基本、うちの子は敵には一切容赦しないんでご了承ください。
光哉の命と尊厳を奪った島袋織美亜、玉城狼王、喜友名阿藍は、南久遠の駅舎から飛び出した。
外は騒がしい。
響いてくるのは、消防車と救急車のサイレンと、人々のざわめき。
視界に映るのは、崩れた民家。
鬼門の解放と共に起こった大地震に、町は未だに混乱の中にある。
――超能力者であるキミ達に頼みたい事があるんだ!
――五芒星の1点を担ってくれ。
先程電話をかけてきたのは、糸村一に、青髭男爵達だった。
訳が分からず唖然とする織美亜に、まくしたてた。
鬼門の解放と共に現れた、絶鬼の卵の事。
それを元通り封じ込めるため、皆で大鬼門封じの術を行おうとしている事。
そのために必要な五芒星の頂点の一つが、この南久遠の町にある事。
しかし、桜ヶ島からここへ来る手段がないので、
超能力が使える織美亜達に頂点を担ってほしいという事……。
織美亜は奪った結界石を握りしめ、仲間と共に走り出す。
目指すのは、五芒星の北西の頂点、南久遠小学校。
昨日の晩、友達と紫鬼が、戦って……そして、光哉が悲しい最期を迎えた場所だった。
――お父さんは、間違ってる。
昨日の晩。
光哉は初めて、紫鬼に反抗した。
父の目をじっと見つめて、自分の考えを――意志を口にした。
――お父さんの楽園と、オレの楽園は違う。オレは、お父さんとは違う。
――けど、お父さんは、オレのお父さんだろ。
――もうやめよう。他にできる事があるはずだよ!
紫鬼は血走った瞳で、反抗した光哉を睨みつけた。
――私は鬼だ。暴れたり、ウソをつくのが大好きな生き物だ。
――親子の絆なんて――分かるわけがないだろうッッッッ!
そして、斧が振り下ろされ、殺された。
光哉の死体は狼王によって、大いに傷つけられた。
南久遠小学校の校門の錠は、昨晩、紫鬼が破壊したままになっていた。
織美亜達は中へ飛び込んだ。
校門の向こうは、大量の絵の具でもかき混ぜたような瘴気が漂っていた。
向こうに、地震で崩れたままの廃校舎が見えた。
織美亜達は校庭を抜け、学校敷地の裏にある、林へ踏み入る。
ちぎれた注連縄が見えてきた。
昨晩、紫鬼が破壊した祠の残骸だ。
祠のあった場所に結界石を持っていければいいと、織美亜は思った。
――ただ、その結界石は、まだ未完成らしいんだ。
一達が、そう言っていたのを思いだした。
――完成させるには、最後の仕上げがいるらしいんだけど、それが何かは分からないんだ。
――必要ナノハ、人ノ強キ心ナリ。
―ガササッ!!
突然、何かが脇の植え込みの陰から飛び出してきた。
化け物だった。
透けた体の表面を、絵の具のような色が渦を巻いた人型の化け物。
「覚悟しろ! 殺す!!」
阿藍は光を集めて拳銃を生成すると、躊躇わずに化け物を撃った。
狼王も斧を振りかざして化け物に殴り掛かり、倒した……と思ったらまだ生きていて、
化け物は、狼王に覆いかぶさってきた。
あんぐりと口を開いて、狼王を呑み込もうとする……。
命の危機を前にして、狼王は――斧を一閃した。
木の根が伝い伸び、あちこちで隆起し沈下している、樹海の地面。
その中を、章吾と有栖は疾駆していた。
土を蹴り上げながら、木から木へジグザグに、追跡しにくいように走っていく。
「うふふふふ! いいね! 速いし動きに迷いがない! 点あげちゃうよ! 章吾君!
それに、有栖ちゃんまで頑張ってるね!」
後ろから、黒鬼の声が響いた。
追いかけてくる。
早歩きで、散歩でもするような調子でついてくる。
章吾と有栖はスピードを速める。
「ワクワクするね、章吾君、有栖ちゃん! 先生は鬼ごっこが、大好きです!」
「私は戦うのが好きなんだけどね!」
有栖はそう言いながら、黒鬼を魔法で攻撃する。
頭の上から、不気味な声が降ってくる。
――オアアアァァァァァァ……! オアアアァァァァァァ……!
