どうしようもない兄を持ちまして   作:slo-pe

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救出と初めての経験

 

 

 シャドウガーデン設立から3年ほど経ち、私や兄は13歳に、そしてお姉ちゃんが15歳になった。

 

 貴族の子女は15歳になると3年間王都の学校に通うことになる。

 

 お姉ちゃんは王都に行くまで一度も私に勝てなかったと悔しがっており、送別会ではシドに八つ当たりしていた。その間私は豪華な食事を食べながら、内心もっとやれとお姉ちゃんを応援していた。

 

 そんなこともあり、いざ出立の日を迎えた。

 

 お姉ちゃんが消えていた。

 

 

 

 

 前日の夜はアルファたちに会いに行っていたこともあり、その日は起きるのが少し遅かった。

 

 部屋を見渡すと、シドが腕を組みながら窓に寄りかかっており、何故かいるベータは机の上にいくつもの資料と大きな地図を広げている。

 

「シド、ベータ……おはよう」

「シェイ、起きたんだ。おはよう」

「おはようシェイ。今日は随分とお寝坊ね」

「はふ……昨日そっち行ったからね」

 

 ベータがいるのはまあいい。偶に七陰のみんなが屋敷に来ることもある。

 ただ違和感が1つ。屋敷内が妙に騒がしい。目を擦りながらシドに訊ねる。

 

「何かあったの……?」

「姉さんが攫われたんだ」

「ふーん、お姉ちゃんが……」

 

 さらわれた、と。

 セリフをそのまま繰り返し、寝ぼけた頭で理解しようと努め──

 

「お姉ちゃんが攫われた!?」

 

 その非常事態に一気に目が覚めた。

 

「ちょ、こんなことしてる場合じゃ、今すぐ助けに行かなきゃ……!」

「大丈夫だよ」

「何が大丈夫なの!? だってお姉ちゃんが……!」

「大丈夫よシェイ」

 

 シドとベータ、タイミングが違う2人の同じセリフ。ただ、ベータの言葉には確信があった。

 

「クレア様を攫ったのはディアボロス教団、クレア様に英雄の子の疑いを掛けたみたい。アルファ様たちがその痕跡を追っていて、クレア様もまだ生きていると思うわ」

「……なるほど」

 

 ゆったりとした説明に、少しずつ冷静さが戻ってきた。

 そんな私に、ベータがダメ押しとばかりにこんなことを言った。その顔には得意げな笑みが浮かんでいる。

 

「それにね、シャドウ様が隠しアジトを見つけてくださったの」

「隠しアジト?」

 

 ベータがポンポンと叩いた地図には、1本のナイフが刺さっていた。アジトを示しているのか、地図にはいくつかの印もあるけど、ナイフが示すそこには何も無い。

 

 どういうこと? と視線を向けると、シドは肩を竦めた。

 

(……いつものやつね、こんな時にまでテキトウしなくても。っていうか間違ってたらどうすんのよ!)

 

 内心シドに苛立ちつつ、机上に広げてある地図を見る。

 

「ねえベータ、このアジトってどっちの方向?」

「え? こっちだけど……」

 

 ベータが示した方向に身体を向けて目を閉じる。

 

 探すのはお姉ちゃんの魔力残滓。そして、この家から伸びる見知らぬ魔力……

 

 魔力残滓は例えるなら、バケツからこぼれたインクが跡を作るみたいに残る。

 素人ほどあちこちに残していくけど、この襲撃者はそこそこできるみたいだ……まあシドやアルファたちに比べたら素人同然だけど。

 

 それはともかく。

 

(……え、うそでしょ、ほんとにこっちなんだけど)

 

 さすがに細かな場所までは分からないが、この方角におよそ10キロ。私の磨き上げた感覚も、お姉ちゃんがそこにいると告げていた。

 シドの神懸かった強運がここでも発揮された。もうここまで来ると驚きとか感嘆よりも呆れが浮かぶ。

 

「……そのアジトって、ここから10 kmくらい離れてる?」

「そうね、大体そのくらい……なんでわかったの?」

「魔力の跡を追跡したの」

「へ?」

「さすがだね、シェイ」

 

 ベータがポカンとしているけど、シドはふっと笑みを浮かべただけだ。ここでも驚かない辺りさすがの演技力だ。

 

 ……というかベータ、シドの嘘は一瞬で信じただろうに、私にはびっくりするってどういうことかな? 

