彼らは何を思うのか、それが彼らの考えなのですとも言っておきます。
「今回の任務は、土御門美術館への潜入だ」
司令官・糸村一の低く重厚な声が、作戦室の冷たい空気を震わせた。
モニターには、静謐な佇まいを見せる土御門美術館の画像が映し出される。
「報告によれば、その美術館には鬼を屠るための秘策が隠されているという。
だが、現在そこは紫鬼の配下、青髭男爵に乗っ取られた可能性が高い」
一は鋭い眼光を、デスクの前に立つ織美亜と理々庵に向けた。
「No.2、No.6。お前達二人で潜入し、秘策を回収しろ。
先行部隊がいるはずだが、連絡が途絶えている。恐らく何らかの罠に嵌まったのだろう」
「あらぁ、美術館デートなんて素敵だと思ったのに、雲行きが怪しいわねぇ」
織美亜がふんわりとした笑顔のまま、悠然と髪を弄る。
その口調とは裏腹に、彼女の周囲には既に超能力の微かな波動が渦巻いていた。
「……相手はただの鬼ではないようだな」
理々庵は剥き出しの鋭い瞳でモニターを見つめる。
彼女の脳内では、既に美術館の構造データと、
不測の事態に備えた無数の武器の設計図が構築され始めていた。
「青髭男爵は狡猾だ。力押しだけでは通用せん。
……いいか、必ず生きて秘策を持ち帰れ。これは命令だ」
「了解した。秘策も、動けなくなっている仲間も、全部私が拾う」
理々庵が冷徹に言い放ち、一歩前へ踏み出す。
「アタシたちにお任せなさぁい。
芸術鑑賞の邪魔をする悪い子達は、綺麗にお掃除してきちゃうわぁ」
織美亜は理々庵の隣に並んだ。
「――行け」
一の短い合図と共に、二人の姿は光の粒子へと溶け、
目的地である土御門美術館へと転送されていった。
「……ここに秘策があるはずだ」
「気を付けていくわよぉ」
織美亜と理々庵の二人は、鬼を屠るための秘策が隠されているという噂を追い、
土御門美術館へと足を踏み入れた。
しかし、静謐であるはずの館内は、既に異様な空気に包まれていました。
二人が奥へ進むと、そこには変わり果てた光景が広がっていた。
有栖を始めとする仲間達が、抗う術もなく深い眠りに落ちていたのだ。
さらに、彼らの首には冷たく光る鉄の首輪が嵌められていた。
「あらあらぁ……。これじゃあ、まるで展示品ねぇ」
織美亜が困ったように頬に手を当て、溜息をついた。
「土御門美術館が、乗っ取られたというわけね」
理々庵は鋭い眼で周囲を警戒した。
その時、二人の前に一人の男が姿を現した。
「ようこそ、皆様。地獄美術館へ」
背だけではなく、手足も長い。
高級そうなタキシードに身を包み、首には蝶ネクタイをつけている。
現れたのは、長身の男だった。
頭はつるりとしたマスクで覆われ、油性ペンで描かれた豆粒のような目と口とヒゲ。
まるで不格好なぬいぐるみのようだ。
「当美術館はただいまをもちまして、地獄の管理下となりました。
わたくし、紫鬼様より、皆様の始末を任されてやって参りました、青髭男爵と申します。
お見しりおきを」
腰に吊りさげていたステッキを、くるりと回す。
被っていたシルクハットを外すと、恭しく胸元に手をやってお辞儀した。
その額には……ツノが生えている。
「あらぁ、不細工なぬいぐるみさんね。アタシが綺麗にバラバラにしてあげましょうかぁ」
織美亜がふんわりとした笑顔のまま、その指先を青髭男爵へと向ける。
殺意の篭もった超能力が渦巻こうとしたその瞬間、
青髭男爵は慌てた様子で懐から小さな銀色の円筒を取り出した。
「おっと、レディ。短気は損気を絵に描いたような振る舞いですな」
青髭男爵がその小さなホイッスルを口元に寄せる。
理々庵が鋭い視線でその動きを制した。
「それは何?」
「これは審判の笛。わたくしがこれをピィーッと一吹きすれば、
皆様のお仲間の首元にある花飾りが、ドカンと景気よく咲き乱れる仕掛けになっております」
青髭男爵が不気味な豆粒のような目を細めて笑う。
「爆弾……卑怯な真似を」
理々庵が吐き捨てるように言う。
