〜アイリス視点〜
降りしきる雨の中、シェイが言う。
「ベアトリクスさん、アイリス王女。私が合わせます、存分に」
シェイはそれだけ言うと、シャドウへ向けて剣を構えた。それを見たベアトリクスも、再度剣を構えた。
二人は同時に動いた。
ベアトリクスの鋭い一閃がシャドウを襲う。しかし防がれ、ベアトリクスも再度斬り込んでいくがやはり分が悪い。
形勢が逆転し、ベアトリクスの剣が弾かれ体勢が崩れる──
その瞬間、シャドウの背後からシェイの剣が振り下ろされる。
シャドウはベアトリクスへの追撃を取り止め、シェイの剣を防ぐ。その刹那の時間がベアトリクスに体勢を立て直す猶予を与えた。シェイも即座に剣を引いてシャドウから距離を取った。
シャドウを挟むように、ベアトリクスとシェイは剣を構える。
その距離はそれぞれ2メートルと少し。並の魔剣士ではその距離にいることすらできない、魔剣士にとって近すぎる間合い。
だがきっと、彼らにとってはそこが絶妙な間合いなのだろう。
アイリスはあの場に入ることはできない。あの二人のように、剣技のみで戦うことはできない。
だからこそ出来ることがある。
──私が合わせます、存分に
シェイの言葉を信じて、剣を構える。その剣に魔力を宿して、その瞬間をじっと待つ。
目の前の三人、最初に動いたのはベアトリクスだ。それに続いてシェイも動く。
シャドウと打ち合うベアトリクスに対して、シェイはシャドウと付かず離れずの距離を取っているだけ。
鍔迫りあい脚が止まったとき、ベアトリクスが体勢を崩したとき、ベアトリクスが攻撃するその合間。
シェイはここぞという時にその距離を縮めて剣を振るう。おそらく当てるつもりはない、牽制目的の剣。
それでも意識が逸れた瞬間に差し込まれる剣は脅威だ。シャドウもシェイに意識を割き続けなければならなくなる。少しでも意識が逸れれば、ベアトリクスなら十分にシャドウと打ち合える。
そして、アイリスの剣も出番を迎えた。
アイリスの視界で、シャドウまでの道筋がぽっかりと空いた。ベアトリクスとシェイがいない、正面のシャドウへの一直線。
アイリスは力強く地面を蹴り、一瞬で離れていた距離を詰め、剣を振るう。
合わされた剣は軽くスカされ、アイリスはたたらを踏んだ。即座にシェイが攻撃を仕掛けたため、その隙にアイリスは離脱する。目の前では再度三人での剣戟が始まっている。
アイリスは思考する。
(今の一撃でも足りない)
ならばどうするか、アイリスの選択は単純明快だった。
(次はもっと強く、もっと速く!)
剣を構え、込められるだけの魔力を込める。アイリスにできる最大火力を持って、じっとその瞬間を待つ。
…まだ。
……まだだ。
──今!
