琉球エージェントの死遊戯紀行2   作:アヤ・ノア

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この次の連載物は決めています。
桜ヶ島を支配しかけた紫鬼との対決、そして光哉は……というお話です。


第12話 悲しき鬼との約束

「もう少しなんだ……!

 全ての鬼が、再び地上で暮らせるようになるまで、あとほんの少しなんだ……!」

 運転席から聞こえてくるのは、獣のような唸り声だった。

 結城光哉は、隣の助手席で、石になったように固まっていた。

 シートベルトが、きつく全身に巻きついて動けない。

「夢だったんだ……! 地獄で過ごした何百年もの間の、私の夢だったんだ……!

 分かるだろう、光哉! 分かるだろうッ!」

 運転席から発される怒気が、ちりちりと肌を焼く。

 男の口の端からはキバがはみ出し、伸びた鉤爪がハンドルに半ば食い込んでいる。

 光哉は頷いた。

 

 逆らってはいけない。

 これ以上、機嫌を悪くするような事を言ってはいけない。

 独りぼっちだと思っていた。

 世界の全てが、自分からは手の届かない、遠いところにあるような気がしていた。

 

 そんな彼を、助けてくれた鬼に。

 優しくしてくれた鬼に。

 お父さんになってくれた鬼に。

 口答えなんてしちゃいけない。

 

 男が唸り声を発するたびに、シートベルトが体に食い込む。

 頬がじんじんと痛む。

 男は血走った目で、フロントガラスの向こうを睨みつけている。

 

「……私は、あいつの期待を裏切りたくない」

 有栖は、隣にいる狼王を見ながらそう言った。

 狼王は、紫鬼と光哉を殺すと決めており、彼を止める事は誰にも出来ない。

 桜ヶ島で大人達を洗脳した事件以来、狼王はますます鬼への殺意を隠さなくなった。

 その後、大翔、章吾、そして有栖は仲間達を残し、急いで電車に飛び乗ったのだ。

 光哉を連れ去った紫鬼を追って。

 彼と紫鬼を殺すために、そして……最後の結界石が眠る土地へ向かうために。

「あいつを止めたら私でもタダではすまないかも。あいつは力をもって、物事を果たそうとする。

 大翔も、章吾も、光哉を殺そうとするあいつを止めたら多分、死ぬわよ」

 一度禁鬼に食べられた大翔は、ごくりと唾を飲む。

 それ以上は、何も言えなかった。

「さようなら、光哉。紫鬼の道具のまま、死になさい」

「……」

 狼王は、何も言わなかった。

 

 四人が降りたのは、郊外の小さな駅だった。

 とある県の久遠郡南久遠町。

 山間に広がった、人口5000人程度の小さな町だ。

 ホームの向こうに見えるのは、立ち並んだ鉄塔と鉄橋に、田んぼと畑に、雪山の稜線。

 ここが、最後の結界石が祀られた土地で、光哉の生まれ故郷でもある。

 そして、ある人物もここで……。

 

 小さな駅の、改札口の向こう。

 北側出口付近に、彼は立っていた。

 ピシッとしたスーツに、紫色のネクタイ。

 傘を持って立ち尽くしている。

 紫鬼だった。

 眼鏡の向こうの表情は見えないが、こちらには気づいていないようだ。

 距離は、100m。

 手前20mの位置に、東西出口が伸びている。

 気づかれないように、あの出口を抜けるしかないだろう。

 大翔と章吾は、頷き合った。

 

「私に任せて」

 有栖は呪文を唱えると、四人の姿が消える。

 光の屈折を応用して姿を消す魔法、インヴィジビリティだ。

 四人は気配を殺し、足音を忍ばせ、歩き始めた。

 相手は強力な色鬼だったが、それ以上に有栖の魔法が強かったらしく、

 気付かれずに進む事ができた。

 

 しばらく歩くと、刺すような冷気を感じた。

 雪が吹き付けてきて、稲光が走った。

「あいつなら操れるかもしれないな」

「……君達はこれまで、四つの結界石を封じてきたね」

 吹雪の向こうから、声が響いた。

 大翔と章吾は、ハッとした。

 有栖と狼王は、身構える。

 雪の帳の向こうから、紫鬼が歩いてくる。

「まだ、四つだ。鬼門の封印は、四つの結界石全てを再封印しなければ完成しない。

 1点でも破れてしまえば、他の4点も連鎖して破れる。

 強風の中でテントを張っているようなものでね。

 要の杭が1本でも抜ければ、テントはあっという間に吹き飛んでしまうんだ」

「……お前らは下がれ」

 大翔、章吾、有栖は、踵を返して地面をけった。

 狼王は、紫鬼を倒すべく、戦う。

「だったら鬼が二度と現れないように、地獄に行って攻め落とせばいいじゃないか。

 日本国憲法は、お前達には関係ないだろう? だから……オレ達は、鬼と全面戦争をする」

「その結果として日本全てが焦土となっても?」

「それでも、いい。オレ達は所詮、道具だからだ」

「だが、私は暴力を望まない。私は、他の鬼とは違う」

「死ね」

 そう言って、狼王は紫鬼に斧を振り下ろした。

 斧は紫鬼の胴体に当たり、浅くない傷を負わせる。

 

