どうしようもない兄を持ちまして   作:slo-pe

20 / 21
武神祭と機嫌のお話

 

 

〜アイリス視点〜

 

 アイリス・ミドガルは悩んでいた。

 どうすれば、彼女を武神祭に参加させることができるだろうか。

 

 アイリスはただ強いだけの女だ。政治的なセンスは無く、自身もそれを認めている。

 アイリスにできるのは、ミドガル王国の強さの象徴であることだけ。今のアイリスには王国最強・武神祭優勝という肩書があるが、現状あまりに不十分。アイリス・ミドガル個人ではなく、集団として国民から人気を集める必要がある。

 

『紅の騎士団』は信頼できる人材をアイリスが直接勧誘した。その中には騎士団の頭脳を任せられる人材も含まれており、国民からの関心も高い。

 そこに、アイリスに次ぐ実力者、すなわち王国ナンバーツーの魔剣士が加われば、さらによい方向へ向かうだろう……彼女が騎士団への勧誘を断った事は横に置いておく。今は彼女の強さをアピールする方が優先だ。

 

 となればどうにかして彼女を武神祭に参加させたいのだが、クラスメイトであり、彼女の弟子である第二王女は言う。

 

『あの子は面倒臭がりですから難しいと思いますよ。武神祭も屋台巡りしたいと言ってましたし』

 

 まじかと思った。魔剣士なら誰もが注目する大会において、屋台巡りが楽しみとは。まじかよとしか言えない。

 

 紅の騎士団副団長は言う。

 

『彼女はそういった肩書や名誉に興味が無いのでしょう。であれば一人の魔剣士として、強さを競いたいという気持ちを伝えた方が可能性は高いかと』

 

 なるほどと思った。選抜大会に欠場したり、騎士団への勧誘でも揺るがない以上、そこから攻めるのもありだ。

 彼は続けて言う。

 

『私も彼女と剣を合わせましたが、彼女は本当に剣が好きなようでした。相手が強者であれば尚の事でしょう』

 

 噂では元ベガルタ七武剣の女剣士が武神祭に参加するとのこと、それを知れば彼女も意欲が湧くかもしれない。

 

 彼女のクラス担任は言う。

 

『彼女はあまり人前に立つタイプではないので。特待生としてはもっと表に出てほしいのですが……』

 

 確かにと思った。実力主義が強い魔剣士学園で、あれだけの実力者なのに噂になるのが遅すぎた。

 

 ハルバードを得意とする学園の教師は言う。

 

『彼女は実に楽しそうに得物を振りますからな。もし彼女がハルバードで大会に出れば、その魅力も広まると思うのですが』

 

 ちょっと的はずれな意見が返ってきた。マイナー武器を好んで扱う者は変人が多いというのは本当だったようだ。

 

 

 

 そんなこんなで武神祭開催直前、カゲノー男爵家から王都へ戻ってきた彼女に求める。

 

「シェイ・カゲノーさん、今回の武神祭に参加してもらえませんか?」

 

 シェイはニコニコと笑顔で一言。

 

「いいですよ」

「えっ?」

 

 動揺が口から零れた。後ろに控えていたグレンとマルコからも、同じように動揺が伝わってくる。

 

「あらそう、それじゃあ──」

 

 欠片も動揺を見せなかったアレクシアは、さくさくと話を進めていく。大会の詳細と予選への出場登録などを伝え、シェイから来た要望も承諾する。

 

 話が一段落したシェイは、アイリスたちに一礼して部屋をあとにする。

 

「なんというか、肩透かし感がすごいですね……」

「そうですね……」

 

 苦笑いのマルコにアイリスも頷く。あれだけ準備して、交渉のカードを増やしたというのに、実にあっけなかった。

 

「アレクシア、貴女はこれを予測していたのですか?」

「いえ、そうではなく……何故かあの子の機嫌が良かったので、もしかしたら引き受けるかもと。心構えだけは作っていただけです」

 

 おそらく夏休みで旅行に行き、実家でも両親と会ったからだろうと推測する。

 

「それにしても、先ほどのシェイさんの要望、あれはもしかして」

「ええ、あの子なりのお遊びでしょう」

 

 全魔剣士が憧れる武神祭でそんなお遊びをするとは、そんな雰囲気が形成される。まあ、シェイが武神祭に出場するという目的は果たしたのだから、これで良いのだろう。

 

 

◇◇◇

 

 

 七陰には二つ名があるメンバーがいる。『堅実』のベータだったり、『緻密』のイプシロンだったり、それぞれの特徴を捉えたものだ。

 

 その二つ名に『最弱』と付けられたのがガンマだ。

 彼女は七陰の中でも古参でありながら、その戦闘力は最弱だ。戦闘センスがないのはまあいいとして、運動センスすらない。今は改善したけど、何もない所で転んだり、慣れないヒールで転んだり、本当に散々だった。

 

(あーうん、あの日の事を思い出すと今でも頭が痛くなる。やめよう。もう忘れよう)

 

