ここから最終決戦パート、最後まで突き進んでいきますよ。
地割れから溢れ出す無数の鬼たちが、津波のような咆哮を上げて押し寄せてくる。
「散るな! 迎撃しろ!」
阿藍の叫びと共に、青白い光の奔流が前線の鬼達を一瞬で焼き払った。
「ハハッ、いくらでも湧いてきやがれ!」
狼王が巨大な斧を旋風の如く振り回し、迫り来る鬼の首を次々と刎ね飛ばしていく。
理々庵が創造した無数の火器が火花を散らし、富の氷脈が地表を覆って鬼の足を凍りつかせ、
笑恋盤の解き放った獣達が敵の喉元へ噛みついた。
だが、その激闘の最中、空の亀裂が禍々しい紫黒の光を放ち、
世界そのものを圧し潰すような圧倒的な邪気が降り注いだ。
結界石が全て破壊された事で誕生しようとしている、
世界を滅ぼすためだけに存在する究極の脅威――絶鬼の鼓動だった。
(あれを……あの化け物を解き放つわけにはいかない! 何としてもここで倒さなければ……!)
阿藍は歯を食いしばり、光の出力を極限まで高める。
周囲を見渡せば、幸いにも南久遠や桜ヶ島の住民達は避難を完了しており、
巻き込まれた一般人の姿はない。
それは戦いに集中できる唯一の救いだった。
殺伐とした中で、織美亜はふと、自身の胸の内に湧き上がった小さな疑問に捕らわれていた。
(アタシ達は鬼を倒すためだけに作られ、戦うためだけに生きてきた。
もし、この戦いが終わって全ての鬼がいなくなったら……
アタシ達は一体、どうなってしまうのかしら)
桃鬼から与えられた超能力、奪われた過去、戦い続ける日常。
鬼という絶対的な敵が消え去った未来に、
自分達の居場所が存在するのか、織美亜には想像がつかなかった。
そんな織美亜の迷いを見抜いたかのように、
隣で電撃を放っていた麻麻が、息を整えながらフッと柔らかく微笑んだ。
「私ね、ここが桜ヶ島で……日本で良かったって思ってるの」
「え……? どうして?」
「もしここがアメリカやヨーロッパだったら、
こんな絶望的な状況でも『誰が結界石を壊したんだ』とか『誰の責任だ』って、
犯人探しや擦り付け合いを始めていたかもしれないじゃない?
でも、ここは違う。
みんな文句を言いながらも、目の前の大切なものを守るために前を向いて戦ってる」
麻麻は体勢を整え直し、押し寄せる鬼の群れと、頭上で蠢く絶鬼の気配を真っ直ぐに見据えた。
「だから大丈夫。全部終わった後の事も、生き残ってからみんなで悩めばいいのよ」
「……ふふ、そうね。ありがと」
織美亜の瞳から迷いが消えた。
二人は背中を合わせ、迫り来る絶望へと同時に躍り出た。
一方、大翔達は、かつて一度だけ使われたという、“大鬼門封じの術”を執り行う。
目的は、鬼達を地獄に追い返し、絶鬼の卵を元通り、地中深くに封じ込める事。
必要なのは、新しい五つの結界石。
向かう先は、巨大な五芒星の各頂点。
すなわち、五つ都県に跨った、以下の五つの封印の地である。
北の頂点:桜ヶ島市 桜ヶ島神社上の宮。
北東の頂点:御門市 土御門美術館。
南西の頂点:富士市 鬼ヶ原樹海内、鬼岩窟。
南東の頂点:品川区 鬼鎮神社。
北西の頂点:久遠郡 南久遠小学校裏。
五つのチームに分かれ、一つずつ結界石を持って、それぞれの地点に向かうのだ。
結界石を祭壇へ祀り、五つの結界石を頂点とした、巨大な五芒星を描く。
そうして、全員で強く念じて呪文を唱えれば……大鬼門封じの術が発動する。
「――待たせたわね!」
大翔が拳を突き上げたその瞬間、校門前の空間が桃色の光と共に激しく歪んだ。
眩い光の中から姿を現したのは、テレポートで駆けつけたエージェント――
織美亜、狼王、阿藍、麻麻、理々庵、そして狼王と共に戦線を支えていた仲間達だった。
「みんな……無事だったんだな!」
