琉球エージェントの死遊戯紀行2   作:アヤ・ノア

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鬼は、現代社会に馴染むようにそうやって振る舞っているのですネ。
でも、エージェントには……そんなものは、ありません。
何故なら彼らは、鬼を殺すためだけに存在しているのですから。


第7話 信じてはいけない地獄警察

 大翔達、そして暮夫や民斗と別れた阿藍は、別の合流ポイントへと向かった。

 そこで待っていたのは、琉球エージェントの同僚である玉城狼王と、

 21歳の女性エージェント、仲村渠(なかんだかり)莉尼(れいに)であった。

 莉尼は、自身の身体のあらゆる部位を自由自在に伸縮させる、驚異的な超能力の持ち主である。

 

「遅かったじゃない、阿藍。樹海のほうは片付いたの?」

 莉尼が自身の腕をゴムのように数mも伸ばし、

 近くの木の実を器用に摘み取りながら阿藍を迎えた。

 

「ああ、夜鬼は石化させて処理した。……そっちの状況はどうだ、狼王」

 阿藍の問いかけに、大柄な体躯の狼王がフンと鼻を鳴らす。

 

「こっちは退屈極まりねえな。

 相変わらず街の人間どもは、呑気にパトロールするオレ達を

 不審者を見るような目で見てきやがる。鬼の脅威がすぐそこまで迫ってるってのによ」

 莉尼が伸ばしていた腕を瞬時に元の長さに戻し、不満げに唇を尖らせた。

 

「ねえ、どうして大人の人達は、こんなに鬼が暴れているのに信じようとしないんだろうね。

 不自然な事件も、全部ただの凶悪犯罪か集団幻覚で片付けちゃうし。本当に不思議だよ」

「奴らは見たいものしか見ないのさ。平和という名の不感症に浸っている方が楽だからな。

 だが、俺達がその現実から目を背けるわけにはいかない」

 阿藍が冷徹な視線を街の喧騒へと向ける。

 琉球エージェントの阿藍は20歳、莉尼は21歳。

 例外として過酷な戦場に身を置く彼らにとって、

 一般の大人達の無関心さは奇妙であり、どこか滑稽でさえあった。

 

「ま、信じねえならそれでいいさ。俺達の仕事は、大人どもに認められる事じゃねえ。

 這い出てきた鬼の首を一本残らずへし折る事だけだ」

 狼王が凶暴な笑みを浮かべ、力を溜める。

 

「そうだね。それじゃあ、私達の任務を、さっさと進めるとしようか」

 莉尼が軽くストレッチをしながら微笑み、

 三人は再び影へと溶け込むように情報収集へと動き出した。

 

 三人が不穏な空気が漂う町で情報収集を続けていると、路地裏で予期せぬ光景を目撃した。

 あの結城光哉が、大翔を背後から襲撃していたのだ。

「光哉! 待ちやがれ!」

 阿藍達が大急ぎで光哉の跡を追いかける。

 追い詰められたと察した阿藍達は、

 自身の光の力を応用して空間に溶け込み、一時的に姿を消した。

 すると、油断した光哉は大翔を捕らえ、用意していた禍々しい断頭台へとその身体を拘束した。

 周囲に誰もいないと思い込んだ光哉は、歪んだ笑みを浮かべ、

 大翔を見下ろしながら自らの忌まわしい過去を語り始めた。

 

「オレは……実の親に捨てられたのにゃ」

 

 光哉が小学生になってすぐの頃、両親は彼を捨てて失踪した。

 学校から帰ってきた光哉が目にしたのは、

 家具が全て運び出されて空っぽになった冷たい部屋と、

 床に丸めて放り出されていた二枚の千円札だけだった。

 その後、光哉は親戚の家を転々とさせられたが、元からの根暗な性格が災いし、

 どこへ行っても「厄介者」「邪魔者」として激しい扱いを受けた。

 そんな光哉が小学三年生の時、預けられた施設で、中学三年生の少年・(たける)と出会った。

 二人は過酷な環境の中で本当の兄弟のように寄り添って育ち、健は常に「兄」として、

 いつか「弟」である光哉をこの地獄のような日常から解放してやりたいと願っていた。

 

 しかし、そのささやかな願いは最悪の形で打ち砕かれる。

 色鬼の一人である桃鬼が突如現れ、健をさらっていったのだ。

 健は鬼の実験体にされ、無理やり結城梵という超能力者に改造されてしまったという。

 