「なんでお父さんを殺そうとするんだ!?」

 走ってきたのは、光哉だった。

 狼王は、彼にも殺意を向ける。

「光哉……。車で待っていなさいと、言っておいたのに……」

「お父さんは、地獄一、ちゃんとした鬼だ! 殺すな!」

「……お前も敵なら殺す」

 狼王が鋭い目を光哉に向けると、光哉は萎縮した。

「……すまないね。さあ、帰ろう」

 紫鬼は光哉の手を引いて、去っていった。

 

 南久遠の町は、まるでゴーストタウンのように、静まり返っていた。

 吹き付ける雪に、時折、空を走っていく稲光。

 住人達は、皆、家にこもって天を仰いでいる。

 紫鬼にはそれが、鬼門の封印が解けるのを、皆が祝福してくれているように感じられた。

 

 紫鬼は、車を路肩に停車させた。

 地元の小学校の傍だった。

 錆びついた校門の錠前を破壊すると、光哉の手を引いて敷地へ侵入する。

 蔦の張った校舎。

 広い校庭の脇を抜け、林の奥へと踏み入っていく。

 

「最後の結界石は、こんなところにあったんだ。君が通っていた小学校の、裏山にね」

 歩みを進めながら喋る。

「もっと早く、気づくべきだったよ。

 ここが地獄に近い土地だったからこそ、結界石はこの地へ祀られていた。

 私も初めて地上に出てきた時、この町へ出た。君と出会えたんだ」

 紫鬼は喋るが、光哉は俯いて、黙ったままでいる。

「光哉。機嫌を直してほしい。君には私がいるだろう」

 紫鬼は優しい口調で、光哉に語りかける。

「君は小さい頃に親に捨てられ、独りぼっちだった。

 私も、鬼になってもなお人間の味方をする妹と袂を分かち、一人だった。

 私達は、親子だ。私には君がいればいいし、君には私がいればいい。

 仲間や友達なんて、裏切るだけだ。分かっているだろう?」

「……その裏切りを、オレ達は一番許さない」

 狼王は再び、斧を紫鬼に振り、ダメージを与える。

 さらに、大場大翔も吹雪の中でやってきた。

「オレはお前も光哉も殺す」

「どうして、お前は光哉を殺そうとするんだ? 光哉は、俺の……」

「どこまでも甘い考えだな」

 そう言って、再び斧を紫鬼に叩きつける。

 光哉には当たらなかったが、その殺意は光哉にも向けられていた。

「裏切った時点で光哉は敵。それ以上でもそれ以下でもない。

 そして、オレ達は一番、裏切り者を許さない。だから殺す」

「そんなの、そんなのってねえよ……!」

(今すぐ、結界石を破壊する。それで終わりだ)

 

 希望があるから、追ってくる。

 決着をつけてしまわなければならない。

 紫鬼は光哉の手を掴むと、地面を蹴った。

 風を切って走り、たちまち、引き離していく。

 

(……あれか)

 それは林の中、背の高い木の陰に建てられていた。

 僅か30cm程度の、小さな祠。

 かけられていたはずの人払いの術は、既に風化して解けていた。

 紫鬼は拳を固めた。

「死ね」

 しかし、その前に、狼王の斧が再び紫鬼を捉え、今度は頭に振り下ろされる。

 紫鬼の頭は割れるはずだったが、伊達に色鬼ではない彼は、かすり傷に留めた。

 

 しかし、祠には何故か、結界石は、なかった。

「何故……五つ目が、ない……?」

 狼王が呆然とする中、紫鬼は語る。

「……ようやく君の正体が分かったよ。君は、光哉の義兄、柏木健の仲間だ」

「何だと!?」

 柏木健の名前を、狼王は知らない。

 しかし、紫鬼は狼王に伝える。

「あの小学校にいた光哉の友達だという大和の実の兄が、健だ。

 あの鬼ごっこで、子供達は光哉を生贄にしようとした。

 けれど、大和は身を挺して光哉を『守った』んだ。

 それなのに、健は、私の妹が超能力者にするためにさらっていったんだ」

「お前に妹がいるわけ……」

「桃鬼だよ。もっとも、私と桃鬼が人間だった頃だけどね」

 

