ついに武神祭本戦が始まった。僕は姉さんに貰ったチケットを片手に席を探していた。
豪華な金箔つきのチケットはいかにも特別席らしい。裏面の座席案内を頼りに進んでいくと、なにやらゴージャスな扉の部屋があった。普通の観客席とは違い、ここだけ謎に隔離されている。
まさかここじゃないよね、と思いながら扉の前のスタッフさんに確認すると、まさかのここだった。非常に丁寧な対応で室内に案内され、中に入った瞬間帰りたくなった。
ここは特別席なんかじゃない。ハイパーVIP席だった。
どこかでみた覚えのある大貴族の皆様とそのご家族。学園の上位カースト勢はだいたいセットでいる。見覚えのある顔ぶればかりだ。
案内されて席に着くと、隣には王族の方がいた。それも2人。
「あら、久しぶりねシド」
「アレクシア? お知り合いですか?」
僕の元カノということになっているアレクシア・ミドガル王女と、その姉であるアイリス・ミドガル王女。紛うことなきネームドキャラだ。
「私はシド・カゲノーと申します。席を間違えてしまったようです。では、失礼致します」
「待ちなさい」
華麗なる回れ右で退出を試みるが、アレクシアに腕を掴まれて叶わなかった。
「カゲノー……シェイさんのお兄さんですか。それにクレアさんの……」
「姉もご存じなので?」
王族に話しかけられては無視できない。ただしアレクシアは例外だ。
「ええ、騎士団の研修に来ていた時に何度か。クレアさんは卒業後は私の騎士団に配属予定なんですよ。席は間違いないです、クレアさんに席を譲られたのでしょう?」
アイリス王女の悪意のない笑顔が辛い。ここにいるのがアレクシアだけだったら強引にでも帰れたのに。
「……失礼しまぁす」
僕は諦めて席に着いた。僕、アレクシア、アイリス王女の順番だ。
「クレアさんからはよくシドさんの話を聞いています」
「私も偶にシェイから話をされるわよ。夏休みも2人で旅行に行ったのよね?」
「まあ、うん」
「そうなんですね、とても仲がいいようで羨ましいです」
「いえ、それほどでもないはずです」
「そういえばシドさんはアレクシアとも仲良くしてくれているようですね」
「仲良くというか、まぁ……投げられた金貨を拾うだけの関係でしたが」
「投げられた金貨?」
「犬に金貨をぉ……!」
右腕に鋭い痛みが走る。コイツ、周りから見えない位置で抓ってきやがった。
「犬に金貨? どういうことでしょう?」
「オホホ、前に町に遊びに行った時、シドが『女の子にお金を出させるなんて』と言って全部払ってしまったので、後からお金を渡したんですよ」
「それで金貨を」
「ええ、その時照れ隠しでつい投げてしまって、近くにいた犬が飛び付いてきて大変でした」
「そういう事でしたか。アレクシア、照れる気持ちは分かりますが、お金を投げてはいけませんよ。シドさんも、アレクシアがご迷惑をお掛けしました」
「いえいえとんでもない」
「私からもゴメンナサイねシド?」
「キニシテナイヨ」
結構な力で抓られ続けている右腕、そろそろ痛くなくなってきた。アイリス王女は心から嬉しそうに微笑む。
「2人は本当に仲が良いですね」
「ええとても」
「あはは、ソウデスネ」
そんな感じで僕らはサービスのドリンクを飲みながらしばらくお話しした。
「アイリス様の今年の注目選手は誰でしょう」
アイリス王女の向こうから、片方の髪を耳にかけた現役魔剣騎士団長の娘さんが話に加わった。
「ボクも知りたいですね」
ミディアムヘアを後ろで結んだ公爵家のイケメン次男君もそれにのっかる。王都ブシン流の繋がりでアイリス王女と知り合いらしい。
「本戦に出場する選手は皆注目していますが、あえて挙げるとしたら2人」
アイリス王女の言葉には迷いがない。
「1人目は元ベガルタ七武剣のアンネローゼさんですね。武神祭本戦は見知った顔が並びますが、彼女は今年初出場です」
「私も見ましたがアンネローゼ様は強いです。今の私では勝てそうにない……」
「ボクも見ました。ですが勝つのはアイリス様です。あの事件から王都ブシン流への風当たりが強いですが、ここでアイリス様に優勝してもらえれば……」
「ちょっと! アイリス様に押し付けるのは違うでしょう!」
「いや、ボクはそんなつもりは……」
言い争う2人をアイリス王女の声が遮る。
「いいのです。元より優勝するつもりですから。王都ブシン流も、この国も。すべて背負うつもりです」
「アイリス様……」
「流石です」
