「おかしい」
真っ暗な部屋の中、私はぐるりと辺りを見渡す。
ここは私たちの寝室。10歳になった私たちは、両親やお姉ちゃんとは別の部屋で寝ている。
夜も遅い現在、部屋には私しかいない。本来隣のベッドで寝ているはずのシドがいないのだ。
そう、シドは夜な夜な何処かへ出かけている。
本人にそれとなく聞いても、「シェイが寝ぼけてるだけじゃないの?」とか「トイレに行ってそのまま寝ちゃってた」とか、嘘ばかり吐かれる。シドの嘘はすぐにバレるってどうして理解しないのだろうか。
シドの身に何かあるんじゃないか、なんて不安は全くない。私ですらお父さんや騎士の人たちを軽くあしらえるのだ、あの兄が負ける相手なんてそうそういないだろう。
ちゃんと寝れているのかとか、夜中起きたときにいないと寂しいとか。そんな個人的な思いは横に置いておくとして、何をしているかは気になる。
秘密の修行とかなら可愛げがあるが、あのバカがこっそりやっていることだ。どうせろくなことじゃない。
私はこっそり追跡することに決めた。
そのためには、兄が何処にいるのかを探す技術が必要だ。直接追いかけるのは現実的ではない、1分も保たずに振り切られるだろう。
私はお父さんに頼み込んで、魔力探知を教わることにした。
魔力探知の練習を始めて3日。
私は早くも挫折していた。
(あのバカ、バケモノすぎない?)
シドの魔力痕跡が全く辿れない。魔力残滓は例えるなら、バケツからこぼれたインクが跡を作るみたいに残る。
お姉ちゃんやお父さん相手なら簡単なのに、あのバカは魔力操作が精密すぎて屋敷内ですら魔力痕跡を探知できなかった。
(というか改めて見ると……すごいきれい)
魔力は使っていないときであっても、少しずつ身体から漏れ出てしまう。魔力操作が下手な人ほど、それは顕著だ。
シドはそれをほとんど漏らしていない。その所為で魔力痕跡が残らないのだ。
(……とりあえずこのきれいすぎる感覚は憶えておこう)
その日からこれまで以上にシドをじっくりと観察することにした。
1週間後。
その日はシドから見知らぬ人の魔力痕跡を感じた。それも1人や2人ではなく、30人以上が混ざっている感じだ。
(夜中に大人数? ……パーティーでもしてる、わけはないかシドだしね)
あの極度の面倒くさがりの兄がパーティーなんてありえない。朝起きたらお父さんの髪がフサフサになるくらいありえない。
(ん~~~、それじゃあほんとに何なんだろう)
1カ月に一度のペースで同じような魔力痕跡を感じるようになったが、正体はよく分からないままだった。
半年後。
シドから毎日同じ魔力痕跡が残っていることに気づいた。
(最近はずっとこの魔力波しか感じない。ってことはシドはこの人に会いに行ってるってこと?)
この人(仮にAさんとする)がどんな人物なのかは知らないが、あの兄がわざわざ時間を割いてまで会いに行く人物だ、それなり以上に親しいのだろう。
それに、魔力の扱いが上手くなっているのか、シドに付いた魔力痕跡がどんどん薄くなっている。この尋常じゃない上達速度、お姉ちゃんよりも上だ。
(もしかして、本当に秘密の修行をしてるのかな?)
私たちの前でシドが本気を見せることはない。その理由は置いておくとして、このAさんを鍛えているのは本気を出すための相手を育てているのではないか。
(でもそれって……なんか悔しい)
お父さんやお母さんは分かる。天才やら神童やら騒ぎ立てられるのが目に見えている。
お姉ちゃんも少し面倒なことになりそうな気がする。かなりの負けず嫌いであるお姉ちゃんのことだ、シドに負けでもしたら朝から晩まで鍛錬に付き合わされるだろう、現に私がそうだった。
まあ私はお姉ちゃん大好きっ子なのでウェルカムだったのだが。
ただ私にまで秘密にするのは納得いかない。
今だってシドが本気を出してないのに気づいている。シドだって気づかれていることに気づいているはずだ、じゃなきゃ私との訓練でも手を抜いている。
(シドが変人なのは今更だし、そんなことでどうにかなったりしないのに……確かに私は魔力量も少ないしシドには勝てないけどさ、少しくらい話してくれたっていいじゃない)
内心で文句を垂れていた私だったが、大事な問題を忘れていた。
(Aさんの魔力操作がこれ以上上手くなったら、さすがに追えなくなる)
この半年ずっと練習してきたからか、最近は兄を相手にしても近くであれば感知はできる。ただ、未だ遠くにいる兄を見つけることはできない。Aさんでもこれ以上痕跡が薄くなったら厳しいだろう。
(見つかったら怒られるだろうし、夜に出掛けるのは嫌なんだけど……これを逃しちゃいけない)
思い立ったが吉日。今夜、兄が何処に行っているのか突きとめてみせる。
