王都に戻ってきた翌日。
武神祭を明日に控えて、僕はまぐろなるどに来ていた。
「いいか? いよいよ明日から武神祭が始まる。まずは予選が行われ、それを勝ち抜いた猛者だけが本戦に進めるんだ」
正面のヒョロが言うのを聞きながら、僕は僕で思考に沈む。
「予選の対応が侮れないんだよな」
「その通り! 掛け金が跳ね上がる本戦でがっぽり稼ぐには、事前のデータ収集が重要だ」
「全力を出すわけにはいかないけど、手を抜きすぎるのもよくない」
「だよなぁ。今のところ俺が注目してるのは、大会常連のクイントンだ」
「さらなる吟味が必要だな」
「ああ。しっかり吟味して、一発当てねえとな。というわけでシド、軍資き」
「優勝候補って誰?」
遮って聞く。
「大本命はアイリス王女様だな。今年勝てば久しぶりの連覇達成ってことで、すげー盛り上がってる」
「へー」
「だからなシド、武神祭を盛り上げるためにも軍資金」
「他にはいないの?」
また遮って聞く。
「ベガルタ帝国からウルトラスーパー強え女剣士が来たって話だ。元七武剣だかなんとか」
「へー」
「あとは何と言っても、お前の妹さんだな」
「シェイ?」
「おう。なんでも昨日急遽出場を決めたとかで、アイリス王女の連覇を阻止するなら彼女だって言われてるぜ」
「へぇ」
知らなかった。僕が『誰もが侮る雑魚、しかし一部の人間は彼の異常さに感づいた!?』をやってる間にそんな事になってたのか。
面白くなりそうだ。
……いや、あの子は大観衆の前で本気なんて出さないか。実家でのリベンジはまた今度にしよう。
「あとは俺が大ファンの百戦錬磨のちょーかっけー魔剣士も。だからなシド軍資金を」
「ああこれ、リンドブルムのお土産」
またまた遮って、ポケットからお土産を渡す。左腕に剣が刺さったアレだ。
「なにこれちょーかっけー。お前リンドブルムなんていつ行ったんだよ俺も誘えよ」
露店でてきとうに買ったやつだけど、こうやって喜んでるのを見るとなんだかうれしくなるよね。
お土産に気を取られてる隙に席を立つ。
「じゃなくてシド軍資金!」
「絶対勝てるんなら必要ないだろ」
選抜大会でのヒョロの散財を知ってる僕としては、今回も負けるだろうなと思ってる。
「まあ困ったらシェイに賭けとけば。あの子は予選じゃ負けないだろうから」
「ん、お、おう……」
このくらいのアドバイスはしてもいいかなと思った。
サンドを2つテイクアウトして店を出る。武神祭直前ということで、夕方になっても通りは賑わっている。
そんな人混みの先に見知った顔が2つ。人混みにも埋もれない蜂蜜色の髪と、少し低い位置にある黒髪。声を掛けるかモブらしく背景と化すか悩んだところで──
「あっ!」
「あ」
「あー」
ローズ、僕、シェイ。連続する3つの「あ」。
ローズが笑顔を浮かべ、早足で向かってくる。
「奇遇ですねシド君」
「そうだね」
少し遅れてシェイがやって来る。
「暇そうだねシド」
「そだね」
気になったので聞く。
「珍しい組み合わせだけど、二人仲良かったの?」
「ええ、剣を振りに学園にいたところシェイさんと会いまして。そこから意気投合したんです」
「へぇ」
シェイが学園に。なぜ? と視線で尋ねると、ナイショと口パクで返された。
「剣を振ってきたってことは、武神祭に出るの?」
「いえ、お父様も来賓として来るので、折を見て私の剣を見てもらおうかと」
「親孝行は大事だよね」
「…そうですね」
ローズが一瞬顔を曇らせたが、すぐにいつもの柔らかな表情に戻った。
「シド君はまぐろなるどに行ったのですか?」
「あそこの店長さんと知り合いなんだ。最近知ったんだけどね」
