けれど、やっぱり元凶は別にいるようで。
『関係者以外立ち入り禁止』
廊下の入り口には、そんな札とロープが張られていた。
ここは鹿馬根村。
山間に広がる、小さな村だ。
守は、小学校の3年生。
この春から、父の仕事の都合で、この村へ引っ越してきたばかり。
のどかでいい村だと思う。
自然がいっぱいあるし、虫も多い。
ただ、やっぱり田舎は退屈で、特に学校のない休日なんかは、ヒマを持て余してしまう。
それで守は、図書館に寄るのが習慣になった。
今日も何か本を借りようと、村役場に併設の図書館へやってきていた。
で、トイレに行きたくなったのだ。
図書館のトイレは工事中だった。
隣の役場に入ったが、1階のトイレは混んでいた。
2階のトイレは清掃中。
慌てて階段を駆け上がったら、この札に出迎えられたのだ。
『関係者以外立ち入り禁止』。
守は辺りの様子を伺った。
3階の廊下は、妙に薄暗かった。
全ての窓に、何故か分厚い暗幕がかけられているのだ。
階下は人のざわめきがあるのに、その階だけは、しんと静まり返っている。
守は、ひょいっ、とロープを跳び越えた。
(大丈夫、ちょっとトイレを借りるだけなんだから)
廊下を奥まで進んだところで、ドンッ、と何かがぶつかるような音が聞こえてきた。
守はビクッとして足を止めると、慌てて、辺りを見回した。
周りには、特に何もなかった。
のっぺらぼうの廊下の壁が、伸びているだけだ。
守がそれに気づいたのは、偶然だった。
廊下の壁に、ほんの僅かに、手垢のような跡が浮いているのだ。
何気なく触れてみると……壁が沈み込む。
(ドアだ!)
廊下の壁の一部分が、ドアになっているのだ。
それと思って探さなければ、誰も気づかないだろう。
(何の部屋だろう……)
守は、手を押し込んだ。
ドアが、ほんの数ミリ、開いていく。
(ダメだ、怒られちゃうぞ。トイレだけ借りて、さっさと行くんだ)
そう思った時。
ドアの隙間から声が響いて、守はハッとした。
――――なかなか、警戒心の強い客人だ。
しわがれた、村長の声だった。
――――自分以外は、信じない事にしてるんでね。
別の声が答えた。
よく聞き取れないが、若い男の声だ。
――――鬼のお使いでお前らにやられてちゃ、笑い話にもならないからな。
守は、むくむくと頭をもたげる好奇心を、抑えつけられなくなってしまった。
僅かに開いたドアの隙間に顔を寄せ、部屋の中を覗き込む。
部屋の中も、やはり酷く薄暗かった。
窓という窓に板が打ちつけられ、光を通さないようになっている。
ぼんやりとしたナイトランプに照らされて、室内の様子が見えた。
(な、何、これ……?)
お札だった。
奇妙な文様の描かれた巨大なお札が、壁一面に貼りつけられているのだ。
後は丸テーブルに、小さな木製の杯とワインボトルが置いてあるだけ。
それ以外、何もない。
部屋の中には、二人いた。
一人は村長で、車椅子に腰掛けたおじいさん。
こちらに背を向けていて、顔は見えない。
もう一人は、何故か、ローブで全身を覆い隠した人影だ。
壁際に立ち、お札にナイフを突きつけている。
「た、助けて!」
蒼白な顔をして、悲鳴を上げる。
大人達は動かない。
「すまんな。聞かれた。……捕まえてくれ」
村長の声が響いた。
それで守も気がついた。
大人達の誰一人、村長の顔を見ても驚いていない事に。
そこに守がいる事の方が、問題だというみたいに。
「だ、誰か、誰か助……」
素早く伸びた手が、守の口を塞いだ。
ほんの一瞬だけ響いた悲鳴は、廊下の暗がりに飲み込まれて消えた。
「新たな任務だ。……の山間に位置する『鹿馬根村』へ向かえ」
司令官・糸村一の冷徹な声が、作戦室に響く。
モニターには、霧に包まれた古めかしい村の全景が映し出されていた。
「最近、その村で不審な行方不明者が相次いでいる。ただの失踪ではない。
報告によれば、死んだはずの人間が平然と歩き回っているという目撃談がある。……不死者だ」
「死なない人間……? それって、アタシ達が戦ってきた鬼とはまた違うのかしらぁ?」
織美亜がおっとりとした調子で首を傾げる。
「本質は同じかもしれん。だが、その村には不穏な影も潜伏している。
エージェント諸君、現地で事態を収拾しろ」
一の言葉が終わるか終わらないかのうちに、阿藍が短く「了解」と応じた。
彼はそのまま、背後の仲間に視線を投げる。
「よし、全員移動の準備をしろ。理々庵、装備の確認を」
「……言われなくても、終わっている」
理々庵は淡々と答えた。
彼女の瞳は、剥き出しの刃のように鋭く、より冷徹な印象を周囲に与えている。
「今回は山間部ね。地形データは頭に入れたわ。
