琉球エージェントの死遊戯紀行2   作:アヤ・ノア

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怒涛の伏線回収回、と言えばいいでしょうか。
私は大翔は“嫌い”なキャラではありますけどね……。


第17話 思いを伝えて

 鬼達が、アジトの周りを、群れをなして取り囲んでいる。

 各アジトには鬼避けの仕掛けが施してあったが、これだけの数の前では意味をなさない。

 

――殴れ。壊せ。奪え。本能のままに。

――街の人間を、全員、殺せ。

 

 鬼達は絶鬼の命令に従い、人間達のアジトを押し潰そうとしていた。

 

「大翔……君……?」

 大翔が、じっと、銀華を見つめている。

 銀華も、じっと、大翔を見つめた。

 合わせ鏡のように、二人、互いの瞳を見つめて立ち尽くす。

「そ、それって……。どういう、意味ですか……?」

 銀華は、呆気に取られたように呟いた。

「こ、言葉通りの意味だよ……」

 大翔が答える。

「し、シチューが好き、とか。サッカーが好き、とか……?」

 銀華は問いかける。

「し、シチューもサッカーも好きだけど、その好きじゃないよ……」

 大翔は答える。

「…………あっ!!」

 気づいたように、大声を出した。

「もしかして、さっきの銀華ちゃんの好きは――シチューとかサッカーのだった!?」

「…………」

 

 慌て始める大翔を見ていて。

 銀華は、ようやく気づいた。

 決戦の前に、銀華は大翔へ、特大のヒミツを打ち明けた。

 自分は鬼だって、みんなを騙し続けてきたって、エージェントに殺されそうになったって。

 その事へ、大翔が返事をするのだと思っていた。

 しかし、大翔が今、答えているのは、別の事だ。

 勢いで、一緒に打ち明けてしまったヒミツへの。

 

――大翔君の事が…………好きです……!!

 

 恋のヒミツへの返事を、しているのだ。

 

「……ま、まあ、いっか。俺の気持ちだし」

 呆然とする銀華に構わず、大翔は頭を掻いた。

 改めて銀華に向き直り、じっと瞳を見つめる。

「俺、銀華ちゃんの事、好きだよ。その…………一人の、女の子として」

「で、でも……」

 銀華は怯えた様子で、首を振る。

「わたしは……鬼なんですよ……?」

「……ん? ああ、そういえば」

 大翔は、ぽん、と手を打った。

「銀華ちゃん、そんな事も言ってたっけ! あっはっは!」

 そういやそうだったね! と、笑っている。

 銀華はぽかんとしてしまう。

「そ、そんな事って……。わたし、凄く、勇気を振り絞って……。打ち明けたのに……」

「あ、ごめん! そうじゃなくって! そういう事じゃなくって!」

 大慌てで、ぶんぶん、首を振ると。

 

「…………て、いうかさあ」

 大翔はぽりぽり、頭を掻いた。

「知ってたよ?」

「…………」

 銀華は、きょとんとしてしまう。

「……え?」

「銀華ちゃんが、人間じゃないって事さ。俺、前から。何となく、だけど」

 こともなげに言って、笑っている。

 銀華は、呆然としてしまう。

「……どうして」

「結構色々、違和感あったしなあ~」

 大翔は腕組みして、首を捻った。

「最初に、あれっ? って思ったのは、花火大会の前。2度目に屋上で会った時だったかな」

「……そんなに、前から?」

 銀華は唖然とする。

「銀華ちゃん、青空のある生活って素敵だなって、言ってたろ?

 空のないところに住んでたのかな、って思ったら、そんな場所、地上にはないよなあ! って」

 大翔は頭の後ろで手を組み、伸びをする。

「初めて鬼を見た時も、全然、驚いてなかったしさ。前にも、鬼を見た事あるのかな?

 って、ちらっと思ったんだ。

 警察から匿ってくれた時は、あの人達みたいに不思議な力で俺を癒してくれたし。

 ……天使、なのかなあ~って」

 鼻の下を掻いて、照れたように笑っている。

「…………」

「引っ越してくる前の国の事、何度か話してくれたろ?

