琉球エージェントの死遊戯紀行2   作:アヤ・ノア

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いよいよ絶鬼とのラストバトルです。
朝日が昇るまでに絶鬼を人の世から払う事ができるのでしょうか?
最早、鬼とは全く関係ないと、私は思っていますが……。


第18話 大鬼門封じ

「ほいじゃ、追いかけっこ再開といこうぜえッ!」

 竜になったツノウサギは言うと、大翔達に背を向けた。

「そら、さっさと乗れ乗れ! 落ちないように、しっかり掴まっとけよ!」

 大翔は、ツノウサギの背に登って跨った。

 エージェント達が殺したケルよりもずっと大きかった。

 銀華の手を引き、引っ張り上げる。

 恐る恐る、翼の付け根を掴んだ。

「エッチ!」

 ツノウサギが叫んだ。

「そこ触んな! くすぐったい! びくってきたわ!」

「ど、どこ掴めばいいんだよ!」

「ん~。……しゃあねえか。特別だかんな? ――ツノに掴まんな!」

 大翔は上に登ると、ツノウサギの頭から生えたツノを、ぎゅっと握り込んだ。

「銀華ちゃん、掴まって――」

 瞬間。

 バサリ、と、ツノウサギの両翼がはためいた。

 浮遊感が大翔を包み込み、体を大地に繋ぎ止めていた力が、消え失せる。

 眼下に見える、荒れ果てた大地。

 その上を走り回る、鬼達の姿。

 みるみる、小さくなっていく。

 大翔達は、空の上にいた。

 飛んでいる。

 

「うわわわっ!」

 大翔はツノを掴む手に力を込めた。

「大翔君っ! こ、これは不可抗力です!」

 銀華が後ろから大翔の腰に手を回し、頬を赤らめている。

「キャキャキャキャッ! 乗り心地はいかがっすかあ~? 大空の旅ぃ~ッ!」

―ゴウッッッ!

 ツノウサギの翼がはためき、風の膜が大翔達を包み込む。

「逃げていきます! シロさん!」

 銀華が指差した。

 祭壇を乗せた島が、風船のように、上へ上へと遠ざかっていくのだ。

「キャッキャキャキャ! 逃がすかよ! さあ、鬼ごっこ再開だぜええ~ッ!」

 ツノウサギは笑った。

 大翔は何故か、その笑い方を知っていると思った。

 馴染みのある笑い方だった。

 幼稚園で、小学校で、中学校で、たくさん聞いた。

「いっくぜえッ! お前ら、振り落とされんなよッッッ!」

 翼がはためく。

 逃げる祭壇を追って、高度を上げ、そのまま黒雲に突っ込んだ。

 ゴウゴウと気流の音が鼓膜に響き、風が髪を逆巻かせ、吹き寄せる気流に歯を食いしばる。

 黒雲を突き抜け、大翔は思わず、歓声を上げた。

 

「……すっっげえっっ!!!!!!」

 広がった空は、もう血のような地獄の空ではなかった。

 地上の空だ。

 天に瞬く星々があり、月明かりが大地を照らしている。

 遥か東の彼方から、一条の光が射してきている――太陽の光だ。

 眼下に、紺碧の海洋が、大地が見えた。

 緑に萌えた野原、咲き誇った花々、流れてゆく川、皆が暮らす街並み。

 全部、全部見えた。

 

「あのさ、ツノウサギ!」

 地上を見下ろしながら、大翔は声を張り上げた。

「いや……ツノリュウ?」

「ダサい!」

 ツノウサギがツッコむ。

「ツノウサギでいいっての! もう慣れたし! 他の鬼達にも、そう呼ばれてるし!」

「あのさ、ツノウサギ!」

「なんだよ!?」

 大翔は風の音に負けないように、大声で尋ねた。

「どうして、助けてくれるんだ!?」

「どうしてってえ!?」

「お前、鬼だろ!」

「そうだZE!」

「俺達を喰おうと、ずっと狙ってただろ!」

「そうだZE!」

「だったら、なんで!?」

 ……訊きながら。

 大翔は、その答えなら、もう分かっていると思った。

「そんなの、決まってんじゃんっっっ!」

 大空を飛びながら、ツノウサギは答えた。

 

「いっぱい遊んで――――楽しかったからっっっっっ!!!!!」

 

 大翔の思った答えと、同じだった。

「地獄でずうっと、暮らしててさあっ! オレ様、退屈だったのさあっっ!」

 ツノウサギは叫んだ。

「オレ様だけじゃない! 黒も、青も、赤も、黄も、退屈してた!

 みんな、誰かと――遊びたかったっっ!」

 それは、子供の声だった。

 たくさんはしゃいで、たくさん遊んで、満足した子供の声だと思った。

「地上に出てからこの1年半、楽しかった! 退屈しなかったZE!