尊敬の眼差しを向けられたアイリス王女は、2人に笑みを返してから僕たちの方に振り向く。
「そして2人目はシェイさんです。アレクシアの剣の師であり、シドさんの妹さんですね」
「あはは、兄として鼻が高いです」
アイリス王女の向こうの2人がビクッと震えた。何やら身を寄せ合って小声で話し始めたので、耳に魔力を集中させる。
『え、今兄って言った? てことはあの子、シェイさんのお兄さん?』
『多分そうだ、前にアレクシア様に連れられて白服なのに1部に混じってたし』
『あ、思い出した。確かにあんな顔してた……ねえヤバくない?』
『…大丈夫だ。彼女もあの時の事は水に流してくれたし、ここでおかしな事をしなければ……たぶん……』
『そうよね、うん、大丈夫よね』
現役魔剣騎士団長の娘さんは頬に、公爵家のイケメン次男君は後ろ髪に、それぞれ手をやる。なんだか凄く深刻そうだけど、何やったんだろあの子。
「おふたりとは初対面ですよね。彼はシド・カゲノーさん。クレアさんの弟で、シェイさんのお兄さんです。3人とも、とても仲のいい兄弟なんですよ」
アイリス王女の紹介に、2人は眩しいくらいの笑顔で頷く。
「そうなのね! お姉さんと違ってパッとしない剣だったし、シェイさんみたいなセンスも無かったけど、上を見ても始まらないから、地道にやっていきなよっ」
「そうだな! 諦めずに鍛錬すれば、少しずつ成果も出てくると思うぞ!」
「どうも」
先輩方のありがたいアドバイスに感謝。
「それで、他に注目選手います? 例えばアンネローゼ様の1回戦の相手の、ジミナ・セーネンとか。彼も今回初出場ですよ」
僕は自然な流れでジミナの反応調査をする。
「ジミナ……彼の試合はまだ見てませんのでなんとも。アレクシアはどうですか?」
「私は予選自体見れていないので……」
オーケー。姉妹揃ってまだジミナを知らない、と。
「あ、私見たよ。剣は速かったけど、それだけかな。構えが素人だし」
「彼は本戦には相応しくないね。勢いと運だけで実力はないよ」
二人はジミナを雑魚認定、と。
だいたい予定通りだな。ここまでジミナへの評価はほぼ完全にコントロールできている。
すべての準備は調った。
ここから、始まるのだ……。
「選手ではありませんが、一人注目している方がいます」
聞くこと聞いたしもう満足していた僕に、アイリス王女が言った。
「武神祭の初代優勝者で、武神と呼ばれたエルフの剣聖が王都に来ているようです」
「エルフの剣聖……まさか!」
「彼女はもう10年以上表舞台には立っていないはず!」
おお、なんかかっこいい。僕も「まさか奴があの……!」とか言われてみたい。
「武神ベアトリクス様の動向に、本戦出場者は誰もが注目しています」
ベアトリクス……前に会ったエルフさんか。結構強いと思ったけど有名人だったんだ。
わぁぁ! と、会場が揺れるほどの歓声が響く。
会話を止めて全員が前を見る。特別席は他の観客席と比べて高い位置に作られていて、会場が一望できる。
目下の試合場には既に2人の魔剣士が相対している。上裸のマッチョ男と、魔剣士学園の制服を着た小柄な女の子。
「ちょうど始まりますね」
アイリスが楽しげに言う。
「今日はハルバードを使うのね」
会場を見てアレクシアが言った。
「そのようですね。予選では全試合別の武器を使っていましたが、本戦の一回戦はハルバードですか」
「ここに来て二度目のハルバードなのは何か理由があるのでしょうか?」
「教わった武器の種類が尽きたというのは前提としてありますが……シェイさんは授業でもハルバードを選択していますし、予選決勝でも使っていました。シェイさんにとって自信のある武器なのでしょうか……?」
現役魔剣騎士団長の娘さんの疑問に答えるアイリス王女だけど、彼女自身もその推論に納得がいっていない様子。
シェイならばどの武器を使っても勝てるのでは? と、表情が物語っている。
それは正しい。
「……おそらく、相手に合わせたのだと思います」
アレクシアがその場で考えを纏めながら話す。
「対戦相手は体格のいい男で、武器も大きめの直剣。シェイとの体格差は歴然で、普通ならレイピアや双剣でスピードを生かした戦い方をするところですが」
「敢えて長柄武器を選んだと」
「はい、それで勝てば大いに盛り上がりますし。それにあの子は結構義理堅いので、なるべく目立つ場面でハルバードを披露したいというのもあるかと」