 いつも争いに溢れてて、親も友達もいないのが普通の国って。それは、地獄かもな~って。

 一つ一つは小さな事だったけど、だんだん、ひょっとして……と思うようになっていったんだ」

「…………」

「決定的だったのが、アジトでだ。銀華ちゃん、鬼の事に、凄く詳しかったから。

 あ、やっぱり、地獄から来たんだな~って。俺だけじゃなく、みんなもそれで分かったみたい」

「皆さんも……」

「悠と葵と章吾と有栖は、俺と同じで薄々気づいてたみたい。総一朗は、驚いてたけど。

 アジトで、みんなで話したんだ。銀華ちゃん、鬼だったんだなって」

「皆さん……怖がられたんじゃ……」

「ううん?」

 俯く銀華に、大翔は笑って、首を振った。

「全然、気にしてなかったよ? そうだったんだねえ~、でおしまい」

「…………」

 銀華は、きょとんと立ち尽くす。

「どうして……」

「だって、銀華ちゃんは銀華ちゃんだろ? これまで一緒にやってきた、仲間だもん」

「仲間……」

「俺、思った事があるんだよ」

 大翔は銀華の目を、真正面から見つめて続けた。

「鬼も人間も、きっと……心はそんなに、変わらないんだ」

 そう言って、照れくさそうに笑ってみせた。

 

――殴れ。壊せ。奪え。

――街の人間を、全員、殺せ。

 

 脳に下される絶鬼の命令に、アジトを囲んだ鬼達が咆哮を上げた。

 人間達へ、攻撃を開始する――直前。

 鬼達は、ふと、顔を上げた。

 アジトのワイヤレスマイクから、声が聞こえてきたからだ。

 八紀継青児が無線をハックし、遠方から届いた通話の中継を始めた。

 発信源は、南久遠の地。

 遠くの島に残った95人のエージェントからの呼びかけ。

 

――帰れ。

 

 ややあって、彼らの瞳に、光が戻り始めた。

 絶鬼の下した命令が、解除されていくのだ。

 気づいた絶鬼が、天と地を震わせた。

 地鳴りが響き、空を雷鳴が走った。

 しかし、命令が彼らを乗っ取る事は、もうなかった。

 彼らは機械でなく魂を持っており、その魂が、判断したから。

 今、耳に響き、訴えかけるその声が、

 下された無機質な命令よりも、心を傾けるに値するものであると。

 彼らは、ほんの少しだけ、考え始めた。

 これまでまるで理解できなかった、その概念の事を。

 協力しあって、仲良く暮らすという事を。

 

「鬼だから、人間だから、分かり合えないとか、そんな事ないよ!」

 大翔は叫んだ。

「あいつらはみんな、超能力で死んじゃったけど……それでも、分かったんだ!」

 銀華の瞳を、真っ直ぐに見つめて伝える。

 きっと、通じ合えると思って。

「姿形が、違ったってさ! 住む世界が、違ったってさ! 全部は、分かり合えなくたってさ!」

 大翔は、力いっぱい叫んだ。

「分かり合えるものはあるって……俺は、信じてるんだ!」

 ポケットに入れていた結界石が、輝く白光を放ち始めた。

 想いに、答えるように。

 

「一緒に行こう!」

 二人は固く手を繋ぐと、走り出した。

 アジトを囲んでいた鬼達は、やがて、ゆっくりと陣を解き始めた。

 街の中を、散り散りになって遠ざかっていく。

 その数が、徐々に少なくなっていく。

 鬼達は、自分達の脚で、自分達の地獄へと帰っていった。

 

「まだか、みんなっ!」

 我妻総一朗は、焦っていた。

 天井から、ぱらぱらと、漆喰の欠片が落ちてきている。

 美術館の建物が、ぐらぐらと揺れ始めているのだ。

 祭壇の上には、青の光を放つ結界石が置かれたまま。

 総一朗と麻麻は結界石を庇いながら、声を張り上げた。

「急いで! こっちは準備、できてるわ!」

 

「こちら、宮原葵! 桜井悠! No.2!」

「ついでに、荒木先生組!」

「準備、できてるぞっっ!」

 宮原葵、桜井悠、比嘉理々庵、荒木先生は、赤の光を放つ結界石を前に待機していた。

 再びの地震に、都心では、騒ぎが起こり始めていた。

 都心だけでなく、日本中の大地が揺れ始めていた。

 どんどん、大きくなってきている。

 夜中だというのに、辺りが明るくなってきた。

 太陽の光ではなく、禍々しい、血のような光だ。

 巨大な掌を広げるように、地上を覆っていき、染め変えていく。

 

「みんな、急いでっ!」

「早くっ! 間に合わなくなっちゃうよう!」

「滅ぼさなくては……」

 

