~シド視点~
罰ゲームで告白してから2週間、僕はどうにかこうにかアレクシアの恋人として過ごしている。たまに生徒からの嫌がらせにあうが、それも我慢できる範囲だ。
なによりゼノン先生が僕をボコボコにしたりとか短絡的かつ暴力的な手段には出なかったので一安心だ。
そんなゼノン先生だが、授業中僕やアレクシアに対していつも通り丁寧に指導してくれている。以前のように気軽に話しかけてくる事はないが、公私を弁えた大人の対応をしていると言っていい。
それに比べてこいつは。
「むかつくわねあの男。少し剣が上手いからっていい気になって」
さすがに人前では猫を被っているが、裏では罵詈雑言の嵐だ。
「はいはい」
「あの胡散臭い顔ポチも見たでしょ」
「はいはい」
「ハイは一回」
「はぁい」
授業が終わった帰りの電車内。
僕はひたすらアレクシアの話に同意し続けるロボットと化している。
反論が時間の無駄とは分かっているけどつまらない。とても退屈な時間だ。
だからまあ。あまりに非生産的な時間に、ついつい口が滑ってしまったのだ。
「あれって本気でやってるの?」
「……どういう意味?」
アレクシアは怪訝な顔で僕を見た。
「確かにゼノン先生は君より強い。だけど、生徒相手に手加減してる彼なら、そう一方的にやられるほど差があるようには見えない」
僕はアレクシアの剣が好きだ。一歩一歩、日々歩みを重ねて積み上げてきた剣だから。
だけど、いざ本気の戦い──それも格上との戦いになると、アレクシアの剣には余計なものが混じる。僕は僕が認めた剣に、そんな見苦しいものが混じるのが嫌だった。
「……簡単に言うわね、白服のくせに」
「白服の戯言だよ。まともに受け止める必要はない」
俯いてじっと考え込んでからしばらく、アレクシアが顔を上げた。
「……そうかもしれないわね」
反省の色を帯びた声。うん、自分を客観視できるやつは成長するよ。
「珍しいね、君が非を認めるなんて」
「は?」
「何でもないよ」
ちょっとだけ見直したのに勘違いだったみたいだ。
「私は……ずっとアイリス姉様に追い付きたいと思っていた。でも最初から、何もかも持っているものが違ったの。だから私なりに考えて強くなろうとした。その結果私の剣が何て呼ばれているか知ってるでしょう」
「凡人の剣」
「そうよ。ちなみにあなたも私と同じ凡人の剣、残念だったかしら?」
アレクシアは試すように僕を見てくる。
「残念とは思わないよ。僕は君の剣が好きだし」
アレクシアは僕の言葉に一瞬目を見開いて、
「ふっ、ふふふ……」
そして可笑しそうに笑った。ついに頭がおかしくなったのだろうか。
「貴方たちやっぱり兄妹なのね。シェイにも同じことを言われたわ」
「シェイに?」
「ええ、彼女が入寮した日に模擬戦をお願いしてね。まあ私の完敗だったけど」
「だろうね」
「あら、妹自慢かしら?」
「そんなんじゃないよ」
「あらそう?」
クスクスと笑うアレクシア。
本当にそんなんじゃないのに、とても心外だ。
「私はずっと、自分の剣が大嫌いだった。才能の無さを見せつけられて、惨めさを嚙み締めて、正直何度も諦めかけたもの」
セリフとは裏腹に、アレクシアは笑ったままだ。
「でもシェイに会って、あの剣を見て、そうじゃないんだって思えた。自分の剣が好きになれた」
「よかったね」
「でもやっぱり、凡人が本物の天才に勝つなんてできっこない、なんて考えが心の片隅にあるのかもしれないわね」
「そっか」
それだけの問題なら時間が解決してくれるだろう。最悪シェイがちょっと本気を出せばいいだけの話だし。
ただ、僕も少しだけ言っておきたい言葉があった。
「まあ特に意味はないけど一応」
自分の好きなものにはそのままでいてほしいし。
「僕はアレクシアの剣が好きだよ」
しばらく沈黙して、アレクシアがふんと鼻を鳴らした。
「本当に意味が感じられないわね」
電車が止まり、アレクシアが立ち上がる。ドアを前にしたアレクシアが、首だけで僕をチラリと見る。
「まあでも、一応受け取ってあげるわ」
一言そう告げて、そのまま寮へと歩いていった。
◇◇◇
どうしよう。
これはヤバいやつだ。
シドが捕まった。アレクシアが誘拐されて、その容疑者として捕まったらしい。