「そういえばハルバードの受講生は10人に満たないのでしたね」
アイリス王女がなるほどと頷き、観客席をぐるりと見渡す。何処もかしこも満員で立ち見の客も多い。
「武神祭本戦の第一試合、急上昇したシェイさんの知名度、予選で毎試合武器を変えていたという事実……確かに例年以上の盛り上がりです」
試合場に視線を戻すと、審判が右手を高らかに掲げていた。
「一回戦第一試合! シェイ・カゲノー対ツギーデ・マッケンジー!!」
両者の名が呼ばれ。
「試合開始!!」
始まった。
◇◇◇
武神祭本戦一回戦、ハルバードを披露して勝ち進む。
その後、お姉ちゃんの勝利を観戦して、そして
ジミナの対戦相手であるアンネローゼさんのお見舞いへ医務室へ行くと、彼女はすぐに目を覚ました。
「ん…ここは……?」
「あ、起きました?」
「シェイ? ……ああ、そういう事ね」
アンネローゼさんは起き上がると、自分の体をペタペタと触り、傷を受けた左肩を軽く動かす。
「傷は浅いそうですよ」
「そうみたい。加減する余裕まであったのね」
「そうですね」
「…いかなきゃ」
アンネローゼさんはベッドから降りて、ラフな格好のまま医務室を出ていく。私もそれに続いた。
廊下を駆けて、その先に探し人を見つけた。
「待って、ジミナッ!!」
振り返るジミナの前で、アンネローゼさんは足を止める。
「完敗だったわ。本当に、何もできなかった。強くなるために国を出て、あの頃より強くなったつもりでいた。でも知らないうちに慢心していたのね」
アンネローゼさんはジミナを見上げて微笑み、そして手を差し出す。
「いい勉強になったわ。ありがとう」
「枷を外したのは初めてだ。恥じることはない」
「嬉しい言葉ね」
ジミナも微笑みながらその手を取り、握手を交わす。
「ジミナ、アナタはいったい何者なの? どうやってそれほど強くなったの?」
その問い掛けに、ジミナの微笑みが寂しそうなものへ変わる。
「すべてを捨て……ただ強さを追い求めた愚か者だ……」
「ジミナ……もし、アナタが望むなら、ベガルタ帝国へ士官しない? アナタに相応しい席を用意するわ」
「……オレには少し、眩しすぎる」
ジミナは首を横に振った。
……いやほんと、シドは演技上手いな。この会話だけでもジミナの過去が何となく想像できてしまう。
アンネローゼさんも彼の(ありもしない)過去を想像して、センチな表情になる。
それを振り払うと、私の方を見た。
「それはそうと、紹介するわ。彼女はシェイ・カゲノー、明後日貴方と戦う子よ」
断言された。明日勝ち進めばとか、そういう前提は要らないだろと言われてるみたいで嬉しかった。
私は一歩前に出て、ジミナに手を差し出す。
「初めまして、ジミナ・セーネンさん。魔剣士学園1年のシェイ・カゲノーです」
「ジミナ…ジミナ・セーネンだ」
固く握手を交わす。どうでもいいけど、その名乗りの仕方カッコいいな。『シェイ…シェイ・カゲノーです』……私がやるとダサくなるな。
「オレはいく、君と戦えるのを楽しみにしている」
「はい」
最後に笑みを交わして、ジミナは背を向け歩き出した。それを見送って、アンネローゼさんと医務室へ戻る。
「シェイは、ジミナに勝てそう?」
「あれが全力なら勝てますけど、まだ彼の底が見えないので何とも言えないです」
「そう…」
アンネローゼさんは悔しさを滲ませながら、それでいて開き直ったように薄く笑った。
「それなら見届けないとね」
「武神祭が終わるまで王都に残るんですか?」
「ええ。本当は負けたらすぐにでもここを発つつもりだったけど、気が変わったわ」
「そうですか……それじゃあ行きましょうか」
「行くってどこに?」
「屋台通りです」
「え?」
「屋台通りです。アンネローゼさん怪我してますよね、血を流した分いっぱい食べないと」
ということで、軽装のアンネローゼさんを連れて屋台通りへ繰り出す。
安定のまぐろなるどでとりあえず腹ごなしをして、そこからは甘い辛いしょっぱいの無限ループ。気になる味があれば二種類頼んでアンネローゼさんとシェアする。
途中私を探していたアレクシアとも合流して、3人で屋台を回る。
「ん~~、おいしい」
焼き鳥美味しい。串の脂が垂れてこないよう横に向けたままかぶりつく。
アンネローゼさんはもちろん、アレクシアも抵抗なく食べている。庶民派王女様だ。
「こうして見ると、噂も当てにならないものね」
アンネローゼさんが私を見て言った。