赤ん坊の泣き声が響いてくるが、有栖が魔法で次々に打ち消す。
頭上から何か、降りてくる。
首にロープを巻きつけて、ボロ布を羽織った鬼の骸骨。
読経を始める。
【あんたりをん そくめつそく びらりやびらり そくめつめい】
「それどころじゃないのよ! 黒鬼と罠、両方を相手にしなきゃいけないのよっ!!」
有栖は魔法を放ちながらそう言う。
「うふふふ! そうだよ! 黒鬼と後継者の、追いかけっこ中だ! ザコはどいていたまえ!」
読経は途切れた。
鳥の声も、赤ん坊の泣き声も途切れた。
鳥も、骸骨も、木々までが、歩いてくる黒鬼に道を開ける。
章吾はさらにスピードを上げ、有栖は魔法を使い続ける。
命懸けの追いかけっこに、全身の血液が沸騰している。
「うふふふふ! 少し、本気でいくよ!」
風が唸りを上げた。
黒鬼が走り始めたのだ。
しなやかに四肢を動かして、追いかけてくる。
綺麗なフォームだな、と章吾は感心してしまう。
章吾も精一杯走るが、向こうの方がずっと速い。
「炎よ、燃えろ!」
有栖は鞄からコウモリの糞が乾いた玉と硫黄を取り出すと、黒鬼に向けて呪文を唱えた。
彼女の指から玉が放たれ、黒鬼に命中すると大爆発が起き、周りが燃える。
レベル3ながら強力な攻撃魔法の一つ、ファイアーボールだ。
「やるじゃないか、有栖ちゃん! 魔法って、素晴らしいんだね!」
黒鬼の皮膚には火傷一つなく、ダメージだけを受けているのが確認できた。
章吾はぐるりと腰を捻って、鬼祓いの破邪刀を掲げ、振り抜く。
迷いなく首筋を狙った刃を、黒鬼はひょいっと避ける。
「魔法の矢!」
だが、そこに有栖が放った追尾性の魔法の矢が命中、黒鬼にダメージを与える。
章吾は破邪刀を振るうが、黒鬼は避けた。
「章吾君だって、ほんとは鬼になりたいだろ!? 有栖ちゃん、魔法の使い過ぎはよくないよ!」
「なりたくねえっ!」
「絶対にお前には屈しない!」
「――と、見せかけて?」
章吾は無視して、もう二度振るう。
黒鬼は軽く避ける。
「母さんの病気が治った今、有栖が魔法を使える今、また鬼になる理由なんか1ミリもねえっ!」
章吾は破邪刀を振るう。
黒鬼は軽く鉤爪を振るっていなす。
……まるで、二人で息の合ったダンスでも踊っているように。
「風よ!」
有栖は強風を放って黒鬼を吹き飛ばす。
最強の鬼であっても、彼女の魔法は彼に着実にダメージを与えていた。
やはり、魔法というのは素晴らしい力である。
「私は弟を守りたいの。弟を守るために、力を身に着けたの!
最初は超能力、次は魔法! どんな力であっても……絶対に弟を守ってやる!!」
有栖は小さな円錐形のガラスを取り出し、呪文を唱える。
「吹雪よ、あいつを凍らせちゃって!」
有栖の手から強烈な冷気を発生させ、黒鬼から熱を奪い取る。
しかし、黒鬼には確かにダメージを与えているが、黒鬼はぴんぴんしている。
「ダメね……。あいつの体力は無尽蔵だわ。ダメージだけじゃ、足りなくなるかも」
やがて、三人は開けた場所に出た。
柔らかな草が生い茂り、花が揺れ、ひらひらとチョウが飛んでいる。
有栖はそのチョウを、炎の魔法で焼き尽くしていった。
黒鬼に魔法でダメージを与えつつも、有栖は徐々に限界を感じていった。
「キミの魔法は確か、あいつから教わったんだよね」
「何よ」
「あいつを含めた超能力者は、誰かを助けるために他の人間を切り捨てられる。
仲間を守るために、仲間じゃない人間を切り捨てられる。大翔君には、どっちもできない。
そう、あいつらは大翔君にはない才能を持ってる」
自分の欲するもののために、他の全てのものを切り捨て、地獄に堕ちられる才能を。
「それがね、鬼の才能。叉鬼君も青髭男爵君も持っていた。
大翔君とは、真逆の才能。まあ、鬼から力を得たならば――当たり前だよね!」
黒鬼が走り込んできた。
振り降ろされた左手に、有栖は魔法の矢を放った。
「また、切り捨てよう! 今度は人類、丸ごとさ! キミにならできるよ!」
「もう許さない! 氷となって、砕け散れ!!」
「が……はっ」
