どうしようもない兄を持ちまして   作:slo-pe

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父娘の絆と本当のお祭り

 

 

〜アレクシア視点〜

 

 武神祭本戦二日目。

 アレクシアはアイリスと共に特別席へ向かう。指定された席の隣には既にシドがいた。呑気にコーヒーカップを傾ける姿に、今日これから起こる大事件を前に張り詰めていた心が少し緩んだ。

 

「おはようシド」

「オハヨウ」

「おはようございます、シドさん」

「はよーございます」

 

 アレクシアたちを見て嫌そうな顔になったシドの隣へ、アレクシア・アイリスの順で座る。

 ふと見えたコーヒーカップの中は、ベージュ色の液体で満たされていた。

 

「また砂糖珈琲飲んでるのね」

「失敬な。コーヒー牛乳だよ」

「そんなミルクドバー、砂糖ドバドバーしたのはもう珈琲と呼べないわ」

「苦味が消えて美味しいのに」

「美味しいのは同意するけど珈琲とは認めないって言ってるのよ」

 

 シドが好むのは、珈琲が3に対してミルクの比率が7くらい。そこに砂糖をドバドバ入れるのだ。美味しいのは事実であるが、もはや珈琲とは別の飲み物である。

 

 珈琲が苦手なアイリスが興味を持ったため、メイドを呼んで二人分持ってきてもらう。

 アイリスはそこにミルク砂糖をドバドバと入れて飲む。

 

「あ、美味しい」

「でしょう。どんな珈琲でも全部同じ味になる魔法の技です」

 

 アイリスの呟きを聞いて得意げなシド。

 アレクシアは何も入れずに珈琲のまま飲む。うん、美味しい。やっぱりブラックが一番、ミルクは気分で入れるくらいが丁度いいのだ。

 

 トーストも頼んで軽い朝食を終える頃には、特別席も人が増えてきた。王女としての仮面を被り、世間話もとい社交に努める。

 本戦が始まりそうな時間になると、皆席に着いて少し落ち着いた空気になる。

 

 特別室の扉が開いた。振り返るとそこには色褪せたローブを纏った人物がいた。顔は見えないが、体格からしておそらく女性だ。

 浮浪者のような見た目の彼女に、特別席の面々からは厳しい視線が向けられる。

 

 ただ、アレクシアは彼女にシェイと似た匂いを感じ取った。

 強いとは感じない。アイリスを筆頭に、騎士団長やゼノン、昨日会ったドエム・ケツハットのような、剣士としての強さが見えない。

 

 だからこそ思う、彼女はきっと強い。

 強い弱いという意識が芽生えない。シェイと同じく警戒できない。そんな自然体な強さを持っているのではと推測した。

 

「お客様、失礼ですが……」

 

 彼女を特別席から追い出すため、警備員が声をかけたその時。

 

「その方は私が招待しました。どうぞこちらへ」

 

 アイリスが席を立ち、声を掛けた。

 ローブの女性はアイリスの隣、アイリスを挟んでアレクシアの反対側に座った。

 

「アイリス様、その方は……」

「武神ベアトリクス様です」

 

 アイリスが答えると、周囲がどよめいた。

 

「彼女が、あの……」

「武神と呼ばれた……」

「伝説の剣聖……」

 

 自分の目が正しかったことを嬉しく思いつつ、周囲の掌返しもいいとこな反応に笑いそうになる。

 

「ベアトリクス様がこうして表舞台に出られるのは久しいですね」

「うん、人を探している。私とよく似た顔の姪だ」

 

 ベアトリクスはそう言うと、顔のローブをとって素顔を曝した。

 

「おお、これは美しい……」

 

 周囲がベアトリクスの美貌に見惚れる中で、アレクシアは何も反応しなかった。王女として培った仮面を総動員して、何も反応しないようにした。

 ベアトリクスの顔は、聖域で見たアルファに、そして英雄オリヴィエによく似ていた。

 

「この顔、見覚えないか? この国で最近よく似た顔のエルフを見た人がいるらしい」

「ほう、この国ですか……。ベアトリクス様ほど美しいエルフであれば一度見たら忘れませんが」

「見覚え、ないか?」

「残念ですが……」

「そうか……」

 

 芳しい反応が得られず、ベアトリクスは残念そうにローブを被った。

 

「ごめんなさい。皆顔の広い方ばかりですので、ここで聞けばわかると思ったのですが」

「いい。エルフだから時間は沢山ある」

 

 アイリスがベアトリクスに謝る。

 

「ところで、ベアトリクス様は武神祭の試合は見ましたか?」

「あんまり見てない。気になる子がいたからその試合は見た」

「そうなんですね。ちなみに誰の試合をご覧に?」

「シェイ」

「シェイさんとお知り合いだったのですか?」

「この前まぐろなるどのハンバーガーを貰って、強いって思った」

 