「前から気になってたんですけど、私ってそんなに噂されてるんですか?」
「結構されてるわね」
「私もいくつか耳に入ってるわよ」
アンネローゼさんだけでなくアレクシアも知ってる模様。そんな有名なのに噂の主だけが知らなかったとは。
「ちなみに、どんな感じの噂なんですか?」
私が尋ねると、アンネローゼさんが答えた。
「『姉のクレア・カゲノーが一度も勝ったことがない』というのは本当?」
「本当です」
「じゃあ『アレクシア王女を舎弟にしている』」
「弟子ではありますけど、舎弟ではないです」
「『魔剣士学園を裏から牛耳っている』」
「それは完全な嘘」
「あながち間違いでもないと思うわよ。3年生の実力者の殆どは貴女に頭上がらないじゃない」
アレクシアからツッコミが入る。
「あれはちょっとオハナシしただけだから、もう和解しました。それで他には?」
「そのオハナシについて聞きたいけど、まあいいわ……『魔力が使えない状況で銃弾を片手で止めた』」
「それが本当だったら人間辞めてますね」
「『一太刀で5人を屠る事が出来る』」
「普通に無理です」
「『アイリス王女をぶん殴って、さらには跪かせた』」
「……腹パンして顔を張り飛ばした結果、尻もちを付かせたことはありますけど、模擬戦での話ですよ」
「なるほど。所々は真実なのね」
「噂される側としては大半が誇張されてるって印象ですけど」
「噂なんてそんなものよ」
呆気からんと言うアンネローゼさん、アレクシアも軽く頷いている。流石は有名人、噂されるのにも慣れているんだろう。
その後も屋台巡りを続け、アンネローゼさんと別れた。今はアレクシアと共に私の自室にいる。
「それで、私に何か用だったの?」
「ええ…」
頷くアレクシアだけど、その後が続かない。
急かすことはせずしばらく待っていると、アレクシアがふぅーっと息を吐く。そして決意の籠もった表情になった。
「明日、貴女に頼みたいことがあるの」
語られたのは、明日起こる大事件について。
現在逃亡中のローズ先輩がドエム・ケツハットを刺した理由。地下道に潜んでいたローズ先輩を見つけ、独りで歩もうとしていた先輩を拳で分からせたこと。ナツメ・カフカ先生との三人で事に当たると決めたこと。
そして明日、ローズ先輩がオリアナ国王を殺害すること。
「それ、他の誰かに話したの?」
「いいえ。貴女に話すのが初めてよ」
「私に言って良かったの?」
「ええ」
「ふーん…それじゃあ、それを私に伝えて何をさせたいの?」
「当日、ローズ先輩が事を起こした後、おそらくドエム・ケツハットからの追っ手が来るわ。ローズ先輩が会場を出るまで、私が目の届かない場所で彼女を守ってほしいの」
「護衛ってこと?」
「いえ、危険なら陰から手を貸すだけでいいわ。貴女ならそれができるはずよ」
「まあね」
おそらく学園テロの時のボタン飛ばしを念頭に置いているのだろう。あれなら隠れたままでも護衛は可能だ。
「会場を出るまででいいの?」
「ええ。そこからはナツメ・カフカが用意した脱出経路があるわ」
「なるほどね」
正直、これは私が受けても受けなくても変わらない。ガーデンの皆がディアボロス教団の戦闘員を予め排除しておくそうだし、私が出る幕はないだろう。
「わかった、いいよ」
だから了承する。アレクシアがほっと息をついた。
「アレクシア、今日これから予定ある?」
「無いけど、何かあるの?」
「チョコ食べよ」
戸棚からチョコを取り出し、紅茶を淹れる。さっきまでの対面ではなく、ソファに隣り合うよう二人分をテーブルに並べる。
明日アレクシアがやるのは、ほんの些細な一言だ。ベータの脚本に従って、ほんの少し演技をするだけ。でもそれは場の流れを決定付ける瞬間で、一歩間違えばローズ王女の未来が消えてしまう。
アレクシアは私が見捨てたローズ先輩を助けようとしている。共に戦おうとしている。その緊張が少しでも和らげばいいなと、そっと頭に手を伸ばす。
「よしよし」
柔らかい髪が崩れないように優しく撫でる。アレクシアも抵抗しない。
「…なによ」
「んー、アレクシアならきっとできるよって、応援してるの」
「応援って…それに何を根拠に……」
「根拠ならあるよ。だって、私の自慢の弟子なんだから」
「ぷっ…そうね。貴女の弟子だもの、怖いものなしよね」
「そうそう」
アレクシアが体を預けてきた。よーしよーしと撫でるのを再開する。
淹れたばかりの紅茶がすっかり冷めるまで、私は頭を撫で続けた。