……狼王、あなたも斧の手入れは済んだんでしょうね?」
「へっ、俺を誰だと思ってやがる。どこからでも『かち割り』の準備はできてるぜ」
狼王がどこかから取り出した斧の刃を指先で弾く。
硬質な金属音が室内に響いた。
「麻麻、あなたの雷鳴なら、死なない奴らも炭にできるわよねぇ?」
織美亜の問いに、麻麻は自身の指先から小さな放電を起こして見せた。
「炭にするどころか、分子レベルで焼き切ってあげるわ。
……行きましょう。これ以上、被害者を増やすわけにはいかない」
阿藍が中心に立ち、全員に手を差し出す。
「目標、鹿馬根村役場近郊。――テレポートを開始する」
五人の姿が、青白い光の粒子となって空間に溶けていく。
次に彼らが目を開けた時、そこは沖縄の湿った風とは異なる、
肌を刺すような冷たい空気の漂う山中だった。
「……ここが、鹿馬根村」
理々庵が周囲を見渡す。
その鋭い眼は、立ち並ぶ木々の影に潜む何かを逃さず捉えようと、細められた。
眼下には、役場の建物と、それを囲むように建つ古い民家が、
まるで巨大な墓標のように静まり返っていた。
「妙な気配ねぇ。生きている人間の匂いより、古い土の匂いが強すぎるわぁ……」
織美亜が鼻をひくつかせ、嫌そうに眉を寄せる。
「ああ。何かが淀んでいるな」
阿藍が光の銃の感触を確かめながら、一歩先へ踏み出した。
一行は、霧の深い坂道を下り、役場へと続く一本道を進む。
村人一人とすれ違う事はなかったが、民家の隙間から、
何十もの視線が自分達を値踏みするように見つめているのを、彼らは肌で感じていた。
「……あいつら、本当に生きてるのかしら」
麻麻が不快げに呟く。
「確かめるのは、役場に着いてからだ。行くぞ」
五人のエージェントは秘密を抱えた役場へ向けて、静かに、しかし確実に歩みを速めていった。
鹿馬根村の役場へ向かう道中、静寂を破ったのは肌を刺すような違和感だった。
「……阿藍、止まって」
理々庵が鋭い声で制する。
彼女の眼は、霧の向こう側で蠢く「生きていないモノ」の気配を捉えていた。
織美亜、狼王、麻麻も即座に構える。
いつの間にか、彼らは虚ろな瞳をした不死者の群れに囲まれていた。
「囲まれたわねぇ。でも、死んでるならもう一度眠らせてあげるのが慈悲ってものかしら」
織美亜が精神を集中し、不死者の群れを討伐しようとする。
「行くぞ!」
阿藍が叫び、光の銃を両手に具現化させた。
放たれた光の弾丸が不死者の胸を貫き、大きく仰け反らせる。
間髪入れず、麻麻の手から放たれたサンダースピアが不死者を焼き焦がした。
「構築――ハンドレッドガンズ。砂の加護を乗せる」
理々庵が虚空から創造した拳銃で不死者を正確に撃ち抜き、確実に仕留める。
しかし、敵もさるもの、死を恐れぬ突進で狼王と阿藍を襲う。
「ぐっ……!」
阿藍が直撃を受け崩れ落ちるが、即座にリザレクトで立ち上がる。
「無理はダメよぉ」
織美亜の癒しの力が、狼王の傷を塞ぐ。
その隙に、狼王が重厚な斧を振り回した。
「牙旋豪斧!」
凄まじい旋回の一撃が不死者を粉砕する。
「光よ!」
「消えなさい!」
続いて、阿藍の放つ光が不死者を蒸発させ、麻麻の雷が再び戦場を支配する。
狼王は敵の反撃を紙一重でかわすと、そのまま不死者に斧を叩き込み、周囲の脅威を掃討した。
「ふぅ、手応えがないわね。でも、どうしてこんなに湧いてくるのかしらぁ?」
織美亜達は村の調査を開始したが、噂話に疎い彼らには原因が掴めない。
三時間の探索の末、彼らは役場の地下に隠された牢獄を見つけ出した。
そこには怯える少年、宮前守だけでなく、何故か以前出会った総一朗達の姿もあった。
「助けに来てくれたのか!?」
「またあなたなの? 本当に手がかかるわね」
総一朗の情けない叫びに、麻麻が呆れたように息をつく。
「ええ、一応ねぇ。でも、どうしてあなた達がこんなところに捕まっているのかしら?」
織美亜が首を傾げながら怯える守の前にしゃがみ込み、安心させるように優しく微笑みかけた。
「もう大丈夫よ。怪我はない?」
「う、うん……。村長達の秘密の部屋を見ちゃって……」
守は小さく頷き、震える指先で役場の奥を指差した。
「部屋の中に、お札がいっぱい貼ってあって……
車椅子の村長と、怪しいローブの人が話してたんだ。
鬼のお使いとか、不死者とか……。それを聞いたら、捕まっちゃって」
「鬼のお使い……。やはり、この村の異変には奴らが絡んでいるな」
理々庵が鋭い眼光をさらに細め、総一朗を睨みつける。
「で? あなた達は何をして捕まったの?」
「お、俺達はただ、この村の噂を調査しに来ただけだよ!