「――な、何だって……!?」

 遮蔽物の影から姿を現した阿藍達は、その衝撃的な事実に目を見開いた。

 梵が血眼になって探していた「生き別れの弟」とは、まさに目の前にいる光哉の事だったのだ。

 

「へぇ……生きてたのか。だが……こいつはもう、兄ではないにゃ。

 あいつ、オレを置いておいて、今更何様のつもりだにゃ……」

 

 しかし、光哉は兄の生存を知っても嬉しそうな顔は見せなかった。

 それどころか、梵が今は自分達と敵対する組織の一員として動いていると知ると、

 激しい不快感を露わにした。

 

 光哉の身の上話は、さらに続いた。

 兄を失った後、光哉が通っていた小学校に別の鬼が襲来し、

 光哉は色鬼の一角である紫鬼に捕らえられた。

 紫鬼は人間だった頃、桃鬼と兄妹だったという。

 しかし、妹の桃鬼が人間側に加担した事を激しく恨んだ紫鬼は、

 その復讐として、地上を完全に支配する事を誓った。

 親の愛情を一切受けられずに孤独を拗らせていた光哉は、紫鬼の誘いに躊躇なく乗り、

 いつしか彼を本物の「親」として狂信的に慕うようになったのだ。

 

「それがどうした」

「……やっぱり」

 しかし、その壮絶な過去を聞かされても、

 阿藍と狼王はまるでどうでもいいといった様子で冷ややかに鼻を鳴らした。

 二人の瞳に宿るのは、同情ではなく明確な殺意だった。

 

「理由がどうあれ、人間を裏切って鬼に付き従ったのは紛れもない事実だ」

 阿藍が低く言い放つ。

 事前に織美亜と麻麻から、光哉の事情を聴いていたからこそ、

 彼を許す余地など万に一つもなかった。

 

「……本当に、その子を殺しちゃうの?」

 莉尼が確認するように二人を詰め寄ったが、阿藍と狼王は迷う事なく深く頷いた。

 

「地獄へ落ちろ」

 狼王が空間を切り裂いて巨大な斧を取り出すと、光哉の頭を叩き割るべく猛然と振り下ろした。

 しかし、光哉はそれをひらりと一歩でかわす。

 それだけでなく、光哉は巧みな位置取りで、

 狼王の斧の軌道が断頭台のロープを切り裂くように誘導した。

 

「あ、しまっ――」

 狼王がうっかりロープを叩き切ってしまい、固定を失った断頭台の巨大な刃が、

 拘束された大翔の首を目掛けて凄まじい速度で落下していく。

 

「危ないっ!」

 刃が届く直前、莉尼が自らの腕を驚異的な長さに伸ばし、

 大翔の身体を横から強引に引っ張り上げて間一髪で救出した。

 重苦しい音を立てて刃が虚しく落ちる。

 

「……あと少しだったのに」

 それを見た光哉は舌打ちをすると、煙のようにまたどこかへと逃げ去っていった。

 

「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」

 断頭台の刃から間一逃れた大翔が、地面にへたり込んだまま激しく胸を上下させる。

「大丈夫? 怪我はない?」

 莉尼が引き伸ばしていた腕を元の長さに戻し、大翔の顔を覗き込んだ。

「あ、ああ……お前、腕が……いや、助かった。ありがとな」

「礼ならこいつにだけ言っておくんだな。

 俺の斧があのまま光哉の頭を叩き割っていれば、こんな二度手間にはならなかった」

 狼王が不機嫌そうに鼻を鳴らし、巨大な斧を空間の歪みへと消す。

 

「何言ってるんだよ! あいつ、わざとロープを切らせるように動いたんだぞ!

 俺を殺す気だったんだ!」

 大翔が怒りと恐怖を滲ませて狼王に食ってかかるが、阿藍がその間に静かに割って入った。

 

「内輪揉めをしている場合じゃない。大翔、今の光哉の言葉、どこまでが真実だ?」

「光哉の過去の事か? あいつの口からあんなこと聞いたの、初めてだ。

 親に捨てられた事も、兄貴がさらわれた事も……全部、本当みたいだった」

 彼の悲しい過去を聞いて、大翔は悔しそうに拳を握りしめる。

 

「事情はどうあれ、奴が人間を裏切り、紫鬼の手先として俺達を狙っている事実に変わりはない。

 同情して足を止めるなよ、大翔」

 阿藍の冷徹な言葉が、重くその場を支配した。

 

「……けれど、光哉は……俺の、友達なんだ」

 大翔は地面を見つめたまま、絞り出すように言葉を続けた。

「あいつが酷い目に遭ってきたのは分かった。間違った方に進んじまったのも分かってる。

 でも、だからって、あいつの事情も知らない奴らに簡単に殺されてたまるかよ!

