夏の聖地旅行は、見た目最高・相性予想最悪・裏切りの美味の3コンボ、チョコレートファウンテンから始まった。
2日目。
早起き組で訓練をした後、のんびり組(ベータ・デルタ)を起こして朝ごはん。その後はスライム弾の実用化に向けて話し合い。手元から伸ばしたり、手で補助すれば簡単だったが、魔力のみとなると中々難しく。シド発案の「スライムで極小の発射台を作る」が現時点最強のスライム弾となった。
お昼はベータの担当。イプシロンに張り合ったのか、ローストビーフとかテリーヌとか、見た目が華やかなのが多かった。
午後はシドとイプシロンによって、備え付きのピアノで演奏会が開かれた。イプシロンがピアニスト兼作曲家で、ベータも小説家だと知った時のシドの顔は面白かった。
夕食はアルファお手製のシチュー。完璧超人のアルファはもちろん色んな料理ができるけれど、一番美味しく作れるのはシチューとの事。美味しかったです。
3日目。
また早起き訓練からの朝ごはん。今日のご飯担当は私とシド、何を作るか悩みながら街で買い物。カレー・シチューができたら楽なんだけどね、とシドがぽろっと零していた。まあわかる。
結局選んだのはオムライス、ふわとろパッカーンで会心の出来。そこにシドが「いつもありがとう」とケチャップで書いたことで霞んでしまったが、みんな涙目で嬉しそうだったので良しとする。決して恨んではいない。
午後は久々の陰の叡智コーナー。シドが作り話? を披露して、ベータが熱心にメモする。手で特定の印を結ぶと口から火を吹いたり手から雷が出たり、とある一族にしか発現しない赤い瞳だったりの不思議な世界。仲間との友情・対立、師弟の絆、恋愛にド派手なバトル……私も思わず聞き入ってしまった。
その話はあまりに長く、面白く。いつの間にか夜も更けていて、みんな疲れた様子。夕食は簡単にうどん、薬味はお好みで。シドの手抜きも偶には役に立つ。
ちなみにデルタは毎回の洗い物手伝いである。
そんなこんなで4日目、女神の試練前日の朝。朝ごはんの後、アルファたちと別れた。
街の中心を通るメインストリート。多くの観光客が行き交う中、露店をひやかしながら歩く。
「何でどれも左腕なんだろうね」
シドの視線の先には、禍々しい左腕に剣が刺さっているキーホルダーが並んでいる。
「英雄オリヴィエの剣と魔人ディアボロスの左腕だよ」
「知ってるの?」
「観光するんだもん、調べたの」
本当は前から知っていたが、それっぽく誤魔化す。
「聖協会の向こう側に聖域があって、そこでオリヴィエがディアボロスの左腕を切り落として封印したんだって」
「ふーん、それで剣と左腕か……お土産これでいっか、すいませんこれ2つ下さい」
店主からはいよと返ってくる。ひとつ3000ゼニー、結構いい値段だ。シドは代金を払い、受け取ったそれらをそのままポケットに入れた。
ぷらぷらと歩いていると、少し先に行列が見えた。言わずもがな、ベータのサイン会である。
「さすがは有名作家様だね」
「パクリ作家だけどね」
不貞腐れたように言うシド、丸パクリされたことに納得いっていないらしい。
「いいじゃん。元ネタはあるにしても、本にするために細かい描写を補完できたのはベータだからなんだし。シドじゃそこまではできないでしょ」
「そうだけどさぁ。ガンマに続きベータまで。イプシロンに至っては丸パクリじゃん」
「それに関してはノーコメントで」
ちらっと覗こうかと思ったけれど、人が多いので断念する。そろそろお昼でもと思ったところで、後ろから声を掛けられた。
「シド君?」
「ん? ……げっ、ローズ先輩……」
シドが振り向いた。こいつ今、小声で「げっ」って言ったぞ。
ローズ先輩はそれに気づかない。それどころか、思案・驚き・恍惚と表情が移り変わる。なんで?
「シド君、貴方は本当に……」
ぼそりと呟き、ローズ先輩がシドの手を取る。
「シド君……私たち2人は茨の道を歩むことになるでしょう。誰からも祝福されず、認められない道です」
????