「ハァァァァァアアアッ!!」
それは、アイリスにとって最速にして最強の一撃。決まるはずの一撃、防がれるはずのない一撃。
しかし。
「なっ……!」
シャドウはいとも容易く受け止めた。右手に持った漆黒の剣で、僅かの後退りもなく。
あまりのショックに呆然とするアイリス。その剣が絡め取られ、前のめりに体勢を崩してしまう。しまったと思うがもう遅く、眼前にシャドウの拳が迫る。来たる痛みに身を固くしたが、それは杞憂に終わった。
シャドウが動きを変えた。反撃に動いていた拳を戻し、迫り来るベアトリクスの剣を避ける。 追撃のシェイの剣も軽くいなして、3人から距離を取った。
「ちょっと惜しかったですね」
「うん」
シェイの呟きにベアトリクスが頷く。
「アイリス王女は今の攻撃をして。貴女の一撃はシャドウも無視できない」
「…分かりました」
そうだ。今の一撃は無駄じゃない。少なくともシャドウの動きを止めるだけの意味はあった。たとえそれが一瞬の隙でも、ベアトリクスにとっては千金に値する。
「シェイもまたフォローお願い。私だけじゃまともに打ち合えないから」
「了解です」
「もう一回…次は私も決めにいく」
ベアトリクスはその瞳にさらなる気迫を込める。
「来るがいい、抗ってみせよ」
シャドウは刀の切っ先を下げて、受けの構えをとる。
ベアトリクスとシェイが同時に駆けた。アイリスは剣にありったけの魔力を込めて、虎視眈々とその瞬間を狙った。
◆
(やっぱりきびしいか……)
ベアトリクスさんを主軸に私がフォロー役、アイリス王女が高火力の遊撃。考え得る限り最高のスリーマンセルを相手に、完全に遊ばれている。
シドは強者が好きだ。
ベアトリクスさんという剣を極めた武人と、威力だけなら最強クラスのアイリス王女、そこにちょっかいを掛ける私。その連携を面白がっているから続いているだけ。シドが本気なら瞬きのうちに負けている。
だからこそ、終わりは突然にやってきた。
シャドウと目が合う。その顔には、飽きた、終わりにしようと書かれていた。
(…そうだね、これ以上は面白くなくなっちゃうね)
アイリス王女の全力での一撃、私たちに出来る最大限の連携、ベアトリクスさんの奥義とも言える一閃。
持っていた手札はすべて切った。ここらが潮時だろう。
シャドウがアイリス王女の剛剣を躱し、ガラ空きの胴体に膝蹴りを入れる。膝を放った瞬間の停滞にベアトリクスさんの一閃が迫る。シャドウはそれを漆黒の剣で受け流し、さらに足払いで転ばせた。
その背後、私の剣が迫る。
シャドウが振り向くが、既に躱せるタイミングにない。袈裟懸けに振り下ろされる剣は、シャドウの肩に到達して──
──剣が砕けた。
学園から支給されるロングソード。粗悪品ではないが業物でもない。
量産品の鉄剣とスライムスーツ、ぶつかればどちらが壊れるか。当然の結果だった。
砕けた鉄の破片が舞う中で、シドが笑った。
楽しかったよ、またやろうねって。無邪気に笑っていた。
だから。
「カハッ……」
迫りくる蹴り足を無防備に受け入れた。
シャドウに蹴り飛ばされて、地面を数回バウンドする。
「見事だ、美しき剣を振るう者よ」
シャドウが私を称賛する、ベアトリクスさんとアイリス王女は立ち上がる。
私は地面に伏したまま動かない。アイリス王女から心配そうに名前を呼ばれたが、寝たふりを決め込む。
この声音はヤバい。超上機嫌だ。
何をするか、私にも予想がつかない。
「褒美をくれてやる」
薄く目を開けると、シャドウが両手を広げていた。
ゆっくりと宙に浮かんでいく。それだけでも魔剣士の常識から外れているのに、さらに非常識なことが起きていた。
降り注ぐ雨がシャドウの周りで静止し、集まり、拳大の塊となっていく。その様子はまるで……
「魔女の秘術をお見せしよう」
(うっそだろこいつ)
想像の遥か上をいかれて、もはや笑うしかできない。寝たふりがバレないよう必死だった。
(ヤバすぎでしょ、なに雨を操ってんの、いやほんとやばいって)
やばい、やばすぎる。
魔力の通りが悪い水で、降り注ぐ無数の粒で、なんでそんなことができるのか。
まじでヤバいなコイツ。
無数の弾丸と化した水塊が、ベアトリクスさんとアイリス王女を襲う。
ベアトリクスさんは巧みな体捌きで躱し、アイリス王女は膨大な魔力を纏った剣で吹き飛ばす。
「よくぞ凌ぎきった」
