どうしようもない兄を持ちまして   作:slo-pe

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猫かぶり王女と不釣り合いなカップル

 

 

 今年15歳になった私とシドは、王都にあるミドガル魔剣士学園に入学する。大陸最高峰の魔剣士学園で、国内はもちろん国外からも将来有望な魔剣士たちが集うという。

 

 実家から列車で数時間かけて王都を訪れた私は、目の前の光景に圧倒されていた。馬車と魔導車が絶え間なく行き交い、人波は途切れることがない。

 何より。

 

「おっきい……」

 

 ただひたすらに大きい。あんなド田舎なんて比べるのもおこがましいくらい大きい。

 目の前の建物なんて10階建てもある、うちの領地じゃ3階建てだって大きな部類なのに。その隣も、そのまた隣も8階建てくらいありそうな大きさだ。後ろにある駅ですら屋敷より全然大きい。

 遠くの崖の上に見えるひと際大きな白い物体、あれが魔剣士学園みたいだ。

 

 うん、やっぱりみんな大きい。その一言に尽きる。

 

「いやぁすごいね、こんなの久しぶりに見たよ」

「久しぶり? シド王都に来たことあったっけ?」

「ないけど昔似たような町に行ったことがあるんだ」

「へぇ、楽しそうな所だね」

「そうだねー」

「今度連れてってよ」

「機会があったらね」

 

 そんな他愛の無い話をしながら、キョロキョロと待ち人を探す。

 だが、人が多すぎて見つからない。いやここで待ち合わせとか無理だと思う。

 

「シド、シェイ!」

 

 と思っていると、人混みの向こうから懐かしい声が聞こえてきた。実際会うのは去年の夏休み以来、半年ぶりだ。

 

「お姉ちゃん!」

「っとと……もうシェイ、危ないわよ」

 

 人混みをスルスルと抜けてお姉ちゃんに飛びつく。お姉ちゃんは私を受け止めると、ぎゅっと抱きしめてよしよしと頭を撫でてくれる。

 幸せである。どれだけ注意してもデルタが飛びついてくる気持ちも分かる。

 この歳になって『お姉ちゃん』って呼ぶのは少し恥ずかしい。けど、この前帰ってきたときにシドを真似して『姉さん』って呼んだらすごく哀しい顔をされた。なので私は『お姉ちゃん』のままだ。

 

「久しぶり姉さん」

「久しぶりねシド、私がいない間稽古サボってなかったでしょうね?」

「もちろんだよ」

「シェイもちゃんと見てくれてた?」

「うん、毎日しっかりやってたよ」

 

(本当は私が教わってたんだけどね)

 

 お姉ちゃんが王都に旅立った直後、七陰のみんなも旅立っていった。なんでもディアボロス教団から悪魔憑きを助けるために世界中に散るしかなかったんだとか。

 そのため、私はシドの退屈を紛らわすべく割と本気で模擬戦をやったりしていた。まあ最初の半年は一回も勝てなかったし、最近でも勝率は3割いくかいかないかくらいしかないけど。

 

「ここにいても邪魔になるし、2人とも寮に行くわよ」

「はーい」

「うん、分かった」

 

 来た道を戻るお姉ちゃんを見失わないよう、私たちは素早くあとに続いた。

 

 

 

 

「わお、すごいね」

 

 案内された学園寮の自室に入ってまず言わずにはいられなかった。

 

 特待生や高位貴族の生徒たちに用意された部屋はとても広くて、部屋の中に簡易キッチンやトイレ、お風呂なんかもついている。

 

 手に持った荷物をわきに置いて、広々としたベッドにぽすんと腰を下ろす。

 ……うん、わかってたけどウチのベッドより断然柔らかい。皺ひとつない真っ白なシーツは肌触りもばっちりでよく眠れそうだ。さすがは国内最高峰の寮である。

 

「シドも真面目に受ければよかったのに」

 

 何となく予想はしてたけど、シドは特待生にはならなかった。

 あのバカは『もぶ』になりきるためとかいって、中の下くらいの成績になるよう調整したのだとか。

 

 はぁとため息を吐くと、コンコンとドアがノックされた。

 

「誰だろうこんな時間に?」

 

 気配からしてお姉ちゃんではない。

 入寮直後の田舎娘にわざわざ会いに来るなんて、珍しい人もいるんだなと思いつつ、私はドアへ駆け寄った。

 

 

◇◇◇

 

 

 ~アレクシア視点~

 

「はーい、今出ます」

 

 間延びした声と共にドアが開かれる。

 出てきたのは黒髪が肩にかかるくらいのセミロングのボブ。柔らかく垂れた赤い目。

 受ける印象はだいぶ違うが、確かに姉妹なだけあってよく似ている。

 

