朝日が昇るまでに絶鬼を人の世から払う事ができるのでしょうか?
最早、鬼とは全く関係ないと、私は思っていますが……。
「ほいじゃ、追いかけっこ再開といこうぜえッ!」
竜になったツノウサギは言うと、大翔達に背を向けた。
「そら、さっさと乗れ乗れ! 落ちないように、しっかり掴まっとけよ!」
大翔は、ツノウサギの背に登って跨った。
エージェント達が殺したケルよりもずっと大きかった。
銀華の手を引き、引っ張り上げる。
恐る恐る、翼の付け根を掴んだ。
「エッチ!」
ツノウサギが叫んだ。
「そこ触んな! くすぐったい! びくってきたわ!」
「ど、どこ掴めばいいんだよ!」
「ん~。……しゃあねえか。特別だかんな? ――ツノに掴まんな!」
大翔は上に登ると、ツノウサギの頭から生えたツノを、ぎゅっと握り込んだ。
「銀華ちゃん、掴まって――」
瞬間。
バサリ、と、ツノウサギの両翼がはためいた。
浮遊感が大翔を包み込み、体を大地に繋ぎ止めていた力が、消え失せる。
眼下に見える、荒れ果てた大地。
その上を走り回る、鬼達の姿。
みるみる、小さくなっていく。
大翔達は、空の上にいた。
飛んでいる。
「うわわわっ!」
大翔はツノを掴む手に力を込めた。
「大翔君っ! こ、これは不可抗力です!」
銀華が後ろから大翔の腰に手を回し、頬を赤らめている。
「キャキャキャキャッ! 乗り心地はいかがっすかあ~? 大空の旅ぃ~ッ!」
―ゴウッッッ!
ツノウサギの翼がはためき、風の膜が大翔達を包み込む。
「逃げていきます! シロさん!」
銀華が指差した。
祭壇を乗せた島が、風船のように、上へ上へと遠ざかっていくのだ。
「キャッキャキャキャ! 逃がすかよ! さあ、鬼ごっこ再開だぜええ~ッ!」
ツノウサギは笑った。
大翔は何故か、その笑い方を知っていると思った。
馴染みのある笑い方だった。
幼稚園で、小学校で、中学校で、たくさん聞いた。
「いっくぜえッ! お前ら、振り落とされんなよッッッ!」
翼がはためく。
逃げる祭壇を追って、高度を上げ、そのまま黒雲に突っ込んだ。
ゴウゴウと気流の音が鼓膜に響き、風が髪を逆巻かせ、吹き寄せる気流に歯を食いしばる。
黒雲を突き抜け、大翔は思わず、歓声を上げた。
「……すっっげえっっ!!!!!!」
広がった空は、もう血のような地獄の空ではなかった。
地上の空だ。
天に瞬く星々があり、月明かりが大地を照らしている。
遥か東の彼方から、一条の光が射してきている――太陽の光だ。
眼下に、紺碧の海洋が、大地が見えた。
緑に萌えた野原、咲き誇った花々、流れてゆく川、皆が暮らす街並み。
全部、全部見えた。
「あのさ、ツノウサギ!」
地上を見下ろしながら、大翔は声を張り上げた。
「いや……ツノリュウ?」
「ダサい!」
ツノウサギがツッコむ。
「ツノウサギでいいっての! もう慣れたし! 他の鬼達にも、そう呼ばれてるし!」
「あのさ、ツノウサギ!」
「なんだよ!?」
大翔は風の音に負けないように、大声で尋ねた。
「どうして、助けてくれるんだ!?」
「どうしてってえ!?」
「お前、鬼だろ!」
「そうだZE!」
「俺達を喰おうと、ずっと狙ってただろ!」
「そうだZE!」
「だったら、なんで!?」
……訊きながら。
大翔は、その答えなら、もう分かっていると思った。
「そんなの、決まってんじゃんっっっ!」
大空を飛びながら、ツノウサギは答えた。
「いっぱい遊んで――――楽しかったからっっっっっ!!!!!」
大翔の思った答えと、同じだった。
「地獄でずうっと、暮らしててさあっ! オレ様、退屈だったのさあっっ!」
ツノウサギは叫んだ。
「オレ様だけじゃない! 黒も、青も、赤も、黄も、退屈してた!
みんな、誰かと――遊びたかったっっ!」
それは、子供の声だった。
たくさんはしゃいで、たくさん遊んで、満足した子供の声だと思った。
「地上に出てからこの1年半、楽しかった! 退屈しなかったZE!