シャドウの周囲にあった弾が尽き、二人を称賛する。
「我らの目的は果たされ、祭りの余興も終わった」
シャドウの視線が遥か上空へ向いた。
「最後に一つ、土産を残してやろう」
そう呟いた直後、青紫の魔力が王都を包む。
「まさか……そんな、本当に……!?」
「これは……無理」
アイリス王女は理解してしまった。かつて王都を半壊させた爆発は、アーティファクトによるものではなく、シャドウ個人の魔力によるものだと。
ベアトリクスさんは理解してしまった。これは、シャドウは、人では力の及ばないナニカだと。
これは人が、生物が有していい魔力ではない。
「──アイ」
シャドウがその言葉を紡ぐ。
「──アム」
青紫の魔力がその輝きを増す。
「──アトミック」
眩い閃光が会場を照らした。
閃光が止み、目を開くと、そこには信じられない光景があった。雨は止んでおり、それどころか雲一つない快晴が広がっている。シャドウの姿と共に、きれいさっぱり消え去っていた。
「見逃された……」
ベアトリクスさんが呟く。
その隣で、アイリス王女はただ晴れ渡る青空を見上げていた。
私は最後まで、寝た振りを続けていた。
◇◇◇
〜ドエム視点〜
シャドウとベアトリクスの芸術的な戦いに観客が虜になっている隙に、会場から逃げ出した人物がいる。
特別VIP席の面々から極悪人のレッテルを貼られドエム・ケツハットだ。
会場内に潜ませていた部下は全滅していた。ドエムは滝のような汗を流しながら闘技場をあとにして、宿に戻りそこに待機していた部下数名は生きていたことに安堵する。
往路で使用した馬車に乗り込み、護衛の部下と共に王都を出る。来賓として国王に挨拶なんて出来るはずが無い。一刻も早くオリアナに戻らなければ、オリアナに戻りさえすれば何とかなる。そう思い馬車を飛ばす。
王都から離れて少し経ち、ようやく落ち着けると思ったその瞬間、馬車が急ブレーキをかけた。
「き、きさまら何者だ……ぐわぁ……!」
部下の怒声と断末魔、そして馬の悲鳴が響き、その後に蹄の鳴る音だけが虚しく響いた。
静寂が場を支配する。
止まった馬車の中、ドエムは生まれてから最大の恐怖を味わっていた。ドエムは『教団』でもそれなりの立場なので、護衛の部下の強さも並大抵ではない。それが一瞬で沈黙させられた、相手は間違いなくドエム以上の強者だ。
覚悟を決めて馬車を出る──その瞬間、視界が落ちた。
何が起きたのか分からなかった。急に崩れ落ちた自分の体を確認して、そこでようやく膝から下が切り離されていることに気付いた。
「やり過ぎじゃないイプシロン?」
「拷問するのに足は不要でしょう。それなりの実力者という話だし、手足を切り落とした方が安全よ」
「それもそうか」
地面に這い蹲るドエムの前に、二人の人間が現れた。
透き通る蒼い髪のエルフに、美しく白い毛並みの猫系獣人。黒ずくめの服装に強調された豊満な身体を持つ二人は、こんな場面でなければドエムも鼻の下を伸ばしていただろう。
だが状況から考えて、最悪としか言いようがなかった。
「き、貴様らシャドウガーデンか!」
教団が最も警戒していた、女のみで構成された陰の組織。それが今目の前にいる。
「わ、私に危害を加えてみろ! 『教団』が必ずお前達を闇に葬るぞッ!」
「まだまだ元気じゃない。やっぱり魔力の多い相手は厄介ね」
精一杯の虚勢に対する相手方の答えは、ドエムの両腕を切り落とすことだった。
「いっ……くっ……」
四肢を斬り落とされ、あまりの痛みにドエムの意識が飛びそうになる。それでも意地と根性だけで意識を保っていた。
「ちょうどいいわ。あの子が試したがってた魔力による意識操作、ここで試しちゃいましょうか」
イプシロンと呼ばれた女が魔力を流し込んできた。壮絶な苦痛の末、ドエムの意識は闇へと落ちるのだった。
◆
〜ローズ視点〜
ローズは走り続けた。ナツメが描き、ローズもこの数日で何度も反芻した経路をゆく。
武神祭の会場を抜け、王都の裏路地を抜け、そして王都からも抜ける。
王都を背にまた走り続けているうちに、いつしか雨は止んでいた。
そこは森の入り口だった。周囲を見渡すが、待ち人はいない。
ローズは木を背に座り込んで、荒い息を整えた。様々な思いが頭の中を巡った。父のこと、国のこと、そしてこれからのこと……。
(ナツメ先生、私はこれから誰と会うのですか……?)
