琉球エージェントの死遊戯紀行2   作:アヤ・ノア

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ここがターニングポイントとなります。
彼らは何を思うのか、それが彼らの考えなのですとも言っておきます。


第4話 裏切りの地獄美術館

「今回の任務は、土御門美術館への潜入だ」

 司令官・糸村一の低く重厚な声が、作戦室の冷たい空気を震わせた。

 モニターには、静謐な佇まいを見せる土御門美術館の画像が映し出される。

「報告によれば、その美術館には鬼を屠るための秘策が隠されているという。

 だが、現在そこは紫鬼の配下、青髭男爵に乗っ取られた可能性が高い」

 一は鋭い眼光を、デスクの前に立つ織美亜と理々庵に向けた。

「No.2、No.6。お前達二人で潜入し、秘策を回収しろ。

 先行部隊がいるはずだが、連絡が途絶えている。恐らく何らかの罠に嵌まったのだろう」

「あらぁ、美術館デートなんて素敵だと思ったのに、雲行きが怪しいわねぇ」

 織美亜がふんわりとした笑顔のまま、悠然と髪を弄る。

 その口調とは裏腹に、彼女の周囲には既に超能力の微かな波動が渦巻いていた。

「……相手はただの鬼ではないようだな」

 理々庵は剥き出しの鋭い瞳でモニターを見つめる。

 彼女の脳内では、既に美術館の構造データと、

 不測の事態に備えた無数の武器の設計図が構築され始めていた。

「青髭男爵は狡猾だ。力押しだけでは通用せん。

 ……いいか、必ず生きて秘策を持ち帰れ。これは命令だ」

「了解した。秘策も、動けなくなっている仲間も、全部私が拾う」

 理々庵が冷徹に言い放ち、一歩前へ踏み出す。

「アタシたちにお任せなさぁい。

 芸術鑑賞の邪魔をする悪い子達は、綺麗にお掃除してきちゃうわぁ」

 織美亜は理々庵の隣に並んだ。

 

「――行け」

 

 一の短い合図と共に、二人の姿は光の粒子へと溶け、

 目的地である土御門美術館へと転送されていった。

 

「……ここに秘策があるはずだ」

「気を付けていくわよぉ」

 

 織美亜と理々庵の二人は、鬼を屠るための秘策が隠されているという噂を追い、

 土御門美術館へと足を踏み入れた。

 しかし、静謐であるはずの館内は、既に異様な空気に包まれていました。

 

 二人が奥へ進むと、そこには変わり果てた光景が広がっていた。

 有栖を始めとする仲間達が、抗う術もなく深い眠りに落ちていたのだ。

 さらに、彼らの首には冷たく光る鉄の首輪が嵌められていた。

 

「あらあらぁ……。これじゃあ、まるで展示品ねぇ」

 織美亜が困ったように頬に手を当て、溜息をついた。

「土御門美術館が、乗っ取られたというわけね」

 理々庵は鋭い眼で周囲を警戒した。

 その時、二人の前に一人の男が姿を現した。

 

「ようこそ、皆様。地獄美術館へ」

 

 背だけではなく、手足も長い。

 高級そうなタキシードに身を包み、首には蝶ネクタイをつけている。

 現れたのは、長身の男だった。

 頭はつるりとしたマスクで覆われ、油性ペンで描かれた豆粒のような目と口とヒゲ。

 まるで不格好なぬいぐるみのようだ。

 

「当美術館はただいまをもちまして、地獄の管理下となりました。

 わたくし、紫鬼様より、皆様の始末を任されてやって参りました、青髭男爵と申します。

 お見しりおきを」

 

 腰に吊りさげていたステッキを、くるりと回す。

 被っていたシルクハットを外すと、恭しく胸元に手をやってお辞儀した。

 その額には……ツノが生えている。

 