 そんな大きすぎる欠点を持つガンマだけど、頭は抜群にいい。自他ともに認めるシャドウガーデンの頭脳。

 

 だけど、ガンマはそこに満足していない。

 シドが多分てきとうに語った『陰の叡智』を再現しても、ミツゴシ商会を王国有数の商会に成長させても。

 

『私はまだ主様の役に立てていない』

 

 そう言って、頑張り続けてきた。

 

 今回もそうだ。

 シド(あのバカ)の「正体を隠して武神祭に出場したい」という願い。その意図を読み取れなかったと、ガンマは哀しげに語った。「誰にも言えない事なんだ」と告げられたと、涙を流しながら語った。

 語り終えたガンマは、涙を拭いて、顔を上げ、今度こそはとその理知的な青い瞳に決意を宿した──

 

「シェイィ……わ、わたしはまたっ、あるじさまにぃ……」

 

 ──わけではなかった。

 

 執務室にある二つのソファ、テーブルを挟んで向かい合ったそれらの片側にて、ガンマは私にしがみついていた。涙交じりの言葉に応えるように、優しく頭を撫でる。

 

「大丈夫だよ。ガンマが頑張ってる事は私が知ってるから」

「で、でも私はっ、またあるじさまの事を理解できなくてぇ……」

「大丈夫だよ。シドだってガンマのこと信頼してるって」

「でもぉ」

 

 でもでもと繰り返すガンマに、大丈夫だよと繰り返す。

 

 私とガンマ。見た目は完全にガンマの方が年上で、実年齢もその通りなんだけど……。

 一方的に甘えるガンマと、一方的に可愛がる私。今の状況だけを見れば、そうは思えないだろうな。

 

 でも、これは仕方ない事だと思う。

 ガンマだけじゃなく他の七陰にも言えることだけど、彼女たちは飢えているのだから。

 

 悪魔憑きは発症したが最期。親しい人や家族からは迫害され、逆に助けようとした者がいれば異端と見なされ殺される。今までの愛情を全て奪われて、ひとり孤独に腐り落ちていく。そんな地獄に、10歳とかそこらで落とされたのだ。

 シャドウに救われてからはそれが一転、自分たちを貶めた世界の闇を知らされ、それと戦う事を決意した。

 考えれば考えるほどとんでもない人生である。

 

 まぁまとめると。彼女たちは飢えているのだ。愛情に。人肌の温もりに。特に落ち込んだ時は、それが顕著に出る。

 皆、シャドウの事は大好きなんだけど、だからこそ素直に甘えることは出来ない。異性だからってのもある。あ、デルタとイータは別、あの2人はそんな事気にしないから。

 

 そこでちょうどいいのが私。同性で、悪魔憑きっていう同士でもなくて、でもシャドウの双子の妹で、悪魔憑きの秘密を知っていて。彼女たちにとって私は一番近い他人だ、遠慮なく甘えられる。

 それと私も大義名分を持って彼女たちに絡みに行ける。『うぃんうぃん』ってやつだ。

 

 しばらくして、でもでも連呼が終わるくらいにはガンマが落ち着いてきた。

 

「落ち着いた?」

「……うん」

「話聞ける?」

「……うん」

 

 腕の中で頷く動き、くぐもった声が聞こえる。

 

「ガンマにとって、シドは凄い人なんだよね」

 

 再度頷く感触。返事はない。

 

「でもね、シドも一人の人間……今回は一人の魔剣士なんだよ」

 

 今度はピクリと反応する。

 

「シャドウとして、世界の陰と戦うって言ってもさ。一人の魔剣士として、陽の目を浴びたいって気持ちもあったんじゃないかな。武神祭っていうお祭りで、大観衆の中で、強敵を倒して、歓声を浴びてって。一般人のシド・カゲノーじゃ、そんな事できないでしょ」

 

 ギューとしがみつく力が強くなった。背中をトントンとしてあげる。

 

「ガンマは頭が良いからさ、色んなこと考えられる、考えちゃうんだよ。でも、偶には肩の力を抜いてさ、その方が良いときもあるって」

「……そうかしら」

 

 ようやく返事が返ってきた。

 

「きっとね。今回のも、他の目的があるのかもしれないけど、お祭りを楽しみたいっていうのもあると思うよ。ガンマに言えなかったのは、それが恥ずかしかったからとかね」

「……うん」

「それにさ、シドが一番に頼ったのはガンマなんだよ。妹の私に相談もなしにここに来たんだから。だから自信持って」

「……そうね」

 

 顔を上げたガンマは、ふぅーと長く息を吐き、パンパンと二度頬を叩いた。うん、いつもの顔に戻ったみたい。

 

「ありがとうシェイ」

「いーえー。それじゃあ甘いものでも食べよっか」

 

 さっき買ったチョコレートを鞄から取り出す。寮に帰ってから食べる予定だったけど、まあいいや。

 

「あーん」

「…あーん」

 

 少し恥ずかしそうなガンマの口に、チョコを入れる。

 ベータやイプシロンは私の無茶振りに慣れてるし、アルファやゼータは意外とノリがいいので、こういう反応は結構新鮮。

 

