〜アイリス視点〜
アイリス・ミドガルは悩んでいた。
どうすれば、彼女を武神祭に参加させることができるだろうか。
アイリスはただ強いだけの女だ。政治的なセンスは無く、自身もそれを認めている。
アイリスにできるのは、ミドガル王国の強さの象徴であることだけ。今のアイリスには王国最強・武神祭優勝という肩書があるが、現状あまりに不十分。アイリス・ミドガル個人ではなく、集団として国民から人気を集める必要がある。
『紅の騎士団』は信頼できる人材をアイリスが直接勧誘した。その中には騎士団の頭脳を任せられる人材も含まれており、国民からの関心も高い。
そこに、アイリスに次ぐ実力者、すなわち王国ナンバーツーの魔剣士が加われば、さらによい方向へ向かうだろう……彼女が騎士団への勧誘を断った事は横に置いておく。今は彼女の強さをアピールする方が優先だ。
となればどうにかして彼女を武神祭に参加させたいのだが、クラスメイトであり、彼女の弟子である第二王女は言う。
『あの子は面倒臭がりですから難しいと思いますよ。武神祭も屋台巡りしたいと言ってましたし』
まじかと思った。魔剣士なら誰もが注目する大会において、屋台巡りが楽しみとは。まじかよとしか言えない。
紅の騎士団副団長は言う。
『彼女はそういった肩書や名誉に興味が無いのでしょう。であれば一人の魔剣士として、強さを競いたいという気持ちを伝えた方が可能性は高いかと』
なるほどと思った。選抜大会に欠場したり、騎士団への勧誘でも揺るがない以上、そこから攻めるのもありだ。
彼は続けて言う。
『私も彼女と剣を合わせましたが、彼女は本当に剣が好きなようでした。相手が強者であれば尚の事でしょう』
噂では元ベガルタ七武剣の女剣士が武神祭に参加するとのこと、それを知れば彼女も意欲が湧くかもしれない。
彼女のクラス担任は言う。
『彼女はあまり人前に立つタイプではないので。特待生としてはもっと表に出てほしいのですが……』
確かにと思った。実力主義が強い魔剣士学園で、あれだけの実力者なのに噂になるのが遅すぎた。
ハルバードを得意とする学園の教師は言う。
『彼女は実に楽しそうに得物を振りますからな。もし彼女がハルバードで大会に出れば、その魅力も広まると思うのですが』
ちょっと的はずれな意見が返ってきた。マイナー武器を好んで扱う者は変人が多いというのは本当だったようだ。
そんなこんなで武神祭開催直前、カゲノー男爵家から王都へ戻ってきた彼女に求める。
「シェイ・カゲノーさん、今回の武神祭に参加してもらえませんか?」
シェイはニコニコと笑顔で一言。
「いいですよ」
「えっ?」
動揺が口から零れた。後ろに控えていたグレンとマルコからも、同じように動揺が伝わってくる。
「あらそう、それじゃあ──」
欠片も動揺を見せなかったアレクシアは、さくさくと話を進めていく。大会の詳細と予選への出場登録などを伝え、シェイから来た要望も承諾する。
話が一段落したシェイは、アイリスたちに一礼して部屋をあとにする。
「なんというか、肩透かし感がすごいですね……」
「そうですね……」
苦笑いのマルコにアイリスも頷く。あれだけ準備して、交渉のカードを増やしたというのに、実にあっけなかった。
「アレクシア、貴女はこれを予測していたのですか?」
「いえ、そうではなく……何故かあの子の機嫌が良かったので、もしかしたら引き受けるかもと。心構えだけは作っていただけです」
おそらく夏休みで旅行に行き、実家でも両親と会ったからだろうと推測する。
「それにしても、先ほどのシェイさんの要望、あれはもしかして」
「ええ、あの子なりのお遊びでしょう」
全魔剣士が憧れる武神祭でそんなお遊びをするとは、そんな雰囲気が形成される。まあ、シェイが武神祭に出場するという目的は果たしたのだから、これで良いのだろう。
◇◇◇
七陰には二つ名があるメンバーがいる。『堅実』のベータだったり、『緻密』のイプシロンだったり、それぞれの特徴を捉えたものだ。
その二つ名に『最弱』と付けられたのがガンマだ。
彼女は七陰の中でも古参でありながら、その戦闘力は最弱だ。戦闘センスがないのはまあいいとして、運動センスすらない。今は改善したけど、何もない所で転んだり、慣れないヒールで転んだり、本当に散々だった。
