琉球エージェントの死遊戯紀行2   作:アヤ・ノア

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オリキャラ無双、という感じのお話です。
戦う事しかできないのが、琉球エージェントなのです。


第16話 超能力者はかく語りき

 窓に光を灯した、オフィスビル。

 船着き場に並んだ、無数の倉庫。

 光と闇の狭間に佇む、東京湾沿いの埠頭。

 宮原葵、桜井悠、比嘉理々庵は、植え込みの陰に身を隠していた。

 もう、かなりの距離を走ってきていた。

 鬼鎮神社は、目と鼻の先だ。

 鬼祓いの秘技を使えば、人払いの結界で隠された入り口から、境内に入れるだろう。

 植え込みの陰から顔を出し、道の向こうを伺った。

 問題は、あいつだ。

 

――オ゛ロロン。オ゛ロロン。オ゛ロロロン……!

 

 傷ついた絶鬼の影が、誰かを追いかけるように歩いていく。

 しばらく行くと、ぴたりと止まり、元いた場所へ戻っていく。

 また、気づいたように追いかけ、走っていく。

 ぴたりと止まって、戻っていく。

 

「どうやら、効いてるみたいね」

「よかったあ……」

「私がダメージを与えただけはあるよ」

 三人は、ほっと胸を撫で下ろす。

「お姉さんに頼るしかないと思ったよう。『封』の符は通じないし。『隠』も見破られちゃうし」

「『祓』までダメだった時は、どうしようと思ったわ。せっかく描けるようにしておいたのに」

 三人の肩に貼られているのは、『祓』の符だ。

 弱い鬼を近づけない効果を持つ。

 以前、キーチが使っていたという話を聞いて、

 古文書をひっくり返して練習しておいたものだった。

 アジトの鬼避けとしては使えたものの、絶鬼の影には通じなかった。

 そのため、理々庵がまず槍でダメージを与えて……。

 

――オ゛ロロン。オ゛ロロン。オ゛ロロロン……!

 

 ぼそぼそ言い合う三人の向こうで、絶鬼の影がまた歩いていく。

 ……走っていく先には、誰もいないのだけれど。

 

「『幻』まで練習してたなんて、知らなかったよう」

 鬼祓いの秘技、『幻』の符は、貼った相手に幻を見せる高等呪符だ。

「これもキーチ君が使ってたって聞いて。あたしだって、って練習しといたの」

「アオイはほんと、負けず嫌いなんだから……」

「ま、キーチ君ほど強力な幻は作れないけど。目晦ましくらいには、なってるみたいね」

「できればダメージを与える符も欲しかったがな」

 理々庵は溜息をつく。

 絶鬼の影は、何もない宙に幻を見て、追いかけ続けている。

 心なしか、苛立っているようにみえる。

 しかし、しばらく追いかけると、ぴたりと止まる。

 元いたところへ、戻っていってしまう……。

 

「神社の入り口からは、離れてくれないね」

「祭壇にさえ近づけなければ、それでよし、って事でしょうね。

 生まれる前から、性格の悪い鬼だわ」

「封印はできない。追い払う事もできない、か」

「ならば殺すしかないようだ」

「でもその前に、先に、こっちの問題を考えましょうか」

 葵は言うと、肩から提げていたポシェットを探り、結界石を取り出した。

「あいつを何とかできたとしても、どのみち結界石が未完成じゃ意味がないもの」

「荒木先生、言ってたもんね。完成した結界石は、光を放つものだって」

 試しに、結界石に呪符を巻きつけてみる……やはり、光らない。

「一体、どうしたらいいのかしら……」

 葵は腕組みし、唸り声を上げる。

「ヒントは、『必要ナノハ、人ノ強キ心ナリ』か。さっぱり意味が分からないわね」

「君も分からないのか? 珍しいな」

「知識じゃないからね。人工知能が分からないのと同じよ」

「僕は、なんとな~く、分かる気がするけど」

「え、何? どういう意味?」

「そのまんま。きっと、人間が結界石を手にしてさ。なんかこう、わ~っ!!

