今回のお話は、シリーズ14話目の『面倒事と師匠の役目』の内容が伏線となっております。
再度読み直してから、次ページに進んでいただけると幸いです。
武神祭で盛り上がる王都にて、とんでもないニュースが流れた。
『オリアナ王国のローズ王女。婚約者のドエム・ケツハットを刺し、現在逃亡中』
早朝にエルから知らせを受けて、私はベータのもとへ向かった。
「それじゃあなんでローズ先輩が婚約者を刺したのかは分かってないんだ」
「ええ。予想はできるけど、あくまで予想でしかないわ」
「相手がドエム・ケツハットだもんね」
黒い噂の絶えない男だ。身体目当て(実験材料)で襲われそうになった、国王様に何か手を出していた。そんなとこだろうとは思うけど、確証はない。
「ベータは今後どうするの? あの二人の監視役なんでしょ」
「あの王女様のお守りを続けるわ。今回の件、きっとローズ・オリアナを探すだろうし」
「だろうねぇ……ねえベータ、お守りついでにアレクシアの手助けしてくれない?」
「…どうして?」
「アレクシアはどうするんだろうって思ってね」
ベータが首を傾げた。言葉不足かなと思い、補足する。
「私とアレクシアって似てると思うんだ」
「似てる? 何処が?」
「兄とか姉にとんでもないのがいて、それを追い掛ける凡人ってところ」
持って生まれた才能だけを見れば、私は優秀とはかけ離れている。赤子の頃から
ついでに貧乏男爵家の次女という気楽な立場で、アルファたちのおかげで色々知っているだけ。
対してアレクシアには、シドやアルファたちがいなくて、一国の王女という立場がある。
「私はローズ先輩を見捨てた、家族の方が大事だから。オリアナ王国が教団に牛耳られてるのも、彼女が悪魔憑きを発症してるのも全部知ってて、それでも見て見ぬ振りをしてる。でもアレクシ──」
「──ちょ、ちょっと待って!」
ベータが遮ってきた。それに珍しく慌てている。
「シェイ貴女、ローズ・オリアナが悪魔憑きって言った?」
「あ、ごめん言ってなかったね」
シドと当たり前のように話をしていたから、ガーデンの皆にも伝えていたと勘違いしていた。
ベータはぷるぷると震えた後、バァンと机を叩いた。
「ほんとよ! そういう大事な事はもっと早くに──」
ガミガミとお説教が始まった。なんで言わなかったのとか、それが分かってればこの事態も予測できたとか、教団の目的も絞れたとか色々。
「ごめんなさい」
ベータの勢いが収まったところで再度謝る。
「はぁ、まあいいわ。これでオリアナが自国で処理したがった理由も分かったし」
「ローズ先輩の身柄確保?」
「そうね。貴女最初から分かってたなら言いなさいよ」
「ほんとごめんね。予想に過ぎないからって思ってました」
「そこまでピースが揃ってれば予想でも十分よ」
その後もベータにチクチクと刺され、居心地の悪い気分を味わいながら話を進める。
ガーデンとしての今後の方針を聞いて、再度ベータにアレクシアへの手助けのお願いをして。
諸々の話を済ませてから、私は武神祭の会場へ向かった。
武神祭の予選四回戦。
昨日よりさらに増えた観客の前でツーハンドソードを披露し、さくっと勝ちを決めた。学園に武器を返してから、私は屋台巡りを楽しんでいた。
お祭りで食べるご飯って、いつも以上に美味しく感じる。雰囲気を味わってるのもあるけど、食べ物自体もいつもとは違うお祭り仕様なのだ。
例えばまぐろなるど。いつもはマグロとかの魚介がメインだけど、武神祭期間は肉がメインとなる。ハンバーグとチーズ、ピクルスのサンドはシンプル・イズ・ベストで美味しい。甘辛ダレが染み込んだチキンのサンドは暴力的な旨さ。マグロを使ったサンドでさえ、いつもより濃厚なソースと分厚いバンズとパティで満足感が凄い。
他の有名店も期間限定メニューが多い。
今の私は、一時的な肉体改造によって、実質無限の胃と太らない身体を手にしている。軍資金だってたくさんある。
「ンフフ」
何処へ行こうか迷い、とりあえず向かったまぐろなるどの屋台でサンドを買った。腕に抱えた紙袋から伝わる温かさがいい。
この後はアンネローゼさんと一緒に