遊んでるうちにさあっ! なんでか、知らないけどさあっ!
好きに、なっちまったんだよなっ! お前らの事っっ!!」
「そういうの、なんて言うか分かるか!? ツノウサギ!」
「何々!? なんてーの!?」
大翔は、笑って答えた。
「“友達”って、言うんだぜ!」
「キャッキャキャキャキャ! 友達ぃ?」
ツノウサギも笑った。
「へ~んなの!!」
彼は、寂しがり屋だったのだ。
「よ~っし! 追いついちゃったぜえええ~ッッ!」
眼下に、祭壇を乗せた島を捉えた。
ツノウサギは翼をはためかせると、滑るように島の上につく。
大翔と銀華は飛び降り、島へ着地した。
直径10mにも満たない、小さな島だ。
祭壇に駆け寄り、腕を伸ばすと、辺りの景色が滲み始めた。
水に溶かれた絵の具のように、消えて――
「キャッキャキャキャ! ダーメダメ! 逃がしません!」
ツノウサギが、バサリと翼を広げた。
行き場を塞ぐように、祭壇の周りを覆ってしまう。
「往生際の悪い、絶鬼だなあ! しつこいヤローは、嫌われちゃうぜ?」
空が、カッと光り輝いた。
幾筋もの稲妻が迸った。
大翔達を脅すように……いや、慌てているように。
「シロさん! 解析できました!」
「さっすが銀華嬢! 頼んだZE!」
「結界、解きます!」
銀華はツノに手をやると、ぶつぶつと何か唱え始めた。
空に複雑な幾何学模様が幾重にも現れ、空間をぐるぐると回り始めた。
それと共に、辺りの景色が、霧のように掻き消えていく。
瞬きすると――そこはもう、大空の上ではなかった。
桜ヶ島神社の裏山の、寂れた境内だ。
漂っていた瘴気も、消え去っている。
「大翔君! さあ!」
銀華に促され、大翔は祭壇に進み出た。
結界石を祭壇に乗せると、石から光が立ち上っていくが、弱い。
空で轟く雷に、掻き消されてしまいそうなほどに。
「あああ、もうっっ! 掲げちまえっっっ!」
ツノウサギが叫んだ。
大翔は結界石を掌に乗せた。
人の心で輝く石だ。
立ち上る光が、強くなる。
「銀華ちゃんも!」
「はい!」
銀華が大翔の掌に、掌を重ねた。
そのまま二人、腕を掲げた。
眩い白光が溢れ、柱となって、天へ立ち上ってゆく……。
「これより、大鬼門封じの儀を執り行うっ!」
大翔は叫んだ。
「みんな、結界石を掲げてくれっっっ!」
「「了解!」」
我妻総一朗と上原麻麻は、結界石を掴むと、頭上へ掲げた。
瞬間、結界石から、穏やかな青の光が溢れた。
美術館の天井を突き抜け、天へと立ち上ってゆく。
「行くよう!」
「行くわよ!」
「行くぞ!」
桜井悠、宮原葵、比嘉理々庵は、結界石を掴んで空へと掲げた。
後ろでは荒木先生が、悠と葵の肩を掴んで、祈るように目を閉じている。
結界石から、温かな赤の光が溢れ、柱となって伸びてゆく。
「行くぞ!」
「さぁ~て、やらなくっちゃね」
「あいつは、もういないからな」
織美亜達は結界石を頭上へ掲げると、
空を走っていた雷の束が掻き消え、清浄な紫の光が立ち上った。
「ケッ!