 

 

 

 

 シドが「決行は今夜だ、ぬかるなよ」と渋い声で告げて部屋を出ていった後、ベータが心配そうに声を掛けてきた。

 

「シェイ、本当に行くの?」

「行くよ」

「でもシェイは今まで……」

「そうだね」

 

 私は今までシドたちの活動に加わったことはない。偶に遊びに行くことはあっても、盗賊狩りなんかに参加することはなかった。

 

 ずっとずっと、無意識に考えないようにしていたのだ。

 シドがいる限り、シャドウガーデンに関わる限り、世界の闇と戦うのは避けられない。

 今回はお姉ちゃんが標的にされた。許せない。

 次は私かもしれないし、アルファたちかもしれない。その時になって何もできないのはイヤだ。

 

「本当は行きたくないし、教団と戦いたくもない。だけど、今逃げたら私にみんなといる資格はなくなる。それはもっと嫌だから」

 

 そう言い切ってから、さっきのお返しとばかりに得意げな笑みを浮かべた。

 

「それにさ、何かあってもシドが守ってくれるでしょ?」

 

 ベータはキョトンとした顔を見せた後、満面の笑みで頷いた。

 

「ふふ。そうね、シャドウ様がいるなら何も問題なんてないわね」

 

 ……想像以上の効果だった。いやほんと、ベータはシドのことが大好きすぎる。

 

 

◇◇◇

 

 

 アジトに乗り込んだ私は、アルファたちと分かれてシドと共にアジトの奥深くに潜っていた……ちなみに、シドはスライムスーツを着てるけど私は普段着だ。あの格好はちょっと恥ずかしい。

 

 次々と兵士たちが襲い掛かってくるも、その悉くがシドによって斬り捨てられる。

 その光景に顔を顰めていると、1人の兵士がシドをすり抜けてこちらに向かってきた。

 意識を切り替えて剣を構える。

 

(構えも身体も魔力も大したことない……)

 

 中々動いてくれない手足を誤魔化すように目の前の兵士を観察する。

 そして、私の間合いに入って来た瞬間、一刀の下に斬り裂いた。

 

「……いやなかんじ」

 

 ここにいるのは組織の末端の兵士ばかりだ。魔力を込めた剣を振るえば豆腐のように斬れる雑魚。

 少しの抵抗もなく、あっさりと両断したものの、べっとりと手に残る感触はイヤなものだ。

 

「これで私も人殺しか」

 

 初めて人を、生き物を斬った。

 

 やったことは魔力を込めて剣を振るう。ただそれだけ。

 いつもと違うのは寸止めか否か。ただそれだけ。

 

 初めての人殺しはあまりにも呆気なく終わった。

 

(やばい、手が震えてる……)

 

 ただ、胸に込み上げる気持ち悪さはどうにもならなかった。

 ベータが最後まで心配していた理由がようやくわかった。これは結構くる(・・)

 

(落ち着け、これは自分で決めたこと……しっかりとやりきらないと)

 

 平静を取り戻すため、胸に手を当てたり深呼吸をしたりと思いつく限りのことを繰り返す。

 

 5分ほど経っただろうか、ようやく震えが止まり顔を上げたその時、通路の先から声が掛けられた。

 

「シェイ、行くよ」

 

 この辺りの敵を全滅させ終えたシドが戻ってきたのだ。

 

 ……まったく、この兄は相変わらずだ。

 

 シドはわざわざ1人だけこっちに向かわせてくれたし、立ち尽くす私が襲われないよう近くの敵から倒していった。

 だけど、多分少しでも多く狩りをしたいみたいな考えが8割くらい入ってると思う。

 

 今だって目の前に震えていた妹がいるのに大丈夫か? の一言も掛けてくれない。

 

 本当にひどい兄である。

 

 ただ、冷たすぎることもなく優しすぎることもない。そんないつも通りが、今はありがたかった。

 