「いきなりごめんなさいね」

「いえいえ、ちょうど一息吐いていたところだったので」

「それならよかったわ。改めて、シェイ・カゲノーさんでいいのよね?」

「はい、シェイ・カゲノーです……えっと、それで貴女は?」

 

 貴族のくせに私の事を知らないのか。

 

「アレクシア・ミドガル、貴女と同じ新入生よ」

「あ、王女様だったんですね」

 

 目の前の女は私の自己紹介をその一言で収めた。

 まあ田舎の貧乏貴族なんてこんなものなのだろう、変に畏まられてはアレクシアも困るので、これくらいがちょうどいいのかもしれない。

 

 ただそれとは別に、内心深く首を傾げてしまう。

 

 ──こいつ本物か? 

 

 シェイ・カゲノ―の名は、入学前の時点で学園中に知られている。

 彼女の姉であり、学園最強の魔剣士であるクレア・カゲノ―が『自慢の妹がいる』『小さい頃から一度も勝てたことがない』と自慢げに話していたからだ。

 その噂は彼女がシスコンであることと共に広がり、新しい学園最強候補として注目されている。

 

 ただ、目の前の少女は決して強そうには見えない。

 平均より少し小さい背丈に特段長くもない手足。そこそこ整ってはいるが、ふにゃりと柔らかくあどけない顔立ち。

 こうして相対しても、強者独特のオーラは微塵も感じられない。

 

 人は見かけによらないとは言うが、あのクレア・カゲノ―が一度も勝ったことがない強者とは、どうしても思えなかった。

 

「それで何かご用でしょうか?」

 

 そんな思考を隅に追いやって、慣れ親しんだ笑顔を張り付ける。

 

「特待生の貴女に挨拶をしておこうと思って」

「そうだったんですね、わざわざありがとうございます」

「それと一手お願いしようかと」

「一手?」

「立ち合いの事よ」

「なるほど。さすが都会ですね」

 

 何がだと思ったが、目の前で「一手……なんか都会っぽい」と呟いているのを見れば、すぐにどうでもよくなった。

 

「……それで、お願いできるかしら?」

「いいですよ、着替えを持ってくるので少し待っててください」

 

 ぱたぱたと部屋に戻る女の姿に、アレクシアは気が抜けた息を漏らすのだった。

 

 

 

 

 学園内の小さな個人練習用の道場に移動し、お互い10mほど離れて女と向かい合う。

 

「刃は潰してあるから遠慮は不要よ」

「わかりました」

 

 アレクシアが剣を抜いて構えると、女も剣を抜いた。

 ふわふわとした雰囲気は変わっていないが、それでも油断はしない。

 

(見せてもらうわよ。貴女の剣を!)

 

 格上(暫定)を相手にして真正面から突っ込む愚行はしない。

 

 軽いフェイントを入れ、彼女の視線が釣られたのを確認した瞬間、アレクシアは斬り込んだ。

 白刃の残像が空を裂き、その首へと迫る。

 

 しかし。

 

「えっ……?」

 

 すっと差し込まれた剣に、いとも容易く受け止められた。

 

「くッ……!」

 

 ならば鍔迫り合いで押し勝とうと力を込め──

 

 逆に彼女が力を抜いたことで、勢いのまま投げ飛ばされた。

 

「フッ……!」

 

 地面に叩きつけられる寸前で、かろうじて受け身を取って剣を構え直す。

 だがその表情からは動揺が隠せないでいた。

 

 両者動かない。

 女はただ動かない。

 対してアレクシアは動けない。

 

 女は、剣で投げ飛ばすという絶技を成した。明らかな強者だ。

 けれど、それでもなお、目の前の女がそうと認識できない。

 

 受ける印象と実力の不一致、どこから斬り込んでも全て防がれてしまう予感。それらがアレクシアの動きを止めていた。

 

「そんなボーっとしていてはダメですよ」

「ッ……!」

 

 場違いに呑気な声が聞こえた瞬間、咄嗟に防御態勢を取りつつ後退する。

 

 だが、女との距離は優に3 mは空いており、アレクシアが必要以上に下がりすぎた今は10 mほどに開いている。

 

(今のはなに……?)

