琉球エージェントの死遊戯紀行2   作:アヤ・ノア

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中学生編の第2巻、今度はアンデッドが襲ってくる?
けれど、やっぱり元凶は別にいるようで。


第2話 囚われの地獄村

『関係者以外立ち入り禁止』

 廊下の入り口には、そんな札とロープが張られていた。

 

 ここは鹿馬根村。

 山間に広がる、小さな村だ。

 守は、小学校の3年生。

 この春から、父の仕事の都合で、この村へ引っ越してきたばかり。

 のどかでいい村だと思う。

 自然がいっぱいあるし、虫も多い。

 ただ、やっぱり田舎は退屈で、特に学校のない休日なんかは、ヒマを持て余してしまう。

 それで守は、図書館に寄るのが習慣になった。

 今日も何か本を借りようと、村役場に併設の図書館へやってきていた。

 で、トイレに行きたくなったのだ。

 図書館のトイレは工事中だった。

 隣の役場に入ったが、1階のトイレは混んでいた。

 2階のトイレは清掃中。

 慌てて階段を駆け上がったら、この札に出迎えられたのだ。

 

 『関係者以外立ち入り禁止』。

 守は辺りの様子を伺った。

 3階の廊下は、妙に薄暗かった。

 全ての窓に、何故か分厚い暗幕がかけられているのだ。

 階下は人のざわめきがあるのに、その階だけは、しんと静まり返っている。

 守は、ひょいっ、とロープを跳び越えた。

 

(大丈夫、ちょっとトイレを借りるだけなんだから)

 

 廊下を奥まで進んだところで、ドンッ、と何かがぶつかるような音が聞こえてきた。

 守はビクッとして足を止めると、慌てて、辺りを見回した。

 周りには、特に何もなかった。

 のっぺらぼうの廊下の壁が、伸びているだけだ。

 守がそれに気づいたのは、偶然だった。

 廊下の壁に、ほんの僅かに、手垢のような跡が浮いているのだ。

 何気なく触れてみると……壁が沈み込む。

 

(ドアだ!)

 

 廊下の壁の一部分が、ドアになっているのだ。

 それと思って探さなければ、誰も気づかないだろう。

 

(何の部屋だろう……)

 

 守は、手を押し込んだ。

 ドアが、ほんの数ミリ、開いていく。

 

(ダメだ、怒られちゃうぞ。トイレだけ借りて、さっさと行くんだ)

 

 そう思った時。

 ドアの隙間から声が響いて、守はハッとした。

 

――――なかなか、警戒心の強い客人だ。

 

 しわがれた、村長の声だった。

 

――――自分以外は、信じない事にしてるんでね。

 

 別の声が答えた。

 よく聞き取れないが、若い男の声だ。

 

――――鬼のお使いでお前らにやられてちゃ、笑い話にもならないからな。

 

 守は、むくむくと頭をもたげる好奇心を、抑えつけられなくなってしまった。

 僅かに開いたドアの隙間に顔を寄せ、部屋の中を覗き込む。

 部屋の中も、やはり酷く薄暗かった。

 窓という窓に板が打ちつけられ、光を通さないようになっている。

 ぼんやりとしたナイトランプに照らされて、室内の様子が見えた。

 

(な、何、これ……?)

 

 お札だった。

 奇妙な文様の描かれた巨大なお札が、壁一面に貼りつけられているのだ。

 後は丸テーブルに、小さな木製の杯とワインボトルが置いてあるだけ。

 それ以外、何もない。

 部屋の中には、二人いた。

 一人は村長で、車椅子に腰掛けたおじいさん。

 こちらに背を向けていて、顔は見えない。

 もう一人は、何故か、ローブで全身を覆い隠した人影だ。

 壁際に立ち、お札にナイフを突きつけている。

 

「た、助けて!」

 蒼白な顔をして、悲鳴を上げる。

 大人達は動かない。

「すまんな。聞かれた。……捕まえてくれ」

 村長の声が響いた。

 それで守も気がついた。

 大人達の誰一人、村長の顔を見ても驚いていない事に。

 そこに守がいる事の方が、問題だというみたいに。

 

「だ、誰か、誰か助……」

 素早く伸びた手が、守の口を塞いだ。

 ほんの一瞬だけ響いた悲鳴は、廊下の暗がりに飲み込まれて消えた。

 

「新たな任務だ。……の山間に位置する『鹿馬根村』へ向かえ」

 司令官・糸村一の冷徹な声が、作戦室に響く。

 モニターには、霧に包まれた古めかしい村の全景が映し出されていた。

 

