ミドガル王国では、優れた魔剣士を育成するため様々な活動をしており、その最たるものが『武神祭』だ。
2年に一度開催され、国内外から名のある剣士が集う。人種も国籍も職業も関係なく、重要なのは磨き上げられた腕ただ一つ。
武神祭には学園枠もあり、その枠を決めるのが今度開かれる選抜大会。その代における学園最強を争う一面もあり、学園屈指の大イベントだ。
一昨年の学園最強はアイリス王女、選抜大会だけでなく武神祭本戦でも優勝している。
彼女が卒業した去年。選抜大会はなかったが、学園最強は間違いなく我らがお姉ちゃんクレア・カゲノー。
今年の選抜大会では、当然のように優勝候補の筆頭に挙げられていて、妹として鼻高々だ。
とまあ、なんでこんな事を考えているのかというと、
「ちょっとシェイ! 貴女一体どういうつもり!?」
部屋に怒鳴り込んできたアレクシア。その手には選抜大会のパンフレットが握られていた。用件は予想できるけど、とりあえず惚けておく。
「いきなりどうしたのさ」
「どうしたのじゃないわよ! 選抜大会! どうして出ないのよ?!」
「めんどくさいなぁって思って」
「めんどくさいって、貴女ね……」
「いや、だってさ……」
自慢にはなるが、私は強い。シドが本気になるなら勝てるか分からないけど、それ以外の相手なら負ける気がしない。
お姉ちゃんやアレクシアみたいに戦ってて面白い人も何人かいるけど、そのためだけに何試合もするのは勘弁だ。
そもそもその2人は大会以外でも関わりあるし。
シドの事を伏せて、かつ内容をオブラートに包んで伝えた。
「……まあ、それはそうだけど、貴女はそれで良いの?」
「良いって、なにが?」
「校内で噂になってるのよ。それも悪い噂が」
アレクシアの話によると、噂はこんな感じらしい。
曰く、幼い頃の神童も今となってはただ凡庸な魔剣士である。
曰く、田舎で育てられたプライドを折られて傷心中である。
曰く、成長した姉に負けるのが怖く、大会にも出場しないらしい。
等々……
「別にいいでしょそれくらい」
「よくないわよ」
はっきりと言い切るアレクシア。
「そもそも貴女もいけないところがあるのよ。授業は真面目に受けてるとは言っても、実技科目は変なのを選ぶし」
この学園の授業は、午前の基礎科目と午後の実技科目に分かれる。
基礎科目はクラスごと、実技科目は選択式でクラスも学年もごちゃ混ぜ。数多の武器流派から自分に合った授業を選ぶわけだ。
私が選んだのはハルバードという、戦斧と槍を合わせた長柄武器。
科目一覧を眺めている時に、そもそも剣じゃないよね面白そうという理由で決めた。当然人気もなくて、受講人数も10人に満たない。
(あれ、重たいから魔力を使わない訓練にはちょうどいいんだけどなぁ……)
私の筋力・体重だと、腕だけで振るのは物理的に無理。いつもと違う得物でも最適に身体を使う訓練としては結構楽しい。
あと受講生で一番小柄なのが私。女子もあと2人いるけど、私より15センチほど背が高い。
『こんな小さい子がハルバードを振り回すなんて……浪漫だなぁ』
とは頬に傷をつけたゴツい先生の言。授業初日には、私を含めた全員が確かにと頷いたものだ。
そんな感じで充実した授業なのだけれど、他の人気授業と比べるとサボっていると見られても仕方がない。
学園の二大科目はブシン流と、そこから派生した王都ブシン流。ゼノン・グリフィの一件で変動したけど、元々は400人以上の生徒がいたとか。
「まあ1年生は私やクラスメイトもいるから広がりは薄いわね。一番酷いのは2年生で、3年生はあまり広がってないわ、多分お姉さんがいるからなんでしょうけど」
突然の話題に、ビクッと反応してしまった。
「そ、そうだね~……お姉ちゃんに感謝しなきゃ……」
3年生ってことは……多分あれだよね……
「……貴女、何か隠してるわね?」
「カクシテナイデスヨ」
アレクシアが、じーっと私の目を見つめる。
整った顔立ちに真紅の瞳が映える、白い髪もサラサラでキレイだなぁとぼんやり逃避する。
「本当は?」
残念。すぐに現実に戻された。
「えっと、それが色々あって……」
「何よその『色々』って」