章吾が弾んだ声を上げる。
「ええ、桜ヶ島の小学校での戦いを終えて、すぐに駆けつけたの」
織美亜は傷だらけの身体を押さえながらも、力強い眼差しを大翔たちに向けた。
「結界石が全て砕かれ、絶鬼の卵が目覚めようとしている……でも、諦めるわけにはいかないわ。
アタシ達の力は、この日のためにあるんだから」
「ふん、合流したところでやる事は変わらん」
狼王は手に持った大斧の血を払い、鋭い視線を遠くの暗雲へと向けた。
「五つの頂点へ散り、同時に結界石を捧げる。一秒のズレも許されんぞ」
「分かっているわ。大翔、章吾、有栖。あなた達が繋いでくれた希望を、絶対に無駄にはしない」
麻麻も頼もしく微笑んだ。
封印の地に赴くメンバーは、大翔、章吾、有栖、葵、悠、総一朗、銀華、
エージェントの五人、荒木先生だ。
大人達や子供達が、たくさん、見送りに出てきてくれた。
「オレらも行きたかったけど、ま、しゃーねーな! 任せたぜ!」
「みんな帰ってくるまで、アジトを守ってるよ!」
「皆さん、お気をつけて!」
「いってらっしゃい!」
声に見送られ、大翔達は校門を出た。
「よし、みんな! 行くぞ!!」
大翔は拳を突き上げた。
「これが俺達の――最終決戦だ!!」
風が荒れ狂い、薄紫色の歪んだ空が地上を覆う中、織美亜、麻麻、狼王達は、
北西の頂点――久遠郡・南久遠小学校の裏手を目指して足を早めていた。
「光哉が死んだ今、あの子が任されるはずだったこの北西の地は、
アタシ達が何としても封印しなければならない……」
織美亜は胸の奥を刺すような痛みを抱えながら、地面を蹴る。
紫鬼の道具として利用され、最後はあまりにも悲壮な覚悟で命を散らした光哉。
狼王の手によって下された残酷な決断を責める事はできなくても、
救えなかった後悔と罪悪感が織美亜の心を重く苛んでいた。
(せめて……せめてアタシ達が、光哉の代わりにこの場所を守る。
それが、あの子に対するアタシ達の罪滅ぼし……)
その時だった。
崩れ落ちた小学校の裏山、かつて小さな祠が建てられていた付近の瓦礫の隙間で、
微かな温かい光が明滅した。
「……? あれは……」
織美亜は足を止め、引き寄せられるように瓦礫へと駆け寄った。
土と砕けた木粉を払いのけると、そこには拳ほどの大きさの、
澄み切った桃色の輝きを放つ石が転がっていた。
「……結界石……!? どうしてここに新たな石が……?」
追いついた麻麻が息を飲んだ。
壊されたはずの結界石。
だが、目の前にあるのは紛れもなく、大地と鬼門を繋ぎ止めるための新しい結界石だった。
かつてこの地で光哉が抱いていたかすかな希望か、
あるいは桃鬼の残した慈愛の魔力が形を成したのか――
「……そう。光哉……アナタが最後に遺してくれたの……?」
織美亜はその温かい石を両手で優しく包み込み、胸へと強く抱きしめた。
冷え切った手に、石の放つ微かな脈動が伝わってくる。
「受け取ったわ、光哉。アナタが守ろうとした想いも、
届かなかった叫びも……全部、アタシ達が背負って、この鬼門を閉じてみせる!」
織美亜は涙を拭い、力強い眼差しで隣の麻麻、そして前を行く狼王を見つめた。
「行きましょう。北西の祭壇へ! アタシ達の手で、この長かった惨劇に終止符を打つために!」
罪滅ぼしの誓いと友の遺志を抱いた結界石を携え、織美亜達は封印の地へと突き進んでいった。
大鬼門封じの要、五芒星の北の頂点は、桜ヶ島神社の裏山に建てられた上の宮にあるのだ。
「鬼は、多分、あいつらがやっつけてるはずだけど……気をつけていこう」
二人は頷き合うと、石段を登り始めた。
周囲を警戒しながら、1歩、1歩。
「銀華ちゃん、大丈夫か?」
歩きながら大翔は尋ねる。