「卑怯? 滅相もございません。これはルールです。ですが、今すぐ吹くのは興醒めというもの。
わたくしは皆様と、もっと高尚な遊び――ゲームを楽しみたいのですから!」
青髭男爵はそう言うと、手品のように鮮やかにホイッスルを空間から消し去った。
「ゲーム? そんなの、付き合ってあげる義理はないわぁ」
織美亜が冷たく言い放つ。
「そうだな。ルールを押し付けられる前に、貴様を消せば済む話だ」
理々庵が右手を突き出す。
彼女の意思が形となり、空間そのものを押し潰すような不可視の衝撃波が青髭男爵を襲う。
「あら、アタシも混ぜてぇ」
織美亜が舞うように手を振ると、青髭男爵に傷がつく。
「おやおや、手荒い歓迎ですな! ですが、今はまだその時ではない!」
青髭男爵はステッキを突き立てて衝撃をやり過ごすと、霧のようにその姿を掻き消した。
「……逃げたか。癪だが、今はあいつの言うゲームとやらに乗るしかない」
理々庵が周囲を見渡す。
眠らされた有栖が僅かに身じろぎをし、その瞳を開いた。
「……ここ、は……?」
「おはよう、有栖。災難だったわねぇ」
織美亜が首輪に触れようとする有栖を止める。
「触っちゃダメ。爆弾が仕掛けられてるわ。理々庵、状況をみんなに繋いで」
「分かってる。……全方位テレパシー展開」
理々庵が精神を研ぎ澄まし、美術館の各所に散っている仲間達へ意識を飛ばす。
『全員、私の声を聞け。この建物は青髭男爵という鬼に乗っ取られた。
首輪には爆弾がある。あいつの用意した部屋を攻略して、最奥の結界を叩き潰す』
美術館は巨大なゲーム盤へと変貌していた。
最初の関門、『知力の部屋』。
そこには数多の古文書と、解く者を狂わせる論理の罠が張り巡らされている。
「ここはアタシ達がやるわ」
別ルートを進んでいた仲間達が、テレパシー越しに自信を覗かせる。
彼らは瞬く間に青髭男爵の用意した詭弁を見破り、部屋の扉を開放した。
次に立ちはだかるのは『忍耐力の部屋』。
皮膚を焼く熱気と、精神を削る不快な羽音が充満する空間。
「くそ、しつこいな! だが、この程度で俺達の足が止まると思うなよ!」
総一朗は歯を食いしばり、一歩も引かずに苦行を耐え抜く。
その不屈の意思が、部屋の動力源である鬼の心臓を停止させた。
一方で、織美亜と有栖は『運の回廊』の前に立っていた。
そこには無限に続く分かれ道があり、正解以外を選べば奈落へ落ちる呪いが施されている。
「運任せなんて、アタシ達の柄じゃないわよねぇ」
織美亜がクスクスと笑う。
「ええ。運を操作するのも、超能力者の仕事よ」
有栖が瞳を蒼く輝かせる。
織美亜が空間の確率を固定し、有栖が未来の残滓を読み取る。
「あっちよ」
「正解。流石有栖ちゃんねぇ」
二人は一度のミスもなく、死の迷宮を優雅に踏破していく。
そして、理々庵の前には『運動能力の部屋』の扉が開いた。
そこは広大な闘技場のような空間。
中央には、馬の頭を持つ巨大な鬼――馬頭鬼が立ち塞がっている。
「ヒヒィィィンッ!」
馬頭鬼が地を蹴る。
その速度は瞬く間に音速を超え、理々庵の視界からその姿が消える。
「速いな。だが、無意味だ」
理々庵が両手を広げる。
彼女の腕の中に、巨大で無骨な鋼鉄の銃身が出現する。
理々庵はスコープを覗く事さえしない。
ただ、空間の「流れ」を感じ取る。
「光が一番速い。あいつはそう言っていた」
阿藍の背中を思い出し、理々庵が引き金を引く。
放たれた弾丸は、音速を超えて空間を歪める馬頭鬼の眉間を、正確に撃ち抜いた。
断末魔を上げる暇もなく、巨大な鬼の体が砂となって崩れ落ちる。
「光には及ばないけれど。私の弾丸も、お前よりは速かったようだな」
理々庵が銃を消去し、最奥の部屋へと歩を進める。
織美亜と有栖も合流し、三人は巨大な結界が張られた『封印の小部屋』の前に立った。
「さぁ、仕上げよぉ。お願いねぇ」
織美亜が応援するように手を叩く。
「一撃で粉砕するわ」
理々庵が精神を極限まで集中させる。