いきなりどうした。
「貴方が生きていたと知ったあの日、そして今日ここで貴方と出会えて、私は運命を感じました。こうして語らえる日が来たのは世界が2人を祝福しているからだと。女神から力を授かった伝説の英雄は、平民から富と名声を築き大国の王女を娶ったと伝えられています。茨の道は辛く苦しいですが、それを抜けた先には必ず幸せな未来が待っていると……シド君と2人でなら成し遂げられると、私は確信しています」
いきなりのマシンガントーク。シドが「あ、コイツやべえやつだ」って顔してる。
「今回の『女神の試練』を越えれば茨の道を一歩進むことができます。私も父に勇敢な青年の話をすることができます」
ここまで来てようやっと、ローズ先輩の考えに思い至った。
女神の試練を越える
=英雄への第一歩となる
=身分差を覆して大国の王女を娶る
=シドとローズ先輩が結婚
とんでもない飛躍だ。
「シェイさんもシド君の雄姿を見届けに来たのですよね」
あ、存在は気づいてたのね。てっきりシド以外目に入ってないのかと。
「あー、そのー……」
シドと目を合わせる。どうにかしてよと訴えてくる。仕方ないなぁ。
「いえいえ、せっかく夏休みなので旅行してたんです」
「旅行、ですか」
「はい、一緒に色んなところ行きたいねって小さい頃から決めてて。念願の兄妹デートです」
言外に、女神の試練に挑戦するわけじゃないですよと。なのにローズ先輩は分かっていますよとばかりに頷いた。
「そうですか。そういうことならご兄妹での旅行に水を差すわけにもいきませんし、私はこれで失礼しますね」
あっさりと場を離れたローズ先輩は、少し先の行列を見て、駆け足でその列に並んだ。
彼女がナツメ先生のファンだとかは今はどうでもよくて。
「ねえシド、兄の交友関係とかあんまり口出したくないんだけどさ……」
「うん、そうだね……」
私はローズ先輩の恋心を知って。シドは宗教勧誘とかと勘違いしてそうだけど、結論は一致している。
「「ちょっと距離置いてね / 置こうか」」
2人の声がハモった。
◇◇◇
女神の試練当日。
開始から数時間が経ち、数十人目かの挑戦者が光輝くドームに現れた。
「古代の戦士よ、我が呼びかけに応えたまえ!」
挑戦者の高らかな宣戦布告。数秒の静寂の後、カーンと鐘の音が鳴り、挑戦者は肩を落としてドームから去っていく。
「ふわぁぁ……ちょっと飽きてきたね」
「そうだね……ふわぁ」
隣でシドが欠伸をした、つられて欠伸が出る。目尻についた涙を拭う。
数時間やって、古代の戦士を呼び出せたのはアンネローゼって女剣士だけ。最初は鐘の音に笑っていた観客も、今となっては雑談しながらの観戦だ。
少しずつ終わりの雰囲気が漂ってきた頃、その挑戦者の名前が呼ばれた。
「次! ミドガル魔剣士学園の生徒! シド・カゲノー!!」
「「ん??」」
思わず隣へ視線をやると、呼ばれた本人も同じようにこちらを見ていた。
「……シド?」
「いやちがうよ?」
「だよね」
シドが自分から、しかも本名でエントリーするなんてあり得ない。当然私やガーデンでもない。
じゃあ誰が……と考えていると、会場が拍手と歓声で満たされる。誰かが口笛を吹き、学生なのにやるなとか、学園じゃモテモテだろうなとか、そんなセリフまで聞こえてくる。
やばい雰囲気だ。隣でシドも珍しく頬を引きつらせている。
この状況、考え付く選択肢は4つ。
選択肢その1、諦めて挑戦する。
何もなければ問題なし。でももし古代の戦士に選ばれてしかも強敵だったら……リスクが高すぎる。却下。
選択肢その2、知らんぷりする。
ここまで棄権者も何人かいたし、普通ならこれ一択。でも魔剣士学園の生徒と呼ばれてしまったため、学園に抗議が来る可能性有。退学なんてなったらお姉ちゃんブチギレ案件だ。却下。
残るは選択肢その3、その4だけど……
(まあ、マシなのはこっちか)
またまた面倒事かぁ……と落ち込む心をため息と共に静める。そのおかげだろう、私がシドのそれに気付けたのは。
反射の領域でシドの手首を掴むと、その手に灯っていた魔力が霧散した。
シドが私を見た。私も目を逸らさないから、そのままじっと見つめ合うことになる。