 遊んでるうちにさあっ! なんでか、知らないけどさあっ!

 好きに、なっちまったんだよなっ! お前らの事っっ!!」

「そういうの、なんて言うか分かるか!? ツノウサギ!」

「何々!? なんてーの!?」

 大翔は、笑って答えた。

「“友達”って、言うんだぜ!」

「キャッキャキャキャキャ! 友達ぃ?」

 ツノウサギも笑った。

「へ~んなの!!」

 彼は、寂しがり屋だったのだ。

 

「よ~っし! 追いついちゃったぜえええ~ッッ!」

 眼下に、祭壇を乗せた島を捉えた。

 ツノウサギは翼をはためかせると、滑るように島の上につく。

 大翔と銀華は飛び降り、島へ着地した。

 直径10mにも満たない、小さな島だ。

 祭壇に駆け寄り、腕を伸ばすと、辺りの景色が滲み始めた。

 水に溶かれた絵の具のように、消えて――

 

「キャッキャキャキャ! ダーメダメ! 逃がしません!」

 ツノウサギが、バサリと翼を広げた。

 行き場を塞ぐように、祭壇の周りを覆ってしまう。

「往生際の悪い、絶鬼だなあ! しつこいヤローは、嫌われちゃうぜ?」

 空が、カッと光り輝いた。

 幾筋もの稲妻が迸った。

 大翔達を脅すように……いや、慌てているように。

「シロさん! 解析できました!」

「さっすが銀華嬢! 頼んだZE!」

「結界、解きます!」

 銀華はツノに手をやると、ぶつぶつと何か唱え始めた。

 空に複雑な幾何学模様が幾重にも現れ、空間をぐるぐると回り始めた。

 それと共に、辺りの景色が、霧のように掻き消えていく。

 瞬きすると――そこはもう、大空の上ではなかった。

 桜ヶ島神社の裏山の、寂れた境内だ。

 漂っていた瘴気も、消え去っている。

 

「大翔君! さあ!」

 銀華に促され、大翔は祭壇に進み出た。

 結界石を祭壇に乗せると、石から光が立ち上っていくが、弱い。

 空で轟く雷に、掻き消されてしまいそうなほどに。

「あああ、もうっっ! 掲げちまえっっっ!」

 ツノウサギが叫んだ。

 大翔は結界石を掌に乗せた。

 人の心で輝く石だ。

 立ち上る光が、強くなる。

「銀華ちゃんも!」

「はい!」

 銀華が大翔の掌に、掌を重ねた。

 そのまま二人、腕を掲げた。

 眩い白光が溢れ、柱となって、天へ立ち上ってゆく……。

 

「これより、大鬼門封じの儀を執り行うっ!」

 大翔は叫んだ。

「みんな、結界石を掲げてくれっっっ!」

 

「「了解!」」

 我妻総一朗と上原麻麻は、結界石を掴むと、頭上へ掲げた。

 瞬間、結界石から、穏やかな青の光が溢れた。

 美術館の天井を突き抜け、天へと立ち上ってゆく。

 

「行くよう!」

「行くわよ!」

「行くぞ!」

 桜井悠、宮原葵、比嘉理々庵は、結界石を掴んで空へと掲げた。

 後ろでは荒木先生が、悠と葵の肩を掴んで、祈るように目を閉じている。

 結界石から、温かな赤の光が溢れ、柱となって伸びてゆく。

 

「行くぞ!」

「さぁ~て、やらなくっちゃね」

「あいつは、もういないからな」

 織美亜達は結界石を頭上へ掲げると、

 空を走っていた雷の束が掻き消え、清浄な紫の光が立ち上った。

 

「ケッ! 遅(おせ)えんだよ! いくぞ!」

 金谷章吾はニヤリと笑うと、結界石を頭上へ掲げた。

 鬼岩窟の天井を突き抜け、力強い黒の光が、遥か天まで伸びてゆく……。

 

 その日、人々は、大地から五本の光の柱が伸びて、遥か天まで立ち上ってゆくのを見た。

 そうして、五つの光の柱――それぞれの頂点を繋ぐように、輝く線が伸びてゆくのを見た。

 北西の頂点から、北東の頂点へ。

 北東から、南西、南西から、北、北から、南東、南東から、北西へ。

 眩い光の線が、巨大な五芒星を描くと。

 光が泉のように溢れて、大地を照らし出していく……。

 

 人々は、見た。

 大地を覆い尽くそうとしていた血のような空が、ゆっくりと色褪せ、薄れていくのを。

 ずっと続いていた大地の鳴動が、小さくなって、消えてゆく。

 一切の音が、なくなった。

 誰も、何も、発しないまま、黙って、空を見上げた。

 そうして、東の空の向こうから、太陽の光が射してくるのを見た。

 