「準備は、できてるわ……!」

 島袋織美亜は、喉の奥から声を絞り出した。

 空に閃くのは、無数の稲妻。

 竜の群れのように、縦横無尽に。

 玉城狼王と喜友名阿藍も、それぞれ戦闘態勢を取っている。

 辺りは嵐で、全てを消し飛ばし、無に帰そうと唸る豪風。

 織美亜、狼王、阿藍は空を睨み上げた。

「アンタの好きになんて、させるものですか!」

「オレ達は人間で、鬼の力を使う」

「琉球エージェントだ!」

 握り締めた結界石から、紫の光が立ち上っていく。

「守るのよ! アタシ達の地上を!」

 

「金谷章吾! さっきから! 準備! できてるぞーっ!」

 鬼岩窟の奥で、金谷章吾は叫んだ。

 地響きと共に、天井から砂が零れ落ちていく。

 ただの地震ではないと、章吾は直感した。

「噴火、しかけてやがる!」

 富士山の鳴動だ。

 江戸時代の大噴火以降、年以上も溜め込んだマグマが、吐き出されようとしている。

 そうなれば、とんでもない大災害になるだろう。

 祭壇に祀った結界石から、黒の光が立ち上っている。

「何やってやがる! とろくせえぞ!」

 章吾は叫んだ。

「さっさとしやがれっ! バカ大翔っっ!」

 

 走る、走る、走る。

 大場大翔と八紀継銀華は、走っていた。

 歪み、捻じ曲がった空間の中を、只管前へと足を踏み出し続ける。

 二人が進むと、空間が膨張する。

 ゴムのように伸びて、遠ざかろうとする。

 まるで、鬼に捕まるまいと逃げていく、子供のように。

 

「鬼ごっこだああっっ!!」

 大翔は銀華の掌を、ぎゅっと握り締める。

「いくよ、銀華ちゃんっっ!」

「はい! 行きましょうっ!」

 二人、足を踏みだす。腕を振り上げ、足を振り抜く。

 速く、空間が二人を遠ざけるよりも速く、走る。

 風になったように、光になったように。

 距離が縮まっていき、拝殿が近づいてきた。

 潜り戸が開き、奥に古びた祭壇が見えた。

 大翔は踏み込み、腕を伸ばす。

 

「捕まえたっ!」

 瞬間、辺りの光景が切り替わった。

 伸ばした腕が、空を切る。

「なんだ!? これ!」

 目の前に広がっているのは、広大な池だった。

 鏡のように綺麗な水面を湛えている。

 祭壇は、いつの間にか、ずっと向こう岸の上に佇んでいた。

 池の上には、小さなイカダが、何十枚も連なって浮かんでいる。

「気をつけてください! どういう術か、分かりません!」

 銀華が叫んで、ツノに手をやった。

「空間転移か、幻影か、催眠か……。調べるのに、時間がかかりそうです!」

「大丈夫だ! 行ってみようぜ、銀華ちゃん!」

 二人は手を繋ぎ、池の淵からジャンプした。

 1枚目のイカダに飛び乗り、2枚目に飛び映る。

 3枚目、4枚目……リズムに乗って、進んでいく。

 たちまち、池が真っ赤に染まり始めた。

 灼熱の溶岩のように、ぐつぐつと煮立っていく。

「うわっ! 血の池地獄だ!」

「大丈夫です、大翔君! 手を離さないでください!」

 銀華が叫んだ。

「どんな術にも、負けません! 大翔君は銀華が、守ります!」

「ひゅうっ! かっこいいな、銀華ちゃん!」

 タンッ、タンッ、タンッ――煮えたぎる溶岩の上に浮いたイカダを、二人で走る。

 手を繋いで、呼吸を合わせて、スキップするような足取りで。

 まるで、運動会の二人三脚だと大翔は思った。

 母の、結衣の、皆の声援が聞こえてきそうだと思った。

 

 向こう岸まで辿り着く。

 祭壇に駆け寄り、手を伸ばした。

「捕まえたっ!」

 瞬間、辺りの光景がまた変わり、二人は見慣れない場所に立っていた。

「くそ、しつこい奴だな! 逃げんじゃねえっ!」

「大翔君、気をつけて! 動いちゃダメです!」

 二人が立っているのは、断崖絶壁だった。

 ほんの数m程度の地面の外側が、切り立った崖になっている。

 丸太の吊り橋が宙に張り渡され、崖の向こうまで続いている。

 断崖向こうの拓けた地面の上に、祭壇は佇んでいた。

 崖の下、数100mの眼下に、尖った針、針、針。

「針山地獄です! 落ちたら、アウトです!」

「だいじょーぶ!」

 大翔は、ぐっ、と拳を掲げてみせる。

「俺、慣れてるからさ! こういうの!」

「ヘンな事に慣れてる大翔君!」

 銀華が笑った。

 大翔はそれで、嬉しくなってしまった。

「行こう! 銀華ちゃん!」

「行きましょう! 大翔君!」

 二人で丸太を渡り始めた。

 手を繋いで、足を踏み出し、奈落の上を進んでいく。

 

