〜アレクシア視点〜
夏を間近に控えたある日。
ミドガル魔剣士学園の修練場には、早朝からカン、カン、カンと、金属同士がぶつかり合う音が響いていた。
時折、鈍い打撃音と苦鳴が交じり、再度金属音に変わっていく。
剣を向け合うのはシェイとアレクシア。
入学以来続いている2人の朝稽古だが、今日のそれは普段と様子が違った。
「ちょっ、シェイ……今当たったから……」
「当てたからね」
「だったら…止めなさいって……」
「まだだめ」
「まだって、これいつまで続くの…グッ……!」
連続して押し寄せる斬撃が一層勢いを増した。
「会話する余裕があるなら大丈夫だよ」
そんなわけあるかと。
確かに刃は潰してあるし、打撃の瞬間魔力は抜かれている。絶妙な手加減のお陰で、鉄の棒で殴られているにしては目に見える負傷はない。
ただ、シェイの打撃は妙に内側に
アレクシアの足が震えて、動きが緩慢になってきた。
避けられるはずの斬撃は剣で弾くしかなくなり、弾いた剣は先程よりも押し込まれる。
これはいつまで続くのか。あと一撃か、二撃か、それとももっとか。
この一撃が最後。次の一撃を耐えたら終わる。そう思いながらどれだけの時間が経っただろう。
足元がふらつき棒立ちになった瞬間、頭上へ振り下ろされる鉄剣。アレクシアの目はそれを捉えてはいるが、身体は全く動いていない。
───あ、死んだわ。
そう思った所で、数センチの余裕を持って、すっと止められた。
「ここまでにしよっか」
「ありがとう……つかれたわ……」
その瞬間全身から力が抜けて、剣を落としながら身体を大の字に放り出した。
◆
地面に寝転んだアレクシアに飲み物を差し出す。上半身だけ起こすと、ごくごくと勢いよく飲み干した。
「ぷはぁ……シェイ貴女ね、今日はなんでこんなに厳しいのよ。これから授業もあるのだけど」
「今日はなんとなくね、いつもよりちょっと実践っぽくやろうかなって思って」
不満げなアレクシアに対して、私は微笑んでみせる。
「私はとっても心優しい指導役だからね。王女様は刃を潰してあるとはいえ、実際に打たれたことなんて無いでしょ? その経験を与えて、より剣について理解してほしいなって思ってるんだよ」
「いつもそんな事してないじゃない……」
「稽古のやり方は決めてなかったし、アレクシアも成長したってことで。それにね、これは大切なことだよ?」
首を傾げたアレクシア。
「ちょっと強くなった時期ってさ、周りに披露したくなっちゃうんだよね。無闇矢鱈に剣を振るわないためにも、しっかりやられる側の気持ちも理解しておかないと」
ピキッと、その顔が引き攣った。
「……貴女、あれを聞いたの?」
「聞いたというより見たよ。アレクシアがシドを切り刻んだんでしょ?」
「……切り刻んではないわよ。ちょっとカッとなっただけ」
「あれがちょっとかどうかは疑わしいけど、別に私は気にしてないよ」
「本当に?」
「本当だって。別れ話に口を突っ込むつもりもないし、痴情のもつれとかどうでもいいし……強いて言えば、ただの報復かな?」
「なおタチが悪いじゃない!」
「でも悪いのは?」
「……私です」
「だよね」
帰り道に血だらけの兄とばったり遭った妹の心境を考えれば、これくらいの横暴は許されるだろう。
「まあでも真面目な話、アレクシアも騎士団の仕事があるんでしょ。怪我してほしくないってのもあるよ」
「…割合で言うと?」
「7:3」
「どっちが?」
「怪我してほしくない方が3」
「でしょうね」
ジト目を向けてくるアレクシアが、ぼそっと「貴女意外にブラコンよね」と漏らした。
失礼な。私がシスコンなのは事実だけど、ブラコンではない。否定してもどうせ聞かないからそのまま流すけども。
「それで、怪我してほしくないとか言ってるお師匠様は、弟子を1人で危ない任務に参加させるのかしら?」
「またその話? 何度も断ってるじゃん」
アレクシアが言っているのは、『紅の騎士団』への入団についてだ。
アレクシア誘拐事件で、剣術指南役ゼノン・グリフィがディアボロス教団に通じていたことを受けて、アイリス王女が新たに設立した騎士団。メンバー全員がアイリス王女が直接勧誘したという精鋭ぞろい。
アレクシアは強引にもそこに割り込み、さらには私を引き入れる許可まで得たという。
「1年生で騎士団に仮入団できるなんて名誉じゃない。給金も出るのに何が不満なの?」
お小遣いがもらえるのは嬉しいし、成績にも加算されるらしいので、待遇に不満はない。
強いて言えば、騎士団に入るつもりは無いからとか、学生のうちに無理して働かなくてもよくない? とかになるのだが、これを言うとアレクシアは怒るだろう。
「はぁ……まあいいわよ。気が変わったら教えてちょうだい」