 何してるんだうちの師匠は。

 

「あの子の試合は面白い。武器の使い方が器用だし、それに楽しそうにしてるのもいい」

「シェイさんの戦いは華がありますからね。今大会、彼女を見に来た観客も多いんですよ」

「うん。シェイの時だけ人がたくさんいた」

 

 ベアトリクスは今まで見たシェイの四試合について語る。そのどれもがシェイを褒めるもので、アレクシアは鼻高々になる一方、試合を見れなかったことへの悔しさを噛み締めるのだった。

 

 

 

 時間は流れ、ミドガル国王が護衛の騎士と共に、オリアナ国王がドエム・ケツハットと並んで入室する。

 ローズから聞いていた通り、オリアナ国王の様子は明らかにおかしい。それに香水の匂いがキツイ。

 

 ナツメ・カフカ曰く、ドエムはオリアナ国王へ依存性の強い薬草を使用しているのではとのこと。中毒者が独特の甘い匂いを発するというのは、謁見したアイリスの証言とも一致する。

 香水で巧みに隠されているが、逆に言えば隠さなければならないほど強い匂いを発するということ。アレクシアの中でナツメの推測が正しいと結論付けるには十分だった。

 

 昨日もドエム・ケツハットに対して、アレクシアは殺気を抑えるのに苦労したが、今日はそれ以上に必死で抑えた。

 しかし。

 

「くさい」

「おい女、失礼だぞ!」

 

 ベアトリクスの呟きに動揺したドエムは、あろうことかオリアナ国王を突き飛ばした。

 

「おい衛兵、この女を摘み出せ……!」

「ドエム殿! この方は私がお招きした、武神ベアトリクス様なのです」

「ごめん」

「っ……こちらこそ、知らぬとは言え失礼しました。武神祭をごゆるりとお楽しみあれ」

 

 ベアトリクスが伝説の武神だと理解が追いついたドエムは、そそくさとこの場を離れ、オリアナ国王と共に国王専用の玉座へと向かった。

 

 多少の事件は起こったが、却ってよかったのかもしれない。業腹だがドエムはかなりの実力者だ、もし何事もなければアレクシアの隠しきれない殺気に気づいていたかもしれない。

 

 ……大丈夫だ。落ち着け。上手くいく。上手くいかせる。

 緊張で体が強張る。心臓が痛いくらいに脈打っている。今日これから起こる事件において、アレクシアが担うのはほんの僅かな部分だ。けれど、その僅かでローズの、オリアナ王国の将来が大きく変わってしまう。

 

「大丈夫?」

 

 隣から声を掛けられた。

 

「…何がかしら?」

「なんとなく。何もないならいいや」

「…そう」

 

 シドはすぐに興味をなくしたようだ。周囲の誰にも、アイリスにすら気づかれなかった内心に気づいたくせしてなんだその態度は、もうちょっと興味持てや。アレクシアに対して雑なのは兄妹そっくりである。

 ただ、いつもと変わらない彼の態度に、少しだけ気持ちが緩んだのは確かであった。

 

 

 

 試合は順当に進んでいた。シェイが双刀を用いた手数と速度の剣術で観客を虜にし、それに刺激されたクレアもあっさりと勝ちを決めた。

 

 そして、本日の大トリを飾る試合。

 アイリス・ミドガル vs ジミナ・セーネンの戦いにおいて。

 ジミナ・セーネンという無名の魔剣士が、王国最強アイリス・ミドガルをたった一太刀で打ち破った。

 

 波乱の結果に会場全体がざわめいていた。

 アレクシアも動揺はしていたが、シャドウやシェイ、ゼノンにアルファといったアイリス以上の実力者を数多く見てきたからか、まだ平静を保てていた。

 

「はぁ…」

「凄い技…挑んでみたい……」

「バカな…アイリス・ミドガルが、何もさせてもらえないまま敗れただと……」

 

 落胆と共に退席するミドガル国王。

 指定された席から立ち上がり、ガラス張りの窓に手を添えて感嘆の表情を浮かべるベアトリクス。

 計画の支障になると考えたのか、異様なほど動揺を露わにするドエム。

 

 アレクシアは周囲を観察し、じっとその時を待った。

 

「おい、あれって確か…」

「いや…まさか…」

 

 会場がざわめいた。先ほどまでとは別種のそれに視線を向けると、そこにはローズがいた。アレクシアの緊張がMAXに達する。

 

「ようやく戻られたのですね、我が愛しのローズ王女。陛下もお待ちかねでしたよ」

 

 ドエムは言葉だけは綺麗に取り繕っているが、醜悪な笑みは隠せていない。おそらく隠すつもりもない。

 