有栖は白い陶器製の三角柱を取り出すと、手から青白い光線を放った。
その光線は黒鬼の身体を真っ直ぐに貫くと、黒鬼の身体を氷で包んでいく。
そして完全に黒鬼が動かなくなると、氷の彫像はバラバラに砕け散った。
「……有栖、こんなにあっさりと決着がつくなんて……」
章吾は、有栖が放った魔法の威力の凄まじさに驚く。
「あの人が、魔法は万能じゃないって教えてくれたの。
だけど私、章吾にちょっかいを出す黒鬼が
そりゃあもう、燻っていた炎が烈火の如く燃え盛るくらいにね。
だから私は黒鬼を殺した。ただ、それだけよ」
あのまま黒鬼を逃がすわけにはいかないと、有栖が本気で黒鬼に殺意を抱いた結果、
本来は鬼を殺せないはずの「魔法」で黒鬼を殺したのだ。
魔法は心の力、だから魔法にこもった殺意が黒鬼を飲み込んだのだろう。
「さあ、行きましょう!」
「そうだ……な!?」
黒鬼を殺し、安心した有栖の背後に……何かが襲い掛かった。
半透明に透けた人型が、餌を見つけた生き物のように、こちらへ飛びかかってくる。
「えっ?」
そして、有栖はそれに飲み込まれた。
「あ……有栖ーーーーーーーーーーーーっ!!」
姉を失った章吾の叫び声が、森に響き渡った。
鬼ヶ原樹海の奥、苔むした岩面に“鬼岩窟”はある。
かつての噴火でできた溶岩洞。
大口を開けるように走った、巨大な亀裂だ。
章吾は、姉の意志を継いで、鬼岩窟の中へと踏み込んだ。
急斜面を下りると、底で横穴になって、奥まで続いている。
ゴツゴツとした岩肌、ひんやりと冷たい空気。
蛇行しながら伸びている狭い路を歩く。
岩壁の表面に彫られた絵が、視界に入った。
何百年も昔に、かつての鬼祓いのリーダーが描いた壁画だ。
脇を通り抜ける。
滑らかな岩肌に囲まれた、広い空間に出た。
一角に地下泉が湧いている。
見覚えのある、小さな祭壇があった。
「何とか、辿り着いたな……」
章吾は祭壇に手を伸ばす。
祀られていた古い結界石は、粉々に砕けてしまっていた。
章吾は上着のポケットを探り、新しい結界石を取り出した。
荒木先生が、かつての鬼祓いのリーダーの故郷から、手に入れてきたものだ。
結界石は、光を放っていた。
力強い、黒の光を。
――完全な結界石とするには、長年込められた霊力以外に、必要なものがあるらしい。
――かつての鬼祓いのリーダーは、こう伝え残していたそうだ。
――『必要ナノハ、人ノ強キ心ナリ』。
「全員で、念じるんだったな」
“大鬼門封じの術”は、五つの結界石を頂点とした、巨大な五芒星を描いて発動する術だ。
五つの封印の地に向かった、全員が揃わなければならない。
「我妻の奴とか、大丈夫かな……」
彼、我妻総一朗は運動神経も頭も格別良いわけではなく、運も悪く、
正義感や責任感は強いが、いつも大体空回っている。
「……ま、あいつには恋人がいるけどな。恋人ってゆーか、守ってくれる女子がな」
我妻総一朗の恋人は、年上の上原麻麻。
彼女の超能力は、とても強いらしいので、彼女を信頼した。
「うおおおおおおおおおお……っ!」
我妻総一朗は、気合いの雄叫びと共に踏み込んだ。
「『封』っ!」
ドロドロとした鬼の懐に飛び込み、額に『封』の符を叩きつける。
鬼は、ぴたりと動きを止めた。
(じ、自分にも……できた!)
総一朗は、感動してしまう。
恋人が鬼と戦っているため、一度、自分もやってみたいと思っていたのだ。
「やったか……!?」
――オ゛ロロン。オ゛ロロン。オ゛ロロン……。
鬼は答えるように、動き始めた。
貼りつけた『封』の符が、たちまち朽ちていく。
「くそ! やってない……!」
総一朗は身を翻し、ホールを走った。
奥のドアを開け放つ。
見覚えのある部屋に出た。
壁と床一面が、奇妙な模様に塗りたくられた部屋だ。
趣味の悪いテーブルの上に、ごちゃごちゃとのせられたテーブルゲーム。
床に、妙に凸凹した、奇妙な柄の絨毯が敷かれている。
総一朗は一瞬だけ迷ってから、部屋の中に飛び込んだ。
ほとんど幅跳びのように横切って、真反対側のドアから飛び出す。
後ろで鬼が、部屋に足を踏み入れた。
―バッックンッ!!