「本気?」
「うん」
「…わかった」
短い問答。お互い余計な言葉はいらなかった。
手を放すと同時、上空に紫色の光が放たれた。その光は暗い夜空に映え、会場にいた全員の視線を釘付けにした。
光が消え、視線が空から地上へと戻る。ドームの中央にはひとりの男が黒いロングコートをはためかせていた。
「我が名はシャドウ……。陰に潜み、陰を狩る者……」
観客がざわめく。
「聖域に眠りし古代の記憶を……今宵我らが解き放つ……」
言葉選び、声音、佇まい。駄目押しに放たれる濃密な魔力。
(ひゅー、かっくい~)
こういう時のシドはシンプルにカッコいい。
勝手に申し込んだ犯人もガーデンの計画も一旦横に置いて、目の前のお祭りを楽しむことに決めた。
◆
強い。
シャドウの前に現れたドレス姿の女の人。可憐な見た目とは裏腹に、とんでもない強さだった。
(これ、私が出なくて良かった)
選択肢4、私が出る。やめておいてよかった。
彼女クラスを相手にしたら、『シェイ・カゲノー』では確実に負ける。勝負にすらならない。
それに彼女の戦闘スタイル、超速・射程無視・圧倒的物量。私との相性が最悪だ。
私を殺すなら、アイリス王女クラスの魔剣士を100人揃えるより、素人1000人に銃を持たせた方がまだ可能性がある。
生身の人間なら、一度に相手をするのは精々4人程度。でも飛び道具は数が多ければ多いほど脅威となる。力技が苦手な私にはそっちの方が怖い。
(それにしても、あれ……血を混ぜてる? 自分の身体の一部を使うことで魔力を込めやすくしてる、のかな。吸血鬼でもない人間がそんなことできるなんて……)
目の前で繰り出される赫。
その原理を知るからこそ、彼女の異次元さがわかる。間違いなく、私が会った中で2番目に強い。
ただ、それはそれとして、ムカつくことがある。
(なんであんな笑顔なんだあのやろう)
シドが笑っている。楽しそうに、嬉しそうに、そして寂しそうに、笑みを浮かべていた。
いくら伝説の存在とはいえ、今は力を制限された状態。実力はシドと比べ物にならない。
私の方が強い。私相手ならもっと本気出すのに。なんならちょくちょく負けるくせに。
「あとで新技の実験台にしてやる」
ついでにボコボコにしようと、そう心に決めた。
◆
〜アレクシア視点〜
突如として現れたシャドウと彼に応えた古代の女。異次元すぎる戦いはシャドウの勝利により、あっけなく幕を下ろす。
目的を果たしたとばかりに、シャドウはあっさり会場を去った。
会場全体が強く揺れ、光のドームが砕け散った。そしてドームの中央だった場所には、赤黒い光で構成された大きな扉のようなモノが現れた。
「これは……?」
「巨大な扉……?」
「新たな戦士が出てくるのでしょうか……」
「魔女の次よ、魔人でも出てくるって言うの……」
ローズの呟きを否定するが、アレクシアとてさっぱり状況が掴めない。本当に新たな戦士が出てくる可能性も十分ある。
「まさか……シャドウに聖域が応えたというのか……?」
先ほどまで偉そうにしていたハゲ──ネルソン大司教代理が呆然と呟いた。
「司教様、応えたとは?」
「ああいえその…ご存知の通り、今日は年に一度の聖域の扉が開かれる日です」
「聖域の扉は大聖堂の内部にあると聞いていますが」
「扉とは実体を持つそれ一つを指すものではございません。あのように自在に形を変え、在る場所を変え、求める場所、資格あるものに応じてふさわしき姿で映し出されます。即ち招かざる扉、招集の扉、そして歓迎の扉」
ローズが問い、アレクシアがまた問う。すらすらと答えるネルソン。
だが、赤黒い光が輝きを増すと、焦った様子で指示を飛ばした。
「いかん! 扉が開いてしまう! 信徒たちを外へ出せ! 扉に近づけさせるな!」
指示された部下たちはまずい、早くしなければなどと言いながら走り始めた。
隣でナツメがこほこほと咳をした。
観客たちは順番に外へ誘導される。
「さあ、皆様にも万一のことがあっては。退出を」
ネルソンがアレクシアたちに振り向いた。その瞬間、アレクシアとローズは反射的に柄に手を掛けた。
「ヒィッ」
「グッ……な、なんだ……!?」
ナツメが悲鳴を、ネルソンが苦鳴を上げる。