 桜ヶ島のアジトに立てこもっていた人々は、校舎の窓から、それを見た。

 五芒星から溢れた光が街を照らし、

 街を覆っていた濃い霧が、風に吹かれるように消えていくのを。

 赤く染まっていた空が、黎明の青に染め替えられていく。

 そうして、見た。

 街の中央に居座って、地上を見下ろしていた、絶鬼の卵。

 その罅割れた隙間から覗いていた巨大な目玉が、一瞬、悔しげに歪むのを。

 

「最後の最後で私、参上! 残りの95人の力で、消し去ってあげるわ!」

「有栖!!」

 絶鬼の影に飲み込まれたはずの有栖が、光り輝く剣を携えて姿を現した。

 エージェントの力によって、有栖は死の淵から蘇ったのだ。

 有栖は、遠い島にいた95人のエージェントの力を借りて形成した剣を振り下ろす。

 すると、どろり――腐ったように、目玉が溶けた。

 どろり、どろり――形を失い、地面に零れ、溶けていく。

 目玉だけではなく、卵は、形を崩し始めた。

 光に包まれて、溶け、崩れ、灰になって地面に落ち、地表に染み込むように消えていく。

 忌々しそうな唸りと共に、地鳴りが数度響いた。

 

 そこまでだった。

 気がつけば、絶鬼の卵は、消え去っていた。

 初めからそんなもの、存在しなかったように。

 

 五芒星の光も、消えていた。

 代わりに、眩しい太陽の光が、街を照らし出していた。

 

 夜が明けたのだ。

 

 気がつけば、大翔は、真っ白な空間にいた。

 見渡す限り何もない、空っぽの空間だ。

 立ち上る光に身を任せていると、いつの間にか、そこに立っていた。

 皆の姿があった。

 悠も、葵も、章吾も、有栖も、総一朗も、荒木先生も、銀華とツノウサギも一緒にいた。

 

 ……皆、黙っている。

 互いに互いの顔を見やって、誰も、何も喋れずにいる。

 無言の空気に圧されるように、大翔は口を開いた。

「う、上手くいった……のかなあ?」

 我ながら、何だかしまらない言葉だな……と思ったが。

 

「桜ヶ島の街に、鬼達の気配はもうありません」

 銀華が口を開いた。

「あいつら、みんな、地獄に戻ってっちゃったからな!」

 ツノウサギが翼を揺らした。

 いつものウサギのような姿に戻っていた。

「ぜ、絶鬼は……?」

 大翔は、ごくり、と唾を呑んで訪ねた。

「絶鬼は……あいつが、滅ぼしちゃったんだよな」

「キャキャキャキャ……そうだな。知らんけど」

「つまり……?」

「だからあっ!」

 言葉を詰まらせる大翔達に、ツノウサギは叫んだ。

 

「お前らの、勝ちってこった!!」

 銀華が頷く。

「大鬼門封じ、成功です……!!」

「や」

 大翔は、固めた拳を突き上げた。

 皆が突き上げるのと、同時だった。

 

「「「「「「「やったあああああああああああっっっっっっっ!」」」」」」」

 

 皆、飛び上がって喜んだ。

 抱きついて、勝利を讃え合った。

 喜ぶ皆を、銀華とツノウサギは、じっと見つめていた。

 悠が辺りを見回した。

「あの人達は……?」

 

 眩い五芒星の光に照らされて、嵐も雷も掻き消えた。

 太陽の光が射し、空が真っ青に塗り替えられていく。

 織美亜達はそれを、じっと見上げていた。

「や……やったあっっ!」

「ついに、倒したのね……」

「ああ、俺達の、勝ちだ……」

 誰もいない空へ向かって、飛び上がって拳を突き上げる。

 ふと、彼らの身体が、光に包まれていった。

「何故だ……? 鬼を倒した、はずなのに……」

 戸惑う狼王を前に、一のテレパシーが聞こえてくる。

 

――我々は鬼を倒すためだけに、鬼の力を借り、戦ってきた。

  だが、鬼が地上から消えた以上、我々の役目は終わった。

――そして、我々は正義のために数多くの血を流した。

  その報いとして、もう二度と、この地上では生きられないだろう。

 

「そ、そんな……!」

 そう、100人の琉球エージェントは、戦うためだけに桃鬼によって生かされていた。

 平和のために数多くの血を流してきた。

 超能力も桃鬼が作っていたため、彼女がいなくなった以上、

 彼らが辿る道筋は、一つしかなかった。

「アタシ達、もう、この世界にいられないの!?」

「そうみたい、だな……」

「ふっ……まるで少年兵の末路みたいだ、な……」

 琉球エージェント達が、役目を終えて次々に光の粒子になっていき、天に昇っていく。

 まるで、戦い続けた事に対する、世界からの罰のように。

 