「はーい」
まあそんなときは来ないと思うけど。
「ていうか『紅の騎士団』ってできたばかりなんだし、危険な任務なんてあるの?」
「それがあるのよ。最近は王都で人斬りも出てるからその対応とかね」
「人斬り?」
いやまさかねとは思いつつも、目の前の王女様をじぃーと見つめてしまう。
「失礼ね私じゃないわよ」
「あ、そう? それならいいんだけど」
9割以上冗談だったんだけど、確認が取れてよかった。
アレクシアは不服そうな顔を引っ込めて、真面目な口調で切り出した。
「その人斬りなんだけど、犯人はかなりの腕前で、この前ついに騎士団にも犠牲者が出たのよ」
「それでアイリス王女も出てくるのね。単独犯?」
「いえ、おそらくは複数犯……それと、これは公にはされていないのだけど、犯人たちは黒いローブを着た集団でシャドウガーデンを名乗っているのよ」
……へぇ。
「シャドウガーデンってアレクシアを助けたっていうあれ?」
「そう、そのシャドウをリーダーとする謎の組織。ゼノンが言っていたディアボロス教団と並んで、シャドウガーデンも事件の鍵を握っていると思うの」
教団とガーデンはともかく、シャドウに関しては事件の全容すら知らないんだよね。
内心で乾いた笑みを漏らしていると、アレクシアが何か考え込んでいるのに気がついた。
「……ねえシェイ、貴女に聞きたいことがあるの」
真剣さが増した声につられて、私も姿勢を正す。
アレクシアは少しの躊躇いの後、こう切り出した。
「貴女とシャドウはどんな関係なの?」
アレクシアがシャドウと会ったと聞いてから、いつかは聞かれると予想してた問い。
私はただ微笑んでみせた。
「どんな関係だと思う?」
アレクシアの瞳に様々な感情が浮かんだ。
興味。警戒。猜疑心。恐怖。
アレクシアは多分、シャドウという存在をどう扱うべきなのか迷っている。
自身を助け出してくれて、理想の剣を体現していて、目の前で王都を半壊させた。
そんな正体不明で常識外れの男と私がどんな関係なのか、どんなつながりがあるのか、気になって仕方が無いのだろう。
真剣な目でじっと見つめられて、私は耐え切れずに吹き出した。
「ごめんごめん、ちゃんと説明するからそんな顔しないで」
アレクシアはひねくれているように見えて、その実かなり純粋だ。本心を語ってしまえば真実を隠すのも難しくない。
「きっかけは偶然だったんだ」
本当に些細な偶然。
あのバカと双子として生まれた、ただそれだけのこと。
「小さいときにあの剣を見てね、綺麗だなって思ったの。お父さんやお姉ちゃんよりもずっと、今まで見てきた誰よりもすごいなって。多分アレクシアもそう思ったでしょ?」
「…ええ、彼の剣は私の理想そのもの。『凡人の剣』と揶揄されていた私に、その頂を見せてくれたんだもの」
「私も同じ。初めて見たときからあれが頭から離れない。限界まで洗練されたあの剣を、忘れるなんてできない」
あれは魔性だ。
中身はとんでもないアホなくせして、研ぎ澄まされた剣は唯一無二。最高芸術に等しいそれは、私を虜にして止まないのだ。
「だからアレクシアが期待してるようなことは何もないよ。私はただ憧れただけの、普通の女の子だから」
アレクシアがゆっくりと目を瞑った。
小さく身体が動いている様子から、多分シャドウの剣を浮かべているのだろう。
しばらくしてアレクシアが目を開いた。
「貴女が普通ってことには物申したいけど、言いたいことはわかるわ。私も貴女と同じだから」
「じゃあお互い頑張らないとだね」
「そうね、お互い頑張りましょう」
同じ剣に魅入られた同志として、アレクシアはそう締め括った。
◇◇◇
その日は珍しく1人での登校だった。
件の人斬りに関する任務中にアレクシアが怪我をしたそうで、朝稽古を1人でこなしてからの1人登校。
その怪我について聞かされた話を思い返すと気が重くなる。
アレクシアが賊3人に囲まれてピンチになった瞬間、颯爽と現れたシャドウ。彼はあっさりと賊の1人を無力化すると、そのまま残りの賊2人を追いかけたらしい。
(あのバカは人斬りについて知ってるかも怪しいし、偶々見かけたとかで気紛れに動いたんだろうなぁ……)
それでいて結果が伴っているのだからタチが悪い。
(細かいことはガンマに聞きにいかないとかな)
ガーデンの名前を騙るなんて絶対に碌な組織じゃない。身にかかる火の粉を払う準備は整えておかなければ。
そう決心して、いつも通りに教室のドアを開けたところ、その場にいた全員が一斉に私を見て、また一斉に目を逸らしたのだ。
「え、なに?」
「なんでもないよ!」
「…そう?」
首を傾げつつ席に着く。その間も違和感は消えない。
(……なんで見られてるの、私なんかした?)