「うん、今行く」

 

 私はシドの隣に駆け寄り、ゆっくりと先に進んだ。

 

 

 

 

 シドは本当に狩りつくしていたようで、通路のそこかしこに死体が横たわっており、正直見たくない光景だ。

 そんなことには微塵も興味を示さず獲物を求めて進むシド、気持ちを落ち着けながらそれについて行く私。

 

 2人で歩くことしばらく、ふと、私が天井を見上げた。

 

「……あっ、アルファたち1人逃がしたみたい」

「そうなの?」

「うん」

 

 急に魔力が膨張したかと思えば、ものすごいスピードで下に降りてくる。

 感じる魔力の煩雑さから、アルファたちが7人そろって逃がすほどの手練れとは思えない。

 

 でも。

 

 チラリとシドの方を見る。

 

(多分先回りしたとか思われてるんだろうなぁ。そんなわけないのに)

 

 また嫌な勘違いが起こってしまったと深くため息を吐いていると、シドは首を傾げてから楽しそうに口を開いた。

 

「でもほんと、魔力探知はシェイが一番上手いよね」

「ありがとう、誰かさんが夜な夜な出掛けてたおかげかな」

「へー、そうなんだ」

「ムダに魔力操作が上手いから探すの大変だったのよ」

「困ったやつだね」

「ホントにね」

 

 皮肉が通じてるくせに惚けてる顔が腹立たしい。こんな状況じゃなければどつきたいくらいだ。

 

「それで、下りてきてるけどどうする?」

「強そう?」

「そこそこかな。魔力だけならアルファより多いと思う」

「それは楽しみだ」

 

 シドは頬を釣り上げて、狂気的に笑った。

 

 

 

 しばらく待っていると、地下道の先から誰かが駆けてくる音がした。

 少し遅れて向こうも気づいたようだ。私たちと距離を置いて立ち止まった。

 

「先回りされていたか……」

 

 驚いた男の目は、なぜか赤く光っている。シドは目を輝かせているけど、むしろ気持ち悪くないあれ? 

 

「が、2人なら容易い」

 

 そして、歪んだ笑みを浮かべた次の瞬間、男の姿が消えた。いや、常人では消えたと錯覚するほどの速さで動いた。

 

 でも。

 

「なっ!」

 

 シドは男の剣を片手で止める。

 男はシドへの脅威度を上げたようで、一旦距離を取った。

 その際、男の右手に赤黒いシミが見えた。

 

「ねえ、その手……誰か殴ったりした?」

「なに?」

 

 一歩、前に出る。

 

「だから、その右手で誰かを殴ったのかって聞いたの」

「貴様は確か、シェイ・カゲノーだったな。何故ここにいる?」

「そんなことはどうでもいいでしょ、今は私が訊いてるの。その右手の血は誰のなの?」

「ふん、貴様には関係ないだろう」

 

 男はそう切り捨てたが、ふと思い出したようにこんなことを言い出した。

 

「ちょうどいい、貴様もあの女と一緒に適合者かどうか調べよう。それさえわかればあの女は用済み……」

「ころす」

 

 男がそこまで言った瞬間、彼の眼前に銀閃が走った。

 

「ぐっ!?」

 

 男は瞬時に後退し、剣を抜いて私を睨む。

 

「シェイ・カゲノー、貴様……!」

 

 男が何か言おうと口を開きかけたけど知ったことじゃない。

 

 何も言わせはしない。

 

 この男にはアルファ以上の魔力があるけど、まともに使えてないブンブン丸だ。

 今の私は、冷静さを欠いている。その自覚がある。けれど、こんな雑魚、殺すなんてわけない。

 

 スピードに任せて正面から男へ突っ込み、足を深く斬りつける。

 男は顔をしかめながら剣を振るう。でも、それは腕だけで振った、体重の乗らない一撃だった。私は退いて間合いを外す。

 剣が戻る瞬間に再び踏み込み、右手首を斬りつける。男は剣を取り落とした。

 

 いつの間にか足の傷が治っていた。だけど、ここまで懐に入れば関係ない。

 あとは剣を突き刺すだけ。

 

(お願い、死んで!)