今は取り調べのためらしいけど、王女誘拐の犯人なんてなったら処刑まっしぐらだ。
あのバカ兄は自力で脱出なんてしないから、このままいくと本当にまずいことになる。
(どうしよう……さすがに騎士団に殴り込みはまずい、というかそんなことしたら逆に大変なことになるし。アイリス王女に直談判する? でも面識もないし、会ってもらえないと思う。それよりもお姉ちゃんが暴れないようにしないとかも。ああガーデンのみんなも暴動を起こさないといいな、あの子たちある意味お姉ちゃん以上に過激だからなぁ)
王女誘拐なんて一大事。当然授業は休みで、生徒たちは自室待機を命じられている。
ベッドに座ってうんうんと思考を巡らせていると、ふと窓の外に覚えのある何かを感じた。
音もなく近づく僅かな気配、まっすぐこの寮に向かってきている。
一応ここは大陸最高峰の魔剣士学園で、当然厳重な警備が敷かれている。ここに侵入できるなんて相当な手練れだ。
といいつつも、その侵入者の正体には心当たりしかなかった。
私は座っていたベッドから一度立ち上がって、窓の鍵を開けてから再度ベッドに腰かけた。
「シェイ様」
少し待っていると、カーテンがふわっと揺れて、漆黒のスーツを纏った女性が音もなく降り立った。
「久しぶり、ニュー。この前お店で会って以来だね」
「はい、お久しぶりです」
ダークブラウンの髪に同色の瞳の彼女はニュー。シャドウガーデンでは珍しい人間の子。
落ち着いた上品な顔立ちで大人のお姉さんって感じだけど、『ナンバーズ』の1人かつガンマの右腕でもある実力者だ。
「今日はわざわざどうしたの? 新商品のおすそ分けとかだと嬉しいんだけどなぁ」
「残念ですが、本日は別件でして……」
トンチンカンな私のセリフにも、困ったような笑顔を返してくれる。
「そっかぁ、楽しみにしてたんだけどなぁ」
「ですが、ガンマ様より新しいフレーバーのチョコレートが完成間近だと伺っております」
「あ、ほんと?」
「はい、次回のご来店までには完成していると思いますので、その際はぜひ」
「楽しみにしてるね」
2人してにっこりと笑みを交わして、同時に真剣な表情になる。
「それで、今どうなってるの」
「まず初めに、アレクシア王女が誘拐され、その容疑者としてシャドウ様が身柄を拘束されました」
既知の内容だったので、すぐさま頷きを返す。そこからの内容も大体予想通りだった。
アレクシアの捜索は続けられているが、その成果は芳しくないこと。
シドの口を割らせるべく、過剰な拷問が行われていること。
シドが拷問を受けている報告のとき、ニューからものすごい怒りを感じた。当然私もイライラしたけど、普段冷静なニューが荒れていた所為か、ある程度は冷静でいられた。
そんな一幕を挟みつつ報告を聞き終える。
その中でただ1つ予想外だったのが、その黒幕の名がゼノン・グリフィであること。
「ゼノン・グリフィってあの?」
「はい、ミドガル王国剣術指南役であり、アレクシア王女の婚約者候補。彼はディアボロス教団・フェンリル派の筆頭で、次期ラウンズの最有力候補だそうです」
出たよディアボロス教団。
シドがいるところには絶対出てくる。教団ホイホイなのかなアイツ。
「アレクシアを攫った理由は?」
「目的は濃度の高い『英雄の血』、それを用いた悪魔憑きの研究かと」
「なるほどね」
まあ教団絡みならそうなるか。
「今回の事件、シャドウガーデンはどう動くの?」
「ガンマ様が他の七陰の皆様に連絡を取っており、そこで対応を決定されるそうです。現在の方針としては、準備が整い次第フェンリル派アジトへ襲撃を仕掛け、それと同時にアレクシア王女の魔力痕跡を調査、居場所を突き止め確保するとの事です」
「なるほど」
魔力による捜索の方法は2つ。そのうち一般的に使われているのは、魔力痕跡の追跡だ。
イメージで言うと、バケツから零れたインクを追う感じ。ただ今回は相手が凄腕だったようで、騎士団は捜索が難航しているらしい。
アルファたちなら可能だろうが、何せ時間と労力が掛かる。ある程度見当をつけるといった、入念な下準備が不可欠だった。
「それに関して、ガンマ様よりシェイ様に依頼があるそうなのですが」
