鬼ごっこなしのガチバトルですが、どうしても入れたかったのです。
月光すら届かぬ桜ヶ島の地下深く。
異様な静寂と頽廃的な妖気が満ちる暗闇の中に、
明確な意図を持ったいくつかの凶悪な気配が蠢いていた。
色鬼の一角・紫鬼の周囲を囲むのは、
彼の忠実な配下にして凄惨な威容を誇る三体の女鬼――繭羅、樹梨、そして浅葱であった。
繭羅は蜘蛛の糸のように繊細かつ残虐な魔力を全身から漂わせ、
その妖艶な瞳に冷酷な知性を宿している。
樹梨は聳え立つ大木の如き強靭な肉体と揺るぎない威圧感を放ち、
その存在だけで周囲の下級鬼達の士気を跳ね上げる絶対的な柱であった。
そして浅葱は、研ぎ澄まされた刃のように静謐でありながら、
底知れぬ武術の気配と不屈の精神を秘めている。
樹梨と浅葱、この二人が見せる圧倒的な意志の強さは、
配下の鬼達にとって絶対的な忠誠の象徴であり、
軍勢全体の士気を極限まで高める源泉となっていた。
「……集まったな、私の忠実なる
暗闇の奥深く、玉座に鎮座する紫鬼が、低く艶やかな声を響かせた。
その声には人間の精神を容易く狂わせる支配の魔力が乗っている。
繭羅、樹梨、浅葱の三人は、各々の威容を保ちながらも、恭しく紫鬼の前に膝をついた。
いずれも個として世界を脅かすほどの恐るべき鬼達だったが、
紫鬼が持つ圧倒的な威光と深謀遠慮の前には、従順なる手先として平伏していた。
……少なくとも、今のところは。
「紫鬼様。お召しに従い、馳せ参じました。如何なる仰せでも」
樹梨が重厚な声を上げ、地鳴りのような響きが洞窟を震わせる。
紫鬼は細い指先で自身の顎を撫でながら、不快そうに目を細めた。
「単刀直入に言おう。地上を完全に我が手中に収めるに当たり、些か興を削がれる懸念がある。
……人間どもが保有する、あの兵器の存在だ」
紫鬼の脳裏に浮かぶのは、近現代の人類が作り上げた過剰なまでの殺戮兵器――
核、誘導弾、異能を物理的に模倣した高出力兵器群であった。
正面から激突すれば、鬼の軍勢とて無傷では済まない。
「正面切っての全面戦争は無用に消耗を強いる。
人間どもの軍事力、そして国家の防衛機構……それらを内側から崩しておきたいのだ。
奴らが自慢の兵器を我らに向ける暇すら与えず自滅へと導くような陰謀の案……何かないか?」
紫鬼の問いに対し、まず口を開いたのは知略に長けた繭羅であった。
彼女は唇に妖しい笑みを浮かべ、細く白い指先で空中に糸を紡ぐような仕草を見せる。
「紫鬼様、人間の弱さは『不信』と『恐怖』にございます。
奴らの政界や軍の枢軸にいる人間を、
私の糸と貴方様の精神支配で密かに傀儡となさるのが宜しいかと。
偽りの情報を流し、人間同士で『隣国が兵器を起動させた』『内に裏切り者がいる』と
疑心暗鬼を生じさせれば、奴らは勝手に互いの兵器を向け合い、共倒れいたしましょう」
「ふむ……内部からの情報操作と猜疑心の煽動か。悪くない」
紫鬼が深く頷くと、続いて樹梨が拳を握り締め、力強い声で言の葉を重ねた。
「さらに足すならば、軍の兵糧――即ちエネルギー供給網と物流の破壊でございます。
人間どもは極めて脆弱なインフラの上に胡坐をかいております。
重要な発電施設や兵器の管理領域に我が配下を忍び込ませ、
同時にパニックを引き起こせば、都市機能は即座に麻痺。
兵器を動かすための命令系統すら寸断されましょう。
前線の兵どもは混乱し、我が軍の威光に怯え惑うのみ」
「整然とした崩壊だな。頼もしいぞ、樹梨」
最後に、静かに控えていた浅葱が静謐な眼光を紫鬼に向けた。
「紫鬼様。繭羅と樹梨の策に合わせ、私は人間側の超能力者……
取りわけ、琉球エージェントの分断を提案いたします。
奴らは人間の防衛の要。