試合の最中なのか、観客席へ繋がる通路には人影一つない。案内板を頼りに約束の場所へ向かっていると、前方から不審な格好をした人が歩いてくる。色褪せた灰色のローブは汚れが目立つし、ところどころほつれている。ぶっちゃけ浮浪者みたいだ。
ただ、彼女──ローブ越しの体格から察するに女性だ──は強い。
『姿勢と歩き方を見れば、その人がどれだけ身体の使い方を理解しているかがわかる』
シドが七陰の皆に伝えた格言、私も賛成だ。
それに則れば、彼女は紛れもない強者。濃密で膨大な魔力を纏っている訳ではなく、あくまで自然体。無駄なものを削ぎ落とし、洗練された強さだ。
もし大会で当たったら負けなきゃいけないなと、そんな事を考えながらすれ違おうとして。
「エルフの匂いがする」
声を掛けられた。ハスキーな声が静かな通路に響いた。
「エルフの知り合いがいる?」
「何人かいますよ」
「私はエルフを探している。私とよく似た顔の姪だ、私とよく似たエルフに心当たりはないか?」
エルフさんが顔のローブをとる。
(うわ、すっごい美人。それによく似てるなぁ)
私はエルフさんの顔をじっと見て、悩んでいるふりをする。
「んー……その姪御さんって、茶髪で目の色も薄茶ですか?」
「いや、金髪に青い瞳だった」
「エルフにしては耳が短かったり?」
「エルフの中でも長い方だ」
「そうですか……」
申しわけなさそうに肩を落とす。エルフさんも残念そうにした。
「いい。エルフだから時間はたくさんある」
エルフさんが私を安心させるように笑う。いい人だなぁと思うと同時に、罪悪感が襲ってくる。とはいえアルファの許可無しに教えるのはどうかと思うので、何もしない。
……ところで、なんか、ぴりぴりする。
うなじのあたりというか。肌というか。全身というか。第六感というか。
視られているなぁと感じる。
強者が強者を観察する視線。殺意も敵意も無い、ただ純粋な好奇心だけを向けられる感覚。
(ああ、いいねこれ)
ゾクゾクしてきた。できることなら剣を交えて、この人のことを知って、そして叩きのめしたい。
でも私は『シェイ・カゲノー』なので。
エルフさんが間合いを詰めて、自然な動作で剣を抜く、その直前。
「これ食べますか?」
エルフさんにサンドを差し出す。ぴくっと硬直したエルフさん、少し遅れてそれを受け取る。
「ありがとう」
「いえいえ、私のお気に入りなんです。きっと気に入りますよ」
エルフさんは包み紙を解いて食べ始めた。ちょっと驚いたけど、きれいな顔が幸せそうに緩むのは見てて楽しいので、食べ終わるまで待つことにした。
「君の名は?」
もぐもぐと口を動かしながら訊いてくる。
「シェイ・カゲノーです」
「私はベアトリクス」
ベアトリクス……エルフの剣聖か、通りで強いわけだ。アルファって武神ベアトリクスの姪っ子だったんだ。
ベアトリクスさんはもぐもぐと口を動かしつつ、首を傾げた。
「カゲノー……もしかしてシドの妹?」
「あ、はい。シドと知り合いなんですか?」
「さっき会った」
「そうなんですね」
「いい手をしていた。彼はきっと強くなる」
すごいなと思った。シドの実力全部を見抜いたわけじゃないだろうけど、その片鱗を見抜くなんて。さすがは剣聖だ。
食べ終えたベアトリクスさんが、包み紙を折り畳みながら言う。
「美味しかった」
「よかったです」
包み紙を貰おうと手を差し出すと、何故か手を握られた。
「いい手だ」
ベアトリクスさんがポツリと呟く。マイペースだなぁと認識が固まる、会話のペースで言うとイータと似ている。
「シェイは強い?」
「一応ミドガル王国で2番目に強い自信はありますよ」
「一番は誰?」
「王国最強はアイリス王女ですね」
嘘は言ってない。
「そのアイリス王女がどのくらい強いか知らないけど、シェイならきっと王国一番の魔剣士になれる」
「ほんとですか、うれしいです!」
ほんとすごいなこの人。それと同時に、ちょっとやばいかもしれない。
「あの〜、一つお願いなんですけど」
「なに?」
「シドが強くなるだろうっていうの、他の人に言わないでもらえませんか?」
「どうして?」