「私に?」
「はい、シェイ様なら魔力探知からアレクシア王女の居場所が分かるのではないかと」
「あー、そうなるのね」
もう一つの捜索方法が、魔力そのものを探知すること。こちらは理論的には可能というだけで、実際に使われることはまずない。
理由は単純で。距離が離れれば離れるほど、探知の難易度が跳ね上がるから。この方法で王都全域を探知するのは、アルファたちはもちろん、きっとシドでも無理。
「ごめんだけど、ちょっときついかな」
「理由を伺ってもよろしいですか?」
「王都の地下って迷路みたいになってるんだよね?」
「はい、現在は地下迷宮になっています」
「ここからだと大体の位置は把握できるけど、経路までは分からないんだよね。学園からは外出禁止令も出てるし」
「そういうことでしたか……」
さすがに王都じゃ人が多すぎて離れた場所から正確な探知はムリ。
私はアレクシアのお師匠として、学園内ではそれなりに名が広まっている。そして今回は容疑者であるシドの妹としてマークされている。
隠れて外出もできなくはないが、それは解決が見えた最終段階のみだ。
「それでしたら大まかな位置だけでも調べていただけますか?」
「いいよ、地図とか持ってる?」
「こちらに」
ニューはスーツから王都全域の地図を取り出した。さすがはガンマの右腕、用意ばっちりである。
そのあと、地図に場所を書き込むと、ニューは再度音も無く窓から出ていった。
……のはいいんだけど、結構しんどい。久しぶりに全力で集中したせいか、頭がボーっとする。今更ながら王都、人多すぎる。少しくらいあのド田舎を見習ってほしい。
(まだ色々と考えなきゃいけないこともあるんだけど……まあ明日でいっか)
疲れ切った私は座っていたベッドに寝転んだ。
◆
シドは5日間の拘束を経て釈放された。
この5日間、正直めちゃくちゃ大変だった。
お姉ちゃんが騎士団に殴り込みに行こうとしてるのを聞いて止めに行ったり、部屋に連れて帰ってからもお姉ちゃんを宥めたり。お姉ちゃんが暴れた件でアイリス王女に頭を下げに行ったり、その隣にいたゼノン・グリフィを見て殺意を抑えるのに必死だったり。
そのおかげかは分からないけど、シドが釈放されてから2日後の今日、アイリス王女から特別に外出許可をもらえた。
正門から魔剣士学園を出て下町の学生寮へと向かう。
ここ数日はニューから報告を受けるだけで学園の外に出ていない。当然シドについても報告以上の事は何も知らない。
いくらシドでも5日間の拷問はキツイと思う。拷問で受けた傷は魔力で治せるけど、さすがに怪しまれるから治せない。ご飯だってまともに食べれてないはずだ。
『まぐろなるど』に寄って2つサンドを買う、これは私が食べる分。
その後ポタージュとかオムレツとか柔らかいパンとか、消化の良い物を買って、シドの寮に到着する。
そしてドアを開けた第一声。
「……なぁに、このアホらしい部屋」
「アホらしいとはひどいなー」
目の前に広がる光景に、盛大に肩透かしをくらった。
部屋を彩るのは一級品の数々。
如何にも高そうなテーブルに載せてあるワインは、未成年の私ですら知っている一流品だ。多分グラスも高級品なんだろう。部屋の隅で光ってるアンティークランプも、シドが場所を調整してる金ぴかの椅子も、見ただけで値段の想像がついてしまう。
極めつけは壁に掛かった1枚の絵画だ。
「『モンクの叫び』なんてどこで手に入れたのさ」
「偶然拾ったんだよ」
「あーはいはい、盗賊ね」
つまりはこの部屋、小さい頃から盗賊狩りをした成果というわけだ。アレクシアからの金貨もその一部に入っている、という事実は頭の中から追い出す。
兄が友人の恋人になったのかと思えば、その実態は偽物の恋人関係で、あまつさえペットになっていただなんて……恥ずかしすぎて思い出したくもない。
「とりあえず差し入れ。ちゃんと食べてる?」
「うん、ありがとう」
「違う、それ私の。シドはこっち」
『まぐろなるど』のサンドの方に伸ばされた手をはたき落とす。
「えー、なんでさ」
「5日間まともに食べてなかったんでしょ。少しくらいちゃんとした食生活しないと」
「わかったよ……」
