何故なら、彼らは鬼と戦う事だけを重視していますからね。
「次から次へと……休む暇もないな」
作戦室のモニターを見上げ、阿藍が小さく息を吐き出す。
画面に映し出されていたのは、混沌に陥った渋谷スクランブル交差点の映像。
そこには、美術館で出会った青髭男爵の姿があった。
「では、青髭男爵を討伐せよ」
司令官の糸村一から直々に討伐命令が下り、今回集められたのは阿藍、理々庵、
そして新たに合流した二人のエージェントだった。
「ひゃはは! 今度は東京のド真ん中かよ! あいつ、美味そうな匂いがプンプンするぜ!」
儀間
動物達と対話し、その力を我が物として戦う風変わりな能力者だ。
「笑恋盤、はしゃぎすぎ。……阿藍さん、作戦はいつも通り、迅速に処理でいいんですよね?」
小柄な体躯に見合わず、手足に氷を宿す事で
肉体的な能力を爆発的に引き上げる近接戦闘のスペシャリストだ。
「ああ。富は周囲の一般人に被害が出ないよう氷の壁で戦域を限定してくれ。
理々庵は俺のバックアップと、笑恋盤の制御を頼む」
阿藍の指示に、理々庵が手慣れた様子で創造した武器を仕込みながら微笑む。
「了解。笑恋盤が暴走して一般人まで噛みちぎらないように、ちゃんと手綱は握っておく」
「おいおい理々庵、俺を何だと思ってんだよ! 狼よりは話が通じるっての! なぁ、相棒?」
笑恋盤が口笛を吹くと、どこからか一匹の獰猛な野良犬が影から姿を現し、
彼の足元で牙を剥いた。
「無駄口はそこまでだ。渋谷の被害が広がる前に片付けるぞ」
阿藍が手をかざすと、四人の足元に青白いテレポートの光陣が浮かび上がる。
「行くぞ。ターゲットは青髭男爵だ」
眩い光が作戦室を包み、次の瞬間、四人の姿は渋谷スクランブル交差点へと転移していった。
渋谷スクランブル交差点は、身動きが取れないほどの人だかりで埋め尽くされていた。
今日はハロウィン。
街にはゾンビ、吸血鬼、狼男など、様々なモンスターの仮装をした人々が行き交っている。
「うわぁ……何この人の多さ。全員が鬼に見えてきちゃうな」
理々庵が顔をしかめる。
その喧騒の渦中を、阿藍達は鋭い眼光で突き進んでいた。
目標は、ゲームを仕掛けていると思われる青髭男爵。
だが、混雑に紛れてその姿を見失ってしまう。
「チッ、どこへ消えた。……いや、待て。
あいつは確か、悪趣味なゲームを好む性質があったはずだ」
阿藍が足を止めた瞬間、彼らの目前の空間に、
血で書かれたような禍々しい文字が浮かび上がった。
【絶望ミッション:仮装した鬼達を倒せ】
「やっぱりな。ゲームの始まりだ」
周囲の仮装した群衆の中から、明らかに異質な殺気を放つ一団が阿藍達を包囲する。
それは、骸骨の衣装を身に纏った餓鬼の群れだった。
「一丁前に仮装なんかするな」
阿藍が先行し手から放った鋭い光の弾丸で骸骨に仮装した餓鬼の一体を撃ち抜いて消滅させる。
「ひゃはは! 俺の可愛いペット達の餌の時間だ!」
笑恋盤が口笛を吹くと、呼び出された獰猛な野犬の群れが餓鬼達へ襲いかかった。
一網打尽にしようとした野生の爪牙だったが、餓鬼達はその攻撃を耐え凌ぐ。
「おっと、耐えるねぇ! だが、本命はこっちだ!」
笑恋盤が不気味に笑う。
彼が袖の影に隠していたもう一匹の狂暴な猟犬が遅れて飛び出し、
無防備な餓鬼の首筋を噛みちぎった。
波状攻撃により、餓鬼の群れは一網打尽となり塵へと還る。
しかし、次に立ちはだかったのは、同じく骸骨に仮装した巨大な牛鬼だった。
「そこをどけ!」
理々庵が空間から鋭利な槍を創造し、牛鬼の胸元へ強烈な刺突を繰り出す。
しかし、仮装とはいえ骸骨の骨組みに刃が滑り、物理的な刺突攻撃は全く効かない。
「僕の氷で固まってよ!」
富が手足に極寒の氷を纏わせ、重い拳を牛鬼の脳面に叩きつける。
だが、牛鬼はその強固な前足で富の打撃を易々と防ぎ、