 て、強い想いみたいなものを示すと、光るんじゃないかと思うんだよね」

 自信満々に、付け加える。

「ゲームだったら、きっとそうだよ」

「それは安直だろう」

「こういうのは案外、安直なもんだよ」

「そういうものか?」

「じゃあちょっと、試してみましょうか」

「何を?」

「示してみるのよ。その、強い想いみたいなもの」

「それって、どんな想い?」

「そんなの分からないわよ。悠が言ったんじゃない。ほら、試してみて」

 葵が結界石を差し出した。

 悠は受け取ると、握りしめる。

 ちょっと考え、目を閉じ、唱え始めた。

「ゲームが……欲しいです……。

 最新のゲーム機と……ゲーミングパソコンが……欲しいです……。

 一日中ゲームで……遊びたいです……」

 ぶつぶつ呟き、掌を開く。

 不思議そうに、首を捻った。

「ピカリともしないよ」

 葵が眉を顰める。

「……今、言ってたのが?」

「うん。僕なりの、“人ノ強キ心”」

「いや、ダメでしょ。今のってただの、願い事じゃない」

「七夕じゃあるまいし」

 葵と理々庵がダメ出しする。

「願い事じゃダメなの?」

「ダメね。神社の参拝でも、よくある間違いなの。

 神様には、お願いをするものじゃない。自分の決意を、宣言するものなのよ」

「なるほど、決意を宣言……。強き心っぽい。それっぽい」

「三人でやってみましょう」

「ああ」

 頷くと、悠は結界石を乗せた左手を差し出した。

 葵と理々庵が上に、右手を重ねる。

 そのまま包み込むように、結界石を握り締めると、一心不乱に、唱え始めた。

「ゲームを、買います……! 最新のゲーム機と……! ゲーミングパソコンを買います……!」

「テストで100点……取ります……! 学年一位を……いえ、全国一位を取ります……!」

「戦いたい……戦いたい……!」

 ぶつぶつ、決意を宣言してから、掌を開く。

「……光らないね」

「チカッともしないわね」

「示してるのにね。人ノ強キ心」

「……故障してるのか?」

 三人はううんと首を捻った。

 重ねた掌を、放そうとして。

 ……どちらからともなく、そのままにしておいた。

「幼稚園の頃は、よくこうやってたよね」

「大翔も一緒にね」

 掌を重ねたまま、顔を見合わせる。

 くすっと笑い、地面に足を伸ばして、夜空を見上げると、丸い月が見えている。

 

「……ねえ、アオイ」

 のんびりした調子で、悠は呟いた。

「僕がいなくなっても、泣かないでね」

「それは、あたしのセリフよ」

 葵はぶるりと首を振る。

「あたしがいなくなっても、ベソかかないでよね」

「ま、二人ともダメかもしれないけどね」

「そうねえ。大翔が泣くのは、見たかったけど」

 言って、クスクスと笑い合う。

 絶鬼の影とは理々庵が相手するので、その間に、二人で大鬼門封じを行う。

 大鬼門封じだけは、成功させなければならない。

 どんな犠牲を払っても。

 ……たとえ、自分たちが命を落とす事になったとしても。

 

「ねえ、アオイ」

 ぼんやりと夜空を見上げながら、悠は口を開いた。

「僕、時々、思ってたんだけどさあ」

「何を?」

「小6の、運動会の日さあ。鬼ごっこに巻き込まれなかったら……今頃どうしてたかなあ?」

「ううん……。どうかしらねえ」

 葵は唸った。

「あたしは多分、受験でもしてたと思うけど」

「僕はのんびり、ゲームしてたかなあ」

「普通に勉強して、平和に日々を過ごしてたんでしょうね」

「こんなに怖い思いは、しないで済んだのかなあ……」

「そうねえ……」

 二人は顔を見合わせた。

 げっそりと、肩を落とす。

「超能力を使う人達に出会ったりもしなかったろうしさ」

「性格の悪い鬼に、目をつけられる事もなかったろうしね」

「友達の弟が、鬼になろうとする事もなかったろうしさ」

「地獄への穴を封じるために、走り回る事もなかったでしょうし」

「あんな災厄みたいな鬼とやり合う事もなかったし」

「酷いもんだわ」

「ほんとだよ」

 深い、深い溜息をついた。

 

「いつも、と~っても、怖かったよう~……!」

「女の子にこんな事、させんじゃないわよ~……!」

 

(……何だか、あの子狐とピンクのハリネズミを思い出すな。葵は恋する乙女ではないがな……)

 理々庵は悠と葵を見て、心の中でそう思うのだった。

 