奴らに鬼の潜伏先として偽の情報を掴ませ、人間の軍事拠点へと誘導いたします。
結果としてエージェントと人間側の軍事組織が同士討ちを演じれば、
奴らの最大の防壁は自ら崩れ去るでしょう」
三人の言葉を聞き届けた紫鬼は、喉を鳴らして満足げに笑った。
「素晴らしい。実に見事な提案だ。情報錯乱、インフラ破壊、そして防衛戦力の同士討ち……。
それらを実行に移せば、愚かな人間どもは自らの手で首を絞める事になる」
紫鬼はゆっくりと立ち上がり、袖を大きく翻した。
「話はまとまった。繭羅、樹梨、浅葱よ。ただちに桜ヶ島へと向かえ。
内側から人間社会を腐らせる種を、芽吹かせてくるのだ」
「「「御意」」」
三人の鬼は一斉に頭を下げた。
紫鬼の術式によって歪められた空間の裂け目から、三人は闇の中へと身を躍らせた。
桜ヶ島のアスファルトを踏みしめた三体。
本来であれば、これほどの高位の鬼が一度に降り立てば、
その強烈な妖気によって人間の警戒網や異能感知器が即座に牙を剥くはずであった。
しかし、ここで浅葱の真価が発揮される。
浅葱は静かに印を結ぶと、自身の特殊な気配遮断の術式を展開。
周囲の空気、歪んだ魔力、果ては足音や体温に至るまでを完全に透明化させ、
桜ヶ島の夜の闇と同化させた。
「見事だな、浅葱。これならば人間の
繭羅が感嘆の声を漏らす。
「油断は禁物だ。人間に察知されず影に潜み、計画の布石を打つ」
浅葱の静かな制止により、三人は一切の足音を立てる事なく、
桜ヶ島の市街地へと滑らかに潜入していった。
だが、完璧と思われた潜入劇も、
異能の尖端に立つ者達の研ぎ澄まされた直感までは完全に欺き切る事はできなかった。
「……止まれ」
静寂が支配する桜ヶ島の旧市街地。
街灯の光が届かない路地裏で、琉球エージェントのリーダー格である織美亜が足を止めた。
その背後には、巨大な斧を担いだ狼王、冷徹な眼光を光らせる阿藍、
数々の死線を潜り抜けてきた麻麻、そして空間から様々な武器を創造する理々庵が続いていた。
「どうした?」
理々庵が周囲を警戒しながら尋ねる。
「臭うわ……。鬼の術で隠そうとしているけれど、この鼻は誤魔化せない。
甘腐れた、ヘドロのような凶悪な鬼の臭いよ」
麻麻が野性的な鋭い目つきで暗闇を睨みつける。
「ほう……私達の存在に気づくとはな。琉球のエージェントどもか」
闇がぐにゃりと歪み、気配遮断を解除した浅葱、樹梨、繭羅の三体が姿を現した。
樹梨の威圧的な巨躯から放たれる妖気に、周囲の空気が重く沈み込む。
「けっ、コソコソとドブネズミみたいに潜り込んで来やがって! 桜ヶ島で何を企んでやがる!」
狼王が担いでいた巨大な斧を地面に叩きつける。
重苦しい衝撃波が走り、コンクリートが蜘蛛の巣状に割れた。
「人間に喋る口など持たぬ。貴様らはここで潰す」
樹梨が咆哮を上げると、その声に呼応するように気迫が爆発し、
周囲の建物のガラスが一斉にヒビ割れた。
樹梨と浅葱の圧倒的な士気が空間を支配し、
下級鬼すら圧倒する絶望的な威圧感が琉球エージェント達に襲いかかる。
「全員、構えろ! こいつらは普通の鬼じゃない……色鬼の幹部級だ!」
阿藍が叫ぶと同時に、その全身から青白い光のエネルギーが奔流となって溢れ出した。
「ふふふ……威勢が良いわね、坊や達。でも、私達の糸からは逃げられないわ」
繭羅が指先を滑らせると、目に見えぬ無数の鋼糸が空間を切り裂いて襲いかかった。
「散りなさい!」
織美亜の叫びと共に、琉球エージェントと三体の上級鬼による、
死力を尽くした壮絶な激闘が始まった。
夜の桜ヶ島が、絶え間ない爆音と閃光によって破滅の景色へと変貌していく。
「ハアァァッ!」
阿藍は全速力で疾走しながら、右手に集約した純粋な光の刃を振るった。