「シドってカゲノー家を継ぎたくなくていつも手を抜いているんです。なのでシドが強くなるかもと期待されるのはちょっと……」
「そうか、私も後継ぎは嫌だったから気持ちは分かる」
確かにこの人はそういうの嫌がりそう。
「わかった、シドの事は言わない」
「ありがとうございます。ところでベアトリクスさんも武神祭に出るんですか?」
「出ない。目的は人探しだから」
「そうなんですね」
「シェイは出るの?」
「はい、明日も試合あるんですよ」
「観に行く」
「いいんですか?」
「うん、シェイの試合見てみたいから」
ベアトリクスさんはそう言って綺麗な微笑みを見せた。その微笑みはアルファにとてもよく似ていた。
◇◇◇
〜ベータ視点〜
「情報の提供を感謝するってアイリス姉様が言っていたわ。これからも協力してほしいそうよ」
「光栄です」
ベータは前を歩くアレクシアの背中を見ながらそう言った。アレクシアは魔法のランプを持って螺旋状の暗い階段を下りていく。
もうずいぶんと下りている。冷たい湿った空気が、ここが地下だと知らせる。
「やはりドエム・ケツハットは教団と繋がっていると見た方がいいわね」
「はい」
「問題は証拠がないこと」
「そうですね。これは国と宗教が絡む問題ですので、普通の証拠では足りません」
「分かっているわ。お父様にきつく言われたもの。ディアボロス教団と聖教を結びつけたいなら、国民と周辺国家が納得する理由が必要だって」
「異端認定されると、終わりですからね」
「聖教の全ての門徒がディアボロス教団と関わっているわけではないわ。上層部のほんの一部が繋がっているだけでしょう」
「だから厄介なのです」
「そうね」
コツ、コツ、と二人の足音が階段に響いていく。
「お父様は聖教とはもめるなの一点張りだし。ディアボロス教団が起こした騒動にはどうケリをつけるつもりなのかしら」
「今まで通り放置するつもりかと」
「今まで通り?」
「勝手な推測です。忘れてください」
「……ま、いいわ。それより姉様が気になることを言っていた。謁見したオリアナ国王の様子が少し虚ろだって」
「虚ろ?」
「娘の凶行に心此処にあらず、とかとは様子が違ったみたい。少し甘い匂いもしたとか」
甘い匂い。ベータには心当たりのある薬品があった。
「もう手遅れかもしれませんね……」
「教団は動き出している。お父様のやり方だと、いずれこの国も……」
二人は無言になり、階段を下りていく。
「ところで、この階段はどこに続くのですか?」
「王都地下道の入り口の一つよ。どうせ貴女も知ってるんでしょ?」
「ええ。遠い昔、王族の脱出用につくられた王都全域に広がる地下迷宮ですよね」
「迷宮……そうね、地図とか鍵とか暗号とかいろいろ紛失して今はもうただの巨大な迷路だけど」
「ではなぜその地下道に?」
「あなたを始末するためよ」
アレクシアは足を止めることなくさらりと告げる。
コツ、コツ、と。階段を下りる音が規則的に響く。
「冗談よ。ちっともビビらないのね」
「ひいッ、殺さないで……!」
コツ、コツ、と変わらない音が響く。
ベータは渾身の演技を無視されてムッとした。
「地下道にはローズ先輩が逃げ込んだ可能性があるわ。だから今から探しに行くのよ」
「あの、待ってください」
「なに?」
「このこと、誰かに伝えていますか?」
「伝えるわけないじゃない。止められるもの」
「さっき迷宮になっていると言っていましたけど、脱出できる確信があるんですか?」
「来た道を引き返せばいいだけでしょ」
「あの、思い付きで人を巻き込むの止めてもらえません?」
「文句があるなら帰りなさい」
アレクシアがベータを置いて先へ進んでいく。もう放置して帰ろうかと思ったが、まだアレクシアに死なれては困る。
「お守りも仕事よ、ベータ」
小さく呟いて、アレクシアの後を追った。
階段を下りてからしばらく、単調な地下道を歩く。光源は魔法のランプのみ、静寂に2人の足音が響いていく。
不意に、大きな魔力を感じてベータは足を止めた。少し遅れてアレクシアも足を止め振り返る。
「今の……誰かが魔力を使った。それも、膨大な魔力を……」
「もしかしたらローズ様かもしれませんね」