金谷章吾はニヤリと笑うと、結界石を頭上へ掲げた。
鬼岩窟の天井を突き抜け、力強い黒の光が、遥か天まで伸びてゆく……。
その日、人々は、大地から五本の光の柱が伸びて、遥か天まで立ち上ってゆくのを見た。
そうして、五つの光の柱――それぞれの頂点を繋ぐように、輝く線が伸びてゆくのを見た。
北西の頂点から、北東の頂点へ。
北東から、南西、南西から、北、北から、南東、南東から、北西へ。
眩い光の線が、巨大な五芒星を描くと。
光が泉のように溢れて、大地を照らし出していく……。
人々は、見た。
大地を覆い尽くそうとしていた血のような空が、ゆっくりと色褪せ、薄れていくのを。
ずっと続いていた大地の鳴動が、小さくなって、消えてゆく。
一切の音が、なくなった。
誰も、何も、発しないまま、黙って、空を見上げた。
そうして、東の空の向こうから、太陽の光が射してくるのを見た。
桜ヶ島のアジトに立てこもっていた人々は、校舎の窓から、それを見た。
五芒星から溢れた光が街を照らし、
街を覆っていた濃い霧が、風に吹かれるように消えていくのを。
赤く染まっていた空が、黎明の青に染め替えられていく。
そうして、見た。
街の中央に居座って、地上を見下ろしていた、絶鬼の卵。
その罅割れた隙間から覗いていた巨大な目玉が、一瞬、悔しげに歪むのを。
「最後の最後で私、参上! 残りの95人の力で、消し去ってあげるわ!」
「有栖!!」
絶鬼の影に飲み込まれたはずの有栖が、光り輝く剣を携えて姿を現した。
エージェントの力によって、有栖は死の淵から蘇ったのだ。
有栖は、遠い島にいた95人のエージェントの力を借りて形成した剣を振り下ろす。
すると、どろり――腐ったように、目玉が溶けた。
どろり、どろり――形を失い、地面に零れ、溶けていく。
目玉だけではなく、卵は、形を崩し始めた。
光に包まれて、溶け、崩れ、灰になって地面に落ち、地表に染み込むように消えていく。
忌々しそうな唸りと共に、地鳴りが数度響いた。
そこまでだった。
気がつけば、絶鬼の卵は、消え去っていた。
初めからそんなもの、存在しなかったように。
五芒星の光も、消えていた。
代わりに、眩しい太陽の光が、街を照らし出していた。
夜が明けたのだ。
気がつけば、大翔は、真っ白な空間にいた。
見渡す限り何もない、空っぽの空間だ。
立ち上る光に身を任せていると、いつの間にか、そこに立っていた。
皆の姿があった。
悠も、葵も、章吾も、有栖も、総一朗も、荒木先生も、銀華とツノウサギも一緒にいた。
……皆、黙っている。
互いに互いの顔を見やって、誰も、何も喋れずにいる。
無言の空気に圧されるように、大翔は口を開いた。
「う、上手くいった……のかなあ?」
我ながら、何だかしまらない言葉だな……と思ったが。
「桜ヶ島の街に、鬼達の気配はもうありません」
銀華が口を開いた。
「あいつら、みんな、地獄に戻ってっちゃったからな!」
ツノウサギが翼を揺らした。
いつものウサギのような姿に戻っていた。
「ぜ、絶鬼は……?」
大翔は、ごくり、と唾を呑んで訪ねた。
「絶鬼は……あいつが、滅ぼしちゃったんだよな」
「キャキャキャキャ……そうだな。知らんけど」
「つまり……?」
「だからあっ!」
言葉を詰まらせる大翔達に、ツノウサギは叫んだ。
「お前らの、勝ちってこった!!」
銀華が頷く。
「大鬼門封じ、成功です……!!」
「や」
大翔は、固めた拳を突き上げた。
皆が突き上げるのと、同時だった。
「「「「「「「やったあああああああああああっっっっっっっ!」」」」」」」
皆、飛び上がって喜んだ。
抱きついて、勝利を讃え合った。
喜ぶ皆を、銀華とツノウサギは、じっと見つめていた。
悠が辺りを見回した。
「あの人達は……?」
眩い五芒星の光に照らされて、嵐も雷も掻き消えた。
太陽の光が射し、空が真っ青に塗り替えられていく。
織美亜達はそれを、じっと見上げていた。
「や……やったあっっ!」
「ついに、倒したのね……」
「ああ、俺達の、勝ちだ……」
誰もいない空へ向かって、飛び上がって拳を突き上げる。
ふと、彼らの身体が、光に包まれていった。
「何故だ……? 鬼を倒した、はずなのに……」
戸惑う狼王を前に、一のテレパシーが聞こえてくる。
――我々は鬼を倒すためだけに、鬼の力を借り、戦ってきた。
だが、鬼が地上から消えた以上、我々の役目は終わった。
――そして、我々は正義のために数多くの血を流した。