「私も先日、3人で行ったんです。とてもおいしかったですよ」
「3人で?」
「はい。私とアレクシアさんと、そしてなんとナツメ先生で」
「ひどい組み合わせに聞こえるんだけど、そこも仲良かったんだ」
繋がりがいまいちわからないが、そういえば聖地で一緒だったっけ。
「ナツメ先生とはとっても仲良しになりました。アレクシアさんもとてもいい子ですので、すぐに仲良くできますよ」
アレクシアがいい子だと思っているうちは、どうやっても仲良くなれないだろう。
「ただ、アレクシアさんとナツメ先生が少しギクシャクしているのです」
ローズは少し悲しそうに言った。シェイはあーうんって顔をしてる。
同族嫌悪ってやつだね。
「そのうち何とかなるでしょ」
「だといいのですが……。少しでも世界がいい方に向かうように、3人で協力したいんです」
「世界平和は大事だよね」
「はい」
ローズは気持ちいい笑顔で言った。
その後、何やかんやでシェイおすすめのケーキ屋に連れて行かれ、色々あって解散した。今は僕の寮でシェイと二人きり。
「シェイも武神祭出るんだ」
「アイリス王女から言われてね。あとお母さんたちも応援来るらしいから、カッコいいところ見せようかと」
「ふーん」
「シドはどういう心境で?」
「ふっ、よくぞ聞いてくれた。僕の目的はただ一つ……謎の実力者として大会に登場し『オイオイ死ぬわアイツ』『いやアイツ強いぞ!?』『アイツはいったい何者なんだ!?』ってなるアレをやりたいんだ!」
「へー」
「ねえもうちょっと興味持たない?」
「わぁすごい! さすがお兄ちゃんだ!」
めちゃくちゃいい笑顔で手を叩いてくる。ちょっとむかついた気持ちは、ため息と共に吐き出す。
「それで、シェイはどうするの?」
「とりあえず予選は勝って、本戦でアイリス王女に負けようかなって。あ、ジミナ君に当たった時も負ける予定」
なるほど、シェイは『シェイ・カゲノー』として戦うと。分かっていたけど残念だ。
でも今聞きたいのはそこじゃない。
「彼女のことは?」
「どうもしないよ」
シェイは即答した。
「仲いいんじゃなかったの?」
「まともに話したの今日が初めてだよ? いい人だとは思うけど、それだけ」
「ドライだね」
「シドにだけは言われたくないかな」
確かにと納得してしまった。それにと、シェイは続ける。
「シドにとっては簡単かもしれないけど、悪魔憑きが治るって常識がひっくり返るくらい大変な事なの。もし私がそんな事できるってバレたら、お姉ちゃんたちに迷惑掛かる。だから見捨てるよ」
「ふーん」
平然と語るシェイ、本心で言ってるんだろうなって分かる。
「ちなみにシドはどの辺まで勝つ予定なの?」
「それが悩みどころなんだよね。シンプルにいくなら優勝なんだけど、序盤にアイリス王女と戦う機会があればそれに勝って終わらせるのもあり」
「たしかに。謎の実力者感出るね」
「そうなんだよ。誰もが認める実力者を倒してそのまま姿を消す、去り際のセリフとしては『目的は果たした』とかさ。あとは『こんなものか』って失望混じりに呟くなんてもいい」
「うわそれっぽい、よくそんなセリフぽんぽん思いつくよね……それならついでに私にも勝ってよ。アイリス王女いないと私が優勝しなきゃいけなくなりそうだし」
「アイリス王女より先に当たったらね」
「後でも勝って。退場はしない方針で」
「やだよ、山場過ぎると惰性になるじゃん」
「あそっか。んー、じゃあそうなったら棄権しようかな、おなかいたいですって」
「いやだめでしょ」
「だよねー」
僕自身てきとうな人間の自覚はあるけど、シェイも大分な気がする。
誰の影響だよ……僕だな。と自己完結する。