「いやそのね、不可抗力と言いますか……」
「言いなさい」
「はい」
アレクシア誘拐事件から少し経った頃、お姉ちゃんに連れられて道場に入ると、30人ほどの生徒が待っていた。
雰囲気から察するに先輩、多分お姉ちゃんと同じ3年生だ。
「クレアさん、その子が?」
「ええ、シェイ・カゲノー。私の自慢の妹よ」
お姉ちゃんに褒められるのは嬉しいけれど、この状況じゃ素直に喜べない。
探るような、値踏みするような、決して友好的ではない視線が向けられていて、いやな感じだ。
「強そうには見えんな」
ふんと鼻を鳴らしたのは1人の男子生徒。私は何となく、この状況を察した。
「クレアさんを悪く言うわけじゃないけど、正直期待外れかな」
「授業でもマイナー科目で遊んでるようだし、魔剣士としての自覚がないらしい」
「所詮は井の中の蛙だな」
次から次へと、私への言葉が続く続く。
「ここまで言われても言い返さない、いや言い返せないのかな。根性も無いと見た」
……まあ私が授業で遊んでるのは事実だし、言い返すのも面倒なので別にいいんだけど。
チラリと隣を見る。
キレていると思ったお姉ちゃんは、意外にも冷静なままだった。
「シェイ、聞いたでしょ」
あっ、違った。これブチギレてる
「プライドをへし折ってやりなさい」
それでも一応は先輩である。未だ躊躇っていた私に、更に言葉が投げられた。
「それに君のお兄さん、アレクシア王女に取り入ろうとしたらしいじゃないか。それで最後はこっぴどく振られたとか」
「身の程知らずにも限度があるよな」
「クレアさんも身内贔屓で目が曇ったのね」
「……は?」
イラッとした。
順番にミディアムヘアを結んだ男子、丸刈り坊主、前髪ぱっつんで片耳かけの女子。
ふーっと長い息を吐く。
別に私の評判なんてどうでもいいし、お姉ちゃんがシスコン拗らせてるのも否定できない。シドが頭おかしいのは私の中で常識だ。
ただ、そういう問題ではない。
……お姉ちゃんの指示は何だったかな。
確か『プライドをズタズタにしてやれ』だった気がする。
……そういうことにしておこう。
「わかりました」
冷たい視線を向けようかとも思ったけど、あえて笑顔を作り、魔剣士の名乗りを上げる。
「ミドガル魔剣士学園シェイ・カゲノー、学園の精鋭陣から寄って集って姉と兄を馬鹿にされて心が傷ついた、可哀想な1年生です」
腰に提げた剣を外して床に置く。
「どうぞお手柔らかにお願いします」
あからさまな挑発に乗ってきたのは3人。それぞれが剣を抜いて迫ってくる。
(どうしようかな……)
実際のところ何も考えていない。彼らに一番ダメージを与えられる方法は何だろう?
瞬殺は無い。つまらないし、私の強さなんてどうでもいい。
1人ずつボコボコにする? ……気が進まない。イラッとはしたけど、別に悪い人じゃないと思うし。
(……よし決めた)
目の前の3人。打ち合わせもしていないのにキッチリ時間差で攻撃できるのは、さすが上級生だと思う。
1人目の剣が振られる。
その瞬間、膝の力を抜いて一歩前に出る。
剣を振るう右腕、その手首を指で引っ掛けて軽く誘導してやる。
たったそれだけ。
それだけでこの剣はもう当たらない。ガッ、と重たい音を立てて、勢いのまま板張りの床に切っ先がめり込んだ。
彼と目が合った。にっこりと笑みを送る。
手首から肘、肩までを優しくなぞって頬に手を添える。次の攻撃が迫っていたので、ペチペチと2回叩いてから離れた。
2人目は余裕を持って躱しつつ、すれ違いざまに額を軽くはたいた。
3人目、急加速して、姿勢を低く、くぐるように躱して背中を押す。半歩ほど蹈鞴を踏んで振り返った顔は、驚きに満ちていた。
先に攻撃してきた2人、攻撃してこなかった残りの人たちも似たような顔をしていた。
そのひとりひとりに視線を巡らせてから、コテンと首を傾けて。
神経を盛大に逆撫でする言葉を。
「終わりですか?」
──そこから先はお察しで。
次々に斬り掛かってくるのを捌きつつ適当に煽って行く。
むかつく事を言ってきた人には特別に。
ミディアム男子には、ヘアゴムを外して、それを指先で回してみたり。