「あらぁ、不細工なぬいぐるみさんね。アタシが綺麗にバラバラにしてあげましょうかぁ」

 織美亜がふんわりとした笑顔のまま、その指先を青髭男爵へと向ける。

 殺意の篭もった超能力が渦巻こうとしたその瞬間、

 青髭男爵は慌てた様子で懐から小さな銀色の円筒を取り出した。

「おっと、レディ。短気は損気を絵に描いたような振る舞いですな」

 青髭男爵がその小さなホイッスルを口元に寄せる。

 理々庵が鋭い視線でその動きを制した。

「それは何?」

「これは審判の笛。わたくしがこれをピィーッと一吹きすれば、

 皆様のお仲間の首元にある花飾りが、ドカンと景気よく咲き乱れる仕掛けになっております」

 青髭男爵が不気味な豆粒のような目を細めて笑う。

「爆弾……卑怯な真似を」

 理々庵が吐き捨てるように言う。

「卑怯? 滅相もございません。これはルールです。ですが、今すぐ吹くのは興醒めというもの。

 わたくしは皆様と、もっと高尚な遊び――ゲームを楽しみたいのですから!」

 青髭男爵はそう言うと、手品のように鮮やかにホイッスルを空間から消し去った。

「ゲーム? そんなの、付き合ってあげる義理はないわぁ」

 織美亜が冷たく言い放つ。

「そうだな。ルールを押し付けられる前に、貴様を消せば済む話だ」

 理々庵が右手を突き出す。

 彼女の意思が形となり、空間そのものを押し潰すような不可視の衝撃波が青髭男爵を襲う。

「あら、アタシも混ぜてぇ」

 織美亜が舞うように手を振ると、青髭男爵に傷がつく。

「おやおや、手荒い歓迎ですな! ですが、今はまだその時ではない!」

 青髭男爵はステッキを突き立てて衝撃をやり過ごすと、霧のようにその姿を掻き消した。

 

「……逃げたか。癪だが、今はあいつの言うゲームとやらに乗るしかない」

 理々庵が周囲を見渡す。

 眠らされた有栖が僅かに身じろぎをし、その瞳を開いた。

 

「……ここ、は……?」

「おはよう、有栖。災難だったわねぇ」

 織美亜が首輪に触れようとする有栖を止める。

「触っちゃダメ。爆弾が仕掛けられてるわ。理々庵、状況をみんなに繋いで」

「分かってる。……全方位テレパシー展開」

 理々庵が精神を研ぎ澄まし、美術館の各所に散っている仲間達へ意識を飛ばす。

 

『全員、私の声を聞け。この建物は青髭男爵という鬼に乗っ取られた。

 首輪には爆弾がある。あいつの用意した部屋を攻略して、最奥の結界を叩き潰す』

 

 美術館は巨大なゲーム盤へと変貌していた。

 最初の関門、『知力の部屋』。

 そこには数多の古文書と、解く者を狂わせる論理の罠が張り巡らされている。

 

「ここはアタシ達がやるわ」

 別ルートを進んでいた仲間達が、テレパシー越しに自信を覗かせる。

 彼らは瞬く間に青髭男爵の用意した詭弁を見破り、部屋の扉を開放した。

 

 次に立ちはだかるのは『忍耐力の部屋』。

 皮膚を焼く熱気と、精神を削る不快な羽音が充満する空間。

「くそ、しつこいな! だが、この程度で俺達の足が止まると思うなよ!」

 総一朗は歯を食いしばり、一歩も引かずに苦行を耐え抜く。

 その不屈の意思が、部屋の動力源である鬼の心臓を停止させた。

 

 一方で、織美亜と有栖は『運の回廊』の前に立っていた。

 そこには無限に続く分かれ道があり、正解以外を選べば奈落へ落ちる呪いが施されている。

「運任せなんて、アタシ達の柄じゃないわよねぇ」

 織美亜がクスクスと笑う。

「ええ。運を操作するのも、超能力者の仕事よ」

 有栖が瞳を蒼く輝かせる。

 織美亜が空間の確率を固定し、有栖が未来の残滓を読み取る。

「あっちよ」

「正解。流石有栖ちゃんねぇ」

 二人は一度のミスもなく、死の迷宮を優雅に踏破していく。

 

 そして、理々庵の前には『運動能力の部屋』の扉が開いた。

 そこは広大な闘技場のような空間。

 中央には、馬の頭を持つ巨大な鬼――馬頭鬼が立ち塞がっている。

「ヒヒィィィンッ!」

 馬頭鬼が地を蹴る。

 その速度は瞬く間に音速を超え、理々庵の視界からその姿が消える。

「速いな。だが、無意味だ」

 理々庵が両手を広げる。

 彼女の腕の中に、巨大で無骨な鋼鉄の銃身が出現する。

 理々庵はスコープを覗く事さえしない。

 ただ、空間の「流れ」を感じ取る。

「光が一番速い。あいつはそう言っていた」

 阿藍の背中を思い出し、理々庵が引き金を引く。

 放たれた弾丸は、音速を超えて空間を歪める馬頭鬼の眉間を、正確に撃ち抜いた。

 断末魔を上げる暇もなく、巨大な鬼の体が砂となって崩れ落ちる。

 