同時に思う。前世のある僕は、この世界における異物なんだと。
ドライなところ、てきとうなところ。親父や母さん、姉さんには無いモノをシェイの中に見つけると、ほんの偶にだけど、少しだけセンチな気分になってしまう。
けれど。
「ま、いっか」
「何が?」
「なんでもない」
なにしろ僕は魔力を手にしたのだ。それに加えて前世で学んだ戦いの技術と、
それが全てであり、それだけで十分だ。
僕はテイクアウトしたサンド2つを手に取り、片方をシェイに向けて投げた。
「いっこあげる」
「ありがと、でも食べ物は投げない」
「はいはい」
「ハイは一回」
「はぁい」
呆れた視線を浴びながら、包みを解いてサンドを頬張る。 シェイもそれに続いた。
「それでさっきの続きだけどさ、他には悪堕ちパターンも熱いと思うんだ。審判の判定が出たのに何故か剣を下ろさない。周囲がざわついた頃にこう言うんだ、『ごっこ遊びは終わった、ここからが本当の戦いだ』って」
「それはまじでやめて」
「あ、はい」
マジトーンで否定され、即座にボツが決まった。
◇◇◇
武神祭が始まった。
私は参加した事を後悔していた。
対戦相手の質がひどい。昨日の一回戦と二回戦、正直帰ろうか悩んだくらい。
試合の場所も王都の外の草原。観客だけは多いのが救いだった、そうじゃなきゃわざわざ時間をとってくれた先生たちに申し訳ない。
そして今日の三回戦。試合場所が王都内に作られた簡易闘技場となり、選手の質も上がってきて、観客も増えた。ほんの少しテンションが上がる。
「あれがシェイ・カゲノー」「あんな小さい子が」「バカお前、アイリス王女をぶん殴った子だぞ」
そんなヒソヒソ声が聞こえる中、さくっと勝ちを決める。
「さすがね、王国の少女騎士さん」
さて帰ろうと思ったところで、声を掛けられた。
青い鎧に身を包んだ水色髪の美人さん。強い、お姉ちゃんより少し上くらいかな。どこかで見たような気が、するようなしないような……
それはともかく。
「少女騎士?」
「ええ。シェイ・カゲノー……今まで無名だったにも拘らず、あのアイリス・ミドガルと互角に渡り合った魔剣士学園の一年生。学園テロ事件での大立ち回りも含めて、有名人よ貴女」
今までの三試合、私を観に来た人が多いのは知ってたけど、まさかそんな呼び名で広まってたとは。それと、彼女が話してる間に名前を思い出せた。
「色々尾鰭が付いてる気もしますけどね……アンネローゼさんも有名じゃないですか。今年の女神の試練に合格したの貴女だけですよ」
「え、ええ」
「あれ? すみません人違いでした?」
「いえ、あってるわ。私はただのアンネローゼよ」
戸惑った様子のアンネローゼさんだけど、すぐに清々しい表情になった。
「それにしても貴女、昨日は短槍と長槍、そして今日はファルシオン。随分と色々な武器を使うのね、手の内は見せないつもりかしら」
「いえいえ、そんなつもりないですよ」
いい笑顔で聞いてくるけど、普通に誤解してる。
「魔剣士学園って色んな武器の専門家がいるんですよ。なのでその良いところをアピールできたらなって」
「へえ、そのためにわざわざ?」
「はい。武神祭って皆ロングソード使うじゃないですか、もっと個性があったら盛り上がると思うんですよね」
「それが武器を変えること?」
「素人にも分かりやすいですから」
武神祭に出ると決めたときアレクシアに頼んだのが、そのための指導者の確保。頼んだ次の日にも拘らず集まってくれた先生たちには感謝だ。
「ふふっ、良いわねそれ。シェイは明日からも違う武器なのかしら?」
あ、名前呼びになった。気に入られたのかな、うれしい。