丸刈りには背中をつぅっと撫でてみたり。意外に可愛い声を出されて、次の対応が遅れちゃったのは反省である。
ピン留め女子には、ほっぺをつんつんむにむにして遊んでみたり。
そんなのを10分くらい続けてるうちに、ひとり、またひとりと攻撃してくる人数が減っていき、15分もすればゼロになった。
「やり過ぎよ、シェイ」
そこに呆れ混じりの笑い声が投げかけられたことで、その場は収束した。
「──ということでして」
さすがにやり過ぎた自覚はあるので、先輩たちにはイライラをぶつけてすみませんと謝った。シドとお姉ちゃんを馬鹿にしてた件はちゃんと訂正してもらったけど。
アレクシアからの視線が痛いので、そっと目を逸しつつ話題も逸らす。
「アレクシアは選抜大会出られるの?」
「…ええ。今はまだ痛みがあるけど、大会までには間に合いそうよ」
「そっかそっか」
アレクシアがジト目を引っ込めて、真剣な表情になる。
「選抜大会……貴女から見て、私はどこまで勝ち進めそうかしら?」
「運が良ければ準優勝はできるんじゃない?」
「具体的には?」
「決勝までお姉ちゃんと当たらなければ」
「お姉さんには勝てない?」
「うんムリ」
「他の出場者たちには?」
「噂を聞く限りだと1コ上のローズ先輩が微妙だけど、まあ何とか勝てるんじゃない」
「ローズ先輩以外だと?」
「変なミスしなきゃ余裕でしょ」
「…そう」
素っ気ない態度を装っているけど、内心すごく喜んでそうだ。口の端がムズムズしてる。
こういうところは可愛いなぁ。
アレクシアは慢心する事もないし、周囲との実力差を客観的に判断できる。それでも師匠(=私)に断言されるのは嬉しいらしい。
そんな内心が漏れていたのか、アレクシアはコホンと咳払いをした。
「そういえばお姉さんには出場しないこと伝えてあるの? 彼女、貴女と戦えるの楽しみにしてそうだけど」
「伝えてあるよ。ちゃんと納得してもらったし」
最初はアレクシアと同じように怒られたけど、『どうしても観戦したかった』『お姉ちゃんの大会が観れるのは今年だけ』と言ってみたらそっぽを向きながら『仕方ないわね』って頷いてた。
お姉ちゃんは何だかんだ私たちに甘い。
◇◇◇
選抜大会当日。
遠くから響く歓声を耳にしながら闘技場を目指す。
言い訳に使った以上お姉ちゃんの試合は見逃せないし、見逃すつもりもない。アレクシアも見ないと拗ねそうなので観戦予定。ヒョロ君に勝手にエントリーされたというシドも、また馬鹿な事を仕出かさないか心配なので見ておく必要がある。
そんな事を考えながら歩いていると、桃色髪の女子生徒が1人、人混みの多さにアワアワしているのが見えた。
(学術学園? 珍しいな……)
彼女が着ているのは学術学園の制服。
魔剣士学園と隣接した学術学園だけど、この2校はあまり交流がない。
珍しさにしばらく様子を見ていると、ぶつかられて尻もちをついてしまった。
近くまで寄って手を差し出す。
「大丈夫ですか?」
顔を上げた彼女は、私の顔を見て柔らかく笑った。
「ありがとうございます、シド君」
「はい?」
「え……?」
彼女は手を取った体勢のまま、パチパチと目を瞬かせる。よく見るとすごい美人さんだった。
「あっ、その、人違いで……すみませんでした!」
手を離して自力で立ち上がり、頭を下げる。
「いえいえ大丈夫ですよ。双子の妹で似ているのも当然ですから」
「双子の妹……」
再度パチパチと目を瞬かせる美人さん。
「シド君妹さんがいたんですね。えっと、でも間違えちゃってすみませんでした……」
少し頬を染めて恥ずかしそうに笑う。なんだろう、すごくほんわかする人だ。
「改めてですけど、魔剣士学園1年シェイ・カゲノーです」
「学術学園2年のシェリー・バーネットです。よろしくお願いしますっ」
ぺこりと頭を下げるとシェリー先輩はその倍くらいの勢いでお辞儀をした。
なんだか可笑しくて2人して笑う。
「それで、シェリー先輩はどうしてこちらに? シドに用事ですか?」
「はい、シド君の試合を見ようと思いまして」
「シドの試合は結構後の時間ですよ?」
「それがその……魔剣士学園の方に来たのは初めてだったので……」