「光には及ばないけれど。私の弾丸も、お前よりは速かったようだな」

 理々庵が銃を消去し、最奥の部屋へと歩を進める。

 織美亜と有栖も合流し、三人は巨大な結界が張られた『封印の小部屋』の前に立った。

「さぁ、仕上げよぉ。お願いねぇ」

 織美亜が応援するように手を叩く。

「一撃で粉砕するわ」

 理々庵が精神を極限まで集中させる。

 彼女の頭上に、巨大な建築重機を思わせる鋼鉄のハンマーが姿を現した。

 その表面には、鬼を殺すための退魔の刻印がびっしりと刻まれている。

「壊れろ!」

 理々庵が腕を振り下ろすと同時に、巨大な質量が結界へと叩きつけられた。

 空間が悲鳴を上げ、絶対不可侵を誇っていた闇の障壁が、ガラス細工のように脆く砕け散る。

 部屋の中に、冷たい風が吹き抜けた。

 その中心に、拍手をしながら待っていたのは、やはりあの青髭男爵だった。

 

「よくぞ、『封印の小部屋』へ辿り着きました」

 青髭男爵が立っていた。

「これにて、ゲームクリアでございます。お疲れ様でした」

「……」

「おめでとうございます。コングラチュレーションでございます。

 ……よくぞ、『封印の小部屋』へ辿り着いてくれました」

 ぱちぱちぱちぱち……。

 青髭男爵の拍手する音が、そらぞらしく部屋に響いている。

 男爵から離れたところに、悠、葵、総一朗が立っていた。

 真っ青になって、立ち尽くしている。

「何を驚かれる。約束通り、皆様の首輪は解除いたしましたよ。

 ゲームはルールを守って遊ぶからこそ、楽しいのですから」

 男爵の差し出す手には、首輪が六つ、ぶら下がっている。

 大翔はハッとして、首に手をやった。

 首輪は嵌っていない。

 仲間達の首にも、もうなかった。

(い、いつの間に……)

「オホホホホ。ゲームはルールを守って遊ぶからこそ楽しい。

 わたくし、心底、そう思っております。……ですが、ですね」

 青髭男爵は肩を竦めた。

 

「ゲームが終わった後の事までは、保証できかねます。はい」

「……しちめんどくせえ事、やらせやがって」

 別の声が響いた。

 悠達の後ろに立った男があった。

 全身にローブを纏った男。

「その石を渡してもらおうか、大翔」

 男が、悠の首に巻きつけた腕に、力を込める。

 喉元に、ナイフの切っ先を突きつける。

「さあ」

「な、なんで、お前がここに……」

「……最初から、私には分かっていた。言った通り、私は力を持っている。

 お前達にはない、力をな」

 そう言って、理々庵は超能力で、拳銃を創造する。

 そして、男に向けて、想像した拳銃を構えた。

「お前からは闇の力を感じ取っていた。鬼に与し、大翔達を殺そうとする力を。

 ……だから私は、お前を殺そうと思っていた」

「……そんなに言われたら、もう正体を隠すわけにはいかないにゃ」

 男が、ローブに手をかけ、フードを降ろす。

 

「結城……光哉!!」

 

「な……何、言ってるんだ?」

 大翔は、ぱちぱちと目を瞬かせた。

 光哉は、悠の首にナイフの切っ先を突き付けている。

 悠は青ざめて立ち尽くしている。

 葵も総一朗も動けない。

 

 大翔は混乱してきた。

 ぶるりと首を振り、声を張り上げる。

「中学校でだって。鹿馬根村でだって。いつも、一緒にいてくれた!

 協力してくれたんだ! 鬼の手先なら、そんな事、しねえっ!」

 光哉は肩を竦めた。

「狙ってたんだにゃ」

「……えっ」

「オレは始めっから、紫鬼様の命令で、桜ヶ島に引っ越してきたんだ」

「何、言って……」

「お前らを始末するために、桜ヶ島中に転入してきた。陸上部に入って、お前に声をかけた。

 鬼蟲を使って、愚鬼を使って、不死者どもを使って、お前らを襲わせた。

 ……お前らが! 死ぬのを! この目で確認するために! 傍にいたんだにゃ」

 大翔は首を振る。

「……ち、ちげえ」

「それを、お前は。心配だからついてきてくれたんだ、とか、放っておけなかったんだ、とか。

 脳みそ腐ってんのか?」

 光哉は肩を小刻みに震わせ、ククッと笑った。

「オレはウソつきで、ハクジョー者なんだよ。

 紫鬼様に意見したのは、お前らのためじゃない。鬼のためさ。

 ――犠牲者を増やすと、鬼の存在が人に気づかれてしまう。それはマズイのでは? ってさ」

「だったら今すぐに死ね」

 そう言って、理々庵は拳銃を、光哉目掛けて発砲した。

 光哉は巧みにナイフを操り、理々庵が放った弾丸を防ぐ。

「結界石を貴様に渡すつもりはない。だったら先に貴様を殺すだけだ」

「……敵はオレだけじゃないって事を忘れた?」

 光哉がそう言うと、青髭男爵が姿を現す。

 織美亜と理々庵は、すぐに戦闘態勢を取った。

 有栖も、魔法を使って何とか倒そうとした。

 