ベータは今何が起こったのか、正確に把握していた。
今の魔力はシャドウによるもの。地下道にいるローズが悪魔憑きという事実を併せれば、答えは容易に導き出せる。
「ちょっと、私より気づくの早くなかった?」
「偶然です。私は護身程度しかできませんよ」
「ま、いいわ。急ぐわよ」
二人は走って魔力を辿る。
そして、薄暗い地下道の先に人影を見つけた。
「ローズ先輩!」
「アレクシアさん」
アレクシアの呼び掛けに、ローズはゆっくりとこちらを見た。
「その格好、さっきの魔力はいったい……」
「力を得ました。私は、私の信じる道を往きます」
ローズはアレクシアの横を通り抜ける。
「ま、待ってください! どういうことですか!? なぜ婚約者を刺したのですか!?」
アレクシアの叫びに、ローズは顔だけで振り返る。そして、どこか眩しいものを見るような目で、アレクシアを見つめた。
「アレクシアさん……。ごめんなさい、あなたを巻き込みたくはないの」
「それじゃ何も分からない! ちゃんと理由を話して!」
「話せば巻き込むことになる」
アレクシアはローズの目を睨み返す。
「あの時、約束しましたよね。このまま傍観者でいたら、いつかきっと大切なものを奪われてしまう、だから私たち3人で大切なものを護ろうって」
詰め寄るアレクシアに対して、ローズはどこか遠いところを見ているようだった。
「なのに、どうしてそんな目で私を見るの? あなたも私を傍観者でしかないと思っているの?」
「ごめんなさい……」
「答えてッ!」
ローズはとても悲しい顔で笑った。
「私はもう戻れない。だから羨ましいの」
「何が……!」
アレクシアの言葉に苛立ちが滲む。
「そんなつもりじゃないの。私は色んなものを失って、これからも失い続ける。皆が私を否定して、悪と罵るでしょう」
「だったら、なんなの」
「ごめんなさい……。私はもう往きます」
歩き出すローズを、アレクシアの舌打ちが止めた。
「待ちなさい」
そう言ってアレクシアは剣を抜く。
「もういい、力ずくで聞かせてもらう! 私は傍観者じゃない!」
ローズも細剣を抜き構える。
アレクシアとローズが見合う。アレクシアの紅い瞳には怒りが。ローズの蜂蜜色の瞳には深い悲しみがあった。
ローズの細剣が揺れた。
次の瞬間、二人は同時に動いた。
二つの剣がぶつかった。
魔力が迸り、聖堂を染めた。
ローズは一瞬、驚愕の色を見せた。
ベータの聞く限り、選抜大会の時点でアレクシアとローズは同格。悪魔憑きが治った今、負けるはずはないと思っていたのだろう。
ただ実際は、魔力に勝るローズの一撃を、アレクシアは読みと技量をもって受け止めた。
ローズが仕切り直すため距離を取ろうとしたが、アレクシアはそれを許さない。後退するローズに連撃を叩き込んでいく。
(うわぁ、思いっきり師匠の好みが出てるわね……)
相手の逃げ道を潰し、選択肢を狭め、ただひたすら有利を広げる。ベータも昔教えられ、今でもよく使う戦法だ。直情的なアレクシアには似合わないよう思えるが、意外にも様になっている。
ただ、魔力の差を覆せるほどの完成度はない。
ローズが苦し紛れに身体強化の出力を上げる。当然そんな力技がいきなり決まるわけはないが、受けに回ることで一瞬間合いが切れる。
その後アレクシアが即座に反撃に転じる、大振りしたローズは再度守りに入らざるを得ない。
ローズは攻められず、アレクシアは攻めきれない。お互いに決定打に欠ける状態。
勝負を分けたのは発想の差、つまりは師匠の差だった。
至近距離での剣戟の最中、アレクシアが剣を手放した。
ぽいっと投げられた剣、ローズの視線が逸れる。
瞬間、アレクシアが懐に潜り込む。ローズが気付くがもう遅い。
アレクシアは拳を握りしめる。
「私の話を、聞けぇぇぇぇ!」
渾身の右ストレートがローズの顎を打ち抜いた。ローズは数メートル吹き飛ばされ、そのまま気を失った。
「ふふっ」
ベータの唇が愉しげに歪んだ。
「まだ起きないわね」
「アレクシアさまが馬鹿力で殴った所為ですね」
「うるさいわね」
アレクシア渾身の右ストレートからしばらく経った。未だ意識のないローズを、ベータは膝枕で介抱している。