 飲み込んだガンマへもう一度チョコを差し出す。

 

「あーん♪」

「あーん……」

「もっと可愛く言ってくれるとお姉さん嬉しいな? はい、あーん♪」

 

 年下かつ末っ子が何を言ってるんだってなるけど、さっきまで大泣きしてたガンマは強く出れない。

 ガンマが固まる。一度目を閉じて、次に開いた時には、幼い雰囲気の愛らしい笑顔。

 

「あーん♪」

 

 声質まで違った。すかさずチョコを放り込む。

 ん〜! と頬に手を当て、美味しそうに食べる演技付き。

 

 その後は食べさせ、食べさせられを繰り返し。

 それが終わるとシドの件について詳しく聞き、私も武神祭に出ることになったと伝えた。

 

 

 

 

〜ゼータ視点〜

 

 ミツゴシ商会から少女が出てきた。

 少女は魔剣士学園の方向へ歩いていく、おそらくこのまま寮に帰るのだろう。

 屋上からそれを見ていたゼータは、バレないよう慎重にあとをつけようとした。

 

 が、次の瞬間、目下にいたはずの少女が消えていた。

 あーあと思いながら、その場にあぐらをかく。トンっと、背中に温かい衝撃。

 

「久しぶりだね、ゼータ」

「うん、久しぶりシェイ」

 

 ほんの数瞬前まで見ていた少女が、肩の上に頭を載せるように抱き着いてきた。

 

「近い」

「久しぶりだから」

「暑い」

「夏だから仕方ないね」

「離れて」

「いや」

 

 離れるどころか頬ずりしてくる始末。本当に暑い。

 

「ゼータ隠密上手くなったね。全然気づかなかったよ」

「ふーん、てことはさっき気づいたんだ」

「ううん、ガンマの部屋出た時に気づいた」

「なんでそのタイミング」

「なんとなくゼータがいる気がして」

 

 感覚派のゼータからしても、シェイの勘は意味不明だ。殺気や敵意に反応するのはわかる。戦場にいるなら必須の感覚だ。

 

 だがシェイの勘は親しい人に対してより強く発揮される。

 そこに異次元の精度を誇る魔力探知が加われば、もはや隠密など意味がない。隠密を得意とするゼータでも、本気のシェイからは隠れられる気がしない。

 

 とはいえ、ゼータがミツゴシ商会に着いたのはガンマがまだ泣いていた時だ。しばらくは気付かれなかったのだと、自分の成長を誇る。

 

「それで、またガンマに何かあったの?」

「シドが正体を隠して武神祭に出たいんだって。その意図が読み取れないーって泣いてた」

「そういうことね」

 

 よくある話だ。

 常にゼータたちの遥か先を行くシャドウ。それに置いていかれまいと奮起しても、頑張ってばかりでは疲れてしまう。

 

 ベータやガンマ、イプシロンは特にその傾向が強い。七陰であの小さな家に住んでいた頃は、ちょくちょくシェイに泣きついたり相談したりしていた。

 アルファは感知網が広く、近寄れなかったため詳細は知らないが、時折シェイとじゃれているらしい。

 私だってそうだ。家が…家族が恋しくて寂しくなったり、癇癪こそ起こさないがどうしようもなく不機嫌になることもある。

 

 私を含めて、皆子どもなのだ。

 

『甘え好きは甘やかし上手でもあるんだよ。甘えたいって気持ちは見たら分かるし、されて嬉しい甘やかし方なんてたくさん知ってるんだから』

 

 とはシェイの言。

 一緒に風呂に入って、体や髪を洗ったり。風呂上がりに髪を乾かしてくれたり。好みの食事を作ってくれたり。頑張りが無駄でないと褒めてくれたり。

 

 何より二人きりになって甘やかす時。

 優しく、壊れ物を扱うような力加減で抱きしめられる。皆の前でやるスキンシップではなく、心地よい限界を見極めての力強さ。そして、あやすように後頭部から背中にかけて優しく撫でてくれる。

 不思議なことに、心の中にある不安や焦燥が口から出ていって、薄れていくのだ。

 

 ……母性、だろうか。

 彼女といると、母親を、家族を思い出す。

 幼い頃、まだ母親に甘えてばかりだった昔が蘇り、甘えたくなってしまう。

 

「ねーゼータぁ、考え事してないで構ってよ〜」

 

 ……うん、母性はないな。

 それと母親とも関係ない。ゼータの母は、家族はこんなベタベタしないし、アホみたいな声も出さない。

 

「ごめんごめん、それでなんだって?」

「実家に帰ったとき、シドとガチンコ勝負して勝ったって話!」

「まじかすごいじゃん」

「えへへ、でしょ〜」

 

 シェイは嬉しそうに再度頬ずりしてくる。

 照りつける太陽は暑いが、久しぶりに感じる温かさを離したくない。

 二人は頬がつく距離のまま、他愛のない話を続けた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。