませんでした。打ち込んでも打ち込んでもまるで隙が見えない……最後にあの感覚が得られなければ、いずれ私が負けていたでしょう」

「彼女の一番の強みは、あの懐の深さでしょうな」

 

 懐が深い。グレンの説明に、アレクシアもなるほどと思った。

 

 シェイが目標とするのはシャドウ、すなわち剣の頂だ。

 極限まで研ぎ澄まされ、完成された強さは誰にも測れない。遠すぎてどれだけ離れているのか想像もつかず、ただ見上げる事しかできない。そんな強さ。

 

 対してシェイの強さは、例えるならそう、大海だ。

 知識が無い者からすれば、それが深いことすらわからず、ただ凪いでいるように見える。

 知識と技術があったとしても、どれほどの深さなのかは、底に辿りつくまでは決して分からない。シェイの演技次第で、浅瀬にも深海にも姿を変えてしまう。

 今回の模擬戦において、シェイの実力はこんなものではないと頭では理解しても、目の前のシェイはアイリスと同格にしか見えなかった。

 

 アイリスが覚醒したあれも、きっとシェイの想定通りなのだろう。アレクシアも稽古で何度か覚えがある。

 

(それにあの剣筋……魔力が見えづらいこと以外、ひとつひとつの技術は今の私よりも少し上程度。『成長した私』として姉さまと戦っていたのよね)

 

 ありがたい。上に行くビジョンを見せてくれる、その教えはありがたいのだが、言わせてくれ。

 

 ──いやもうさ、おまえさ、ほんと何なんだよ。

 

 あり得ないくらい強い師匠への気持ちが表に出ていたのか、アイリスが顔を覗き込んできた。

 

「アレクシア? どうかしましたか?」

「姉さま、いえ、その……」

「……落ち込む必要はないですよ。グレンもマルコも同じ思いですし、私も次のために精進するのですから」

 

 何か勘違いされたようだ。そのままにしておこう。

 

「次というと、ブシン祭ですか」

「ええ。今年は例年より注目度が高くなりそうですし……あの感覚を自力で出せるようにして、今度こそシェイさんに完勝してみせます」

「例年よりと言うと、アイリス王女の二連覇がかかっているからでしょうか?」

「それだけではないのです。実はあの模擬戦の後、すぐに学園の修練場の予約が殺到したそうで。実家に帰らず鍛錬する生徒が多いようです」

「王都から離れた領地の貴族からはクレームが来そうですな」

 

 はっはっはと笑うグレンに、アイリスも嬉しい悲鳴ですねと笑う。

 

「さてアレクシア、この後一緒に稽古でもどうですか?」

「一緒に、ですか?」

「ええ、久しぶりに並んで素振りでもして、その後軽く剣を合わせましょう」

 

 それは、本当に久しぶりのことだ。

 アイリスはその実力もあり、最近はずっと独り稽古だった。アレクシアが稽古を見てもらったのだって、何年前の事か……

 うれしい。

 

「ええもちろん、すぐに行きましょう」

 

 立ち上がり、剣を腰に携える。早く早くと目で急かすと、アイリスが苦笑しながら腰を上げた。

 

「私もご一緒しても?」

「俺もいいですか?」

 

 グレンとマルコも立ち上がる。正直今日は2人きりが良かったが、まあいい。

 訓練場に向かう足は弾んでいた。

 

 

 

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