「ん……」
膝の上のローズが身動ぎした。
ゆっくりと目が開き、ベータを見上げる体勢のまま数秒。
「ああ、そういう事ですか」
ポツリと呟き身体を起こすも、立ち上がる気配はなく、視線は下を向いている。
「私はまた失敗したのですね」
「ええそうよ。ローズ先輩、貴女は間違った」
消え入りそうなローズに向けて、アレクシアは鋭い言葉を浴びせる。
「ローズ先輩が婚約者を刺した理由はわからない。でもきっと、ローズ先輩はその時の最善を選んだんでしょう?」
「はい……あの時の選択自体は、間違っていないはずです。ですが結果として、アレは生き残り、私は罪人として追われる事になった……力を得た今ですら、私はまた届かずに……」
無力さを噛みしめるローズ。どうしてくれるのかと、ベータはアレクシアを見やる。
「ローズ先輩、貴女は間違えた」
アレクシアが繰り返す。ただ先ほどとは違う声音に、ローズが顔を上げてアレクシアを見た。
「追われる立場になった時、真っ先に私たちに相談すべきだった」
「それはっ……!」
「私たちを巻き込みたくなかったのは分かってる……でも私たちは仲間よ。胸の内で何考えてんのかは知らないけど、仲間としてやっていくことになった。そうでしょう?」
「……はい」
「私は仲間を見捨てない。たとえ罪人と呼ばれていても、直接話をして、きっちり向き合う。どうするか考えるのは、それからでも遅くはないわ──だから話して」
強い語調で話すアレクシアだったが、最後だけは違った。懇願にも近いそれに、ローズはポツポツと語り出した。
謁見の場にて、変わり果てたオリアナ国王と対面したこと。その隣にいたドエムを筆頭に、場にいた全員がローズを嗤っていたこと。今までの黒い噂が確信に変わり、ドエムの排除を選択したこと。
それを聞いたベータとアレクシアは驚愕した。
アレクシアは国王を傀儡にしているという事実に。ベータは想像以上にオリアナ王国が教団に蝕まれている事態に。
そして何より、ローズの覚悟に。
「ローズ先輩、本当にいいんですか?」
「はい。王女として、そして娘として……これは私が果たすべき務めです」
アレクシアからの問いに、ローズは毅然として答える。
これからローズが成そうとする事は、きっと正しい事だ。
でも、正しい事は痛くない事を意味しない。
痛い事が必ずしも正しい訳ではない。けれど、正しさに痛みが伴うことは往々にして起こり得る。
それをやらなくてはならないのなら、どんなに痛くても、辛くても、そうするしかない。
傀儡となり果てた父を殺す──ローズが選んだのは、そういう道だ。
「それで、決行日までの事なのですが……」
そんなきりっとした表情が、一転して不安そうになる。
「何処か身を隠せる場所が必要よね。それが終わってからも、活動するには拠点が要るし」
「はい、私のツテではオリアナに知られてしまいますし」
「私も王宮にバレないツテは無い。それに私個人でローズ先輩を匿えば、ミドガルとオリアナの関係悪化が避けられない。となると──」
アレクシアの視線がベータへと向く。ローズも申し訳なさそうにそれに続いた。何を求められているのかは一目瞭然。
「はぁ」
わざとらしくため息を吐くと、ローズがビクッと震えた。これは断ってもいい、というより断るべき要請だ。万一バレた場合、ナツメ・カフカとして二度と表舞台に立てなくなる。
でも。
──無理しない程度に、よろしくねベータ
ああ、本当に、面倒事を持ち込んでくれたものだ。
彼女がアレクシアに剣を教えなければ、おそらくローズは負けなかった。彼女が頼み込んで来なければ、きっと断っていた。
「仕方ありませんね」
でも、求められてしまったから。悪魔憑きに罹ったせいで極度に人を怖がっていたあの頃、温かく抱き締めてくれた彼女だから。
だからこれは仕方ないことなのだ。
「私の方で仮の住居は確保します、私名義の場所なので騒ぎを起こさなければ安全に過ごせるはずです。それと当日の侵入・脱出経路は幾つか考えておきましょうか」
シェイのお願いのため。行き当たりばったりな王女たちに代わり、ベータはテキパキと場を仕切り始めた。