 その時――遥か遠くで、火山が噴火した。

 世界中のありとあらゆる火山が、一斉にマグマを吐き出し始めたのだ。

 溢れる黒煙が空を覆って、地球は一面、暗黒に閉ざされた。

 続いて、隕石が落下した。

 6500万年前に、恐竜達を絶滅に追い込んだ巨大隕石が、地表に降り注いだ。

 衝撃波が山野を抉り、大地は平らになって、

 数kmにも及ぶ巨大津波が、大地の全てを押し流していく……。

「一歩一歩だ! 銀華ちゃん!」

「はい! 大翔君!」

 崩壊していく世界の中。

 二人は、丸太を渡っていく。

「呼吸を合わせて! 大翔君っ!」

「おう! 銀華ちゃんっ!」

 手を繋いで、息を合わせて、前だけ向いて走っていく。

 丸太が途切れ、足場がなくなった。

 向こう岸まで、十数m。

 大翔は自分の足に『跳』の符を貼りつけると、銀華に向かって、両手を伸ばした。

「ぎ、銀華ちゃん。掴まってて!」

「……はい」

 頬の赤くなった銀華の肩と両足を抱え、持ち上げると、大翔は丸太を蹴り込んだ。

 『跳』の符が輝き、二人の体は、ふわりと宙に浮き上がる。

 視線が合うと、銀華と大翔は笑った。

 崩壊した世界は、いつの間にか消えていた。

 地面を踏み締める。

 どちらからともなく視線をそらし、そそくさと離れる。

「ともかく、祭壇へ!」

「ああっ!」

 ポケットから結界石を取り出す。

 祭壇に駆け寄り、腕を伸ばす。

 辺りの景色が滲み始めた。

 水に溶かれた絵の具のように、混ざり、薄まって、消えていく……。

「くっそ、しつこいやつだなあっ!」

 大翔は叫んだ。

「いくらやっても、ムダだぞっ! いい加減、観念しやがれっっ!」

 答えるように、視界が切り替わった。

 二人は、丘の上に立っていた。

 広がっているのは、果てなく続く、荒涼とした灰色の大地だ。

 辺りに池はなく、崖もなく、イカダも吊り橋も、何もない。

「祭壇は……」

 大翔は首を巡らせ……見つけた。

 血のように染まり、黒雲が棚引く、地獄の空。

 その只中に、揺蕩う一艘のボートのように、小さな島が浮かんでいる。

 島の上に、祭壇はあった――空の彼方に。

 絶句する大翔の横で、銀華が叫んだ。

「もう、時間がありません……!」

 

 日本中で、大地が鳴動していた。

 治まる気配はなく、どんどん、大きくなっていく。

 あちこちで嵐が渦を巻き、雷が縦横無尽に閃いていく。

 鳴り止まないサイレンの音が、不安に駆られた人々の悲鳴が、列島を包み込んでいく。

 桜ヶ島の街に鎮座していた巨大な卵に、ぴしり、と一筋、亀裂が入った。

 枝のように伸びて、広がっていく。

 卵の一部がぼろりと崩れ、中に潜んだものが覗けて見えた。

 底知れぬ闇の中に横たわった、絶望の形をした生き物。

 それは巨大な目玉をぎろりと見開いて、これから自分が生まれる世界を見据えて笑った。

 

「くっそおっっ! あんなところ、どうやって行けばいいんだよっっ!」

 大翔は叫んだ。

 祭壇は、遥か天空にある。

 高度数1000mの――空の彼方に浮かんでいる。

 『跳』の符ではとても届かない、人間の足では辿り着けない。

 空を飛べない限り、絶対に。

「卑怯者おっっ! 降りてきやがれえっっっ! くっそおおおおおおっっっ!」

 大翔は地面を拳で打ち据えて叫んだ。

 ゴールは、見えているのに。

 手の中の結界石は、光を立ち昇らせているのに。

 日本中から、絶望の声が聞こえてきているのに。

 最後の最後で、絶鬼に完全に逃げおおされてしまった……。

 

「キャッキャキャキャ! お困りのようだなあ!」

 声が響いた。

 ハッとして振り向くと、いつの間にか、一匹の鬼がいた。

 真っ白い毛並みに、コウモリのような小さな翼。

 短い足をトコトコと動かし、大翔の方へ歩いてくる。

「いいですなあ! ガキんちょが困ってるのを見るのは、いいもんですなあ!」

 ギザギザの牙を剥き出して、笑っている。

「ツノウサギ! 何しにきやがった!」

「何ってえ? 決まってんじゃん! 世界が終わっちまう前に……お前を喰いに!」

 ツノウサギは、ぱかっと口を開いた。

 二叉に分かれた舌が、ちろちろと揺れる。

「お前らみたいなガキの肉は、ほんっと、美味い!