 

 ──お姉ちゃんが教団に攫われた。適合者なんて呼ばれていた。この男に殴られた。血が付いてたからいっぱい殴られたのかな、せめて鼻血であって。このままじゃ殺されちゃうかもしれなかった。これで私もまた人殺しだ。でもお姉ちゃんの敵討ちだから。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃでもう何も考えたくない。

 いつもなら絶対にやらない力ずくの一撃を、男の心臓に向けて突き出した。

 

 しかし。

 

 漆黒の刃によって弾かれた。

 

「なっ!?」

 

 思いもよらない人物からの横やりに、咄嗟に大きく距離を取って戦闘自体を回避する。

 そして、漆黒に身を包んだ少年──シドを睨みつける。

 

「なんで止めたのよ!?」

「気持ちばかりが先走り、中身が伴っていない。見るに堪えない剣だ」

 

 シド……いやシャドウは私をチラリと見ると、男へと視線をやった。

 

「教えてやろう、真の戦いというものを」

 

 シャドウはそう告げるとスライムソードを軽く構え、そのまま歩く。

 

 男が剣を振るうが、シャドウはするりと躱すと男の首を剣で撫でた。比喩ではなく、皮一枚だけを切り開いた。

 

 間合いを外したシャドウの頬を男の剣が掠めた。男の剣の戻りに合わせてシャドウがゆっくりと、半歩だけ前に詰める。そして、一瞬だけ迷いを浮かべた男の足を斬りつける。

 

(……もしかして、私への当てつけ?)

 

 目の前の戦闘は考えるまでも無くシャドウが優勢だ。力も速さも、魔力すら頼らない、そんなシャドウが圧倒している。

 

 さっきのやり取り──あれは戦いではないらしいので──をなぞるシャドウの動き。

 私だって、あれがダメなことくらい分かっていた。それでもなお感情を制御できなかったのだ。そこにわざわざ見せつけるなんて本当に性格が悪い。

 

(まあでも、ちょっと助かったかも)

 

 あのままあの男を殺していたら、しばらくの間重く圧し掛かっていただろう。もしかしたら一生付きまとったかもしれない。

 それを考えれば、目の前の嫌味くらいありがたく受け取っておこう。

 

(いやぁ、ほんと巧いねぇ)

 

 相手との間合いを巧みにコントロールしてその虚を突く。

 刀を直前まで引き付け、まるで皮膚の上を滑らすかのように、最小限の動きのみで躱す。

 神懸かった見切りと身体操作が可能にする、シドにしかできない絶技だ。

 

 大人と子供、達人と素人、勝負にすらなっていない。

 シドからすればあんなブンブン丸の攻撃なんて、児戯に等しいんだろう。

 

 肉を裂かれ骨を断たれ、多量の血を流しながら膝を付いた男が呻くように呟く。

 

「なぜ……?」

 

 ──何故生かされているのか。

 ──何故それ程の強さがあるのか。

 ──そして、何故敵対しているのか。

 

 そんな数々の「何故」をごちゃまぜにして、男はシドを見上げる。

 

「陰に潜み、陰を狩る。我等はただそのために在る」

「貴様、あれに抗う気か……だが、たとえ貴様が、貴様等が、どれほど強くとも勝てはしない。世界の闇は……貴様が考えるより遥かに深い!」

「ならば潜ろう、どこまでも」

 

 激高する男に対し、シドの声には気負いもなく、気迫もない。ただ絶対の自信と、揺るぎない覚悟が滲み出ていた。

 

(やば、場違いにカッコいいとか思っちゃった……)

 

 シドの演技力は知ってたけど、緊迫した雰囲気だとより一層凄みが増す。

 

(これはアルファたちが騙されても仕方なかったかなぁ)

 

 敗けようのない戦い。完全に傍観者の立場でいると、シャドウがこちらを向いた。

 

「だが今は、貴様が為すべきことを為すときだ」

 

 ……

 

(へ、私?)