ナツメから指定されたこの場所で、ローズはとある人物と落ち合うことになっている。だが、その人物が誰なのかは聞かされていない。
ナツメには感謝している。今日事件を起こすまでローズが潜伏する拠点を手配して、潜入・脱出経路を提案して。そして、協力してくれるかもしれない人物を紹介すると言っていた。
ただ、先ほどの出来事の直後、覚悟や信念、責任と重圧を抱えて、不安に押し潰されそうになる中で。分からないというのは非常に怖かった。
「待たせたわね」
声がした。
凛とした女性の声、ローズはその声に聞き覚えがあった。
「アルファ……」
まさか、まさか過ぎる人物だった。
「まさか、ナツメ先生も、シャドウ・ガーデンの一員……?」
「我らの目的はディアボロス教団を壊滅させること。新進気鋭の小説家の一人くらい、繋がりがあっても不思議ではないでしょう?」
思わず口から出たそれに、アルファが答えた。
「元ミドガル王国剣術指南役ゼノン・グリフィ、元ミドガル魔剣士学園副学園長ルスラン・バーネット、元聖教大司教ドレイク、大司教代理ネルソン、そしてオリアナ王国宰相ドエム・ケツハット。ディアボロス教団の手の者は、国や宗教に深く入り込んでいる」
こうして聞くと錚々たる面子だ。これだけの大物が教団に……いやまて。
「ルスラン副学園長もディアボロス教団の……?」
「ええ、大講堂にいた『痩騎士』が彼よ。持病を克服して全盛期の力を取り戻すため、『強欲の瞳』を利用しようとした。最期はシャドウが引導を渡したけれど」
「そうだったのですね……」
改めて思う。ローズは無知すぎた。聖地でアレクシアが言っていた通り、何も知らずにいたことで気付かないうちに大切なものを奪われてしまった。
もう、繰り返しはしない。
「貴女方は私の味方なのですか?」
「味方ではない。けれど、貴女の進む道が我らの利と一致する限り、力を貸しましょう」
「具体的にはどういう?」
「教団の追っ手から隠れられる拠点を紹介する。暫くはそこで暮らしてもらうけれど、時期が来ればオリアナでまた大きな事件が起こる。その時には貴女に伝えると約束するわ」
それは、今考え得る限り最も理想的な協力だ。
ただ同時に、これは向こうから施して貰うだけの、ひどく一方的な協力関係だ。アルファたちの機嫌次第でいつでも反故にできてしまう。
「貴女がたは、私に何を求めるのですか……?」
「何も」
「えっ」
「我々は貴女に何も求めない。我らの目的は教団の壊滅、それ以上でもそれ以下でもない」
アルファは簡潔に告げるとさらに続ける。
「現状オリアナ王国の中枢はディアボロス教団の手の者で占められている。さらに国王は死亡し、王妃も国王同様に教団の傀儡となっている」
「…やはりお母様もそうなのですね」
「動揺しないのね」
「はい。お父様がああなってしまって、お母様だけが無事とは考えにくいですから」
「そう」
アルファは一つ相槌を打った。
「話を戻すわ。我らがオリアナ王国内の教団関係者を粛清した場合、オリアナ王国は大きく揺れ、最悪滅びるでしょう。もしそこで貴女がオリアナを背負い、それをやり遂げたというのなら、そこから先は対等な協力関係を結びましょう」
つまりアルファはこう言っているのだ。
──与えられるだけでない、我々と対等な立場を求めるなら国の一つは背負ってみせろ、と
無茶苦茶な要求だが、ディアボロス教団やシャドウガーデンの力を考えれば妥当だ。この世界の陰と向き合うにはそれ相応の力が必要。
「分かりました。来たるその日が来れば、また貴女と、今度は対等な立場で話し合いましょう」
「ええ、その時はぜひ」