◇◇◇
「……ほんと暗いね」
「今からでも帰った方がいいんじゃない?」
「暗い中1人は嫌、帰るならシドも連れて帰る」
「それは困るなあ」
「じゃあさっさと案内してよね」
時刻は夜12時を越えた頃、私はシドと一緒に森の中を進んでいる。
何故追いかけるはずのシドと一緒なのか。
大した理由ではない、ただ暗い森を1人で歩くのが怖くなっただけだ。真っ黒な森は窓から眺めるだけで十分だ、1人で進むなんてできるはずがない。
だからシドが着替えてから部屋を出る瞬間に声を掛けた。
『どこ行くの?』
『ちょっとトイレに』
『そんなカッコで?』
『そんな気分だったんだ』
『ふーん』
『……』
『……』
『……えっと、シェイ?』
『出掛けるんでしょ、私も連れてって』
『え、それはちょっと……』
『誰かと会ってるんでしょ。別に言うつもりはないし隠さなくていいよ』
『それでもなぁ……』
『ダメならシドが夜な夜な美少女に会いに行ってるってお姉ちゃんに言うから』
『よしすぐにでも行こう』
本当に美少女がいるかは知らないが、こんな感じで割と簡単にOKがもらえた。シドにとってお姉ちゃんの存在は切り札になるのだ。
「ねえシド」
「なにシェイ」
「静かすぎてこわい、なんか面白い話して」
「無茶言うなぁ」
ざわざわと風の音しかしないとか怖すぎる。シドの間抜け声でも無いよりはましだ、面白くなくていいから何か話してほしい。
「ならシドが会いにいってる人のことでいい。どんな人なの?」
「あ、それなら。アルファって言うんだけど面白い子だよ」
「どんな風に?」
「話すと長いんだけど、どう話せばいい?」
「一言で言うと?」
「ちょろいエルフ」
「は?」
何言ってるんだコイツという目で見ると、シドが事細やかに説明してくれた。
兄は随分と前から盗賊狩りをしていたらしい。これすら耳を疑ったが、本当におかしいのはこれからだった。
1カ月ほど前に盗賊のアジトから「悪魔憑き」となった腐った肉塊を見つけたこと。
それが魔力暴走ゆえだと考えたシドが色々と実験をしたこと。
そして、魔力暴走を完全に制御しきれたその瞬間……金髪エルフの少女が現れたこと。
シドは「自分の身体じゃないから好き勝手できた」とか、「魔力の神髄に近づいたんだ、僕の実力が目に見えて高まっていったんだ」とか、それはそれは嬉しそうに語っていた。
もうこの時点でお腹いっぱいだったが、まさかこれさえも導入部分に過ぎなかった。
このバカは、即興かつてきとうに組み立てた設定を、さも真実のように語ったというのだ。
曰く、悪魔憑きの正体は、勇者たちによって倒された魔人ディアボロスが死の間際に掛けた呪いであること。
曰く、ディアボロスの復活を目論むディアボロス教団なる闇の組織が存在すること。
曰く、英雄の子孫たちの台頭を避けるため、歴史をねじ曲げ、呪いの治療法も隠し、それどころか悪魔憑きなどと蔑まれる存在に仕立て上げたこと。
そして、陰に潜んでいるディアボロス教団を陰ながら狩るための組織、シャドウガーデンが存在すること。
シドも開き直ったのか、「陰の実力者」なるものに憧れがあることまでぺらぺらと話してくれた。
そのためだけにあれだけの力を身に付け、これだけの設定をでっち上げられるのは、一種の才能なのかもしれない。
ただ。
「いやぁ~、アルファったらホントに演技派でさぁ、それからずっと僕の設定に付き合ってくれるんだ~」
「……」
「アルファのおかげで最近の陰の実力者プレイは組織っぽくて設定に深みが出るから楽しいんだよね~」
「………ん……か」
「え、ごめん? なんて?」
私は覗き込んでくるシドをきっと睨みつけ、
「こんっのバカ! なんてことしてるのよ!」
その頬を全力で引っぱたいた。
「あんた自分が何をしたか分かってんの!?」
悪魔憑きはこの世のどんな病よりも恐ろしいものだとされている。
一度かかってしまえば最後。絶対に治ることはなく、周囲からも人として扱われない。あまつさえ教会で浄化という名の処刑をされる存在なのだ。
私には想像しかできないが、当事者の絶望はとてつもなく大きいはずだ。
それを救ってくれたシドの言葉、それもある程度筋の通った言葉を信じずにいられるだろうか。絶対に無理だ。
そんな常識は何処かに捨てたのか、それとも元から持っていないのか、シドのにこにことした笑みは崩れなかった。地味にノーダメージなのもショックである。
「大丈夫大丈夫。そんな組織なんて存在しないから、いくら探しても見つかるはずないって。それにアルファも設定を楽しんでるんだ」
ダメだコイツ。本気でそう思っている所がもう手遅れだ。今までのダメさなんて比べてはいけないくらいどうしようもない。