「最近、その村で不審な行方不明者が相次いでいる。ただの失踪ではない。

 報告によれば、死んだはずの人間が平然と歩き回っているという目撃談がある。……不死者だ」

「死なない人間……? それって、アタシ達が戦ってきた鬼とはまた違うのかしらぁ?」

 織美亜がおっとりとした調子で首を傾げる。

「本質は同じかもしれん。だが、その村には不穏な影も潜伏している。

 エージェント諸君、現地で事態を収拾しろ」

 一の言葉が終わるか終わらないかのうちに、阿藍が短く「了解」と応じた。

 彼はそのまま、背後の仲間に視線を投げる。

「よし、全員移動の準備をしろ。理々庵、装備の確認を」

「……言われなくても、終わっている」

 理々庵は淡々と答えた。

 彼女の瞳は、剥き出しの刃のように鋭く、より冷徹な印象を周囲に与えている。

「今回は山間部ね。地形データは頭に入れたわ。

 ……狼王、あなたも斧の手入れは済んだんでしょうね?」

「へっ、俺を誰だと思ってやがる。どこからでも『かち割り』の準備はできてるぜ」

 狼王がどこかから取り出した斧の刃を指先で弾く。

 硬質な金属音が室内に響いた。

「麻麻、あなたの雷鳴なら、死なない奴らも炭にできるわよねぇ?」

 織美亜の問いに、麻麻は自身の指先から小さな放電を起こして見せた。

「炭にするどころか、分子レベルで焼き切ってあげるわ。

 ……行きましょう。これ以上、被害者を増やすわけにはいかない」

 阿藍が中心に立ち、全員に手を差し出す。

「目標、鹿馬根村役場近郊。――テレポートを開始する」

 

 五人の姿が、青白い光の粒子となって空間に溶けていく。

 次に彼らが目を開けた時、そこは沖縄の湿った風とは異なる、

 肌を刺すような冷たい空気の漂う山中だった。

 

「……ここが、鹿馬根村」

 理々庵が周囲を見渡す。

 その鋭い眼は、立ち並ぶ木々の影に潜む何かを逃さず捉えようと、細められた。

 眼下には、役場の建物と、それを囲むように建つ古い民家が、

 まるで巨大な墓標のように静まり返っていた。

 

「妙な気配ねぇ。生きている人間の匂いより、古い土の匂いが強すぎるわぁ……」

 織美亜が鼻をひくつかせ、嫌そうに眉を寄せる。

 

「ああ。何かが淀んでいるな」

 阿藍が光の銃の感触を確かめながら、一歩先へ踏み出した。

 一行は、霧の深い坂道を下り、役場へと続く一本道を進む。

 村人一人とすれ違う事はなかったが、民家の隙間から、

 何十もの視線が自分達を値踏みするように見つめているのを、彼らは肌で感じていた。

 

「……あいつら、本当に生きてるのかしら」

 麻麻が不快げに呟く。

「確かめるのは、役場に着いてからだ。行くぞ」

 五人のエージェントは秘密を抱えた役場へ向けて、静かに、しかし確実に歩みを速めていった。

 

 鹿馬根村の役場へ向かう道中、静寂を破ったのは肌を刺すような違和感だった。

「……阿藍、止まって」

 理々庵が鋭い声で制する。

 彼女の眼は、霧の向こう側で蠢く「生きていないモノ」の気配を捉えていた。

 織美亜、狼王、麻麻も即座に構える。

 いつの間にか、彼らは虚ろな瞳をした不死者の群れに囲まれていた。

 

「囲まれたわねぇ。でも、死んでるならもう一度眠らせてあげるのが慈悲ってものかしら」

 織美亜が精神を集中し、不死者の群れを討伐しようとする。

「行くぞ!」

 阿藍が叫び、光の銃を両手に具現化させた。

 放たれた光の弾丸が不死者の胸を貫き、大きく仰け反らせる。

 間髪入れず、麻麻の手から放たれたサンダースピアが不死者を焼き焦がした。

「構築――ハンドレッドガンズ。砂の加護を乗せる」

 理々庵が虚空から創造した拳銃で不死者を正確に撃ち抜き、確実に仕留める。

 しかし、敵もさるもの、死を恐れぬ突進で狼王と阿藍を襲う。

「ぐっ……!」

 阿藍が直撃を受け崩れ落ちるが、即座にリザレクトで立ち上がる。

「無理はダメよぉ」

 織美亜の癒しの力が、狼王の傷を塞ぐ。

 その隙に、狼王が重厚な斧を振り回した。

「牙旋豪斧!」

 凄まじい旋回の一撃が不死者を粉砕する。

 

「光よ!」

「消えなさい!」

 続いて、阿藍の放つ光が不死者を蒸発させ、麻麻の雷が再び戦場を支配する。

 狼王は敵の反撃を紙一重でかわすと、そのまま不死者に斧を叩き込み、周囲の脅威を掃討した。

 

「ふぅ、手応えがないわね。でも、どうしてこんなに湧いてくるのかしらぁ?」

 織美亜達は村の調査を開始したが、噂話に疎い彼らには原因が掴めない。

 三時間の探索の末、彼らは役場の地下に隠された牢獄を見つけ出した。

 そこには怯える少年、宮前守だけでなく、何故か以前出会った総一朗達の姿もあった。

 