逆にその巨躯を活かして理々庵へ向けて猛烈な反撃の牙を剥いた。
「危ない!」
阿藍が咄嗟に割り込み、彼女を庇う。
鈍い音が響き、阿藍は牛鬼の強烈な一撃を正面から受けて大きなダメージを負い、
その場に膝をついた。
「大丈夫!?」
「構うな、やるぞ!」
阿藍が傷を堪えながら最大出力の光を放ち、牛鬼の視界を奪う。
そこへ笑恋盤が呼び出した大型の猛禽類が急降下し、牛鬼の急所を正確に抉った。
光と動物の連携により、骸骨に仮装した牛鬼はついに轟音を立てて崩れ落ちた。
空間に「ミッションクリア」という文字が浮かび上がり、霧のように消える。
「さて、青髭男爵はどこだ……」
青髭男爵の手がかりを求めて渋谷のあちこちを回っていると、
阿藍達は見覚えのある顔を発見した。
クレープを美味しそうに頬張っている悠と、その隣でタピオカミルクティーを飲んでいる葵だ。
どうやら二人は、青髭男爵のゲームに参加させられているらしい。
「チッ……一般の巻き込みたくない子供か。隠れるぞ」
阿藍の指示で、四人は路地の陰へと身を潜める。
だが、しばらくすると悠が葵と少し離れ、一人の少年……結城光哉と接触した。
光哉は悠の背後に音もなく忍び寄ると、小声で囁いた。
「……声を出しちゃ駄目にゃよ? 悠君」
その袖口からは、冷たく光るナイフの刃先が覗き、悠の首筋にピタリと突きつけられていた。
「あの野郎、また……!」
悠が殺されると確信した阿藍達は、即座に動いた。
彼に自分達の姿やこれからの戦闘を認識させないよう、周囲に強力な認知阻害の結界を張る。
「光哉。今度こそ、お前を殺す」
阿藍が光の武器を構え、冷徹な戦闘態勢を取った。
「相変わらず邪魔ばかりする奴らだにゃ!」
阿藍が放った光の斬撃を、光哉は手にしたナイフで火花を散らしながら防ぎ止める。
阿藍が踏み込もうとした瞬間、笑恋盤が呼び出した漆黒のカラスが光哉の死角から突撃した。
鋭い爪が光哉の手首を引っ掻き、その衝撃でナイフが手元から弾き飛ばされる。
「くっ……!」
武器を失い、完全に不利と判断した光哉だったが、諦めてはいなかった。
彼は落としたナイフを拾い上げ、隠し持ったまま、
煙のように身を翻して雑踏の中へと逃げ出した。
「追うか?」
富の問いに、阿藍は静かに首を振った。
「結界の維持が限界だ。それに、あいつへの処遇をはっきりさせておく必要がある」
四人は路地裏で息を整えながら、光哉についての会話を始めた。
「あいつ、紫鬼を親として慕ってるんだろ?
じゃあ、諸悪の根源である紫鬼を殺せば、光哉は救われるんじゃないか?」
理々庵が槍を消しながら呟くが、阿藍の表情は険しいままだった。
「いや、救われない。
親の愛情を受けられず天涯孤独になったあいつにとって、今の心の拠り所は紫鬼だけだ。
もし俺達が紫鬼を殺せば、光哉は救われるどころか、激しいショックと憎悪に狂うだけだろう」
「じゃあ、どうするんだよ? 説得でもするか?」
笑恋盤が退屈そうに爪を弄る。
「そんな生ぬるい事はしない。結論は一つだ。
――紫鬼と光哉、二人とも殺す。それ以外にこの因縁を断ち切る方法はない」
阿藍の冷酷な決断に、富も理々庵も沈黙をもって同意した。
その重苦しい空気を引き裂くように、
悪魔の羽の仮装をした牛鬼が二匹、咆哮を上げて乱入してきた。
「お喋りは終わりってわけだな!」
悪魔牛鬼は凄まじい怪力で笑恋盤と理々庵に襲いかかる。
理々庵が瞬時に槍を創造して応戦し、
笑恋盤の操る動物達と同時に打撃を繰り出すが、鬼の強固な皮膚に弾かれてしまう。
「僕が崩す!」
「ハァァッ!」
富が手足の氷を最大まで膨らませ、硬質な拳で一体の悪魔牛鬼の懐へ飛び込み、
強烈なボディブローを叩き込んだ。
さらに阿藍が放った極大の光線が、