 

 ゆっくりと間合いを縮めてくる女。

 勢いよく踏み込むわけでもなく、剣を構えるわけでもない。本当にただ歩いているだけだ。

 思わずふっと警戒を緩める。

 

「ッ……!」

 

 その瞬間、剣が見えた。

 思わず後ろに飛び退くが、女の剣は全く動いていない。

 当然、アレクシアには傷一つ付いていない。

 

「どうして……?」

 

 呟かずにはいられなかった。

 

 アレクシアは確かに女の剣を見た、その剣が自分の首を断ち切るのが見えたのだ。

 だが、それは幻だったかのように、女は剣をぶらりと下げたまま歩いているだけだ。

 

 何が起こったのか理解できないが、1つだけ確かなことがある。

 先ほど女の声が聞こえた瞬間も、アレクシアは眼前に迫る白刃を幻視した。

 おそらくそれは、女がその気になれば実現した未来だ。この女はいつでもアレクシアを仕留めることができた。

 それをしなかったということは──

 

 ──舐められている

 

 目の前が真っ赤に染まった。女への怒り、そして何よりも自身への怒りによって。

 

「アァァァァァァァアッ!!」

 

 咆哮と共に剣を薙ぐ。疾風の如く剣を突く。烈火の如く連撃を繰り出した。

 しかし、その総てが通じない。

 

(なんなのよ、この女は……!)

 

 悔しさに唇を噛み締めながら剣を振り続ける。

 未だかつて、これほどの差を感じたことはあっただろうか。

 

 耐え切れないほどの力で押し切られるわけでもない。

 追いきれないほどの速度で翻弄されるわけでもない。

 天才的な剣捌きに圧倒されるわけでもない。

 膨大な魔力量に絶望するわけでもない。

 

 ただ隔絶した実力差がそこにはあった。

 

 完全に見誤っていた。

 シェイ・カゲノー、彼女は紛れもない強者だった。

 

 彼女を例えるなら自然。

 構えも、魔力も、剣筋も、なにもかもが自然。腕力も、速さも、特筆すべきものはない。いや、必要ない。ただ純粋な技量によって、その剣は完成していた。

 

 アレクシアの全てを込めた剣を、ただ技量によってあしらっているのだ。

 

 突きつけられた圧倒的なまでの実力差。いつしかアレクシアは剣を振るうのを止めていた。

 そして、目の前の魔剣士を心から尊敬した。

 なぜなら、それは……。

 

「凡人の剣……」

 

 アレクシアの剣の、その先にある姿だったから。

 

 幼い頃、アレクシアが考え抜いた剣の完成形。それは才能でも、力でも、速さでもなく、ただ基本の積み重ねによって辿り着ける持たざる者の剣だった。

 しかしそれは姉と比べられて、『凡人の剣』と揶揄されて、アレクシアは道を見失った。

 どこに進めばいいか分からずに諦めかけていた理想が今、アレクシアの目の前に現れたのだ。

 

「あなた、本当に凄いわね……」

 

 アレクシアはこの剣が好きだ。

 

 剣を見れば、その人の歩んできた道が見える。

 この剣はひたむきに、まっすぐに、積み重ねた剣だ。

 

「ありがとうございます、私もアレクシア様の剣が好きですよ」

「……敬語じゃなくていいわ」

「あそう? じゃあ遠慮なく」

 

 あっさりと敬語をやめ、口調もざっくばらんなものに変わった。アレクシアが王女だと聞いた時と同じくらいの切り替えの早さだ。

 ……なんだろう、こんな頭空っぽそうな女に負けたと思うと少し、いやかなり悔しい。

 

「……今日はありがとう、とてもいいものを見せてもらったわ」

「ん-ん、私も楽しかったから」

「あれが楽しかったの?」

「うん、さっきも言ったけど、アレクシアの剣が好きだなって思ったから」

 

 さらりと投げられたセリフ。彼女にとっては何てことない一言なのだろうが、アレクシアには最高の褒め言葉だった。

 

 いつか姉に言われた際は強い反発を覚えた。本物の天才であるお前に自分の何が分かるのかと、惨めさを噛み締めた。

 

 ただシェイは違う。

 今は遥か彼方にいるが、彼女は自分の延長線上の強者だ。そのシェイからの称賛は、他のどんな言葉よりも嬉しかった。

 晴れやかな気持ちからは、自然とこんなセリフが零れ出た。

 

「これからは貴女を目標にしていくわね」

「私なんかを理想にしちゃ絶対にだめ」

「えっ……?」

 

 初めて聞く強い口調。

 シェイとは会ってまだ数十分ほどだが、それでも意外に思ってしまうほど強い否定だった。

 

「私も、憧れてる剣があるの。どこまでも無駄を削ぎ落した、理想的な剣。ずっとそれを追いかけて真似してきたんだけど、このままの私じゃその人には絶対に敵わないってわかったの」

 

 そこで諦めたの? なんて問いかけはしない。その表情から答えなど分かり切っている。

 