 桃鬼……それは、琉球エージェントに力を与えた色鬼だ。

 彼女が紫鬼の妹だなんて、狼王には信じられなかった。

 

「あいつを殺していれば、君達が介入する事はなかったのに」

「……今はどちらも鬼とはいえ、お前は実の妹を殺すのか?」

「そうさ。鬼に絆は存在しないからね」

「……そうか。光哉、お前は……」

「……」

 

 紫鬼は自分達の力の源を断とうとしているし、光哉が戻る事は無さそうだ。

 ならば遠慮はいらない、どちらも殺そう。

 狼王は、身の丈ほどもある巨大な斧に、渾身の力を込め、そして……。

 

「「「光哉!!」」」

 

 ようやく大翔、章吾、有栖が来た時には、右腕と胴体に深い傷を負った光哉の姿があった。

 狼王は、血を浴びた斧を持っている。

 

「お父さんは……オレが……守らなくちゃ、いけない……。

 親子の絆ってのは、そういう事だろ……」

「おい、そこをどけ! オレは紫鬼を殺さなければならない!」

「どかない! 相手が誰であっても、子供が親を殺すのは、絶対に認めない!」

 

 光哉は、深手を負いながらも涙を流していた。

 親は子を守るもの、しかし子もまた親を守るためにいる。

 それを証明するために、光哉は紫鬼を狼王から守っているのだ。

 

「……光哉、お前、何を言ってるんだ!?」

 追いついた大翔が息を荒らげながら叫ぶ。

「目を覚ませよ! その男はお前を道具として利用してるだけなんだぞ!

 親子の絆なんて、お前を縛り付けるための嘘っぱちだ!」

「嘘なんかじゃない……!」

 光哉は途切れ途切れの声で、大翔を睨み返した。

「お前達には分かんないんだ……!

 独りぼっちで、暗闇の中で誰も助けてくれなかったオレに、

 手を差し伸べてくれたのはお父さんなんだ!

 たとえ世界中の奴らがこの人を悪者扱いしたって……

 オレだけは、この人の子供でいなくちゃいけないんだよ!」

「光哉……」

 章吾が言葉を詰まらせ、有栖は胸を押さえて首を振った。

「ダメよ光哉、そんな傷で立ち向かったら本当に死んじゃう!

 お兄さん、お願いだからもうやめて! これ以上は――」

「黙っていろ」

 狼王の冷徹な声が吹雪を切り裂いた。

 その瞳には情けの一欠片も残されていない。

「言ったはずだ。裏切り者に情をかける気はないと。

 そいつは自分の意志で鬼につき、人間を脅かす道を選んだ。

 親を守るだの絆だの、反吐が出るような飯事は地獄でやれ」

「やめろ、狼王!」

 大翔が狼王の前に飛び出そうとするが、狼王の放つ強烈な威圧感に足が竦む。

 

「……そうか。なら、お前を殺してから、紫鬼を殺そう」

 狼王は斧を振り上げ、超能力で怪力を増幅させた後、光哉と紫鬼に向けて振り下ろした。

 

 戦いは終わった。

 血塗れの光哉と紫鬼の身体に、狼王は斧を振り下ろしていた。

 確かに狼王は、光哉と紫鬼を、自分自身の手で殺したのだ。

 

「ひ……光哉……! 紫鬼……!」

 大翔はその場に膝をつき、茫然と目の前の惨状を見つめていた。

 地面を染める赤、そして風に散っていく紫鬼の塵。

 光哉の体は力なく雪の上に横たわり、二度と動く事はなかった。

 

「……やりすぎだ……こんなの、あんまりじゃないか……!」

 章吾が怒りと悲しみに震える拳を握りしめ、狼王を睨みつける。

 だが、狼王は血を弾くように斧を静かに一振りすると、視線すら合わせずに冷淡に吐き捨てた。

「これが結果だ。鬼と、それに荷担した裏切り者の末路。

 情に流されて足を止めれば、もっと多くの人間が死んでいた。

 オレはオレの仕事を果たしたまでだ」

「仕事なら、何をやってもいいっていうの!? 友達だったのよ……大翔達の、大事な……!」

 有栖が涙を溢れさせながら叫ぶが、狼王の背中は鉄のように硬く、揺らぐ事はなかった。

 