(あーうん、あの日の事を思い出すと今でも頭が痛くなる。やめよう。もう忘れよう)
そんな大きすぎる欠点を持つガンマだけど、頭は抜群にいい。自他ともに認めるシャドウガーデンの頭脳。
だけど、ガンマはそこに満足していない。
シドが多分てきとうに語った『陰の叡智』を再現しても、ミツゴシ商会を王国有数の商会に成長させても。
『私はまだ主様の役に立てていない』
そう言って、頑張り続けてきた。
今回もそうだ。
語り終えたガンマは、涙を拭いて、顔を上げ、今度こそはとその理知的な青い瞳に決意を宿した──
「シェイィ……わ、わたしはまたっ、あるじさまにぃ……」
──わけではなかった。
執務室にある二つのソファ、テーブルを挟んで向かい合ったそれらの片側にて、ガンマは私にしがみついていた。涙交じりの言葉に応えるように、優しく頭を撫でる。
「大丈夫だよ。ガンマが頑張ってる事は私が知ってるから」
「で、でも私はっ、またあるじさまの事を理解できなくてぇ……」
「大丈夫だよ。シドだってガンマのこと信頼してるって」
「でもぉ」
でもでもと繰り返すガンマに、大丈夫だよと繰り返す。
私とガンマ。見た目は完全にガンマの方が年上で、実年齢もその通りなんだけど……。
一方的に甘えるガンマと、一方的に可愛がる私。今の状況だけを見れば、そうは思えないだろうな。
でも、これは仕方ない事だと思う。
ガンマだけじゃなく他の七陰にも言えることだけど、彼女たちは飢えているのだから。
悪魔憑きは発症したが最期。親しい人や家族からは迫害され、逆に助けようとした者がいれば異端と見なされ殺される。今までの愛情を全て奪われて、ひとり孤独に腐り落ちていく。そんな地獄に、10歳とかそこらで落とされたのだ。
シャドウに救われてからはそれが一転、自分たちを貶めた世界の闇を知らされ、それと戦う事を決意した。
考えれば考えるほどとんでもない人生である。
まぁまとめると。彼女たちは飢えているのだ。愛情に。人肌の温もりに。特に落ち込んだ時は、それが顕著に出る。
皆、シャドウの事は大好きなんだけど、だからこそ素直に甘えることは出来ない。異性だからってのもある。あ、デルタとイータは別、あの2人はそんな事気にしないから。
そこでちょうどいいのが私。同性で、悪魔憑きっていう同士でもなくて、でもシャドウの双子の妹で、悪魔憑きの秘密を知っていて。彼女たちにとって私は一番近い他人だ、遠慮なく甘えられる。
それと私も大義名分を持って彼女たちに絡みに行ける。『うぃんうぃん』ってやつだ。
しばらくして、でもでも連呼が終わるくらいにはガンマが落ち着いてきた。
「落ち着いた?」
「……うん」
「話聞ける?」
「……うん」
腕の中で頷く動き、くぐもった声が聞こえる。
「ガンマにとって、シドは凄い人なんだよね」
再度頷く感触。返事はない。
「でもね、シドも一人の人間……今回は一人の魔剣士なんだよ」
今度はピクリと反応する。
「シャドウとして、世界の陰と戦うって言ってもさ。一人の魔剣士として、陽の目を浴びたいって気持ちもあったんじゃないかな。武神祭っていうお祭りで、大観衆の中で、強敵を倒して、歓声を浴びてって。一般人のシド・カゲノーじゃ、そんな事できないでしょ」
ギューとしがみつく力が強くなった。背中をトントンとしてあげる。
「ガンマは頭が良いからさ、色んなこと考えられる、考えちゃうんだよ。でも、偶には肩の力を抜いてさ、その方が良いときもあるって」
「……そうかしら」
ようやく返事が返ってきた。
「きっとね。今回のも、他の目的があるのかもしれないけど、お祭りを楽しみたいっていうのもあると思うよ。ガンマに言えなかったのは、それが恥ずかしかったからとかね」
「……うん」
「それにさ、シドが一番に頼ったのはガンマなんだよ。妹の私に相談もなしにここに来たんだから。だから自信持って」
「……そうね」
顔を上げたガンマは、ふぅーと長く息を吐き、パンパンと二度頬を叩いた。うん、いつもの顔に戻ったみたい。
「ありがとうシェイ」
「いーえー。それじゃあ甘いものでも食べよっか」
さっき買ったチョコレートを鞄から取り出す。寮に帰ってから食べる予定だったけど、まあいいや。
「あーん」
「…あーん」
少し恥ずかしそうなガンマの口に、チョコを入れる。
ベータやイプシロンは私の無茶振りに慣れてるし、アルファやゼータは意外とノリがいいので、こういう反応は結構新鮮。