 ドエムが優雅に一礼をすると、オリアナ国王が席を立ち、覚束ない足取りでゆっくりと前へ出る。

 

「ローズ…よく…もどった…さあ…こっちへ…」

「お父様、私は謝罪に参りました。今までのことを、そしてこれからのことを。私は間違いを犯し、そしてこれからも間違うでしょう。しかし私は、オリアナ王国の王女として、そしてあなたの娘として……私は、私の信じる道を進みます」

 

 片膝を突いて平伏するローズの声は震えており、しかし同時に決意を感じられるものだった。

 ローズの言葉を聞き、オリアナ国王は、ふっと笑みを浮かべる。

 

「お前の罪を許そう」

 

 ローズは俯いたまま大きく目を見開く、アレクシアも驚きを隠せなかった。

 虚ろだった今までとは違う、はっきりと意志を持った優しい言葉。オリアナ国王の、父としての最期の言葉だった。

 

「おい! そんな言葉は指示していないぞ! 何を勝手に……!」

 

 ドエムの動揺した怒号が響く。

 

「ありがとうございます、お父様」

 

 ローズが呟く。

 

 それからは、一瞬の出来事だった。

 ローズが腰の剣を抜く。ドエムは咄嗟にオリアナ国王の服を引き、盾とした。ローズは僅かな迷いもなく、その細剣でオリアナ国王の心臓を貫いた。剣先は背後のドエムの腹へも突き刺さっていた。

 

「今までありがとうございました、お父様」

 

 そして彼女は剣を抜いた。王の心臓から血が噴き、彼は崩れ落ちる。彼女の瞳からはついに涙が溢れだした。

 

 ──ローズ王女が、父親であるオリアナ国王を殺した。

 

 強すぎる衝撃に場が静まり返る。動揺が形になる前の、感情をどこに向けるか決まる瞬間。

 

 ──ここだ! 

 

「国王様を、盾にした……?」

 

 アレクシアの呟きは微かなもので、しかし静寂に包まれていた特別席には十分過ぎるほど響き渡った。

 

「確かに、おかしくないか……?」

「そういえばさっき指示してないとか言ってたよな……」

「ここに来たときもオリアナ国王を突き飛ばしてたし……」

「それに国王様、異常なくらいやつれてた……」

 

 ざわめきが広がる。ひとまず第一段階はクリアだ。

 

 場の趨勢に焦りを隠せなくなるドエムだったが、ローズが懐から取り出した一本の瓶を見て、ついに大声で叫んだ。

 

「貴様、まさかそれはっ……!」

 

 瓶に入った透明な液体、中身はただの水である。

 しかしドエムの強い反応を見れば、それが何であるのかという想像は膨らんでいく。

 

 ローズはそれを眼前にかざし、チャプチャプと揺らす。瓶を床に落として──その薬を使ったドエムを否定するかのように──踏みつぶした。

 

「ドエム・ケツハット、私は貴方を許さない。お父様を操り、オリアナ王国を操った貴方を、絶対に許さない。私はいつか、必ず、取り戻してみせる」

 

 ナツメ・カフカの脚本通りの、芝居がかったセリフ。けれども込められた決意は本物だ。

 ローズの言葉に、ドエムの反応に、この場にいる貴族たちの意見が固まった。

 

 ──ドエム・ケツハットが薬物を使いオリアナ国王を操り、あまつさえローズ王女までも操ろうとした

 

 厳しい視線を向けられ、ドエムは破れかぶれに叫ぶ。

 

「もういい! さっさとその犯罪者を捕らえろぉ!」

 

 ドエムの周りにいた護衛らしき人物がローズへ襲いかかる。ローズが剣を構え、アレクシアもその手助けをしようと柄に手をかけたところで。

 

「──それが貴様の選択か」

 

 まるで芸術のように美しい一閃が、ローズを囲う敵を薙ぎ払った。

 現れたのは平凡な青年ジミナ。

 

「あ、貴方は……」

「偽りの時は終いだ」

 

 ジミナがそう呟くと、黒き液体が螺旋を描き彼を包み込む。螺旋が集束した後、そこに現れたのは漆黒のロングコートを纏った男。

 シャドウだ。ジミナ・セーネンの正体はシャドウだったのだ。

 

「我が名はシャド──「スタイリッシュ盗賊スレイヤーさん!!」……え?」

 

 シャドウの名乗りに被さるように、ローズが別の名を呼んだ。

 

「「「「スタイリッシュ盗賊スレイヤー?」」」」

 

 皆がその名を繰り返した。張り詰めていた空気がおかしな雰囲気へと変わる。

 

「貴方だったのですね、あの美しい剣の持ち主は。あの剣を見たその時から、私は剣の道を進むと決めました」

「…そうか」

 