「助けに来てくれたのか!?」

「またあなたなの? 本当に手がかかるわね」

 総一朗の情けない叫びに、麻麻が呆れたように息をつく。

「ええ、一応ねぇ。でも、どうしてあなた達がこんなところに捕まっているのかしら?」

 織美亜が首を傾げながら怯える守の前にしゃがみ込み、安心させるように優しく微笑みかけた。

「もう大丈夫よ。怪我はない?」

「う、うん……。村長達の秘密の部屋を見ちゃって……」

 守は小さく頷き、震える指先で役場の奥を指差した。

「部屋の中に、お札がいっぱい貼ってあって……

 車椅子の村長と、怪しいローブの人が話してたんだ。

 鬼のお使いとか、不死者とか……。それを聞いたら、捕まっちゃって」

「鬼のお使い……。やはり、この村の異変には奴らが絡んでいるな」

 理々庵が鋭い眼光をさらに細め、総一朗を睨みつける。

「で? あなた達は何をして捕まったの?」

「お、俺達はただ、この村の噂を調査しに来ただけだよ!

 そしたら急に、村人達が襲ってきて……気づいたらここに放り込まれてたんだ!」

 総一朗が必死に弁明する。

 その横で、悠が冷静に言葉を継いだ。

「ただ、捕まる前、村長達が話しているのを盗み聞きしたんだ。

 この村の連中が死なないのは、最深部にある『不死者の秘宝』と呼ばれる古い杯が原因らしい」

「杯だと?」

 狼王が斧をトントンと叩きながら、獰猛な笑みを浮かべた。

「へっ、原因がハッキリしてりゃ話は早い。

 その杯ってのを取り上げて、粉々にぶっ壊してやりゃ、

 このお化け屋敷みたいな村も元通りってわけだろ?」

「そのようだな」

 阿藍が最深部へと続く暗い通路を見据えた。

「悠、総一朗、お前達はその子を連れて、ここで待機していろ。

 ……行くぞ、みんな。元凶を叩き潰す」

 五人のエージェントは、悪夢の根源を断つべく、さらに深い闇の奥へと足を進めた。

 

 二時間後、ついに彼らは最深部で「不死者の秘宝」を発見した。

 そこを守っていたのは、車椅子に乗っていたはずの村長、鹿馬根網砂だった。

「カカッ……よくぞ辿り着いた。だが、ここから先は通さんぞ」

 網砂は禍々しい笑みを浮かべ、立ち上がった。

「ワシは鬼からこの秘宝を授かって以来、身体を村人達の死で繋ぎ止めておるのだ。

 お主らも、ワシの一部になるがよい」

 その言葉に、織美亜達は身震いした。

 目の前の老人は、文字通り死体の塊だったのだ。

 その醜悪な真実に、狼王の中の「力」が共鳴し、暴走を始める。

 麻麻もまた、侵蝕率の上昇により鬼の衝動に飲み込まれそうになるが、

 仲間との絆を強く思い出し、踏みとどまった。

 

「不愉快だ。その汚らわしい身体ごと、焼き尽くしてやろう!」

「私達の力は、誰にも止められないわ」

 阿藍が光の銃を構える中、網砂が死体を媒介に新たな不死者を生み出す。

 網砂が吐き出した毒が領域を汚染し、織美亜、狼王、理々庵を襲う。

 三人は猛毒に倒れるが、超回復力が何度も立ち上がる。

 

「アタシが、みんなを支えるわぁ……!」

 織美亜が放つ聖なる波動が仲間に狂戦士の力を与える。

「受けてみなさい! インディグネイション!」

 麻麻の最大火力の雷が網砂と不死者達を直撃し、取り巻きを一掃した。

「これでトドメだぜ!」

 狼王が網砂の懐に飛び込み、牙旋豪斧を叩き込む。

 肉が弾ける嫌な音が響く。

 

「ライトブラスト――消え失せろ!」

 阿藍が全エネルギーを光の銃に込めた。

 極大の光線が網砂を貫き、その醜悪な肉体を光の中に溶かしていく。

 

「バ、バカな……ワシの、ワシの永遠が……!」

 網砂が灰となって消えると同時に、狼王がその背後にあった不気味な杯を手に取った。

「こんなもんがあるから、ややこしい事になるんだよ!」

 狼王が斧の柄で杯を力任せに粉砕する。

 パリン、と乾いた音が響くと、村を覆っていた重苦しい澱みが、霧と共に晴れていった。

 

 その後の事は、手短に記しておこう。

 織美亜達は牢に捕まっていた悠達を助けた。

 一緒に、隣の牢に捕まっていた子供を助けた。

 村に住んでいる男の子だった。

 二日前、偶然村長達の正体を見てしまい、捕まって閉じ込められていたらしい。

 不死者の秘宝がなくなって、ようやくみんな、永遠の眠りについたのだ。

 

「任務完了」

「さて、総一朗達を連れて帰りましょうか」

 織美亜がいつものおっとりとした笑顔に戻る。

 五人のエージェントは、日常へと続く光の中へ歩き出した。




どんな鬼もボコボコにしてやっつけるのが彼らの流れです。
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