 手を繋いで、喋っていると。

 このままでは、明日にはもう自分達の住む街が――

 いや、地上の全てがなくなってしまうかもしれないだなんて、ウソではないかと思えてくる。

 悠は、がっくり肩を落とすと。

「……でもさあ、アオイ」

 ニコッと笑って、こう続けた。

「僕、あの日、鬼ごっこに巻き込まれて……よかったなあって、思ってるんだ」

「……その心は?」

「あの日、鬼ごっこに巻きこまれなかったら……僕はずっと、臆病者のままだったと思う」

「悠、職員室に忍び込んだ時、牛鬼に見つかって超ビビってたしね」

「あれはアオイが、僕とヒロトに押しつけていかせるからじゃないか」

「そうでしたっけ?」

「一人だったら、僕は逃げちゃってたよ。

 きっと、ずっとそうしてたと思うし、それ以外の道を一生知らないままだったと思う」

 悠は呟いた。

「でも、みんなについていくうちに、僕はちょっぴりだけ……強くなったよ」

「そうね」

「いつもとっても怖かったけど、頑張ってきたよ。

 知らない人と出会って、色んな想いを知ったよ。

 のんびり過ごしていたら、知らなかった世界を知れた」

 悠は呟く。

「……ヒロトとアオイに、ついてきてよかった」

「それを言うなら、あたしもね」

 葵が片手で膝を抱えた。

「あの日、鬼ごっこに巻き込まれなかったら、あたしは、

 ずっと勉強やテストの点数ばかり気にしてる、頭でっかちな子のままだったと思う」

「今だって気にしてるじゃないか」

「今はいいの。他に大事な事があるのは分かった上で、気にしてるから」

「そうだね」

「一人だったら、それしか知らなかった。

 ずっと、狭い世界の事ばかり気にして、生きてったと思う。

 でも、みんなが突っ走るから、頭でっかちなあたしでも走ってこられた。

 広い世界を知れた。何より大事な、勉強ができた」

 葵は呟く。

「……大翔と悠に、ついてきてよかった」

 二人は顔を見合わせ、笑い合った。

 

「みんながいたから、頑張ってこれたよ」

「ここまで歩いてこられたわ」

「怖い思いもたくさんしたけど」

「楽しい事もたくさんあったよね」

「アオイ、ありがと」

「悠、ありがとう」

 素直に話せた。

 歳を重ねるうちに少しずつ、言えない言葉も、明かせない気持ちも、増えてきたけれど。

 まるで、もっとずっと小さな頃、

 お互いの手を握り締めて笑い合っていた幼稚園の頃のように、素直な想いが口から零れた。

 二人は気づかない。

 掌の中で、結界石が、うっすらと光を放ち始めた事に……。

 

「宮原っ! 桜井っ! それにオレンジ頭も! 無事かっっ!?」

 声が響いた。

 振り返ると、走ってくるのは……。

 

「荒木先生!」

「先生は、南久遠に行ったはずじゃ?」

 悠、葵、理々庵は、きょとんとする。

「急遽、こっちに来る事になったんだっ!」

「それはお粗末だったな」

 荒木先生は全力疾走で駆けてくると、悠と葵の肩をがっしと掴んだ。

「話は後だっ! もう、大丈夫だっっ! 俺が何とかしてみせるっっっ!」

「は、はあ」

 きょとんとする三人を見やり、鼻息荒く頷きかける。

「お前達子供は、俺が守るっっっっ! 俺はお前らの――先生だからなっっっっ!」

「私はもう成人してるぞ」

 ヤカンのように頬を上気させ、ゆっさゆっさと肩を揺さぶってくる。

(……先生、なんか、テンションがハイすぎない?)

(ううん。これは、覚えがあるなあ……。あの感じだよ……。ほら、運動会の時とかの……)

(ああ……。行事の時に先生が、やたら燃えてハイになっちゃうあの感じか……)

(うん……。流石にそこまで燃えなくてよくない? って生徒が引いちゃうあの感じだよ……)

(地上の危機と学校行事を、一緒にしないでほしいわね……)

 ぼそぼそ言い合う二人の脇で、荒木先生は、ぐぐっ! と拳を掲げている。

「絶鬼の影は、あいつだなっっっ!? 先生に、任せろっっっっ!」

「いや、私がやる」

 そう言って理々庵は大砲を創造し、続けて槍を創造する。

 理々庵は幻相手に追いかけっこしている、絶鬼の影に向き直った。

 

「琉球エージェント、No.2……いざ、参る!」

 