ぶつくさ文句を言いながらも、食べることは食べるらしい。私もサンドを取り出してかぶりつく。
肉厚のマグロに濃厚なソース、一度食べると癖になる味だ。
久しぶりに食べるからすごく美味しいんだけど、最高級品の数々に囲まれて食べる『まぐろなるど』は何だか変な感じだ。
「それで、その封筒は何?」
2人して食べ終わってから、ワインボトルの下に置かれてる一枚の封筒を指差す。
「見る?」
シドは封筒を抜き取ると私に手渡す。
封筒の開け方が妙に手馴れていることにシドなりのこだわりを感じつつ、手紙へ目を落とす。
「これは何と言うか……」
「面白いでしょ?」
「面白いというか、稚拙というか……絶対罠だよね」
「だろうね~。僕を犯人に仕立て上げたいんだろうね」
手紙を封筒に戻してシドに渡す。
シドは封筒を元あったボトルの下にセットする。当事者のくせに他人事みたいな軽さだ。
「シドはさ、騎士団のこと何とも思ってないの? ムカついたりしないの?」
「なんでさ、彼らは自分の仕事をしてるだけだよ。むしろ報酬を受け取るに値する」
「仕事って……シドを犯人に仕立て上げようとしてるのに?」
「こんな大事件じゃしょうがないよね。貧乏男爵家のパッとしない学生ならちょうどいいし」
「……それじゃあその傷も、騎士団の仕事のうちってこと?」
「これは予想外だったけど、そのおかげでモブらしい演技もできたしね」
へらへらと笑うシド。
「いやぁ、あの2人のモブっぽい尋問はすごかったからね。僕も気合が入っちゃったんだ」
半裸で椅子に縛られ、何度も殴られ、針で刺され、爪を剝がされ……シドは興奮した様子で、この5日間如何にモブっぽい尋問をされたのかを語る。
私がどんな顔をしてるかなんて、目に入っていないんだろう。
……だめだ、さすがにこれは我慢できない。
これだけは我慢しちゃいけない。
「シド」
一言。
静かに名前を呼ぶと、楽しそうに語っていたシドが口を閉ざした。今更気づいても遅いよ。
「これからはそういうのやめて」
私とまっすぐに目を合わせるシドが何を考えてるのか、正直全く分からない。多分これからも分かることはないと思う。
だけど、これだけは言わなくちゃいけない。
お姉ちゃんのため、アルファたちのため、何よりも私のために。
「私は別に、シドが何をしてもそんなに気にしないし、口を挿んだりもしなかったつもり」
「うん、そうだね」
「これからもそれは変えないと思う」
「そっか」
兄妹だからって、双子だからって、全部が通じ合えるわけじゃない。それはシドを見続けてきた私が一番よく分かってる。
だから今までは何も言ってこなかった。
「でも……シド自身と、シドを大切に想ってる人を傷つけるのはやめて」
今回の経緯は仕方ないにしても、それを笑って流すのはやめてほしい。
シドが捕まったと聞いて、何も知らないお姉ちゃんがどれだけ心配したと思っているのか。
シドが拷問を受けていると知って、アルファたちシャドウガーデンのメンバーがどれだけ怒りを溜めたと思っているのか。
「シドが傷つけば周りの人はもっと傷つくの。それは分かってほしい」
多分だけど、シドの中には明確な優先順位があって、それを守るためなら不要なモノは簡単に捨ててしまえるのだろう。
それは周りからの評価だったり、自身の待遇だったり。お姉ちゃんやアルファたちの親しい人たちもそうだ。私だって例外じゃない。
そんなシドを否定はできない。私だって守りたいものはあるし、そのために捨ててきたモノも少なからずある。要するに程度の問題だ。
だからこれは文句。反発されないから兄妹喧嘩にすらならない、ただの文句だ。
「わかった、これからは気を付けるよ」
「ん、お願いね」
予想通りあっさりと了承するシド。大して信用できないけど、少しは改善してくれると願いたい。
気を取り直して、ワインボトルの下にセットされた封筒を抜き取る。
「あ、それ僕の……」
「これは私が処理する。シドは手を出さないで」
どうせ来るのは教団の下っ端だし、私が動いても問題ない。
「ずっと我慢してたんだから、これくらいは勝手させて」
「……わかったよ」
意外にも罪悪感があったのか、シドは不承不承ながらも首を縦に振った。