 シャドウは一言そう告げると、ローズを見やる。

 

「貴様の戦いはまだ終わっていない。往け、貴様の選んだ道を進むのだ」

「っ…はい!」

 

 ローズは細剣を鞘に収め、この場を離脱した。

 

「待て! 逃がすな!」

 

 ローズを追おうとするドエムにシャドウが立ち塞がる。

 

「くっ……衛兵何をしている、それに増援はどうした! さっさとこの者を捕らえろ!!」

 

 叫ぶドエムだったが、この場の警備を担当するミドガルの騎士は、明らかな悪であるドエムの指示になど従わない。ドエムの増援とやらも、来る気配はない。

 

「誰か、誰かいないのか!」

 

 段々と厳しくなる視線の中、ドエムの虚しい叫びだけが木霊する。

 

 しばし時間が過ぎたところで、コツ、コツと足音が響いた。足音の主はローブを脱ぎ捨て、長剣を抜く。シャドウの正面、魔剣士の間合いの僅か外で止まった。

 

「武神ベアトリクス」

「シャドウ」

 

 シャドウとベアトリクスが、お互いに名を呼び合った。

 

「あの子はもう逃げられた。だからこれは私のワガママ。私と戦って」

「ふっ…いいだろう。既に我らの目的は果たした……来い」

 

 シャドウは笑みを浮かべると、特別席から飛び出して闘技場へと降りる。ベアトリクスもそれに続いた。

 

 降りしきる雨の中、それは始まった。

 それは芸術だった。シャドウとベアトリクス、二人の研ぎ澄まされた剣技は観る人を魅了した。

 シェイの華のある技も、クレアの迫力のある連撃も、アイリスの圧倒的な魔力も。武神祭の参加者たち、その全ての感動を持ってしてもなお届かない。

 

 互いに遥か高みにいる実力者同士だからこそ作ることができる、究極の芸術。それが観客を釘付けにしていた。

 けれど。

 

「くっ……!」

 

 衝撃に弾かれて、武神が雨の中を転がる。すぐさま立ち上がり、追撃に備える彼女に対して、シャドウは悠然とそれを見ていた。

 

「武神よ、こんなものか?」

 

 会場の全員が理解してしまった。武神と呼ばれたベアトリクスでもシャドウには敵わない。まるで手解きをするかのようにあしらわれていると。

 

「待って」

 

 凛とした声が、二人の戦いを遮る。

 

「私も、混ぜてもらいます」

 

 そこに、剣を抜いたアイリスがいた。

 

「シャドウ、貴方がミドガル王国の敵なのか味方なのか、それは分からない。ですが武神祭に現れた以上、私は貴方と戦わなければいけない」

 

 シャドウはふっと笑った。

 

「先ほどの戦いを憶えていないのか」

「憶えています。私では力が足りませんが、今回は一人ではない」

「二対一になったとて、何も変わらん」

 

 シャドウはそう切り捨てた。

 そこに。

 

「──なら、三対一でどうですか?」

 

 穏やかな声がした。

 声の主は、アレクシアの想像した通りの人物だった。

 

「こうしてお話するのは初めてですね、シャドウさん」

 

(ああ、これやばい)

 

 興奮してきた。

 

 アレクシアの知る最強の剣士シャドウ。

 対するは武神と呼ばれるエルフの剣聖ベアトリクス、王国最強アイリス・ミドガル、そしてアレクシアの師であるシェイ・カゲノー。

 

 シェイの本気を見ることは出来ないだろう。あの子がそんなリスクを負うわけがない。でも『シェイ・カゲノー』として、シャドウを相手にどんな戦いをするのか。わくわくが止まらない。

 

「魔剣士学園1年、シェイ・カゲノー。私も、このお祭りに混ぜてください」

 

 

◇◇◇

 

 

 ああ、本当にどうしようもない。

 

 冤罪もあるとは言え、シャドウはテロリストだ。

 王都を半壊させ、学園テロを起こし、女神の試練をめちゃくちゃにした。そんな男を前にこんな気持ちを抱くなんて、正しいはずがないのだ。

 

(どうしよう、すっごくわくわくする)

 

 鞘から抜いた剣をぎゅっと握る。

 本気は出さない。出せない。『シェイ・カゲノー』として、周りに見せられる程度に抑えなければいけない。

 でも、この大舞台で、最高の相手と剣を交えることができる。ドキドキが止まらない。

 

 ローズ先輩はもう会場から脱出した。あとはアルファたちがどうにかしてくれる。私がすることは何もない。

 

 だから、今は、今だけは、目の前の戦い(お祭り)を楽しませてほしい。

 

 私もシドのことを言えないくらい、どうしようもないみたいだ。

 

 

 

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