 戦いはあっさりと決着がついた。

 琉球エージェントの一人である理々庵は、超能力を使って絶鬼の影を圧倒したのだ。

「あ、悠。でも、見て」

 ようやく、葵は気づいた。

「結界石が……光ってる!」

「あ、ホントだ!」

 悠がきょとんとする。

「え、なんで?」

「え、ひょっとして……」

 ぽかんとして、二人、顔を見合わせる。

「今ので……光ったの……?」

「あれが……あれが、人ノ強キ心、だったの……!?」

 

 とにかく、悠、葵、理々庵、荒木先生は、人払いの結界を解き、鬼鎮神社の境内へ入った。

 境内にあるのは、朽ち果てた神社だ。

 潜り戸の中に祭壇があり、古い結界石が砕けて散らばっている。

 光を放つ結界石を、祭壇に祀った。

 

「これでよし。後は、みんなが揃うのを待つだけね」

「でも、荒木先生。北西の頂点は大丈夫なの?」

 荒木先生は、元々、北西の頂点――南久遠の町へ行くはずだった。

 青児の用意した乗り物の燃料が足りなかったため、

 急遽、距離の近いこちらの手助けに来る事になったらしい。

「大丈夫だ。そっちは、助っ人を頼んできたからな」

「助っ人って?」

「あの、不思議な力を使って結城光哉を殺した奴らだ」

「そっか。……光哉君、あの人達に殺されちゃったもんね……」

 三人は頷いた。

 脳裏によぎるのは、ハロウィンの日。

 原宿で会った光哉の事だ。

 あの時の光哉の、虚ろな目。

 親に邪険にされて、傷ついた顔。

「もう二度と、仲直り、できないよね……。紫鬼と」

 南久遠での顛末は、大翔から掻い摘んで聞いていた。

 光哉は、友達を捨てるよう迫る紫鬼に、反抗したという。

 紫鬼はそれで、物凄く怒ったという。

 しかし和解する間もなく、二人は琉球エージェントに殺されてしまったのだ。

 

「せめて、光哉君を殺した罪を、償ってもらわないと……」

 

「降伏しろ! オレ達はお前と戦う意志はない!」

「ギー! ギギィー!」

 狼王は鬼に降伏勧告をするが、鬼達は降伏する意思など全くなかった。

 何が何でも絶鬼を守るために寄せ集めされた連中であり、

 とてもエージェントと戦えるような鬼ではなかった。

「ギギィー! ギギギギィー!」

「攻撃をすれば、降伏してくれるかもしれないわね……」

 鬼達はあくまで、抵抗する気のようだ。

 狼王は溜息をつき、仕方なく鬼の群れに仲間と共に挑むのだった。

 

 琉球エージェントというのは、22人の強力な超能力者と、

 78人の微弱な超能力者で構成された「正義」の組織だ。

 だが正義といっても実際のところは「秩序」の組織であり、

 秩序に反する者はたとえ子供であっても容赦なく命を奪う。

 力に飲み込まれて鬼になった者は、同じエージェントが殺した。

 人間を裏切って鬼に味方する者も、たとえ誰であれ殺した。

 秩序のために、正義のために、彼らは多くの血を流してきた。

 たとえそれが鬼由来の力であっても、彼らは躊躇わずに力を振るった。

 日常に戻れなくなるリスクを抱えながら。

 

 力を使っていくうちに、彼らは何のために戦ってきたのか、分からなくなっていった。

 琉球エージェントは確かに超能力で鬼を討伐する組織である。

 だが、地獄を治める法は存在しない――弱肉強食の無法地帯である。

 一方、琉球エージェントは「正義と秩序」を名乗っているが所詮は一組織の独善に過ぎない。

 彼らは天涯孤独で、魔から身を守る聖なる加護を持たない。

 だから鬼から授かった超能力によって、同じ鬼を倒していく。

 やっている事は、鬼と同じなのだ。

 

 数々の鬼が超能力の前に倒れていく中で、織美亜は、鬼の死体を見やる。

 エージェントに立ち向かった鬼達は、

 強力な超能力が使えるエージェントの相手にはならなかった。

 結界を張る場所に踏み入れようとするエージェントを止めるために、

 エージェントの説得も虚しく鬼達は彼らの前に散っていったのだ。

「……ねえ、アタシ達は、何のために戦ってるの? 今、やってる事は……虐殺じゃない」

「ああ、一方的な戦いだ。これじゃあ、まるで……鬼みたいだな」

 

 地面に転がっていた、結界石に触れる。

 その瞬間、結界石が、光を放ち始めたのだ。

 清らかな、紫の光を。

 織美亜達は息を呑んで、その光を見つめた。

 