ローズの未来を語る台詞に、アルファも語調を緩めて応じた。
その後ローズは半日ほど連れられ、とある廃村に辿り着いた。
そこで目立ったのは小さな家。建築物にも明るいローズでも見たことのない不思議な造りをした建物だった。
「ツーバイフォー、彼が私に教えてくれた技術で造った家よ」
「ツーバイフォー、そんな技術が……」
彼というのはシャドウのことだろう、まさか建築にも秀でているとは思わなかった。
驚くローズをよそに、アルファは中に入ってその間取りなども説明していく。それを聞いていくうちに、ローズの中に一つ仮説が浮かんだ。
「あの、この家は貴女たちが住んでいた家なのですか……?」
「ええ、シャドウガーデンがまだ小さかった頃、私や仲間はここで暮らしていたわ。それよりもこれからのことね」
アルファはここでの暮らしについて伝えてきた。
週に一度、組織の者が食料等を届けに来ること。周囲には盗賊などはほとんど現れないが、もし出会した場合は自力で対処すること。
伝えるべき事を伝えて、アルファは去っていった。
ローズは家の中に入り、ベッドに腰掛ける。
柔らかなベッド、かなりの高級品だ。室内の調度品も質素ながら品のいいものばかり。逃亡中とは思えないほど充実した住処。気を抜けば一瞬で堕落してしまう、この決意を鈍らせてしまう。
ローズは剣を持って外に出る。細剣を構え、思い浮かべる。
先ほど間近で見た最高の剣を。幼き頃自身を救ってくれたスタイリッシュ盗賊スレイヤー、彼はシャドウだったのだ。彼こそがローズの人生で最高の剣、ローズが目指す剣の美だ。
オリアナが大きく揺れるまで、シャドウガーデンがローズに知らせに来るまで。それまでにもっと高みへ登るのだ。
アレクシアは入学前シェイの剣を見た。ぼんやりと浮かんでいた憧れの剣を目の前で見たことで、飛躍的に成長したのだろう。
ならばローズにだって同じ事ができるはずだ。
ローズの細剣が空を斬る。
汗が舞い、蜂蜜色の美しい髪が解ける。
顔にかかった髪を払いのけ、ローズは細剣を振り続けた。
◇◇◇
武神祭はお姉ちゃんが優勝した。
アンネローゼさん・アイリス王女が敗退して、二人に勝ったジミナが失格、私もシャドウに蹴られた腹が痛むと(嘘を)言って棄権。他に大した選手はおらず、余裕の優勝だった。
そんなわけで、武神祭が終わった夜。
私たちカゲノー家は、ミツゴシ商会グループのレストランでディナー中だ。
武神祭優勝者のお姉ちゃんや、シャドウと戦った私には、騎士団や学園から祝勝会のお誘いが来ていたけれど、「家族の予定です」「両親が明日にも帰ってしまうので無理です」と押し切った。
家族5人揃って座るのは個室の超VIPルーム、提供されるのはチョコレートファウンテン。
王都貴族流行りの高級菓子であるチョコレートをふんだんに使ったこれは、王族にすら提供したことのない本日限りの特別メニューだ。明日からの祝勝会でお姉ちゃんの食事に対するハードルが爆上がりすることは言うまでもない。
その圧巻の見た目と食欲をそそる甘い匂いに、私やお姉ちゃん、お母さんのテンションは爆上がりだ。
お父さんも最初こそ部屋の豪華絢爛さにおどおどしていたものの、チョコレートファウンテンの魔力に負けてからは食事を楽しむ方へシフトしていた。
シド? 最初から最後までパクパク食べてたよ。
「なあシェイ、これ後から法外な値段請求されないか? 本当に大丈夫なのか?」
食後に提供された珈琲、各自ミルクを適量入れつつ飲む。思い出したように、お父さんが恐る恐る聞いてきた。
「大丈夫だよ。実はミツゴシ商会の会長にはね、王都来た時から良くしてもらってるの」
「あのミツゴシの会長に?」