彼女の頭上に、巨大な建築重機を思わせる鋼鉄のハンマーが姿を現した。
その表面には、鬼を殺すための退魔の刻印がびっしりと刻まれている。
「壊れろ!」
理々庵が腕を振り下ろすと同時に、巨大な質量が結界へと叩きつけられた。
空間が悲鳴を上げ、絶対不可侵を誇っていた闇の障壁が、ガラス細工のように脆く砕け散る。
部屋の中に、冷たい風が吹き抜けた。
その中心に、拍手をしながら待っていたのは、やはりあの青髭男爵だった。
「よくぞ、『封印の小部屋』へ辿り着きました」
青髭男爵が立っていた。
「これにて、ゲームクリアでございます。お疲れ様でした」
「……」
「おめでとうございます。コングラチュレーションでございます。
……よくぞ、『封印の小部屋』へ辿り着いてくれました」
ぱちぱちぱちぱち……。
青髭男爵の拍手する音が、そらぞらしく部屋に響いている。
男爵から離れたところに、悠、葵、総一朗が立っていた。
真っ青になって、立ち尽くしている。
「何を驚かれる。約束通り、皆様の首輪は解除いたしましたよ。
ゲームはルールを守って遊ぶからこそ、楽しいのですから」
男爵の差し出す手には、首輪が六つ、ぶら下がっている。
大翔はハッとして、首に手をやった。
首輪は嵌っていない。
仲間達の首にも、もうなかった。
(い、いつの間に……)
「オホホホホ。ゲームはルールを守って遊ぶからこそ楽しい。
わたくし、心底、そう思っております。……ですが、ですね」
青髭男爵は肩を竦めた。
「ゲームが終わった後の事までは、保証できかねます。はい」
「……しちめんどくせえ事、やらせやがって」
別の声が響いた。
悠達の後ろに立った男があった。
全身にローブを纏った男。
「その石を渡してもらおうか、大翔」
男が、悠の首に巻きつけた腕に、力を込める。
喉元に、ナイフの切っ先を突きつける。
「さあ」
「な、なんで、お前がここに……」
「……最初から、私には分かっていた。言った通り、私は力を持っている。
お前達にはない、力をな」
そう言って、理々庵は超能力で、拳銃を創造する。
そして、男に向けて、想像した拳銃を構えた。
「お前からは闇の力を感じ取っていた。鬼に与し、大翔達を殺そうとする力を。
……だから私は、お前を殺そうと思っていた」
「……そんなに言われたら、もう正体を隠すわけにはいかないにゃ」
男が、ローブに手をかけ、フードを降ろす。
「結城……光哉!!」
「な……何、言ってるんだ?」
大翔は、ぱちぱちと目を瞬かせた。
光哉は、悠の首にナイフの切っ先を突き付けている。
悠は青ざめて立ち尽くしている。
葵も総一朗も動けない。
大翔は混乱してきた。
ぶるりと首を振り、声を張り上げる。
「中学校でだって。鹿馬根村でだって。いつも、一緒にいてくれた!
協力してくれたんだ! 鬼の手先なら、そんな事、しねえっ!」
光哉は肩を竦めた。
「狙ってたんだにゃ」
「……えっ」
「オレは始めっから、紫鬼様の命令で、桜ヶ島に引っ越してきたんだ」
「何、言って……」
「お前らを始末するために、桜ヶ島中に転入してきた。陸上部に入って、お前に声をかけた。
鬼蟲を使って、愚鬼を使って、不死者どもを使って、お前らを襲わせた。
……お前らが! 死ぬのを! この目で確認するために! 傍にいたんだにゃ」
大翔は首を振る。
「……ち、ちげえ」
「それを、お前は。心配だからついてきてくれたんだ、とか、放っておけなかったんだ、とか。
脳みそ腐ってんのか?」
光哉は肩を小刻みに震わせ、ククッと笑った。
「オレはウソつきで、ハクジョー者なんだよ。
紫鬼様に意見したのは、お前らのためじゃない。鬼のためさ。
――犠牲者を増やすと、鬼の存在が人に気づかれてしまう。それはマズイのでは? ってさ」
「だったら今すぐに死ね」
そう言って、理々庵は拳銃を、光哉目掛けて発砲した。
光哉は巧みにナイフを操り、理々庵が放った弾丸を防ぐ。
「結界石を貴様に渡すつもりはない。だったら先に貴様を殺すだけだ」
「……敵はオレだけじゃないって事を忘れた?」