飲み込んだガンマへもう一度チョコを差し出す。
「あーん♪」
「あーん……」
「もっと可愛く言ってくれるとお姉さん嬉しいな? はい、あーん♪」
年下かつ末っ子が何を言ってるんだってなるけど、さっきまで大泣きしてたガンマは強く出れない。
ガンマが固まる。一度目を閉じて、次に開いた時には、幼い雰囲気の愛らしい笑顔。
「あーん♪」
声質まで違った。すかさずチョコを放り込む。
ん〜! と頬に手を当て、美味しそうに食べる演技付き。
その後は食べさせ、食べさせられを繰り返し。
それが終わるとシドの件について詳しく聞き、私も武神祭に出ることになったと伝えた。
◆
〜ゼータ視点〜
ミツゴシ商会から少女が出てきた。
少女は魔剣士学園の方向へ歩いていく、おそらくこのまま寮に帰るのだろう。
屋上からそれを見ていたゼータは、バレないよう慎重にあとをつけようとした。
が、次の瞬間、目下にいたはずの少女が消えていた。
あーあと思いながら、その場にあぐらをかく。トンっと、背中に温かい衝撃。
「久しぶりだね、ゼータ」
「うん、久しぶりシェイ」
ほんの数瞬前まで見ていた少女が、肩の上に頭を載せるように抱き着いてきた。
「近い」
「久しぶりだから」
「暑い」
「夏だから仕方ないね」
「離れて」
「いや」
離れるどころか頬ずりしてくる始末。本当に暑い。
「ゼータ隠密上手くなったね。全然気づかなかったよ」
「ふーん、てことはさっき気づいたんだ」
「ううん、ガンマの部屋出た時に気づいた」
「なんでそのタイミング」
「なんとなくゼータがいる気がして」
感覚派のゼータからしても、シェイの勘は意味不明だ。殺気や敵意に反応するのはわかる。戦場にいるなら必須の感覚だ。
だがシェイの勘は親しい人に対してより強く発揮される。
そこに異次元の精度を誇る魔力探知が加われば、もはや隠密など意味がない。隠密を得意とするゼータでも、本気のシェイからは隠れられる気がしない。
とはいえ、ゼータがミツゴシ商会に着いたのはガンマがまだ泣いていた時だ。しばらくは気付かれなかったのだと、自分の成長を誇る。
「それで、またガンマに何かあったの?」
「シドが正体を隠して武神祭に出たいんだって。その意図が読み取れないーって泣いてた」
「そういうことね」
よくある話だ。
常にゼータたちの遥か先を行くシャドウ。それに置いていかれまいと奮起しても、頑張ってばかりでは疲れてしまう。
ベータやガンマ、イプシロンは特にその傾向が強い。七陰であの小さな家に住んでいた頃は、ちょくちょくシェイに泣きついたり相談したりしていた。
アルファは感知網が広く、近寄れなかったため詳細は知らないが、時折シェイとじゃれているらしい。
私だってそうだ。家が…家族が恋しくて寂しくなったり、癇癪こそ起こさないがどうしようもなく不機嫌になることもある。
私を含めて、皆子どもなのだ。
『甘え好きは甘やかし上手でもあるんだよ。甘えたいって気持ちは見たら分かるし、されて嬉しい甘やかし方なんてたくさん知ってるんだから』
とはシェイの言。
一緒に風呂に入って、体や髪を洗ったり。風呂上がりに髪を乾かしてくれたり。好みの食事を作ってくれたり。頑張りが無駄でないと褒めてくれたり。
何より二人きりになって甘やかす時。
優しく、壊れ物を扱うような力加減で抱きしめられる。皆の前でやるスキンシップではなく、心地よい限界を見極めての力強さ。そして、あやすように後頭部から背中にかけて優しく撫でてくれる。
不思議なことに、心の中にある不安や焦燥が口から出ていって、薄れていくのだ。
……母性、だろうか。
彼女といると、母親を、家族を思い出す。
幼い頃、まだ母親に甘えてばかりだった昔が蘇り、甘えたくなってしまう。
「ねーゼータぁ、考え事してないで構ってよ〜」
……うん、母性はないな。
それと母親とも関係ない。ゼータの母は、家族はこんなベタベタしないし、アホみたいな声も出さない。
「ごめんごめん、それでなんだって?」
「実家に帰ったとき、シドとガチンコ勝負して勝ったって話!」
「まじかすごいじゃん」
「えへへ、でしょ〜」
シェイは嬉しそうに再度頬ずりしてくる。
照りつける太陽は暑いが、久しぶりに感じる温かさを離したくない。
二人は頬がつく距離のまま、他愛のない話を続けた。