「うん。商品の取り置きしてもらったりとか、新商品ができたらルーナ会長と一緒に試食したりしてる」
「シェイそれ私も聞いてないんだけど」
「聞かれてないもん」
食べ物の嫉妬という怖い怖い怨念を込めたお姉ちゃんの視線はシャットアウトする。目が合ってないのに分かる、ちょーこわい。
「でもそんな大物がなんの目的で……?」
「多分卒業後の勧誘のためじゃない? 有名になり過ぎて実力行使してくる団体が増えてきたとかありそうじゃん。その対策とか」
「…なるほど」
「なにより私、跡継ぎじゃないし。騎士団とか実家のしがらみが無いから勧誘しやすいって考えたんだと思うよ」
「そういうことか」
過保護なお父さんにも安心出来るように説明を重ねる。
実際卒業後の進路としてミツゴシの護衛というのはアリよりのアリだ。騎士団に入るのは色々面倒なので遠慮したい。
「ということで今回は私とお姉ちゃんのお祝いなので、とんでもびっくりお値打ち価格にしてもらいました」
いつもはこういう割引はしてもらわないんだけど、今回は特別。チョコレートファウンテンを食べたいと料理を指定したら、高級レストランとは思えないほど安すぎる金額を提示されたのだ。
臨時収入の泡銭もあるし、家族分のディナーくらいなら自腹で払えたのだが、ガンマたちの好意を無下にするのもどうかと思ったのでありがたく受け取ることにした。
お父さんお母さんを宿に送り届け、シドと別れてからお姉ちゃんと寮へ帰る。
ドレスコードを脱いで軽くシャワーだけ浴びて、身体にスライムを仕込んでから部屋を出ていく。向かうのは下町の寮、その一室。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃいシェイ」
部屋に入れてくれたシドは、私を見て一瞬首を傾げたけれど、すぐに興味を失ったようだ。まあ
「それでどうしたの? シェイがこんな時間に来るのって珍しいよね」
「早めに伝えておきたい事があってね……ローズ先輩、シャドウガーデンから隠れ家を提供する事にしたって。これからオリアナも荒れるだろうし、ローズ先輩もそこに介入して父親を薬物漬けにした連中を叩くって」
「へえ」
アホでバカなシドだけど、あの流れを見ればオリアナ国王が薬漬けにされて操られたくらいは理解できたらしい。そしてローズ先輩が実父を殺した理由も。
「なんでそれを僕に?」
「ローズ先輩の悪魔憑きを直したのはシドだし、会場でもシャドウとして助太刀してたじゃん。あとなんか昔にも会ってたんでしょ? また巡り合わせがあるかもしれないじゃん」
「ないと思うけどなぁ」
「絶対ある、賭けてもいいよ」
この運命に愛されたアホは、行く先々でトラブルを引き寄せる。ローズ先輩との再会もそれほど遠い未来じゃない。
「それはそうと本命はこっち」
身体に仕込んでいたスライムを外して、テーブルの上にその中身を出す。
ジャラジャラという音、きらびやかな光沢。大量の大金貨を前にして、シドの目がきらんと輝く。
「シェイ」
「なに」
「これくれるの?」
「クイズに答えられたらあげてもいいよ」
「なんでも答えます」
「それじゃあ第一問」
デデン! と、口で効果音とやらを出してみる。
「何故私はシドにこのお金を渡そうと思ったでしょうか?」
「僕がお金無いのを知っているから」
「違います。そんなの心底どうでもいいです。それではヒントも兼ねて第二問」
デデン!
「このお金はどうやって手に入れたでしょうか?」
「盗賊狩り」
「ぶー、まず盗賊狩りに辿り着くのはやめましょう、それはシドだけです。それでは次のヒント、第三問」
デデン!