富が動きを止めた一体の悪魔牛鬼を直撃し、完全に消滅させる。
残るはもう一体。
笑恋盤が呼び出した巨大な蛇が鬼の足元に絡みつき、一瞬の隙を作る。
「そこだ!」
理々庵が槍を振るうが、悪魔牛鬼の厚い装甲を上手く貫き通せない。
「あいつ、さっきのより硬い!」
富が渾身の氷の拳を放つが、あと一歩のところで鬼に受け流され、
強烈なカウンターの払い手を受けて富が後方へ吹き飛ばされた。
「畳みかけるぞ!」
阿藍が絶え間なく光の弾丸を連射して鬼の動きを牽制し、
笑恋盤が呼んだ動物達がさらに翻弄して隙を広げる。
「これでも喰らえ!」
理々庵が戦闘の最中に手榴弾を次々と創造し、鬼の足元へ投げつけた。
凄まじい爆発光と轟音が響き、悪魔牛鬼が完全に体勢を崩す。
「これで、終わりだぁぁッ!」
戦線に復帰した富が、全身の力を右拳の氷へと集約し、
隙だらけになった鬼の脳天へ向けて渾身の一撃を叩きつけた。
快音と共に、二体目の悪魔牛鬼も粉々に砕け散った。
結界が消え、静寂が戻った路地裏。
そこには、何が起きたか分からず困惑した表情の悠がポツンと立っていた。
悠は周囲を見回し、阿藍達に詰め寄った。
「なんでユウキ君、ここにいないの? 僕、ユウキ君とお話ししたかったのに」
悠の純粋な瞳が阿藍を捉える。
阿藍は光の銃を収めながら、冷淡に言い放った。
「あいつらを殺すためだ」
阿藍の言葉に、悠の顔が驚きと恐怖に強張る。
「どうして……どうして殺さないといけないの?」
「お前には関係ない事だ。下がれ」
「関係あるよ!
僕がユウキ君と話してもいないのに殺そうとするなんて、お兄さん、おかしいよ!」
悠が声を荒げる。
その、彼らしからぬ剣幕に、理々庵や富も黙って見守るしかなかった。
「どこが関係あると言える。あいつはお前を殺そうとしたんだぞ」
「お兄さん達は鬼だけを倒したいんでしょ?
でも、ユウキ君は鬼に味方してるけど、人間だよ。人間を殺すなんてあり得ないよ!」
悠の放った言葉は、正論であり、
そしてこの戦場においてはあまりにも無垢で致命的な甘さだった。
阿藍は冷酷な現実を突きつけるように一歩踏み出す。
「だが、あいつは人間を裏切った。裏切り者は始末しなければならない。それがルールだ」
「誰かが裏切ったら殺さないと解決しないの? そんなのおかしいと思うんだけどな!」
悠は必死に涙を堪えながら阿藍を睨みつける。
その姿に、阿藍はフンと小さく鼻を鳴らした。
「お前のような子供に、大人の事情など分かるものか。
いいか。俺は絶対に紫鬼諸共、光哉を殺す。
それが俺達の任務であり、これ以上の犠牲を出さないための唯一の正解だ」
悠は悔しそうに拳を握りしめ、阿藍の目を真っ直ぐに見据えて言い放った。
「お兄さん達は、ユウキ君と同じだ。
自分の邪魔者を始末するためだけに動いてるだなんて……そんなの、
やってる事が鬼と変わらないじゃないか!」
「勝手に言え」
阿藍はそれ以上、言葉を返さなかった。
結局、二人の会話が噛み合う事はなく、互いの主張は冷たい平行線を辿ったまま、
ハロウィンの喧騒の中へと消えていくのだった。
青髭男爵の足跡を追い、渋谷の路地裏を疾走する阿藍達の前に、
突如として奇妙な人物が立ちはだかった。
それは、顔全体を覆う無機質な猫の仮面を被った小柄な少年だった。
「邪魔だ どけ!」
笑恋盤が即座に口笛を吹き、狂暴な野犬の群れを少年に向けて一斉にけしかける。
しかし、少年は身じろぎ一つせず、
襲いかかる獣達をまるで蚊を払うかのように軽々とあしらった。
「……何者だ」
阿藍が間髪入れずに光の弾丸を撃ち込む。
直撃の激しい爆発が少年を包み込んだが、煙の向こうから現れた少年は傷一つなく、
何事もなかったかのようにけろっと立っていた。
「なら、これはどうだ!」
理々庵が空間から鋭利なナイフを創造し、少年の隙を突いて喉元へ切りつける。