恥ずかしそうに俯くシェリー先輩。
察するに、迷う可能性を考慮して時間に余裕を持っていたところ、予想通り迷子になったらしい。人の流れに沿っていけば闘技場には着くんだけど、知らない場所って怖いからね。
「あんまり交流無いですからね。私で良ければ案内しますよ」
「いいんですか?」
「はい、お姉ちゃんの試合もあるので少し早めに着くことになりますけど。それで良ければ」
「お願いします」
シェリー先輩は頷いた。
◆
お姉ちゃんもアレクシアも順当に勝ち進んで、一回戦最後はシドの試合。
対戦相手は、1コ上のローズ・オリアナ先輩。
芸術の国『オリアナ王国』の王女であり、魔剣士学園の生徒会長も務めている才女。
それだけでも目立つのに、柔らかい顔立ちは文句なしに美人の部類だし、スタイルも一級品。会場の声援の多さも納得だ。
肝心の剣の腕も一流。魅せることを意識しているのか、鋭さの中にも優美さが感じられる。
(うーん、今のアレクシアだと6割ってところかな、結構ギリギリだったね……まあ決勝まで当たらないから関係ないんだけど)
アレクシアのブロックは、お姉ちゃんやローズ先輩とは逆のブロック。決勝に来るのはお姉ちゃんだろうから、この戦力分析はあまり意味がない。
「あぁ! シド君!」
そんな現実逃避をしていたところ、隣からもう何度目か分からない悲鳴が上がった。
ため息を堪えつつ、試合に意識を戻す。
対峙するのは、無傷で剣を構えるローズ先輩と、血だらけで立ち上がるシド。
ローズ先輩の細剣が、吸い込まれるようにシドの胸に迫る。
対するシドは動かない。反応するそぶりすら見せない。
だけど、細剣が胸に触れたその瞬間、空中で変な回転をしつつ冗談みたいに吹き飛び、盛大に血を撒き散らす。数えてはないけど、多分これ10回は超えてるんじゃないかな?
こんな大観衆の中、よくあんなにふざけられるものだ。いやシド的には大真面目なんだろうけど。
(『もぶ』っぽく……んー、逆に目立っちゃう気がするんだけどなぁ)
シドの目指す『もぶ』がどんなのかは知らないが、少なくともこれは違うと思う。
優勝候補相手に一回戦であっさり負ける。これはわかる。だけどこんなに耐えたら逆効果だ。そもそもあっさりじゃなくなってるし。
もうツッコむのは諦めているけども。
「勝者! ローズ・オリアナ!!」
そんな事を考えてるうちに、審判の判定勝利が決まった。
「担架を急げ! 早くしろ!」
「はーなーせー! 僕のモブ式奥義はまだ33も残って……!」
「患者が暴れるぞ!」
「怪我をさせても良い、運べ!」
……ほんとごめんなさい。
「えっと、私はもう帰りますけど、シェリー先輩はどうしますか?」
恥ずかしさで見ていられず、隣へと目を逸らす。
「私はシド君の様子を見に行こうと思います。怪我も心配ですし、その、クッキーも渡したいので……」
恥ずかしそうに頬を赤らめて、手に持った袋に視線を落とす。
「それじゃあ途中まで一緒に行きましょうか」
明らかに手作りのクッキーにはコメントせず、ごくごく自然に告げる。
兄の恋路に首を突っ込むつもりはない。
闘技場を出て、医務室と寮への分かれ道まで歩いていると、シェリー先輩があっ、と声を上げた。
「お義父様!」
シェリー先輩が手を振る先から歩いてくるのは、長身で白髪交じりの髪をオールバックにまとめた男性。
その痩せた男性は、私でも知っているほどの有名人だった。
「ルスラン副学園長……」
ミドガル魔剣士学園の副学園長で、かつては武神祭で優勝経験もある剣豪だ。
こうして相対してみても、確かに強い。
「シェリー、試合は終わったのかい?」
「はい、それで今からシド君のお見舞いに行こうかと、試合で怪我をしていたので……あっ、すみませんシェイさん。こちらは私のお義父様で……」
慌てるシェリー先輩に、副学園長はふむ、と顎を撫でた。
「シェリーの友達かな?」
「はい、つい先程縁があって」
「そうか」
副学園長は穏やかに頷いて、シェリー先輩の肩に手を添えた。
「この子は研究一筋でろくに友達もいないんだ」
「お義父様!」
ははは、と笑いながら副学園長は続ける。