教室に入ってからずっと感じる視線。クラスのほぼ全員が私を見ている。
近くにいた友達とお喋りをするものの、めちゃくちゃぎこちない。きょろきょろと視線は泳いでるし、何か言おうとしては口を閉ざしている。
『言った方がいいのかな?』
『知らないままはまずいよね』
『でもショックじゃない? お兄さんがそんな事するなんて……』
背中越しにヒソヒソ声が聞こえるけど、振り向くとぱっと顔を逸らされる。何なんだろうほんとに。
あとシドはまた何かやったのか。
(アレクシアはシャドウに助けられたって言ってたけど、それとは別件だよね……?)
シドはバカだけど、自分から正体をバラすなんてことはしない。そんなことしたら『もぶ』としての立ち位置が無くなるから。
(じゃあなんだろ? アレクシアとよりを戻したとか? いやでもそれならアレクシアも何か言ってくるだろうし……)
考えてみるが全く検討が付かない。なので思い切って聞いてみることにした。
クラスメイトたちは誰が伝えるのか目線で譲り合い、オブラートを剥がせば押し付け合った。どれだけ言いたくないんだろう……
結局、クラス委員長の女子に決まったようだ。気が乗らないのを隠した顔を近づけて、耳元で囁く。
ゴニョゴニョ
「………………………へぇ」
「ヒッ!」
バッと飛び退かれた。
まずったと思ったけど、作り笑いを浮かべる気にもならない。
「……ごめんね、別に怒ってないの」
「ほ、ほんとに……?」
「うん、色々教えてくれてありがとうね」
「ど、どういたしまして……」
ゆっくりと、席から立ち上がる。
「ど、どこかいくの?」
「うん、ちょっと野暮用ができたんだ。授業が始まるまでには戻ってくるから」
それだけ伝えて、私は教室を出た。苛立ちをぶつけないようにドアはそっと閉める。
さっきまでは考え事をしてて気づかなかったけど、周りからめちゃくちゃ注目されていた。恥ずかしさを堪えつつ、目的地へと足を進める。
……本当に、やってくれたなあいつ。
◆
教室のドアが開けば、何人かはそちらに目を向ける。
友達が来たのを見て話し掛けに行ったり、恋人が来たのを見て手を振ったり。それは人によってまちまちだろう。
ただ今日この瞬間、私を見た人の反応は2通りだった。
ほとんどは他クラスの人が来たと驚き、私だと分かると気まずそうに目を逸らした。まあこれが普通だ。
そして、そのほとんどに当てはまらない1人。居心地悪そうに頬杖をついていたシドは、私を見るや否や視界から消えた。
そこに向かって殊更ゆっくりと歩く。
そして
「ねえシド?」
「はいなんでしょうか」
「私が何を言いたいか分かる?」
「重々承知しております」
「じゃあなんでそんなことしてるの?」
「誠心誠意謝罪をしております」
「あっそう」
シドの体勢はこう。
私に向かって正座をして、その上で掌を地面に付けて、額を地に付くまで伏せている。
俗にいう土下座というやつだ。
(そんなになるなら最初からやらなきゃいいのに)
自分で自分の首を絞めるんだから本当に救えないレベルのアホだ。
とりあえずシドはこのまま放置。
近くにいたシドの友達、ヒョロ君とジャガ君の方を向くと、ひぃっと怯えられた。噂を広めたのはこの2人で間違いない。
「ねえ2人とも」
「は、はいぃ!」
「ななな、なんでしょうか!」
「昨日何があったのか教えてくれる?」
「「よろこんで!!」」
息の合った2人から昨日の顛末を聞く。
3人でミツゴシ商会にチョコレートを買いに行ったこと。
そこでシドが茶髪で大人っぽい美人な店員にアンケートを頼まれたこと。
時間ギリギリとなったので急いでいたところ、シドが〇〇〇で置いて帰ったこと。
「なるほどね……」
断片的だけどおおよそはわかった。
アンケートというは建前で、本当はガンマがシドに会いたかったんだろう。何度かお店に行ってる私と違って、シドとはしばらく会ってないと思うし。
アレクシアがシャドウに助けられたと言ってたから、漏らす云々も抜け出す言い訳なんだろう。もう少しましな言い訳は無かったのかというのは考えてはいけない。
美人な店員さんの説明が異常に長かったのは、この2人なら仕方ない。多分その店員ってニューの事だってわかったし。
(ニューかぁ…………それならいけるかな?)