「予選は全部違う武器でいけます。ちなみに明日はツーハンドソードですよ」
組み合わせ次第だけど、予選を勝ち抜くには6回か7回勝つ必要がある。
昨日私が教わったのは短槍、長槍、ファルシオン、ツーハンドソード、双刀術、レイピアの計6種類。ハルバードと合わせれば7種類で、私の予選試合数と同じになる。
「え、貴女が?」
「はい。絶対盛り上がりますよね」
「まあ、そうね……」
ツーハンドソード、その名の通り両手で扱う剣だ。形状はロングソードと似てるけど、シンプルにめちゃくちゃでかい。短い物で180センチ、長い物だと刀身だけで2メートルあるとか。
明日からは本格的な闘技場で開催され、さらに観客も増える。私の体格でそれを使えばインパクト抜群だろう。
アンネローゼさんのお誘いで、別の試合会場に着いた。そこで行われる試合は──
「三回戦第十二試合! ゴンザレス・マッチョブ対ジミナ・セーネン!」
──まさかの
「ええっと、この試合であってますか?」
「ええ、気になる相手がいるのよ」
「ジミナ・セーネンって人ですか?」
「……シェイは、彼が勝つと思うの?」
「いやぁ、そうは思えないですけど……でもマッチョの方は実力もタカが知れてると言うか、わざわざ観に来るほどじゃないので」
「消去法ってわけね。正解よ、あのジミナとかいう男、正直弱そうにしか見えないけど、昨日の二回戦は瞬殺で勝利してる」
アンネローゼさんとジミナは予選別ブロックだ。ということはわざわざ観に行ったって事になる。何処かで知り合ったのかな。
「端から見たら対戦相手が転んで運良く勝ったように見えたけど、おそらく違う……あの時、彼の右手が動いたように見えたのよ」
「右手ですか」
「ええ、右手よ。何をしたかはわからないけど、とてつもなく速かった」
「視認できないレベルで速いってなると、結構やばいですね」
「そうね。でも今回はそうはいかない」
少し話しただけでも分かる。強くて素直で負けず嫌いなアンネローゼさん。
──謎の実力者として大会に登場し『オイオイ死ぬわアイツ』『いやアイツ強いぞ!?』『アイツはいったい何者なんだ!?』ってなるアレ
一昨日聞いたシドのやりたい事、そのための盛り上げ役に適任だったんだろうな。可哀想に。
そんな事を話しているうちに、審判の声が響く。
「試合開始!」
それは一瞬だった。
剣すら抜いていないジミナへ、マッチョが斬りかかる。そして間合いに入った瞬間、マッチョがコケて、そのまま地面に倒れ伏した。
会場が静まり返った。審判が声を掛けるも、マッチョは微動だにしない。
「しょ、勝者ジミナ・セーネン!」
「ふざけんなー!!」「金返せバカヤロー!!」
観客からブーイングが降り注ぐ。
でも彼女だけは違う。
「顎に一発……いえ二発……?」
さっきの光景を脳内再生しているんだろう、真剣な表情で呟く。
(なるほどねぇ、これが『いやアイツ強いぞ』ってやつか……今はまだ強者だけが感じ取れる程度の違和感……シドが好きそうな展開だね)
「今回は左手でしたね」
「…シェイにも見えたのね」
アンネローゼさんの声には、隠しきれない驚愕の色があった。それがジミナに対するものか、私に対するものか。これは両方かな。
アンネローゼさんが表情を引き締める。
「やっぱりジミナは只者じゃないわ、きっと本戦まで勝ち上がってくる。私やシェイも、勝ち上がっていけば彼と当たる事になるわ」
「楽しみですねっ」
声を弾ませてそう言うと、一転してきょとんとした顔に変わる。
そして笑った。
「そうね」
獰猛な笑み。強者を求める、魔剣士としての笑み。
これが見れただけで、武神祭に参加して良かったと思う。
まさにお祭りって感じだ。