 俺は友達として、あいつを助けたいんだ!」

「ハッ、おめでたい頭だな」

 狼王が冷酷な嘲笑を浴びせる。

「友達だ? さっき、お前の首を刎ねようとした奴が、まだ友達に見えるのか?

 あいつは、自分の意志で人間に牙を剥いた。

 裏切り者に情をかける暇があるなら、自分の身の心配でもしてろ」

「No.8の言う通りだよ」

 莉尼もいつもの軽薄な調子を消し、真剣な眼差しを大翔に向けた。

「私達はね、遊びで鬼を倒してるんじゃないの。

 一度でも人間を裏切って鬼に味方する者は、等しく私達の敵。

 ここで見逃せば、次はもっと多くの人間が犠牲になるんだよ」

「そんなの……っ!」

 反論しようとする大翔を、阿藍の鋭い眼光が射竦める。

「これ以上、俺達の邪魔をするというなら、

 次に出会った時は裏切り者として、この手で確実に始末する」

 

 光哉を取り逃がした直後、最悪の報せが届く。

 大翔は、既に紫鬼に操られた警察官達から指名手配犯として追われる身となってしまっていた。

「自分の手は汚さず、他人を操って同族同士で争わせるか。

 紫鬼って奴は、どこまでも卑怯で無力な男だな」

 狼王が忌々しそうに吐き捨てる。

 背後から銃を構えた警察官達が迫るが、彼らはただ操られているだけの無辜の人間だ。

 狼王、阿藍、莉尼の三人は、決して彼らを殺さないように細心の注意を払い、

 自らの超能力による的確な打撃で警察官達を次々と気絶させていった。

 目の前で警察官達が倒れていく光景に大翔がガタガタと怯えるが、阿藍は冷淡に告げた。

「勘違いするな。命までは取っていない。ただ気絶させているだけだ」

 

「あの、大丈夫ですか!?」

「ぎ、銀華ちゃん……!」

 追手を振り切り、しばらく身を隠していると、どこからともなく銀華が現れた。

 彼女は極限の恐怖と疲労で気を失いかけていた大翔の手を取り、自らの隠れ家へと連れていく。

 阿藍達はその不審な動きを見逃さず、気配を完全に消して銀華の後をこっそりとつけていった。

 

 部屋に入ると、銀華はすぐさま独自の治癒術を展開し、大翔の傷ついた肉体を癒し始めた。

 その様子を壁の隙間から盗み見ていた阿藍は、微かに眉をひそめる。

 

(あの治癒の波長……俺達の超能力に酷似しているな……)

 疑念を深める中、三人は息を殺して銀華が大翔に語る言葉に耳を澄ませた。

 

「実は、わたしは……」

 銀華は寂しげな表情で、自分の過去を語り始める。

 彼女には元から両親がおらず、彼女がかつて住んでいた国では、

 親も友達もいない孤独な状態が当たり前だったという。

 そこは荒れ果てた大地がどこまでも広がり、常に暗く、凍えるように寒く、

 救いようのない寂しさに満ちた場所――。

 

「……つまり、地獄か」

 隠れて聞いていた狼王が、低い声で呟いた。

 狼王は最初、銀華という少女は幼い頃に鬼に地獄へさらわれ、

 そこで洗脳教育を受けただけの人間の被害者だと思い込んでいた。

 しかし、彼女の話を聞いていくうちに、そうではないと気づく。

 彼女自身の口から語られる故郷の描写は、紛れもなく地獄そのもの。

 頭の悪い狼王であっても、

 彼女が人間ではなく「地獄から来た本物の鬼」であるという事実を、ようやく理解した。

 

「あの青空を見たいな、って思ったんです」

 銀華はただ地上の光に憧れ、ようやく開いた鬼門の隙間を通ってこの世界に現れたのだという。

 そして、銀華がさらに大翔へ重大な秘密を話そうとしたその瞬間――

 