対するは繭羅。
彼女は両手から無数の妖糸を繰り出し、光の刃を網の目のようにして受け止める。
「甘いわ、光の坊や!」
繭羅が糸を引くと、糸の摩擦によって火花が散り、
阿藍の光刃を強固な糸の束によって叩き折った。
「くっ……!」
「阿藍、援護する!」
理々庵が瞬時に空間から高出力の自動小銃を創造し、繭羅へ向けて掃射を開始する。
激しい銃砲声と共に無数の弾丸が繭羅を襲うが、
繭羅は妖糸を高速回転させて弾丸をことごとく弾き返した。
「そんな玩具が私に届くと思ったの?」
「余脇見をしている暇があるのか!」
横合いから突進してきたのは樹梨であった。
大木のように強力な腕が振り下ろされ、
理々庵は咄嗟に巨大な盾を創造して防ぐ。
しかし、樹梨の規格外の怪力は盾ごと理々庵を吹き飛ばし、
彼女の身体は民家の外壁を突き破って瓦礫の中に埋もれた。
「何をするの!」
麻麻が素早い身の熟しで樹梨の背後に躍り出ると、首筋と心臓を狙って電撃を放つ。
だが、麻麻の電撃は、樹梨の皮膚を一層すら傷つける事ができなかった。
樹梨の肉体は、鬼の士気と魔力によって鋼鉄以上の硬度へと高められていたのだ。
「何っ!?」
「ぬあぁぁぁっ!」
樹梨が背後へ向けて肘を打ち出す。
衝撃波を伴う一撃が麻麻の腹部を直撃し、彼女の口から大量の血を吐き出した。
麻麻は息を詰まらせながら地面を何10mも転がっていく。
「な、何をする!」
阿藍が焦燥に駆られ、限界を超えた光の奔流を全身から放出した。
「極光閃術!」
周囲100mを一瞬で昼間のように照らし出す目くらましの光と、
高熱の光線群が繭羅と樹梨を包み込む。
しかし――その光の煙を切り裂いて現れたのは、静寂を纏った浅葱であった。
「……技は素晴らしい。だが、焦りが軌道を狂わせている」
浅葱の姿が残像となり、阿藍の視界から消えた。
「な――」
次の瞬間、阿藍の頸椎に浅葱の手刀が正確無比に叩き込まれた。
光の力が強制的に解除され、阿藍は崩れ落ちるように意識を失い、
冷たいコンクリートの上に倒れ伏した。
「よくもやってくれたな!」
仲間達が次々と倒される光景を目にし、狼王の頭に血が上る。
狼王は自身の内に秘めた野生の力を全開放し、
咆哮を上げながら巨大な斧を振り回して浅葱に襲いかかった。
「死ねぇぇぇっ! 鬼どもがぁっ!」
激しい斧の連撃が空気を切り裂き、大地を爆破していく。
だが、浅葱はその猛攻を涼しい顔でかわし、時には掌底で斧の側面を叩いて軌道を逸らした。
どれほど激しい狼王の攻撃も、研ぎ澄まされた浅葱の武術の前には徒労に過ぎなかった。
「終わりだ」
繭羅の糸が倒れていた理々庵と麻麻、そして阿藍の体を完全に縛り上げ、身動きを封じる。
三人は激しいダメージと精神力の枯渇により、完全に戦闘不能状態に追い込まれていた。
「くそっ……くそがぁぁぁっ!」
残された狼王は、血走った目で浅葱へと躍りかかる。
戦況は完全に決していた。
阿藍、麻麻、理々庵の三人が倒れ、残る戦力は狼王と、後方で極度の緊張に震える織美亜のみ。
「ハァ……ハァ……!」
狼王は全身から血を流しながらも、巨大な斧を強く握り直した。
琉球エージェントとしてのプライド、そして仲間を倒された激しい怒りが、
彼の踏みとどまる力となっていた。
「これで最後だ、獣の力を持つ男よ」
浅葱が静かに間合いを詰める。
その背後には、余裕の笑みを浮かべる繭羅と、壁のように立ちはだかる樹梨の姿があった。
三体の上級鬼が放つ圧迫感は、最早絶望という言葉すら生ぬるい。
「舐めるなよ……! 俺は力の能力者だぁぁぁッ!」
狼王は全身の筋肉を膨張させ、全霊を込めた大上段からの振り下ろしを繰り出した。
空間そのものを叩き割るかのような、文字通り渾身の一撃。