シドがガンマに会ったこと。
その右腕であるニューが案内人だったこと。
シャドウガーデンを騙る者がいること。
アレクシアがシャドウに助けられたこと。
そして、ニューの得意分野。
状況からの推測でしかないけど、なんとなく合ってそうな気がする。
「ねえシド」
「なんでしょうか」
土下座のままのシドに問いかける。
「まだ私に隠してることあるでしょ」
「…何の事かな?」
顔を上げたシド、その返答が一瞬だけ遅れた。
「例えば……その茶髪で大人っぽい美人な店員さんについて、とか?」
「えっと、それは……あはは」
ビンゴだ。やっぱり暴れた後、ニューに押し付けたのね。
シドはどう誤魔化すべきか悩んだ末、雑に愛想笑いを浮かべた。説明したくても、この場ではシャドウガーデンのことは言えないもんね。
ただ、こんな反応をすれば周りは別の勘違いをするに決まってる。
「シド、お前!」
「シド君まさか!」
ほらやっぱり。
「「あの美人と密会してたのか/んですか!?」」
一緒に行った2人から追及が始まった。他の男子からも「まじかすげぇな」みたいな視線が注がれている。
アレクシアと付き合ってた件もあるし、クラス内でのシドの立ち位置が大体決まったんじゃないかな。
女たらしって方向に。
順調に『もぶ』から離れていて、ちょっと気分がいい。
まあそれはそれとして。
「それはそうと2人とも?」
「は、はい!」
「な、なんでしょうか!」
怯える2人をちょいちょいと両手で手招きすると、シドを押し退けて私の正面に並ぶ。
右手と左手、それぞれの親指と中指で輪っかを作る。中指に力を、ついでに少しの魔力を込めて、2人の額に近づけて、
「えいっ」
弾いた。
「「ガハァッ!!」」
2人はそのまま倒れ込んだ。変な所を打ちそうなら助けたけど、大丈夫そうだったのでそのまま倒れさせた。
「あー、シドがナンパしたショックで2人が気絶しちゃったー」
我ながら清々しいほどの棒読み。ついでにシドに視線を移す。
「これはシドが責任をもって保健室まで運んであげないといけないなー」
こいつまじか……みたいな目で見てくるけど、私の方がお前まじかと言いたい。どれだけ恥ずかしかったと思ってるんだ。
しばらく睨み合う私とシド。
「はぁ……」
結局折れたのはシドだった。当然である。
「僕1人でどうやって運ぶのさ」
「普通に持てばいいじゃん」
「重いし嫌だよ」
「引きずっていけば?」
「それでも重いってば」
「じゃあ窓から投げれば? 保健室ってちょうど向こうの校舎でしょ」
「それでいいか」
「ちょ、ちょっと待って! 僕がイモ君を運ぶよ。カゲノー君はガリ君を運んで」
シドが肩をぐるぐると回し始めたところ、優しそうな顔のクラスメイトが駆け寄ってきた。
「ありがとう、えっと…ヤサ君、だっけ?」
「うん、ヤサ・オクン、改めてよろしく。妹さんもありがとうね」
「いえいえ、むしろ兄の面倒を押し付けちゃってすみません」
「いや、僕たちもカゲノー君のこと誤解しそうになったから、そのお詫びだと思ってもらえると嬉しいな」
ヤサ君はそう言ってジャガ君を抱え上げる、ちょっと笑顔がキラキラして眩しいけど多分いい人だ。
そんなキラキラマンからクラス全体へと身体を向け直して、ペコリと頭を下げる。
「朝からうるさくしてすみませんでした、授業もあるのでここで失礼します」
そして、ヒョロ君を抱えてそそくさと逃げようとするシドを捕まえる。
「シドはしっかり反省すること。わかった?」
「はぁい」
「嘘つくときはもっとまともなやつにしてね」
「はぁい」
「次変なことしたらお姉ちゃんも連れてくるから」
「それはマジで止めて」