そしたら急に、村人達が襲ってきて……気づいたらここに放り込まれてたんだ!」
総一朗が必死に弁明する。
その横で、悠が冷静に言葉を継いだ。
「ただ、捕まる前、村長達が話しているのを盗み聞きしたんだ。
この村の連中が死なないのは、最深部にある『不死者の秘宝』と呼ばれる古い杯が原因らしい」
「杯だと?」
狼王が斧をトントンと叩きながら、獰猛な笑みを浮かべた。
「へっ、原因がハッキリしてりゃ話は早い。
その杯ってのを取り上げて、粉々にぶっ壊してやりゃ、
このお化け屋敷みたいな村も元通りってわけだろ?」
「そのようだな」
阿藍が最深部へと続く暗い通路を見据えた。
「悠、総一朗、お前達はその子を連れて、ここで待機していろ。
……行くぞ、みんな。元凶を叩き潰す」
五人のエージェントは、悪夢の根源を断つべく、さらに深い闇の奥へと足を進めた。
二時間後、ついに彼らは最深部で「不死者の秘宝」を発見した。
そこを守っていたのは、車椅子に乗っていたはずの村長、鹿馬根網砂だった。
「カカッ……よくぞ辿り着いた。だが、ここから先は通さんぞ」
網砂は禍々しい笑みを浮かべ、立ち上がった。
「ワシは鬼からこの秘宝を授かって以来、身体を村人達の死で繋ぎ止めておるのだ。
お主らも、ワシの一部になるがよい」
その言葉に、織美亜達は身震いした。
目の前の老人は、文字通り死体の塊だったのだ。
その醜悪な真実に、狼王の中の「力」が共鳴し、暴走を始める。
麻麻もまた、侵蝕率の上昇により鬼の衝動に飲み込まれそうになるが、
仲間との絆を強く思い出し、踏みとどまった。
「不愉快だ。その汚らわしい身体ごと、焼き尽くしてやろう!」
「私達の力は、誰にも止められないわ」
阿藍が光の銃を構える中、網砂が死体を媒介に新たな不死者を生み出す。
網砂が吐き出した毒が領域を汚染し、織美亜、狼王、理々庵を襲う。
三人は猛毒に倒れるが、超回復力が何度も立ち上がる。
「アタシが、みんなを支えるわぁ……!」
織美亜が放つ聖なる波動が仲間に狂戦士の力を与える。
「受けてみなさい! インディグネイション!」
麻麻の最大火力の雷が網砂と不死者達を直撃し、取り巻きを一掃した。
「これでトドメだぜ!」
狼王が網砂の懐に飛び込み、牙旋豪斧を叩き込む。
肉が弾ける嫌な音が響く。
「ライトブラスト――消え失せろ!」
阿藍が全エネルギーを光の銃に込めた。
極大の光線が網砂を貫き、その醜悪な肉体を光の中に溶かしていく。
「バ、バカな……ワシの、ワシの永遠が……!」
網砂が灰となって消えると同時に、狼王がその背後にあった不気味な杯を手に取った。
「こんなもんがあるから、ややこしい事になるんだよ!」
狼王が斧の柄で杯を力任せに粉砕する。
パリン、と乾いた音が響くと、村を覆っていた重苦しい澱みが、霧と共に晴れていった。
その後の事は、手短に記しておこう。
織美亜達は牢に捕まっていた悠達を助けた。
一緒に、隣の牢に捕まっていた子供を助けた。
村に住んでいる男の子だった。
二日前、偶然村長達の正体を見てしまい、捕まって閉じ込められていたらしい。
不死者の秘宝がなくなって、ようやくみんな、永遠の眠りについたのだ。
「任務完了」
「さて、総一朗達を連れて帰りましょうか」
織美亜がいつものおっとりとした笑顔に戻る。
五人のエージェントは、日常へと続く光の中へ歩き出した。
どんな鬼もボコボコにしてやっつけるのが彼らの流れです。