「だったらまず、あなたから始末しましょう」

 青髭男爵が指を鳴らすと、理々庵の意識の中に直接、鬼の叫びが流し込まれた。

 理々庵が盾を創造しようとするが、物理的な防壁を突き抜けて痛みが理々庵を襲う。

「アタシが意識を逸らすわぁ!」

 織美亜が青髭男爵に傷を負わせ、視界を狂わせる。

 その隙に有栖が凝縮された魔力の礫を撃ち出した。

 しかし、光哉がナイフ一本でその魔力を切り裂き、青髭男爵を守る。

「邪魔をするなっ!」

 有栖が舌打ちをする。

「次はわたくしの番ですな!」

 青髭男爵が腕を振るうと、重力そのものが理々庵を押し潰し、壁へと豪快に叩き付けた。

「がはっ……」

 理々庵が血を吐きながらも、その瞳から光は消えない。

「ふざけた真似を……」

 理々庵が立ち上がり、手に巨大なハンマーを再構築する。

 彼女はそのまま低空で突進し、青髭男爵と光哉をまとめて薙ぎ払った。

「ぐぅっ!? この女、力が強すぎるにゃ!」

 光哉が壁に激突しながらも、すぐさま体勢を立て直し、有栖の腕をナイフで掠める。

「きゃあっ!」

「有栖には指一本触れさせないわよぉ!」

 織美亜が割って入り、光哉に傷を与えて動きを止める。

 業を煮やした青髭男爵が、指先から黒い稲妻を放ち、理々庵を再び吹き飛ばした。

 有栖が青髭男爵の懐に潜り込み、その核と思われる部分へ超能力を叩き込む。

「そこよ!」

「ぐっ! やりますね……」

 青髭男爵の防御が崩れる。

「今よ!」

「……言われなくても!」

 理々庵が創造した拳銃が、青髭男爵の胸元を正確に撃ち抜く。

 青髭男爵は悶え苦しみながら、理々庵の精神を揺さぶろうと必死に叫び声を上げた。

 だが、織美亜の放つ清浄な気が、理々庵の精神の均衡を守り抜く。

 有栖が再び魔法を放つが、またしても光哉がそれを身を挺して防いだ。

「しぶとい奴……!」

 理々庵がさらに連射する。

「これでも喰らえ!」

 光哉がナイフを手に織美亜へと斬りかかる。

「あらぁ、ウソつきさん。お友達を裏切って、楽しいのかしらぁ?」

 織美亜が言葉の刃を突きつける。

「五月蠅いにゃ! お前らに何が分かる!」

「何も分からなくていいわよ。ただ、あんたが一番惨めだって事だけは分かるわ」

 有栖の冷ややかな言葉が、光哉の冷静さを奪う。

 理々庵が拳銃を撃ち尽くし、それを粒子に変えて分解した。

 織美亜も体力を削られ、肩で息をする。

「死ねぇぇぇっ!」

 激昂した光哉が有栖に突っ込むが、それは有栖の誘いだった。

「隙だらけよ」

 有栖が至近距離から、魔法の衝撃波を光哉の鳩尾へ叩き込む。

 光哉は白目を剥き、その場に崩れ落ちて気絶した。

 

「……これは旗色が悪いですね」

 青髭男爵が有栖に向けて呪詛を放とうとする。

 有栖が苦悶の表情で膝を突く。

「今、アタシが治すから!」

 織美亜が癒しの光を注ぎ込むが、青髭男爵の攻撃は止まらない。

 その時、理々庵が最後のリミッターを外した。

「塵になれ」

 理々庵が、その場に巨大な大砲を創造する。

 巨大な砲身から、眩いほどの巨大な弾丸が解き放たれた。

 轟音と共に青髭男爵の身体が煙に呑み込まれていく。

 煙が晴れた時、そこにはボロボロになった青髭男爵が、気絶した光哉を抱えて跪いていた。

 

「今回はわたくしの負けです。ですが、これで終わったなどと思わない事ですな」

 青髭男爵は悔しげに言い残すと、闇の渦と共にその姿を消した。

 理々庵は重い息を吐きながら、具現化した大砲を元に戻した。

 彼女は、青髭男爵達が消え去った虚空を、ただじっと見つめていた。

 

「私は……あいつを、殺さなければいけないんだ」

 理々庵は、青髭男爵が消えた先を見つめるのだった。

 その言葉には、情など微塵も残ってはいなかった。

「……たとえ、私達には無関係であろうともな」




彼らにとって、光哉は討伐対象でしかありません。
でも、任務しかできないのです。
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