 すると、背後から声が聞こえてきた。

「あーあ、派手にやっちゃったね。しかも色鬼をたった一人で殺すなんて」

「なんで……お前が……」

 元の姿に戻った黒鬼を見て、狼王は立ち止まる。

 黒鬼は、去年の章吾誘拐事件以来、力を失っていた。

 ずっと、目玉になって、ペットボトルに入れられていたのに……。

「もう回復しちゃったからさ」

 黒鬼は無邪気な笑みを浮かべ、首を傾げながら手元で黒い魔力を弄んで見せた。

「あのさぁ、人間って本当に面白いよね。

 仲間同士でいがみ合って、挙げ句の果てに自分達の手で『希望』を殺しちゃうんだから」

「……戯言を」

 狼王が再び斧を構え、黒鬼へ殺気を向ける。

「貴様がどうやって復活しようが関係ない。ここで叩き潰すだけだ」

「くすくす、威勢がいいねぇ。

 でもさ、キミが頑張って紫鬼とあの可哀想な男の子を殺している間に、

 ボクは用事を済ませちゃったんだよね」

「結界石はどこだ!?」

「ここだよ。キミ達が戦ってる間に、ボクが手に入れたんだ」

 最後の結界石は、よりによって黒鬼の手の中にあったとは。

「さよなら」

 握った手に、力を込める。

 小さな結界石に、ヒビが入っていく。

「やめろ! ダメだっ!」

 大翔は叫んだ。

 しかし、石に入ったヒビが、広がっていき……ついに、砕け散った。

 

 不気味な鳴動が広がり始めた。

 地面が揺れる。

 小学校が、南久遠の町が。

 

 いや、違う。

 地上そのものが、揺れ始めた。

 

 校舎が崩れていく。

 砂でできた城みたいに。

 家々の屋根が震動し、倒れていく。

 全てが崩れていく中で、大翔は気を失った。

 

 激しい地鳴りが収まりかけ、崩壊した校舎の瓦礫の隙間から、

 意識を取り戻した阿藍が這い出してきた。

 

「……くっ……! 地鳴りが止まない……!? まさか、結界石が……」

 阿藍は傷ついた腕を押さえ、惨状と化した南久遠の空を見上げる。

 空が血のような赤に染まり、空間に巨大な亀裂が無数に入っていた。

「大丈夫か!?」

 瓦礫を押し退け、理々庵が駆け寄ってくる。

 その背後には、氷の能力を構えた富と、動物達の力を借りて警戒する笑恋盤の姿もあった。

「一体……何が起きたんだ? あいつは……大翔達はどこだ!?」

「分からない……! でも、結界石の反応が完全に消えた!

 それに、この空気……地獄の門が、全土で開き始めてる!」

「ハハハハ! 凄ぇや、おい! 街中が鬼の匂いで溢れかえってやがるぞ!」

 笑恋盤が狂気混じりの声を上げるが、その顔には冷や汗が流れていた。

「あの、笑恋盤、笑い事じゃないよ……!

 僕達の氷の防壁なんかじゃ、とても防ぎ切れない規模の魔力が地底から溢れてる……!」

 富が凍てつく拳を握り締めながら、戦慄に声を震わせる。

 

 そこへ、吹雪と煙の向こうから、血と煤にまみれた狼王が静かに歩いて戻ってきた。

 その手には、巨大な斧が握られていた。

「……無事だったか! 紫鬼と光哉はどうなった!?」

 阿藍が詰め寄る。

 しかし、狼王の表情は漆黒の影に覆われていた。

「二人とも……俺が殺した」

「何……!?」

「紫鬼も、結城光哉も処理した。……だが、遅かった。黒鬼が現れ、最後の結界石を破砕された」

「そんな……!」

 理々庵が息をのむ。

「……結界石が全滅したか。

 俺達がこれまで払ってきた犠牲も、守ろうとした平和も……全て破綻したという事だな」

 阿藍の瞳に、絶望と冷酷な決意が交錯する。

「おいおい、絶望してる暇なんてなさそうだぜ?」

 笑恋盤が指差した先――南久遠の山々の向こう、そして空の亀裂から、

 数千、数万という鬼の群れが地獄から這い出し、地上へと溢れ出し始めていた。

 

「行くぞ」

 狼王が凶暴な笑みを強引に張り付け、斧を砕け散る空へと掲げた。

「結界が消えたなら、力でねじ伏せるだけだ。

 陸の鬼も地獄の鬼も、這い出てきた奴から順に首を刈る!」

「……ああ。俺達の戦いは、ここからが本当の地獄だ」

 阿藍が青白い光のエネルギーを全身から爆発させ、崩壊していく地上で、

 エージェント達は押し寄せる鬼の軍勢に向かって武器と超能力を構えたのだった。




光哉と紫鬼はここで退場です。
訳アリの過去でも光哉が大翔達を裏切ったのは事実だし、紫鬼も私個人が許せなかったので、
オリキャラに汚れ役をさせるしかありませんでした。
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