諦めた私は、もうなるようになれと、雑に相槌を打つだけのロボットと化した。
ただ、アルファという名前はシドが適当に付けたことを聞いて、2度目の平手が飛び出たのは仕方がないだろう。
◇◇◇
(なにこの子……すっごい美人)
整った顔立ちに輝くような金髪。こんな廃村に似つかわしくない絶世の美少女がそこにいた。
「こんばんは、シャドウ。その子は?」
「うん、アルファもね。この子はシェイ、僕の双子の妹」
「そう。私はアルファ、よろしくねシェイ」
「あ、はい…よろしくお願いします」
アルファに見惚れていた私は何とか挨拶を返す。
「それでシャドウ、ディアボロス教団について追加の情報があるのだけど……」
「あ、その前にアルファさんに話したい事があるの。シド、ちょっと外で待っててくれる?」
「いいよー」
シドが外に出たのを確認して、私はアルファに頭を下げた。
「あの、兄が本当にすみません。アルファさんにまで迷惑を掛けちゃって」
「アルファで良いわ。シャドウと双子なら、私とも同い年だから」
「あ、そうなんですね。それじゃあアルファで……それで、兄がごめんね」
「いいのよ。彼は私を絶望の淵から救っただけではなく、生きる意味までくれたのだから」
「っそれならよかった……って、ん?」
何かがおかしい。絶望の淵から救うはわかる。だけど、生きる意味……?
……なんだろう、嫌な予感がしてきた。
「全てを失った私に生きる意味をくれた。シャドウガーデンとして陰に潜み、この世界を歪ませる影と戦うこと。そのためならこの命すら懸けてみせるわ」
(あれ……これじゃあまるで……)
アルファの表情は演技をしているようには見えない。そもそも私相手には演技する必要もない。
「あれを見てほしいの」
アルファが部屋の端にある机を指差す。そこにはいくつもの本や紙切れが置かれていた。
(…………え? ちょっと待って、そんなことあるわけない、嘘だよね、嘘だと言って)
予感を通り越して確信になりつつある。それでも悪あがきしている私に、アルファがトドメの一言を告げた。
「ディアボロス教団と悪魔憑きに関する情報を私なりに集めてみたの。あれだけの資料の中からほんのわずかしか痕跡が見つからないなんて、本当に教団の影響力はすさまじいわ」
「あなたの方がすさまじいです」
兄は理解などしていない。この資料の山も、「アルファも熱心だなぁ。それっぽいの並べて、雰囲気作りまでしてくれるなんて」とか思ってるに違いない。
アルファが謙遜らしきことを言ってシドを褒め称えているが、誰が何と言おうとアルファの方がすごい。
ここまで話がこじれた原因はただ1つ、アルファが優秀過ぎたことだ。
バカであればシドと一緒に楽しめただろう。もしかしたら途中で飽きるかもしれないが、それならそれでよかった。
中途半端に頭が良ければどこかで嘘だと気づけただろう。いくら調べても見つからず、シドに見切りをつける。正直こうなってほしかった。
優秀過ぎるが故に見つけてしまった真実。偶然が重なるにもほどがある。
(どうしよう、お腹いたい……)
世界の真実なんて知りたくなかった。悪魔憑きを処刑するのは聖教なので、ディアボロス教団は教会とも繋がっているのだろう。国を跨ぐ権力なんてどうやって相手にするのか。
これはもう兄が嘘吐いててごめんなさいって謝るだけじゃ済まされない。
兄は自分の作り話が本当だなんて信じないだろうし、アルファに至ってはここで嘘でしたなんて言えるわけがない。
真実を知っているのは私だけ。こんなのあんまりではないか。
家の外で待機している兄を壁越しに睨みつける。
(あのバカ、絶対に許さない)
ついてきたのは自分からだが、こんな嘘を吐いたのは兄だ。私は悪くない、兄がすべて悪い。
とりあえず明日の訓練では実際に剣を交えよう。そしてできる限りボコボコにする。結局無傷でもいい、そうでもしないとやってられない。
ここに来たことを心底後悔しながら脳内でイメトレをしていると、さらに胃痛のタネが投下された。
「最近は剣の練習をしながら魔力制御を重点的に鍛えているの。悪魔憑きを治すのはシドしかできないけど、いずれは私も出来なくちゃいけないから」
「えっと、どうして?」
「敵は強大、戦力の底上げは必須だからよ」
「うん……その通りだね」
「それに、他の英雄の子孫を探し出して保護する必要もある。できればその子たちにも協力してほしいと思っているの」
「……そうだね」
ここでもアルファのずば抜けた優秀さが私を苦しめる。
(ごめんなさいごめんなさい、もうこれ以上話を大きくしないでぇ……)
私は内心泣きながら、必死に相槌を打つのだった。