「No.16! 行くな!!」

 総一朗が麻麻に手を伸ばすが、彼女の姿は光になって消えていく。

 そして、数分後、全ての琉球エージェントは跡形もなく消滅した。

 

「……銀華ちゃん? ツノウサギ?」

「それに、有栖まで……どうしたんだ?」

 大翔と章吾は気がついた。

 皆を見守っていた銀華とツノウサギ、弟と共に戦った有栖の姿が、滲み始めている事に。

 体が、ゆっくりと、薄くなっていく……。

「どうやらわたし達も、時間のようです」

「キャキャキャ。タイムアップって奴だな!」

「私、これから人間をやめちゃうみたい」

「え? どういう事……?」

 戸惑う大翔と章吾に、銀華と有栖は告げる。

「大鬼門封じは成功し、鬼門は再び閉ざされました」

「私、絶鬼を倒しちゃったから、人間の理(ことわり)から外れちゃって」

 きょとんとする皆に、銀華は寂しげに微笑んだ。

「わたし達も……地獄に戻らなければなりません」

「色んな世界を旅する、異次元の旅人になっちゃったのよね!」

 有栖は、弟に向けて満面の笑みを浮かべた。

 ツノウサギが翼を揺らす。

「長い旅行だったが……お別れの時間だZE!」

「そ、そんなっっ……!」

「待ってくれ、有栖!」

 大翔と有栖は首を振った。

 皆、口々に、捲し立て始めた。

「待った! 待った! そんなのないだろう!」

 総一朗が身を乗り出した。

「どうにかして、地上にいられないの!?」

 葵が叫んだ。

 銀華は微笑み、首を振る。

「わたし達は、わたし達の世界に――わたし達の家に、帰らなければいけません」

「あら、帰らないわけじゃないわよ? いつでも帰ってこれるんだから」

「今更、何言ってやがんだよ。鬼を封じるんだって、やってきたんだろーが」

 ツノウサギが呆れたように翼を竦める。

「そうだけど、でも……! 例外扱いにしてほしいよう!」

 悠がぶんぶん首を振った。

「どうにかなんだろ! 我儘言って、残ればいいんじゃないのか!? 有栖は……大丈夫だが」

 章吾が唸った。

「みんなで考えれば、何か思いつくはずだ!」

「誰か、アイデアを出せ、アイデアを!」

「先生! 何かないんですか!」

「無茶ぶりするな!」

「くっそー……!」

「嫌だ!」

「嫌だよ!」

 皆、涙ぐんでいる。

 せっかく、仲良くなれたのに……友達になれたのに。

 

「ったく。そんな顔、すんじゃねーよ」

 ツノウサギは、翼をはためかせて。

 悪戯っぽく、ニヤリと笑った。

「有栖みたいに、また、来るからよ!」

「……本当?」

「おう! 遊びに来るさあ! 地上は楽しいって、覚えちゃったからな! キャキャキャキャ!」

「だからそんな顔、するんじゃないわよ!」

 それで、皆、自分が、瞼に涙を溜めている事に気づいた。

 泣きたかったが、ガマンした。

 別れの時に泣くのは、寂しいから。

 瞼を拭って、声を張り上げた。

 

「「「「「「また来いよ!」」」」」」

「そいじゃ、達者でなあっ!」

「世界を救ってくるからね!」

「キャーッキャッキャッキャッキャッキャッキャ!」

 ツノウサギが、短い手をぶんぶんと振った。

 高笑いと共に、その姿が溶けて、ゆっくりと宙に消えていく。

 有栖もまた、新たな力を得て、宙に消えていく。

「みんな、さようなら! 本当にありがとう!」

 銀華が手を振った。

「こっちこそありがとう!」

 みんなで手を振り返した。

「大翔君、素敵な大人になってね!」

 銀華が叫んだ。

 

「――――大好きだよっっっ!」

 

 その声に。

 大翔は思わず、腕を伸ばしていた。

 しかし、その手はもう、何も触れない。

 三人の姿は、もうなかった。

 

「ありがとう……!」

 頬をぼろぼろと涙が伝って落ちた。

 涙が溢れてよく見えないが、きっと皆も泣いていた。

 大翔は乱暴に涙を拭うと。

 

「みんな、帰ろう!」

 皆を振り返って、声を張り上げた。

 

「俺達の、街へ!!」




次回は琉球エージェントの死遊戯紀行2の最終回です。
最後まで楽しみにしていてください。
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