光哉がそう言うと、青髭男爵が姿を現す。
織美亜と理々庵は、すぐに戦闘態勢を取った。
有栖も、魔法を使って何とか倒そうとした。
「だったらまず、あなたから始末しましょう」
青髭男爵が指を鳴らすと、理々庵の意識の中に直接、鬼の叫びが流し込まれた。
理々庵が盾を創造しようとするが、物理的な防壁を突き抜けて痛みが理々庵を襲う。
「アタシが意識を逸らすわぁ!」
織美亜が青髭男爵に傷を負わせ、視界を狂わせる。
その隙に有栖が凝縮された魔力の礫を撃ち出した。
しかし、光哉がナイフ一本でその魔力を切り裂き、青髭男爵を守る。
「邪魔をするなっ!」
有栖が舌打ちをする。
「次はわたくしの番ですな!」
青髭男爵が腕を振るうと、重力そのものが理々庵を押し潰し、壁へと豪快に叩き付けた。
「がはっ……」
理々庵が血を吐きながらも、その瞳から光は消えない。
「ふざけた真似を……」
理々庵が立ち上がり、手に巨大なハンマーを再構築する。
彼女はそのまま低空で突進し、青髭男爵と光哉をまとめて薙ぎ払った。
「ぐぅっ!? この女、力が強すぎるにゃ!」
光哉が壁に激突しながらも、すぐさま体勢を立て直し、有栖の腕をナイフで掠める。
「きゃあっ!」
「有栖には指一本触れさせないわよぉ!」
織美亜が割って入り、光哉に傷を与えて動きを止める。
業を煮やした青髭男爵が、指先から黒い稲妻を放ち、理々庵を再び吹き飛ばした。
有栖が青髭男爵の懐に潜り込み、その核と思われる部分へ超能力を叩き込む。
「そこよ!」
「ぐっ! やりますね……」
青髭男爵の防御が崩れる。
「今よ!」
「……言われなくても!」
理々庵が創造した拳銃が、青髭男爵の胸元を正確に撃ち抜く。
青髭男爵は悶え苦しみながら、理々庵の精神を揺さぶろうと必死に叫び声を上げた。
だが、織美亜の放つ清浄な気が、理々庵の精神の均衡を守り抜く。
有栖が再び魔法を放つが、またしても光哉がそれを身を挺して防いだ。
「しぶとい奴……!」
理々庵がさらに連射する。
「これでも喰らえ!」
光哉がナイフを手に織美亜へと斬りかかる。
「あらぁ、ウソつきさん。お友達を裏切って、楽しいのかしらぁ?」
織美亜が言葉の刃を突きつける。
「五月蠅いにゃ! お前らに何が分かる!」
「何も分からなくていいわよ。ただ、あんたが一番惨めだって事だけは分かるわ」
有栖の冷ややかな言葉が、光哉の冷静さを奪う。
理々庵が拳銃を撃ち尽くし、それを粒子に変えて分解した。
織美亜も体力を削られ、肩で息をする。
「死ねぇぇぇっ!」
激昂した光哉が有栖に突っ込むが、それは有栖の誘いだった。
「隙だらけよ」
有栖が至近距離から、魔法の衝撃波を光哉の鳩尾へ叩き込む。
光哉は白目を剥き、その場に崩れ落ちて気絶した。
「……これは旗色が悪いですね」
青髭男爵が有栖に向けて呪詛を放とうとする。
有栖が苦悶の表情で膝を突く。
「今、アタシが治すから!」
織美亜が癒しの光を注ぎ込むが、青髭男爵の攻撃は止まらない。
その時、理々庵が最後のリミッターを外した。
「塵になれ」
理々庵が、その場に巨大な大砲を創造する。
巨大な砲身から、眩いほどの巨大な弾丸が解き放たれた。
轟音と共に青髭男爵の身体が煙に呑み込まれていく。
煙が晴れた時、そこにはボロボロになった青髭男爵が、気絶した光哉を抱えて跪いていた。
「今回はわたくしの負けです。ですが、これで終わったなどと思わない事ですな」
青髭男爵は悔しげに言い残すと、闇の渦と共にその姿を消した。
理々庵は重い息を吐きながら、具現化した大砲を元に戻した。
彼女は、青髭男爵達が消え去った虚空を、ただじっと見つめていた。
「私は……あいつを、殺さなければいけないんだ」
理々庵は、青髭男爵が消えた先を見つめるのだった。
その言葉には、情など微塵も残ってはいなかった。
「……たとえ、私達には無関係であろうともな」
彼らにとって、光哉は討伐対象でしかありません。
でも、任務しかできないのです。