「――だったら今すぐ死ね!!」

 凄まじい怒号と共に、狼王が銀華に襲いかかった。

 手にした斧が、銀華の身体を両断せんとする。

 

「何するんだよ、いきなり!!」

 大翔が叫びながら、咄嗟に銀華の前に立ちはだかって彼女を庇った。

 

「おい、大翔、そいつは鬼だ。死にたくなければそこをどけ」

 狼王が低く脅すような声を出すが、

 大翔は恐怖に震えながらも決してそこを動こうとはしなかった。

 自分の命を奪おうとするエージェントの凶悪なプレッシャーに、

 銀華は大翔の背中の後ろで小さくなって怯えている。

 

「銀華ちゃんはまだ何も悪い事してねえだろ!

 なのにどうして、そんな風に簡単に殺そうとするんだよ!!」

 大翔が涙目をしながらも、狼王に向かって強く怒鳴り散らした。

 銀華は大翔の後ろで震え、頭を抱えている。

「……くそっ」

 大翔の必死の剣幕に、狼王は舌打ちをして渋々武器を引き、阿藍も首を振ってそれを制した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 何とか命を拾った銀華は、震える声を整えながら話を再開した。

 

「……紫鬼は、人間と全面戦争をしたくないのです」

 彼女の口から語られたのは、紫鬼の真の戦略だった。

 紫鬼は、地上に存在する強力な兵器を持つ人間達と、

 正面から全面戦争をする気はさらさらないという。

 だからこそ、人間の権力者を裏から操り、

 徹底的な情報操作を行う事で社会の構造そのものを牛耳ろうとしているのだ。

 

「どこまでも卑劣な手段だな」

 阿藍達の心の中で、紫鬼に対する評価は「卑怯」から「底知れぬ害悪」へと変わっていった。

 

 その後、阿藍、狼王、莉尼の三人は、

 大翔達を連れて操られた警察の包囲網を潜り抜けながら移動を続けた。

 その途中、路地に乗り捨てられていたパトカーの内部に、

 厳重に拘束されている総一朗を発見する。

「ちょっと待って、あいつ総一朗じゃない?」

 莉尼が指を差す。

 理々庵ほどではないが、エージェントとしての器用な手先を使い、

 三人はパトカーの鍵と総一朗の縄を瞬時に外してやった。

 自由になった瞬間、総一朗は開口一番に叫んだ。

「うわあああ! トイレに行かせてくれぇぇ!」

「「「……はぁ?」」」

 緊迫した戦況の中で放たれたあまりにも締まらない叫び声に、

 阿藍も狼王も莉尼も、一斉に底辺を見るような呆れ顔を浮かべた。

 

「……コホン。実はな」

 落ち着きを取り戻した総一朗が、必死に事情を説明する。

 彼はSNS上で鬼の画像が大量にアップロードされ、拡散されている事実を知り、

 大翔達にすぐに知らせようとしたのだという。

 しかし、その動きを察知した紫鬼の手の者によって、

 強制的に口封じのために拘束されていたのだ。

 この報告を受け、阿藍はかつて脳内に響いたあのテレパシーの警告――

 『紫鬼は社会に毒を与えている』という言葉が、完全に正しい事実に違いないと確信した。

 

「これ以上、奴らの好き勝手にはさせないわよ」

 三人は次なる標的を捉えていた。

 紫鬼に魂を売り渡し、桜ヶ島の権力を差し出した張本人――市長の大清水誠である。

 彼がいる市長室へと突入した阿藍達は、お金と権力にしか興味がなく、

 同族を平気で売り払ったこの男を許すわけにはいかなかった。

 三人は自らの異能を容赦なく行使し、瞬く間に大清水を始末して任務を完了させた。

 

「……」

 しかし、息絶えた市長の懐に残された書類を調べると、

 彼すらも紫鬼にとってはいつでも切り捨てられる単なる捨て駒に過ぎない事が判明する。

「トカゲの尻尾をいくら切っても意味がないな」

 狼王が斧を収めながら前方を睨みつける。

 今度こそ、その諸悪の根源である紫鬼自身を引きずり出し、

 この手で完全に叩き潰さなければならない。

 阿藍、狼王、莉尼の三人は、決意を新たにして、社会の闇に潜む真の敵を見据えるのだった。




次回はハロウィン編です。
紫鬼に対しては敵以外の感情をなーんにも抱いていません。
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