「今はこうして笑っているが、色々あったんだ。よければ仲良くしてやってくれ。これは一人の父としてのお願いだ」
真剣な顔で告げられたセリフに、シェリー先輩は困ったように微笑んだ。
その笑顔にこっちまで頬が緩む。
「改めまして、シェイ・カゲノーです。シェリー先輩とは兄の試合の観戦でご一緒しまして」
「シェイ・カゲノー……確か1年生の。特待生なのに大会には出なかったみたいだね」
さすが副学園長。大会に出てないことは把握されていたみたい。
「はい。お姉ちゃ……姉の試合を観たかったので」
「お姉さんというとクレア君のことかい?」
「あっ、やっぱりご存知なんですね」
副学園長がもちろんと頷く。
「クレア君は優秀な魔剣士だ。アイリス王女や彼女を筆頭にして、ここ数年は特に優秀な生徒が多くいる、一教師として誇らしいよ」
「副学園長にそう言ってもらえて光栄です」
敬語は崩さず無難な返事はできたけど、頬が緩むのは抑えられなかった。
「試合も見たが、高い魔力を持ちながらもそれに振り回されていない。若いのに大したものだ」
「分かります」
「一昨年の武神祭にも予選から出場権を勝ち取っていてね、最年少ながら見事だったよ」
「あっ、その時はまだ王都に行けなかったので見れなかったんです」
「それは残念だったね。あの時はアイリス王女の優勝と、次世代のエースの躍進でね、すごく盛り上がったんだ」
「…そうなんですね」
……やばい。緩んだ頬が戻らない。
今絶対に、初対面の人を前にしちゃいけない顔をしている。
「それに彼女の立ち居振る舞いは武人のソレだ。一昨年にアイリス王女が卒業してからも学園を引っ張っていけるのは、それも1つの要因だね」
それでも穏やかに話す副学園長。
もういいやと思った。
「そうなんですよ! 剣を持ってるお姉ちゃんってすごくカッコよくて。いやいつもカッコいいんですけど、剣を持ってる時はより一層と言いますか──」
お姉ちゃんについてこんなに話せるのは、学園に入って初めてなのだ。
クラスメイトに話すと、アレクシアを筆頭に「このシスコンめ」と呆れられるからだ。
副学園長は相槌を打ちつつ、実力者ならではの視点でお姉ちゃんを褒め称える。そのどれもがドンピシャ過ぎて、「そうでしょう! そうでしょう!」と盛り上がってしまう。
長くなって申し訳ないとは思いつつも、シェリー先輩も笑っていることだし遠慮なく続ける。
武神祭優勝経験者にお姉ちゃんが褒められて嬉しくないわけがなかった。
「君はお姉さんが大好きなようだね」
「はい!」
心の底から頷く。そして思った。
この人はいい人だ。
◇◇◇
〜アレクシア視点〜
トーナメントは進み、選抜大会も残るは決勝戦のみ。
中央の審判を挟んで向かい合うのは、学園最強クレア・カゲノーとミドガル王国第2王女アレクシア・ミドガル。
周りを囲むのは数百名を超える観客たち。
試合はまだ始まっていないのに、すでに黄色い声援が辺りを飛び交っている。優勝候補筆頭のクレアに向けられたものが多いのは当然として、意外にもアレクシアへの声援も大きかった。
歓声の中に、「お姉ちゃーん! がんばれー!!」と聞き慣れた声が混ざった。
視線をやると、最前列で両手を振るシェイの姿が見えた。彼女も見られていることに気づいたようで、「ついでにアレクシアもねー!」とのこと。
「ついでってなによ、ついでって……」
実の姉が相手とはいえ、弟子に向けてもう少し優しい声掛けはできないものか。お師匠様への愚痴はため息と共に吐き出して、目の前の一戦に意識を戻す。
クレアの紅い瞳が、アレクシアを静かに見据えていた。
こうして相対してわかる。
実力差は明白。今のアレクシアでは勝算は限りなくゼロに近い。
が、ゼロではない。
「クレア・カゲノー対アレクシア・ミドガル!」
審判の声に剣を抜く。
やるべきことは決まっている。あとは出たとこ勝負だ。
「試合開始!!」
合図と同時に、クレアの剣が踊る。
それは美しく、鋭い軌道を描きながらアレクシアの胸に迫る。 距離を取って躱すが、ニ、三と絶え間なく打ち込まれる。
それらをなんとか捌きつつ、アレクシアは戦慄した。
(観客席から観るより、早い……!)