『必要ナノハ、人ノ強キ心ナリ』

 

「……皮肉なものね。鬼と同じ事をしてきたアタシ達の心が強いだなんて」

 織美亜は結界石を拾いながら、そう言った。

 

 街は赤天に閉ざされており、何10kmにも張り巡らされた大結界が、

 何人たりとも中へ入る事も、外に出る事も阻んでいる。

 倒壊した街のそこここで揺れる、小さな明かり。

 今、絶鬼は、その灯火を見下ろしていた。

 分厚い卵の殻の中から、これから自身が君臨する世界を確認していた。

 そうして、感知していた。

 五芒星の各頂点へ置いた護衛の影が、失われていく事を。

 鬼ヶ原樹海、土御門美術館、鬼鎮神社、南久遠の町。

 次々と消されていく。

 人間達の手によって。

 何たる不遜な行いであろうか。

 人間が、この災厄の王に逆らうなどと。

 

 直ちに報復の命令を下した。

 

――鬼達よ。街の人間達を、全員、殺せ。

 

「何だか、おかしいぞ!」

 銀華と大翔は、桜ヶ島神社の境内を走っていた。

 絵の具をぶちまけたような瘴気の中を、さっきから、進み続けている。

 視界は最悪だが、瘴気の向こうには、うっすらと拝殿が見えている。

 結界石を祀る祭壇が、あの中にあるはずだ――そこが、ゴールだ。

 しかし、いくら走っても、辿り着かない。

 鳥居から、こんなに離れているはずがないのに。

 

「これは、空間干渉です……!」

 銀華は声を震わせた。

「絶鬼の仕業です! まさか、こんな事までできるなんて……!」

「どういう事なんだっ!?」

 大翔が走りながら、問い返す。

「わたし達と拝殿の間の空間を、膨張させているんです!

 わたし達が1m進むごとに、空間も1m延ばされている……。

 そうすれば、わたし達は、永遠に辿り着けない事になる……。

 宇宙の膨張を局所的に引き起こす……なんて力なの……!」

「なるほど、な……? よく、分かったぜ……」

 青ざめて口にする銀華に、大翔は頷いて。

 自信満々に、声を張り上げた。

「つまり、『エスカレーターを逆向きに走ってる』! ようなもんなんだな!?」

「え、エスカレーター……?」

 銀華はぱちぱちと目を瞬く。

「あっ……! そう、かも、しれません!」

「なら、簡単だ! 俺、よくやるもんね! 向こうが1m延ばす間に、こっちは2m走ろうぜ!

 そうすりゃ、辿り着く!」

「流石、大翔君です! 銀華には、思いつきませんでした……!」

 銀華はぶんぶん、頷いた。

 そうして、ぐっ、と親指を立てて笑いかけてくる少年を、眩しげに見つめた。

 

(やっぱり大翔君は、とてもステキな人……)

 改めて、思う。

(わたしは、ずっとこんな人を、騙し続けてきたんだ……。

 あの人が殺意を向けたのも、無理はなかった……)

 

 少し前。

 銀華は大翔に、ヒミツを打ち明けていた。

 ずっと隠し続けてきた、特大のヒミツを。

 もうこれ以上、皆を騙している事に、耐えられなくなってしまったから。

 

――わたしは地獄からやってきた――“銀鬼”です。

 

 自分が、人間のふりをして中学校に入学した鬼だという事。

 黒、白、赤、青、紫、黄の後から地上にやってきた、6匹目の色鬼だという事。

 大翔達と知り合った後も、人間のふりをし続けてきた事。

 ずっと皆を、騙し続けてきたという事。

 結局その秘密もエージェントにバレてしまい、執拗に命を狙われた事。

 

 洗いざらい打ち明けた銀華に、大翔は、きょとんとしていた。

 何か言いかけた大翔に、銀華は頼んだ。

 全部終わるまでは、何も言わないでください。

 最後まで、大翔の力になりたいから。

 

(そんなの……ウソです……)

 ただ、怖かった。

 自分が鬼である事を知って――ずっと騙されていた事を知って、

 大翔が、皆が、自分の事を、どう思うのか、怖かっただけ。

 

「あのさっ。銀華ちゃん……」

 銀華が見つめていると、大翔は目を反らした。

 ぼそりと、呟く。

「俺、やっぱり……」

 その時、不気味な鳴き声が響き渡った。

 

――オ゛ロロン。オ゛ロロン。オ゛ロロロロロロロロロン!