対する浅葱は、逃げなかった。
浅葱は腰を低く落とし、その手中から放たれる漆黒の力を纏った拳で、
振り下ろされた巨大な斧を正面から受け止める動作に入った。
夜の街に凄まじい衝撃音が轟いた。
爆風が周囲の民家の屋根瓦を吹き飛ばし、強烈な摩擦熱が火花となって散り散りに跳ねる。
狼王の全力を込めた斧は、浅葱の放つ強固な魔力と極致の武術によってピタリと止まっていた。
浅葱の足元のアスファルトが陥没し、激しい亀裂が走るが、その眼光は少しも揺らいでいない。
「……受け、止めた、だと……!?」
狼王の目に驚愕の色が走る。
自身の最大の威力を誇る一撃が、完璧に殺されたのだ。
「腕力に頼った大振り。隙だらけだ」
斧と浅葱の手元が拮抗したまさにその刹那、
浅葱は受け止めた斧の柄を滑らせるようにして狼王の重心を崩した。
そして、空いた狼王の懐へ、浅葱の極限まで鍛え上げられた足が閃光となって滑り込む。
「何――」
容赦のない強烈な蹴りが、狼王の顎下へ正確無比に叩き込まれた。
脳を激しく揺さぶる衝撃が狼王の意識を刈り取る。
さらに浅葱は軸足を返し、体勢を崩した狼王の胸板へ向けて回転蹴りを追撃として叩き込んだ。
「ガハッ……!?」
狼王の身体が弾丸のような速度で後方へと吹き飛ばされた。
彼は数10m先にある防音壁へと激突し、激しい落石と共に地面へ崩れ落つ。
手から離れた巨大な斧が、乾いた音を立ててコンクリートの上を転がった。
静寂が訪れた。
狼王の指先がピクピクと痙攣し、やがて完全に動かなくなった。
阿藍、麻麻、理々庵に続き、琉球エージェント最強の腕力を誇る狼王までもが、
完全に戦闘不能となった瞬間であった。
「ふん……口ほどにもない。これが人間の要とやらの実力か」
樹梨が心底つまらなさそうに吐き捨てる。
「ですが、紫鬼様のおっしゃる通り、油断は禁物です。
これで桜ヶ島における妨害立ては排除できました」
浅葱は静かに体勢を整え、何事もなかったかのように袖の乱れを正した。
その光景を――仲間達が一人、また一人と惨殺されるかのごとく叩きのめされ、
ついに最後の頼みの綱であった狼王までもが絶望的な敗北を喫した一部始終を。
後方に控えていた織美亜は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「あ……ああ……」
彼女の口から、掠れた声が漏れ出る。
膝が激しく震え、立っている事すら容易ではない。
目の前で繰り広げられたのは、戦闘などという生ぬるいものではなく、
圧倒的な暴力による蹂躙であった。
絶対に頼りになると信じていた阿藍が倒れた。
百戦錬磨の麻麻が血の海に沈んだ。
機転の利く理々庵が瓦礫に埋もれた。
そして、どんな敵をも粉砕してきた狼王が、手も足も出ずに蹴り飛ばされ、動かなくなった。
「そんな……嘘でしょう……? みんな……」
織美亜の瞳から光が消えていく。
全滅という最悪の現実。
自分達の力では決して届かない、色鬼の幹部達が持つ絶望的な深淵。
彼女の視界の中で、浅葱、樹梨、繭羅の三体がゆっくりとこちらへ振り返る。
その冷酷な視線が、残された唯一の生存者である織美亜へと注がれた。
「あら、一匹残っていたわね」
繭羅が嘲笑を浮かべ、指先の糸を遊ばせる。
「殺す価値もない。紫鬼様の計画を進めるぞ」
浅葱が冷たく告げ、暗闇の奥へと歩みを進めようとした。
織美亜はただショックのあまり、一歩も動く事ができず、
ただ茫然と冷たい夜風の中で佇む事しかできなかった。
桜ヶ島の闇はより一層深く重く、琉球エージェント達を飲み込んでいくのだった。
紫鬼に付き従う鬼の名前の由来はガンダムです。
彼としては暴力は反対だそうですが、私の考えによってこうなりました。