突如現れた黒ずくめの集団によって、2人が捕らわれた。ローズとアレクシアはその瞬間まで気配を察知できなかった。
「き、貴様ら、シャドウガーデンか!!」
両腕を背に固められ、両膝をつかされたネルソンが叫ぶ。だが、リーダーらしき女は視線すら返さなかった。
「悪いけど扉が閉まるまでの間、いい子にしていてね。お嬢様方」
その女から視線が向けられる。それだけで十分だった。
女は恐ろしく強く、逆らえば即座に殺されると。シャドウに及ばないまでも、その足元に届いていると。
「あとは任せるわ」
「了解しました、アルファ様」
女が別の方向を向いた。声が返ってきたのは誰もいなかったはずの場所、壁を背にする女がいた。またしても気配を感じられなかった。
(あれがアルファ……)
アイリスから聞いた誘拐事件での出来事。突如現れた漆黒のローブを着た女、バケモノと戦おうとするアイリスの前に立ち塞がり、そのバケモノと共に姿を消した凄腕の魔剣士。アイリスと同等以上の力を持っているかもしれないとも聞かされた。
かもしれないではない。確実にアイリス以上、それも圧倒的な差でだ。
(シェイとならどっちが強いのかしら……)
王女としてまずいという自覚はある。王国最強を圧倒する強者がいる事実を前に、こんな気持ちはいけない。
だが、ひとりの魔剣士として、好奇心を抑えずにはいられなかった。
(シェイの強さが測れないってことはシェイの方が上なのかしら、でもこいつだって遥か格上としかわからないし、アルファの隣にいるあいつも、壁にいるあいつも……とんでもないわね)
「随分と余裕そうね、お嬢様」
ビクッと大きく肩が跳ねた。我に返ると、目の前にアルファがいた。
ローブの下に美しい水色の瞳が見えた。殺されるかもしれない恐怖を抑えつけ、笑みを作った。
「え、ええ。何か問題でも?」
顔が引き攣る。ぴくぴくと動くのがわかる。虚勢なのが明白な態度だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
師匠も言っていた。
『キリッとした顔でいれば大体なんとかなる。人生、気合いと勢いとハッタリだよ』
と。
「一緒に来るかしら?」
「は……?」
思わず呆けたアレクシアへ、アルファはゆっくり語りだした。
「かつて、この地で英雄オリヴィエが魔人ディアボロスの左腕を封印したと伝えられているのは知っているでしょう」
「それがどうした。左腕でも探しに来たか?」
ネルソンが嗤った。その顔には未だ余裕が感じられる。
「それも楽しそうだけれど、私が知りたいのはそんなことではないの。私が知りたいのはあなたたち、ディアボロス教団のことよ」
「な、何の話だ?」
「答えられないのはわかっているわ、だから直接見に来たの。最初からすべてを、闇の中に葬られた真実を探しに」
アルファは一度ネルソンに視線を向け、再度アレクシアへと戻した。
「行くわ」
視線での問いに、アレクシアは即答した。
ディアボロス教団という単語、それに反応したネルソン、真実を見に来たというシャドウガーデン。ここで怖気づいてはいけない。
「そう」
一言呟き、アルファが身を翻す。その口角が微かに上がっていたのをアレクシアは見た。
ギリッギリの綱渡りには成功したらしい。師匠に感謝を、それともっとちゃんとした教えをよこせと文句を。
「行きましょうか」
「ふっ……行きたければ貴様らだけで行くが良いわ。あの世へな!!」
部下に声を掛けたアルファへ、ネルソンが叫んだ。
「殺れ! 処刑人ヴェノムよ!!」
突如黒い影が舞い降り、アルファへと襲い掛かる。
背後からの完全な奇襲。並の魔剣士なら気づかぬうちに死をもたらす、凄腕の魔剣士でさえ回避できない一撃だが。
結果、何も起こらなかった。
「あら、こんなところでお昼寝かしら」
ヴェノムと呼ばれたモノが、細切れになって床に散らばる。
何をしたのか全く分からなかった。
残像が見えた、剣を抜いた、それすらも分からない。アレクシアの理解を遥かに超える剣技に、状況を忘れて感服する。
そして、ずっと偉そうにしていたハゲの間抜け面を晒したことに、よくやったと内心拍手を送った。