 

 シャドウの告げた言葉が理解できなかった。

 私が為すべきことということは、私がこの男と戦うということ。

 

 何故シドがそんなことを言うのか。

 私が思いついたのは2つの可能性。

 

 可能性その1。

 お姉ちゃんの敵討ちをさせようとしている。

 

 可能性その2。

 陰の実力者の演技のため。

 

(あー、『陰の実力者』っぽいの方だね。危ないときに助けてくれておいしいとこは譲るみたいな、うん、きっとそうだ)

 

 そうでも思わないと顔がにやけてしまう。シドが私を気遣ってくれるなんて滅多にないのだから。

 

「そう、ありがとう」

 

 緩んだ頬を引き締め、できる限り平坦な声で感謝を告げる。

 男は壁に寄りかかったシャドウをチラリと見た後、私へと意識の全てを集中させた。

 

 男との距離は7 mくらい。

 魔剣士同士の戦いはとしては一般的な間合いだ。

 踏み込みも長いし、スピードも速いから、そのくらいでないと戦えないのだろう。

 

 目の前で男が足に力を込めたかと思うと、ものすごいスピードで突っ込んできた。

 私は冷めた目でそれを見つつ、そっと前に出た。

 

「っ!」

 

(ここに来たかったんだよね?)

 

 足を置いたのは、男の足が来るであろう地点。

 本来の間合いを詰められ、思うように足運びが出来なかった男がバランスを崩す。

 

 どれだけ力が強かろうと、足が速かろうと、そのための土台が無ければ意味がない。

 

 来る場所とタイミングさえ分かれば、先にその場所を制圧できる。

 相手の足運びをコントロールすることができれば、相手に本来の実力を出させずに、常に優位に立ち続けることができる。

 

 シドの真似ばかりしていた私。ただ、シドと私では決定的に身体能力と魔力量が違った。このまま続けていてもシドの下位互換にしかならない。

 

 私の長所は視ること。微かな動きや魔力の流れを読んで、相手の先を取ること。

 この一点だけは、シドにだって負けない。

 

 重心を崩した男の腹に剣の柄をいれ、反動で突き出された顔面に思い切り拳を叩きつけた。

 鼻を抑え、よろめきながら後退した男。私は改めて剣を抜いた。

 

「今のはお姉ちゃんの分。ここからは本気でやりましょ」

 

 男は信じられないものを見るように私を、そしてシャドウを見た。

 男の顔が怒りに染まった。

 

「容易くほざくな、ガキども」

 

 彼は懐から錠剤を取り出すと、その全てを飲み込んだ。

 

 瞬間、男の纏う気配が変わった。

 これまでの暴れ惑う魔力は息を潜め、さらに濃密に圧縮された魔力が肉体に内包された。

 そして、明らかに人間を辞めた醜い姿になり果てていた。

 

「アアアアァァァァァァァァァァアッ!!」

 

 獣のような雄叫びと共に、男の姿がかき消えた。

 そして鈍い音が鳴ったのと、私が吹き飛ばされたのは同時だった。

 

(さすがに重いなぁ……)

 

 バランスが崩されようとお構いなしにツッコんできたので、勢いを利用して脚に一撃を入れてから吹き飛ばされた。

 そのまま壁を蹴り、体勢を整えて着地する。

 が、男の追撃は止まらない。脚の傷も傷口から煙が出たかと思えば、次の瞬間には治っていた。

 

(えぇ……今の骨まで届いてたじゃん)

 

「遅い、軽い、脆い! これが現実だっ!」

 

 男は剣を薙ぎ、圧倒的な力をもって私を蹂躙せんとする。

 

 片や一撃を入れるとともに吹き飛ばされ、片や傷を負うことも厭わず剣を叩きつける。

 

 何度も何度も、繰り返す。

 

 そして。

 

「なぜだ……何故届かぬ……?」

 

 男が足を、そして剣を止めた。

 

(何故届かない、か……)

 

 そんな理由なんて1つしかない。

 

「醜いな」

「それね」

 

 男の向こう側から聞こえた声を私が肯定する。

 

 確かに、圧倒的なフィジカルがあれば、多少の技は無視できる。お父さんからの「魔力をたくさん込めて、思いっきり振れ!」という教えも、強ち間違いではないのだ

 だけど、私とこいつの間には、力任せでは覆せないほど力量差がある。それだけの話だ。

 