 

 口を開きかけていた大翔は、ハッとして振り向いた。

 瘴気の向こうから、半透明に透けた人型が走ってくる。

「あれは――絶鬼の影です! 気をつけて!」

「分かったっ!」

 大翔はポケットから『封』の符を取り出し、地面を蹴った。

 一息に絶鬼の影の懐に飛びこみ、額に呪符を叩きつける。

「ダメです! 大翔君!」

 呪符はたちまち干からび、ポロポロと崩れた。

 ブルンと振るわれた触手を、大翔は転がって避ける。

「額に見えているツノは、偽物(ダミー)です! 本物は、全身を動き回ってます!」

 銀華は頭のツノに手をやって、目を閉じている。

「左肩です! いえ、脇腹へ……。とても速いです!」

「場所を実況して! 俺が狙う!」

 『封』の符をもう1枚取り出して構える。

 振り降ろされた触手を、大翔は右に飛び退いてかわした。

 地面の上を一回転し、身を起こす。

「右の足先ですっ!」

 大翔は飛びかかった。

 右の足先目掛けて、呪符を突き出す。

 絶鬼の影は、ぐにゃりと形を崩した。

 呪符がからぶる。

 横薙ぎに繰り出された触手を、大翔は屈んで避けた。

 もう一度繰り出されると、体を反らして避ける。

「背中です!」

 絶鬼の影が、くるり、と、向きを変えた。

 銀華の方へ。

 銀華は目を閉じ、集中していて気づかない。

 大翔は、ひゅっと息を呑む。

 絶鬼の影が、走り始めた。

 大翔は追って、地面を蹴った。

 後ろに振るわれた触手が胸をかすって、上着がボロボロと崩れた。

 構わず、踏み込む。

 

(言わなきゃ――!)

 胸の奥から、泉のように、気持ちが沸き上がってきていた。

(やっぱり、ちゃんと、伝えなきゃ――!)

 一直線に踏み込む大翔に。

 絶鬼の影が、全ての触手を同時に伸ばした。

「左胸です! 大翔君!」

 触手の僅かな隙間を抜けて、大翔は絶鬼の影の懐へ飛び込む。

 左胸目掛け、力いっぱい呪符を叩きつけた。

 絶鬼の影は、動きを止めた。

 ゆっくりと、石になっていく……。

 銀華が、ほっと胸を撫で下ろしている。

 

「やりましたね、大翔君」

「銀華ちゃん!」

 石化していく鬼の影なんて、もう気にもならなかった。

 大翔は振り返り、声を張り上げた。

 

「やっぱり、返事、させてほしい!」

「…………」

「さっき、銀華ちゃんが、打ち明けてくれた事!

 何も言わないでって、銀華ちゃんは言ったけど……返事、させてほしい!」

 銀華は青ざめた。

 口を開き、ぶるりと首を振り、頷いた。

「そう、ですね……。自分だけ打ち明けて、楽になろうだなんて、ムシがよすぎますね……」

 体の横で、きつく、掌を握りしめる。

 怖かった。

 

――鬼となんて一緒にいられるわけないだろ。

――ずっと騙してたなんて、最低だ。

――あいつらに命を狙われて、当然だ。

 

 そう言われるかもしれないと思ったが、言わなければならない。

 心臓の鼓動がドクドクと、自分の耳元で響くのを聞きながら、銀華は言った。

「大翔君の答え、言ってください……! お願いします……!」

「うん……!」

 大翔は深呼吸するように、何度も息を吸い込んでいる。

 銀華はぎゅっと目を閉じる。

「銀華ちゃん。俺も……」

「…………」

「お、俺も…………」

 それきり、なかなか、続かない。

 銀華は、ふと、顔を上げた。

 恐る恐る、瞼を開く。

 大翔の顔は……真っ赤になっていた。

 

「好きだよ……!」

「……え?」

 銀華の瞳を正面から見つめて、体の横で、ぎゅううと拳を握り締めて、大翔は叫んだ。

 

「好きだよっ! 俺もっっ! 銀華ちゃんの事っっっ!」




中盤のシーンはゲーム「ユグドラ・ユニオン」のバルドーの丘を参考にしました。
帝国軍から祖国を奪還した王国軍が、今度は逆に帝国に侵攻して民兵を虐殺するという、
ゲーム的には楽なステージなのにこれでもかというほどプレイヤーの心を抉るステージです。
多くの鬼や裏切り者を殺してきたオリキャラにも、こういう迷いを入れたくて書きました。
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