「大丈夫です……」
銀華は頷いた。
大翔は先を急ぎながら、銀華の様子が気になっていた。
さっきから、銀華の口数が少ない。
一人で、何か、考え込んでいるみたいで。
「銀華ちゃん、大丈夫か? 少しくらい、休む時間あるぜ」
大翔が尋ねると、銀華は首を振った。
「大丈夫、です……」
確かに、疲れているわけじゃなさそうだ。
銀華は息も切らしていない。
でも、苦しそうだ。
辛《つら》そうだった。
「やっぱり……。このままじゃ、ダメです……」
銀華は立ち止まった。
ぶるりと首を振る。
大翔を見上げる顔が……泣きそうだった。
そんな彼女に、大翔は笑いかけた。
「銀華ちゃん。大丈夫だ。ちょっと、休もうぜ」
「わたし、これ以上、みなさんを……」
ぽろり、と。
銀華の瞳から、涙の粒が零れ落ちた。
「大翔君を……騙したくない……」
彼女の言葉に、大翔は戸惑った。
「ぎ、銀華ちゃん? どうしたんだよ……?」
肩を震わせる銀華に、笑いかける。
「やっぱり、休もうぜ」
銀華は首を振った。
「大翔君に、言っておかなければいけない事があります……」
「ん……?」
大翔は目を瞬いた。
「わたしは、ずっと、大翔君達に、嘘をついてきました。
あの人がわたしを殺そうとしたのも、無理はありませんでした。
でも、大翔君は、わたしを守ってくれました。まだ何もしてないのに殺すのはダメだって」
あの人とは、斧を持った少年、狼王の事だ。
話を盗み聞きされ、銀華が鬼だと知ると、すぐに殺しにかかったが、大翔が阻止した。
「……だから、ここで明かします」
銀華は、頭のリボンに手をかけた。
トレードマークの、大きなリボンを、しゅるりとほどいた。
大翔は息を飲んだ。
そこに立っているのは、銀華だった。
間違いなく。
でも、頭から生えているのは、角だった。
細く、華奢で、とても綺麗な、2本の角。
鬼の証の。
「わたしはあの人の言う通り、地獄からやってきた――銀鬼です。
黒、白、赤、青、黄、紫、桃の後から地上にやってきた、8匹目の色鬼」
銀華の眦から、ぽろぽろと涙が零れて落ちる。
大翔は立ち尽くす。
「でも、最後だから……伝えます!」
銀華は涙を拭った。
「どうせ嫌われるなら――全部、伝えます! 言えなかった事、言っちゃいます!」
体の横で、ぎゅううっ……と掌を握りしめる。
その顔は……真っ赤、だった。
大翔は立ち尽くす。
風でガサガサと木々の葉が揺れている。
「わたしっ! わたしは……っ。鬼だけど……っ」
銀華は必死に、喉の奥から、言葉を絞り出している。
「大翔君、が……。大翔君の、事がっ……」
銀華は叫んだ。
「大翔君の事が……好きです……!」
大翔は立ち尽くした。
世界の終わりが迫る中、生まれて初めて、女の子から恋の告白を受けて。
何の反応もできずに、茫然と。
「……言えた! ふふふ、ついに言ってしまいました……!」
銀華は、満足そうに鼻息を漏らした。
「さあ、行きましょう! 大翔くん」
「ちょ……ちょっと!」
大翔は、ぶるりと首を振った。
「ちょっと待って! 銀華ちゃん!」
まじまじと、銀華を見つめた。
口を開いた。
「俺は――」
「……言わないで」
銀華は俯き、目を反らした。
「お願い……。今は、何も言わないでください……。……全部、終わるまでは」
その声は、震えていた。
体も震えていた。
「大翔君の……皆さんの友達のままの……八紀継銀華でいさせてください!」
銀華の言葉に、大翔は頷いた。
「分かった! ……行こう!!!」
「はい!」
二人は走り始めた。
星の五つの頂点へ、子供と能力者達は全力で駆けていった。
来週はついに最終決戦の後半です。
長すぎたのでいくつかに分けますが、ちゃんと終わらせますよ。