だが、少年は腕を高速で振るい、鋭い鉤爪で凶悪な反撃を繰り出してきた。
「危険だ!」
阿藍が咄嗟に割り込んで理々庵を庇い、その肩に少年の鉤爪が浅く食い込む。
「僕の氷を受けてみろ!」
富が手足の氷を極限まで膨らませ、重厚な一撃を叩き込んだが、
少年はそれすらも涼しい顔で受け流すと、
不気味な足音を残して一瞬で路地の闇へと逃げ出してしまった。
息を荒くしながら、傷口を押さえる阿藍が去り行く影を睨みつける。
「……まさか、あいつは……鬼なのか……? それも、相当な力を秘めた上位の……」
だが、今はあの謎の少年を追っている時間はない。
追うだけ無駄だと判断した阿藍達は、
青髭男爵の討伐に情報収集の狙いを絞り、追跡を再開した。
入手した情報を元に急行した目的地――そこは、夜空に赤く輝く東京タワーの真下だった。
そこには、逃走経路に爆弾を次々と撒き散らし爆発を巻き起こしている青髭男爵の姿があった。
一般人が巻き込まれようとお構いなしの惨状に、阿藍達は即座に行動を起こす。
「一般人を巻き込ませるな! 結界を展開する!」
阿藍の号令と共に、四人は東京タワーの足元一帯へ強力な結界を張り巡らせ、
青髭男爵と自分達をその内部へ閉じ込めた。
「おやおや。鼠どもが、自ら袋の鼠になりに来ましたか」
青髭男爵の主な攻撃手腕は、手にした禍々しいステッキと、
顔の半分を覆うほど大きく異様に膨らんだ巨大な口だ。
しかし、これもゲームのためらしい。
青髭男爵がステッキを振るい、凄まじい衝撃波の先制攻撃を放つ。
「させねぇよ!」
笑恋盤が巨大な熊の霊体を呼び出して正面から防ごうとしたが、衝撃波の威力は絶大だった。
防御ごと大きく吹き飛ばされた笑恋盤は地面を転がり、
その圧倒的な力に激しい精神的圧迫感を覚える。
さらに最悪な事に、先程の、猫の仮面の少年が結界の隙を突いて乱入してきた。
少年は鋭利な鉤爪を振るい、笑恋盤と富へ襲いかかる。
「くっ……重い……!」
連戦による疲労が笑恋盤の体力を容赦なく削り取っていく。
「こいつを死なせるな!」
阿藍が青髭男爵に向けて必死の光線攻撃を放ち、
その隙に理々庵が自身の持つ特殊な修復能力を発動させた。
柔らかい光が笑恋盤の体を包み込み、傷を急速に塞いでいく。
しかし、青髭男爵は攻撃の手を緩めない。
巨大な口を大きく開くと、鋭い牙で笑恋盤と富に直接噛みついてきた。
嫌な音が響き、笑恋盤は再び力任せに吹き飛ばされる。
巨躯の鬼から放たれる凄まじい威圧感に気圧され、
追い打ちをかけるように猫面の少年が追撃を仕掛けてくる。
笑恋盤の顔には、隠し切れない色濃い疲労と苦悶が浮かんでいた。
それでも、琉球エージェント達は諦めない。
絶え間ない猛攻と混乱の最中、富が全身の氷のエネルギーを右拳に凝縮させた。
「いい加減に……消えろぉぉッ!」
極寒の怒りを込めた富の渾身の一撃が、襲いかかってきた猫面の少年の胸腔を正確に穿った。
凄まじい氷結の波動が少年の体内を駆け巡り、内臓ごと凍てつかせる。
驚愕に目を見開いた猫面の少年は、そのまま力なく崩れ落ち――
なんと、そのまま命を落としてしまった。
「な……何ぃ!?」
高位の鬼すら一撃で討ち果たすその破壊力、
そして色鬼をも殺しかねないほどの超能力者達の凄まじい底力と執念を目の当たりにし、
青髭男爵の顔が恐怖で歪んだ。
「ひ、ひぃぃっ! 狂人どもめ、覚えていなさい!」
青髭男爵は完全に戦意を喪失し、なりふり構わず自らの足元に地獄への門を開くと、
脱兎の如く地獄の底へと逃亡していった。
「……任務完了」
静まり返った結界の中、荒い息を吐く阿藍達は、
青髭男爵が逃げ去った亀裂を冷たく見つめていた。
原作と違って青鬼が落命したので、ここからの整合性が大変です。
次回はサイドストーリーとなります。