「だからね、今は私でもいいけど、いつかアレクシアには私以上の理想を見つけてほしいな」

「……分かったわ。でもそれまでは貴女を目標にさせてもらうわよ」

「それくらいならどうぞどうぞ」

「それと、明日からも付き合ってくれるかしら」

「もちろんいいよー」

 

 にこにこと笑うシェイは、間延びした声でそう了承した。

 

 

 

 

 それからというもの、アレクシアとは毎朝稽古をするようになった。

 

 アレクシアは魔力量も多いし、剣筋も素直で丁寧。対人戦での思い切りや勘も良い。実力者に囲まれて育ったからか、目もかなり肥えている。正直これのどこが凡人なのかと聞いてみたい。

 それに何より、剣を振るう姿が綺麗だった。愚直に基礎を積み重ね、理想を追い求めるその姿は、剣が好きなのだと全身で語っていた。

 

 そんな剣に対しては真摯なアレクシアだけど、私生活では不良も不良だった。

 人前では猫を被って笑みを絶やさないし、授業なんかも真面目に受けてるけど、裏では罵詈雑言の嵐だ。

 やれ今日は3回も呼び出されただの、話したこともないのにどうしてOKされると思ったのかだの、屋上で花束を渡すなんて頭湧いてるんじゃないのだの。

 まあまとめると、告白が面倒の一言で済んでしまう。

 

 美人で家柄も良いアレクシアは入学初日から男子の羨望の的だった、いわゆる高嶺の花というやつだ。

 私も最初の頃は「さすが王女様だなぁ」と真面目に聞いていたけど、最近は「はいはい今日もお疲れ様です」と流すようになった。

 

 

 

 そんなこんなで約2カ月後。

 その日も朝稽古を終えて着替えていたところ、アレクシアから信じられないセリフを聞かされた。

 

「……アレクシアがシドと付き合ってる?」

「ええ、昨日彼から告白されて付き合うことにしたの」

「あ……そう……」

 

 え、ちょっと待ってほしい、意味が分からない。

 

 なんせ入学以来数多の男子を振り続けてきたアレクシアで、相手はあのシドだ。あんなのを選ぶ理由が無いし、そもそもシドが告白するなんて想像がつかない。

 

「確認したいんだけど……シドってのは私の兄のシド・カゲノーだよね?」

「ええ、そうね」

「あれが昨日告白してきたと」

「実の兄をあれ呼ばわりなのね……そうよ、彼から告白されたの」

「……それをアレクシアがOKしたと」

「その通りよ」

「その通りなんだ」

 

 どこかが間違っててほしかった。

 

 あのバカがなんでそんなことをしたのかなんて考えるだけ無駄だしそれ自体はまあいい。

 アレクシアの方は……男の趣味が悪いんだろう、深くは突っ込むまい。

 ただ問題なのは。

 

(お姉ちゃんに知られたら、アレクシア殺されない……?)

 

 さすがにそこまではしないと思うけど、なんせあの超絶ブラコンお姉ちゃんだ。刃を潰した剣でボコボコにするくらいはやりかねない。

 貴族の跡取り娘が、第二王女とはいえ王族を相手に刃傷沙汰を起こし、その理由は大好きな弟を取られたからである……

 なんて事になったら、田舎の木っ端男爵家なんてお取り潰しまっしぐらだ。一族斬首の刑まであるかもしれない。

 

 背中に冷や汗が流れるのが分かる。割とありえそうな想像なので笑えない。

 

(……あっ、それよりもまずいことがあった)

 

 七陰のみんなだ。シドを崇拝してる彼女たちが、シドとアレクシアの交際を知ったらなんて言うか、というか何をするか分かったものじゃない。

 

 特にベータとイプシロン。あの2人はヤバい。

 シドが大好きすぎて『シャドウ様戦記』なるものを書いているベータ。一度だけ見せてもらったけど、現実1割に妄想9割を肉付けした作品は思い出しただけでも頭痛がしてくる。

 イプシロンも想いの大きさ(重さ)ではベータにだって負けていない。もしベータの所業を知っていたら、それに対抗して『シャドウ様讃美歌』的な曲を作ってもおかしくないほどだし。

 

(デルタはとりあえず撫でておけば平気だし、ゼータは多分王都にいないから大丈夫。イータは研究室で寝てるでしょ)

 

 アルファやガンマだったら話は通じる、いつもの深すぎる深読みで納得してくれるだろう。

 

(えっと、たしか今のお世話役は…………あ、終わった)

 

 まさかのベータである。

 

 私は最後の望みをかけて訊ねる。

 

「あ、あのアレクシア……」

「なにかしら?」

「その交際は2人だけの秘密とかだったりしない……?」

「そんなわけないじゃない」

 

 最後の望みはあっけなく崩れ落ちた。

 

 

 

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