床に敷かれた絨毯が花弁を広げ、鬼を呑み込んだ。
巨大な球根のように変形し、蠢き始める……。
「よ、よし! かかったぞ!」
ネペンテス。
青髭男爵がゲーム勝負をする時に、持ってきていた地獄の植物だ。
「……やったか?」
総一朗が呟いた、途端。
ネペンテスの球根から、白煙が上がり始めた。
――オ゛ロロン。オ゛ロロン。オ゛ロロン……。
花弁がパラパラと散り、茎が萎れて垂れ下がっていく。
溶けた球根の中から、鬼が這い出てくる。
「くっそお……! やってないぃ……!」
総一朗はくるりと背を向け、続く部屋へと飛び込んだ。
石や金属でできたオブジェが、あちこちに飾られた部屋だった。
部屋の中央には、巨大な直方体のオブジェがあり、取っ手のついた扉がついている。
「い、嫌な記憶が……!!」
呻きつつ、総一朗は扉を開けて、中に飛び込んだ。
――ボトッ。ボトッ。ボトボトッ。
天井から、雨のように何か落ちてきたが、気にしない。
全力ダッシュで走り抜け、奥の扉から外へ飛び出す。
背後で鬼が、オブジェの中へ足を踏み入れる。
――ボトッ。ボトッ。ボトボトッ。
鬼の頭上に降り注ぐのは……マムシ、ブラジルドクシボグモ、ヤドクガエル、
アメリカドクトカゲ、ベトナムオオムカデ、ダイオウサソリといった、世界の猛毒生物だ。
鬼の方へと集まって、牙を剥く。
「…………やったか!?」
鬼の触手に触れたダイオウサソリが――干からび始めた。
他の生物達も、同じだ。
鬼の体に触れた途端、ミイラのように干からび、朽ちていく……。
「や、やっぱり、やってないぃ……!」
総一朗は涙目になる。
鬼は気にする風もなく、こちらへ向かってくる。
「まだだ……。まだ、この仕掛けがある……!」
オブジェの正体は、超巨大オーブンレンジ型のアート作品なのだ。
オーブンで人体を加熱していくと、どうなってしまうのか?
と疑問を抱いた芸術家が作り上げたものらしい。
バカなんじゃないかと思うが、今は感謝だ。
ゼリーのようなあの体には、熱が効くはずだ。
「オーブン・オンだあっ!」
オブジェの中が、真っ赤に染まった。
壁や天井に伝った導管から、炎が噴き出し始める……。
「今度こそ、やったか――」
―ビュッ!!
鬼の触手が、ゴムのように伸びた。
噴き出した炎に晒される寸前、オブジェを横切り外に飛び出す。
だが次の瞬間――そいつに、強烈な電撃が放たれ、鬼は消滅した。
「ごめん! 遅れちゃって!」
「No.16!」
電撃を放ったのは、総一朗の恋人、上原麻麻だった。
どうやら鬼と戦っていたようだが、逃がしてしまい、こうしてやって来たようだ。
「……ホント、総一朗はダメな奴ね。私がいないとこうなっちゃうなんて」
「No.16……でも、超能力者と一般人の差は大きいだろ。それに、お前の方が年上だし」
「何を言ってるの! 同じ人間でしょ!」
麻麻は冷静沈着だが時に感情的になる事もあり、とても頼もしい。
あの村で総一朗の危機を救ったのも麻麻という少女で、
総一朗は「女が男を守る」というシチュエーションを、男としては屈辱と言えた。
しかも、麻麻は総一朗より年上の女性である。
なので総一朗は最初、交際を躊躇ったが、麻麻の力に感服して彼女と付き合うようになった。
その様子は、恋人同士というよりは、姉と弟のように見えた。
「それに、一般人の男性と超能力者の女性の恋って、ロマンチックでしょ?」
悪戯っぽく笑う麻麻に、総一朗は頷かざるを得なかった。
「さあ、行きましょう!」
そして、鬼を倒した総一朗と麻麻は、
がらんとした美術館の中を、手を繋ぎながら奥へ進んでいった。
扉を開くと、ぐるりと弧を描いた円形の部屋に出た。
壁に絵画が飾られている。
部屋の一番奥の壁にかけられた、モナ・リザの絵。
その横に、総一朗は『解』の符を貼りつけた。
壁の手応えがなくなった。
中には真っ暗な通路が伸び、すぐに、畳2畳分くらいの小部屋になっている。
古びた台座が祀られていた。
台座の上に、砕けた結界石の破片が散らばっている。
総一朗はポケットを探ると、新しい結界石を取り出した。
結界石は、深い青色の光を放っていた。
「みんなは、大丈夫だろうか……?」
1チームでも欠ければ、大鬼門封じの術は発動できない。
桜井と宮原と大場は、幼稚園の頃からの幼馴染だ。
もう長い事、鬼から逃げ切ってきて、経験値は総一朗よりもずっと上だろう。
「後は、あなたがやる番よ、総一朗」
私は光哉と総一朗に対しては、ある人物と真逆の精神が働きます。
敵対心と、守護心、これは「ヒト」として当然でしょう、と思いましたから。