 まろやかで、コクがあり、とろけるような舌ざわり! 栄養バランスもよい!」

 毛皮の中からナイフとフォークを取り出し、チャンチャンと打ち鳴らす。

「ふざけんなっ! 今、お前なんかに構ってるヒマ、ねえんだよっ!」

「え~。そう言うなってえ~。遊ぼうZE~!」

「あのさ~」

 ツノウサギは、大翔の足下に、トテンっと座り込んだ。

「手を貸してやらん事もないぜ?」

 小さな翼を、パタパタとゆらして笑う。

「お前が、真心こめて、ていね~いに、『お願いします!』って頼めたらな!」

「るせえっ!」

「そういうなってえ~」

「お前と遊んでるヒマはねえって、言ってるだろっっ!」

「……んな事、言いつつさあ」

 ツノウサギは翼を竦めて、ニヤリと笑った。

「お前はいつも、遊んでくれたじゃねーか」

「…………」

 眉を顰めた大翔の脇で、銀華が進み出た。

 屈み込み、ツノウサギに視線を合わせて首を傾げる。

「力を貸してくださいますか? シロさん」

「ダ~メダメ! いくら銀華嬢の頼みだからって。オレ様、このガキんちょに言ってんの!」

「そう言わず、どうぞお願いします。この通りです。シロさん」

 銀華が言って、ツノウサギの頭を撫でる。

「え~? そこまで言われちゃうと~? どっしよっかなあ~?」

 ツノウサギが、照れたようにパタパタと翼を揺らす。

 大翔はツノウサギを、見下ろしていて、気づいた事があった。

(俺、知らない……)

 何度も大翔達の前に現れ、何かと絡んできたその鬼の事。

 ツノの生えたウサギのようだったので、大翔達はそう呼び始めた。

 だが、ツノウサギとあだ名をつける前の……本当の名前を知らない。

「ま、いっか! 他ならぬ、銀華嬢の頼みだ!」

 ツノウサギは、パサリと翼をはためかせた。

「オレ様の真の姿、見せてしんぜよう! キャーッキャキャキャキャキャキャ!」

「ツノウサギ――」

 大翔が呼びかけた、瞬間だった。

 

――ドクン!

 

 ツノウサギの全身が震えた。

 ふわふわとした真っ白な毛並みが、爆発するように逆立ったのだ。

 みるみる、体が大きくなってゆく。

 大翔の背丈の何倍、何十倍。

 ウサギの耳のようだったツノが、伸びて枝分かれしていった。

 おもちゃのようだったコウモリの翼が、みるみるうちに大きく広がってゆく。

「だから、何度も言ったじゃん! オレ様、地獄でも、最強最悪の悪鬼だってさあ~っ!」

 翼をはためかせると、風が唸りを上げる。

 大翔は、思い出す。

 紫鬼も銀華も、言っていた。

 1年半前、鬼門の結界の緩みに気づいて地上にやってきた色鬼は……7匹、いたって。

 大翔達の前に何度も姿を現した“黒鬼”。

 エージェントが討伐した“赤鬼”。

 八紀継銀華の弟の“青鬼”。

 エージェントが終わらせた“紫鬼”。

 有栖が迷宮の中で出会った“黄鬼”。

 

 それともう1匹――“白鬼”が。

 

(会ってたんだ……)

 大翔は「彼」と、会っていた。

 小学校に閉じ込められた、あの日。

 母とケンカしてへそを曲げていた、あの日。

 現れた牛頭鬼に絶望して膝を抱えていた、あの日。

 一番、初めに。

 

 そこにいたのは、竜だった。

「キャッキャキャキャ! どうよ? ガキんちょ! おっどろいた!?」

 立派なツノを生やし、悪戯げな瞳で大翔を見下ろす、白の体を持った竜。

「これがオレ様の、真の姿だZE! いつお披露目しようか、伺ってたんだ!」

 パタパタと大きな翼を揺らして、笑っている。

 まるで、とびっきりの悪戯が成功して、嬉しくてたまらないように。

 ぽかんとした大翔に、告げた。

「色鬼が1匹――白鬼様とは、オレ様の事だZE!」




次回がラスボスとの本当の最終決戦となります。
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