その報いとして、もう二度と、この地上では生きられないだろう。
「そ、そんな……!」
そう、100人の琉球エージェントは、戦うためだけに桃鬼によって生かされていた。
平和のために数多くの血を流してきた。
超能力も桃鬼が作っていたため、彼女がいなくなった以上、
彼らが辿る道筋は、一つしかなかった。
「アタシ達、もう、この世界にいられないの!?」
「そうみたい、だな……」
「ふっ……まるで少年兵の末路みたいだ、な……」
琉球エージェント達が、役目を終えて次々に光の粒子になっていき、天に昇っていく。
まるで、戦い続けた事に対する、世界からの罰のように。
「No.16! 行くな!!」
総一朗が麻麻に手を伸ばすが、彼女の姿は光になって消えていく。
そして、数分後、全ての琉球エージェントは跡形もなく消滅した。
「……銀華ちゃん? ツノウサギ?」
「それに、有栖まで……どうしたんだ?」
大翔と章吾は気がついた。
皆を見守っていた銀華とツノウサギ、弟と共に戦った有栖の姿が、滲み始めている事に。
体が、ゆっくりと、薄くなっていく……。
「どうやらわたし達も、時間のようです」
「キャキャキャ。タイムアップって奴だな!」
「私、これから人間をやめちゃうみたい」
「え? どういう事……?」
戸惑う大翔と章吾に、銀華と有栖は告げる。
「大鬼門封じは成功し、鬼門は再び閉ざされました」
「私、絶鬼を倒しちゃったから、人間の
きょとんとする皆に、銀華は寂しげに微笑んだ。
「わたし達も……地獄に戻らなければなりません」
「色んな世界を旅する、異次元の旅人になっちゃったのよね!」
有栖は、弟に向けて満面の笑みを浮かべた。
ツノウサギが翼を揺らす。
「長い旅行だったが……お別れの時間だZE!」
「そ、そんなっっ……!」
「待ってくれ、有栖!」
大翔と有栖は首を振った。
皆、口々に、捲し立て始めた。
「待った! 待った! そんなのないだろう!」
総一朗が身を乗り出した。
「どうにかして、地上にいられないの!?」
葵が叫んだ。
銀華は微笑み、首を振る。
「わたし達は、わたし達の世界に――わたし達の家に、帰らなければいけません」
「あら、帰らないわけじゃないわよ? いつでも帰ってこれるんだから」
「今更、何言ってやがんだよ。鬼を封じるんだって、やってきたんだろーが」
ツノウサギが呆れたように翼を竦める。
「そうだけど、でも……! 例外扱いにしてほしいよう!」
悠がぶんぶん首を振った。
「どうにかなんだろ! 我儘言って、残ればいいんじゃないのか!? 有栖は……大丈夫だが」
章吾が唸った。
「みんなで考えれば、何か思いつくはずだ!」
「誰か、アイデアを出せ、アイデアを!」
「先生! 何かないんですか!」
「無茶ぶりするな!」
「くっそー……!」
「嫌だ!」
「嫌だよ!」
皆、涙ぐんでいる。
せっかく、仲良くなれたのに……友達になれたのに。
「ったく。そんな顔、すんじゃねーよ」
ツノウサギは、翼をはためかせて。
悪戯っぽく、ニヤリと笑った。
「有栖みたいに、また、来るからよ!」
「……本当?」
「おう! 遊びに来るさあ! 地上は楽しいって、覚えちゃったからな! キャキャキャキャ!」
「だからそんな顔、するんじゃないわよ!」
それで、皆、自分が、瞼に涙を溜めている事に気づいた。
泣きたかったが、ガマンした。
別れの時に泣くのは、寂しいから。
瞼を拭って、声を張り上げた。
「「「「「「また来いよ!」」」」」」
「そいじゃ、達者でなあっ!」
「世界を救ってくるからね!」
「キャーッキャッキャッキャッキャッキャッキャ!」
ツノウサギが、短い手をぶんぶんと振った。
高笑いと共に、その姿が溶けて、ゆっくりと宙に消えていく。
有栖もまた、新たな力を得て、宙に消えていく。
「みんな、さようなら! 本当にありがとう!」
銀華が手を振った。
「こっちこそありがとう!」
みんなで手を振り返した。
「大翔君、素敵な大人になってね!」
銀華が叫んだ。
「――――大好きだよっっっ!」
その声に。
大翔は思わず、腕を伸ばしていた。
しかし、その手はもう、何も触れない。
三人の姿は、もうなかった。
「ありがとう……!」
頬をぼろぼろと涙が伝って落ちた。
涙が溢れてよく見えないが、きっと皆も泣いていた。
大翔は乱暴に涙を拭うと。
「みんな、帰ろう!」
皆を振り返って、声を張り上げた。
「俺達の、街へ!!」
次回は琉球エージェントの死遊戯紀行2の最終回です。
最後まで楽しみにしていてください。