「武神祭は何故ミドガル王国で有数のお祭りとされているでしょうか?」
「世界各国から優秀な魔剣士が集まるからでしょ?」
「半分せいかーい。それでは最後のヒント、第四問。武神祭ではとんでもない額のお金が動きます、それによってある人はウハウハに、またある人は顔を真っ青に、これってなんで?」
「…なるほどね」
シドは合点がいったようだ。
「それでは最初の質問。何故私はシドにこのお金を渡そうと思ったでしょうか?」
「このお金がジミナ・セーネンに賭けた、その勝ち分だから」
「せいかーい。もっと正確には、勝ち分の三割ってとこです」
「え、これで三割?」
「そ、これで三割」
シドが信じられない表情で大金貨の山を指差す。
「私の手元にあった貯金全部ジミナくんにベットして、増えた分もまた全部ベットしてって繰り返してたら最終的に四十倍くらいになったよ」
「じゃあもっとちょうだい」
「無理。そもそもシドも自分で賭ければよかったのにしなかったのが悪い」
そんな事言うなら返してと続けると、さっと金貨を回収された。
「ということで、儲けさせて貰いました。ありがとねシド」
「こちらこそ、棚から大量の金貨が落ちてきた気分だよ」
「それ痛くない?」
「痛いね」
『棚からぼた餅』もシドがベータに語った陰の叡智に含まれることわざだ。ベータが書いた小説からこの世界に広がった言葉も少なくない数ある。
「それと、ガンマとかイータに差し入れでも持ってってあげなよ。今回ジミナとして出場するのに二人の力借りたんでしょ」
「まあね。明日にでもアイスとか買っていこうかな」
「そうしろそうしろ。あ、明日ならアルファとベータ、それにイプシロンにゼータもまだ王都にいるからその分も買って行ったほうがいいよ」
「えー、七陰ほぼ全員じゃん」
「デルタも来るかもね。野生の勘的ななにかで」
「ありそうで怖いなぁ」
シドもデルタが来る予感がするようで、七陰全員分の差し入れを買ってくことにしたらしい。
「シェイは来ないの?」
「私は明日騎士団の方で祝勝会。で明後日が学園の祝勝会」
「うわぁ面倒くさそう」
「ほんとにクソめんどくさそう」
面倒なのは分かりきっているが、流石にこれをサボるのはやばすぎる。私やシドだけならともかく、お姉ちゃんや両親が爪弾きにされても困る。
当日は出席だけして、適当に影を薄くしてやり過ごそうと考えている。
その後はお互い武神祭であった事を話す。
「そういえばアンネローゼさんのことなんだけどさ」
「ああフシアナさん、彼女がどうしたの?」
「彼女、武神祭が終わったら強くなるための旅に出るつもりだったらしいんだけど、しばらく王都に残るんだって」
「何でそんなことになったのさ」
「私の強さを盗むのが当面の目標らしいよ。シャドウとの戦いを見て、『今の私が身につけるべき技術はこれだ』って」
「まあ間違ってはいないけど」
アンネローゼさんのこと。
「そう言えばヒョロが感謝してたよ」
「誰に」
「シェイに」
「なんで」
「シェイがジミナくんにやったのと同じ。全財産の半分賭け続けてたら、他はほぼ全部負けたのにプラマイゼロで済んだらしいよ」
「なるほどねぇ。でも九連勝して倍にしかならないって、私そこまでオッズ悪かったんだ」
「まあアイリス王女の対抗馬くらいの人気だったからね」
賭け好きなシドの友人のこと。
他にも色々話を続ける。
「ねえシド」
「ん?」
名前を呼ぶと、こちらに顔を向けてくる私の兄。
シド・カゲノー。私は彼の事を、理想の兄だと思った事はない。
どんな兄が欲しいかと聞かれたら、こんな馬鹿で頭のおかしい兄のことなど答えない。もっと優しくて、常識があって、私のこと大事にしてくれるひとがいい。
だけど、私の兄はシドただひとり。
今までも、これからも。
「ラーメン食べいこ」
「今夜中だよ?」
「夜中だから食べたいんじゃん。ほらいこ」
シドの手を取って、私たちは夜の街へ繰り出した。
どうでしたでしょうか。
アイリス、闇堕ち無し。
ローズ、シャドウガーデン入りしない。
アレクシア、描写の裏で(うわやっべえ、シャドウシェイベアトリクスすげえ!姉さまもカッコいい!)と興奮する。
王女たちの原作崩壊すごいですね。
また、シリーズ25話目、ここで完結です。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
最後に感想いただけるとすごく嬉しいです。
番外編を1話出す予定です、完成し次第投稿したいと思っています。
また機会がありましたら、よろしくお願いします。