 男の顔が苦渋に染まり、射殺さんとばかりに私を睨みつけた。

 

「何が分かる……この世界の闇を知らぬ貴様らに何が分かるッッ!!」

 

 男が吼えた。

 咆哮と共に剣を構え、駆けてくる。総ての魔力を注ぎ込んだ、文字通り命を振り絞った一撃だ。

 

(凄い魔力……隙だらけだし受けなくてもいいんだけど……)

 

 私はこの男がどんな人間なのか知らない。知っているのはお姉ちゃんを攫い、あまつさえ殴ったということだけ。好感など持ちようがない。

 ただ、目の前の一撃を蔑ろにするのは、なんとなくダメな気がした。

 

 右手に構えた剣に魔力を込める。

 緻密に練られた魔力が幾筋もの線を描く。淡く発光するそれを纏った剣は、美しき光の紋様を現す。

 迫りくる男を見据え、正面から合わせるように剣を振り抜き、

 

 そして両断した。

 

 男の剣も、膨大な魔力も、鍛え抜いた肉体も、総て纏めてただ一刀の下に斬り裂いた。

 

「これほど……か……」

 

 血が噴き出た。肩口から斜めに大きく斬り裂かれたそれは、もう治ることはなかった。

 

「ミリ……ア…………」

 

 男は宙を舞うペンダントに手を伸ばし、そっと目を閉じた。

 

 

 

 

 男の首に掛けられていたペンダントを拾う。

 

「ミリアさん……で良いんだよね?」

 

 男と一緒に写っている娘らしき女の子をゆっくりと撫でる。

 

「この世界の闇か……」

 

 あの男──ペンダントの刻印からオルバと言うらしい──の最後の一撃。

 

 自身の無力感への怒り。何かを成そうとし、何も成せなかった。何よりも大切な人すら守れなかったことへの後悔。

 私やシドに向けられた嫉妬と羨望。何をしても届かないであろう馬鹿げた力への想い。

 そして、そんな私たちを否定したい。世界の闇に無様に敗れ、総てを失い、絶望すればいい──おそらくは男自身のように──そんな願い。

 

 そんな全てを剣に乗せて、自らの命を捨ててまで私にぶつけてきた。

 

「そんなの背負いたくないなぁ……」

 

 私は別に当事者じゃない。アルファたち悪魔憑きほど真剣にディアボロス教団と向き合うのはムリだ。

 かといって、シドのように完全にお気楽にもいられない。たとえ片鱗だけだとしても、知ってしまったからには無視なんてできるはずがない。

 

 私は自分が大した人間ではないと自覚してる。それは能力も人格もだ。

 別に知らないところで知らない人がたくさん死んでも、哀しいなくらいしか思わない。所詮は他人事だ。

 むしろ悪い奴なら殺されたって自業自得だと思う。今日だって大量の死体を見ても平静に戻れたのは、ここのやつらがお姉ちゃんを攫った教団のメンバーだからだ。

 

 だから、このアジトにいた人間がどうなろうと知ったことではない──はずなのだ。

 

「そう思ってたんだけど」

 

 ついさっき自分の手で斬り裂いた男を見下ろす。この男がただの悪人であったらならどれだけ良かったことか。

 

 ……例えばの話、シドやお姉ちゃん、アルファたちが理不尽に潰されたとして、私は正常でいられるだろうか。ちょっと自信がない。力があれば、そう思い道を踏み外さないとは言い切れない。

 

「やっぱり来るんじゃなかったかなぁ」

 

 お腹を擦りながら、改めてここに来たことを後悔する。明日は胃痛で盛大に寝込みそうだ。

 

 でもとりあえず今は。

 

「娘さんが見つかったら一緒にお墓参りに来ますね、オルバさん」

 

 私はそう告げて、血だらけのオルバを両手に持ち上げた。

 

 

 




自分では一般人だと思ってるシェイ、でも状況がそれを許さない……そんな葛藤を書きたかったのですが、想像以上に難しかったです。
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