身体強化の練度がずば抜けている。単純な出力も高いが、切り返しが尋常じゃなく巧い。動きに身体強化特有の強引さやラグが無く、ぬるぬると滑らかに迫ってくる。速さと早さを兼ね備えた攻撃に、正直息つく暇もない。
当然斬撃にも鋭い魔力が込められていて、容易くあしらえるものはひとつもない。
そして厄介なのがもう1つ。
避けた際に少しでも体勢を崩せば、受けた際に少しでも剣を持っていかれれば、次の一撃をまともに受けてしまう。そんな嫌らしい角度とリズムの攻撃だった。
繊細な魔力操作に流麗な剣筋、そして緻密な戦略性。
これがクレア・カゲノーの強さだ。
ただ。
(貴女の妹はもっと嫌らしかったわよ!)
不思議なもので、強敵との戦闘というのは経験として残る。
目の前の強敵以上の化け物と日々戦った、もといボコボコにされた経験が、今のアレクシアを助けてくれる。
格上の魔剣士を相手にどう立ち回るか。
不要なリスクを削ぎ、耐えに専念する。
必要なリスクを取って、短期決戦。
これしかない。
──上段からの振り下ろし。これはむり、距離を取って躱す、決して真後ろではなく斜めに身体を捌きながら。
──切り上げ、無理躱す。面、無理躱す。胴、いけるかも、軽く打ち払って間合いはそのままに保つ。
───袈裟斬り
(きたっ!)
迫りくる斬撃を、斜め前への足捌きと上半身の捻りで躱す。
そのまま捻りを活かして、横薙ぎに剣を振るう。バックステップで躱されるが、それは想定済み。
魔力出力を全開に上げて間合いを詰める。
「ハアアァァァッァ!!」
渾身の一撃を袈裟掛けに振り下ろした。
◆
試合はお姉ちゃんが圧倒していた。
高い魔力に振り回されることなく、強く、速く、洗練された剣技。
アレクシアも決して悪くはないけど、試合が始まってからずっと防戦一方。何とか被弾は避けている状態だった。
ただ、粘り強いというか、往生際が悪いというか。アレクシアはいくら打ち込まれても、決して崩れることがなかった。
焦って防御が雑になることも、破れかぶれに突っ込むことも無い。
躱して、躱して、斬り込んで、受けて、躱して、打ち払って、斬り込んでまた躱して。
派手さはないが、積み重ねた鍛錬の上で自分にできる精一杯をこなす。アレクシアの剣を象徴する戦い方だった。
この試合、アレクシアに勝ちはない。
そんなことはこの場にいる誰もがわかっているけれど、アレクシアを応援する声は止まない。
(でも多分そろそろ……)
長期戦になれば分が悪いのはどちらなのか、それが分からないアレクシアではない。
「おっ、きた……!」
試合開始から遠間を保ち、牽制程度の反撃しかしてこなかったアレクシアが、被弾すれすれで躱して前に出る。
魔力を全開にした、アレクシア渾身の一撃。
受け止める剣にも魔力が籠もる。 2つの剣は激しくぶつかり。
次の瞬間、冗談みたいにするりと滑った。
力が拮抗した一瞬、お姉ちゃんが力を抜き、同時にお互いの剣を絡め、体捌きと共に後ろに逸らしたのだとわかる。
力を込めていたアレクシアは当然、そのまま前のめりにバランスを崩した。
アレクシアもその程度で滅多な隙を晒したりはしない。お姉ちゃんの間合いから逃れようと咄嗟に飛び退く。
さすがの判断だ。
──つまり、そうするだろうと思っていた。私も、お姉ちゃんも。
アレクシアが下がるのと同時、お姉ちゃんが前進する。ピタリと間合いを詰めたまま、剣を振り抜く。
キィィンと。
一際甲高い音が響き、1本の剣が宙を舞った。
アレクシアの手は何も掴んでおらず。
対するお姉ちゃんの剣はアレクシアの眼前に突きつけられている。
勝敗は明らかだった。
「……参りました」
「そこまで! 勝者、クレア・カゲノー!」
こうして選抜大会は終わった。
「お姉ちゃーん! おめでとー!」
叫びながら手を振ると、はにかみながら手を振り返してくれた。
いつものキリッとしてる顔も好きだけど、私はこっちの顔も大好きだ。